クロエに恋愛の愚痴をこぼすだけのお話   作:skaira

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【閑話】かん-わ
 ゆったりとしてものしずかな話。
           (『広辞苑』より抜粋)


閑話②

 

「……いやまあ、急過ぎたのはそうなんだけどさ。理由はあってさ」

 

 東北、ホテル、二人部屋。

 風間夜に電話をかけようとするちえるを宥めて、黒江は徐に話を始めた。気持ちの整理のため、そして、黒江花子の恋愛観について。

 

 黒江花子には悩みがある。

 〝人と必要以上に仲良くなることへの恐怖〟だ。これには数年前に起きた父親の出来事が大きく影響している。

 黒江の父は単身赴任で危険地域への出張が多く、ある日を境に家に帰らなくなった。

 

 現地の感染病、宗教紛争、政治デモ、軍事クーデターなど、何かが父に身に起きたことは明白だった。黒江家は母子5人を残して多大な金銭的・社会的不安を抱えてしまった。

 しかしそれ以上に、当時の黒江は多感な14の歳だ。父親からの愛情は受け取れていない、母親は病弱、弟たちの気持ちを推し量るにも有り余る。

 当時の黒江は複雑な心境だった。

 

 けれど、深くは考えなかった。というより、考えても仕方が無かった。父が帰ってくるわけでもなく、何か解決策が見つかるほど頭が優れているわけでもなく。

 14の子供にできるのは、「お父さん帰ってこないね」と純朴な目で言う弟を「早く寝な」と寝室へ連れていくことくらいだった。

 小学校に入ったばかりの弟の将来、黒江自身の中学以降の進路など、心配なことはたくさんあった。

 けれど、『まあ良いけどなんでも』──頭の中で自分をそう言い聞かせていた。自分の置かれた状況を直視するメンタルが当時の黒江には備わっていなかった。

 

 転機が訪れたのは直ぐ後だった。転機と言っても、発端は決して黒江にポジティブなものではなかったが。

 ある日、地元の友人──言い換えれば、不良のツレとつるんでいた時。

 ある男がスプレーで髪を染めたことを自慢して、酒を飲んだことを武勇伝のように語り、何でこんなグループにいるんだろう、と置かれた状況に虚しくなった時。

 黒江はこっそりそのグループを抜けて、家に帰った。

 

 勉強はできない。体は人よりよく動く。ファッションはそれなりに好きで、後は家族が生きていければそれでいい。

 大学なんて行くわけがない。そんなしょうもない奴らと一緒に働いて、余った金で服でも買うような人生を送るのだと黒江は思っていた。だから我慢してそんなグループにいた。

 けれどその日は、なぜか胸騒ぎがした。

 

 帰ったとき──おそらくは、23時を回ったとき。

 母親は家で弟たちを寝かしつけた後、布団に籠って1()()()()()()()

 父親が死んだことを、黒江は直感的に理解した。

 生まれたばかりの赤ん坊がすぐ隣の部屋にいる。素行の悪い長女がいる。旦那の貯金も無限にあるわけではなく、おまけに自分は病弱と来ている。

 そういった不安が全部覆いかぶさってきて、母さんは泣いてるんだろう、なんて。

 14だというのに、どこか自分事として現実を捉えきれない部分が黒江にはあった。

 

『まあ良いけどなんでも』という言葉が頭を過った。

 高校なんて行かずに、何なら中学も辞めて死ぬほど働けば、我が家の暮らしも少しは楽になるのかな、とか。

 けれど、そうは言えなかった。

 その代わりに、ちゃんとした長女になろう、と黒江は心の中で決意した。

 〝ちゃんとした〟という言葉を上手く解釈できなかったけれど、それでも今の生活を変えようと。

 

 ある日、母親が王林道高校のパンフレットを持ってきた。

 曰く、友人に勧められた、だとか。

 受け取った時「そんな大層な友人いないだろ、このバカ娘を冷やかしてんだよ」と黒江は頭の中で愚痴を垂れた。

 ただ、母親がこのパンフレットを持ってきた気持ちも痛いほど理解できた。

 父親もいない、自分が稼ぎになることもできない、このまま娘に良い暮らしをさせていくのは難しい。だからこそ、少しでも良い選択をして欲しい。きっとそう思ってるんだろうと、ならば親孝行しようと。

 それから王林道を調べると、公式が卒業生たちの煌びやかな進路を紹介していた。医者、弁護士。アパレルデザイナーもあった。憧れこそあったものの、自分には手の届かない存在だと思っていたフレーズ。あまりに現実とかけ離れた世界。

 

 死ぬほど勉強した。

 つるんでいた奴らとは縁を切った。

 挫折はあった。何だよ正二十面体の体積って。

 けれど不思議と不貞腐れはしなかった。パンフレットを受け取ってしまったあの瞬間、母親からの期待を背負ったのだ。なればこそ、行動するだけだ。

 幸い弟は立派に育ってくれた。病気の母親を困らせることなく、そして心配させることもない元気さが備わってくれた。

「姉ちゃん勉強できんの〜?」とか、たまに面倒なところもあったが。

 自分の後ろ姿〝ちゃんとした長女〟に憧れてしっかりと育ってくれたのなら、これ以上幸せなことはない。

 

 そうして、王林道に合格した。

 しかしまあ、周りを見渡せば貴族公爵美男美女。全くもって、場違いな高校に入学してしまったものだ。きっと底辺から這い上がった経験をした奴なんて1人もいないのだろう。きっと彼らは、エリートとして生まれエリートとしてこの国を背負っていく宿命なのだ。

 果たして、父親がいないなんてどんな腫れ物扱いされるだろうか。母親が病弱なんて、家が貧乏なんて、昔不良と繋がりがあったなんて。ただ生憎、猫を被れるような性分でもない。

 入学初日にして、早速憂鬱な三年間が始まることを黒江は予期していた。けれど、目の前の席に何か変な奴がいた。

 

 なんだか似たような男だった。

 オーラが無かった。普通だった。容姿が良い訳でもなく、周りに笑顔を振りまいている訳でもない。何なら周囲を敵視しているような闇さえ見えた。

 こんな奴と仲良くなるなんて、当時は欠片も思っていなかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 しかし、振り返れば色んな時を風間夜と過ごしていた。

 一番最初は深夜の公園だったか。

 クラス内懇親会を2人で抜け出して、(恐らく背伸びしたであろう)ブラックコーヒーを片手にした夜を冷やかしながら、心のどこかで居心地の良さを感じていた。

 初めはそれが〝貧乏同士の傷の舐め合い〟だと思っていた。もっとも最初はそれでも良かった。同じ境遇の夜に黒江はぼんやりと好意を持っていた。まあ、特にアクションは起こさなかったが。フェンシング部の士条怜先輩が好きだって言ってたし。

 

 けれど、付き合っていく内にそうではないと知った。

 風間家は一般家庭よりは裕福で(現に後々知り合った風間ちえるはお嬢様だ)、黒江家にシンパシーを感じる所は無かった筈だ。

 ただどうしてか夜には心を許す自分がいた。その理由は恐らく、今振り返ると、風間夜が〝弱い奴〟だったからだろう。

 

 弱い奴──つまりは、自分が弱者であることを受け容れられる人間。

 いくら王林道高校が金持ち御用達の学校と言えど、全員が全員タワーマンション暮らしという訳ではない。フランス料理・社交ダンスの作法を全員が熟知している訳ではない。

 金持ちの中でも更に大富豪・富豪・平民と序列が付けられる社会で、そういった〝富裕層ならば当たり前の教養(と見なされるもの)〟に触れる機会を持たず、「生き辛い」という気持ちを抱えた生徒は一定数いるのだ。

 しかしそれを学校という社会が許さない。フランス料理の一つもまともに食べられない奴は、ダンスのリード一つもできない奴は、──そして、奨学金まで貰わないと通学できないような奴は。

 だから見栄を張って無理をする。客観的に自分が裕福だという自負がある中、「お前は教養の無い貧乏人だ」とレッテルを貼られることは苦しいのだろう。

 

 風間夜は、そこのプライドを一切持たなかった。

 奨学金を借りることを惜しげも無く公表した。あの懇親会をいち早く抜け出した。悪く言えばノンデリカシー・協調性皆無・社会不適合者の三拍子。

 最初はとんでもない奴だと思っていたのも事実だ。

 しかし仲良くなってしまった。そしてある日ふと弟たちの話をした。「自分は母子家庭で、3人の弟もいるんだ」と。中学の同級生に話したら蔑みと憐れみを向けられたエピソードだ。今でも何であんな話を始めたのかわからない。

 ──ただ、夜の返答は予想だにしないものだった。

 

「あそこのスーパー、水曜日は卵が10個で98円なんだよな」

「はっ?」

「あと牛乳が170円。ああ、俺自炊してるから」

 

 窓から差す夕焼けが目に沁みた。カラスの声がよく通っていた。きっと「大変だな」とか「手伝おうか」とか、もっと言うと「思ってた以上に貧乏なんだな」とか言われると思っていた(実際中学の同級生からはそう言われたのだ)。

 ひもじい家計に助かる安いレシピの紹介が出てくるなんて、思いもしなかった。 

 そうじゃなくてさ。という言葉が出てくる前に、ふっと笑いが口から溢れた。

 きっと風間夜という人間は、自分が弱いことを知っていて、だからこそ他人が弱いこともそれを当然のように受け容れられるのだろう。

 

 夜が周りと上手くやれないことは知っている。

 周囲に半分いじめのような嫌がらせを受けていることも知っている。

 きっと女子にもモテていない。

 そんな夜だからこそ、父親がいないこと、母が病弱なこと、家が貧乏なこと、そういった弱さを出せたのだろう。

 

(──なるほど、これが)

 

 これが、世にいう「信頼」なんだと黒江は知った。

 

 思い出を振り返る。

 〝それ〟を言われるまで、〝それ〟を意識しないようにしていた。けれどもう、その必要はないと思うと胸の奥から喉にかけて、抑えていた感情が溢れ出す。

 

「うちはずっと前から夜のことが好きだった」

 

 言葉が妙に黒江の心にストンと落ちた。

 目の前の風間ちえるが、微笑みとも悲しみともつかない表情で黒江を見つめた。

 

「やっと言えたって顔してますよ、花子先輩」







全然上手くまとめられなかったのであと2話か3話あります、、。



家の裕福度合い、
風間ちえる家>>王林道の平均>>>>>風間夜家>>>>>>>>>>黒江家
くらいのイメージでやってます
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