Fate/Φ's Order REMNANT SE.RA.PH/ZERO   作:うろまる

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センチネル

 

 

 

 いま。

 

 巧たちがポートピア・サイを抜けてようやく突入したブレストバレーは、メルトリリスが説明した通り、電脳化の進行がもっとも進んでいない区画である。それが理由はわからない。周囲に目を向ければ、ありし日のセラフィックスの名残を無理やりにでも思い出させようとしてくる、中途半端にその身を0と1の残滓に溶かした施設の残骸が見える筈だ。

 BBがこれらを放置している理由は、自らが直接出向いてまで解決するような問題ではないのと、あえて半端に形を残しておいた方が、見る者の想像力に強く訴えかけられるグロテスクを生み出すことができることを知っているからだ。嫌な性格をした嫌なヤツは、どうすれば相手が嫌な気持ちになるのか熟知している──とはよく言うが、その言葉がこれほど当てはまる人物も中々いない。

 

 それは一旦置いておく。

 

 ここで重要なのは、電脳化があまり進んでいないということだ。つまり言い換えれば、隠れる場所となる遮蔽物が、いくつか残っているということを意味している。もちろん、サーヴァントの前では、コンクリートでできた施設の残骸など、海に来た子供がスコップとバケツと海水でどうにか作り上げた砂の城とほとんど同じである。

 しかし、一時的に身を隠すだけならば、その残骸はまだ役に立つ。さらには万能の願望機である聖杯と、その入手の障害となる敵を前にしておいて、わざわざコソコソと逃げ隠れてしまうような真似をする英霊など、何処にもいない──という思い込みもあった。

 幾人ものサーヴァントが名のある聖剣魔剣を振るい、魔を貫いた槍を突き、山を穿つ弓を構え、神をも凌駕しかねない魔術を行使している混沌とした戦場――それを取り囲むように、或いは薙ぎ払われたように配置された瓦礫の数々をよく見てみると、ずいぶんと端の方で、ぴょこんと間抜けに飛び出している二つの頭が見える筈だ。

 その、傍から見れば実に情けなく見える二つの頭こそ、この地獄を打開する為の最後の切り札となり得る存在だとは、誰も知りはしない。

 

 

 

 〇

 

 

 

「――あの、本当に見てるだけで良いんですか?」

 

 顔の下半分を隠されていても分かるぐらいの不安を浮かべた眼差しのまま、メルトリリスは隣で自分と同じく、隠れんぼをしている最中で、見つからないでいられるか気になってしょうがない子供のように、瓦礫にかじりついて戦場を眺めている巧に話しかけた。

 巧はしばらく無言だったが、いつまでも突き刺さるメルトリリスの視線に耐えられなくなったのか、煩わしそうに頷いた。

 それを見たメルトリリスは、思わず立ち上がりかけたが、直後に響いた轟音にすごすごと引き下がった。しかし、目の中にはいまだに不満の光を宿している。

 巧は小さくため息を吐き、面倒臭そうに尋ねた。

 

「言いたいことでもあるか」

「大ありですっ! ……確かにわたし達の一番の目的は中央管制室への到着ですが、その他にもサーヴァントの打倒もあります。その為には、わたしは強くならなければならなくて、彼らからリソースを得なければならないのに……こんな、いつまで経っても逃げ隠れしたままでは、強くなるにもなれませんっ」

「……そもそもだな」

 

 小声で控えめに叫ぶメルトリリスに、巧は淡々と告げた。

 

「突っ込んでいったって、やられるだけだろ。今のおまえじゃ」

「確かに、そうですが……わたしもここに辿りつく道中で、幾つかの戦いを経て、それなりのリソースを得ることができました。今までのわたしとは、違います」

 

 ふんす、と平らの胸を張るメルトリリスに、巧はひと言、

 

「じゃあ、アイツらの中に入っていって、勝ち残れるか?」

「うっ」

「それにな。魔力が欲しけりゃ、わざわざ正面から向かう必要なんかねえだろ。アイツらが疲れた所を、後ろから狙えば済む話だ」

「魔力ではなく、リソースです。……それに、なんというかこう……ズルくありませんか?」

 

 もごもご、と言いづらそうに口を動かすメルトリリスに。巧は溜め息を吐いて、

 

「問答無用で殺しに来るヤツら相手に、ズルもクソもあっかよ」

「まあそれは、そうなんですけど……」

「大体な、おまえは気にし過ぎだ。そのうちハゲるぞ」

「ハッ……………………」

 

 飛び出したあまりにもあまりな言い草に絶句した後、そこまで言うことないじゃないですか女性に対するデリカシーとかそういうのはないんですかさっきの優しさはどこに行っちゃったんですか、と頬を膨らませるメルトリリスを無視して、巧は観察を続けていた。

 なにかを巡っての混戦には、カルデアに来る前から嫌というほど縁がある。三本のベルトに、かつて王の素質をその身に宿していた少年。

 だから巧は、誰が追い詰めている側なのか、誰が追い詰められている側なのか。あるいは誰が攻めようとしているのか、誰が逃げようとしているのかを、自然と嗅ぎ分けることができた。巧自身は訓練や特訓といった物とはカルデア以前は無縁だったが、それは長年の闘争によって、いつの間にか自然と身についていた感覚だった。

 しばらく、目を凝らす。

 そして見えた、逃走の気配。

 

「――おい、行くぞ」

「大体わたしはAIなんですよ? だから見た目が変化することなんて無いのに……って、どこに行くんです?」

「リソースってヤツが欲しいんだろ。一人、良さそうなのが見つかったから、そいつにする。寄り道になるけど、良いだろ」

「そんなサーヴァント、何処にも……」

 

 言いながら、メルトリリスは巧の視線を辿る。飛び交う閃光を疎いながら注視を続けていると、確かに端の方に誰にも気付かれず、逃走──この場合は戦略的撤退か──を果たそうとしている影がひとつあった。

 

「……マスターって、何処でそういうのを身につけてきたんです?」

「色々あったからな」

「色々ってなんですか──って、あっ、ちょっと! マスターっ! ああもおっ。待ってくださいってば!」

 

 

 ひしめくように重なった施設や瓦礫の隙間をすり抜けていく黒影を、巧たちは充分な距離を取りながらついていった。影の動きは、水中を泳ぐ魚のように滑らかだった。軽やかな身のこなしといい、身に付けた装備の少なさといい、おそらくアサシンだろう、とメルトリリスは推察する。

 メルトリリスの少ない知識で知る限りではあるが、アサシンというのは聖杯戦争においては、あまり直接戦闘に向いたタイプとは言えないクラスだ。というのに、あの混戦の最中にいたとは、よほどこの聖杯戦争の聖杯を欲しているのだろうか。あるいは、あの混沌具合だからこそ、漁夫の利を狙えると判断したのか――今となっては、どちらでもいいことだった。

 

 いま確かなのは、影は逃げていて、自分たちはそれを追いかけているということだけ。

 

 影の細身から漏れ出る粒子の輝きは、間違いなく霊子のそれだ。決して軽くはない傷を負ってしまったのだろう。遠目からでも見て分かってしまうほど、影から出ている金の粒の数は多い。

 

 直接戦闘には向かないサーヴァントであること。

 傷を負ってしまって、万全とは言い難いこと。

 

 それらをすべて承知したからこそ、こうして後ろから襲う機会を窺っているのか――そう考えると、メルトリリスはすぐ傍を歩いている男が、ヒトではなく獲物をつけ狙う獣か何かに見えた。

 

 ハッキリ言う。凄く、気になる。

 この人が、乾巧という男が、どんな人生をどういう風に生きてきたのか。凄く。

 

 思い返してみれば、自分ばかり素性をバラしていて、彼からはなにも聞いていない気がする。わかっているのは、精々がカルデアから特異点を修復するためにここに来た――という事務的なことだけだ。彼が普段はどんな生活をしているのか、知人や友人はいるのか、家族はいるのか。そんな普通のことを、メルトリリスは何も知らない。

 そんなことを知る必要は無い――と頭の中の冷静な自分が、機械を思わせる冷徹な無機質さをもって囁いた。

 知ったところで、それが脱出の役に立つとはとても思えない。考えていいのは一つだけ、最後まで彼をサポートし続けることだ。だから、そんな余計な雑念を抱く必要なんてどこにもない。

 間違いなく、正論だ。否定するための隙など一ミリも見当たらない、完璧な論理だ。だが、やるなと言われると、余計にやりたくなってしまうのが自分の性らしい。心の奥底で、嗜虐の熾火がちろちろと燻っているのを感じる。それをどうにか発露せずにいられるのは、いまの自分が自分ではないからだ、とメルトリリスは思う。思考が初期化されていなければ、おそらく簡単に呑まれていただろう。記憶を失う前の自分は、さぞかし性格の悪い女だったに違いない。メルトリリスは確信していた。

 それでも抑えることができず、どうにも溢れてしまうメルトリリスの好奇の眼差しに背中をくすぐられた巧は、とうとう観念して振り返った。

 

「次は何だよ」

「──え?」

 

 だから、と巧は一拍置き、

 

「何か言いたいんなら、直接言えよ」

「言いたいことなど、そんな……」

「あのな、集中できねぇんだよ。これならまだ、ぺちゃくちゃ喋りかけられた方が、まだマシだ」

「……答えてくれるんですか?」

「……内容によるな」

 

 ちょっと考えてから、巧は答えた。

 しかし、いざ許可を取られてみると、何を聞けば良いのかわからなかった。脳味噌の中で渦巻いていた疑問が一斉に口から飛び出ようとして、喉の奥でぎゅうぎゅうに詰め込まれてしまっているような気がする。

 やがて、躊躇いながらも、メルトリリスは思い切ってひとつの疑問を引っ張り出し、尋ねることにした。まずはここから始めようと思った。基本中の基本。うっすらとではあるが、人となりさえも知ることができる、とっておきの質問。

 ごくり、とひと息のみ、舌で乾いた唇を湿らせて、

 

「──ご趣味は?」

 

 お見合いか。

 

 

 

 ○

 

 

 

 影を――アサシンを追いながら、毒にも薬にもならない会話を──と言っても一方的に話しかけているのはメルトリリスひとりで、巧は相槌と生返事しかしていなかったが──二人がしていると、やがてアサシンが立ち止まり、ゆっくりと腰を下ろしたのが見えた。どうやら、この迷路のように入り組んだ場所が、アサシンにとっての休息地になっているらしい。

 地上はもちろんのこと、広がる薄闇と差し込む光の柱の少なさから見てわかるように、うず高く積もった瓦礫が生い茂る葉のように重なり合い、空からもその姿を判別しにくいようになっている。障害物など関係ないとばかりにすべてを吹き飛ばしてしまう相手だと分が悪いだろうが、そういった相手はそもそも戦いに夢中で、ひそかに離脱する自分に気づかない。

 よくできているな、と巧が感心していると、密かに近づいてきていたメルトリリスが、ひそひそと耳元で囁いてきた。

 

「――そろそろ、行きますか?」

「まだだ。あと、近い。離れろ」

「あっ、すみません」

「ったく」

 

 メルトリリスはしゅん、と叱られた子犬のように離れた。その様子を見て、さすがに言い過ぎたかと巧は思ったが、訂正するとしてもどんな言葉をかければ良いのかまるでわからず、むっつりとした顔で黙り込む。結果として二人の間には、きわめて微妙な距離が作り上げられることになった。隣と呼ぶには遠すぎて、間隔と呼ぶには近すぎる、そんな微妙な距離だ。

 

「……」

 

 気の利いたことなど言えるわけがなかった。

 こんな時こそ騒がしいヤツが――本当ならついてきている筈だった、赤いセイバーや狐耳のキャスターといった手合いがいてくれればいいのに、と巧は思う。そうすれば、ここまで面倒臭い気持ちにはならなかった――とまで思いかけ、ついてきていたらついてきていたで、またややこしいことになっていそうだと思い、巧は小さく口の端を歪めた。

 

 見つけるや否や慌てて駆け寄ってきて、まるでこちらが迷子になっていたかのように世話を焼いてきそうな剣士。

 途中でちょっかいをかけられたとはいえ、いきなりはぐれてしまったことをいつものように皮肉交じりの口調で弄ってきそうな弓兵。

 合流できたことに安堵しつつも、後ろにいるのは誰だと密かに警戒をしていそうな魔術師。

 

 その絵面は驚くほど簡単に、巧の頭に浮かんできた。容易に彼らが取る行動を想像できるほど、長く共に行動をしていたのだな、といまさら実感する。

 らしくもなく、そんなことを考えていると、ふと、メルトリリスが声をかけてきた。

 

「……マスター?」

「あ?」

「いえ――その、笑っていらしたので。不思議になって」

「……笑ってたか?」

 

 驚いて尋ねると、メルトリリスはこくりと頷いた。ぺたぺたと頬を触りながら、巧はちょっと黙り込んで、

 

「……ちょっと、思い出してただけだ」

「……誰をですか?」

「はぐれた奴ら。――悪いな、ぼーっとしてて」

 

 男の柄にもない謝罪に驚いたのか、メルトリリスは目を瞬くと、慌てて顔の前で手を振った。

 

「別に、謝る必要なんてありませんよ。……けど、ちょっと意外でした。まさかマスターが、そんな顔もできるなんて」

 

 感心したように呟くメルトリリスに、巧は呆れて、

 

「おまえは俺を何だと思ってんだ」

 

 すると、メルトリリスは目を綺麗な弧に曲げて、唇に悪戯っぽい笑みを刻みながら、

 

「──とっても、不器用なヒトです」

 

 ふとした拍子に少女の顔へと浮かび上がってきた艶やかな嗜虐は、不思議と似合って見えた。そしてそれは、巧がもっとも苦手としているものに──他人が悩み苦しんでいるところを見て笑うのが趣味な女神どものそれに、よく似通っていた。

 巧はウンザリしたように、

 

「……おまえ、なんか変わったな」

「へ? そ、そうですか? わたし、変わりました?」

「あぁ。変わった。めちゃくちゃヘンだ」

「へ、変……」

 

 力強く頷きながら、変だ変だ、としつこく連発し続ける巧に、メルトリリスは微妙にショックを受ける。そんなに断言されるほど変だったのかと、自身の変貌にまったく気づいていないあたり、どうやら先ほどのいじめっ子の表情は無意識のものだったらしい。無意識のうちにそんな顔をしてしまう時点で、少女がそういう類の人間なことはもはや言い逃れできないのだが。

 苦悩し続けるメルトリリスを放置して、ひたすら巧はアサシンに注視する。気付かれてはいないが、アサシンの身体から滲み出る警戒の色は、薄れることはなかった。暗殺者相手に不意打ちを仕掛けようというのだから、それなりの覚悟は必要ということか――

 

「……あとは頼むぞ」

「――わかりました」

 

 乾巧という男が、制止を聞いても聞き入れはしないことをこの短時間で学んだメルトリリスは、含みがあるような表情をしつつも頷く。

 巧は、ふたたびの囮になるべく、一歩目を踏み出そうとした。

 その瞬間、だった。

 

「――?」

 

 からん、と。

 かすかに、音が聞こえた。

 瞬時に構えたアサシンの痩身から、殺意がどっと立ち昇る。それは巧も同様だった。いまのは、自分が出したものではない。なにせ上から聞こえてきたのだから。

 頭上をにらみつけるアサシン、巧、メルトリリスの目の前に、やがてそれは、ゆったりとした動きで落下し、ちょうど両者の中間地点に突き立った。

 目を凝らす。あったのは、

 光を受けて輝きを放つ、黄金の刀。

 

「――あれは」

 

 どこか見覚えのある輝きに、巧の背筋が粟立つ。

 そして、

 

「――――火廻!」

 

 大きな声が、響き。

 中心に突き立った黄金に煌めく日本刀が、目も眩むような巨大な爆炎にその身を変化させた。

 

 

 

 酸素を吸い込んで、その身を膨れ上がらせる炎に押し出されるような形で、巧たちは瓦礫の山の中から転がり出た。開けた道が見えた直後、巧を抱えて走るメルトリリスの視界に、高速で回転しながら襲い来る二振りの刀が目に入った。

 

「――っ!」

 

 メルトリリスの脚に青紫色の魔力回路が浮かび上がり、一気に爆発した。地を砕く踵。旋転しながら待ち受けている二刀を、少女はその身を風と化しながら、あっという間に飛び越える。着地した後も決して勢いを緩めることなく、滑るようにして走り続けていると、抱えられている巧が突然叫んだ。

 

「来るぞっ!」

 

 わかっていた。

 だから、メルトリリスは、思い出した。

 

 両脚に全力で体重を掛け、急激な制動をかける。不快な音を鳴らしながらようやく止まったメルトリリスに、二刀は容赦なく迫る。しかしメルトリリスは、欠片も動じることはなかった。意識するのは、自身の身体に備え付けられた、安定して回転することができる軸。それに乗ることだけを考える。腕の位置、顔のつけかた、引き上げ――それらはいまは後回しで良い。乗ったと確信した瞬間、片脚の膝を曲げてつま先をもう一方の脚の膝につけて、メルトリリスはその場で回転した。はためく黒衣。周囲に渦巻く空気を巻き集めるようなイメージ。膝に取りつけられた棘は、瞬時に遠心力を得たことによって、はじめの一刀を吹き飛ばし、続く二刀を弾き飛ばした。

 

 ――ピルエット・アン・ドゥオール。

 

 回転が七回を超えたあたりで、メルトリリスは曲げていた方の脚を伸ばし、その踵を地面にこすりつけた。がりがり、と堅牢な筈のコンクリートを豆腐のように削りながらも、ブレーキの役目を果たす。脚の動きに沿った深い切り傷が地面に刻み込まれると同時に、メルトリリスの身体は回転を止めた。

 ふう、と吐息をつく。

 これまでとは違う、たしかな手応えがあった。少なくともいまの動きは、これまでのように不定期に訪れるものではなく、自発的に思い出せたものだという自信があった。

 着々と自分を取り戻しつつあるという状況に、一抹の寂しさを覚えていると、脇に抱えた巧がかすかな呻きを漏らした。血の気が引く。すっかり忘れていた。

 

「……」

「ああっ……! すみませんすみませんっ」

 

 口を片手で押えて無言で睨み上げてくる巧に、メルトリリスは謝りながら、できるだけ揺らしてしまわないよう、そっとした動きで床に下ろした。巧、うずくまったまま、巌の如く動かない。メルトリリスはすっかり困り眉になりながらも、丸まった男の背中を不器用な手つきで撫でた。傍から見れば、完全に吐きそうになっている連れを介抱している絵面である。

 

「大丈夫ですか……?」

「大丈夫なように、見えるか」

 

 口を腕で拭いながら、巧はようやく立ち上がった。ふらつく視界が気持ち悪い。目頭を揉みながら、どうにか平衡感覚が整えられるのを待っていると、周囲に積み重なる瓦礫の中でいちばん大きな物の頂上に、見覚えのある影が降り立った。

 学生服に、狐耳。衛星のように周囲に浮かんだ刀――

 

「おまえは……!」

「――ここで逢ったが百年目……ってカンジ? ま、私はどっちかっていうと、アンタにだけは会いたくなかったけど。ほら、あんまり労力割きたくないから、さ」

 

 舞い降りた影の正体は、巧がSE.RA.PHに突入した際に、いちばん最初に戦った相手であるサーヴァント・セイバー――鈴鹿御前だった。あの降り立ってきた金の刀は、おそらく自分の手を刺し貫いた物と、同じ物だろう。

 

「……何時からだ」

「なに?」

「何時から、尾けてた」

 

 巧が鋭い声音で問うと、鈴鹿御前はバカにするように、はっ、と鼻で笑った。

 

「尾ける? そんなネクラっぽい真似、するワケないじゃん? BBちゃんに教えてもらって、すっ飛んできたのよ。ゴミはゴミ箱にちゃあんと片付けなきゃ――ってね。

 や、私はあんまり行きたくなかったんだけどさ。カノジョ、いちおー雇い主だから。義理は果たさなきゃいけないっしょ?」

 

 やはり、メルトリリスの予想した通り、BBがすべての黒幕なのだろうか、と巧は思う。

 それにしては、教会でわざわざ疑問に答えてくれたことがわからなかったが、いまはそんなことはどうでもよかった。ようやく到来した二度目の機会を見逃してしまう相手ではない。それに、いつまでも狙われ続けたままというのは、胸糞が悪いし、なによりも飽きた。

 だから、

 ここで、決着を付ける。

 

「――」

 

 巧が一歩を踏み出すと、見下ろしていた鈴鹿御前も応えるように、浮かんでいた刀の一つを――大通連を手に握る。その刹那、訝しむように目を細める。感じるもう一つの気配。とっくの昔に焼き尽くしたアサシンのそれではない。これは――

 そして鈴鹿御前は、影に入って上手く見えないが、男の傍らにサーヴァントの気配があることを感じ取った。

 

「へえ……契約できたんだ? アンタみたいなのが。ちょっと……っていうかメチャクチャ意外だし。なに? 脅迫でもした?」

「してねぇよ。ああでも――おまえと契約するよりよっぽどマシだって言ったら、簡単だったな」

「――マジで、ほんっとに、ムカつくヤツ……っ!」

 

 憤怒と共に、鈴鹿御前は大通連を振り上げた。そのタイミングを見計らって、巧を庇うかのように、メルトリリスが前に出る。

 

「――は?」

 

 鈴鹿御前の、腕が止まった。そして、信じられない珍獣を見つけたときのような目つきで、メルトリリスを見た。

 

「アンタ……なんで、は? えっ、ちょっと待って。なんでアンタが、ここにいるワケ? 廃棄処分されたんじゃなかったの?」

「……貴女も、以前のわたしを知っているのですか」

「以前の――?」

 

 メルトリリスの言葉を聞き、鈴鹿御前は一瞬訳が分からないという表情をしたが、即座に状況を把握した。センチネルを解雇され、廃棄処分にされた。そこまでは合っている。だが、そこからどうにか抜け出した。

 もちろん、無傷とはいかなかった筈だ。記憶を失い、性能も以前とは比べ物にはならないほど落ちた。そんなことは、見ればわかった。

 そのまま一人で彷徨っていただけなら、いずれ機能停止している筈だったろう。だが、どうやったかは知らないが、ギリギリの所でSE.RA.PHにしがみつく縁となるマスターを得たのだ。そして、追い出された舞台の上に、もう一度這い上がってきた。一切合切を失って。それでも踊り続けるために。

 

「……まさにスワンレイク、ってヤツか。面白いじゃん! 醜いアルターエゴの中でも、やっぱりアンタは特別ね。オデット? それともオディールでも気取ってる?」

「――どちらでも、お好きなように。けど、わたしがそうなら、貴女は何でしょうね……ふふ、やっぱり王妃ですか? 

 どんな時でも押しつけがましくて、悪魔と一緒にいても気付くことができない、哀れで間抜けな女。――あら、どこかの誰かさんにピッタリじゃないですか」

「――っ」

「図星ですか? なんだ、ご自分でもわかっていらしたんですね。自分が、どんな女なのか」

 

 くすくす、と口元を隠しながら吐き出された台詞は、ゾッとするほど冷めた嘲弄で彩られていた。巧は内心で引きながらも、鈴鹿御前を睨みつけた。三者の視線が虚空で激突し、不可視の火花を散らす。

 巧が、拳を握り締めた。

 メルトリリスが、脚を動かした。

 鈴鹿御前が、剣を振り上げようとした。

 三つが交わる、直前だった。

 予告もなく空から落ちてきた、一つの鉄塊。

 

 巻き上がった大量の粉塵の中にたたずんでいたのは、山をも突き崩しかねないほどの威容を放つ、金色の異形の手を携えた少女だった。拘束具らしきなにかによって顔の上半分は覆い隠されているが、明らかに正気の沙汰を保てていないことは、口元から蒸気のように漏れる荒れた呼吸と、際限なくぽたぽたと零れ落ちている唾と、酩酊しているかのような頼りない足取りで判断できた。床にまで垂れ落ちた菫色の髪の毛は、ボサボサに荒れ果ててしまっている。

 

「――リップ」

 

 ふと、メルトリリスが聞き慣れない言葉を口にした。

 その意味を尋ねるより先に、

 

 

 ごあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!

 

 

 信じられないぐらい巨大な叫び声が、世界を揺るがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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