Fate/Φ's Order REMNANT SE.RA.PH/ZERO   作:うろまる

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汝、星を拓く者

 

 

 反応できたのは、まったく奇跡としか言いようがなかった。

 

 

 直後に、それが勘違いだと巧は気づく。反応したのは自分ではなく、別の誰かだ。急速に傾いていく視界と、立ち尽くした自分の足の角度は明らかに合っていない。床に勢いよく叩きつけられる背中。苦悶と共に咳がこみ上げてくる喉。漂う硝煙にひくつく鼻。間近にあるメルトリリスの焦った顔。次々と変遷を見せる状況に気がおかしくなりそうになっている巧をよそに、メルトリリスは祭壇に向かって力任せに叫んだ。

 

「――――――――――B、Bィッ!!」

 

 しかし、そこに既に少女の姿は無かった。嵌められたのか――メルトリリスがそう思考した刹那、再び輝きが視界の端で弾けた。躊躇などしている暇は無い。メルトリリスは、床に倒れた巧を抱き上げると、中途半端なクラウチングスタートのような体勢で、壁に向かって一直線に駆け出した。

 轟音。

 メルトリリスに抱き上げられた巧の視界が、一瞬ブレた。かと思うと、次の瞬間には巧を取り巻く重力がめちゃくちゃになっていた。すべてが斜めに傾いてしまった教会内で、ただ一つだけ角度を変えないままでいる光の柱が、より一層脳の違和感を増す。自分を抱きかかえたメルトリリスが、放たれた矢のように横向きのまま壁に突き立っているのだと理解するのに、吐き気が邪魔して数秒かかった。

 

「――ほお、なかなか動けるねえ。曲芸か何かでもやってたのかい? アタシの船にもいたよ、そういうの得意なヤツ」

 

 ひゅう、と口笛を吹きながら、唐突に襲撃をかけてきた乱入者は手に持った細長い銃を、玩具を扱うかのように器用に手の中で回している。開け放たれたまま扉から差し込む逆光と至近距離で瞬いた火花のせいで、見え辛かった乱入者の正確な姿を視認した途端、巧の表情に驚きが浮き出た。

 

「──アンタは」

「どいつもこいつも話を聞かないんだし、元々ひどい有り様だ。隠す必要は無いだろうけど──仮にも今は聖杯戦争だ。ここは流儀に則って、真名もクラスも名乗るのは止めとくとするさね」

 

 銃口から漏れる硝煙をふっ、と吹き消した艶っぽい唇は、やがて不敵な円弧を形作った。跳ねっ気のある派手な色をした髪が吹き込んだ風に揺れる。鮮烈な意志を宿した青い瞳は、薄闇の中に置かれてなお鮮やかな光を放っている。そして最も特徴的なのは、端正な顔立ちに深く刻まれた、左斜めの傷跡――すべてを見届けた巧の口から、女の隠し名を表すひと言がこぼれ落ちた。

 

「ライダー――!」

「……あぁ、もう。言っちまってどうすんだい。ったく、どうにも格好が付かないねぇ」

 

 影は――ライダーは困ったように後頭部を掻いていたが、突如電撃を走らされたようにおろしていた右腕を跳ね上げると、メルトリリスの腕の中にいる巧へと銃口を向けた。

 今度は、見逃さなかった。

 引き金が引かれるよりも一瞬早く、メルトリリスの脚が、再び壁を蹴った。その際に生じた衝撃に耐え切れず破砕し、大量の破片が空中に散らばる。それでも壁は涙ぐましいことに、どうにか原型だけは留めようと努力していたが、次に襲い来た銃弾の雨によって、とうとう壁は壁ではなくなった。

 ヤケクソになった巨人が八つ当たりで何度も全力で殴りつけたような有様となってしまったその場所を見て、ライダーがはあ、と溜め息をついた。

 

「参ったねぇ。必要以上に傷つけるつもりは無いってのに」

「だったら、今すぐ辞めたらどうだ」

「なに、そっちの方が神様に怒られちまうよ! やるなら、最後まで徹底的に――それがアタシの信条でね」

「――だろうな」

 

 ひっきりなしに雑音と眩光を喰らわされ、合図も抜きに高速で振り回され、いよいよ本格的に気分が悪くなってきた巧の愚痴に、ライダーは気風が良い笑顔で応えた。

 つくづく笑顔が似合うヤツだと、こんな時にもかかわらず巧は思う。

 目の前の女と――ライダーと、かつての第三特異点で出くわした際に、初対面でいきなり銃をぶっ放され、挙句の果てには「自分は太陽を落とした女である」という奇天烈な自己紹介をかまされた経験があるせいか。あまり物覚えが良いとは言えない巧にしては珍しく、女の名前をよく覚えていた。

 

 ――フランシス・ドレイク。

 

 かつて最強と目されたスペイン艦隊をその座から引き摺り下ろしたことによって、世界にその名を轟かせた星の開拓者――ダ・ヴィンチが気まぐれに教えてくれた蘊蓄をぽつぽつと思い出す。

 大半を聞き流したせいで、おぼろげにしか思い出せないが、敵に回したくはない女ということだけは覚えていた。

 

「その様子じゃあ、アンタ。どうやらアタシの真名まで知っているらしい。こりゃいよいよ、聖杯戦争らしくなって来たじゃないか、ええ?」

 

 聖杯戦争において、最も重要な真名を見抜かれてしまっているにもかかわらず、ライダーは面白おかしそうに笑っている。それが巧にとっては恐ろしくもあり、同時にひどく懐かしくもあった。

 

「彼女を知っているのですか? マスター」

「まぁな。けど、詳しくは知らねぇぞ」

「構いません。こちらが僅かでも彼女の正体に気付いている一方で、あちらはわたしの正体に気付いていない……これは明確なアドバンテージです」

「……なれば良いけどな」

 

 一抹の希望を見出したように表情を明るくするメルトリリスに対し、巧の表情はどこか陰っている。正体や弱点を知られた程度で足を止めるような女ならば、ここまで恐れる必要はなかっただろう。巧の知る限りではあるが、女はそんなことは関係ないとばかりに、嵐のようにすべてを巻き込みながら突き進んでいくのが良く似合っていた。

 

「――ってぇことはなに、つまり、アタシの奥の手も知られてるってことかい?」

 

 奥の手――おそらく、宝具だろう。しかし、巧が第三特異点で遭遇し、共に船旅をしたライダーは、聖杯の力によってサーヴァント並みの力を手に入れただけの人間だった。時間神殿に至っては、二、三言会話をしただけで離れた故に、とうとうその戦闘を見ることは無かった。

 つまり巧は、ライダーの宝具が何なのか欠片も知らない。

 だが、とエミヤの言を思い出す。――何。知っているかもしれない、と見当違いの疑念を抱かれているのなら、律儀に訂正などせず、あえてそう思わせておけば良い。切り札である宝具の詳細を知られているというのは、サーヴァント同士の戦いでは有利になる。ましてや君のそのクソ度胸と救いようのない無愛想さは、ブラフにも十分役立つだろうな――

 

「――さあな。気になるなら、試してみるか」

「へえ……いいねえ、そういうの。嘘か本当か。裏か表か。白か黒か。アタシ、博奕は嫌いじゃないんだよ。むしろ大の好物でね。

 それにしても惜しいね。猫みたいに横脇に抱きかかえられてなきゃ、もうちょっとカッコついてただろうに」

「……」

 

 果たして巧のブラフは、通じた。しかしそれだけでは、ライダーの戦闘意志はびくともしない。わかっていた。故に、互いの視線の狭間で燃え盛っている戦意の火が、徐々にその動きの激しさを増していく。そしていよいよ大きな揺らめきを見せるかと思われた直後、黙りこくっていたメルトリリスが、初めてライダーに声を掛けた。

 

「――待ってください」

「あン?」

 

 水を差された形になり、不機嫌そうに顔を歪めるライダーに、メルトリリスは尋ねた。

 

「貴女は、この聖杯戦争を仕組んだのは誰なのか、知っているのですか?」

「……そりゃ、まあ。あれだろ、BBだろう?」

「では、彼女の思惑も知っているということですね」

「──じれったいな。アンタ、結局なにを言いたいんだい?」

 

 メルトリリスは舌で唇を湿らせると、意を決して言った。

 

「協力しませんか、わたし達」

「やだね、お断りだ」

 

 ライダーは、間も開けずに即答した。メルトリリスは爪先で床を叩きながら、困惑を隠し切れない様子で言葉を続ける。

 

「なぜ、ですか? 貴女の目的とわたし達の目的は方向が違っています。貴女は聖杯戦争の勝利、わたし達はSE.RA.PHからの脱出──利害は一致しています。ならば、ここは共同戦線を結んだ方が得策でしょう」

「あのね、初対面のアンタらの話を、アタシがそのまま根こそぎ信じるとでも思ってんのかい? それは全部狂言で、アタシがすっかり油断した所を背中からブッスリ……って言うと、どうせ否定するんだろうけどさ。

 まあ、話は簡単さ──単純にアタシはアンタらを信用できない。だから、アンタらと組む気はない。ただのそれだけだよ」

「……どうすれば、信じるというのですか?」

「そりゃあ、アタシの前で死んでくれりゃ、もう幾らでも信じてやるさ」

「わかりました──」

 

 少女の脚が床を削って、不愉快な音を立てる。数瞬の沈黙、やがて、メルトリリスの口から隅々まで冷え切った宣言がこぼれ落ちた。

 

「──まったく、余計な時間でしたね」

「──ようやく、わかったかい!」

 

 待ち兼ねたように、ライダーが両手に持った銃を構える。それより前にメルトリリスは、長方形状に削っていた床の端を勢いよく踏みつけて、その場に即席の盾を作り上げた。

 間に合うか。

 

「──っ!」

 

 長椅子の陰に、転がり込んだ瞬間。

 暴風雨めいた大量の銃弾が、巧たちが立っていた場所を埋め尽くし、教会に満ちていた静寂を乱雑に食い散らかし始めた。

 先ほど桁違いな轟音と白光に、巧の顔が歪む。躊躇いながらも、メルトリリスは銃声に負けないぐらいの大声で話しかけた。

 

「どうしますかっ!」

「なんだって?」

「ですからっ! これからっ! どう動くおつもりですかっ!!」

 

 ほとんど叫んでいるのと同じ声量だった。対する巧は静かな物である。そして一瞬考え込み、すぐに答えた。

 

「──このままじゃ、不利だ。ここから出るぞ」

「でも、いったいどうやって……」

「何か思いつかねぇのかよ」

「ムチャ言わないでくださいっ」

 

 憤慨するメルトリリスを無視して、巧はどうすれば脱出できるのかを考えた。当たれば蜂の巣どころでは済まなさそうな弾幕に加えて、相手は一つしかない入り口の手前に陣取っている。それに対してこちらは、遠距離から攻撃を加える手段などひとつとしてない。ひょっとするとメルトリリスの失われた記憶にはあるかもしれないが、いまここで都合よく思い出せる代物ならば、ここまで苦労せずに済んだだろうと思う。

 手詰まりだな──嘆息しながら、なんとなくポケットに手を突っ込むと、巧の指先にこつこつと当たってくる物があった。怪訝に思って引っ張り出してみると、なんの事はない。ダ・ヴィンチが用意した、一度切りの使い捨ての礼装だ。巧がふたたびポケットの中に突っ込もうとすると、メルトリリスが不思議そうに聞いてきた。

 

「それは?」

「礼装、らしい。けど、役に立たないぞ」

「道理で……微弱ですが、魔力を感じます。と言っても、いまのわたしより少し劣る程ですが」

「だから言ったろ。役に立たな────」

 

 そこで、巧は動きを止めた。そして指につまんだ礼装をしげしげと眺める。魔力。メルトリリスとほとんど同じ。

 完全に博打だった。自分で思いついておきながら、成功するとはとても思えなかった。だが、ここでひたすら的にされているだけなのは、性に合わなかった。

 

「なあ」

「はい?」

「賭けになるけど、良いか?」

 

 ほんの少しだけ心許なげに問う巧に、メルトリリスは静かにうなずいた。

 

「貴方が、そう望むのなら」

 

 メルトリリスの返事を聞いた巧は、すっかりいつもの様子に戻って呟いた。

 

「じゃ、いますぐ脱げ」

「わかりました! ……わかりました?」

 

 

 

 〇

 

 

 

(……さて、どう出てくるかねぇ)

 

 間隙なく銃撃を浴びせながらも、ライダーの目は油断が無かった。それは、マスターが存在しているサーヴァントとの戦いは──少なくともSE.RA.PHでは──初めてだったし、しかもそのサーヴァントが、サーヴァントではないナニカなのだから、尚更である。危ない橋の上では酒を飲んで暴れまわるのがライダーの主義であるが、

 やがて、視界を埋め尽くす濃霧のような硝煙が立ち込め始めて、ライダーは引き金を引く指を止めた。充満した煙は開け放したままの扉に殺到し、SE.RA.PHの澄んだ蒼海を白く汚していく。ライダーの瞳は、白煙に──より正確に言えば、霞んで見えないその内部へとぴったりと据えられていた。動けばノミだろうと撃ち殺そうと思った。

 一秒経った。

 二秒経った。

 三秒。

 

「────っ!」

 

 次の瞬間、重く硬い物を勢いよく地面に叩きつけたような音を伴って、黒い影が煙幕を突き破った。微かに感じる魔力。迷っている暇など無い。ライダーは躊躇を振り切り、自らの頭上を飛び越えようとしていたその影に両の銃口を向けた。

 引いた。

 発火炎が花のように咲き誇り、辺りの闇を散らした。一瞬のうちに放たれた数十発の弾丸は、標的をたちまち穴ぼこにする。見事に仕留められたそれは勢いを失って、ひらひらとライダーの目の前に落ちてきた。

 ──それは、なんの変哲も無いコートだった。 

 

「…………マズ」

 

 声を遮る、ふたたびの爆音。

 そして、振り向いたライダーの視界には、こちらに向かって一直線に襲い来る冷たく光る穂先────

 その正体に気付く前に、ライダーの身体は勢いよく蹴られた鞠のように、教会の外へと吹き飛ばされた。

 

「──や、やりましたっ。やりましたよマスター! どうですかっ、見てましたかっ」

 

 着地すれば格好がついたものの、情けなく床に転がってしまったメルトリリスは、構わず見事に自分たちの狙いが──コートに礼装を取り付けて偽装もしくは注意をひく──的中したことに喜びの声をあげたが、巧はそんなの知ったこっちゃなかった。

 駆け寄った先にある、穴だらけになった自らのコートを震える手で拾い上げる。

 それなりに、長い付き合いだった。

 服を買うことはあっても、お洒落なんて趣味には限りなく無頓着だった。だが、このコートを初めて買ったときには、少なからず「いいな」という愛着とも親愛ともつかない、複雑な感情を抱いたのだ。そして、長い間を一緒に過ごすうちに、それは本物へと変わった。物も言わないそいつは、どんなときも巧の身体を温めてくれた。本当に頼れるヤツだったのだ。

 だが、もう何処にもいない。

 それが巧には、たまらなく悲しかった。

 

「──マスターっ! 何を呆けていらっしゃるのですかっ! はやく追撃を掛けましょうっ」

「──うるせぇ! あぁ、クソ! やっぱおまえが脱いでりゃ良かったろうがっ! 一着しか無いんだぞ、これ!」

「そんなこと知りませんしそもそもわたしはこれが一張羅なんですっ!」

「知るかっ!」

 

 怒鳴り合いをしながらも、二人は教会から飛び出した。ほんの少し離れた場所で片膝を折っているライダーは、苦しそうに胸を抑えて咳き込んでいる。咄嗟に防御したのだろうか。目立つ負傷は見られないが、しかし動きを止められた。不利な状況から抜け出せた。

 ならば、畳み掛ける以外の道など無い。

 視線を向けてきたメルトリリスに、巧は力強くうなずき返す。メルトリリスは、たちまち冷えた戦意を瞳に漲らせると、弾丸のようにライダーへと駆けた。

 

「──ったく、容赦ないねえっ!」

 

 高速で接近する影に気付いたライダーは、それでも笑みを浮かべながら弾幕を張った。しかし、メルトリリスは欠片も止まらない。縦横無尽に大地を駆け巡りながら、着実にライダーの元へと迫っていく。

 視界を埋め尽くす橙黄色の光の群れ。その中に見える、微かな隙間をすり抜ける──言うだけならば簡単だが、実際に行うとなると、至難を超えて不可能の所業だった。傍目から見れば上手くすり抜けられているように見えるだろうが、どうにか直撃だけは避けることができているだけだ。瞬きする度に、自分には見えない箇所につけられた傷は、加速度的に増えていっているだろう。相手も次第に、こちらの速度に慣れる筈だ。その前にケリをつける。できるのか――と呻く弱気な自分を踏みつぶした。できるできないではなく、やるしかないのだ。この魔剣(あし)は、誰のためにある?

 

 ――――彼のためだ。

 

 そして、決意が鉄の踵に宿り、爆発する。メルトリリスは地を這うような低姿勢になると、それまでの曲線移動を止めて、ライダーに向かい一直線に走った。抜き身の刃を思わせるそれを、ライダーは冷静に迎え撃つ。銃弾の雨はさらにその激しさを増し、被弾の数が一気に膨れ上がった。だが、身体の痛みは極めて小さい。どうやら、この身体は痛覚が鈍いらしい。有り難いことだと苦笑した刹那、メルトリリスはついに、自らの射程距離に相手を引きずり込むことに成功した。

 うつむき、身体を沈めた。そして、少女の姿が掻き消したようにその場から消える。

 視線が追い付かない。遅れてライダーが頭上を見上げると、そこにメルトリリスはいた。重力に身を任せながら、脚をこちらに振り下ろそうと高速で落下してきている。わざわざ狙いを絞ってくれるとは――ライダーはまったく躊躇せず、空中に囚われた標的へ銃撃を放つ。

 避けられない軌道に乗った、殺到する火線。それを視界に入れた瞬間、メルトリリスはまったく無意識のうちに身体を捻っていた。自分でもなぜそう動いたのか、とうとうわからなかった。

 まるでなにか得体の知れない意志に導かれたかのように、それまでの鈍さがまったく嘘のように、少女の細身は流麗に宙を舞う。信じ難いことに、無傷。確実に当たる筈だった攻撃を避けられ、ライダーの目に驚愕が奔る。それを見て、メルトリリスの思考がたった一つの言葉に染まった。ここで、潰す――空気の膜を破きながら振り下ろされた白刃は、ライダーを袈裟懸けに切り裂いて――

 いない。

 

「――は、」

 

 着地した途端、メルトリリスの影が、さらに別の影に覆い尽くされた。しかし彼女だけに留まらず、巧も、教会すらその影は強欲に飲み下した。二人の視線が、空中に突きつけられる。巧が、思わずといった様子で呟いた。

 

「――冗談だろ」

 

 冗談ではなかった。

 そこには、一艘の船が浮いていた。

 突き立てられた、雄々しく凛々しい三本の帆柱に張られた白く巨大な布が、SE.RA.PHの風を目いっぱいに受けて尊大にそよいでいる。船体を染める色は、毒々しい赤――鮮血を思わせる赤だ。船体についた無数の傷は、その船が幾千幾万もの冒険と航海を経てきたことを、見る者すべてに刻みつけ、剣のように鋭く突き出た舳先は、敵対者をひとり残らず断罪すると宣言するかの如く、巧たちへ向けられている。この威容ある巨船こそ、ライダー――フランシス・ドレイクの宝具の一つである、黄金の鹿号(ゴールデンハインド)であった。

 舳先の先端に、ライダーは立っている。髪をなびかせ、胸を張り、腕を組んで、相も変わらず気持ちのいい笑顔を浮かべて。

 

 

「ここが命の張り所ってね! ――さあ! 勝つも負けるも、派手に使い切ろうじゃないかっ!」

 

 

 自らの背後に、大量のカルバリン砲を浮かべながら、フランシス・ドレイクは高らかに笑った。

 もう一度、巧は思う。

 冗談ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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