さてさて、合宿一日目であるのだが。
いま一度現状の確認をしておくと、俺と黒江は実力考査で良い点を取り、学内最高の無料奨学金を得ようとしている。その為に、自分たちが知る中で最高峰の頭脳を持つ真行寺由仁先輩の力をお借りしているのだ。
由仁先輩の頭脳が優れている理由は、もちろん彼女の持ち前の才能、努力によるところも非常に大きいのだが、勉強法もまたそれに寄与しているという。
それこそが、〝レジェンド・オブ・アストルム〟。
ゲームをクリアすれば何でも願いが叶う、などのいわくが付いたゲームではあるものの、一般的には一介のゲームに過ぎない。
しかし、このゲームはVRMMO。つまりは、現実世界に身を置きながら、仮想世界で自分のアバターを操作することができるというものなのだ。
このシステムを逆に利用し、開発者の模索路晶という人物が作成したのが睡眠拡張機能というもの。
曰く、『現実世界で睡眠を取っている間、仮想世界でタスクをこなせる』などというデタラメな機能だ。
当然デタラメなだけに、連続して使用すれば死にも直結しかねない。
聞いた話によると、模索路晶(ゲーム内ではラビリスタと名乗っているらしい)はこの機能を専用の医療ルームでしか使っていないのだとか。
──それってつまり、常にバイタルチェックをしていつでもアラートを鳴らせる状況である必要があるってことだと思うんだけども。
まあ、彼女自身も特に使っていて何か異変が発生したこともないらしく、真行寺先輩(のご友人の星野さん)に貸し与えているのだと。言ってしまえば本リリース前のデバッグ作業に使われているのだろう。
「そういや夜さ」
勉強の最中、今は──深夜5時を回った頃だろうか。
こちらの世界に時計はない。現実の身体が起きる頃、こちらの身体が強制的に消される(ログアウトされる)という仕組みらしい。
さすがの黒江も時計無しの5時間勉強には痺れを切らしたのか、口を開いた。
「この前、ちえるに夜と付き合ってんのかって聞かれて」
「──はっ?」
「や、違うよね?」
「違うだろ。いや、そもそも付き合うってなんだ……?」
「あー。うん。うちも同じこと思った」
「ちえるはなんて?」
「そこまでは話してないけどさ。まあ、疑問に思っただけだから。無視していいよ」
「──というかそもそも、付き合うってことは黒江が俺のこと好きじゃないといけないよな」
俺の言葉に、黒江の身体がピクリと動いた。いや、失言なことくらいわかっている。
ああ──恋愛経験のない人間にとって、さも漫画の中で、両想いの男女が惚気けているような状況がいざ現実のものになると、こんなにも対応に困るものだとは。俺たちは
当然、付き合っているということは好きあっているということなのだろう。童貞こじらせてもそんなことくらいはわかる。
けれど、それでも言葉に困って出てしまう言葉というものはあるのだ。
さらに困ったことに、一度堰を切られたこの口を止めることは敵わないようで。
「黒江って俺のこと好きなのか?」
「……あ? んなわけないでしょ」
「だよね」
一瞬で汗が引いた。
だよね。驚きもない。
多少心にくるものはあったし、できれば好きでいて欲しかったが──いや、それはそれで困るものだが──まあ当然の反応と言えるだろう。
「逆にアンタはさ、うちのこと好き?」
「……黒江さん疲れてます?」
「イイから答えなって。どうなの」
「や、好きじゃないが」
「……んじゃ嫌い?」
「いやそれも違うなあ」
「……ふーん。じゃあさ、好きか嫌いかで言ったら?」
汗が吹き出る。
周りを見回すと、辺り一面は窮屈な壁。
由仁先輩はいない。彼女は一人の方が勉強が進むらしい。
そして象牙の塔は狭い。元々由仁先輩が一人入るスペースを二人で使っているのだから当然だ。
そんな中、小学校の隣同士の机の距離に俺たちはいる。
横の壁は近く、距離以上に黒江は近く感じてしまう。
疲れているのは本当なのだろう。こんなに連続して勉強したのは俺も初めてだ。
それが影響してか、黒江の息は若干荒かった。
ため息か、吐息か、わからない何かが肌に吹きかかる。生ぬるい感触が脳髄まで響くようだ。気持ち悪いことを承知で、ある種の快感を覚えた。
「答えなよ」
いつになく積極的だ。
いや、積極的という言葉の使い方が正しいかどうかはわからない。一つだけ正しいことは、今の黒江が妙に色っぽく感じてしまうということだけだ。
「…………どっちかで言ったら、好きかもな」
──そんでもって、まあ、もとより嫌い、なんて言うつもりはなかった。
好きか嫌いの二択で迫られれば、そんなもの好きに決まっている。
それでもだ。もしここが学校で、あんな感じに前後の席で聞かれたなら。
恐らく俺は好きと答えて、当たり前だろと笑えたのだろう。
こんなに差し迫ったような言葉を言うつもりは無かったのだ。
「……そうなんだ」
「その二択ならって話だけどな」
「…………」
「……あれ、黒江?」
そこに黒江の姿はなかった。
ログアウトしたのだろう。
きっと俺もすぐ起こされる。
なぜか、十分ほどの独りの時間が、妙に長く感じた。
〇
「おはよう」
「おはよ。朝ごはん作ってるよ」
「……なんかさ、大事な話してなかったっけ」
「そうだっけ?」
「なんか記憶が混濁してるな……」
「あ、それはうちも。なんかね、勉強知識以外の記憶は全部消されるらしいんだよね。脳が休まんないから当然かもしんないけど」
「なるほどなぁ」
とても、大事なことを話していたような気がするが。
ログインしてからの記憶が一切ない。そもそも俺はアストルムを正規の方法でプレイしたことがないからわからないのだが、向こうで黒江と会った記憶もない。真行寺先輩ともだ。
ただ、向こうでの学習(したのであろう)記憶だけが脳裏に焼き付いている。はっきり言って変な感じだ。
どこかの漫画で見た、「強化睡眠記憶」とやらはこんな感覚なのだろうか。慣れるまではずっと体調が悪いままのような気がする。
まあ、それはそれとして、だ。
「合宿一日目、お疲れ様」
「ん。そんじゃ朝ごはん食べようか」
トーストパン、ヨーグルト、味噌汁、リンゴ、ソーセージ。
黒江も体調は俺と同じだろうに、いつもと変わらない朝食がきちんと出てきた。
いくらか体調が悪くてもギリギリ体に入る、それでいて必要最低限の栄養が取れる食事。
「なあ、黒江さんや」
「……はい?」
「朝ごはん、ありがとう」
「おおぅ。どーいたしまして」
驚いたように黒江は笑った。
釣られて俺も笑う。
「……ねえあんたさ」
「どしたのさ」
「実力考査終わったらちょっとお祝いしない?」
「……ケーキとか?」
「あー、そういうんじゃなくて。旅行行こうよ。熱海とか」
「誰と?」
「夜と」
「え、二人で?」
「そう。……え、何。なんか考えてんの。キモ」
黒江が引いた顔でこちらを見た。
俺も自分で言って少し驚いた。二人というワードに今まで意識するようなことは無かったからだ。二人で登校、二人で下校、二人で料理、二人でお泊まり。なんでもやってきたじゃないか。
──今俺は何を意識した?
「真行寺先輩は?」
「ユニ先輩とはそれこそケーキ食べようよ。チエルも呼んでさ」
「いいな、そうしようか」
「旅行は行く?」
「……そうだな、行こうか。俄然やる気出てくるよ」
「ん。そんじゃ決定。計画立てとくわ」
「テスト対策疎かにしないでくれよ」
「うちを誰だと思ってんのさ」
まあ、そんなこんなで合宿は一通り終わり、実力考査。
結果は無事、授業料全免の奨学金を得る運びとなったとさ。
予定ではあと4話くらいで終わります
旅行会が3回+エピローグって感じかな