Fate/Φ's Order REMNANT SE.RA.PH/ZERO   作:うろまる

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蒼の運命

 

 

 

 敵の傍に家来のように付き従っていた二本の刃が、女が何事かを呟いたと同時に、持ち手も無くひとりでに動き出した。

 通路の狭さなどハンデにすらならないと主張するかのように、これ見よがしに回転などしているのは、それを操る女の性格の悪さの程を垣間見ることができる。慣れない土地に、怪しげな未知の敵の数々──まともな退路が無いことを悟り、せめて長物を振り回すには不利な場所を戦場に選んだつもりだったが、これは流石に予想外だった。

 ──サーヴァント。

 以前の巧は露ほども知らず、今の巧は嫌になるほど知っている、オルフェノクとはまた違った位置に存在する異常。

 女の正体は、まさしくそれだろう。一人の人間が持てる物とは思えない濃密過ぎる存在感。腰に佩かれた女の細身には似つかわしく無い物騒な代物。バカみたいな服装にバカみたいな喋り方にバカみたいな格好。偏見まじりの後半はともかく、これだけ条件が揃えば間違いようなど無かった。

 サーヴァントと自分の──オルフェノクの力量差は、いまさら比べるまでもなく明白だ。幾ら人外の力を手に入れたとしても、それまで普通の人間として過ごしてきたオルフェノクと、他者との命を懸けた闘争がほとんど日常となっていた者が人間以上の存在と化したサーヴァントを比べるのは、そもそもが間違っているとしか言えない。自分は戦いにはある程度慣れてはいるが、やはりどんぐりの背比べだろうと思う。これまで駆け抜けて来たいつか何処かの特異点で、ぼんやりとしか思い出せない誰かに教えられた言葉は、今もなお巧の骨の髄にまで染み込んでいる。サーヴァントなどとまともに戦おうとするな。オマエ如きが、容易く勝てる相手ではない──

 言っていることは正しい。だが、今ここで退く理由にはならない。

 乗り越えなければいけない壁なら、乗り越える。砕かねばならない障壁があるなら、打ち砕く。

 ただ、それだけだった。

 それだけが、不器用な自分に出来るすべてだった。

 

 

「──天魔覆滅、三途の川にお見送りじゃん────!」

 

 

 張り詰めた鼓膜に、稲妻めいた号令が木霊し、旋転する斬撃が飛来を開始。

 

「────ッ!」

 

 そして巧は──ウルフオルフェノクは地を揺るがさん勢いで床を蹴り、大加速で突撃した。

 三歩目を踏んだ時点で既に、ウルフオルフェノクの速度は100kmを超えていた。だが足りない、と思う。まだ少ない。まだ届かない。速度に餓えた孤狼は、その身を灰色の銃弾と化しながら、音を置き去りにして敵に迫る。巻き立てられた埃が光に照らされて輝きを放ち、空気を伝わる衝撃にガラスが細やかな震動を見せる。流線型に溶けた視界の先。鈴鹿御前の命令によって解き放たれた荒れ狂う刃の嵐は、腹を空かした獣のように上下に顎を開けながら巧を待ち受けていた。

 

 ――上等。

 

 二つの刃の切っ先がもはや髪の先に触れんとした瞬間、巧は勢いのまま跳躍すると、宙で身体を丸めて回転した。全身に生え揃った大小不揃いの刃が、一つの巨きな剣へと変遷する。存分に速度を重ねたそれは桁違いの遠心力を伴ったことにより、鈴鹿御前が寄越した獣の顎を粉々に打ち砕いた。火花を生み出しながら弾き飛ばされた刃は、壁に勢いよく埋もれると、それまでの暴威がハリボテだったかのように沈黙した。

 

「──マジ?」

 

 敵の顔にわずかな驚愕が奔る。それを巧が見逃す訳が無かった。着地と同時に再び疾走。背を見せた瞬間に蹴り倒してやると決意する。しかし次の光景を見た瞬間、巧の頭に疑問符が浮かび上がった。

 

 鈴鹿御前は逃げの一手を打つことなく、残る最後の一刀の柄を握り締めながら、巧と鏡写しになるかのようにこちらへ向かって疾走していた。

 

 手数の有利も失った。距離の優勢も既に無い。だというのに、なぜ。予想だにしていなかった絵面に微かな躊躇いが過ぎり、すぐさまそれを捨てた。一瞬の躊躇いが致死に繋がりかねない距離に両者の身体は突入していた。思う。真っ正面から来るというのなら、別にそれで良い。叩き潰すだけだ。決意は闘志になり代わり、脳髄が水で洗い流されたようにクリアになる。だからこそ、見えた。迎え撃とうとしている女の頬に浮かんだ不敵な笑み。接敵まで、コンマ数秒。ふとうなじに感じた怖気。

 

 交差する、寸前。

 堪らず、跳んだ。

 

 ほとんど本能だった。急速な体重の変化に耐え切れなかった足の筋神経が、ぷちぷちと断裂する音が聞こえたが無視した。ほんの少し手を伸ばせば肉薄した女の首を切り裂けたにも関わらず、何の手出しもせずにただ頭上を飛び越える形となった巧の反転した視界に、鈴鹿自らが放った横薙ぎの斬撃と、先ほど蹴散らした筈の二刀が、自分がいた場所を穿つ光景が見えた。

 不格好に地面に降り立つ。転がりながらもどうにか勢いを殺して立ち上がる。息を切らしながら振り向くと、鈴鹿御前は追撃をせず、刀を肩にかけながら何処か楽しそうに笑っていた。

 

「──なに、これも避けちゃうんだ? や、活きが良いのは助かるんだけどさあ、苦労かかりそうなのはNGなんだよね。ほら、アンタ殺したって、邪魔なサーヴァントどもが減ってくれる訳じゃないじゃん?」

 

 最後まで聞かず、足元にあった瓦礫を顔面に向かって蹴り飛ばした。しかし鈴鹿御前はいとも簡単に払い除けると、掌をかざして再び刀を巧に向けて解き放つ。速い。逃走は明らかな愚挙だった。袈裟懸けに斬り下ろしてきた一振り目を右腕で叩き落とす。隙間を縫うようにして胴を狙ってきた二振り目を咄嗟に膝で蹴り飛ばす。片腕片足を使ってしまい、バランスが不安定になったその一瞬を見計らったかのように、残る一刀を携えた鈴鹿御前が、巧の懐に音も無く潜り込んだ。

 間近にある女の形の良い唇が、浅い呼吸音を漏らす。

 感じた。

 右から首に、一閃。

 防御はどうにか間に合った。しかし無理やりな体勢から挟み込んだ片腕風情で、女の膂力に耐えることなどできるわけがなかった。弾かれた身体に自由など利かず、巧は虚空を枯葉のように舞った末に手近にあったドアをぶち破った。

 

「ぐ──」

 

 ヒビぐらいは入ったかもしれない。激痛の走る左腕を押さえながら、唐突に放り込まれた闖入者に驚いて、もうもうと埃を立てている部屋の中を見渡す。

 リノリウムで作られたらしき長方形の机が幾つも並べられ、その上には必ず、巧には使い道がまるで想像できない類の機器が取り付けられていた。機器には大量のコードが付着しており、辿っていってみると全ての線が、ある一点に集められていることに気付いた。そこにあったのは、巧がよくカルデアで見る、レイシフトの際に使うコフィンに似た筒状の機械だった。

 

「──?」

 

 なぜカルデアの資金源でしかない施設にこんな物があるのか、と思考した直後、巧が破った方の反対側にある扉が音を立てて吹き飛んだ。中途半端に飛び出ている、すらっと細く長い足。

 蹴り開けやがった。

 

「隠れんぼは趣味じゃないんだよねー。まあ、ここに放り込んだのは私なんだけど……って、何? コレ」

 

 へらへらと軽薄に笑いながら部屋の中に入ってきた鈴鹿御前も、巧と同じようにコフィン擬きを見て顔を顰めてみせた。

 知らねぇのかよ、と思わず巧が漏らしたひと言を耳聡く聞きつけたらしく、鈴鹿御前はふん、と鼻を鳴らす。

 

「別に人間どもがなに企んでよーが、私にはぜんっぜん関係ないしっ! 聖杯を手に入れる邪魔さえしなきゃ、好きなだけ悪巧みして、好きなだけ互いに足引っ張ってれば良いんじゃない? ま、人間如きにできることなんて、たかが知れてるケド」

「……おまえ」

「なに」

「ヤな女だな」

 

 巧が呟くと、鈴鹿御前は苦虫を口いっぱいに含んだように顔を歪ませた。

 

「……うわ、待って待って、ちょっと待って。マジヤバいんですけど。アンタみたいなのにそーいうこと言われると、腹立つどころか殺したくなってくる」

「やってみろよ──出来るもんならな」

 

 侮蔑を吐き出しながら、指をちょいちょいと振った。女の表情の時間が止まる。柄を握る白い手に力が籠もり、血管が浮かび上がる。

 

「お望み通り、やってやろうじゃん──!」

 

 憎悪と激怒が無い混ぜにされた咆哮と共に、殺意を刀身に濃く塗り込んだ二刀が来た。巧はすぐさま、自分が破って扉の無くなった出口から再び回廊に飛び出た。しかし、目標を失って壁に突き刺さるかと思った二刀は、蛇のように軌道を変えてしつこく追ってくる。わかっていた。これを断ち切るには、操る元である女をブチのめす以外に道は無い。触れる直前、限界まで背筋を逸らした。胴体の表面すれすれを刃が通り抜ける。柄が頭上を通り抜けたその瞬間、沿った身体を支えるのみに留めていた両脚に渾身の力を入れて、バク宙の要領でその場で小さく旋転。勢いを更に増させるかのように、反転しながら全力で窓に目がけて柄頭を蹴った。

 ガラスが割れる甲高い音。

 獲物を追ってきた鈴鹿御前の姿を視認した巧は地を這うように跳躍。消えた得物と散らばるガラスの破片にわずかな一瞥をくれたのみで全てを察した鈴鹿御前は、舌打ちを漏らしつつも一刀のみの迎撃を決断した。

 鈴鹿御前の視界に映る異形が、足音すら立てず、その場から霞となって消えた。刹那、右から鋭い足刀。どうにか刀で捌き、迎撃に移ろうとした次の瞬間には、異形は既に違う位置へと移っていた。左、脇腹を狙いに来た肘を柄で受け止める。上、頭蓋を砕かんと振り下ろされた腕を鞘で払う。気配が瞬きの間で背後に移動。振り向きざまに薙ぎ、そのまま正面への振り払いへと繋ぐ。しかし描いた円に敵の影は欠片も無い。ふと頭上に違和感を感じて退がると、落石の如き蹴り足が床に急降下でぶち当たった。

 まるで小蝿だと鈴鹿御前は思う。それもかなり鬱陶しい類の。

 絶え間ない連撃が津波の如く押し寄せる。間断の無い攻撃を捌くには絶えず刃を振るわねばならず、そのせいで大通連を変化させることができない。更にはそれにリソースを割かれてるせいで、外に蹴り飛ばされた二刀を呼び戻す余裕も無かった。正直な話、一呼吸ほどの間さえ有れば、作業は容易に為せる。だが、いざ一呼吸を生み出そうとすると、その萌芽に素早く勘付いて、息つく間もなく押し潰して来るのだから鬱陶しいたらありゃしない。研ぎ澄まされた獣性と鍛え抜かれた理性を併せ持った魔性──たまらなく、厄介であった。

 

「うっ、ざいっ!」

 

 苛立ちが露わになった大振りを回避。斬撃は回廊すべてに深い斬痕を刻みつけ、大量の火花を束の間散らした。白滅する世界。追い打つかのように放たれた刺突を目に、ついに巧はかすかな勝機を見て取った。迎え撃つように左の掌を合わせる。太陽を思わせる黄金の煌めきを放つ大通連は、くすんだ鉄板を連想させる鈍い銀色のオルフェノクの外骨格を、嘲笑ってみせるかのように易々と刺し貫いてみせた。

 神経を直接炙られているような、とても正気ではいられない痛みが巧の脳を埋め尽くした。骨を削られる感覚に視界が明滅し、肉がこそぎ落とされる感覚に臓腑が悶えた。獲物の明確な苦痛を見た女が、意地の悪い笑みを刻む。

 だから、それが勝機となった。

 押し負けることなど、はなから承知の上だった。左手なんぞいくらでもくれてやる。だが、くれてやった分の釣りは必ず貰う。

 喚く激痛を噛み砕き、巧は手を動かして大通連を更に骨に絡ませた。そして、鈴鹿御前の握る力よりも上回ったと確信した直後、血反吐を吐くように叫びながら、大通連を鈴鹿御前から奪い取った。

 

「な、あ────!?」

 

 底無しのバカを見るような目つき。

 今すぐ、黙らせてやる。

 爆発的に増加したアドレナリンに急かされるように空いた右手で拳を形作る。強く、硬く、決して解けてしまわないように。

 振り被る。渾身の踏み込みが、コンクリートすら砕く。

 そして巧は、武器を奪われ立ち尽くす鈴鹿御前の顔面を、全力でぶん殴った。

 一直線に吹き飛ぶ敵影。確実に芯を捕らえたつもりだった。

 だが、

 

「――ああ?」

 

 この手応えの無さは、何だ?

 拳に返ってきたのは、頬骨を砕く胸糞悪い感触ではなく、風にそよぐカーテンを叩いた時のような、ひどく頼りない感触だった。

 決定的な間違いを犯してしまった気がしてならず、巧が数舜だけ動きを止めた。

 瞬間、だった。

 左掌に突き刺さったままの大通連が、ごうと音を立てて燃え上がった。

 

「ぐ、づ──―――う、が――あぁあっ!」

 

 口から悲鳴が出た。今度こそダメだった。魂も身体も苦痛に屈した。膝から崩れ落ち、捨てられた犬のように地面に突っ伏した巧を、大通連に灯った炎は情け容赦なく照らし出している。火に照らされて明るさを増した闇の中、いつの間にか巧のそばに立っていた鈴鹿御前はかすり傷一つすらない顔面を冷徹な殺意で染め上げて、もがく獲物をじっと見つめていた。

 

「――油断した。マジで油断した」

「……ぐっ、が……」

「まさか、ここまでやるとは思ってなかったし。腹立たしいけど、褒めたげる。アンタ、ここに来た今までで、一番気に喰わない相手だから」

 

 殴られた場所を擦りながら、鈴鹿御前は一種の感心さえ含ませてそう言った。欠片も嬉しくねぇよ――と巧は内心で呟く。立ち上がろうとすると、すかさず伸ばされた鈴鹿御前の手が、巧の手に突き刺さる大通連の柄を強く握り締めた。

 

「が……あ、ああっ!!」

「鬱憤晴らしに付き合ってもらうけど、拒否権とか無いから――ほんとに、腹立ってるの。つーかさ、女子に手ェ上げるとか、ちょっちデリカシー足りてないんじゃない? しかも顔狙いとかさあ」 

 

 その言葉を聞いて、巧は息絶え絶えに笑ってみせた。

 

「…………おまえが……女? バカか、笑わ、せんな……」

「――――――マジ、ムカつくね。アンタ」

「づ――――――っ!」

 

 存分に見せつけるようにゆっくりと刀を引き抜かれ、極限まで引き延ばされた痛みに再び悶えた。ようやく手から引き抜かれた頃にはすでに、巧の意識は朦朧としていた。その有様にようやく満足したのか、鈴鹿御前は刀を振るって血を落とすと、大上段に構えた。傍から見ると、罪人の首を落とす処刑人のようにも見えた。

 

「随分手古摺らせてくれたけど、これで終わりね――一応、言っておきたいコトがあるなら聞いておくけど? これでもけっこー慈悲深い方だから」

「…………」

「何も、ナシか。ほんっと、最後まで気に喰わないヤツ。

 ――生者必滅。これで何もかも、綺麗さっぱりお仕舞いだし――!」

 

 最初に言っておくと、巧の首が断ち切られることは無かった。

 激戦によって限界を迎えたのか、それとも元々そうなる定めだったのか。今となっては誰にもわからない。ただ一つだけ言える確かな真実は、今この瞬間では、二人の決着は付かなかったということだけだった。

 鈴鹿御前が大通連を巧の首目がけて振り下ろそうとした、まさにその時だった。何の因果か偶然か、彼女の足元に広がっていた床が、急激に進んだ霊子化によって一瞬で消失した。

 

「へ?」

 

 なんとも間抜けな面だった、と巧は今でもたまに思い返す。

 落とし穴に見事ハマってしまったように、巧の視界から鈴鹿御前は消えようとしていた。ひたすら驚きに染まっていた女が、慌てた様子で刀を振るおうとする。おそらく、この状況を覆す一手。動けたのは、たぶん意地以外の何物でも無かった。

 握る力が緩んだと見えたほんの一瞬、巧は最後の力を振り絞って、女の手から刀を叩き落とした。

 女の手からすっぽ抜けた刀は、ぐんぐんと奈落の底に落下していく。手を抑えた鈴鹿御前は巧を壮絶な眼差しで睨みつけ、即席の足場を作る為に虚空に散らばった二本の刃を呼び寄せようとして、

 

 ――いきなり降ってきた瓦礫が、彼女の頭に直撃した。

 

 生身の人間ではぶつかっただけで致命傷を負いかねない大きさと硬さと重さをしたその瓦礫は、鈴鹿御前が斬りつけた後から生じた物だった。連続し続けた想定外の出来事に、鈴鹿御前の中でかろうじて保たれていたバランスが木っ端微塵に崩れた。酔ったようにふらついた二刀は真っ先に落ちた大通連に導かれるように奈落へと引きずり込まれ、頭を抑えながら呻く鈴鹿御前が最後に続いた。巧は笑うべきなのかどうか迷い、とにかくこの場から離れるべきだと立ち上がった。

 その時だった。穴の底から、ドップラーの利いた声。

 

「――――――――――私は、第四天魔王の娘、鈴鹿御前っ! 魔性殺しの立烏帽子っ! アンタのその気に入らない首は、絶対、私が貰い受けるからっ! 文字通り洗って待ってろってカンジ――――――いっ!!」

「……誰が待つかよ」

 

 吐き捨てて、よろつきながらも廃墟から立ち去る。そして、思った。なんともまあ、締まりのない結末だった。

 

 

 

 〇

 

 

 

 そこから、何処をどう歩いたのかまるで覚えていない。

 

 

 

 ただ、誰にも邪魔されず休むことのできる場所ならそれで良かった。あまりにも血を失い過ぎていたし、激戦に疲れ切っていた。あの不可思議な武器――おそらく宝具――自体に、なんらかの異常性が無かったことは不幸中の幸いだったが、傷跡だけでなく身体からひっきりなしに漏れ出る粒子は、明らかに放置していてはいけない物だろう。

 朦朧としながら歩いている途中、見知った顔の連中が、見知らぬ顔をして殺し合っている光景を目にした。

 別に変わった景色ではないことは、巧にもわかっていた。サーヴァントとは元々、聖杯を奪い合う魔術師によって呼び出される存在であり、このセラフィックスでそれが行われているというのなら、命令に従って――あるいは自分の望みを叶えるために、殺し合うことも何ら不思議ではないのだ。

 それにあれは自分が知っている連中とはよく似た別人のようなものだ。わかっている。わかってはいるが――どうしても、割り切れなかった。気高さを捨て、理性もクソもなく、血に飢えた獣のように争っている姿には、どうしても目を背けたくなった。

 異形の姿をしたままだからなのか。暇を持て余したようにうろつく化生に襲われることはあっても、目の前の障害物を取り除くことに必死になっているサーヴァントに襲われることは無かった。新しい傷をまとい、生臭い血を被り続けながらも、巧は歩き続けた。やがて彼が辿り着いたのは、小さな教会だった。

 

「――」

 

 巧がぼやけた思考のまま扉に寄り掛かると、古びた木製のそれはぎしぎしと音を立てながら、ゆっくりと開いた。外見は小柄ながらも、中はたっぷりとした空間が取られており、積った古臭い時間のにおいをたっぷり染み込ませていそうな長椅子が左右に整然と並んでいた。天井に設置された窓から注ぐ光は青白く、息が詰まってしまいそうな静寂が立ち込めていた。

 ひとしきり見回して、正面に視線を据える。埃で薄汚れたステンドグラス、祭壇、通路と順に目をやっていく。

 そこに、何かがいた。

 

「――あなたは、誰ですか?」

 

 あまりにも弱々しい声が聞こえた。

 

 天井から指す光が揺れ動き、蹲るその何かを、そっと優しく照らし出した。

 それは、少女だった。

 艶めかしく床に垂れ落ちた菫色の長髪。孤独に震える青い瞳。

 闇に溶け込む鴉羽色の装い。精巧に作られた人形のように白い肌。

 そして、それらすべてが与えるであろう印象を覆い隠してしまうほどの、物々しい鉄の脚――――

 

「――おまえこそ、誰だ」

 

 思わず零れた巧の問い掛けに、少女は一瞬の間も空けずに答えた。

 

 

 

「わたしは、メルトリリス――ただの、メルトリリスです」

 

 

 

 傷つき、擦り切れ果てた二人の視線が交わる。 

 こうして本当の意味で、乾巧の聖杯戦争は幕を開けた。重なり合った不協と断絶の奥深くに、至高の快楽を携えて。

 甘くとろける夜が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 




というわけで第一節終了です。
第二節もよろしくお願いします。
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