クロエに恋愛の愚痴をこぼすだけのお話   作:skaira

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日常①

 高校。

 それは、恋愛戦争である。

 やれ昨今は学生の本分は勉学だとか、オンライン授業だとか訳のわからない事ばかりを囃し立てる輩も多いのだが、それはさておき。

 世の高校生の多くは、恋愛をするために高校に来ていると言っても過言ではない。

 それが彼女、彼氏持ちだろうがお持ちでなかろうがそんなことも関係ない。

 恋人と逢瀬することも恋愛であり、好きな子に思いを寄せる瞬間を味わうだけでも、またそれは恋愛であるのだから。

 

 ……とは言ったものの。

 好きな子がいなければその前提すらも破綻してしまう訳で。

 

「……えっ。士条先輩彼氏いたの」

「そ。つってもこの前だけどね。他校のナヨってる高校生らしいよ」

「どいつもこいつもイチャイチャしやがって……」

 

 とまあ、こんな具合に前の席の女──黒江花子に愚痴ることが日常でもあって。

 

「え? いやうちモテるし。アンタと一緒じゃないんで。仲間意識とか持たんでくれる?」

「……えっなに。お前も彼氏いんの?」

「いやいないけど。いないけどね? いないけど、まあ選び放題ってワケ」

「へ、へぇ。物好きな男も大勢いたもんだな」

 

 強がってみる。内心悔しい。

 いや、黒江がモテるとか初耳なんだけど。

 こうして毒を吐いたりもしてみるけど、モテテクとか教えて欲しかったりする。

 

「あ? 誰が物好きだって?」

「いやだって、俺告られたこととか一回も無いし……」

「……え。じゃあ彼女できたこともない系?」

「ねえよ。てか二年も付き合ってんのに知らなかったんだなオイ」

「いやアンタのプライベートとか興味ナシなんで……」

 

 心に刺さることを言われつつ、目の前で重そうなため息をつく女を苦々しく見つめた。

 物好きとは言ったけど、コイツのことを好きになる理由は案外簡単に見つかる。

 ちょっとパンキッシュなサイドテールをかわいいとか思っちゃったことがある。

 言われてみれば美少女と認めざるを得ない気もする。

 

 けど、モテると本人の口から聞くのはやはり少し堪える。

 ちょうど、いとこが彼氏を自慢してきたときと同じだ。

 なんか……手塩にかけて育てた自慢の娘が結婚したような。いや同い年だけど。

 しかし口は悪いし性格は怖いし目つきも鋭いし──悪い点も多々あるんだが。

 

「……アンタ今失礼なこと考えてない?」

「ひゃっ!? い、いや、何も?」

「……え、何その反応。キモ」

 

 コイツに愚痴ることはもう無い。今決めた。

 

「ま、まあ俺だってお前以外にも女友達いるし?」

「いやいるでしょ、何そのマウント。……ちなみに、誰? その女友達。うちの知り合い?」

「……なんか圧が強くないすか? 黒江さん」

 

 嘘である。

 最近女子と話したのはコイツを除けばいとこくらいのものだが、ついつい強がってしまった。

 後悔先に立たずとはよく言ったものだ。

 こうして無様極まる嘘がバレそうになっても、神様は助けてくれないらしい。

 ……いや、その前に。そもそもいるでしょとか言うのなら放っておいて欲しかったんだけど。

 

「ちえる。……いとこの」

「いとこを女友達って……いや。ちょい待ち。チエル?」

「え、知ってんの?」

「いや、知んないけど……なんか、その名前が無性に腹立つってか……。自分のこと可愛いと思ってて、先輩の男に媚びを売りつつも空回りして結局相手にされずに悔しがってる一つ年下の女って印象がパナいってか……」

「数年来の悪友だったのか?」

 

 いとこ──風間ちえるのことだ。

 ちょうど彼氏ができたと自慢してきた時、今と全く同じエピソードがちえるの口から出てきたのがまだ記憶に新しい。

 唯一違うのは、〝空回り〟ではなく〝先輩がちえるの魅力に惑わされてるってカンジ?〟だったこと。

 まあ空回りだったのは話を聞いて何となく理解したから、何も言わなかったんだけど。

 そういえば、「一緒に遊園地に行ったし、これもう付き合ってんじゃね? ちえるの勝ちじゃね?」とか言ってたからこっちの面でも空回りしている可能性が高い……ような、気がする。

 

「……まあ、とにかく。ロクな女が傍にいないねアンタ」

「それ、黒江もか?」

「はぁ? 何寝ぼけてんだオイ。目玉ひん剥いてよく見ろ! こんな〝天使〟が悪女のワケねえだろゴラァ!」

「本物の天使が聞いたらびっくりする言葉遣いだな……」

 

 ふと、黒江の怒声を聞いてクラスの中を見回した。

 もう外は夕暮れを過ぎていて、部活が終わった生徒が校舎から出ていくのが見える。クラスにはもう、俺と黒江しかいない。

 我が校──私立王林道高校にはいわゆるお嬢様だとか坊ちゃんだとかそういった類の生徒が多い。

 駐車場にはリムジンが多数停まっていた。

 それを見て黒江が怠そうに言った。

 

「……そういや、アンタって金持ちだっけ?」

「なわけねえだろ。金持ちだったらお前とファミレスなんて行ってねえわ」

「ま、確かにそうさね」

「…………黒江ってさ、家──」

「あーいや、みなまで言わんでいい。うち貧乏よ。だからバイトしてるし」

「……んじゃ、今日も帰るか! 黒江の弟達の話聞きながらゆっくり帰途につくわ」

「えなに。ちょい待ち。うちガン無視? 今完全にシリアスになる流れじゃなかった? ちょっと期待しちゃったうちの純情どう落とし前つけてくれんのよ」

「お前に純情なんてあったんだな」

「こう見えても立派な乙女だっつの! いやその前に話逸らすなし。はぁ……」

 

 時計はもう夜の六時を指していて、そろそろ用務員が見回りにくる時間だ。

 手早く帰りの支度を済ませ、誰もいない校門をくぐり抜ける。

 月が出ていた。もう夜の始まりだ。

 

「夜っていいよね。わからん?」

「……お前それ何回目?」

「何回も言っていいっしょ。いや好きなんだよね。夜」

「……別に他の男に言うならいいんだけどさぁ」

 

 夜──風間夜。俺の名前だ。

 両親から貰ったありがたい名前とは言え、小中高とこの名前で自己紹介するのは恥ずかしいものだった。

 先生からも随分と数奇な目で見られたもんだ。逆に慣れたまである。世界一慣れたくない慣れだったが。

 ……だったが、まあ高校に入ってコイツに出会って、少しこの名前に感謝した。

 もっとも、夜が好き、なんて厨二病かと思われそうなもんだけど。コイツは案外そういったものに腐心しないらしい。

 

「……いや。アンタ以外の男と一緒に帰るとか無いから」

「え、なんで? お前モテるんじゃねえの?」

「……まあ。ね? 弟のこととか、うちの事情とかね。そういうこと」

「いや何も伝わってこないが……」

「何アンタ。もしかして照れてんの? 男でそのキャラ売りはキツいっしょ」

「キャラ売りじゃねえから! 誰だって照れるわバカ!」

「……へぇ。意外と可愛いとこあんだ。さすが彼女いない歴イコール年齢の男は一味違うわ」

「余計なお世話にも程があんだろ……」

 

 別に女子に下世話なことを言われるのが嫌な訳じゃないが、ちえるといい黒江といい当たりの強い女が周囲に多いのも考えものだ。

 

「そういやアンタさ。今週の土曜空いてる? ちょうどバイト無いんだよね」

「……あー、土曜か」

「何、用事? いや無理せんでいいよ。大したことじゃないから」

「ちえるにカフェで愚痴を聞けって言われてんだよな。なんか最近彼氏が会ってくんないらしくて」

「…………前言撤回。絶対にうち優先」

「……まあ、それは別にいいけども」

「え。いいの? 逆に肩透かし食らったんだけど」

「いやね。俺が行かなかったら多分、ちえるのユニっとしてる先輩が付き合わされるから」

「……何その表現。アンタ文芸部だったっけ?」

「いやそうとしか言えないんだよな……」

「ふーん……。ま、いいんだけど。んじゃ土曜、朝九時。ハチ公前で」

「りょーかい。遅れたら悪いな」

 

 アンタ遅れたことないでしょ、と言って黒江が帰っていく。

 ちょうどここからは分かれ道だ。

 家の距離も近いことから俺たちは自然と仲良くなった。

 うちの高校が金持ち学校ってだけあって、アイツの素行や態度は不良扱いされやすい。いや別に素行不良って訳じゃないんだけど。箱入り娘達にはどうにも不良に映ってしまうらしい。

 

 ……まあ、そんな訳だから箱入り坊ちゃん達もアイツを腫れ物扱いしてるもんだと思ってたんだけど。男ってのは顔の可愛い女の子に正直なもんだってことがよくわかった。

 あんまり黒江と関わったから男子に悪く見られる、とかそんなのを意識したことはないが。

 どうにも明日からはそうも言ってられないらしい。そういえば最近男子たちから冷たい扱いを受けてるのも何となくわかってきた。

 

「明日、少し憂鬱だな……」

 

 とまあ呟いてもみたけど、よくよく考えれば明日も黒江と会って話せるんだから、実はそうでもなかった。




こんな感じで続いていくかも。
続かないかも。
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