ハイスクールD×D 漢女な部長はとてもすごいです 作:へびひこ
「もう大丈夫だよ」
俺はシスターの身体を抱きかかえるようにして床に座らせた。
彼女を十字架から解放する役目は『王』自らが俺に命じた。
「あの娘を救うのがお主の望みだったはず。ならば囚われの姫を救うのはお主がやるべきだろう」
たぶん俺を気遣ってくれたのだろう。自分で決断したとはいっても好きだった女の子を殺したことはやはり辛かった。
けれどこうして恩人を抱きかかえて助け出せば、少なくとも俺はこの恩人を救えたのだと実感出来る。その体温を感じ彼女が生きていることに安堵し、その柔らかさやいい匂いにちょっと煩悩が刺激されたりしたが、今は耐えた。
煩悩退散、煩悩退散。
ここでデレデレとにやけたらあまりにも格好がつかない。
以前の俺なら気にせず妄想したかもしれないな。
どうも最近周囲から自分がどう見えるか、ある程度は気にするようになった。たぶんいいことだろう。周囲の軽蔑の視線を受けて平然と欲望を丸出しにしている方が人として間違っているのかもしれない。
「間に合って良かった。ええと俺の名前は確か名乗ったよな? 途中で邪魔されたから改めて名乗るよ。俺は兵藤一誠。イッセーって友人は呼ぶよ」
「はい。憶えています。私はアーシア・アルジェントと申します」
綺麗な笑顔で自己紹介されると妙に照れる。
本当に可愛い子だな。長い金糸のような輝く髪に可愛らしく穏やかな顔。体格はやや小柄だけど案外胸はあるんじゃないか? 朱乃さんほどの巨乳ではないと思うが小猫ちゃんとは比べるのもかわいそうだろう。小猫ちゃんが。
手足が細くてすらりとした印象だから背は低くてもスタイルがよく見える。シスター服は露出が少ないからぱっと見た目の印象だが、エロ魔人と悪名高かった俺の眼力が彼女の美少女戦闘力の高さを察している。
本当に先ほどの人外ぶりが嘘みたいだ。アレは幻だったのではないか、そうであったらいいな。こんな可愛い女の子が本気出せば俺を軽くぶっ飛ばせるなんて想像しただけで泣ける。男のプライド的に。
「我はリアス・グレモリー。悪魔であり、グレモリー眷属を率いる『王』だ」
部長の自己紹介の声に俺ははっと我に返った。そうだ。俺も言わなければならない。もう隠すことは不可能だろう。
「俺はリアス・グレモリーの眷属で元は人間だったけど訳があって悪魔に転生した転生悪魔だ。『王』の『兵士』をしている」
「そうですか、人とは少し違うと思っていましたが悪魔だったのですね。ふふっ、私はよくよく悪魔と縁があるようです」
どこか自嘲するような笑顔に心が痛む。
「……騙していてすまない。でも俺は本当に君に救われたんだ。恩人だと思っている。友人になると言ったのだって嘘じゃない」
「わかっています。私も未熟とはいえ聖職者です。あの時あなたが真剣に私の話を聞いてくださったことも、友人になると本心から言ってくださったことも疑ってはいません」
シスターさん。いやアーシアがそう幸せそうに微笑んだ。
「あの時は本当に嬉しかった。こんな私でもまだ人のために力を尽くす事ができたことが嬉しかった。例え私のことを知らないにしても友人になってくれると本気で言ってくれたあなたのまっすぐな心がとても温かくて、涙がこぼれそうなほど胸を満たしました」
そういって俺の目をまっすぐに見つめてくる。『王』とはまた違う、俺ごときには底が見えない深い色をした瞳だった。きれいでとても力強くて、何よりすべてを許されるような慈愛で俺の心を温かくする。
「あなたは悪魔で私は追放されたといえ元は教会のシスター。それでも友達になってくれますか?」
「もちろんだ! 悪魔だろうがシスターだろうが関係ねぇ! アーシアは俺の友達だ!」
俺は本心からそう断言した。『王』が怒るかなとちらりと思ったが怒られるなら後で存分に怒られよう。それでも俺は間違ったことはしていないと胸を張れる。
「アーシア・アルジェントと言ったか。教会を追放されたというがお主ほどの人材を教会が手放すとは解せぬ。しかもお主はなぜむざむざあの程度の堕天使に捕まった? あれほどの力を持ちながらあの程度の輩の手を逃れられないとは思えぬ」
『王』のその言葉にアーシアは一瞬表情をこわばらせた。
そしてしばらく躊躇った後、俺たちを見つめる。
「……そうですね。最後に私の話を聞いてくれませんか。情けない話ですがこの思いを一人で抱えて逝くのは少し辛いのです」
「聞こう。話すがいい」
アーシアの願いを『王』が受け入れる。けれど俺は聞き逃せないことがあったので割り込んだ。
「最後ってなんだよ? お別れって事か? そりゃ悪魔とシスターが一緒にいるなんて難しいかもしれないけど。そんな寂しいこと言うなよ……俺はたとえ離れていてもアーシアの友達だ。電話でも手紙でもいくらでも話を聞くさ!」
「そういうことではないのだイッセー。この娘はな。もう先がながくない。もってあと数時間。いやあの規格外の精神力からすれば一日ぐらいはもつかもしれんが、どの道この娘は死ぬ」
その言葉に俺は愕然とした。いくら『王』の言葉でも信じられない。
少し哀れむような痛ましげな表情で『王』は言葉を続けた。
「いくら規格外の精神力の持ち主とはいえ、あんな対象を殺して奪うことが前提の術式で神器を抜かれたのだ。即死しなかっただけでも驚愕に値する。だがそれもわずか少しばかり死を先延ばしにしたに過ぎん。実際この娘はもう自分の足で立って歩くことすら出来ないであろうよ。一日と言ったのは寝たきりで命を保つことに全力を尽くしてという意味だ」
俺はすがるような気持ちでアーシアを見た。
この子なら屈託のない笑顔で「気合いでどうにでもなります」と言ってくれる。そう期待して、そう思いたくて。
けれどアーシアはどこか申し訳なさそうな表情で俺を見返した。
「ごめんなさい……この方の言うとおりなのです。もう立って歩くことも無理なほど身体に力が入りません。おそらくこの方の見立て通りあと数時間程度の命でしょう」
「そんな……」
俺はその言葉を聞いて初めて心底夕麻ちゃんを憎悪した。
いっそ楽な殺し方などせずになぶり殺しにしてやった方が良かったと思えるぐらい心の中に暗い感情が激しく燃え上がる。
「そんな顔をしないでください。これは私が選んだことなのですから……あなたのしたことは立派だったと思います。過去どんな確執があったのかわかりませんがそれを許し、苦しまぬように終わらせてあげたのです。とても慈悲深く、尊い行いであったと思います」
アーシアがそう言って穏やかな目で俺を見つめる。なんとなく内心を見透かされ叱られたような気分になった。
「私の最後のお願いです。お話を聞いてもらえませんか?」
穏やかにそういうアーシアの意志を否定することなど出来るはずもなかった。
アーシア・アルジェントは元はどこにでもある一般家庭に生まれた少女だった。
けれどやがて神器所有者であることが判明し、その神器が『聖母の微笑』であることがわかった。
傷を治癒する回復系の神器は希少だったらしい。
ましてやアーシアには才能があったらしく幼くして神器をある程度使いこなした。それこそ普通なら大きな病院に搬送されるレベルの重症でも治療出来るほどに。
教会に保護され、教会の奉仕活動としてアーシアは負傷者の治療に努めた。
アーシア自身も高い信仰心の持ち主であったため特に違和感なく過ごせていたらしい。
そしてそうした活動と信仰心が評価されアーシアは『聖女』と讃えられた。
その頃にアーシアの言う『私の師である神父様』に師事して聖職者としての教育も受けたらしい。
何もかも順調だった。少なくともアーシアはそう考えていた。
多くの人の力となり救うことが出来る。信仰に生きる事に不満もない。上層部からも評価され、敬愛する神父様に鍛えられたアーシアはますます実力をつけていった。
そしてある日、気まぐれに散策していると傷ついて倒れている少年を見つけた。
人間の格好をしていたがアーシアはその人物が悪魔だと一目で見破った。敬愛する神父に鍛えられたアーシアは並のエクソシストを上回る実力を身につけていたそうだから当然かもしれない。
アーシアはそのときの行動が自分でも理解出来ないらしい。なぜかアーシアはその悪魔を助けなければならないという意志に囚われた。
「自分でも理解出来ませんでした。私だって分別ぐらいはあります。教会に所属していながら悪魔の治療を行えば立場が悪くなるのはわかっていた。私だけではなく多くの人に迷惑がかかるともわかっていながら何故か私はそうしなければならないと突き動かされました」
ふと『王』が不快げに口元を歪めた。
「操られたな……精神操作に長けたタイプの悪魔だったのだろうよ」
アーシアも肯く。
「神父様も後でそう仰っていました。でも結局は私が未熟だったからそんなことになったのです」
そこはいつ人通りがあるかわからない場所だった。
そんな場所で神器を使用して悪魔を治療する。誰かが気がつく可能性は高かった。そんな危険なことをアーシアがするはずもない。
「神父様は仰いました『バレたらやばいことをするときはこっそりとやれ、人目につかないようにささっとやってしまえばいい。間違っても証拠なんぞ残すな』と。私はその教えに従ってその悪魔を人気のない場所へ連れて行き治療しました」
……そいつ本当に神父なのか? 心の中でツッコミを入れる。はっきり言ってその思考は『バレなきゃ犯罪じゃない』と言っているのと同じだぞ?
そしてアーシアはその悪魔を治療して逃がした。目撃者もいないはずだった。
なのにこの件はすぐに噂となってアーシアのいる教会に広まった。
いわく『アーシア・アルジェントは悪魔をこっそり治療している』
いわく『アーシア・アルジェントは悪魔と契約して力を得た』
いわく『アーシア・アルジェントは悪魔を捕らえて治療の腕前を試すためのモルモットとして定期的に利用している』
あまりにも噂の広がりが早かったためアーシアを重要視する上層部も火消しが間に合わず。結局『悪魔を治療したと噂を立てられる軽率な行動をした』とアーシアは罰を受けた。
「ふむ、考えたものだ。『噂を立てられた』ことを罰したか、罰することであくまで噂でしかなく事実ではないと否定する心づもりであったのだろうな」
悪魔を治療したのではない。悪魔を治療したと疑われるような軽率な行為をしたことが問題なのだとすることで『悪魔を治療した』という部分をさりげなく否定する意図だったのだろうと『王』が感心する。
罰といっても追放などの厳罰ではない。一室に数日の間閉じ込めて反省をうながす程度で済んだ。
上層部も『聖女』をそう簡単に手放したくはなかっただろうし、アーシアの師である神父やアーシアを評価している上層部の人物が弁護し、彼女の行動は軽率であったがまだ若く経験も足りていないのだから間違いを犯すこともある。今後は心を入れ替えて敬虔な神の信徒として活動してもらえばいいということで落着した。
むしろ問題になったのはアーシアの所有する神器『聖母の微笑』が人間を治癒する神器ではなく悪魔さえ治癒出来る。おそらくは種族の区別もなく治癒出来てしまう神器かもしれないということだった。
『聖女』は人を救う力を持つ人物でなければならない。その力が悪魔や堕天使すら救うなどということはあってはならない。事態を重く見た上層部はその事実を隠蔽した。
下手をしたら今後現れるかもしれない回復系神器所有者さえ異端と断じられかねない。それは教会の力を削ぐ行為であるだろう。
あくまでアーシアの『聖母の微笑』は人間を治癒する神器であるとされた。悪魔を治療した事実などなかった。そういうことになった。事実を知るのは教会の上層部の一部だけ。
教会はそう決着をつけたかった。
だが事はそれで収まらなかった。
アーシアはそれまで気がつかなかったらしい。そのときになって初めて自分が他人の嫉妬を受けていたことに気がついた。
名家に生まれたわけでもなく権力も財力もない。そんな一般家庭出身のアーシアが神器を持っていたというだけで特別扱いされ『聖女』と呼ばれ高名な神父の教えさえ受けた。
家柄自慢の名家出身者からは見下され、庶民出身者からは神器があるだけで特別扱いされた人間と見られて仲間と思われない。
アーシアは非常に不安定な立場にいたのだ。
はっきり言ってしまえば彼女の味方となる仲間がいなかった。名家出身者のエリートも庶民出身者でありながら努力している者もアーシアを仲間と認めなかった。
そしていままでは『聖女』の名に表面上追従していた者たちが一斉に手のひらを返した。
直接的な嫌がらせは受けなかったが、まるでアーシアは存在しないかのように多くの協会関係者から無視されるようになった。
「悪魔と関わりのある『魔女』」と。
いずれ噂など消える。努力すればやがて認めてもらえると励ましてくれる人もいたがそれでもアーシアは傷ついた。
自分はそれほど人々に嫌われ疎まれていたのかと。
そして事態を決定づけたのがその悪魔が夜間こっそりアーシアの部屋へやってきたことだった。
「礼を伝えに来ただけだと言っていましたが、私はあの方の目を見たときに私はこの男に陥れられたのだと感じました」
実際、その悪魔の少年はアーシアの状況を不自然なほど詳しく知っており「教会に居づらいなら僕の所においで」と誘いをかけてきたらしい。
その誘いを断るとあっさり帰って行ったらしいが、もちろんそれで終わりではなかった。
その翌日から『アーシア・アルジェントが自室に悪魔の男を連れ込み密会をしていた』と噂が広がった。
アーシアはすぐに事情を知っている上層部の人間に釈明した。勝手に悪魔が来て以前の礼を言って去って行っただけだと。
しかし日が経つにつれて噂はエスカレートしていった。
「神父様は仰っておられました。『まるで何処ぞの阿呆が煽っていやがるような有様だ』と。私もあの展開は不自然に思います」
ろくに目撃者もいなかったのに翌日には噂になる。そしていくら嫉妬されているとはいえ噂のエスカレートの仕方に悪意を感じる。しかもその広がりようが異様に速い。以前悪魔を治療したと噂が流れたときと同じ手口だ。
ついにはアーシアは『夜な夜な悪魔を呼びだしては聖職者にふさわしくない淫靡な行いを楽しんでいる罪人である』と断定された。
弁護してくれる者もいた。アーシアの師である神父などその筆頭だった。あきらかに何者かの策謀だ。教会からアーシア・アルジェントを奪うためか、あるいは彼女を妬み失脚を望む者の策略であると。
しかし噂が広がりすぎた。
悪魔を治療しただけでも『聖女』の名声に傷が入った。その時点で彼女を見限る者は多かったらしい。教会が従う天界の意志もその時点でアーシアに対して否定的だったそうだ。
しかも悪魔相手に悦楽にふけっていたと噂されてはもはやかばいきれない。『聖女』としてはもはや利用することも不可能になった。それどころかそんな人物を重用すれば教会の汚点にすらなる。
結局アーシアは『魔女』と罵られながら教会を去るしかなかった。
教会からの追放処分。
せめて命は奪わないこと。それが彼女を弁護する者に出来る最大限の手助けだった。
「それでもそれも私の未熟ゆえの試練と思って、私はその後も細々とですが活動を続けました」
組織の協力を受けられない個人で出来ることは限られていた。それでもアーシアは出会った人の中で迷っている人がいれば導き、傷ついている人がいれば癒した。
日々の糧はそうした人々の善意とアーシアを不憫に思った協会関係者の一人が渡してくれたわずかな資金を大事に使いながら得ていた。
アーシアは協会関係者には有名だが一般の人に広く知られているほどではない。一人のシスターとして活動することは可能だと彼女は考えていた。
しかし、やがてそれも不可能になった。
教会を追放された『魔女』が教会のシスターを騙って人々を惑わしていると弾劾されたのだ。
教会を追放されて以来アーシアは教会の所属だと名乗ったことは一度もない。あくまで神を信仰する一人の信徒としての個人的活動のつもりだった。けれど教会はアーシアを『シスターを騙って人心を惑わす魔女』として追っ手を差し向けてきた。
追っ手から逃走する逃亡生活に、次第にアーシアも疲れていった。
仲間だと思っていた教会の人々に実際には疎まれていた。
悪魔の奸計にむざむざはまり、教会から見放された。
そして今度は追っ手さえ向けられ逃亡者に身を落とした。
それでもアーシアは逃げ切って見せた。アーシアいわく『気合いと根性と神父様の教え』だそうだ。
それでもある日唐突に逃亡生活は終わった。彼女の前に教会からの追っ手が現れたのだ。
「よう、アーシア。ひさしぶりだな」
鍛え上げられた頑健な肉体を神父服に包んだ大柄な男性。まるで歴戦の傭兵のような強面にどこか愛嬌のある不思議な笑顔。
それはアーシアを育て、そして最後まで守ってくれた神父だった。
アーシアさんの転落人生。
うちのアーシアさんが考えなしに悪魔を治療するなどありえないという思考のもと、せっせとそれらしい過去を捏造。
結果、ある意味さらに不幸なような、意外と恵まれていたような判断に迷う過去話になりました。
しかし一人称で他人の過去話は難しかったです。
ほとんど三人称の書き方に近くなりましたが、一応イッセー視点の一人称のつもりです。