茶屋の親父、お前ぇさんは悪くねぇ。いや悪いにゃ違いねぇが、誰も文句は言えねぇさ。
「へ、へい、お咲って娘が酒吞童子だったって事を黙っていた事、誠に申し訳もございやせん。
出歩くなってお触れが出てたのに、女房に内緒で女遊びしてて夜遅くに、一人出歩いてた事も……。
そんな事してりゃあ鬼に出会っても自業自得でございましょうが、まさか酒吞童子ご本人様が出るたぁあっしも思いやせんでした。
そんな酒吞童子に、食い殺されたくなければ暫し茶屋の娘として雇え、なんて言われちゃ首を縦に振らざるを得ないってもんで……。
いや直にでもお武家様に報せたかったですぜ? けど酒吞童子っつったら目敏くて報せたくても報せられなくて……これも茶屋の為、家族の為にと仕方なく黙るしか」
「虫を何処にやった?」
「知りません本当にごめんなさいもう女遊びは致しませんお許しをぉぉぉ!」
酒吞童子に脅された時よりも怖ぇだろう……綺麗な笑顔で憤怒を示す頼光サンはよ……。
茨木童子が率いた鬼の集団は宝の三分の一を抱えて逃走、俺っちは無事だが酒吞童子に(アレ的な意味で)襲われた……頼光サンはお冠よぉ。
正直に「茶屋の娘が酒吞童子だった」と言えば夜明けと共に(武装したまま)茶屋に押し掛けて押し問答。親父も非があるが、今は同情しか沸いてこねぇぜ……。
「年老いた鬼ほど変化に通ずると言いますが、よもやこんな近くに虫が出るとは……金時を誑かすなど、とんだ毒虫も居たものですね」
「大将、殺気漏れてる漏れてる」
親父さん気絶寸前だぞ、許してやれよ。
「まぁ金時、漏れてるなんて言い方が悪いですよ」
「あー解った解った、とりあえず落ち着け、いや落ち着いてくだされ」
「そうですね……こうしている間にも毒虫は少しでも遠くに行ってしまいかねません。直にでも追って」
「いや追いかける云々の話じゃなくてよ、本来の目的を思い出して欲しいんだが」
鬼嫌いな頼光サンの嗅覚と直感ならできそうで逆に怖ぇが、先にやることがある。
「解っていますよ……晴明様からの手配もありますし、今日中に都中の隠れ鬼を探しますよ」
怠け者な晴明の旦那が珍しく働いた結果、都には結構な隠れ鬼……変化の術で人間に成りすました鬼が居る事が判明したんだと。仕事はやれば出来るんだよなぁ旦那。
隠れ鬼共はあまりにも力が小さいから頼光サンも旦那も逆に気づかなかったそうだ。残念ながら酒吞ことお咲は逃げられちまったが、奴らから聞き出せるかもしれねぇ。
「この間の屋敷の襲撃もその隠れ鬼の仕業かもしれねぇとなりゃ、そっちを優先すべきだろう大将」
「私としては金時を誑かすふしだらな毒虫を早急に滅したいのですが」
「あー……じゃあ酒吞童子を見つける為にも頑張ろうぜ」
「ええ、全ては子の為、そして都の為です」
そこは都を優先してくれ……源氏の大将たるもの弱者と正義の味方であるべきだろ。
―――正義か……あの村の話をしたら大将はなんて言うんだろうか。
あの時は毒虫こと酒吞の事ばかり話していたが、あの病魔に侵された人々の話はしていねぇ。頼光サンにゃ荷が重いだろうと思って。
ましてや、頼光サンが殺し損ねたっつう
只でさえ連日働き詰めなんだから、いくら大将でも偶にはゆっくりして欲しいんだが……大の鬼嫌いだから放っておけねぇんだって言われちゃなぁ。
それに……。
――ここの所、浮浪者が減ったなぁ。良き事よ。
――このような雅な都に浮浪者など不要、ということだろうよ。
――違いない。醜い老婆や身売りも減って清々したわ。
――鬼様々といった……おっと、今の発言はご内密に頼みますぞ。
――解っておりまする……ここだけの話、例の骨狙いの阿呆は直に追いやられるでしょうよ。
――ほっほっほ、鬼は恐ろしいのぉ。
――全くでございまする。
あちらこちらで、「やんごとなき方々」の陰口が聞こえやがる……頼光サンは無視しているが、癪に障るぜ。金色じゃねぇ。
「……しっかし、ここ暫く猫が増えてんな」
嫌な話は忘れて、最近気になる事を呟いてみる。
道を歩けば2~3匹は見受けられるほど、野良猫の数が増えてやがるんだよなぁ。頼光サンも同意したのか頷いて、足元にすり寄ってきた猫を屈んで撫でる。大将でも猫で癒されるんだな、良い事だぜ。
まぁ尻尾が微妙に長い猫が多いのが、ちぃと気になるがな。晴明の旦那は微量に妖力が感じられる奴もいるらしいが、猫又にはならないだろう、との事だ。まぁ成られても悪事さえ働かなきゃいいんだが。
「ナァ」
特にあそこの虎猫なんざ、かなり尻尾が長ぇな。妖力は感じられねぇから化け猫じゃないだろ……多分。
▼▲▼▲
「おのれ虫共、毒虫の居所を誰一人とて知らぬとは……」
「頼光サン殺気、殺気漏れてるって」
金色に怖ぇから抑えてくださいお願いします。
隠れ鬼を一匹一匹捕らえては俺が尋問して大将が殺す。とっぷり日が暮れた頃にゃ十匹も退治してやったぜ。流石は大将、執念深ぇぜ。
鬼は捕まったと解れば大人しく情報を吐いたが、殆どの鬼共は「人間の食文化が興味深くて」っていう、特に困らない情報収集ばかりしてやがった……それが全部だとは思えねぇが、団子だ餅だと菓子や酒の感想が大半……甘味が食いたくなっちまったぜ。
肝心の酒吞童子の行方は不明のまま。頼光サンも堪らず雷さんを起こしちまった。雷神様より怖ェ。
今は大将の屋敷に御厄介になって疲れを癒している所だ……だから頼光サン近い近い、その牛よりでけぇ大胸筋ホント反応に困んだよ!
「だから大将、近い近い「静かに―――そこの者、居るのは解ってますよ」……なに?」
俺の肩を引き寄せ、盾になるように大将が縁側に立ち、弓を構える。
遅れて俺もいつでも立ち上がれるようにするが、庭からは微かな、しかし大勢の妖気が感じられる。いつの間にこんな数が……。
微かに照らしていた蝋燭の炎が消えるが、障子が独りでに開き、月明りに照らされた庭園――そこに集った大量の猫共と眼が合う。
砂地を埋めつくすほどの多量の猫。月明りを反射し光る眼に背筋がゾワゾワと走りそうになるが、連中に敵意も殺意もない。
頼光サンは矢を引く手を緩めず、されど矢を放たず。俺は手だけをそっと動かし、【黄金喰らい】を手に取った。何が出るか解らねぇ。
猫達はゆっくりと道を開き、その両脇に青い鬼火がぽっぽっと等間隔に灯される。連中の親玉でも出やがるのか、と二人して身構える。
そこを歩くのは、長く白い髭を蓄え紺の甚平を羽織った老人と、斜め後ろに付き従う一人の少女だった。
身なりの良い老人と少女は、弓を向け斧を持つ俺らを前にしても悠々と歩き、縁側の手前で立ち止まって深々とお辞儀する。
「このような夜更けに、斯様な面会となった事、まずは謝罪申し上げまする。然して小生ら、決して害を成しに参った訳ではございませぬ」
しわがれているが、しっかりとした老人の声が静かに響く。誠意も感じられる―――だがな。
「御託は結構。猫又が
大将には丸わかりなんだよ、猫又の爺、そして鬼さんよぉ。
「――やれ悲しき哉、様式美という物がありませぬのぉ」
困ったようにため息をつき、隠していた猫耳とニ又の尾がポンっと煙を立てて現れる。呆気ねぇな。
呆気ねぇといえば―――そこの着物の少女が、まさか強大な妖気を放って正体を現すたぁな……こりゃ酒吞童子に並ぶ妖気と圧だぜ……!
「汝れは戯言が過ぎる。堂々と吾が姿を現せばよかろう」
「今宵はお誂え向きに月も出ておるし、猫の
――カッ
「御託は結構、と申し上げました」
大将の矢が鬼の少女に放たれた。だが鬼は当然とばかりに狼より鋭い歯で食い止め、鏃ごとかみ砕きやがった。しかも面倒くさそうに。
猫又の爺は「こりゃ話が通じないな」と悟ったのか額に汗を滲ませるが、鬼の方はゴリゴリと鏃を咀嚼し、それを吐き出す。
「では単刀直入に申し上げよう。吾は茨木童子。吾はな―――
汝れに言いたい事があるのだ、
「「――っ!!?」」」
おいおいおい、奴さん何で其れを知ってやがる!?
動揺する俺らを他所に猫又の爺は懐から巻物を取り出して広げ、読み上げる。
「彼の牛頭天皇の化身たる鈴ヶ森の丑御前。雷神の子。その力は余りに強大故に寺に預けられる。
然して父・源満仲氏により連れ戻され、源氏の棟梁たるべしと息子として育てられ、今に至る」
読み上げた巻物を此方に向け―――赤子を掲げた男の姿、赤子が育ち女子になり、武具を構えた今の頼光サンと、成長の様が描かれていた。
俺は思わず頼光サンを見るが、弓引く手は震え、目は動揺の余り揺れ動いているのが俺でも解る。
「失敬、小生は猫故、都と付近の猫を通じて貴女様の生き様を知り申した。源頼光の弱点をと思い探ったのですが、まさか斯様な人生を歩まれたとは思わず」
得意げに笑っては巻物を仕舞い、堂々と立つ茨木童子の背後に立つ猫又の爺。この野郎……!
そんな猫又の爺を庇うようにして一歩前に出て、それなりに膨らんでいる胸を張って息を吐く。
「吾も驚いたが、同時に
「――我が名は源頼光。源氏の長兄にして神秘殺しの武士。貴様ら鬼を滅する者である」
お、茨木童子を前にして気を引き締めたのか。大将は弦を引く指に力を込め、体幹を軸に態勢を立て直す。まるで大木のような佇まいだ。
俺ですらピリピリする殺意を他所に、茨木童子――こいつが酒吞のお気に入りにして、京を襲った巨大骨鬼なのだと、改めて思い知らされる覇気だ――は鼻で笑う。
「のぉ丑御前……いやさ頼光。汝れは母に成りたかったと囁いておったそうな。女としての幸せを時折耽っておったそうだな。全て猫から聞いたことだが、故に事実であろう?」
茨木は何かを案ずるかのように頼光サンに問いかける……確かに頼光サンは子煩悩だし俺に甘える程、子に飢えてはいる。
見え見えの欲求なんだが、改めて鬼に指摘されて頼光サンの頬が引きつる。黙らせようと矢を放つが、今度は蒼炎が吹きあがり瞬時に黒炭に変えちまった。なんつう炎だ。
「吾は汝れの今の生き様に無理を感じたのだ、疲れと思うたが、その夢想だからこそと考えれば納得もしよう。
鬼を嫌い争うも良し、戦うもよし、源氏を守るも良し。吾の気にする所ではない―――無いがな。
汝れは欲しないのか? 己の胎より子を産む事を。力の限りを込めて産んだ子を抱きしめる事を」
話を遮りたいのか、頼光サンは次々と矢を放ち、茨木は何事もないかのように焼き払う。
猫の爺どころか只の猫ですら二人の攻防……いやさ一方的な語りを静聴している。
「吾はな、捨て子なのだ。産まれて間もなく人の母を殺し、人の父に捨てられ、鬼と猫又に拾われて今に至る」
その言葉で矢が止まった。弦を限界まで引いたまま頼光サンが固まっちまった。
茨木の野郎は―――悲しそうな顔をしていた。哀れな者を憐れむ、優しく悲しい目つきだった。
「吾は果報者よ。鬼とは言え母上に愛され、猫の翁に諭され、酒吞童子という姉のような同族と出会えた。
だからな、汝れも欲せよ。欲せずして生き様が語れるか? 源氏として生きるだけでは罪に等しい。生きた証を欲せ、己の欲を満たせ」
徐々に口調が荒くなっていく茨木童子。それは奇しくも、叱咤する頼光サンにも似ていて。
「世は理不尽だ。だが生きるだけでは罪であり、無知のまま生きるは悪であるぞ!」
ドカン、と周囲に衝撃が走る。だがそれは物理的な物ではないし、音がデカい訳でもない。今も尚佇む猫達がそれを証明している。
心に響くような、胸の奥の何かに訴えてくる、芯のある声……いや怒りだ。茨木の髪から漏れる蒼い炎を見ていると、そう思えちまう。
「お黙りなさい……黙れぇッ!」
悲痛の叫びと共に、さっきとは比べ物にならねぇほどの速さで、大量の矢が放たれる。まるで集中豪雨のようだ。
人間を超えた膂力も合わさってか、流石の茨木童子も全身に矢を受け―――しかし彼女の身体が炎と同化していく。其れを合図にしてか、猫共が蜘蛛の巣を散らすようにして散開していった。
『すっきりした。帰るぞ猫の翁』
「やれ恐ろしや、恐ろしや。こりゃ酒吞童子殿も厄介な武士に目をつけられたものぞ」
矢は貫通して壁に突き刺さり、蒼炎の化身となった茨木童子は空を飛び、猫の爺は虎猫に化けて壁を飛び越えた。あの虎猫、昼間の奴か!?
『努々忘れるな丑御前、或いは源頼光! 所詮は戯言、然して悔いを残すな! 人が倣える生き様を示せぬようでは、吾らは悉く人間を食い殺すぞ!』
まるで呪いの言葉だ。吐くだけ吐いた茨木童子は、高らかな笑い声をあげて闇夜へと消えていく。
あれだけ明るかった青い光が、完全に闇夜に同化していく……本当に金色じゃねぇ、なんで動きも喋りもしなかったんだ俺はヨ……!!
声を掛けようとして、視界を遮り柔らかく丸い物が顔面に押し付けられ……うおぉぉぉ心頭滅却すれば火もまたナンタラぁぁぁぁ!
「金時……今は……今宵だけは、どうかこのまま、母の腕に抱かれてください……」
ぎゅっと俺の頭を抱きしめる頼光サンの腕は小刻みに震えていて、声なんか今にも泣きそうだった。
「お願いします、お願いします」と繰り返し言葉を発するだけになっちまった頼光サンを落ち着かせる為にも、俺は体の力を抜いて、大将を受け止める。
鈴虫が静かに鳴く夜遅く……猫の爺に眠らされた屋敷の者が駆け付けたのは、朝日が差したと同時だった。
坂田金時の鬼退治・冬の巻に続く。