優秀、という言葉はいつも付き纏われていた。その称讃の言葉を貰うには、他人と比較されて初めて生まれる言葉であるのは言うまでもない。そして、ある集団の中で卓越した何かを保持している者だけに限られた言葉なのだ。
そう、彼は優秀だ。ボディガードでもあり、殺し屋でもある。
彼のその技術は周りから遥かに浮き出ていた。幼少期から身につけられたその技術で大統領といったこの世界で必要不可欠な人間をただただ守り抜いてきた。経験はもちろん、いかなる修羅場を乗り越えている。ボディガードの時でさえ、護衛対象を脅かす輩はその手で息の根を止めるのも厭わない。世間に晒されず、ひっそりと。何人の人々を手にかけてきた。それは正義のためであるから仕方ない、と彼は考えている。
そんな彼にこの世の中で恐ろしいものは存在しないかもしれない。しかし、彼にだって一度や二度の失敗はあるし動揺することだってあるのだ。現に今、彼は非常に動揺していた。
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ホテルの一室で声が響いた。パソコンの明かりのみで辺りは暗い。
「スクールアイドルを護衛しなさい!」
自分の血縁関係などよく知らない境遇だが姉がいる。ただ弟が欲しいという私欲で勝手に姉を名乗っている西條柚(さいじょうゆず)がモニター画面の向こうで同じことを続けて言った。人差し指を指して命令してくるそのポーズは毎度のお決まりだ。
久々にみる姉の姿はいつも通りの純白な白衣に、胸くらいまで届く髪はオレンジっぽい色から薄いピンク色へと変わっていた。赤縁の眼鏡も女性としての美意識を感じられるようで、なかなか様になっている。今年25歳と「四捨五入すれば30歳」となるが、相変わらず男には疎いのは把握済みだ。当然だが口には出さない。
「は?」
「だから、スクールアイドルだって」
「それはわかっている」
「本当かな〜。じゃあ、説明してみて欲しいかにゃー。ねぇ、桃李(とうり)?」
分かっているというのはそうじゃない。彼、西條桃李(さいじょうとうり)は心の中で悪態をついた。そもそも姉の柚が想像を越えた先のことを口にするのはよくあることだ。とにかく破天荒な正確なのである。しかし、今回ばかりは酷すぎる。冗談にしても趣味が悪い。
「スクールアイドル。アイドルは歌って踊ったりで客を喜ばせるエンターテイナーだ。そこにスクールがつく。分かっていると思うから強引に結論に持っていくが、ごく普通の学校通いの奴らがアイドルをやっているってことだ。当然芸能事務所に所属していない、ただただ一般の学生だ」
「おぉー分かってるじゃん。うん、大丈夫そうね。じゃあ、早速資料と必要な『錠剤』送るから後はいつも通り上手くやってね」
錠剤、と聞いて嫌な予感がしたが今は黙る。それどころではない。
こちらのことなどお構いなしに柚はカタカタとキーボードを叩く。やけに音の聞こえが良いのは柚の趣味だ。我々、裏社会の研究や開発部署の副委員長に就任している柚には機械改造など容易いようで、よく部品を買いに行かされてた。機械でない別の物を買いに行かされたりもするが、用途を問うのは愚問である。作るものはロクな代物でないのは間違いなし、そうでなくとも守秘義務で口は硬いのだ。
今回もそんな感じだった。まだ任務のことなら口が軽い方なのだが詳細までは口を開く様子はない。
カタカタ、という音。姉の部屋のコンピューターのファンの音だけが響く。まるでこちらが一度も口を開くことさえ許さないような雰囲気である。
「まだ外国でしょ?」
空返事で「あぁ」と答えた。姉の手の動きは止まることはない。資料の準備を着々と進めているのだろう。
「開始は三日後だから、早くこっちに戻りなよ。場所は空港からは遠いし不便よ」
「そうか」
カタカタ。カタカタ。タン。
「はい、送ったよ。念のためだけど、確認したら消去してね」
パソコン画面のメールのアイコンに一件の通知が届いている。クリックして開封した。突然、目が痛くなるような細かな文字が現れる。
「簡単に説明すると、桃李には普通に学校生活を送りながら彼女らの護衛をしてもらうわ。一般人の中とはいえ、武器は常に装備しておくこと。万が一条件が重なって執行対象が現れた場合、場所は人の少ない田舎だから融通効きやすいと思うけど周囲の警戒は怠らないように。誰にも気づかれることなく静かに処理しなさい」
「........」
「まぁ、日常を送るのが大半だと思うから、久々の学園生活を楽しみなさい。以上、何かある?」
ありまくりだ。言おうか迷っていたが、それなら言わせてもらうと決めた。
「.......本気か」
やはり、この問いかけに柚の手が止まった。ゆっくりとこちらに視線を合わせくる。
「別に一般市民を守ることに不満はない。知っての通りこれまでも一般人の護衛経験があるし問題ないだろう」
「そうよね。そもそも私が『君』に指示を出している立場なのだから忘れるはずもないわ」
「だろうな。自分が担当した一つ一つの任務をきっちり管理して記録している。そんなことは昔から知っている」
「.......なにが言いたいのかな? 君が任務に不満を感じるなんて珍しいにもほどがーーーー」
「俺は似たような任務で大きな失敗してる」
「っ......」
この一言で何が言いたいのか、柚には十分に伝わったようだった。形だけの間柄なのか、はたまた偶然にも同じ任務に当たっていたのか理由は分からない。ただ画面越しの姉は瞳を閉じて悔やんでいる様子であった。表情は苦しげな感じでもある。
そして、そんな姉の姿を見て何を考えているのか分かってしまうのは何故なのだろうか。
本当は桃李に担当させたくない。けど、桃李に担当してもらう他選択肢がなかったんだ。と、姉は口にはしなかった。
「『優秀』な君にしか頼めない任務よ。頼んだわよ、信頼してる」
優秀。この日、またこの言葉を恨んだ。
送られた資料に一通り目を通した俺に、姉は最後にこう付け加えた。
厳しい戦いになるとは思う、と。
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数日後、静岡県沼津市にいた。正確に言えば、内浦湾の岬に位置する浦の星女学院の屋上にいる。晴天だ。
本日、この学園には2人の転校生がやってくることとなり、名目上は一般生徒として加わり扱われる。ただし、西條桃李はさらにスクールアイドルのアドバイザーの立場を受け持つこととなり、護衛対象と積極的に関わっていく立場となる。
基本はボディガードであると悟られないように行動するが、必要に応じては伝えてもよろしく、判断は現場に任されている。だが経験上から、ボディガードであることを露呈する際の大半は状況が悪化していて、護衛対象にも警戒して欲しい場合が多い。できれば、伝えることなく任務を追えたい、と祈っている。
今回の場合は女子高だ。異性が学校にきたのでクラス中でも大騒ぎだったが、ここでも同じであった。ただしその反応は十人十色である。
そして、俺はまた動揺している。任務が届いているということは事実なのだろう。
しかし。
何かの間違いだろう? 本当に存在するのか?
既に顔と名前は一致している。改めて覚えていくその過程でこの疑惑が表情に出ないように必死に心を落ち着かせている。
「ほ、ほん、本当に男の人がくるなんて......」
ツインテールで、友人の後ろに隠れているのは黒澤ルビィ。
「ルビィちゃん、大丈夫ずら」
黒澤ルビィの頭を撫でて安心させようとしているのが国木田花丸。
「ふん。この堕天使ヨハネと契約して、あなたも私のリトルデーモンになってみない?」
よく分からんお団子頭一匹が津島善子。
「ワーオ、本当に男の人がやってきたね! Nice to meet you!」
英語混じりな挨拶をするのが、この学園の理事長を務める小原鞠莉。
「本当に知らないのですか、鞠莉さん?」
口元近くにホクロがあり、生徒会長を務める黒澤ダイヤ。
「ははは、西條(さいじょう)君だっけ? よろしくね」
手を振って挨拶する松浦果南。
「あの、よろしくお願いします」
変わって深々と丁寧にお辞儀をする桜内梨子。
「これでもっといい練習できるね、千歌ちゃん!」
明るそうに幼馴染声をかける渡辺曜。
そして、
「うん! これでまたラブライブ出場に近づけるね!」
このアイドルグループ、Aqoursのリーダーである高海千歌。
以上の9人である。
一見、普通の女子高生だ。
「えっと、僕が今日から共学のテスト生として転入してきた者で、スクールアイドルのアドバイザーもお願いされている西條桃李です。あんまり経験もなくて不安ですが.....えっと、何卒よろしくお願いします」
お辞儀をして顔をあげると彼女達の純粋な笑顔が目に映った。
残念ながらこの9人の中に、暗躍するかなり危険な組織と繋がっている者がいる。
その繋がりを隔つべく暗躍組織を処理すること。
そして、状況によっては。
護衛対象の彼女らも殺害する命令が下されている。