騒動から数日経った。ほぼ意味はないが身辺やら情報の隠蔽によるつじつま合わせに奔走させられて出来なかった修練をする時間をようやく取れた。隠蔽も主に斬魄刀との一体化に関する情報であって鹿取自体の変化はそこまで厳格に隠蔽された訳ではないが、色々やる羽目になって時間が取れなかったのだ。
死神たるもの斬拳走鬼を疎かにしてはならないというのが個人的な思いで、早速修練所を借りて霊圧が悪影響を出さないよう結界を張ると基礎から見つめ直す為、体を動かす。
しばらく動いた後は腰から抜いた二刀の小太刀を振るう。試し斬り用の巻藁を用意して試し斬りをしてみれば、見事切断させるはずであった立てられた巻藁を押せば中途半端に切れた芯の竹がぺきりと折れる。
「……体格の差か。今の某の体格で最適化されるまでどれだけかかることやら」
踏み込みの歩幅、腕の長さ、胴体の長さ、が培ってきた剣術の感覚とズレを起こしている。数十年以上変わらなかった体格が唐突に
「幸いにも膂力は以前と変わらず。しかし何とも言えない惨めさを感じるな」
容易く竹を握り潰し、開いて、握る。その掌はもとより二回りは小さい。今日まで他人にされるがままで(悪い意味で)その暇が無かったが、自身の体の状態をようやく実感していく。
習慣も烏の行水と言って良かった風呂が二刻近く時間をかけるようになった。
これは髪の手入れに不慣れなだけで慣れればもう少し早くなる。女性死神協会の面々から椿油を筆頭に髪に関する道具を大量に渡されては厚意を無碍にできず鹿取は教えられた通りに手入れを続けていた。
お陰かツヤッツヤである。元柳斎の前で「見てください総隊長の頭の如くピッカピカですよ」と冗談を言ったのに杖で叩かれなくて少し寂しかった。
いつもならば「浮竹らのようにシャキっとせんか!」と怒られていたのに、そこの変化にどうしようもなく以前とは変わってしまったのを鹿取は感じた。
「では、やろうか鎌風」
納刀し、両腰に佩いた二刀を重ねて胡座をかき刃禅を組む。意識をそのまま斬魄刀の存在する精神世界へと落としていく。
「あら主、ここ暫く心の乱れが多かったせいか、こちらはなかなか愉快なことになっておりましたよ」
木々が立ち並ぶ湖畔の小さな小屋の縁側にいつの間にか座っている鹿取の隣に美女が歩み寄ってきて座る。
「紅葉、開花、落葉、萌芽、すべてを同時に見るなんて風情がない事この上ありません」
「すまない鎌風、某が未熟ゆえに」
「未熟でしたらこうはならなかった筈です。主がこのような事態になると知っていれば私はあんな提案などしなかった事でしょう」
鼬が一匹づつ鎌風と鹿取の頭に乗るが二人とも乗った鼬を撫でつつ話を進める。
「なんだか鎌風達大きくなったか?」
「主が縮んだのです」
「精神世界でももうこの姿なのか……まあでないと修練の意味がないんだが」
以前は同じ背丈だったのに、鎌風の方が頭ひとつ分大きくなってしまった。
立ち上がり縁側から湖に降り立ち、鏡のようであった湖面に波紋が湧き起こる。
「主、ここは緊張感を高める為、主が一手打たれる度何か罰を受けるというのはどうでしょう」
「構わない」
頭にいた二匹がそれぞれ縁側に飛び降りると、二匹は縁側で寝そべり日向ぼっこを楽しみ始める。
そうして鎌風は着物を襷掛けにすると二刀を手に持ち、湖面に降り立った。鹿取もその手にはいつの間にやら二刀が握られている。
湖の中程まで歩けば自然と構えをとる。そして両名の構えは完全に同一。
「さあいくぞ鎌風!」
「参りますよ主!」
湖面の中心で炸裂する鍛錬と思えない勢いの戦闘音を無視して鼬は欠伸をした。
そんな爆音が一刻と暫くの間は続き、拮抗していた戦いは徐々に鹿取が追い込まれだした。ここが技量と身体とのズレであった。そのまま最後には押し込まれるように一撃を腕に受けてしまった。
「主、以前と同じようにしようと躍起になるあまり防御が疎かになっております。お気をつけください」
「気をつけよう、打たれてしまうとは情けない」
「そんな事はございませぬが、主にはまず一度目の罰を受けていただきます。背をお向けください」
罰って何をされるんだろうか、尻でも叩かれるのかと背を向けた鹿取の左肩に手が添えられる。あ、これ尻叩かれるなと痛みを覚悟した鹿取を待っていたのは予想外の事態であった。
ズボッ。
「主のカチコチの大胸筋を触ってみたいとは常々思っていましたがこちらはこちらで良いものですね。吸い付くような柔らかさと確かな弾力があります」
「……えっ」
なんと着物の襟から右手を突っ込まれ左の丘を揉まれているのである。予想外の事態に少しの間固まった鹿取が再起動して飛び上がり鎌風の顎に頭突きをかました。
「ちょっと待った鎌風! 待ったえ? いや一体化までいってまだ知らない事あるとは思わなかったんだがなんでじゃ! なんでそうなる⁉︎ 訳がわからないんだが??」
頭突きの衝撃で仰け反っていた鎌風が至極冷静に顎をさすりながら鹿取を見据える。
「いえ、これならば主は次からは打たれるのを回避しようと、正しく実戦さながらの緊張感を持てると思い揉んだまで」
「一理あると言いたいがその鼻血はなんだ某の頭突きのせいか? そう言ってくれ」
「そうですね。主の頭突きが原因です。あとありがとうございます」
「やめんかい! そういうの知りたく無かったぞ‼︎」
「大丈夫です主への忠誠心が鼻を伝って顕現しているのです」
鹿取本人は怒っているつもりで、昔の外見ならばかなり怖かった筈なのだが、今の鹿取では怖さゼロである。鎌風の鼻腔片側から出ていた鼻血が双方から出始めた。
「さて、罰も終わりましたし次に行きましょう」
「普通に流すな‼︎」
立っている湖面の水を掬って顔を洗うという少しおかしな絵面を披露しながら血を落とし、また二人は構え合う。
そうして今度は先ほどより長い間斬り合いが続いた。やっているうちに鹿取からぎこちなさが取れていく。
最後には互いの肩と腰へ刀が当たっている。相打ちであった。
「流石は主、私の扱いをよく心得ている」
「ありがとう鎌風、某もだいぶ感覚を合わせられてきた」
「では主、打たれたので罰ですね」
「なんでじゃ‼︎ 相打ちなんだから無しってことでーーー」
瞬間、不意を衝くように二刀を手放し動き出した鎌風に鹿取は刀を放り捨て両手で襟を押さえ防御の構えをとった。手を突っ込まれたのを経験として刷り込まれていたゆえの咄嗟の行動である。
しかしそれに対し鎌風は湖面を這うかの如く姿勢を下げ、獣の如き敏捷性で下から鹿取の防御を抜け突き上げるようにその双丘を掴んだ。
ぽちゃり、と湖面に鹿取が放った刀が落ちる、
咄嗟とはいえ防御を貫通された同様、掴まれたことによる羞恥が思考の空白を生む。
モミッ
そのわずかな時間に成されたのはたったの一揉み。しかし大きな一揉みである。鎌風の鼻腔から赤いものが滴った。
そして襟を掴んでいた鹿取の腕が弾かれたように一閃、鎌風の顎に裏拳として直撃した。その威力は凄まじく吹っ飛ばされた鎌風は湖面に巨大な水柱を立てながら突き刺さった。
「だからなぜ揉むんだ‼︎」
「主、やはり体の影響が出ているように見受けられます。以前の主ならば例え股間を掴まれようともここまで狼狽する事はなかった筈です」
「それは……いや某、股間掴まれたら流石に狼狽すると思うんだが?」
突き刺さった頭を引き抜きながら至極大真面目な顔をしている鎌風が忠言のようなことを言っている。
掴まれたことなどないのでなんとも言えない例えではあるが、確かに胸を揉まれた程度でここまで動揺していてはダメなのかもしれないと思った鹿取だが。
「つまり私が主のを揉むことで修行になるのです」
「いやそれはおかしい鎌風が揉みたいだけだろう!? なんか鎌風まで性格変わっていないか!?」
「確かに、一体化を果たしてからやけに胸に興味がいっている気もします」
鎌風がはっと何かに気づいたように鹿取を見つめた。
「主が胸好きということ……?」
「いや何……? 核心をついたみたいな声色で言っているが違うと思うんだが?」
「では嫌いと?」
「いや好き嫌いで言ったら好きだが。というか嫌いな男はいないと思うんだが?」
「ではさっきの相打ち分、私のを主が揉みますか?」
「…………」
思わず鹿取は鎌風の胸部を凝視した。鹿取より大きな双丘が着物の下に潜んでいた。ちょっと悩んだ。据え膳か? とか色々なものがよぎったが自分なりの斬魄刀への誠意を見せねばと邪な気持ちを振り払うように背を向ける。
「いや……某はそのような事はしない」
「ではその分私が主のを愛でますね」
「ウワアアアァァァア⁉︎」
だから鎌風もそういうのはやめよう、と続ける前に鎌風が割り込んで背後から脇の下を腕が潜り抜け鹿取の胸を掴んだ。
「主、ですからこの程度のことで心を乱してはなりませんよ。次は能力解放しての鍛錬ですから」
振り向きざまに鹿取の肘鉄が鎌風の脳天に突き刺さった。
「すごい鍛錬をしているようですな」
「然り、いつも張っているはずの結界越しでさえ霊圧のうねりを感じおる」
刃禅による精神世界での訓練の内容を知らない一番隊の隊長格は感心した様子で修練所の霊圧の揺れを感じていた。
伏線(?)回