この世に幸運なものなど存在しないと俺は思う。
幸運だと思うものがあるならば、必ず不運も同時に降り掛かっているというのが俺の持論だ。逆もまた然り。そうでなければ、教訓などという言葉は生まれていない筈なのだから。つまり、その結果をどう受け止めるかによって物事は幸運にも不運にも転じるという訳だ。
「──この土日弟たちも母さんもいないから。用事らしくて。多分うちに気使ってくれてんだけどね」
さて、この状況は俺にとって幸運なのか不運なのか。
黒江が家族の世話をしなくて良いということは、黒江が勉強に集中できるということだろう。それはつまり、俺自身もそういうことになる。まあしかしそれはそれとして、この土日は俺たち二人で過ごすということでもある。
「いやなに突っ立ってんの……とりあえずご飯作んよ。今日もユニ先輩に絞られてクタクタっしょ」
こういう時に一番賢いと思われる選択は一つ。
「……まあ、なるようになるか……」
全てを成り行きに任せてしまうことである。
今は夜八時で、夕飯を作って食べて洗い物まで済ませたとしても十時くらいには収まるだろう。そこからならば風呂の時間を差し引いても
つまるところ、朝の六時までだ。こればっかりは本当に真行寺先輩に感謝しなければならない。
数時間前、こんな会話があった。
「二人ともお疲れ様! 今週末がラストスパートだね」
「いやほんと勉強舐めてました。マジでユニ先輩尊敬し直しました。さーせんした」
「そこでなんだけどさ、二人ともアストルムって持ってる?」
「あすとるむ? ……あー、確か弟たちが持ってたような」
「てことは二人分あるってこと?」
「そっすね。二人分あります」
「お! それじゃあさ!」
そこから真行寺先輩が説明した内容は、ざっくりと言えば徹夜で勉強できるということだ。
最初は当然俺も黒江も戸惑ったものだが、話を聞いていくうちに段々と全容が掴めてきた。
アストルム──VRMMOゲーム、"レジェンド・オブ・アストルム"にはどうやら、『睡眠拡張機能』なるものがあるらしい。簡単に説明するならば、身体を休ませておきながら脳の活動範囲を少し広げることによって、睡眠をしながらでもVR世界で活動ができるということだ。
なんというご都合機能。当然そんなものがあるなら全世界の人間が使っている筈なのだが。
「……それって正規の機能じゃないですよね?」
「お、その通り! うち──共和学園にね、星野静流さんって人がいるんだけど、その子がゲーム開発者の……確か、模索路さんって人と知り合いみたいで」
「なんすかその繋がり……」
全くもって、幸運なのやら不運なのやら。
とりあえずその模索路さんに会って話を聞いてみないことには信用できない話なのだが、今はとにかく時間が無い。口ぶり的に真行寺先輩は既にその機能を使っていたようなので、彼女が今健康そのものであることに信頼を置くことにした。
「……んで、アストルムってどれ?」
「んーっとね。確か……あ、コレだわ。アイツら散らかしてんなぁ」
黒江が後片付けをしている横で、VRMMOゲームとやらをまじまじと眺める。見かけはイヤホンのようなものとさほど変わりは無いが、これを装着すればVR世界という場所に意識そのものを飛ばすことができるらしい。
長時間身体に電磁波を浴びせること、向こうではこちらの身体の不調に気が付かないことなどいろいろ問題点は浮かび上がりそうなものなのだが────ん?
そのイヤホンの下にシートのようなものが挟まっていた。メモだ。
『多分大丈夫!
模索路晶』
「……なあ、やっぱりやめにしないか? 俺ちょっと怖くなってきたんだけど」
「なに。今になって日和るのやめてくんない。こちとら一分一秒に生活がかかってんだけど」
「それはわかるけどさぁ……」
このメモを見せればコイツも怪しんでこの話をご破算にしてくれるだろうが、それは真行寺先輩を裏切ることにも勉強時間を削ることにも繋がる。つまり結局のところコイツはどうあってもアストルムをやることになるだろうし、それならば俺も余計な負担をかけさせたくない。
ならば、腹を括るしかないということだろう。
夕食と風呂を済ませ、リビングに布団を二人分持ってきて準備をする。
「……にしても、お前ん家に泊まることにも慣れたもんだよな」
「あー。確かにそうかもね。つか風間ん家がダメって言うから毎回うちん家になってんだけど」
「ほら、うちってちえるがいつもいるし……多分黒江連れてきたら絶対うるさいんだよな」
「……なんつーかさ、アンタらって距離近めじゃない? 一応肉親だよね?」
「肉親も肉親だっての。てかアイツ彼氏いるし。いやてか、そんなことお前に関係ないだろ」
「あー……や、その通りだわ。忘れて」
「とりあえずもう寝ようぜ、多分真行寺先輩も待っててくれてるから」
「へーい。んじゃ接続開始っと」
さて、VR世界に着地した。実際の身体は黒江家で寝転がっている筈なのだが、その感覚が一切なく、また頭に着けている機械の重さも感じない。全くもって浮世離れした装着だと常々痛感する──のだが、実際浮世離れしているのは俺自身だというのが心にくる。
アバター選択は脳内ピクチャをそのまま転用してくれるらしい。特に自分をどう見せようなどとは思っていないため、現実世界そのままのアバターとなった。おそらくは、黒江も俺と似た性格なのでそうなるのだと思う。
「黒江さーん」
「あー、いたいた。後ろ」
「……ッ!?」
──金髪ボブツインテール美少女。
一瞬、誰だかわからなかった。声はそのまま黒江花子のものなのだが、まさかその外見が金髪ツインテなどとは誰も思うまい。
あの学校では不良などと揶揄され、実際の性格も名に相応しく孤高であり、常にストイックで身近な存在からも尊敬されている人物が。
「何か文句でもあんの?」
「……え、えっ? 何か零してましたか」
「や、なんかそういう顔してたから。……え。いや。似合ってないとか無いよね?」
「いやなんだろ……逆なら受け止められたかもだけど、あのサイドテールからいきなり金髪ツインテが来たらちょい情報が追いつかないってか……いや似合ってはいるよ。すごい可愛いっすよ」
「あ? いや似合ってんならいいけど。……てか、可愛いなら別に、いいけど」
「黒江さん最近チョロいよね」
「腹パンしていいか?」
「いや悪かった」
さて、茶番おしまい。
真行寺先輩によると、勉強はどうやら象牙の塔というところでやるらしい。もっとも、土地勘の無い俺たちに行くすべは無いので、先輩がスポーン地点まで迎えに来てくれるという話だったのだが。どうも見当たらない。
見当たるものと言えば、めちゃくちゃデカい木くらいのものだ。
「……あれ、誰か寝てんな」
「ほんとだ。ユニ先輩じゃね?」
「あの人もっと緑っぽい髪色してなかった?」
「いや髪色とか好きに変えられるし」
「あ、確かにね」
この時間帯(深夜)ならわざわざゲームの中で寝ずとも、実世界で寝れば良いと思うのだが。余程寝るのが好きなのだろうか。
「真行寺先輩。お待たせしました」
「……む? おぉ、よく来たね。やあ諸君。ユニ先輩だよ」
「へっ?」
あれ、こんな喋り方だったっけ。
もっとこう、白熱と周章とが入り交じった感じだったような気がするんだけど。
「……本当に真行寺先輩なのかな?」
「いや違うでしょ。どう見ても。多分ユニって名前のNPCじゃね」
「なるほど。アストルムのガイド役として配置されてるってことか」
だとしたらゲーム内で寝ていることにも合点が行く。
人が来たら起きるように設定されているのだろう。
妹を見るような目で、黒江がそのNPCに話しかけた。
「ごめんね、ユニちゃん。ちょい人待ってて。少しここに居させてもらうね」
「……えっ、だからユニ先輩だよ。ユニだよ」
「あーうん、だから案内はちょっと待って……」
「……来た途端に粗雑なラブコメを見せられ、半ば傷心したものの若人の青春のためだと離れて寝転んでいたぼくに対して君たちはさらに苦汁を舐めさせようと言うのかね。……温厚で知られるぼくと言えど、ちょっと悲しい」
目の前の子の眼に涙がじんわりと浮かんだ。
いやこれはまずい。いくら女友達に恵まれずともこれが良くない対応なのはわかる。……というか、本当に真行寺先輩のようだ。
「…………えっ、まさかホントにユニ先輩すか。……マジで?」
「最初からマジと言っとるだろうがこのたわけが。巫山戯るのも大概にしたまえよクロエくん。あと可愛い一つでそんな照れ顔を晒すあざとさも大概だぞ、クロエくん」
「……あーいや、それはマジでさーせんした。てか、何でそんな喋り方なんすか」
「あぁ、所謂キャラ作りというヤツだ。ぼかぁランドソルの中ではそれなりに知識人として通っていてね、こういった性格の方が衆人の印象を損ねないのだよ」
「……はぁ、いろいろ大変なんすね……」
「何を引いた目をしとるんだ。第一クロエくんもいつものアイデンティティを捨て金髪ツインテなどという俗物的思考に身を委ねているじゃあないか」
「なんでうち人と出会う度この髪型ディスられなきゃなんないの?」
ぶつくさと愚痴をこぼす黒江を横目に、真行寺先輩の方は既に転送魔法の用意を終えたようで何やら呪文を唱え始めた。象牙の塔まで飛ばしてくれるのだろう。
という訳で、大分遅くなったが合宿一日目(深夜)、スタート。
プリコネのキャラストーリー、どれもこれもキャラが魅力的に描かれてて良いね
イチオシはチエルです