「両者、其処までにございます。これ以上やれば付近の破壊は逃れませぬ故」
その声に、ぴたり、と動きが止まる。
掌底を叩き込もうとした酒吞童子と
二人の鬼の争いに横入りするなど命知らずのように見えるが、猫の翁は寧ろ困ったように眉を歪めるだけだ。呑気に煙管を手回しする始末。
「はぁ……猫の翁のせいで冷めてもうたわ。
「満足したか、
「ややわぁ茨木、カシラやなんて堅苦しい。二人っきりの時は酒吞って呼んでぇな」
「吾はこのような鬼故な、酒呑よ」
「それは構いませぬが、小生の事をお忘れなきよう」
先程までの暴れっぷりが嘘のように治まり、酒吞童子が仏頂面の茨木童子に絡みつき色気を使いだす。
あの秋の大激突の後、酒吞童子と茨木童子は激戦の果てに意気投合し結託する事になった。
正反対な二人ではあるが、だからこそ気が合い、全力を出し合える鬼に出会えたことを大層喜んだものだ。子分の大半は喧騒の余波でお亡くなりになったが。
今では大江山を中心に各地を占領、人どころか鬼や他種族の妖怪までも力で黙らせ、じわじわと縄張りを広げている。現在いる洞窟も、茨木が直々に支配したお気に入りの
「やっぱえぇわぁ……なぁ茨木、
「断る。
蕩けた目を向ける
酒吞童子が未だなお求める物……それは茨木童子が所有する龍骨。ただし棍棒こと『暴君』だけではない。
この洞窟に飾らている、茨木の手下共が掘り当てた新たなる龍骨……後に『フクイティタン』と呼ばれる竜脚類の化石だ。
松明の炎に照らされた、洞窟の壁一面に埋め込まれた巨大な全身骨格。これほど完全な形で発掘されるなど幸運という他ない。
己の呪術をたっぷり込めた札を何枚も化石に張り付け、物欲しそうな目で見上げる酒吞の前に立ち塞がるぐらいにはこの龍骨……
「
「茨木殿が欲する物と酒吞殿が欲する物とは方向性が違いますからな」
希少性は共通しているが、酒吞童子は見た目の雅さ、茨木童子は浪漫の有無を重視している。この違いも馬が合う理由だ。略奪の品を上手く分け合える故に。
竜脚類の化石を見上げ子供のような笑みを浮かべる茨木童子を見ると、酒吞童子は「ほんま好きなんやねぇ」と想い熱の籠った息を漏らす―――これは後に「ギャップ萌え」と呼ばれる感情である。
「茨木サマ、オレラ頑張ッタ!」「土掘ッタ! 骨壊ワサネェヨウニ掘ッタ!」「褒美、褒美ヲクレ!」
喧騒が収まり二人の童子が落ち着いた頃合いを見計らってか、暗闇から小鬼らが茨木童子へ殺到する。
竜脚類の化石を掘り当てたのは、この茨木童子の下っ端達らしい。手には粗末な石鎚や石斧が握られ、土で汚れている。
「よくぞ掘り当てた。これは奮発せねばなるまい」
人を殺す処か脅しも出来ぬ雑用だが、しっかりと働くならば腰巾着を許し、結果を示せば褒美を取らす。
称賛を浴びて上機嫌になった小鬼らは、袖に手を突っ込む茨木童子の前で褒美欲しさにピョンピョン跳ねる。
「そうら、たんと受け取れ」
そう言って自慢げに茨木童子が小鬼らに向けて撒いた物は―――甘栗だった。
「ケケケ、甘栗、甘栗!」「甘ェ! シカモホックホク!」「人間ノ肉程ジャネェガ美味ェナァ……」
「クカカ、嬉しかろう嬉しかろう」
その出来立てホカホカの甘栗を拾っては食べ、中には袋に詰めてと喜ぶ小鬼達。ショボいと思うなかれ、希少な菓子を褒美として受け取れるのは雑用ならではの特権なのだ。
茨木童子も美味そうに甘栗を頬張っている所を見ると、彼女の好物だから沢山蓄えているのかもしれないが。
「……猫の翁ぁ、まぁた茨木を甘やかしおってからに」
「おお、恐ろしや恐ろしや。小生は今時の人間の食文化を見聞しているだけです」
ジトリと睨む酒吞童子に対して、猫の翁こと虎猫は涼しい顔。
大江山の鬼の集団に厄介になっている虎猫は、茨木童子の活躍を記すばかりか、人間の文化を面白可笑しく書物として記している。
鬼達はこぞって虎猫が記した食文化に興味を抱き、特に茨木童子は菓子の類に興味津々らしい。
酒吞童子も酒の肴になりそうな物には興味を示している為、どっこいどっこいと言ったところだが。
コホン、と虎猫は話を遮るように咳ばらいをする。
「さて、喧嘩も終えたようですし報告をば……都の者が
都に住まう子分の猫から伝わった情報を猫の翁が口にすると、茨木の目が黒く染まった。それを小鬼らは怖れ、甘栗を搔き集め慌てて逃げだした。
歯を剥き出しにして獰猛に笑うも、その胸に秘めた憤怒を示すかのように頭髪と両手が蒼炎で燃え盛る。洞窟内を蒼白い光が照らし、酒吞童子と虎猫の影絵を生む。
「鬼の縄張りを侵すとは命知らずよな……吾自らも出る、猫共を遣い鬼を募らせろ」
「承りました」
まるで恐れることなく朗らかに笑う猫の翁を他所に茨木は歩を進める―――その足跡には呪いの残り火が燻っていた。
高温の炎と呪詛を振りまき、暴君龍の下顎を鈍器としてブン回す鬼……【大江山の
「おお怖い怖い、大江山の
「人間共に知らしめるまでよ。鬼の
「……ほんま真面目なやっちゃ。堅苦しいことして楽しいん?」
「楽しい」
そう言って茨木は邪悪に笑う。人間が見れば寒気と怖れを抱くような、鬼が見れば悦楽と酔狂を感じさせる笑顔を。
「酒吞と変わらぬよ。好きに人間共の自由を奪い、好きに夜を歩く無謀な人間を殺す。
知っておるか? 村の者は子の為に母が勇気を絞って盾となり、京の者は部下を贄に無様に命乞いをする。前者は不味く後者は美味いのだ。
人間だろうと鬼だろうと無様は嫌いだ。無智は無様と無謀を生み、無様は醜く無謀は嫌になる。そして無謀で無様な者を虐げ食らうのは楽しい。
だから吾は敷くのだ。弱者は強者に食われるという自然の理を。弱者は強者に従えという鬼の理を。理を解せぬ阿呆は虐げられろという吾の理を。
だから吾は楽しい。吾の縄張りを侵す阿呆を、嬲り、殺し、食らう事が」
蒼い炎が踊る。蒼白い髪が踊る。呪いが踊る。茨木童子が舞い踊る。
ヒラヒラと舞う様は粉雪のように儚いが、凶悪な笑顔が彼女の狂喜を物語らせた。
「ほっほっほ、茨木殿が楽しそうで小生は嬉しゅうございます」
虎猫も笑う。茨木童子の成長を喜ぶ、父性にも似た微笑だった。
「ほんま可笑しなやっちゃなぁ―――こないに傲慢な鬼は始めてや」
酒吞童子も嗤う。真面目なようで狂っている、この炎と呪いの鬼の生き様に。
「鬼が傲慢に振る舞わなくして、誰が傲慢に振る舞うか」
三者三様に笑いながら、洞窟を出る。はらはらと舞う冬の雪は蒼炎に溶けていった。
坂田金時の鬼退治・春の巻に続く。