土曜日。
朝七時起床、七時半朝食。ちょうどこのあたりでいつも黒江からメッセージが入る。
今日も来た。
『起きてる? いや起きてないと困ンだけど』
『七時起き。多分お前より健康的な生活だぞ』
『うち弟たちの弁当作んなきゃいけないし五時起きなんだよね。すまんな』
『なんのマウントだよ……』
とまあ、だいたい数行で毎日終わってしまうやり取り。
しかし数行とはいえ、意外とこのフランクな掛け合いが楽しかったりもするのだ。
手早く支度を終えて、八時には出発する。
実際黒江も黒江で時間に厳しいタイプだから、大抵ハチ公前に着く前に道でばったり出会ったりするのがいつものパターンだ。
逆に俺が一度、九時ちょうどにハチ公前に着いて──つまりは黒江に行き道で出会わずに着いて、一日不機嫌な黒江に付き合わされたことがあった。
いや、俺何も悪くないと思うんだけどね。
まあこんな愚痴をこぼしても始まらないので、今日は怒らせないように家を出る。
思惑通り、家を出て数分後にばったりと会った。
「んー。おはよ」
「なんか眠そうだな」
「まあね。夜は弟たち寝かせなきゃだし、朝も弁当で早起きだし。なんつーか、慢性的な睡眠不足? 的な。慣れたけど」
「……あんまそういうの慣れない方がいいと思うんだけどなあ」
「いや、そりゃ百も承知だっての。そうも言ってられんからこうなってんのよ」
「あー……部外者が悪かったな。んじゃ行こうぜ」
「へーい」
軽口を叩きあいつつ、街へ出る。
俺は至って普通の格好だが、というか王林道高校がそういう気品を育てるような校風だからそれに従ってるだけなんだが、黒江はあまりそういうのに囚われない性格な訳で。
端的に言うと、コイツは割と派手な格好をすることが多い。
本人曰く〝いや、かっこいいじゃん〟らしいが、ヘソ出しファッションを決めてくるような女が金持ち学校に在籍してるってのが笑えてくる。
「……アンタ、女の子とデートしてんだから服の一つでも褒められんもんかな? いや毎回言ってンだけどさ」
「ヘソ出しファッション?」
「いや。あのさ。うちのコーデを毎回その一言で終わらせんのヤメロし。いろいろ気使ってんだからね? 髪型とか上着とかもさ」
「けどそこが強烈だしなあ」
「……あーうん。そっか。女とデート経験の無いアンタに期待したうちが間違ってたってワケね。わかるよ」
「急にキツい嫌味を心に刺してくんのやめてくんないすかね?」
お前とのデートなら何回もあんだろ、と言いそうになったが、「え。何彼氏みたいなこと言ってんの。キモ」とか言われるのが請け合いなので伏せておく。
彼氏と言えば、数日前黒江がモテると知ってから少し周りを見るようになった。
どうやら黒江の言っていたことは誇張でも何でもないらしく、普通に俺は男子たちから嫌がらせを受けていた。
金持ちってのはどうも、子供の頃から何でも思い通りにして成長してきたもんだからタチが悪い。女一人を思い通りにできんからと言って俺に八つ当たりするのはやめて欲しい。
確かに俺にとっての女友達は黒江しかいないけども、黒江にとっての男友達は多分大勢いるんだろ。ファッション奇抜だし。モテるらしいし。あと、モテるらしいし。
まあ中の下階級の人間がイジメやすいのはわかるんだけどね。
「……そういや、アンタって割とぼっちだよね。恋人も友達も作るの下手か?」
「はっ!? ぼっちじゃないが!?」
ぼっちである。
いつも黒江といるのも、黒江以外に友人がいないからである。
しかしだ。そもそも、この金持ち学校に学業の成績だけで入った俺が上流階級の坊ちゃん達に取り入るのがまず無理な話だ。
もっとも、黒江は割と学校のお嬢様達にチヤホヤされてるもんだが。どこで差がついたのか。やはり顔とスタイルか。どこの世でも外見がものを言うのか。
「けど確かに、黒江は可愛いよな……」
「……は? え、なんそれ。ウケる。友達から一歩踏み出したい的な?」
「あ、いや。他意は無い。絶対に無い。無い。無いけど、客観的にな」
「……そこまで頭ごなしに否定せんでも良くね?」
「肯定すれば良かったのか?」
「……いや。アンタに〝乙女心〟ってのをわかって欲しかったうちが間違いだったわ。わかるよ。本日二度目」
「へいへいさーせんした……」
常日頃から、「うち、乙女って感じじゃないしさ? どちらかっつーと、姉御的な。イヤ自分で言うんも恥ずいんだけどね」みたいなことを言ってるくせに、いざ俺が何かを言うと〝乙女心〟なんて抽象的なもんを話題に出してくるから困ってしまう。
「そういや、今日なんの用事?」
「え。用事無きゃ呼び出しちゃダメなん?」
「いやダメってことは無いけどさ……けどお前、出かける時は出かける理由作るタイプだろ」
「おぅ、よくわかってんね。いやその通りだわ。付き合い長いだけあんね」
「まあ唯一の友達だからな」
「……うわ。やっぱぼっちじゃん。完全に言質取れたわ」
「ぼっちじゃないが!?」
「いやいいて。そのコントさっきやったっしょ」
「……お前って、友達がぼっちでどう思うの?」
「え何。それ本気で言ってる?」
「いやまあ、割と本気だけど。お前って割と友達いんじゃん? どちらかっつーとファンに近いかもしんないけど」
「……え? えっと? いやゴメンわかんない。まさかとは思うから聞き返すけど、アンタが言いたいのはアンタがぼっちだからうちがアンタ嫌いになるんじゃねってこと?」
「端的に言うとそうなんのかな」
そっか、と一息置いて黒江がしゃがみこんだ。
ちょっとまずかったかな、と自分でも反省する。人の自虐はあまり聞いてて気持ちの良いものではないから。
確かにコイツ口は悪いけど、人の悪口とか言わないし。
逆に人の悪口言ったらそれにキレるくらい良い奴だし。
そういえば、黒江のことを注視するようになった数日前。あれの次の日、黒江が告白されている場面を目撃した。
いや別に黒江が誰と付き合おうと良いんだけどね。俺が口出すことじゃないし。けどまあ、少し気になるくらいなら許されてもいいと思う訳で。
ちょっと覗き見した。
相手の男子はまあ金持ち坊ちゃんの典型的な例で、容姿端麗学業優秀、 ついでに嫌な金持ちの高圧的な態度まで付け加えたハッピーセット。
ぶっちゃけて言うと振られるのは目に見えていた。
で、俺の予想通り振られちゃったんだけど。そいつは捨て台詞を残していって、何て言ったかっていうと。
──あの風間って奴とつるむより絶対〜みたいなことを云々と吐いていった。その先からは共感性羞恥に耐えられなくて聞いていない。
それはさておき、その日も黒江とは一緒に帰った。
けれど、今まで見たことない黒江花子がそこにはいた。
終始ツンケンしていて苛立っていながらも、俺には努めて優しくしようと振る舞っているという。
昼間に言われたことをずっと引き摺っていたのだろう。
そこで俺は、案外コイツの中で俺は割と大事な存在なのかな、なんて思ったのだ。
という自惚れかもしれん過去話はさておき。
今は怒り心頭(のよう)に見える黒江にどう謝るか、である。
……だったのだが。黒江から出てきたのは怒りでも何でもなく、ついぞ俺が見たことが無いほどの穏やかな口調だった。
「うち、アンタを良い奴だと思うよ。うちがバイトで忙しい時、弟たちの世話してくれるし。なんなら母親アンタがうちの彼氏だと思ってるし。いやゴメンね。母さん病弱だから、そっちの方が安心してくれンのよ」
「……ちょま、慰めモード? 俺そんな悲壮に見えんの?」
「あーうっさい。今いいとこなのに。続けるよ? ……んで。うち、友達って無理に作るもんじゃないと思うんよね。正直アンタがずっと傍にいてくれれば? 一生、みたいな」
「……え、告白?」
「は? いやそれは自惚れっしょ」
「あ、はいサーセン……乙女心わかってませんでした……」
別に友達から一歩踏み出したい、なんてことは思ってないけど、黒江は割と言葉のスキンシップが激しい。
俺はまだ二年も付き合ってるから何とかなるんだけど、多分普通の初対面の男がこんなもん言われたら自分のこと好きなのかと思うのも当然だろう。
俺も思っちゃったし。違うのね。いやいいんだけど。
「……まあ、ありがとな。よくよく考えれば俺もお前がいれば十分だったわ」
「ん。それなら良いんだけどね。じゃ、次からネガるの禁止。マジで。うちも嫌んなるから」
「それは留意しとく。ありがとな」
へーいと気怠げな声を出し、いつもの調子に黒江は戻った。
まだ時刻は10時にもなっていない。
1時間にも満たない会話だったけど、それ以上に大切なものを得られた。
黒江には割と信頼されてるってことと、黒江の母親に彼氏だと思われてるってこと。次黒江家に行った時どうすりゃいいんだろな。
まあその辺は黒江に任せるとして。
「で、今日呼んだ理由は何よ」
「……ああ、そうだったわ。アンタの顔が見たかったから。アレだったらウチくる?」
「いやかわいいかよ。お前もキャラ売りかよ」
「……聞こえんかった。もっかい言って?」
「キャラ売りかよ!!」
「普通そっちじゃないっしょ!!」
なんて軽口を叩き合いつつ。
黒江の家に向かうことになった。今日は一日暇だったので時間が潰せるところに行けるのはありがたい。
黒江の弟達に会うのも久々だ。久々といっても一ヶ月くらいか。黒江とは毎日一緒にいるせいかその辺の感覚がバグってくる。
そういえば、黒江の母親のことはどうしよう。
「……黒江さん、母君はいらっしゃるんですか?」
「んあー……。まあなるようになるっしょ。頑張ろ」
「テキトーかよ……」
とまあ、そんなこんなで。
黒江の家に向かうことになったとさ。
ネタが続く限り書きます〜。更新止まったらそういうことなんだなって思ってくれると幸いでございます。
では、見て頂きありがとうございました。