前半ターニャさん出番なし。
一話完結。
こんにちは、第二〇三遊撃航空魔導大隊所属のヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ少尉です。
本日は休養日であり、お天気も良いため、街中をお散歩中。本当は少佐殿とお出掛けしたかったのですが、探しても少佐殿は見当たらず、仕方がなく一人できている。
ふらふらと歩き市場に出る。以前に少佐殿と食べたパンケーキの屋台が出ていたので、そこでポテトパンケーキを買い、近くのベンチに腰を掛ける。
「ん~、美味しいっ」
甘く懐かしい味。実家にいた頃よく食べていたこともあるけれど、この間、少佐殿とご一緒したことも思い出します。
……あの時の少佐殿、ほっぺたにクリームが付いてるのにも気付かずに夢中で食べていらっしゃたなぁ……本当に可愛らしかった。少佐殿にもお土産で買っていこうかな。
そんなことを考えていると、猫の鳴き声が耳に入ってきて、辺りを見回すと、一匹のネコがトテトテとこちらに近寄ってきました。
私の足元にちょこんと座ると、こちらを見上げて甘えるような声を出してきます。
「か、かわいい……!」
持っていたパンケーキを汚れないように、包み紙に入れて傍らに置いて、猫ちゃんに「こっちおいで」と両手を伸ばすと、ひょいっとこちらの腕の中に納まり、すりすりと身体を擦りつけてくる。
「はうあっ……可愛すぎる……っ」
思わず抱きしめてしまった。
野良猫のはずなのに、もふもふとした毛並みが気持ち良い。猫ちゃん最初は少し抵抗したけれど、大人しくされるがままになってくれた。人馴れしているのかな。
ひととおり堪能した私は、改めて猫ちゃんを見てみた。
光の反射のよって金とも銀ともいえる色の美しい毛並みに、深い青色の瞳、どこか気高さを感じる佇まいに既視感を覚える。こんな感じの人が、近くにいたような……。
はっ、と気が付いた。
少佐殿に似ているんだ。
一度そう思うと、もはや少佐殿にしか見えなくなってきた。そうね、少佐殿(仮)と名付けましょう。
抱きかかえてじーと見つめていると、少佐殿(仮)は私の胸に足を掛けてきて――
「ひゃあ」
顔をぺろりと舐められ、思わず変な声をあげてしまった。そのままするりと私から降りると、横に置いておいたパンケーキを食べ始めた。
「……手慣れている」
きっと、この愛らしさでこのパンケーキを持った女性を次々と食い物にしているのだろう。とんだ女たらしだわ。
少佐殿とは大違い……でもないのかな。事実、少佐殿に誑し込まれた女がここにいる。
そう、私は少佐殿のことが好きだ。大好きだ。恋をしている。
最初に抱いたのは、上官に対する尊敬の念だったけれど、それが恋に変わるのはすぐだった。
気が付けば、少佐殿の仕草を目で追うようになっていた。少佐殿
少佐殿が私以外の誰かと親しそうにしていると、胸が痛んだ。
少佐殿に褒められたり感謝されると胸が温かくなった。
少佐殿ともっと触れ合いたいと思うようになった。
少佐殿のお傍にいられるだけでも十分に幸せなのだけれど、それでも、少佐殿とそう、いわゆる恋人的なご関係になりたいなぁ……とは常々思っているわけで……。
でも、やっぱり、少佐殿に想いを告げる勇気が持てないため、悶々とした日々を送っている。
「はぁぁ……少佐殿……」
好きすぎておかしくなっちゃいそう。
憎らしいほど青々とした空を見上げていると、膝上に重みを感じた。
私のパンケーキを食べ終えた少佐殿(仮)が、膝上で満足そうな顔でくつろいでいた。
ふてぶてしいなぁ、と思いつつ、もし、これが少佐殿だったら……。
☆
「ヴィーシャ、君に膝枕されると1日の疲れもなくなるようだ」
「ふふ、ありがとうございます。お疲れでしたら、マッサージでもしましょうか?」
「マッサージもいいが、何か甘いモノが食べたいな」
「甘味ですか? では、今日市場で買ったチョコレートでも……」
「ヴィーシャ、君が食べたいな」
「あ、ターニャさん……」
「目を閉じて……」
「はい……」
☆
「うにゃぅ」
「いたっ」
頬に小さな衝撃が走り、はっと我に返った。
膝上の少佐殿(仮)が、心なしか胡乱げな目で見つめてくる。
……まぁ、ここであの続きは不味かったから助かったけれど。
少佐殿のことを思い浮かべたら、すごくお会いしたくなってきた。少佐殿が行きそうなところにでも行ってみようかなぁ。
少佐殿(仮)を膝上から降ろして立ち上がる。
「じゃあね少佐殿(仮)。ほどほどにしておきなさいよ」
ひとまず軍服に着替えて、それから執務室へ向かおう。
◇
……やっぱり付いてきてるよね。
とてとてと私のすぐ後ろを少佐殿(仮)が付いてくる。歩みを速めれば、少佐殿(仮)も、私から離れまいと足を速めて追い縋ってくる。
その健気な姿に、きゅんとした私は少佐殿(仮)を抱きかかえた。
「私と一緒に行きたいの?」
そう問いかけると「にゃぅ」と肯定するように鳴いた。この子、人懐こいだけかもしれないけれど、妙に私に懐いている気がする。
……今日は少佐殿にお会いしに行くのはやめておこう。
ほんの短い時間しか共に過ごしていないけれど、情に絆された私は、ひとまず連れて帰ることにした。職業上、お世話をすることは難しいから、飼うことはできないけれど、今日くらいは一緒に過ごそう。そして、しっかりとした里親を探してあげよう。
◇
部屋に戻った私は、シャワーを浴びることにした。
正確には私がではなく、少佐殿(仮)を洗うためだ。野良にしては汚れが少ないけど、やっぱり砂埃が付いていたりするし、洗えばもっときれいになるはず。
しかし、少佐殿(仮)は、シャワーを浴びようとしたことを察したのか、すごい勢いで逃げ出した。
「ふっふっふ、窓もドアも締め切ってあるから逃げられないわよ」
もはや逃げ場はないと高を括っていたけれど、どうやら少佐殿(仮)は賢いようで、窓の鍵を開けようとし始めた。でも、そう簡単に開くはずもなく、
「はい、それじゃ綺麗にしましょうねぇ」
背後から抱きかかえると、抵抗することを断念したのか、全身の力を抜いてだらりとした状態でシャワー室まで連行した。
やっぱり水が苦手なのかな。シャワー室に入ってから、まったく目を開けようとしない。洗うのに支障がないから、別に構わないけど。
くしゅくしゅと丁寧に洗っていく。水が苦手な割に、洗われるのは好きなのか、気持ちよさそうに目を細めごろごろと鳴いている。
少佐殿(仮)を洗い終え、自分の身体を洗っていく。もう水には慣れたのか、少佐殿(仮)は私が身体を洗い終えるのをじっと待っていた。
シャワーを浴び終えた後は、少佐殿(仮)の身体をタオルで拭ってゆく。
「少佐殿(仮)、おかゆいところはありませんか?」
ふるふると首を横に振る仕草を見せる。まるで人の言葉が分かるようだ。
しかし、今日1日だけとはいえ、少佐殿(仮)は呼びにくい……うん、今日だけだし、んん。
「ターニャ」
びくりと少佐殿(仮)改めターニャは、私の方に顔を向けた。少佐殿のお名前を付けるなんて、少佐殿に失礼だけれど、今日だけだし、他の人の前では呼ばないから、きっと許していただけるはず。
「ターニャ」
そう呼ぶと「にゃぅ」と反応してくれる。
なんだかとても恥ずかしくなり、ターニャを抱きしめてベッドに倒れ込む。
「うぅ……恥ずかしいなぁ。……ターニャ、ターニャ……うぅぅ……」
顔が熱くなるのが分かる。
一人悶えていると、ターニャがこちらをじぃとみていることに気付いた。
「えぇと……君に付けた“ターニャ”って名前はね、私の大好きな人の名前なの」
猫相手に何を説明しているのかという気もしたけれど、ターニャは人の言葉を理解している節があるし、今はこの思いを吐き出したい気分だった。
「うん、本当に大好きな人なの。部下にこんなこと言われても、困らせるだけだって分かってるのにね。別に想いを告げなくても、一緒に居られるだけで幸せだって思ってた」
でもそれは、そう自分に言い聞かせていただけで、一緒にいるだけでは満足できなくて、
「でも、苦しいの。一緒に居れば居るほど、好きだって気持ちが溢れてしまって……でも、一緒に居れない時はもっと苦しい」
一緒に居ても、離れていても苦しいなんて、もはや末期だ。恋の病とは、良く言ったものだ。恋ってもっとふわふわして幸せなものだと思っていたのに、こんなにも苦しいものだったなんて。
「私、どうしたらいいんだろう……」
ターニャに縋っても仕方ないのにね。
大きなため息を吐いていると、ぺろぺろと頬を舐められた。
「……もしかして慰めてくれているの? ……ありがとう」
ターニャの行動に嬉しさを感じつつも、くすぐったく身をよじるとターニャの舌が私の唇に触れ、その瞬間、ぼふんという音と共にターニャが煙に包まれて……
「しょ、しょうさどの?」
ターニャが消えて、まるで入れ替わったように、全裸の少佐殿が現れた。
混乱しつつも、少佐殿の目の前で横になっているのは失礼かなと思い姿勢を正す。
「……」
「え、あ、あの、ターニャ、いや、あの猫が少佐殿に??」
「あー、混乱しているところすまないが、正確には私が猫になっていた、だ。いや、理屈を私に聞かれてもわからんぞ、朝起きたら猫になっていたのだ。いや、今思えば、昨晩あのマッドから渡された栄養ドリンクが原因で……」
少佐殿のおっしゃっていることがイマイチ理解できないのだけど、ひとつ分かることは、ターニャ(猫)=少佐殿ってことで、それが意味することはつまり……。
「……少佐殿、あの、もしかして、私が先ほど、ターニャ、いやあの猫ちゃんに話し掛けていたことは全部……」
顔を上げた少佐殿と一瞬だけ合った視線はゆっくりと外され、気まずそうな表情でゆっくりと頷かれた。
意図しない形で想いを告げてしまった。……もう後戻りはできない。玉砕するにしても、しっかりと自分の意志で想いを告げよう。
「少佐殿! 私、その、少佐殿のことが好きです! 大好きなんです! 愛しています! 公私ともに、少佐殿のパートナーになりたいんです。だから――」
「少尉」
言葉を遮られる。ああ、ダメってことなのかな……。
「少尉の気持ちは嬉しい」
ダメよヴィーシャ。断られても泣かないって決めたのに、少佐殿に負担は掛けたくないのに、涙が止まらない。
「その、私も、貴官のことは好ましく思っているよ」
好ましく思っていただいていることは、素直に嬉しいのです。けれど、少佐殿、私はそれでは満足できないのです。
「ああ、泣かないでくれ」
「申し訳、ございません。でも、少佐殿、振った、相手に、泣くなというのは、酷な要求です」
「……ああ、すまない。私は振ったつもりはないのだ。人に好意を伝えることに慣れていなくてな、そうだな、私もはっきりと告げるべきだな」
少佐殿の小さな両手が、私の頬を包み込む。
「愛しているよ、ヴィーシャ。公私ともに、私と共に在り、私を支えて欲しいと思ってる」
不意打ち気味に告げられた少佐殿の言葉に驚く暇もなく、唇を奪われる。唇同士が触れるだけの優しいキスは、私の心に広がっていた不安を払拭してくれた。
「しょうさ、どの」
「ん? なんだねヴィーシャ」
「私のこと愛しているって、本当ですか……?」
「おや、信じてくれないのか? 私のファーストキスまで捧げてやったというのに」
少佐殿のファーストキス!
「わ、私も初めてです! 私の初めても、大好きな少佐殿に捧げました!!」
「……初めてのキスと言え初めてのキスと。その言葉だけだと誤解を生むぞ」
顔を赤らめて訂正を求めてくる少佐殿だけれど、誤解だなんてとんでもない。
「私の全ては少佐殿に捧げる予定なので、誤解ではございません!」
「よし分かった! 分かったからちょっと黙ろうか! ……貴様、ちょっと浮かれすぎではないか」
「……浮かれもします。だって、少佐殿と両想いだったなんて、まるで夢のようです」
うぅ……本当に夢じゃないわよね。だって猫が少佐殿になったのだもの、いや少佐殿が猫になって元に戻ったが正しいんだったっけ?
「少尉、まだ信じられないか?」
「はい、現実味がなくて……キスも突然で、そのなんというか……」
もう一度キスして欲しいなんて言ったら、いやらしいって思われるかな。
「つまり、もっとキスして欲しいってことだな」
「うぇ? い、いいえ! 私はそんなことは口にして、んぅっ!? ……はぁぁ」
反論しようとしたけれど、唇を塞がれて物理的に黙らされた。……うぅ、卑怯です少佐殿。
「言葉にせずとも、貴官の表情を見れば一目瞭然だ。……ああ、まだ足りないのか? やれやれ、欲しがりな副官だ」
そのまま少佐殿に覆い被さられると、息継ぎする間もなく、何度も何度も唇を啄まれる。
苦しくなってきた頃合いで、キスの嵐が止んだ。……ああ、きっと私、今すごくだらしない顔してる。
足りなくなった酸素を求めて荒い呼吸を繰り返しつつ、キスの余韻に浸る。
「ヴィーシャ」
「あ、少佐殿……」
私の息が整ってくると、再び少佐殿と唇を重ねた。ただ唇を合わせるだけのキスを数度繰り返し、そして少し長めのキスをされる。その時、僅かに開いていた私の口に、熱を帯びた何かが侵入してきた。小さなそれは少佐殿の舌だとすぐに分かった。私が、おずおずと舌を差し出すと少佐殿にすぐさま絡めとられる。最初は優しく舌の腹を擦り合わせたり、吸われたり吸ったりとしていたが、徐々にその動きはだんだん積極的になっていった。
「――んふぅ……ぷはぁ……はぁ、はぁ……」
このまま永遠に続くと思われた
「ふぅ……さて、そろそろ部屋に戻るか。ヴィーシャ、服を貸して欲しいのだが」
そう言ってベッドから降りようとする少佐殿。
少佐殿はご自分の部屋に戻られるつもりのようだが、私は――。
「少佐殿……」
「なんだね、ヴィーシャ……っ!」
少佐殿をベッドに押し倒して、身動きが取れないように馬乗りになった。駄目ですよ少佐殿、まだ夜は長いのですから。
「ふぅー、ふぅー……っ」
「ヴィ、ヴィーシャ、少し落ち着こうか。目が据わっているぞ」
「少佐殿、私、我慢できません。……大体、少佐殿が悪いんですよ? 一方的に何度もキスしたり、それに全裸で誘ってくるから……」
「いや、全裸は不可抗力で――」
「言い訳はいいです。少佐殿、責任、取ってくださいね」
「まっ――」
◆
翌日、妙にやつれたデグレチャフ少佐と妙につやつやとしたセレブリャコーフ少尉が目撃された。
何でもありなMADさん。