昼休み、ちえるに電話をかけた。
今日も昨日と同じように真行寺先輩とちえるとでカフェに集まろうという計画だったんだけど、それに黒江も混ぜていいのかを聞くためだ。
ちえるは二つ返事で承諾した。どうやら近くに真行寺先輩もいたらしく、話は簡単にまとまったらしい。
そんなわけで、放課後。
「いやいやいや、そんなわけでじゃなくてさ。うちあの子らと初対面よ? いや名前には妙に親近感あるけど」
その旨を黒江に伝えた際、コイツから出てきたのは想定外の弱音だった。初対面だろうと何だろうと誰彼構わず傍若無人な態度を取る黒江なんだけども。
まあ(口で伝えているだけだが)ちえるの性格が黒江みたいな奴には、特に初対面だと苦手とされるのも無理はないのだが。仲良くなってそうなイメージはめちゃくちゃ浮かぶもんだけど。
「イヤ別にね? 人と話すのは好きなんだけど。どうもさ、一方的にアンタ越しにうちのことその子に知られてる状態で会うってのはちょっとね」
「あー……。そりゃ悪かった」
「いや謝らんでいいて。けど、……その、さ。アンタは来んの?」
「へ? そりゃそうだろ。全員と面識あんの俺だけだし」
「おっけ。んじゃ行こうか」
「え、なになに。緊張してんすか花子さん」
「いやうっさいし。乙女の豆腐メンタル舐めんなし。最初の頃のアンタの100倍マシだし」
「む……」
つい言葉がつまる。
──黒江と最初に話したとき。
あの時は俺が〝か〟で黒江が〝く〟だったから俺の席が前、黒江の席が後ろという関係だった。
当然まだ今のような仲ではなくて、プリントを後ろに渡す時に目が合う程度のもの。隣同士ならまだ接点はあったのかもしれないけど、当時はそれ以上でもそれ以下でもない関係だった。
例えるなら、SNSでフォローされたらフォロバはするけど、その後何か話したりなんてことは一切しない、みたいな。
今みたいな仲になるなんてあの時は思ってもいなかったから、別にそういった何の後腐れもない関係であることに疑問を持つようなことはなかった。仲良くなりたいわけでも無かったし。
しかし、それは黒江でなく他の生徒であっても同じことで。
まあ高校の初期なんて皆が皆打ち解けられないもんだから仕方なし。
そんな中うちの担任が提案したのが、ゴールデンウィークはクラスで何か会をやろうというものだった。
将来的な(つまりは金銭的な)目的もあり、クラスの大多数は承諾していた。担任もそういったところを見越した上での提案だったんだろう。
逆に、難色を示したのは俺と黒江だけだった。
当然協調性が無いなんて思われたくはないから、手を挙げて反対したり、なんてことはしない。
けれどそんな裏事情もあってか、俺と黒江はその懇親会で浮く始末となってしまった。まあ、懇親会と言っても庶民が庶民向けレストランで庶民らしくワイワイ騒ぐようなものじゃなく、ここ王林道高校らしい会合だったのもあるだろう。というわけで、皆がお上品にナイフとフォークでフレンチを嗜んでいる傍ら、俺と黒江は隅に縮こまってスマホをいじっていたのだ。全くもって協調性の欠片も無い。
ただ運が良かったのは、この時俺と黒江の割り当てられた席が隣だったことか。
先に口火を切ったのは黒江の方だった。
『……ねえ、食べないの?』
『あいにく作法がわかんなくて』
『あれ、アンタって金持ちじゃないの?』
『庶民も庶民だっての。中の下階級』
『……あそう。ちな、うちは下の上階級』
『反応しにくい自虐やめてもらっていいですかね?』
思えば、今のような軽口の叩き合いの片鱗は最初の会話にも滲んでいたような気がする。
そこからは貧乏人同士らしく俺たちの会話は弾み、最初は学校に対する愚痴、次にはクラスの面々に対する愚痴、最後には高校生らしく恋愛の愚痴にまで発展した。
で、おそらく宴もたけなわ、会終了の30分ほど前。俺と黒江はこっそり会を抜け出した。全くもって協調性の欠片も無い。
まあこんなもんだから俺がこの時からクラスでハブられだしたのは文句の言いようがない。もっとも、黒江は孤高とか言われて調子に乗ってるが。非常に腹が立つ。
抜け出した理由は至極単純で、あの息の詰まりそうな空間でクラスと共にいるよりも、人気のない公園で2人でいた方が心地よいのが目に見えていたからだ。
コンビニでお互いに1000円を出してサンドイッチやコーヒーを買い、手入れされてなさそうな公園に立ち寄った。
蒸し暑い夏の夜。少し背伸びして買ったホットコーヒーは俺の額に汗を滲ませ、それを黒江に見られて〝緊張してるの?〟だとかからかわれたっけ。
随分とポエティックな話だが、実際あの時は黒江に対して仄かに好意があったのも事実なのだ。今は無いが。
まあそれでも、あの時付き合った方が良かったような気がしなくもないこともないことも云々。
そういう雰囲気に持っていく機会をあの時以来永遠に失ってしまった。今ではもうあの空気を欲しいとすら思わなくなっている。
いわゆる腐れ縁というヤツになってしまった訳だ。
「……ま、あの時のプラトニックな関係は今は見る影も無いね」
「別にいいだろ。長く付き合ってたらそうもなるって」
「一理あんね。んじゃ腐れ縁らしく仲良く行こっか」
「へーい」
黒江を連れて、昨日のカフェにまた向かう。
さほど遠くない場所にはあるけど、特筆するほど学校に近いわけでもない所。昨日と同じように、街中を2人で歩くことになる。鉢合わせれば嫌な展開が待ってるのは間違いない。
が、もう黒江と仲良くなって一年近くが経った。俺と黒江の仲が良いことに学校の奴らがどう思っているかは置いといて、もはやそんなことは周知の事実である。堂々としていれば良いのだ。
友達といることを恥じるなんて、失礼極まってる話だしな。
しかし、そんな時に限って学校の奴らに会うことは無いもので。
代わりにジュベールという外国人の女の子が道に迷っていて、それの案内をしてあげた。どうも日本の忍者文化に悪い方向で影響を受けていて、それでいてスキンシップの激しい女の子だった。
それが理由なのかはわからないけど、若干不機嫌になってしまった花子ちゃんを連れながら俺がカフェに向かうことになったのはまた別の話。
「てことで、着いたぞちえる。どこ?」
「B席にいる〜。由仁先輩も」
「りょーかい」
B席。このカフェにいくつかある個室席の一つ。
カフェの個室なんて誰が考えた案なのかわからないけど、仲間内で他人の顔を見ることなく時間を過ごせるのは心地が良い。
もっとも、メンバーは男1女3だが。肩身が狭い事この上ないが。
「……まあ、俺は適当に本でも読んでるんで女さん達は楽しくお願いしますよ」
「え。今日は勉強しないの?」
「あ、じゃあ真行寺先輩と俺は勉強しとくよ。女2人は楽しくやっといて」
「えっ。いやさ。アンタが誘ったんだから2人の空間入んなし」
「……んじゃ、俺らは勉強するからちえるは……」
「それ本気で言ってんのか? あ?」
「マジトーンで言うの怖いからやめて……」
八方塞がり、四面楚歌。
追い詰められたネズミは猫を噛んで逃げられるとか、どこかで聞いたような気もするんだけど。ちえるの圧が強すぎて噛むどころじゃない。
「……四人で仲良くしましょうか」
というわけで、俺だけ得しない折衷案を提示せざるを得なくなった。
まあ、ちえるというコミュお化けがいるし、別に他の二人がコミュ障という訳でもないから空間が気まずいってことはないんだけど、如何せん男1女3の比率が心に重くのしかかる。
で、十数分後。
三人が仲良く会話している傍ら、俺は専ら勉学に専念していたのだが。空気の読めない従姉妹が唐突に脇腹を突いてきた。
「こんなに可愛い女の子たちとお茶なんて役得ですなぁ」
「帰っていいか?」
「ちょまっ、ストーップ! てか事実じゃん!」
「や、こんなアウェーなんだから少しは空気読んでくれよ……」
「別に私いとこだし実質女2じゃね? てかんなことでいちいちアウェーとか言ってたらキモって感じだよ」
「キモっ……!?」
女性免疫の無い一般男子高校生にパリピJKのストレートな暴言は刺さると知った。
「てかさてかさ!! クロエちゃん想像の一万倍くらい可愛くてビビったんだけど! アンタどこからあんな良い子連れてきたの?」
「いや、ただのクラスメイトだっての」
実際は少し他より仲の良いクラスメイトだが。
事細かに言うとコイツはすぐ恋愛沙汰に持っていこうとするから説明は簡潔に。
ただ、ちえるは自分も含めて可愛いもの全般が好きな奴なもんだから。
「……いや待って。ちょっと待って。夜さ、もしやあの子に一年前から士条さんの話とかしてたの? 許されなくね? さすがに有罪では?」
「まあそういう面も含めた友達って感じだから……」
「はぁー……。かわいそうな花子先輩……」
ちえるがしきりに頭を抱える。
前情報がどうであれ、ちえると黒江が仲良くなるのは予想できたもんだけど、まさかここまでちえるが黒江のことを気に入るとは思ってもみなかった。
「ちょー。いつまで二人で会話してんの。てか風間も混ざりなよ」
「あ、ちえるも風間だからちょいややこしいです!」
「……んじゃ夜。こっち混ざりなよ」
「……あれ普通に下の名前呼び合う仲なんですね。ちえるちょっと予想外」
──少し、黒江との関係が変わることを覚悟しなければならないかもしれない。
実は締め方に全然いい案が出なくて、話自体は完成していたものの投稿できないという状態でした。加筆修正等してリハビリも済んだので次から本腰入れて投稿しますね