「……ここは」
目が覚めた時、そこは知らない空間だった。流魂街の建物のようにも見えたが、霊子濃度が低い。そのせいか呼吸に対して若干息苦しさを感じた。
ぼやける目でゆっくりと頭を回せば同じように壁にもたれて平子達が座らされているのが見えた。拳西などの異形化していた体は元に戻っている。
そうして自分の顔にも平子達と同じように仮面がついていてることも。右手でそれを掴んでみれば砂糖菓子のようにたやすく砕け、水に溶けるかのように消えていく。
それでも後遺症か何かなのか、身体が重い。そして胸のところに違和感があった。そこに手をやるとサワリ、と毛の感触と硬質な、頭蓋骨の形。
「いやなんで??」
見下ろせば矢胴丸リサが胸に突っ込む形で壁にもたれかかる鹿取に乗っかっていた。なんで顔が胸側になるようになっているんだ身体が海老反りになってて一寸も安静になってないだろうがと内心突っ込みを入れつつ裏返してみればしっかりと仮面が顔にくっついている。退かすのも億劫なので海老反り状態を脱させてそのままリサを抱く。腹をさすってみれば怪我をしたはずなのだがいつの間にか治っている。
藍染の凶行の後誰かに救出されたのだろうか、と楽観的な事が浮かんだがそれなら四番隊隊舎で寝かされている筈だ。ならば藍染に捕まったかとも思うがならば拘束も斬魄刀も没収されていないのは杜撰すぎる。
「首尾はどうじゃ?」
「地下空間の形成は完了しましたぞ」
「こちらも偽装はなんとか終えました。次は彼らです」
障子の先から声が聞こえた。鹿取は警戒して斬魄刀を抜きリサを脇に退けて障子隣の壁に背を着ける。
「今は魂魄自殺の抑制はできてますのでなんとかうわ!」
障子が開かれ現れた者に刃を突きつけるが、鹿取が見知った顔であった。浦原喜助である。続くように四楓院夜一と、鬼道衆の文様を携えた大男が慌てたように入ってきた。
「浦原隊長? 良かった某の
斬魄刀を納め喜色を浮かべる鹿取に三人は苦虫を噛み潰したような顔をした。頷き合い、意を決したように浦原は口を開く。
「違います。鹿取サンよく聞いてください。皆さんは虚として処分される事が四十六室で決定されました」
「な……?」
咄嗟に動こうとした鹿取を夜一が制止する。
「安心……とは言えませんが、我々は皆さんを処分する為にここにいるわけではありません。皆さんを助ける為にここにいます」
「……四十六室の決定には従わねばなりません。それに背いてでも某や平子隊長達を助けようとしていただき感謝します。だがあまりやり過ぎれば護廷が乱れ、浦原隊長達の立場が危うくなる筈です。某の身は護廷に捧げたもの、無理と判断されたなら構わず処分してください」
「いえ、違うんです。我々は皆さんを
「何故⁉︎ 下手人は藍染副隊長と明らかな筈!」
「……完全催眠や」
「おい、こりゃ、どう言う状況だ?」
のそり、と平子が起き上がり続くように拳西が、声を上げた。共に仮面が地面に落ちて粉々に砕け消える。どちらもその眼光はひどく気怠げな動きと裏腹にギラギラと輝いていた。
二人へ浦原が状況を説明する。
「ーーーといった状況ですね」
「いつか借りは返してやらねえと気が済まねえな」
「ようやりおる。魂魄消失案件で合流した鹿取に藍染のやつ化けとりおった。それくらいできるなら罪のおっかぶせ位わけないっちゅうことや」
「藍染が某に?」
「ジブン、そう己を呼ぶんやな。初めて会うたからすっかり騙されとった」
「では某が見せられていたのも幻……実際には矢胴丸副隊長に猿柿副隊長も部隊に加わっていた訳ですし……つまり某が伝令を受けた時点で奴の術中だったと」
悔しそうに拳を握りしめる鹿取に浦原が話を切り出す。
「現状まずは皆さんの虚化をどうにかせねばなりません。今は死神と虚の境界を張り直していますが、この障子紙と同じ位薄っぺらなモノです。いずれ破られれば良くて魂魄自殺、悪ければ隊長格と同格かそれ以上の霊圧を持った虚の誕生です。それまでに何か対策を見つけなければなりません」
「それなら良い方法があるぜ」
目線が拳西に集まる。
「今俺の中には虚がいる。卍解と同じ理屈だ、そいつを屈服させりゃ良い」
「それは……」
うまくいく保証もない。失敗すれば待っているのは死だ。拳西はそんな様子の浦原に獰猛な笑みを浮かべた。
「なに辛気臭い顔してんだ。解決法が見つかったんだぜ? 笑えよ」
「いやなに無茶いうとるねん」
「当然初めにやるのは言い出しっぺの俺だ文句はねえな?」
「‥…まずは全員の意識が戻ってからにしたらどうじゃ?」
夜一の提案が採用された。
「なんや真子、寝覚めにその顔は心臓に悪いわやめてくれへん?」
「そう言えるなら元気やな。祝いに接吻でもしたろか」
「やめーや顔が爛れる」
「おいなんでそいつが? そいつは俺を」
「あれは偽物や。こっちは本物やから安心せい」
「全く、彼女も僕たちも悲劇という他ないね」
「マシュマロ畑の女神に抱きついたら気持ちよかった……」
「いやなに寝ぼけてんねん。ヤラシい手の動きしとらんでおきいや」
「あっおはよー、お腹すいたんだけど!」
「おめえはいつも通りかよ‼︎」
「皆さん無事だったんデスネ、良かったデス」
「ああ無事やで、調子はどうや?」
「疲れてマス」
「せやな」
全員が目を覚まし、状況を把握したところで地下に降りる。偽装が施され、ここならば霊圧が感知される事はないらしい。
一同は意味わからないほど巨大に掘られた空間に驚きつつ、壁に『私が掘りました』と鉄裁の顔が描かれている事に気付いた鉢玄がなんとも言えない顔をしていた。
「なにが起こるかわからねえ備えておいてくれ。そして俺が虚になったなら、迷わず殺せ」
義骸を脱ぎ捨て地下空間のど真ん中に座り、刃禅を始めた拳西を皆で見守る。そして突如変化は起きた。顔から吹き出すように虚の仮面が現れたのだ。全員に緊張が走る。乱れた霊圧のままに跳ねるように立ち上がると襲いかかってきた。
「縛道の六十一、
「縛道の七十五、
鉢玄の六杖光牢でタタラを踏んだ虚拳西に鉄裁の五柱鉄貫が直撃し五体を拘束する。本来であれば隊長格でさえ身動ぎ一つできない盤石の拘束。虚拳西の両腕から突起が突き出すとその拘束が揺らぎ始める。
「ムッ鉄砂の壁、僧形の塔、灼ーーー」
「無理じゃ。拘束ではなく空間での閉じ込めに切り替えよ」
「しかしそれでは」
「構わん、中で儂が相手をする」
「鉢玄、お主も内に虚がおるんじゃ休んでおれ。他の皆もじゃぞ‼︎」
「そ、そうさせていただきマス……」
後述詠唱で縛道を強化しようとした鉄裁を夜一が制し、鉢玄や抜刀していた面々に忠告する。鉢玄が従って六杖光牢を解除すると五柱鉄貫へ負荷が集中し、後述詠唱が中断され不安定化していた術が崩壊を開始する。
緩んだ拘束ごと無理やりに起き上がろうとした虚拳西の顔面に白打が叩き込まれる。それと共に二人の周囲に十分な広さを確保した結界が形成される。
「儂と大人の鬼事といくとしようか」
夜一はその瞬神の異名に恥じぬ戦いぶりを見せた。白打を用いての打撃と瞬歩で髪の毛一本触れさせない。しかし戦うには十二分でも瞬神には狭すぎる結界内で、虚拳西の攻撃の苛烈さは増していく。もう殺すべきなのか、まだ希望はあるのか、先の不明瞭さが夜一の体力を余計に消耗させ疲労を濃くしていく。
そうして四十五分ほど、経過したあたりで異形と化した拳西が動きを止めた。
「どっちだ……?」
誰がそう呟いたか皆が見守るなか異形化したその体にヒビが入り、弾け飛ぶ。するとそこには仮面だけをつけた拳西が立っていた。
「な、うまくいっただろう?」
仮面を取り得意げに拳西は笑った。
「そうじゃな。ところでお主儂を見て何か思うことは?」
そちらを皆が見れば虚拳西の最後の破裂が結界のせいで逃げ場なく直撃し大怪我こそないものの逆さまに結界と壁の角のところへ押し込まれた夜一がいた。しかも服はズタボロである。
「……なんかすいません」
あまりの状態に特に悪く無い拳西が素直に敬語で謝った。