6回裏。ツーアウトランナーなしの状態で迎えるは1番の橘。今日私が投げるのは橘に今の私を見てもらう為でもあるんだよね。
(さっきまではベンチ越しだったけど、今度は打席で見せてあげるよ)
(朱里せんぱいのあのフォーム……。私が野球を始める切欠になった……朱里せんぱいのリトル時代のフォーム!)
橘に対しては山崎さんもコース、球種共に自由に投げて良いとの事だ。私と橘の対決に……何か思うところがあったのかも……?
(まずは低空から勢い良く浮き上がる……燕を見せるよ)
ズバンッ!
『ストライク!』
(低空から地面を滑るように、勢い良く浮き上がる……。朱里せんぱいのあのフォームとも相性良く出来てるんだ。でも……!)
「私で止まる訳には……いかないよね」
「……?」
橘が何かボソッと呟いていたけど、よく聞こえないな……。まぁ何はともあれ私は全力で投げるだけ!
(和美先輩までの打席をベンチから見る限り、あの球は超低空から浮き上がって、球の性質から砂煙を巻き上げて、球道を覆い隠すもの……。対抗策の1つとしては……!)
「……っ!」
(バントの構え!?しかもこれは……!)
(成程ね。そうきたか……)
(あの球を線で捉えるには、バットそのものを縦に構える事。単純に考えれば、これで当てられる筈……!)
ガッ……!
(ぐっ……!球質が……重い!?)
『ファール!』
橘の縦バントによって当てられるものの、その打球は捕手の後ろに転々と転がっていった。
「早川のあの球に対して橘が取った行動はバントか……」
「案としては悪くないですが、前に飛ばせなければ意味がありませんね。それに朱里さんの投げる球は重さも加わっています。小細工は通用しないでしょう」
「どうやらはづきもそれがわかったみたい」
「……そのようですね。バットを長く持って長打狙いみたいです」
「早川程の球ならむしろバットを短く持って当てに行くべきではないのか?」
「本来ならそうするべきですが、打席に立っているのははづきさんですからね」
(朱里さんをリスペクトしているはづきさんなら、その敬意を評して、ホームランを狙う行動をしても別段可笑しくはないですからね。そんなはづきさんに対して、朱里さんがどう出るか……)
バント失敗のファールによって、橘を追い込む事が出来た。そんな中で橘が取った行動は……。
(バットを長く持った……?普通なら、短く持って当てに行くべきなんじゃ?)
(……やっぱりね。橘ならきっとそうしてくると思ったよ)
どういう訳か、橘は私に凄く懐いている。前に二宮から聞いた話によると、リトル時代の私を見て憧れを抱き、私が所属している川越シニアで野球を始めたらしい。今は投げられない、私のシンカーに憧れていた……。
(今は投げられないけど、似た球なら投げられる……!)
橘の憧れとは程遠いとは思うけど、なるべく当時の私に近付けたこの1球……打てるものなら打ってみなよ!
(低空から浮き上がらない!?別の球、一体何を……!?)
この1球は橘が私にリスペクトを抱いて野球を始めたのと同じように、私も、今の橘にリスペクトを抱いて編み出した1球……!
(スクリュー……ボール!?)
ズバンッ!
『ストライク!バッターアウト!!』
(朱里……せんぱい)
(ありがとう橘。君がいなければ、君が私に憧れていなければ、このスクリューは投げられなかったよ)
この1打席は……橘と初めて対面、会話をした時の事を思い出したよ。元よりさっき投げたスクリューは何れ橘を相手に投げるつもりだったのかもね。
「朱里ちゃん……」
「……さて、チェンジだよ。追加点を取りに行こう」
「う、うん……」
ズバンッ!
『ストライク!バッターアウト!!』
7回裏。2番の村雨から始まる好打順も私は三者三振に抑える事が出来た。
(これで、私達の夏が、終わり、ましたか……)
最後の打者である高橋さんは空を眺めるように上を向いていた。それが何を意味するのかは私にはわからない。その理由も私が3年生じゃないから……なんだろうね。
金原いずみの藤和生活……(藤和高校野球部の登場人物は全てオリキャラ及び他作品キャラになります)見たい?
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