Fate/Φ's Order REMNANT SE.RA.PH/ZERO   作:うろまる

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第二節開始です。よろしくお願いします。


第二節「 S W A N L A K E 」
壊れかけの人形


 

 

 

 

 初めて出逢った時、貴方はわたしと同じようにボロボロでした。

 

 

 今思い返してみても、本当にひどい有り様でした。あれほど弱り切った貴方の姿を見たのは、多分あれが最初で最後だったと思います。肌という肌に傷をこさえ、身体中から霊子の泡沫を漂わせ、差し込む光に照らされて薄くなった闇の中にかすかに浮かんで見えた表情は、とても長い時間を荒野で彷徨っていたかのように疲弊し切っていました。張り詰めた空気は今にも破裂しかねないほどに膨らみあがっていて、ほんのちょっぴり力を入れてつっついただけで倒せてしまうのではないかと疑ってしまうぐらい、いまだに立てているのが不思議になるぐらい、床板を踏みしめる二本の足には力がありませんでした。

 だから、

 だからわたしは、貴方を信じられました。

 この人は、敵ではないのだと。

 悪い人ではないのだと、信じることができました。

 こんなことを言うと、きっと――いえ、絶対に。絶対に貴方は、怒るでしょう。それはもう、頬だって膨らませるでしょう。もしかしたら、へそなんか曲げちゃうかもしれません。

 だって貴方は、筋金入りの意地っ張りやで、どんな時でも強がるのをやめられなくて、誰かに自分の弱さをさらけ出すのをとても嫌うような、そんな人でしたから。

 ですから、最後まで言いませんでした。言いたいな、伝えたいなと思ったことは、数え切れないほどあります。けれど、いざ伝えようとすると、貴方が怒ってしまう怖さよりも、自分の本音をさらけ出す気恥ずかしさの方が先に来てしまって、結局言えませんでした。情けないですよね。

 だけど、

 名前以外のすべてを失い、たった一人で消える道しか残されていなかったわたしが、貴方の姿にどれほど救われたでしょうか。

 廃棄場で生まれ落ちて、空っぽの自分には何の価値もないと思っていたわたしが、貴方の声にどれほど報われたでしょうか。

 表に出してしまえば、きっと陳腐だと嘲笑われるでしょう。けれど、あの時のわたしにとっての貴方は、世界中の誰よりも素敵な男の人でした。白馬の王子様――は、ちょっとさすがに言い過ぎですね。貴方は白馬なんて似合うような柄をしたヒトではありませんし、第一貴方は本気で嫌がるでしょうから。

 

 

 わたしはきっと、忘れません。貴方と初めて出逢ったあの時を。

 ――たとえ死んでも、絶対に。

 

 

 

 〇

 

 

 

「──メルトリリス?」

 

 聞き慣れない響きの言葉に、巧は表情を怪訝に歪ませた。対照的に名乗った少女は──メルトリリスは、巧を真っすぐに見つめている。深い海をそのまま閉じ込めた青い瞳が、光を反射してちかちかと瞬いていた。

 

「……はい。わたしの名前はメルトリリスです」

「ヘンな名前だな」

 

 巧が思わず率直な感想を呟くと、少女は目を見開いた。まさか、そんなことを言われるとは予想していなかったのかもしれない。考え込むように俯いて、

 

「……変、ですか? いえ……そうかもしれませんね。わたしは、AIですから。だから本当なら、機能さえ備えていれば、名前すら必要無いんだと思います」

「AI?」

「はい。より正確に言及するのなら、アルターエゴ……と呼称すべきでしょうか」

「……」

 

 嘘をついているようには見えなかった。だが、少女の言葉をすべて信じることもできなかった。

 人間ではないことぐらいは、最初からわかりきっている。だが――もはや懐かしささえ感じる、世界を破滅に導く第二の獣が最奥に隠れ潜んでいた、七つめの特異点を思い出す。

 そこで出会いを果たし、血みどろになって争った、無数の魔獣を従える復讐の女神。

 その存在を互いに誰よりも理解しておきながら、最期まで手を取り合えなかった女とほとんど同質の気配を、少女は微量ながら身にまとっていた。

 

 ――一体なんなんだ? コイツ。

 

 一方でメルトリリスは、青い薄闇の中ですっかり黙り込んでしまった巧の口元を、ひたすら凝視している。その視線に気が付いた巧は、ほんの少し躊躇いながらも、自らの名前を名乗った。エミヤがいれば「迂闊過ぎるっ!」と思わず顔を手で覆って嘆いてそうだったが、ここに男はいなかったし、巧も彼のお小言をいちいち思い出すような性格をしてはいなかった。

 メルトリリスは巧、たくみ、タクミ……とまるで咀嚼するように名前を連呼し始める。その様子に若干引きつつ、巧はさっきから気になっていたことを尋ねた。

 

「……おまえ、なんでここにいるんだ?」

「……逃げて、きたんだと思います」

「何から」

 

 と尋ねて、指し示す相手がここには幾らでもいたことに気が付いた。女神と同じ気配を持っている少女が逃げ出してしまうような物など、確実にロクでもない存在に違いない――と巧は顔を苦々しげに歪める。しかしメルトリリスは、巧が思いもしなかった返答を口に出した。

 

「わかり、ません」

「は?」

「その、わからないんです。……自分が何から、逃げているのか。何から、逃げればいいのか」

 

 メルトリリスは先ほどまでとは打って変わった、ひどく虚ろな眼差しで告げた。

 周囲に満ちる闇が染み込んでしまったように、少女の瞳が無機質な黒で濁っていく。生気が絶えた目を見て、まるでよくできた人形のようだと巧は思った。

 

「わからないって、どういうことだよ」

「――そもそもわたしは、自分が誰なのかもわからないんです。基本的な記録は閲覧できますが、メルトリリスという名前ですら、本当はわたしの物なのかどうかも不明瞭で……ですから貴方の要望には、応えられません。――ごめんなさい。お役に立てなくて」

「よせ。こんなので頭下げんな、そっちの方が迷惑だ」

 

 そこまで言う必要もないだろう。しかしメルトリリスは反発もせず、無言で項垂れる。

 やりにくいな――と頭を掻きながら心の底から思った。カルデアでもこういう大人しい性格をした女に、あまり縁が無かったからかもしれない。そこで、自分を先輩と呼んでいる髪で片目を隠した少女……マシュの姿が頭に浮かんだが、あそこまで頑固でしぶとい性根を持った少女を大人しいと呼ぶのは、さすがの巧にも憚られた。

 なんとも言えない沈黙が訪れる。それを恐れたのか、それとも気まずそうに顔を歪める巧を気遣ったのか。メルトリリスはおそるおそるといった感じで、巧に質問した。

 

「貴方はその、どうしてここに……?」

「ああ……」

 

 事情を説明しようとしたそこでようやく、巧の頭の中にエミヤの姿が現れた。赤い外套。浅黒い肌。擦れ切った白髪。できの悪い生徒を見るような呆れの目つき。手に持っている教鞭と後ろに構えた黒板は一体どこから持ってきた物やら。疑問にまったく構わず頭のエミヤはぐちぐちと続ける。忠告しておくぞ。簡単に他人に事情を漏らすな――と言っても、どうせ君は無視するんだろうが、ちょっと待て。今のような状況では、むしろ私の言葉は耳にしておいた方が良い。特に君のような男は。ハッキリ言って君は甘すぎる。反吐が出そうなほど甘い。普通の相手ならば見かけや口調や行動で騙されてしまうだろうが勘の良い相手には丸わかりだ。筒抜けだ。丸裸だ。どうしてそんな真似をする? 恥ずかしいとは思わないのか? むしろ見ている私の方が恥ずかしいのは何故だ? そもそもどうして私はここにいる? 

 知るか。

 妄想の中でさえも喧しい男だった。そして、妄想相手に意地になってしまう自分はたぶん底無しのバカに違いない。それでも反発してしまうように事情を漏らしかけた巧の口を、

 

 ――誰が敵か、誰が味方なのかを、しっかりと見極めるようにね。

 

 レイシフト直前に投げかけられたダ・ヴィンチの言葉が、辛うじて塞いだ。 

 

「――別に、どうだっていいだろ」

 

 そう返しながらも顔を背けたのは、罪悪感のあらわれだったのかもしれない。こちらだけが一方的に無理やり答えさせたような形になってしまい、巧は口内に湧き出た苦虫を噛み潰した。罵倒されたって文句は言えない筈だった。だが、メルトリリスはなにも言わず、そうですか、と何の感情も籠めずに呟くだけだった。

 思わず、訊いた。

 

「……良いのか?」

「……何がですか?」

「自分だけぺらぺら喋らされて、良いのかよ」 

 

 言ってしまってから、一体どの口が言っているのか、と呆れた。しかし、メルトリリスはここでも怒りや呆れを示すことなく、無言の行動をもって答えた。袖ですっぽりと覆い隠されるような形になっている手を懸命に動かして、襟を引っ張る。形の整った喉と、艶めかしい鎖骨と、血の気を失った白い首があらわになる。

 巧はそこで、目を大きく見開いた。

 これまで隠されていた少女の首には、大きな亀裂が入っていた。

 

「それは、」

「わたしというAIの機能は、もうすぐ停止します。だから、良いんです」

 

 巧はようやく、少女の声色が、絶望を通り越してどうしようもない諦観の領域へと入り始めていたことに気が付いた。だが、いまさら自分に何ができるというのか。あれはどう見ても手遅れだ。なにをしたところで覆せない死その物だ。

 押し黙る巧をよそに、メルトリリスはそれでも笑顔を浮かべてみせた。要らぬ心配はさせまいと、何かを堪えるような笑顔だった。

 

「でも、良かった。わたし、一人ぼっちで死ぬのは、本当は少し怖かったんです。だから貴方が来てくれて……わたしを見つけてくれて、良かった」

「――おまえ」

「いきなりこんなこと言われても、貴方にとって迷惑ですよね。ごめんなさい――けど、わたしは貴方に逢えて、良かったです。名前も目的も知らないけれど、こんなわたしの最期を看取ってくれただけで、貴方に出逢えた意味はありました」

 

 本当にその通りだった。

 迷惑だった。やめて欲しかった。死ぬなら自分の目の届かないところで死んでほしいとさえ思った。どいつもこいつも、まるで当てつけるように、わざわざ自分の目の前でいなくなっていく。燃える球体に吸い込まれ、輝く光帯の中に消え、そしてこいつは――

 一度死を体験しているからといって、慣れていると思ったら大間違いだ。むしろ、一度死んだからこそ、その冷たさと寂しさをよくわかっていた。自分だけではなく、他者のそれを思わず想像してしまうぐらいには。

 

「――っ!」

 

 内臓の奥底から湧いて出ようとするマグマのような衝動に耐え切れず、巧はきびすを返して教会から飛び出た。わざと音を立てて扉を閉める。そのまま立ち去ろうとして、たまらず背中で扉によりかかった。

 後頭部で力任せに扉に頭突きをしながら、思う。

 どうすればいいというのか。

 自分には何もできない。何もしてやれない。自分には、誰かの死を覆すような大それた力なんて存在しない。あるのは誰かを無機質な灰へと帰すしかない力だけだ。それは誰かの命を守ることはできるが、今この瞬間にも零れていっている誰かの命を救うことはできない。そして、その力さえ、今の自分は失っている。

 どうすればいいのか、誰でもいいから教えて欲しかった。

 お望み通り看取ってやればいいのか。ふざけるな、と思った。なんでもかんでも押し付けられる方の身にもなってみろ、とも思った。じゃあそれ以外に一体何ができるんだ――と頭の中にいる別の自分が、バカにしたように呟いて、巧は何も言い返せずに俯くしかできなかった。俺は無力だ、唇を強く噛み締める。

 そして、目にふと入った、Φの形をした令呪。

 瞬間、脳髄に電撃が走った。令呪、サーヴァント、魔力、現界、契約――――契約すれば、助けられるかもしれない。だがすぐに冷静になる。あの少女が果たしてサーヴァントなのかわからないし、少女がそれを望んでいるのかさえわからない。さらに回想するのは、ダ・ヴィンチの言葉。誰が敵で、誰が味方なのか。記憶を失い、詳しい素性もしれない――もしかすればあの少女は、巧が倒さなければならない敵の一人なのかもしれない。

 だが、

 だが。

 

 

 

 ――――逃げんなよ、卑怯者。

 

 

 

 思わず、笑った。

 最初から、悩む必要など何処にも無かったのだ。

 

 

 

 

 

 音を立てて扉が閉じられた時、メルトリリスは安堵と諦念が入り混じったようなため息を吐いた。そして床にゆっくりと倒れる。仰向けになったメルトリリスの視界に、天井の木組みが移り込んだ。

 自分のみっともない最期を見られなくて良かった、と思う一方で、せめて最期までそばにいて欲しかったな、と残念な気持ちがあった。とはいえ、そこまでいくと贅沢というものだろう。そもそも、こうして出逢いを果たせたことがあり得なかった奇跡なのだ。これ以上を欲するのは欲張りが過ぎると、メルトリリスは思う。

 名前も知らないあの人は、きっと自分の死を背負ってくれる。

 メルトリリスにはそんな確信があった。交わした言葉は数えるほどしか無かったとしても、それだけでそういうヒトなのだと初対面で思えてしまうぐらいには、彼は優しい人だった。

 手足にまとわりついた鉛のような倦怠感に、目をつぶりながら身を委ねる。きっと、終わりはこれ以上は無いぐらい近くにある。それでも、誰の目も届かないまま寂しく死んでしまうよりはずっとマシに思えた。

 世界が闇に閉ざされ、自分の唇から小さく漏れ出る呼吸音と、控え目に拍動し続ける心臓音しか聞こえなくなる。これが聞こえなくなった時が、明確な自分の終わりだ。そう思って、意識さえも暗黒の海に沈みこませようとしたその時、

 

「――おい」

 

 聞こえた声に、飛び起きた。

 

 

 ○

 

 

 目を見開きながら上体を起こしたメルトリリスの腕を、巧は勢いよく掴み上げた。ぐい、とよろめきながらも、どうにか立ち上がった少女に、続ける。

 

「一度しか言わないぞ。おまえ、このままで良いのか」

「へ、え、えぇ……?」

 

 突然の暴挙に頭が混乱しているのか、メルトリリスは口にするのは声にもならない喘ぎだった。しかし巧は一切待たず、これまでの沈黙が嘘だったかのように言葉をぶつけていく。

 

「全部忘れたまま一人ぼっちで死んで、それで良いのかって聞いてんだ」

「は? ――いえ、でも、わたしの機能はもう……」

「いいから答えろ。おまえは、それで良いのか。ここで死ぬのが、本当におまえのやりたいことなのか」

 

 何かを試すかのように、巧はひと言ひと言を区切りながら、メルトリリスに訪ねた。

 いきなりそんなことを言われても、すぐに答えられる訳がない――とメルトリリスは思った。自分の死は既に確定されていて、逃れる術など世界中の何処を探しても転がっていないのだから。

 だから、こんな問答は時間の無駄なのだ。くだらないと切り捨てて、廃棄物は廃棄物らしく大人しく消え去るべきなのだ。

 だというのに。

 呟いた言葉は、零れた本音は、思考と真逆の物だった。

 

「――嫌、です。わたしはまだ、何も無い空っぽなまま、死にたくないっ――――!」

「――だったら、俺と契約しろ」

 

 それは、ほとんど強制的な命令に近かった。それ以外におまえに残された道は無いぞ、と言外に示しているかのようなその言葉は、聞く者が聞けばむしろ跳ねっ返りを起こしかねないほど乱暴だった。

 だがメルトリリスは、応えた。不安そうに瞳を揺らしながら、問い掛けるような視線を向けて、

 

「……こんなわたしと、契約をしてくださいますか? 何もかも失って、空っぽのままで終わるかもしれない、わたしと」

 

 メルトリリスの言葉に、巧は無言のまま、それでも力強く頷いてみせた。

 間違いなくその瞬間に、自分は恋をしたのだと、メルトリリスは今になって思う。

 溺れるような恋を。

 青く燃え上がるような恋を。

 

「――それでは、わたしも応えましょう。わたしを見つけてくれた貴方のために、この魔剣(かかと)と共に、幕が下りる最後まで踊りましょう――――」

 

 誰もいない教会の、誰もいない祭壇の前で、誓いの言葉が厳かに放たれた。

 セラフの光を反射したステンドグラスが輝きを生み出して、二人の姿を淡く照らす。影が取り払われた少女の相貌に、巧は一瞬、不覚にも見惚れてしまった。

 突き刺さる巧の視線に気づくと、メルトリリスはおそるおそるといった風に訊いた。

 

「あの……」

「え?」

 

 見透かされたのかと思い、一瞬言葉が詰まった。しかしメルトリリスは気にすることなく、かすかに頬を赤らめて言った。

 

「たった、たった一度だけで良いんです。…………その、手を握っても、構いませんか?」

「――ああ、別に。好きにしろよ」

 

 巧が気の無い返事を寄越しながら右手を差し出すと、メルトリリスは初めて、心の底から嬉しそうに笑ってみせた。そして、かけがえのない宝物に触れるかのような手つきで、巧の手をゆっくりと持ち上げる。布越しに伝わる少女の掌は、とても小さく、柔らかかった。

 

「有り難うございます――では、これからよろしくお願いしますね。マスター」

 

 

 

 〇

 

 

 

 そして、長椅子に腰を下ろした二人は、ようやくの情報共有をしていた。と言っても、メルトリリスは絶賛記憶喪失の身なため、主に情報を提供していたのは巧だったが。

 巧の話は実にヘタクソだった。あまり積極的に他人と話そうとしないで生きてきたせいか、それとも生まれつきだったりするのか。できれば前者であることを願いたいが、それはともかく本当にヘタクソだった。蛇行運転も甚だしかった。衝突事故だって起こしたかもしれない。幼稚園児だってもう少しマシな説明をするだろう。しかしメルトリリスは、文句の一つも言わずに、真摯な表情で巧の話を最後まで聞き届けた。聖女だって出来るかどうかわからない。

 それでもさすがに咀嚼するのには時間がかかるのか、数十秒ほど押し黙る。やがて、メルトリリスは自分なりの解釈を吐き出した。

 

「――つまり、わたし達がいるここは特異点と化したセラフィックスで、貴方が所属しているカルデアはそれを修復しに来たんですね。

 それで、ここに仲間と来る途中でBBとやらに邪魔をされてしまって、貴方は…………おほん。もとい、マ、マスターは一人ぼっちになってしまって、そしてここに辿り着いた、という訳ですか」

「……まあ、大体合ってるんじゃないか」

 

 謎のサーヴァントと戦闘になったことは、説明するのも面倒だったため省いていたから、概ねは合っていた。しかしこの男、自分のわかりにくい話を苦心してどうにかまとめてくれたというのに、随分と偉そうである。しかしメルトリリスはありがとうございます、と花を咲かせたような笑みを浮かべている。ひたすら無常だった。

 メルトリリスは取り直すように小さく咳払いをすると、話を聞いている最中に疑問に思ったことについて話すことにした。

 

「気になることが、三つほどあります。

 まず一つ目は、こんな殺し合いを仕組んだ、あるいは引き起こした黒幕は一体誰なのか、ということ。これは予想がちょっとだけついています。

 次に二つ目は、他の生存者――この場合はマスターですね。彼ら彼女らは、いったい何処にいるのかということ。サーヴァントが現界している以上は、必ずどこかに楔となるマスターが生き残っている筈ですから。

 そして三つ目は、元はただの海洋油田基地だったこのセラフィックスが、こんな有り様になってしまった理由――」

「三つ目は、アイツの……BBのせいじゃないのか」

 

 巧が質問すると、メルトリリスは首を左右に振った。

 

「多分、違うと思います。貴方の話を聞いた限りではありますが、そのBBとやらはもっと悪辣な手段を取ってくるでしょう。それに、彼女が仮にセラフィックスを特異点化させた張本人だとするなら、そのまま放置して置けばいい所を、わざわざ貴方たちを呼び寄せた意味がわかりません」

「カルデアを罠に掛けたいって可能性は?」

「それも無いと思います。BBが干渉してくるまで、貴方たちはセラフィックス自体に違和感は感じても、2030年という未来で特異点と化しているという事実までは気が付けなかったんでしょう? だから、存続してはじめてその効力を発揮する特異点を作り出す理由と合わないんです。……BBが、ただの性格破綻者、という可能性もありますけれど」

 

 ついさっき気付いたことなのだが、メルトリリスはBBに対して妙に辛辣なところがある。巧の話に大いに偏見が混じっていたからという可能性もあったが、それにしては変に実感が籠っている。

 自分でも気づいていないあたり、完全に無意識なのだろう。ひょっとすると失った記憶にも関係しているかもしれない――と巧は思ったが、話を邪魔をするのも何なので黙っておいた。

 

「――とにかく、これからはその三つを中心に行動していくべきでしょう。もしくは、カルデアに助けを呼ぶ……わたしが、戦力になるかどうかが不安ですが……そこは、全力でカバーしますので」

「違う、一つ足りない」

「えっ……」

 

 自分が何を取りこぼしてしまったのかわからず、ぱちぱち、と不安そうに目を瞬かせるメルトに、巧はそっぽを向きながら、恥ずかしそうに指先で自分のこめかみをとんとんと叩いてみせた。言葉は無かったが、メルトにはその仕草が何を指し示しているのか一瞬でわかった。

 自らの失われた記憶――そんな物は極論、彼が生きてここから脱出する為には、正直何の役にも立たないだろう。だけど、彼は大切だと、必要だと言ってくれている。それがメルトリリスには、たまらなく嬉しかった。

 綻ぶように笑いながら、メルトリリスは頷いた。漂う空気に耐えられなかったのか、巧は唇を噛み締めている。

 そんな二人の間に、

 

「――――大変甘酸っぱい会話と演出、ご苦労様です! 見てるこっちが恥ずかし過ぎて、思わず鳥肌が立っちゃいましたよぉ?」

 

 まったく唐突に、悪辣な声が割り込んだ。

 声がした方向を振り向いた二人の目が、ぱっと見開かれる。扉が開いた音など一つも聞こえなかったというのに、まるで初めからそこに立っていたように、少女が――BBが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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