Fate/Φ's Order REMNANT SE.RA.PH/ZERO   作:うろまる

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サブタイ変更しました。よろしくお願いします


インスティクト・トゥ・ラン<後編>

 

 

 

 映画館のものを二回りほど小さくしたような大きさのスクリーンが、その部屋の壁面には備え付けられていた。

 個室に備え付けられているようなちゃちな代物とは違い、積層表示も可能な優れ物だ。男ならば、いるだけで思わず居心地が悪くなってしまいそうなほど、ドギツイ部屋の色合いに合わせられた画面から、熟れた果実を連想させる毒々しい桃色の光が煌々と放たれている。

 相変わらず趣味が悪いな――と、スクリーンを見物できる位置の椅子に座った男が思っていると、顔のすぐそばに、湯気を放つカップが差し出された。黒々とした水面から匂い立つのは、煎られた豆の芳しい香りである。

 男は動じず、カップの取っ手をもつ細長い指をたどって、腕、肩、首――と順番に見上げていく。その終着点には、悪戯っぽい微笑みを浮かべる少女――BBの顔があった。

 

「BBちゃんお手製コーヒーです。飲みます?」

「……どーも」

「冷める前にいただいちゃってくださいね」

 

 べつに言葉に従った訳ではなかったが、カップを受け取ると、男はさっさと口につけた。程よい苦味が身体の中に溜まった疲労をこそぎ落としていく感覚が心地よく、思わずため息を吐くと、ニヤニヤと笑う少女が視界の隅に入った。

 

「ニヤニヤして、何か用かよ」

「いーえぇ? 気に入っていただけてるみたいで良かったなあ、なーんて。

 毒が入ってたらどおしよ〜──とか、考えなかったんですか? いくら美少女を前にしているからとはいえ、ちょっと気が抜け過ぎてません? ロビンさん」

 

 隣の椅子に自らも座り、白く光る生足を無駄に艶かしく組み替えながら問いかけてくるBBに、男は――英霊の座より、サーヴァント・アーチャーの冠を授けられたロビンフッドはカップの縁から唇を離して、BBの方を見ずに、

 

「そういう小賢しい真似を使ってくるなら、最初ッからオレなんかを雇ったりしないでしょ。オタクは。

 それに、まだまだこき使う気満々の目つきしといてンなこと言われても、説得力が無いっての」

 

 と、つまらなそうにそう言った。するとBBはいきなり口の中に梅干しでも放り込まれたように顔を大きくしかめて、自らの身体を守るように抱きしめた。

 

「──やだ、いきなり後方理解者ヅラとか、すっっっっっごくキモチワルイのでやめてくれません? 冗談は顔だけで充分足りてますから」

「……真面目な態度をとったオレが馬鹿だった」

 

 男の痩身に脱力感が満ちる。疲労困憊といった風に背もたれに寄りかかりながら、ロビンフッドはスクリーンに映し出されている映像に意識を傾けた。

 そこに映っているのは、金色の巨大な鉤爪を振り回す怪物を相手に、刺々しい刃の脚を持つ蒼い少女と紅い閃光を纏う仮面の騎士が、大立ち回りを繰り広げているという光景だった。

 登場人物の三分の二が、できれば知り合いたくはなかった顔見知りという点をのぞけば、まるで出来のいい特撮映画かなにかを見ている気分になれる。

 サーヴァントと攻性プログラムという怪物が跳梁跋扈し、BBという特大級のロクデナシ……もとい悪い魔女が一枚噛んでいるこの地獄を糾すために、異邦の地からやってきたのが、不可思議な力を使う仮面の騎士──そこまで考えて、映画というよりはおとぎ話に近いな、とロビンフッドは思わず苦笑した。脚本はともかく、映像の出来はなかなかどうして悪くない。

 そんな男を横目で見るや否や、BBはハッ、と鼻で笑った。淑女がやってはいけない顔をしている。

 

「なぁにをニヒルに気取ってるんだか…… 乙女ゲームの運営にオファーをかけられたい願望でもあるんですかぁ? 言っておきますけど、全然似合ってませんからねっ。貴方みたいな時代遅れは、ゼロ年代少女漫画あたりが精々お似合いです」

「――本当に渡して良かったんですかい?」

「はい?」

 

 突っ込みが入ると思いきや、まったく別の話題にすり替えられたからだろう。ぱちぱち、と目を瞬かせるばかりで返事しないBBに、ロビンは気になっていたことを尋ねた。

 

「あのベルトのことだよ。オタク、奴らがここに来るまでの間に、わざわざ顔出してまでアレを没収したんだろ? だから、あんな簡単に渡しても良いのかって、ちょっと気になってな」

 

 女とはいえ、人ひとりを抱えながら走り回ったからだろう、凝りに凝った肩を揉みほぐしながら、ロビンフッドは素っ気なく訊いた。

 問いかけられたBBは、しばらく黙っていたが、やがてくすくす、と漣めいた笑い声をこぼし始めた。そして、上半身のみをロビンの方向に傾ける。衣服に包まれてもなお豊かな実りを誇示する自らの双丘を、見せつけるかのように揺らしつつ、BBは質問に答えた。

 

「──心配はご無用です。私にも、私なりの考えというものが、ちゃんとありますから。あのベルトは、いまは彼の手元にあった方が都合が良いんです。

 でもお、まさかあのロビンさんが、この私を心配してくれるなんてかんど……いえやっぱり薄気味悪いですね。泣いちゃっても良いですか? 主に恐怖とか混乱とか、その辺りで」

「心配なんかしてね……いや。好きにしろよ、もう」

 

 目を潤ませながらそう言ったBBに、今度こそロビンフッドは諸手を挙げて降参した。そして、これ以上の会話は無意味だと言わんばかりに、一層スクリーンを注視する。

 画面に映し出される展開は、いよいよ第一の山場を迎えようとしていた。二人がパッションリップの追撃を逃れつつ向かっている先は、周辺の景色からみておそらくフランク・セパレータ――センチネルでなくても、唯一『裏側』のSE.RA.PHを行き来できるゲートが設置されている場所だろう。

 そして、それを知ることができるのは、センチネル以外には誰もいない。

 

 ――記憶を取り戻すことが、アイツらにとって吉と出るか凶と出るか。

 

 いまは記憶を失っている少女が──メルトリリスがいったいどういう性格の女なのか、ロビンフッドはよく知っている。世界を侵すほどの毒を、そのまま人間の形にこねくり回したようなサーヴァントを、よりにもよって味方に選んだマスターが、いったいどんな末路を辿るのか。

 それはおそらく、SE.RA.PHのみが知っている。

 ロビンフッドがそんなことを思っていると、BBがふたたび、つまらなそうな顔でこう言った。

 

「なんですかそのモノローグ」

「……」

 

 気軽に心を読まないで欲しかった。

 

 

 

 〇

 

 

 

 その場から一歩踏み出した瞬間、それまでしつこく纏わりついてきていた重力が、一瞬で消えた。やがて、得体の知れない浮遊感に全身が包まれた――かと思うと、そのコンマ数秒後には、はるか頭上から高速で下ろされた重力の槌によって叩き落とされていた。

 落下が、始まる。

 

「――――――っ!!」

 

 空中に張られた無数の見えない空気の膜を次々と破いていきながら、ファイズは何十メートルも下にある地面に向かって、ひたすら真っすぐ落ちていく。半歩遅れて飛び降りたメルトリリスも同様に、あっという間に重力に引き摺りこまれて落ちていく。

 まともな人間ならばまず考えついても起こさない行動だったし、仮に実際に起こしたとしても、百回ほど死んでなおオツリが出そうなぐらいの高さだったが、生憎といま逃げている二人はまともな人間ではない。

 そして、それを追いかける者も、また。

 

 ぁ゛る゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!

 

 背筋が凍りつく雄叫びをあげながら、パッションリップが飛び降りてきた。

 両手の鉤爪を握り拳に変えて、先に落ちた二人よりも遥かに暴力的に空気を裂きながら、獲物の血と臓物を撒き散らすことだけを目的にした怪物と化して、わき目も振らず一心不乱に迫りくる。

 空中で反転したメルトリリスが、縦と横に足を二度振った。少女の体内で魔力の奔流が始動すると同時に、凄まじい速度と威力を内包した水の刃が、爪先から瞬間的に生み出され、パッションリップ目がけて撃ち放たれる。考えるのも馬鹿らしくなるほど莫大な重力加速度に、真っ向から抗いながら、絶えず流転する刃は回避や防御の暇も与えずパッションリップを切り刻んだ。

 だが、怯まない。空中に血色の線を引きながら、パッションリップは右拳を放った。飛沫のように拡散する不可視の波濤。遅れて聞こえてきた轟音は、得物の速度が音を越えた証だ。

 

「──マスターっ!!」

 

 メルトリリスが叫ぶより早く、ファイズは手に握っていたファイズエッジを、すぐそばで滝のように激しく流動していた壁に向かって、勢いよく突き刺していた。切っ先が瓦礫を破砕する音が断続的に響く。急激な減速をかけられて、全身の体重を一気に受け持った両腕が激しく軋む。両肩が溶けた鉄をかけられたように熱く燃え盛りながら痛む。

 それらすべてを腹の底に飲み下し、極限まで速度を殺す。機が熟したと判断した瞬間、近くを落ちていたメルトリリスの腕をひっつかんで、必死に手繰り寄せた。敵の拳、すぐそばにある。それを悟ったメルトリリスは、引き寄せてきたファイズの無骨な身体を抱き締めると、渾身の力を込めて壁を蹴りつけた。

 

 直角に切り立った石造りの水面から、人魚が飛び出し、軽やかに宙を舞っている。

 

 傍から見れば、確かにメルトリリスの姿はそう映った筈だった。だがそんなことは当の本人はまるで知らない。それどころではないからだ。

 自分の背中のすぐ傍を、爆発にも似た風圧が通り過ぎるのを感じた。当たっていれば、間違いなく細胞の一片も残らなかったに違いない。恐れを心の底に押し込めて、メルトリリスはファイズを抱きかかえたまま、曲芸めいた軌道を描いて落下速度を緩め、地表へと降り立った。イメージするのは羽毛。完全に体重と重心を操作された少女の爪先が、音さえ立てずに地に触れた。ファイズがメルトリリスの腕から離れた、直後。

 

 それをかき消すかのように爆音を立てて降臨したのは、パッションリップ。

 

 減速をしなかったからかもしれない。降り立ったと同時に、少女が着地した場所が押し潰されたようにへこみ、修復不可能な亀裂が走った。衝撃がこちらまで伝わってきそうだった。足の裏が少しだけ浮遊したのは、決して気のせいなんかではないと思う。

 

「──」

 

 視線を交錯。ファイズが少女に向かって頷き、メルトリリスはそれに無言で応えた。

 

 そして二人は合図もなく駆け出した。ファイズは右から、メルトリリスは左からと、挟み込むような軌道でパッションリップに迫る。先に辿り着いたファイズは、掴みかかろうとする手をかいくぐり、ファイズエッジを水平に薙ぎ払った。胴体に浅い裂傷。パッションリップは怯まず、爪を突き出す。それを、割り込んだメルトリリスの脚が蹴り上げる。金属音。たちまちがら空きになった腹に、ファイズは、渾身の突きを放つ。光る切っ先は、鳩尾を完璧に捉えた。パッションリップは、吹き飛ばされた勢いに抗わず、狂い切った思考なりに、敵から距離を取ろうとする。

 しかし、その頭上には既に、たどりつく位置を予測して宙を駆け飛び、振り上げられたメルトリリスの踵が、SE.RA.PHの光を反射して鈍く閃いていた。

 

 ――狙うは、頭蓋。

 

 パッションリップは手を掲げて防御。宙より注いだ銀色の刃と、地から跳ね上がった金色の爪がぶつかり、甲高い音と共に火花が飛び散る。その隙間を縫うように、ファイズが懐へ一気に潜り込む。受け取ったアイコンタクトに従って、地を砕かんばかりに踏み込み、左脇腹から右胸へと一気に抜いた。確かな手応え。だが、瞬きの間に傷は再生。斬撃は無意味か――ファイズはそう判断を下すと、抜き払ったファイズエッジをそのまま、パッションリップの義手と生身の境目に躊躇なく切っ先を突き刺した。

 刹那ではあるが、パッションリップの右手が、右腕から切り裂かれて地面に大きく音を立てて転がった。残されたもう一方の手に引っ張られて、パッションリップの身体が一気に左へと傾いた瞬間、メルトリリスの踵を打ち込む変則的な前蹴りが、少女の腹を鋭く穿った。それだけでは、怪物は止まらない。止まらないがしかし、いまここに在るのは、かつて月のすべてを吸い尽くそうとした少女が振るう、絶世の魔剣である。

 故に。

 ひと息、吐いて。

 刺し込まれたメルトリリスの脚が、パッションリップの体内から、リソースを一気に吸収し始めた。

 

「あ゛い゛ぎぃ゛――――あ゛ァ゛あ゛ッ゛!!」

 

 パッションリップの唇から、それまでとは明らかに質の違う明確な苦悶の悲鳴が零れ落ちた。センチネルだからなのか、それとも自分と同じ生まれの――BBより生まれ落ちたアルターエゴだからなのか、これまでサーヴァントから得てきた物とは比べ物にならないほど純度の高いリソースが、メルトリリスの体内を暴れ馬のように駆け巡る。あ、と思わず声を洩らしてしまい、不意に羞恥心を覚えた刹那、メルトリリスの脳裏にふたたび、電撃が走った。機能の向上と、記憶の回復。次に甦るのはどんな記憶かと、分けた意識でメモリーを注視する。雷光で白く染まる思考。

 

 

 ――――映ったのは、一人の女だった。

 ――――女は、ただひたすらに笑っていた。

 ――――宴を楽しむように、けだものを窘めるように。

 ――――人を愛するように、虫けらを慈しむように。

 ――――ただ、ずっと、笑っていた。

 ――――黒髪。金目。滴るような女の臭い。

 ――――そして頭の横から生えた、二本の

 つ

 

 

「ぐ、い―――――う゛あ゛ぁ゛あ゛ッ!!」

 

 一瞬だけ、気を抜いていた。

 そして、その一瞬が、命取りになった。

 パッションリップの振るった爪が、メルトリリスの身体を直撃した。

 

「ぐ、う――――っ!」

 

 糸の切れてしまった人形のように真横に弾け飛んだメルトリリスを追うために、パッションリップはどこにそんな力を宿していたのかと驚いてしまうほど、高く跳躍した。余波に押し出され、床に転がったファイズの目に、巨体でそのままメルトリリスを圧し潰さんとするパッションリップの姿が入った。ほとんど四つん這いのまま駆け出す。しかし、到底間に合わない距離だった。やるしかない。舌打ちと共に決断。

 ファイズは、ファイズエッジを逆手に持ち変えると、身体を横にして、上半身だけを捻じりつつ、地面に縛り付けた方の片脚に全体重を注ぎ込んだ。ソルメタルに包まれた全身の筋肉が、音を立てて隆起する。そして、浮いた方の脚を、大地を穿たんばかりの勢いで叩きつけた。すべてを速度と力に変換することを思う。装着者の意志を淀みなく伝えるために、ソルフォームが極細の毛細ケーブルを蠢かせるその狭間で、ENTERボタンを叩き潰すように押した。

 

 ――『Exceed Charge』

 

 フォトンブラッドが唸りを上げて刀身に注入される。すかさず、ミッションメモリーを取り外し、

 喰らえ。

 押し出すように、投げた。

 槍投げのように射出されたファイズエッジは、砲弾のような速度を保ちながら、メルトリリスに襲い掛かろうとしていたパッションリップの首を貫いた。

 意識の外から攻撃を仕掛けられ、パッションリップは成す術もなく、小石のように吹き飛んだ。

 敵影に気を配りながら、巧はメルトリリスの元へ駆け寄る。既に立ち上がってはいたが、ふらついた足取りが気掛かりだった。

 

「大丈夫か」

「……平気、です。傷はつけられてしまいましたが、戦闘続行に支障はありません。それよりも――」

 

 メルトリリスは、後ろめたそうな表情で、パッションリップが吹き飛んだ方向を見つめる。

 そこには、首に刺さったファイズエッジをなんでもないように抜き放ち、怒りに任せて粉々に握り潰しているパッションリップがいた。

 ぱらぱらと地面に落ちては跳ねる、幾つもの赤い破片。その光景に、メルトリリスは悔やんでも悔やみきれなかった。時間を戻すことができれば、どれほど良いだろうかとさえ思った。

 あのとき、過ぎった記録に立ち止まっていなければ、彼の手を煩わせることはなかった。あとでいくらでも回想できたのに、愚かしくも自分は、戦場の最中にいるにもかかわらず見入ってしまった。

 だが、と思う。あの、まるで意味を推察できない短い記憶は、このセラフィックスに起きた異変の根幹に大きく関わっていたもののひとつに間違いないだろう。確証はないが、不思議と確信はあった。しかし、疎かにした結果が、これだ。

 

「――すみません。わたしのために、貴重な資源を」

 

 深刻そうに眉を曲げながら頭を下げるメルトリリスに、巧は気の無い風にひらひらと手を振って、

 

「気にすんな。どうせ、すぐに作り直す」

 

 と、言った。

 ここで、一つ訂正しておかなければならない箇所がある。巧はすぐ作り直せると思っているが、実際にはレオナルド・ダ・ヴィンチほどの天才の手にかかっても、粉々にされた上での修復には五日ほど掛かる。元々ファイズエッジが取り付けられていたオートバジンは、通常のオートバイのそれとは違い、スマートブレインの手によって人型戦闘形態へと変形が可能となっている。

 つまり修復する際には、バイクモードだけでなく、オートバジンモードにも対応できるように、内部のシステムを構築し直さなければならないのである。

 スマートブレイン社が構成するシステムは、人間ではなくオルフェノクを対象にしているせいなのか、通常のそれに比べると面倒臭い部分が多い。そうなることを知っていたから、ダ・ヴィンチはサーヴァントの攻撃にも耐えられるようにあらかじめ加工を施しておいたのだが、流石に複数の女神系サーヴァントを合成した霊格を持つハイ・サーヴァントの攻撃は予想していないようだった。この場にいれば、我が子を取り上げられた母のように涙を流しながら、残骸に手を伸ばしていただろう。

 が、今はまったく関係ないので、置いておく。

 

「――ここが、そうなのか?」

 

 巧の問い掛けに、メルトリリスは頷いた。

 中央管制室に辿り着くための裏ルートがあるという脇腹……フランク・セパレータを目指して、パッションリップに追いかけられながらも、自分たちはどうやら目的地に無事辿り着けたらしい――それは良いが、と巧は思う。無視できない大きな疑問があった。

 

「どこにあるんだ、そんなもん」

 

 一通り見渡しても、出口らしき物は見当たらなかった。いままで視界に絶えず挟まってきた、SE.RA.PHの蒼く無機質な世界と違ったところは、なにひとつとして見当たらない。

 首を巡らせる巧を見て、メルトリリスはひどく言いにくそうに告げた。

 

「……SE.RA.PHを掌握して、聖杯戦争を支配している黒幕がBBという話は以前しましたよね?」

「ああ」

「いくら管理者とは言っても、ここで行われているすべての戦いを、見て回ることはできないでしょう。そこで彼女は、自らをセラフィックスと一体化させることを選んだのです。貴方がレイシフト最中に見た巨大な女性は、いわばBBの身体その物なんです」

「……つまり?」

 

 いまいち話の要領を得ることができず、巧は首をひねる。

 メルトリリスは、人質を取られてしまったような刑事の如く躊躇い続け、とうとう覚悟を決めた。

 

「つまり、ですね――簡単に言えば、こっ、コショコショすれば、SE.RA.PHをひっくり返して、裏側に突入することができます」

「――はあ?」

「ですから、くすぐればいいんです。

 ここをっ。それはもう勢いよくっ!!」

「……おまえ……」

 

 吹き飛んだ際に、頭のネジまで緩んでしまったのか、と思った。

 それが顔に出てしまったようで、メルトリリスはだから言いたくなかった――と言わんばかりに、顔を歪めた。その表情を見ると、どうやら嘘はついていないらしいことはわかるが、それにしたって頭のネジが緩んでいると思う。

 

「――仕方ないでしょうっ!? SE.RA.PHの管理者であるBBが、そうするように設定したんですから、わたしにはどうすることもできないじゃないですかっ! わたしが悪いんですか!? いいえわたしが悪いんでしょう!?」

「わかった。わかったから、落ち着け」

 

 自分は欠片も悪くないというのに、救いようのないバカを見る目つきを向けられることに耐え切れず、メルトリリスはとうとう虎のように吠えた。それを宥めながら、巧は思う。BBの考えていることが、ますますわからなくなってきた。

 メルトリリスが、裏ルートの存在を知っていることなど、とうの昔に承知しているだろう。記憶喪失にあるのは、おそらく予想外のはずだったが――リソースを得ていく道中で思い出すことを、予想できない筈はない。なにせ、生みの親らしいのだから。

 だから当然、フランク・セパレータとやらにも、妨害役を置いてくると思っていた。

 だが実際は、目の前のメルトリリスに似たサーヴァントだけで、他の妨害は何も無い。それどころか、その使いを名乗る者に、ご丁寧にベルトまで手渡しさせた。レイシフトの最中に、わざわざ取り上げたにもかかわらず、だ。

 何を考えているのか、まるでわからない。この特異点を修復して欲しいのか、それとも、修復して欲しくないのか――そこまで考えて、巧は思考を打ち切った。どうせ、自分があれこれ考えたところで、真実が明らかになるはずがない。できることはただ一つ、愚直と蔑まれようが、前に進み続ける。

 

「……要するに、くすぐりゃいいんだな」

「というより、なにか強い衝撃を与えれば良いのだと思います――問題は、いまのわたしでは、一瞬でひっくり返すほどの衝撃を与えられないということです。魔力を練れば、あるいは可能かもしれませんが……」

「――アイツが邪魔、だな」

 

 巧が、重々しく告げると同時に、牙を剥いた獣が唸りを上げた。

 十本の爪で荒々しく地面を削りながら、パッションリップは確かに、隠された双眸を巧たちにしっかりと据えていた。骨の髄まで狂ってしまいそうなほどの殺意と敵意に濡れた眼差しを。

 

「――倒す必要はありません。遠ざけられれば、それで良いんです。そうすれば、裏側に突入して、彼女から逃げられるだけの時間は稼げます」

「……ひとつ、アテがある」

 

 巧は、腕に取りつけられた、リストウォッチ型コントロールデバイス――ファイズアクセルを見た。倒せはしない相手を、遠ざけるだけならば。かつて第六特異点で巧の前に立ちふさがった騎士――天に頂く太陽を振るう、あのいけすかない金髪男にもやったことを、もう一度繰り返せばいいだけだ。

 メルトリリスに、巧は落ち着いた口調で言った。

 

「けど、成功するかは半々ってところだ。……それでも、良いか?」

「――それを言うなら、わたしも半々ですから。お互い様ですね」

 

 くす、と小さく笑みを漏らすメルトリリスに、笑い事じゃないだろ、と突っ込みたくなったが、巧も自然と笑みを浮かべていた。

 そして、巧はファイズフォンのミッションメモリーを取り外し、赤と銀が基調になったアクセルメモリーを代わりに換装した。胸のフルメタルラングが音を立てて展開し、月のように光っていた眼が一気に鮮血めいた色へと変わる。

 

 

 そこから先の十秒間は、瞬く間に過ぎていった。

 そして、始まった時と同じく、あっけなく終わりを告げた。

 かつて戦場だった場所に残された物は、数えきれるほど少ない。静寂に、粉々に砕かれたファイズエッジに、パッションリップが撒き散らした瓦礫。掌に載せられる五センチ四方のキューブ状にまで、極限に圧縮された空間。

 

 

 

 

 

 

 

 パッションリップは、立ち止まった標的に向けて己がイデスを発動するべく、五指をおおきく広げた右手を前方に掲げた。

 体内で暴れ馬のように駆けまわっていた膨大な魔力が、乱雑ながらも指向性を与えられ、右掌に集中していく。空間が歪み、折り曲げられた指たちが不快な金切声をあげる。爆発の時まで、わずか数舜といったところ。標的の位置を正確に捉えるために、パッションリップは前を見る。上げた脚に魔力を集めている影に、先ほどとは違う姿をしている影。関係ない。押し包み、握り潰す。彼女自身の思考は既に摩滅し、他者によって植え付けられた思考に染め上げられていた。オルフェノクの、乾巧の抹殺。言葉の意味は分からぬまま、パッションリップはイデスを――万物を圧縮し、五センチ四方のキューブの中に収める、トラッシュ&クラッシュを解き放とうとして、

 視界に映る影が、突如として増えた。

 

 ―――――――!!!!????##%$$&―――――――――!?

 

 困惑の嵐に巻き込まれるパッションリップをよそに、影は爆発したように増えていく。十、二十、三十、四十、五十――最終的には、もはや自らの掌には収まり切らない数へと。これでは、仕留められない。それでもイデスを止めるという思考は浮かばなかった。見える部分だけでも握り潰さんと、爪を曲げかけたパッションリップの胸に、

 

 ――千を超える蹴撃が、一度に叩き込まれた。

 

 最後に彼女の視界に映ったのは、雷光にも似た銀色の光だった。魔力の発動など、微塵も感じ取れなかった。意識が津波に押し流されたように、一瞬で消える。それでも、手は握り締めていた。ゆえに、パッションリップのイデスは、なんの問題もなく発動した。

 

 

 

 

 

 

 目視することすら不可能だった。

 

 

 一瞬で姿を変じた騎士が、腕に取り付けてある装置のボタンを押した。メルトリリスが把握できたのは、そこまでだった。瞬きをした瞬間、マスターの姿が掻き消え、その代わりに虚空を無数の残影が埋め尽くした。その一つ一つが、自分のマスターであるとかろうじてわかったのは、かすかに令呪の魔力を感じ取ることができたからだ。だが、この現象には、魔術は一切絡んでいない。それがメルトリリスには信じられなかった。魔力の発動も無く、このような術を行使できるとなれば、それはもう魔術の領域を遥かに超えた何かである。

 数秒もしない内に、散弾のような音が響き、パッションリップが吹き飛ぶ。それとまったく同時に、メルトリリスの隣に仮面の騎士が音も無く降り立った。瞬間、大きな高まりを見せる魔力。

 

「――――っ!!」

 

 そして、メルトリリスは、高く屹立させた自らの魔剣を、勢いよく振り落とした。

 

 

 

 〇

 

 

「――あん、やっ。今はっ、あっ」

「なんスか急に変な声だして――ってうわっ、バカやめろっ! せめてコーヒー置いてからぐにゃぐにゃしろって! カーペットにシミが付くシミがあっあっあっ、あーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

 

 〇

 

 

 

 巧の耳に、SE.RA.PHが蠢く音と、世界が圧縮される音が、混ざって響き、

 なにもかもが、反転していく――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで第三節終了です。
四節もよろしくお願いします。
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