目が覚めると、夜になっていた。
膝にはタオルケット。で、何でか知んないけど隣にはうちと同じようにスヤスヤ寝てる男、風間夜。
アホ面。
……夜も寝ちゃったんね。まあ寝てる人見てたら眠くなるのはわかる。
うちが何かされた形跡は──ナシ。いや、コイツだし当たり前かも。いくら家族ぐるみで仲良いとはいえ……みたいなことは心配しなくていいらしい。
それでも、こうして一緒に寝るなんて経験は初めて。
いつもは小さい机と椅子を挟んだ、距離60センチの関係だけど。今は1センチにも、1ミリにも、それ以上短くすることもできる。
「……ま、んなバカはやらかさんけどね」
この関係をずっと続けていたいから。
人間関係なんて、本当にひょんなことから切れてしまう。
「よ──風間、起きろ。もう暗くなってんよ」
「ん……? あ。え? 夜?」
事態がのみ込めていない様子で、風間が煮え切らない返事をする。
やっぱアホ面。
寝顔もアホだし、起きた顔もアホだし、弟たちと遊んでるときも、授業中に後ろから話しかけてくるときも。
全部が全部アホだ。
だからきっと、うちは安心してる。
「外見りゃわかんでしょ。何時か知らんけど」
「や、悪い。すぐ帰るわ。……って母さんは?」
「多分寝てんじゃない? 母さん、9時には寝るし」
「……ってことは今9時回ってんじゃね?」
「……え、そんなことある? うちら寝たの昼よ?」
急いでスマホを確認する。
時刻は──は?
「……黒江ちゃんク〜イズ。今何時でしょう?」
「……なにそのほんわかしたの。かわいいキャラの夢まだ諦めてなかったのか?」
「元からそんな夢抱いてねえっつの! いいから答えろ!」
「こわ……。えっと、じゃあ9時で」
「ぶぶ〜。おしい」
「……お前のバイトってメイド喫茶だっけ?」
「や、ごめん……。今のはうちも大分キモかったわ……」
「メイド喫茶って給料いいの?」
「えそのネタ続く系? いや知らんけども。働いたことないし」
「まあ黒江が一般客に萌え要素とか醸すのは無理だわな」
「……へぇ。言うじゃん。じゃあやったげようか? 萌え萌えキュンってやつ」
「新手のテロ概念産出は勘弁してくれ……」
「はい殺す。ぜってー殺す! てかクイズだし!」
「やっべ、素で忘れてた。じゃあ8時?」
「残念ながらそっちじゃなくてさ。……なんとね、2時だってさ。夜中の。午前の」
「……は? …………は?」
いやまあ、そうなるよね。
「ちょい、スマホ確認してみ。多分親から着信あんじゃね」
「……いや、無いわ。うちの親そういうとこ任せっきりだし」
「えマジ? それ親として──や、うちの出る幕じゃないんだけどさ」
「言いたいことはわかる。ただまあ文化の違いってやつだな」
「いろんな文化があんね……。じゃ今日泊まってく? どうせ明日日曜だし」
「え、いいの?」
「……まあ、アンタってもう家族みたいなもんだし。それに客人を深夜に帰した、なんて黒江家の名折れっしょ」
「……どしたの急に。告白?」
「なに、最近告白ネタハマってんの?」
「え。いや……。お前他の男にもそんなん言ってたらやべえからな……」
「いや言わんし。うちホントのことしか言わないし」
うち以外に友達はいない、休日はウチに来て弟たちと遊んでる、挙句の果てに親はうちらを恋人だなんて思ってる。
こりゃ一晩くらい泊めたところで差し支えはないんじゃね。いや無いっしょ。
問題は寝るスペース。
黒江家に部屋は三つ。食事室に、寝室が二つだ。
そのうち一つは弟たちとか母さんが寝る部屋になってて、もう一つはありがたいことにうちが使わせてもらってる。
というのも、必然的にうちは寝るのがいつも遅い。夜遅くまで明かりをつけられて作業できる部屋が必要だったってワケ。
で。弟たち3人に母さんが今まさに寝てる部屋でコイツを寝かせるわけにはいかない。
となるとうちの部屋で一緒に──あ。いや。違うわ。
「寝る部屋だけどさ。うちはこのソファ使うから、アンタはうちの部屋で寝ていいよ。毎日うちが使ってるベッドでごめんけど」
「え? いや。俺がソファ使うよ。黒江はいつものとこでいいから」
「……あー。そういやアンタもうちもそういうタイプだったね……」
日本人は譲りあいの精神こそが美徳なんだ、とか小学校のクソ教師に口酸っぱく言われたっけ。
こう、水掛け論になるってわかってんのに。単に時間のムダってか。
……けど、同時に相手の優しさも伝わってくるから、強く出ることもできないし。
「……さて、どうしますか」
「……あー」
「なに。なんか案があんなら言えば?」
「一応保険をかけておくぞ? これは双方納得かつ最善の意見だから」
「前置きはいいて。どうぞ」
「まず一つ目。ここで二人がソファと床で寝る。却下だがな」
「そうさね。うちの部屋使ってないし無益極まれりってカンジ」
「で、二つ目。黒江の部屋で俺らが寝る」
「いやわかってた。それしかないよね」
「で、俺が黒江の部屋の床で寝る。これは譲らんからな」
「……まあ。それはしゃーなしか」
黒江家の家訓──なんてものはないけど、うちが貧乏って知ってるくせにこうして楽しくもないウチに来て、いつも弟たちの世話をしてくれてる夜には正直頭が上がらない。
だから極力、うちができる限りのもてなしはしたいっていつも思ってた。
ここでもベッドを使ってもらいたい気持ちはぶっちゃけある。
けど。そんなことをするとコイツ帰るとか言い出しそうだし。
遠慮ばっかりで、優しいから。
「風呂、お先どうぞ」
「あ、了解。悪いな」
「パジャマだけどうちのジャージでいい? ちょいきついかもだけど」
「これで寝るつもり──だったけどさすがに無理か。ありがとな」
「はよ上がってね。うちも入りたいし。……あ、でもゆっくりあったまっていいから」
「なるべく早くあったまって上がるわ」
「へーい」
10分後に夜が風呂から上がってきて、うちも15分くらいでパパっとシャワーを浴びた。
いつも風呂に入るのは弟や母さんが寝てからだから、湯気も何もない寒い風呂場でシャワーを浴びることがほとんどだった。でも、それ以外の選択肢なんてないワケで。
こうして誰かが入った後の風呂に入るのなんて、何年ぶりだろ。あったかいな。
こんな些細なものにふと、〝家族〟ってものを感じたりする。
本当に家族だったら、うちの兄だったりしたら、なんて。
そんなことを時々思う。
「あ、布団自分で敷いたのね。布団の場所知ってたの」
「弟たちが昼寝するって言った時支度したことがあんだよな」
「弟たちってさ……ふふっ、アンタほんとにアイツらの兄貴みたいじゃん」
「……まあ。お前のさっき言った家族ってやつ、あながち間違ってないのかもな」
「だから言ったっしょ? うちホントのことしか言わないし」
昼から軽く10時間以上寝てるような気がするけど、それでもこんな深夜となると身体はどうしても疲れてる。
……いや、もしかしたらあんなに寝たのに、うちの疲れって取れてないんかな。
まあ明日も朝ごはん作らなきゃだし、はよ寝らんとね。
「電気消すよ、寝床入んな」
「はいよ。……おやすみ」
「んー。おやすみ」
「…………」
「…………」
「……寝られねえわ」
「うちも。ちょっとなんか話す?」
「近頃の高校生ってどんな話すんだろな。俺らいつも恋愛の話しかしてないし」
「アンタも高校生っしょ。なに達観ぶってんのさ。……じゃ、いつもに倣って好きな人の話とかする?」
「中学生の修学旅行かよ……。つか好きな人いねえっていつもお前に言ってんじゃん。早く欲しいんだけどな」
「別に好きになるのは簡単じゃね?」
「俺ずっと士条先輩に憧れてたんだよな。まあそう簡単に変えは見つからんて」
「あ、なに。アレ結局好きだったんだ?」
「好きと憧れがどう違うかは要議論ってとこだけどな。まあ告白されたら喜んでって感じ。それくらいの好き度かな」
「……あら。んじゃ残念だったね」
「んー……。別にそうでもないんだよな。憧れって失ってもそうダメージになんないってか」
「照れキャラの次はポエマーっすか」
「いや違うから! てか前提が違うから! ……てかそういう黒江はどうなのよ」
「うちも同じ。つか家のことが大変で誰が好きとか言ってらんないし」
「……ああ。部外者が失礼したな」
「別にいいて。アンタはウチの家族なんでしょ」
「そういえばそうでした。……んじゃま、今度こそおやすみ」
「いい夢見なよ。おやすみ」
いい夢見なよ、なんて。
普通の友達には言えんくらい恥ずいセリフだわ。
うちも好きな人なんていないし、誰が好きなんてそんな甘っちょろいコト言う余裕なんて本当に今のうちには無い。
今の生活ですら、夜に助けられて精一杯って感じだし。
もし夜がいなくなったら、なんて考えたくもないっつーか。
──あれ? じゃあ夜が誰かと付き合ったらうちどうすんだろ。
………………やめやめ、寝よ。