「吉川さんのピッチングスタイルは夏大会と変わらずバックの守備を信頼した打たせて取るもののようですね」
「恐らく監督の指導の賜物だろうな」
「私達は打撃に関してはある程度自由にやらせてもらえたけど、守備はそれなりに管理されてた……」
「名将である栗田監督の指導によって梁幽館の投手は大体が吉川さんと同じピッチングをしていますね。しかしはづきさんは違いますよね?」
「はづき……?」
「秋大会の1回戦……はづきさんは熊谷実業を相手に全て三振の上に、無駄球が一切ない63球で試合を終わらせていました。完全試合とは言え全ての打者に対して三振を取りに行くピッチングを栗田監督は好まないと聞きます。いつからかは知りませんが、はづきさんは自由にやらせてもらえてのではないですか?」
「何故そう思う?」
「これは私の持論に過ぎませんが、はづきさんはかなり我の強い人間です。加えて負けず嫌いですので、相手を捩じ伏せるピッチングを好みます。シニアでもそうでしたが、彼女はある程度自由にやらせた方が成果を発揮するタイプですからね」
「……驚いたな。全くその通りだ。監督は橘がある条件を達成させた事により、投球練習を自由にやらせてもらう権利を得た。監督の指定も今のフォームに変更する時くらいだろう」
「それってはづきが入部してすぐの頃の……?」
「ああ。自由にとは言っても橘自身は色々な奴に師事を頼んで投球も、打撃も今のように大幅成長を成し遂げた……。今の橘は私達を越える選手だ」
「それは私も同意」
(2人の発言と言い、準決勝で吉川さんが投げている事と言い、はづきさんが今の梁幽館のエース、そして中心選手になっていますね)
『ストライク!バッターアウト!!』
橘にホームランを打たれてからの武田さんはかなり調子が良い。二宮の言うゾーンに入っている可能性を考えたけど、あの時の新井さんや夏大会で戦った時の大野先輩のような凄みがなかった。
(つまり武田さんは素で3年生クラスのピッチングを現時点で見せているのか……)
逆を言えばここから成長する可能性は低くなる訳だけど……。
「ヨミちゃん、ナイピだよ!」
「ありがとうタマちゃん!!」
(まぁそれを指摘するのは私じゃないからね)
藤井先生や芳乃さん、そして山崎さんがフォームの変更なりを指摘して武田さんの更なる成長を促すか、或いは武田さん自身が殻を破って成長するか……。私もわからない。
「同点に追い付くよ~!」
『おおっ!!』
今はこの準決勝に集中しようか。
試合は進んで3回表。先頭打者に四球を出してしまい、ノーアウト一塁。そして次の打者は……。
「さーて、2打席連続でホームラン狙っちゃおうかな~?」
武田さんのあの魔球をスタンドまで運んだ橘だ。
(橘さんか……。どうするヨミちゃん?)
(リベンジ……したい!あの球をスタンドまで運ばれたのは初めてだから、今度は抑えたい!!)
バッテリーは橘に対してリベンジをするみたいだ。まずは1球目……。
コンッ。
『!?』
バント!?完全に意表を突かれた!
(律儀に勝負をする程、空気を読む程余裕はないんだよね~。新越谷相手には逃げ切りを目指すよ!)
内野は定位置に入っている為、橘は自分も生きようとセーフティバントを試みている。打球は弱く、ファーストへ。
『セーフ!』
二塁はセーフ。そして一塁は……。
『セーフ!』
一塁もセーフ。初回に続いてピンチを迎えてしまった……。
「中々思い切った行動をしましたね。少なくとも栗田監督からは出ないであろうセーフティバントです」
「監督もこの場面なら本来は送りバント……」
「バント自体は新越谷も読めていた……。橘が1打席目にホームランを打った事が効いているな」
「はづきさんもそれを狙ってのセーフティバントだったと思いますよ。はづきさんの、今日の梁幽館の狙いはチャンスの場面で確実に彼女に回す事を目的にしているでしょう」
「目的……」
「対武田さんの相性が良く、今日4番に入っている西浦さんが今の新越谷にとっての鬼門となります」
2番打者が送りバント、3番打者を三振に抑えて、ツーアウト二塁・三塁。次の打者は……。
『4番 センター 西浦さん』
夏大会で武田さんに対して結果を出している西浦さん。ここで追加点を取られるといよいよ厳しくなってくるな……。
「タイム!」
芳乃さんがタイムを掛けて、内野陣が駆け寄る。私も一応行っておこう……。
「不味い状況になってきたね……」
「ツーアウトは取れているけど、夏大会でヨミちゃん相手に当たっていた西浦さんが打者……。一塁は空いてるし、歩かせるのも手だよ」
「…………」
「武田さんはどうしたい?」
「えっ?」
私が尋ねると武田さんは驚いていた。何故に?
「私は勝負したいけど、裏目引くと2点くらい取られそうだし……」
まぁ西浦さんなら武田さん相手に結果を出しているし、まともに勝負をするのなら徹底的に抑えたい。
「武田さんが不安なら私が火消しをしようか?夏大会でもピンチの場面でのワンポイントで私が投げてたし」
「それは……」
武田さんは揺らいでいる。ここで追加点を取られると絶望的なのは武田さんもわかっている。そして他の皆もそれがわかっているから、何も言えないのだ。
「まぁどうするかは任せるよ」
武田さんは少し考える素振りを見せた後……。
「……やる。私が抑えてみせる!」
自信満々にそう言った。
(今の武田さんなら大丈夫そうだね。迷いがない……)
「わかった。じゃあ頼んだよ。新越谷のエース」
「うんっ!」
西浦さんには1打席目に安打を打たれているけど、武田さんならきっと抑えてくれる……。そんな予感がした。
『ストライク!』
西浦さん相手に萎縮せず、向かっていっている。次の夏、そして最後の夏に武田さんがどのような成長を遂げているか楽しみだ。
『ストライク!バッターアウト!!』
3球三振。見事西浦さんを抑えて、ピンチを凌いだ。
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