ツーアウトで猪狩さんに打席が回ってくる。
「泊の3打席目だね」
これまでの2打席はどっちも四球だったから、選球眼はかなり良いと思う。
「彼女の打撃方面はどうなんですか?」
「良くも悪くも壁当てしかしてなかったし、ボクもそれしか教えてこなかった……。投手としての務めを果たす為には打力なんてのは完全に蛇足でしかないからね」
猪狩大投手の考え方は最早プロのそれだよね。大豪月さんなんかは打力も重視するから、ウマは合わなさそうだけど……。
「で、でも猪狩選手は打撃能力も高かったような……」
「ボクの場合は正直たまたまに過ぎない。ボクの打撃センスがあったから高校時代、そしてプロでも何年かは二刀流も出来ていた……。まぁ今は投手1本じゃないと現役選手達と渡り合うのは難しくなってるからね」
(それでも50近い選手が男女混合のプロリーグでタイトルを取れるレベルなのはまた猪狩選手が規格外の選手だからだと思うな……)
そんな猪狩選手も高校時代はエースで4番だったみたい。私達が生まれるずっと前だから、どんな選手かは想像出来ないけど、瑞希ちゃんならそんな情報も持ってるのかな?
カンッ!
『ファール!』
「……タイミングは完璧に取れていますね」
「ほ、本当に壁当てしかやってないんですよね!?」
それにしては打撃が様になり過ぎてるよ!?
「間違いないよ。しかし打撃方面でも結果を出そうとしてる……。しかし1、2打席目のあの娘の打席結果はどうだった?」
「え、えっと……。確かどっちも四球だったよねいずみちゃん?」
「うん。振るべきじゃないコースもわかってるし、選球眼も並以上はあるね」
「……となると計2打席を費やして、あの投手の持ち球、フォーム、リリースタイミング、変化球の変化タイミングと変化量を調べていた説が濃厚だね」
聞けば聞く程に、とんでもないポテンシャルを秘めてるね。猪狩の血統って……。
「……本当に貴女の姪は素人ですか?」
「間違いなく猪狩の血だね。壁当ての時もそうだが、1つの事に打ち込むのに必要な集中力と、泊独自の野球センスが宿っている。だから……」
猪狩選手本人も『猪狩』というネームがどれ程大きいかが如実に語っている。センスだけなら、この場にいる誰よりもあるよね……。
カンッ!
『ファール!』
「に、2球目もタイミングバッチリ……」
「いざというときに頼りになる打者としての資質も兼ね備えている。あれは高校時代のボクを彷彿とさせているよ……」
「持ち球も打力も似てますからね」
(そうなるとこの試合は決着ですね。そして決定打を決めるのは……)
なんて話をしている内に……。
カキーン!!
「う、打った……」
「ホームラン……」
猪狩さんが均衡を破るホームランを放った。これは決まったかな……?
「相手の打線を完璧に抑え、打者になった場合でも決めるべき時は自身で決める……。今回で言えば、ソロホームランですね。猪狩泊さんは初心者という触れ込みでしたが、もしもしっかりと経験を積んでから野球部に入っていたとしたら……」
「エースはあの娘だった……か。成程ね」
このもしもの話が恐ろし過ぎるよ……。
ちなみに数年後の大学野球界隈では猪狩泊を知らない人はいないと称される程の知名度を得る事を、当時の私は知らない……。
「最後まで観て行かないのですか?」
「ボクが知りたい事は知れたから充分かな。それに今日のナイトゲームでは先発を任されているし、今から準備をする必要がある」
立ち上がる猪狩選手はこれから試合の準備があるみたい。あっ!忘れるところだった!
「あ、あの!良かったらサインをもらえませんか!?」
「あっ、和奈ズルい!アタシもサインください!」
いずみちゃんも猪狩選手のサインがほしかったみたいで、私と同時に動き出していた。
「まぁお安いご用さ。レディーがボクのサインを求めているのなら、それに応えるのが務めさ。君にも書こうか?」
「……一応、お願いしても良いですか?」
1人だけだと不公平だからか、猪狩選手は瑞希ちゃんにもサインを書いた。本当に器の大きい人だなぁ。
(私も……あんな風に語り継がれる選手になれるかな?)
心に秘める野望を抱えて、私は今日も野球をする。
金原いずみの藤和生活……(藤和高校野球部の登場人物は全てオリキャラ及び他作品キャラになります)見たい?
-
見たい
-
見たくない