Fate/Φ's Order REMNANT SE.RA.PH/ZERO 作:うろまる
世界を揺るがす咆哮と同時に、駄々を捏ねる子供を連想させるような勢いで、乱雑に地面へと叩きつけられたパッションリップの両拳は、かろうじて保たれていた瓦礫たちのバランスを木っ端みじんに打ち砕いた。
その弊害を真っ先に受けたのは鈴鹿御前だった。爆発を喰らってしまったように揺らいだ足場が、息つく間もなくあっという間に崩れ落ち始めた。虚空で逆さまになりながらも、鈴鹿御前はすぐさま二刀を――顕明連と小通連を呼び寄せて、即席の立場を作り上げようと試みる。
それを狙い澄ましたかのような、左拳。
間に合うはずがなかった。ふと目にはいった心もとない小さな瓦礫を足場にすると即座に決断。全身の重心と体重を全力で操りながら、それが爪先にふれたかすかな瞬間を狙い、渾身の勢いで蹴りつけた。泳ぐように虚空で方向転換してみせた鈴鹿御前のすぐそばを、パッションリップの放った拳が通り抜ける。
壮絶な風圧に押された身体が、ごつごつとした凹凸が目立つ壁に近づく。そして、あわや激突してしまう――その寸前で、ようやく主の命令に間に合った二刀が、クッションとなって鈴鹿御前の身体を受け止めた。
「あっ、ぶ――」
荒れた息をどうにか整える。垂れた汗が顎を滴り落ちて落ちる。
壁に突き刺した二刀の柄を踏みながら、鈴鹿御前は暴れ狂う怪物の姿を見下ろした。
巨人の手に握り締められているかのような、ひどいぐらいの猫背だった。
怪物は、ほとんど四つん這いのかたちに身を低くかがめ、足をがに股に広げて腰を落としている。左右に絶えず揺れ動く頭は、獣が獲物を探している最中のそれであり、漏れ出る呻きは餓えに苦しんでいる最中のそれだ。床に力なく垂らされた鋼鉄の巨手は、鈍い輝きを放ちながら、がりがりと地面を削り続けている。
その怪物の正体を、鈴鹿御前はよく知っていた。
自分と同じくSE.RA.PHを守護するセンチネルの一人であり、自らの雇い主のBBから切り離されたアルターエゴの一人でもある――パッションリップ。
自分の目か頭がイカレていなければ、そのはずだ。
中央管制室へ辿り着く道を守護する衛士の彼女が、なぜこんな場所に来ているのか。推察ではあるが、おそらく自分と同じように、BBに命じられて来たのだろう――と鈴鹿御前は思う。
カルデアから来訪した129人目のマスターというイレギュラーにして、決して存在してはいけない魔性――オルフェノクである、乾巧の排除。
拘束を施され、自由意志など持てるはずのない少女をこうして操れるのは、この聖杯戦争そのものを管理しているBBにしかできない所業であったし、こちらを狙った拳を放ってきたのも、一定の方向性を与えられただけで、完全に制御するまでには至っていない――と考えてみると、いかにも説得力がある説のように思える。
だが、
「なーんか、ヤなカンジ……」
鈴鹿御前は気を緩めることなく、大通連を構えた。ここからさっさと離脱するべきなのはわかっていた。わかっていたが、いま背を向けると確実に自分は死ぬと直感がささやいている。ゆえに、逃げようにも逃げられなかった。
やがて、パッションリップがその動きを止めた。唐突に訪れた薄気味悪い沈黙。
そして、ぐるり、と顔が動き、
疑いようもないぐらい確実に、パッションリップと鈴鹿御前の視線が合った。
明確で濃厚な、殺意をともなって。
〇
背後で轟音が聞こえた。
続いて風がぐちゃぐちゃに引き裂き破かれる音が聞こえて、直後に数メートル先の地面が爆発した。立ち込める粉塵を突っ切る中で、飛来してきたものの正体に気づいたとき、巧は心底おどろいた。巧の背丈ほどもある、瓦礫。当たれば間違いなく原型を留めていられないと、鳥肌が立った。
「――無事ですかっ!」
「なんとかなっ」
同じく砂煙を突っ切って出てきたメルトリリスに返しながら、巧は走り続ける。大地を蹴る感覚はすでに溶けて消えた。うねる世界が高速で背後に流れ去っていく。だが、距離は離れているはずなのに、死の気配は萎む気配をみせず刻一刻と膨らみ続けている。このまま放っておいては、SE.RA.PH全体を覆いつくしてしまうのではないかと疑ってしまうほど、どこまでも大きく。
――何がどうなってんだっ。
目まぐるしく変遷する状況に対して、悪態を吐く瞬間すら惜しかった。
全速力で走っている巧を容易に追随しているメルトリリスは、気遣わしそうな視線をときおり後方に向けている。聞きたいことは数えきれないほどあったが、いまはとにかく生き残らなければならない。
着々と脚の筋肉をむしばんでいく乳酸を無視していると、ふたたびなにかが飛来する音が、巧の耳に滑り込んできた。軌道を読んで避けるために頭上を振り仰ぐ。
降ってきたのは、瓦礫ではなく人だった。
「――っの、鉄ゴリラっ! 相変わらずバカみたいな馬力してるしっ!」
それはすぐ傍に落ちてくるや否や、たちまち二足歩行の人型へと変わって、あてつけるように悪態を吐き散らかしながら巧たちと並んで走り始めた。思わず目を見開く。言わずと知れた、鈴鹿御前である。
鈴鹿御前もどうやら気付いたらしく、訝しそうに表情を歪めると、あーっ! と大きく口を開けて指を差しながら叫んだ。正確には、巧ではなくメルトリリスを見ながら。
「――そうだ、アンタっ! アンタがアイツどーにかしたら良いじゃんっ!」
「はあっ!? いきなり降ってきて、なに言ってるんですかっ!?」
「アンタら姉妹でしょっ!? 私は一応おなじ衛士だし、手出ししたらヤバいかもしんないんだからっ」
「――おまえの、姉妹?」
巧が息を切らせながら驚きを表すと、メルトリリスは気まずそうな顔をしながら、こくりと頷いた。鈴鹿御前は二人のやり取りを見ると、あからさまに見下すような笑みを浮かべた。
「なに? マスターのくせに知らなかったの? ダッサ! ――ってあぁ、そっか。アンタ、記憶無いんだっけ? いま。だったらしゃーなしか」
「そうですっ。ですから、別にマスターに隠していた訳では。いえ、悪いとは思っていますが……って、なんで貴女に庇われなきゃいけないんですかっ!?」
「細かいコトはいーじゃん! まァ、あんまり軽口叩いてられない状況なんだけ――どっ!」
鈴鹿御前はそう叫ぶと、手に持っていた刀を握り締め、振り向きざまにその切っ先をパッションリップへと向けた。
「変われ! 大通連――」
狙いを定め、魔力を集中。機が熟したと判断し、
放った。
「――――楼嵐っ!!」
高らかな宣誓と同時に、大通連が文字通り疾風へと変化した。
放たれた風は轟、と勇猛な雄叫びをあげながら、狭く凸凹とした通路を隈なく舐め尽くした。あたりの瓦礫や粉塵を貪欲にむさぼりつつ、螺旋状に周囲を切り裂いて迫る大きな風を、しかしパッションリップは避けようともしなかった。
激突。
少女の皮膚と肉が削がれ、血飛沫がそこら中に飛び散り、最後に骨が歪む嫌な音が聞こえた。
しかし、それでも、パッションリップは止まらない。全身を刃の風に切り刻まれ、真っ白な肌を鮮やかな赤色で染め上げられながらも、苦しそうな唸りをあげて巧たちへと突き進み続けている。化物が、と鈴鹿御前が思わず毒を吐いた次の瞬間、
咆哮。
う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!
振りかぶられた拳が叩きつけられ、世界がふたたび大きく揺れた。
ばきり、と高い場所から落としたガラスのコップが、粉々に砕け散ったときのような音が鳴り、青い輝きをはなつ床に一瞬で巨大な亀裂が刻み込まれた。
生じた亀裂はあっという間にそのいびつな背丈をぐんぐん伸ばして、逃げる巧たちの足元にまで到達しようとしている。舌打ちを繰り出しながらも、亀裂を避けるためにその場から跳び上がろうとした鈴鹿御前が、
「あっ」
コケた。
おそらくヒビに足を取られてしまったのだと思う。教科書に載っていそうなぐらい、まったく見事なコケ方だった。隣で走っていた鈴鹿御前の身体が急激に傾いていくのが見える。放っておけば、あの怪物をひきつけるための囮ぐらいにはなってくれるだろう。元々命を奪い合う仲だったのだ。見捨てることに対して、良心の呵責などある訳がない。
そう考えたはずなのに、
「――クソがっ!!」
巧はなぜか、鈴鹿御前の腕を取っていた。
あれだけ刀を自由自在に振るっているにもかかわらず、少女の腕は掌の中へ簡単に納まってしまうほど、細く小さかった。伝わる柔らかい人肌の感触になんともいえない感覚を覚えつつ、巧はそのまま腕に力をこめて、倒れかけた鈴鹿御前を無理やり引っ張り上げる。
「な――」
「――バカっ! 走るンならちゃんと前見て走れっ!!」
突きつけられる視線が鬱陶しくて、乱暴に放したあとでそんなことを口走る。そういう問題じゃないだろ――と頭の中の自分が罵倒した瞬間、それを代弁するようにメルトリリスが叫んだ。
「なに助けてるんですかっ!!」
「――コイツが鈍臭ぇのが悪いんだよっ!」
「またムチャクチャなことを言って――――っ!」
そんなことは分かっているとばかりに巧が叫び返すと、メルトリリスもまた応じるように大声で叫び返す。完璧なAIと自称するにはあるまじき沸点の低さだった。目に見えないだけで、もしかしたら蒸気だって噴き出していたかもしれない。
それも当たり前だった。
直前までこちらの命を躊躇することなく狙ってきた敵をわざわざ助けてしまったのだから、キレない方がおかしいだろう。巧も、自分ではない誰かが目の前でそんなことをやらかしたら、キレない自信はなかった。だが、やってしまったものはやってしまったのだから、しょうがないと思う。
「……」
やがて密集地帯を抜けた三人は、開けた場所に飛び出した。遮るものがひとつとしてない、あちこちで闘争の光が弾けては、闇に沈んだ海溝の切り立った壁面が照らし出される、すべてがグリッドで構成された青い世界――逃げ道など無い、世界。
メルトリリスは、ちらり、と後ろを見る。
同じように瓦礫の山から抜け出したパッションリップは、相も変わらず悲痛な呻き声をあげて、わき目も振らず、メルトリリスたちを付け狙っていた。鈴鹿御前によって身体につけられた切り傷は、すでに回復の一途を辿りつつある。デタラメな回復力――それが、センチネルとなったパッションリップに与えられた特質なのだろう。
「――」
このまま逃げ続けていても、いつかは必ず追いつかれる。たとえ運よく逃げ切れたとしても、パッションリップは決して止まることなく、このSE.RA.PHのすべてを破壊し尽くしてでも自分たちを探し出して、最後には粉々になるまで殺す。つまりSE.RA.PHを脱出するには、必ずと言っていいほど打倒しなければならない相手なのだが――
倒せるか、倒せないか。いま、その二択に対して答えを出すのは簡単だった。いや、そもそも逃げの一手を打ててしかいない時点で、最初から答えはひとつしかなかった。
「――マスター」
「なんだっ」
振り返った巧の顔を見て、メルトリリスは思った。
彼だけは、どうにかして生かしてやりたいと。
自分などいなくても、彼ならばきっと、立ちはだかる困難を乗り越えていくことができるだろう。そして、自分の死を最期の最期まで背負い続けてくれる。だから、覚悟を決めた。閉ざされた道を切り開くべく、そして面識のない妹に引導を渡すべく、メルトリリスが立ち止まろうとすると、
「――ああ、もおっ!!」
それよりも一足早く、鈴鹿御前がその場で動きを止めた。
「なにやってんだっ!」
「別に――敵同士で一緒に行動する意味なんか、よく考えたらどこにも無いし。いいカンジだったところを邪魔されて腹立ってたし、お灸据えるにはちょーど良い機会じゃん?
それにね――」
焦りを見せる巧を無視して、鈴鹿御前はメルトリリスに視線を据えた。
「どこぞの誰かが、全っ然似合わないバカみたいな真似をしでかそうとしてるんだもの――ここで退いたら、それこそJKの名が廃るってもんでしょ?」
「貴女は……」
「同情なんてそれこそゴメンだから。私は、私がやりたいって思ったコトをやってるだけだし。
――ほら、さっさと行ったら? いつまでもあれにストーカーされたくないでしょ?」
ひらひら、と手を振って追い払おうとする鈴鹿御前に、巧は躊躇いながらも問い掛けた。
「……本当に、良いんだな」
「しっつこいっ! なに? 囮になりたいの? だったら遠慮なくそーさせてもらうケド」
「――頼んだ」
それが、合図だった。
立ち止まった鈴鹿御前の小さな姿を振り切るように、巧は一気に駆け出した。メルトリリスも戸惑いつつ、巧に遅れて走り出す。それを背後に感じながら、鈴鹿御前は迫るパッションリップをじっと見据えた。
敵――センチネル、アルターエゴ。思わず、笑う。
相手にとって、不足は無かった。
大通連の切っ先を天に向け、意識を集中させるべく目をつぶった。
厳かに、言の葉を紡ぐ。
「――――草紙、枕を紐解けば、音に聞こえし大通連――」
異変を察知したパッションリップが、その動きを止めた。SE.RA.PHに満ちている魔力が、ある一点に目がけて集まりつつある。拘束された彼女の視界でも、その集中点が一体どこにあるのか、容易に判別できた。
自分の、まっ正面。
――う゛あ゛う゛ぅ゛ぐう゛う゛う゛
そこではじめて、パッションリップが構えを見せた。腰を低く落とし、踏ん張るように両足を大きく広げる。巌の如く固く握り締めた右拳を大きく振り上げて、限界まで腰を捻る。垂れ落ちた髪が床をこする。そして、鈴鹿御前と同じく、漂う魔力を暴力的な勢いでかき集め始めた。
膨れ上がった二つの魔力の渦が衝突する。莫大な余波がSE.RA.PHの澄んだ大気を震わせ、地面を揺るがせる。そして、激突しようとした瞬間、
「――おおっとぉ。流石に宝具の使用はご法度らしいですぜ。セイバーの嬢ちゃん?」
どこからともなく、軽々しい男の声が響いて、
「――ふ、ふ。ようやくアタシのオンステージってワケねっ!」
次いで、姦しい少女の声が続いた。
〇
走っている最中、巧はなんの前触れもなく寒気を感じた。
導かれるように、人差し指で耳を塞ぐ。突然なにをやっているのかと、訝し気な視線を向けてくるメルトリリスを無視して、巧は目をつぶった。
突然の奇行を見せられて、メルトリリスの頭の上に浮かんだ疑問符が膨れ上がった、その直後だった。少女の鼓膜を、信じがたいほど巨大で、考えられないほど不愉快な雑音が、容赦なくつんざいた。
「―――――――――!!」
ついに頭がイカレてしまったと本気で思った。
金槌で直接ぶん殴られているかのような痛みが脳味噌を襲い、突っつかれたその瞬間に破裂しかねないほど膨らんだ吐き気が大挙して喉にこみ上げた。できることなら今すぐ鼓膜を引きずり出してしまいたいと真に思う。視界が白滅を繰り返し、世界がぐらりと歪む。ざりざり、と耳の中で砂が擦れ合うような音が聞こえるのは決して幻聴なんかではない。
耳が正常を取り戻すのにしばらくかかった。それでも隣を走る男の声がハッキリと聞こえるようになるまでには、数十秒も待たなければならなかった。
「――い、おいっ! しっかりしろっ!」
「――い、いまのは」
霧がかかったように不鮮明になった聴覚に、ようやく男の声が届く。稲妻のように脈絡もなく訪れた異常事態に思わず尋ねると、男は苦みばしった表情を作り上げてから、ぼそりと呟いた。
「歌だ」
「え――」
「だから、歌だっ。これ以上俺に聞くなっ」
「あ、あれが、歌……?」
こくり、と頷いた巧に、メルトリリスは静まり返った。あんなものが世界には存在していて、しかも歌だと認められているだなんて、信じたくなかった。知りたくなかった。絶望しかなかった。世界が在り方を間違えているのだと心の底から思った。
衝撃の事実に呆然とするメルトリリスと、嫌な予感が的中してしまったことに苦悩する巧の前に、一陣の風が吹く。思わず立ち止まった巧たちの前で、風ははためく深い緑の外套へと変わり、そこから二つの人影が飛び出した。
片方は、右目を髪で隠した男だった。露出されてある左目は、獲物を狙う鷹のような鋭さを垣間見せる形をしている。にもかかわらず、瞳の奥には生ぬるい気怠さしか見えなかった。
片方は、派手な色合いをした頭の両側から、歪な形の角を生やした少女だった。しかし、もっとも目立つのはその衣装だ。スレンダーな下半身を覆い隠す、バカみたいに膨らんだスカート。鈴鹿御前に勝るとも劣らないそのヘンテコな服装は、傍目からみるとアイドルのそれにも見えなくはない。
突然現れたその二人を、巧はよく知っていた。
「おまえら――」
「――どうも。つっても、いきなりで受け入れる訳ないのは、分かってるんですけどね。ま、用件が済みゃおさらばってことなんで、しばらく勘弁し」
「はあい! そこのチンピラ子イヌに、白鳥気取りのいけすかない毒婦っ! 評価なんて知れてるけれど、一応聞いておくわ。アタシの歌どうだった? 最高だった? 最高だったでしょっ!?」
「――オタクはちょいと黙っててくれるか。いませっかくシリアスな雰囲気が出来てるんだから。な? ちょっとぐらい大人しくできるだろ?」
途中で台詞を遮って前に出た少女を、男は青筋を浮かべながら引き留める。すると少女は頬を膨らませながら、
「なによっ。アンタだって、思わず蹲っちゃうぐらい、アタシの美声に聞き惚れてたじゃないっ! ま、アタシの声に吹き飛んじゃったあのデカ乳女に比べれば、微々たるリアクションだけど。反応されるのは何であれ嬉しいものよねっ」
「ありゃ聞き惚れてたんじゃなくて、耳を塞いでたンだっつーのっ! あのなあ、何回説明すりゃ分かってくれるですかねえ!?」
「もう、照れちゃって……でもアタシは受け入れてあげる。偏屈なファンさえ虜にしちゃうのが、トップアイドルだもの。うふ、うふふっ」
「照れてねーよっ! ――ああクソ、ほんっと人の話を聞かねえなあこのバカ娘はっ! ちょっと引っ込んでろっ!」
「ちょっとっ! アイドルには握手会以外お触り厳禁だってことをしら」
言い合いの末に、とうとう外套の中へと強引に少女を押し込んだ男に、メルトリリスは警戒を露わにしながら問い掛けた。
「――貴方達は、誰ですか?」
「あ? あー……ま、BBの使いって言や、嫌でも分かるでしょ」
「BBの……!」
「タンマタンマ。オレもコイツも、今の所はアンタらと敵対するつもりはありませんよ……って言っても、信じられないと思いますけど。これ、大マジですから」
メルトリリスは刺々しい敵意を放つも、男はあっけらかんとした様子でそれを受け流す。だが、信じられる訳が無かった。巧の前に立ちながら、メルトリリスは言った。
「……では、どうしてわたしたちの前にわざわざ現れたのですか?」
「なに、アレの――パッションリップの足止めするついででしかありませんって。
というかアンタよりは、むしろそっちの旦那の方に用があってですね。……アンタがカルデアのマスターかい?」
「……だったら、何だ」
「これを。オレの雇い主が、アンタにいま渡せってご所望でね」
なにげない仕草で差し出された物を見て、巧の目が驚愕に見開かれた。
表面に『SMART BRAIN』という文字列が刻印された、銀色のツールボックス。受け取ると、馴染みのある重量が両腕にずっしりと圧し掛かった。
「――何のつもりだ?」
「さぁて。あのお嬢さんの考えてることは、あんまり分かりたくないんで。細かいことは気にしなさんな。BBを信じるなら――に限りますけど、いまのアンタにとっては逆転の一手に違いないんだろ? だったら、迷ってる暇なんて無いんじゃないすかね?」
「……」
「ま、オレなんかの言うことだ。信用するもしないも、アンタの自由っすよ」
試すような声音に、巧は応えられないまま、ツールボックスを開けて中身を確認した。ファイズアクセルに、ファイズブラスター。そしてもっとも重要な、ファイズギア一式――想像していたような欠けは何処にもなく、すべてが揃っていた。触ると爆発でもするんじゃないか、と戦々恐々だったのだが、その不安もすぐに解消された。
ふと気になって、尋ねた。
「……アイツはどうした」
「アイツ? ……ああ、鈴鹿御前のことですかい? 奴さんの回収も、こっちの仕事の一つなんでね。と言っても暴れそうなんで、そいつの歌でちょっと気絶してもらってますが」
「そうか――伝言、頼めるか?」
「オレの気分によりますが、何なりと」
「助かった。……それだけ、言っといてくれ」
巧の言葉を聞いた男は、目を瞬かせると、たちまちニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。思わず顔を顰める。
「んだよ」
「へえ……なかなか殊勝なこった。アンタ、そういうのは苦手なタイプだと、アタリをつけていたんですけどねえ」
言われっぱなしはムカつく。だから巧は、負けじと意地悪く笑いながら告げた。
「おまえには、負けるさ」
「――――もしかして、オレの真名、知ってます?」
「さあな」
面食らって目を丸くさせている男に意趣返しを喰らわせることができて、内心すっきりする。そして巧は、アタッシュケースからベルトを取り出した。手馴れた仕草で、腰に巻き付ける。
ひと通りの仕事を終えて、さっさと踵を返そうとしていた男が、消える直前になってひと言投げかけてきた。
「そうそう、BBの野郎からひとつ伝言が。――『生き残ってください』ですって」
言われなくても。
男の消失を見届けてから、巧は手に持った携帯電話型マルチデバイス――ファイズフォンを開いた。
――555。
三桁のコードが入力される。軽快な電子音が蒼海に響いたと同時に、少女の大音声をまともに喰らってしまい、吹き飛ばされていたパッションリップが、唸り声をあげながら立ち上がった。
振り上げられた巨大な掌は、一寸の陰りもなく、金色に輝いている。その威容を見て、巧は奇しくも、鈴鹿御前とまったく同じことを考えた。
すなわち、相手にとって、不足は無いと。
――『Standing By』
巧の高まる戦意に呼応するかの如く、甲高いサイレンが鳴り響き始める。
雄々しく、高々と虚空に突き上げられた右腕。
そして、
「――――変身っ!!」
変身ベルト――ファイズドライバーに、ファイズフォンが叩きこまれた。
凄まじいエネルギー量を内包した流体エネルギー――フォトンブラッドを保護する経路であるフォトンストリームから放たれる紅い閃光が、SE.RA.PHの青を瞬く間に塗り潰した。ソルメタルと呼ばれる超金属が、装着者である巧の身体をたちまち覆う。
やがて、光が止み。
――『Complete!』
超金属の仮面の騎士――ファイズが、ついにSE.RA.PHへと降臨した。