クロエに恋愛の愚痴をこぼすだけのお話   作:skaira

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合宿①

 少し王林道高校の奨学金制度について述べる。

 一般的な私立校の奨学金がどのように生徒に割り振られているのかは存じ上げないが、ここでは半年に一回査定が行われて、その査定基準を満たしたものに奨学金が割り振られるという仕組みだ。

 

 査定の内容には、主に学校における授業態度、学業成績、また学外で悪い噂が立っていないか、などが含まれる。

 また奨学金自体にもいくつかプランがあり、額に応じて基準が甘くなっているものもある。俺と黒江は一学年(文系)160人中20番くらいの成績だから、2番目の額のプランを一年の頃から受け取っていた(もっとも、黒江は不良などと言われていることもあるが、あくまで学内の噂は恣意的なものであるため引っかかることは無い)。

 

 しかし、俺たちはそれに甘んじるような人間ではない。目指すは一番上のプラン──学費全額免除だ。

 今年も査定の時期がやってきた。

 担任の教師がさも"規則だから配るが、本当は面倒"とでも言いたげな手つきで奨学金制度の要項が書かれたプリントを配布する。

 生徒も生徒で、プリントを一目見た瞬間それを鼻で笑いながら後ろに回した。いやまあ気持ちはわかるんだけども。

 確かに、奨学金を希望する生徒なんて学校の中で一割くらいのもんだろうし、この学校において奨学金を希望するということは、「自分は貧乏です」と高らかに宣言することにもなってしまう。

 しかしいくら金があっても、ここは私立だしそれなりに学費も高い。正直奨学金を申し込んだ方が家計的に助かる家庭もあるはずだ。

 プライドというのは非常に難儀なものだと痛み入る。

 

 俺は別に友達もいないし実際貧乏人なので、堂々と申し込む訳だが。

 黒江も黒江で鼻で笑っていた生徒を逆に鼻で笑いながら、大事そうにそのプリントをファイルの中にしまっていた。

 

 だが、あくまでこれは奨学金の紹介であって、このプリントがあれば金が貰える訳ではない。必要なのは査定基準、引いては学力だ。

 というわけで。

 

「真行寺先輩お願いしまっす!! 勉強教えてください!!」

 

 自分たちが知る中で一番頭の良い人に、二人揃って土下座して頼み込んだ。

 査定に使われるのは全国模試もしくは学内実力考査。今回使われるのは二週間後に行われる実力考査の方で、求められるのはおそらく学内10番以内の成績だろう。はっきり言って二週間で10人抜けたら奇跡みたいなもんだ。

 まあしかし、そんな言い訳が通用しないのも事実。

 

「……どうですか」

「勉強? いいよいいよ!」

「へっ?」

 

 ──割とダメ元で頼んだんだけど。

 というかかなり嫌がられると思ってたもんだけど。見返りとか何も用意してないし。

 思いの外かなり笑顔だ。

 

「私勉強好きだし、風間くんと黒江さんなら全然っていうか、むしろ大歓迎っていうか」

「いやほんと、ユニ先輩ありがたいっす。いやマジで。……ていうか、マジで」

「けど、二人して何があったの?」

「あ、それはですね。奨学金の全免目当てです。うち貧乏なもんで」

「あぁ……。王林道ってお金持ちだもんねぇ。うん、力になるよ」

「あざます!!」

 

 この時は、天にも昇る気持ちだったと後の黒江は語る。実際俺も同じ思いで、真行寺先輩の知識を持ってすれば実力考査など余裕だと浅く考えていた節があった。

 凡才が天才との差を思い知るのは、残酷にも天才と共に過ごした日々が元になるものだ。いくら努力しても努力の方法を模索しても、その才能の片鱗にすら触れられないことを理解してしまうからである。

 ここである種の才能──いわゆる、負けん気というものが俺に備わっていれば良かったのだが。ここで打ちひしがれてしまうのが俺が凡人たる所以なのだと知った。

 ……まあつまり、有り体に言うのならばだ。

 真行寺由仁はスパルタだった。

 

 真行寺先輩から放課後勉強を教えてもらうようになって一週間後。

 朝、普段通りに登校していると目の前に疲れきった黒江の姿が見えた。ここ二週間は実力考査のためバイトは休みにしてもらったようなのだが、どう見てもバイト漬けの生活だった時よりも憔悴しきってしまっている。

 

「おはよう」

「んー。おはよ。いい天気ですね。ハハ」

「あいにく今日は曇天、昼からは雨だってよ。傘持ってきた?」

「えぇ……忘れたわ。んじゃアンタの傘入れてよ」

「疲れきってんな……」

 

 最早何か小粋な言葉を掛けることすらできない。というか俺の頭も疲れ過ぎてロクに言葉が思いつかなくなっちまってる。

 さて、そんな最悪な朝から始まる今日であろうと、地獄の勉強は待ち構えている訳だ。おまけに毎日宿題を出されてるもんだから学校で仮眠を取ることも出来やしない。というか夜もあまり眠れない。

 

 対して真行寺先輩はと言うと、俺たちと同じ量の勉強をしている筈なのに毎日ピンピンと──いや、むしろ毎日イキイキとしていた。

 脳のキャパシティの差にますます落ち込むばかりだ。

 

 そんな時、黒江がふと口を開いた。

 

「……ねえ、今日金曜じゃん。明日から三連休じゃん」

「そうだなぁ……ここが勝負どころって感じかな」

「んじゃさ。今日からウチ泊まりなよ。合宿しよ」

「いや唐突だねキミ」

「なに。ヤなの」

「嫌じゃないけどさぁ……」

 

 嫌じゃないけども。これは本音である。

 まあ黒江はストイックな性格だし、友達同士が泊まり込みをして、それ故に遊び呆けてしまい──のような結果には至らないだろう。お互いがお互いを励ますことも、またお互い教え合うこともできるし有益な時間にもなるだろう。

 だがしかし、俺の心配はもっと別の所にある。

 

「……なんつーかさ。ガード甘くない?」

「別にアンタ前も泊まったし……てか何回も泊まってるし。今更どしたのよ」

「あぁ……。はっきり言うとだなぁ…………。……お前は顔がいい」

「……え。何どしたのいきなり。イヤちょっとキモいかも」

「俺はお前を好きになることは無いが、お前の顔をした別の誰かなら好きになってるかも──なんなら士条──いやこれは失礼。てか全体的に失礼な話だけどさ」

「……んで? 何が言いたいワケ」

「此度の勉強漬けの生活で俺の脳はクタクタってワケ。そこで黒江さんは、俺のこの鋼の精神力にそこまでの期待を注げますかという話だな」

「……あ? つまりアンタ、ウチに泊まればうちのこと襲うっての? ……いやそれは無理でしょ」

「へっ? 無理?」

「まずアンタとうちは家族ぐるみの付き合いだから、うちらの間の粗相なんて誰も望んでないワケ。もし起ころうもんなら家族間断裂にもなりうるし。次にアンタ自身もすごい可愛がってる弟たちも失望させちゃうし。母さんとも。とかく、アンタにメリットが無いじゃん」

「……いやはや全くの正論で恐れ入ったよ」

 

 普段の黒江にあるまじき損得勘定を理論的に説明する口調。

 どこから学んだのやら、黒江の雰囲気と組み合わせると、まるで最強の矛と最強の盾を装備しているかのよう。

 まあしかし、矛には少し綻びがあったようだ。

 

「……けど、一つ間違いがあるぜ」

「間違い?」

「そう。俺は別にそんな打算的に黒江と接してる訳じゃなくてさ、純粋に黒江のことをすごい大切に思ってるってこと」

 

 ──矛盾を突くにもなかなかに骨が折れる。

 全くもってどういう風の吹き回しだろうか。俺が一生言わないと思っていた言葉が滑るように口から流れた。年頃の一般男子高校生の言葉としてはあまりに恥ずかしい台詞だ。

 今すぐ逃げ出して頭を自分の机にでもぶつけていたいが、そんなことは後回しだ。俺にとっては奨学金よりも勉強よりもここ王林道よりも、目の前の黒江の方が大切なものなのだ。

 

「……その、そんな風に思ってんなら襲うとか物騒なこと言わんで欲しいんだけど」

「だからぁ。そんくらい疲れてんの。てか暗に拒否ってんの! わかるだろ」

「てかさ、さっきちょっと聞こえなかったんだけど。うちが何だって?」

「……あ? 顔いいねってやつ?」

「違ぁう! いやそれもイイけど! もうちょい後よ」

「……? 黒江が大切ってやつ?」

「ふーん。大切なんだ。うちが? 一番ってこと?」

「いや一番とは言ってないけどさ……」

「なに、一番じゃないの」

「いや多分一番だと思う。黒江が一番大切」

「へぇ……。うん。いや。悪くないじゃん。一番大切なんだね。ふーん」

 

 ブツブツと黒江が反芻する。

 誰だって自分の大事だという思いを嬉しいと思ってくれるのは嬉しいことなのだが、それはそれとして目の前で反芻されるのはかなり恥ずかしい。

 

「……先学校行っとくわ。今日は遅刻すんなよ」

「あー。うちも。てか委員会の仕事あるし先に行くわ。じゃ」

「よくそんな元気に走れるもんだな……」

 

 そうして途中、黒江が振り返って大きく口を開いた。

 

「放課後ユニ先輩のが終わったらウチ直行!」

 

 そのまま人混みに消えていく。

 何かおかしくないか? 

 今までの流れ的に合宿の話は無しだっただろうに。いや別に嫌では無いんだけどやっぱり(ましてや黒江のような)女子と二人で屋根の下ってのはちょいまずい。いや、その前にだ。

 

「俺の承諾はぁ!?」

 

 ──暖簾に腕押し。もとより黒江との約束(駆け引き)で俺が遅れを取らなかったことが一度も無いので、諦めかけている節があったのも事実なのだが。

 精神のすり減りそうな合宿が始まろうとしているのであった。





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