鬼畜提督与作   作:コングK

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昨年の7月27日に書き始めて一年。
元々好きな艦これSSを読みまくった結果、更新を我慢できなくなって自家発電のつもりで書き始めたのがきっかけ。まさか100回続けられるとは思ってなかったです。正直途中で止めるつもりでした。
続けるきっかけをくれた友人のリクエストに応えて今回は書く予定のなかった彼女のエピソードを書きました。エピソードのイメージ音楽は某RPGの名曲そのまんま。

始めから我慢強くお付き合いいただいている方、ありがとうございます。作者はこれからも書きたいように好きなように書いていきますので、お読みいただく際はご注意を。

もんぷち「やあ、どうもどうも! 巷で評判の私です。百回もこんな物語読んで、あなた相当暇人ですね」
工廠妖精A「女王、口が悪いですよ! そんなんだからハブられるんですよ、全く……」
もんぷち「ハブられる? どういうことですか?」
工廠妖精A「百回記念パーティーを提督養成学校のホールでするらしいですぜ」
もんぷち「はあ!? 嘘おっしゃい! 提督から100回記念の挨拶はお前に決めた! よろしく頼むって今朝言われましたよ。」
工廠妖精A「ただ単に面倒臭かっただけじゃ。その証拠に親方いないでしょ。妖精代表で出てるんですよ」
もんぷち「くされ工廠妖精が代表!? 寝言は寝てから言うもんですよ! ちょ、ちょっと待ちなさい。今電話で……、あ、もしもし提督!」
「おかけになった電話番号は口うるさい駆逐艦、色気のない艦、つまみ食いばかりの妖精からのメッセージは受け付けておりません。胸に手を当て、これまでの行動を懺悔し、出直してください」
工廠妖精A「ほらー。俺だって行きたかったんすよ。親方にこの間ヘマした代わりに女王当番押しつけられちゃって……」
もんぷち「これだからくそ工廠妖精は。なんですか、人を罰ゲームみたいに! 私の世話ができるだけ光栄に思いなさい!」
工廠妖精A「あー嬉しい。嬉しいなー(棒読み)」
もんぷち「ぐぎぎぎぎ。許しません、もう許しませんよ! この鎮守府にあるものを全部食い尽くしてやります! 空腹にむせび泣くがいい!」
工廠妖精A「いや、だから。どうして詫び入れてみんなに混ざるって発想がないんだろ、この人。って機銃妖精を脅さない!」




特別編Ⅸ 「回想」

あたしたちは世界に七隻しか存在しない。

 

偉大なる、などという使い古された陳腐な形容詞をつけられてしまった惨めなピエロ。

それがあたし達だ。

 

深海棲艦との鉄底海峡の戦いから帰還して傷が癒えて後。

あたしたちを待っていたのは、埋もれ、窒息せんばかりの賞賛の数々。

 

曰く救国の英雄。

曰く人類の救世主。

 

これでもかという山盛りの美辞麗句。

本人たちの思惑とは逆に、一人歩きするその名声に嫌気が差し、現実から目を背けたくてあたしは世界を旅することを選んだ。

 

きっかけは些細なこと。

あたし、重雷装巡洋艦北上はその日のことを未だに覚えている。

 

したいことも定まらずふらふらしていたとき。

なんとなく足が向いたのは当時設置されて間もない艦娘の慰霊碑だった。

 

あの鉄底海峡の戦いは、今や面白おかしく伝説の戦いなどとされ、ファンだと言う者達がひっきりなしにやってきて、ちょっとした観光スポットになっているという。

 

「やれやれ、どこもかしこも山盛りで」

艦娘の名前が刻まれた慰霊碑の前は献花台とは比べものがないほど花で埋め尽くされていた。

むせ返るようなその臭いに思わず鼻を鳴らす。

 

花が何だというのだろう。沈んだ者達は匂いを嗅ぐこともできない。

花を贈った方は、相手を弔ったという崇高な気持ちで満たされるのだろう。

だが、贈られた方はどう思うのか。迷惑だと思うとは考えないのか。

自分の気持ちを一方的にただ押し付けるだけならば、それは結局独りよがりな行為ではないだろうか。

 

あたし達は、みんなは、花を贈って欲しくて戦った訳じゃない。

暗い気持ちで慰霊碑に刻まれた皆の名前をなぞる。

球磨姉、多摩姉、木曾に大井っち。

 

「なんで・・・・・」

なんであたしだけ取り残されてしまったんだろう。

ぽつりと呟いたあたしの肩を、ぽんと誰かが叩いた。

「何?」

振り向いても誰もいない。その代わりに聞こえてきたのは誰かが大声で文句を言う声。

 

「けっ。くだらねえ」

「・・・・・・」

まるであたしの気持ちを代弁するかのようなその台詞に思わず声のした方へと足を勧める。

そこにいたのはぎらついた目をした一人の若い男。作業着を着た彼は、周囲に置かれた花たちから立ち昇る匂いに顔をしかめ、耐えきれないとばかりにわざとらしく鼻をつまんでいた。

 

「ああ、嫌だ嫌だ。偽善者の香りがしてたまんねえぜ。来るんじゃなかった」

涙を流し、艦娘達の冥福を祈っている周囲の者からの冷たい視線をものともしない。

「ふん。泣いてこいつらが戻ってくるんだったら分かるがよぉ。誰のために泣いてんだか」

 

その通りだ。この人達は何のために泣いているのだろう。

自分達が死ななくてよかったという意味なのだろうか。

 

「おい、お前! 不謹慎じゃないか!」

「不謹慎だあ? それじゃお前。こいつらの仇を討つために軍に志願でもしたらどうだ?」

「なあ!?」

「ほれみろ、できねえだろ。しょせん、こんなもんは後方で楽している連中の自己満足なんだよ」

「じゃあ、どうすりゃいいんだ!」

「そんなの決まってんだろ。不甲斐なくてすまねえって謝るんだよ。こいつらにおんぶに抱っこだった癖に何を偉そうに上から目線で礼なんか言ってやがるんだ」

「何だと!!」

「まあ俺様も同じ穴の貉だ。偉そうなことは言えねえがな」

最後にそう言ったときの彼の何とも言えぬ表情が気にかかり、気づけばあたしはその後を追っていた。

 

もうすぐ国際展示場という辺りまで来た時。

「あんだよ」

後ろを振り向かずに彼が言った。

 

「俺様に何か用か。さっきの件で文句でも言いたいのか?」

「いや、別に。あたしもあんたと同じ気持ちなんでね」

「ったく、南極観測船宗谷を見に行ったついでにとんだ道草だぜ」

「宗谷を? なんで」

「好きな番組に出てたんでな。あちこち旅しているついでに立ち寄ったのさ」

「あんたヒッチハイカー?」

「ああ。イラつくことがあってな。ここんとこずっとよ。お前も暇ならやってみるといいさ。動き回っているとイラつく元気も無くなるんだと」

「へえ。それはまたいい事を聞いたかもね。あたしもどうにもやりきれないことがあってね」

彼から自分と同じ匂いを感じたからだろうか。自然と話をしていることにあたし自身が驚いていた。

「なら旅はお勧めだ。とにかくあちこち動き回れ」

「マグロみたいじゃん」

「ま、やってみりゃいい」

 

怒り、悲しさ、寂しさ。不安、悔しさ、惨めさ、無力感。

今の自分の心の状態を何と表現すればいいのだろう。

ただ、これまであって当然だと思っていたものが突然無くなり、どうしていいのか、身の置き所がなかったと言うのが正解に近いかもしれない。

 

何をしたいのか、どうすればいいのか。何も分からない状態。

だからだろう。彼の提案に乗ったのは。

 

「いいかも」

「そうか。ま、どこかで会ったらコーヒーぐらい奢ってやろう」

彼とはそれっきり。あたしはリュックサック一つをお供に各地を巡ることとなる。

 

 

                    ⚓

それから各地を旅した。

日本の五街道を歩いたり、南北アメリカ大陸を横断したり。

いらないと思っていた偉大なる七隻とやらの力を使えば大抵のことが許された。

 

慰霊碑の前で会った彼の言った通り。

旅での珍道中はささくれだった心を癒すにはちょうどよかった。

特効薬とは言えない。だが、じっとしていると心を蝕む後悔という病からあたしを救ってくれたのは確かだ。

 

そして今から10年前のパリ。

 

「おい、姉ちゃん。どうしたい。花の都パリに来て、そのしょぼくれた面はねえだろう」

ぼんやりとセーヌ川を見ていたあたしに声を掛けて来たのは見るからにホームレスといった外見の男性。

 

街そのものが一つの観光名所と言っても過言ではないパリも、深海棲艦騒ぎがあってからは以前ほどの賑わいはないらしい。だが、それでもここを訪れる多くの人間は、芸術と歴史溢れるその街並みに酔いしれ、感嘆の言葉を上げるのが常だ。沈み切った表情で川を眺めている者など珍しくて仕方がないのだろう。

 

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず、ってね」

「あん!? なんだ、そりゃ。源氏物語ってやつか?」

残念。時代が違う。外国の人ってやたらと源氏物語の名前を出すね。紫式部すごいじゃん。

 

「方丈記さ」

「ほーじょーき? どうでもいいが、辛気臭い顔して。どうした、お嬢ちゃん。荷物でも掏られたか?」

あたしの様子から見当をつけたのだろう。一時期に比べパリの治安は悪化し、スリの数も増えているという。もっとも元艦娘であるあたしの財布をすろうとする物好きはいないが。

 

「別に。この川が海まで流れているのかなと思ってさ」

「そりゃ流れているだろうよ。まさか、お前さん。パスポート掏られて、やけになってロビンソン・クルーソーにでもなろうってんじゃないだろうな」

「それはそれで面白そうだね」

重雷装巡洋艦北上漂流記。うん。何となく字面はよさそうじゃん。でも、相手には不評だったみたい。腹は空いてないかとやたらこちらのことを気遣ってくる。何、この男。あたしに気でもあんの?

 

「そういう訳じゃない」

ばっさりと切り捨てられてさすがにあたしも面白くない。パリの男性って女性と見たらすぐ愛の言葉を囁いてくるっていうから警戒していたのにさ。

「パリに来てしょぼくれた面のまま帰したんじゃ、パリっ子の名が廃る。純粋に親切ってやつで言っているんだ」

「他人のいらぬ親切=余計なお世話って公式知らないの?」

「いいや、知らんね。人の親切は受けるものだって古代からの格言なら知っているがな」

そう言って、彼は手にした紙袋から固くなったバケットを取り出し、振って見せた。

 

「ふうん。北上ってのか。にしても、はるばる日本からよくフランスへ来たもんだ」

あたしに声を掛けた男の名はアダン。35歳にして画家志望。未だ夢かなわずパリ市内や観光名所に現れては絵を売って生計を立てているという。

「エッフェル塔とかヴェルサイユ宮殿の周囲は案外ノーマークでな。水売りの兄ちゃんたちに紛れて小遣い稼ぎをしているのさ」

「ふうん。それでやっていけてるの?」

「ぜーんぜん。だもんでご覧の通りの有様。ま、好きにやっているんでね。お前さんが羨ましいよ」

アダンが言うのももっともだ。深海棲艦の脅威は空路にまで及んでいる。大西洋を越えていくことが事実上不可能となった今、ロシア周りのルートを各航空会社と軍が奪い合っているのが現状だ。運賃は以前よりも倍近いほど高くなり、海外旅行は今や高嶺の花と化している。余程の財力やコネが無ければ各地を飛びまわることなどできない。

 

「そお? あたしはすることがなくてふらふらしているだけだもの。することがあるあんたの方が羨ましいけどね」

「ふらふらってのがいいんじゃねえか。余裕がなけりゃふらふらもできないぜ。常に何かに追われていてさ。せっかくこのパリに来たんだ。川ばっかり見てないで、ルーヴルにでも行ったらどうだい?」

「ああ、あのピラミッドね」

「そう、そのピラミッドさ」

くすりと笑い、アダンは続ける。

「深海棲艦騒ぎがあろうとなかろうと、あそこにある物の価値は変わらない。等しく人類の宝さ。何かに悩んでいるんなら世界最高の芸術に触れて刺激を受けるといい」

「刺激ねえ」

 

その言葉に何かを思い出しそうになり、頭を振る。

何だろう。何かあったような。

 

「ああ。絵画に彫刻となんでもあるぜ。モナリザもあるし、ドラクロワの民衆を率いる自由の女神だってある。一時期人気だったフェルメールもあるが、作品が小さいんでな。でかい奴ばかり気にしていると見過ごすがね」

「まあ、気が向いたらね」

あたしの代わり映えのしない答えにアダンは面白くなさそうに大きなため息をついた。

「おいおい。そいつは絶対に行かない奴の台詞だぜ? 芸術の都に来てそりゃあねえだろう。それとも他に目的があって来たのか? 買い物とか食べ歩きとか」

「ううん。ただ来ただけ」

「このパリに? 何の目的もなく来た? 急行列車が通り過ぎていく駅じゃないんだぜ。このパリをただ通っただけの街にしないでくれ」

「どうしてそんなにしつこいのさ」

「パリっ子の意地もあるがね。100人に良い事をしたら俺の夢が叶うんだ」

「何それ。夢のお告げ?」

「ああ。今朝がたさ。茶色い髪をした女神が夢の中に出て来てな。そう言ったんだ。」

ぺろりと舌を出しながら、それでも真剣な眼差しで言ってくるアダンにあたしが根負けしたのはすぐだった。

 

                    

 

パリ、ルーヴル美術館。

 

世界一と謳われるその威容はかつてここが宮殿であり、要塞でもあったことを伺わせる。

人の波に紛れ、この有名な美術館を訪れたあたしを待っていたのは、人類の歴史そのもの。

 

無数のミイラ。ギリシアの彫刻。多くの絵画。有名な目には目を歯には歯を、という言葉が刻まれたハムラビ法典。ミロのヴィーナス。ラファエロの絵画にナポレオンの戴冠式。そして世界で最も有名な絵画、モナリザ。

 

だが、そのどれを見ても心を動かされることがない。手にしたスケッチブックに何かあれば描こうと思ってきたが一向にぴんとこない。

 

(あれ、あたしってこんなだったっけ。)

確かに人類の宝だ。眩いばかりに美しい。

だが何か足りない。アダンが言っていた刺激になるようなものが。

自分がとても冷たくなったように感じ、途方に暮れた時だった。

それに出会ったのは。

 

サモトラケのニケ。

 

ギリシア彫刻の傑作。勝利の女神ニケが船のへ先に降り立ったその姿。

 

遥か昔の船の彫刻に自分の中の元船という部分が刺激されたのか。

両腕を失い、頭部もない。今ではどんな顔だったのか、どんな姿だったのか分からぬ女神に想像力を搔き立てられたのか。

気づけばあたしはずっとニケを眺めていた。

 

思わず脳裏に浮かんだのは、ずっと胸の奥に閉じ込めていた記憶。

あの忌まわしい鉄底海峡へと向かう日の前日のこと。

 

「戻ったらどうしたいかクマ? そんなの球磨はとりあえずしたいことをするだけクマ」

戻ったらしたいことの質問に対し、自由人である姉はそう真剣に答えたものだ。

 

「いや、だから、北上の姉貴が聞きたいのは球磨姉が何をしたいかってことだろ」

木曾のフォローもどこ吹く風。

「そんなの決まってないクマ。決めてちゃ面白くないクマ!」

「おいおい。多摩姉からも何とか言ってくれよ」

「多摩はしばらくごろごろして暮らすにゃ」

「したいことだぜ? もっとこう建設的なことないのかよ」

「そういう木曾は何をしたいのさ」

「そうだなあ。まるゆの奴でも誘ってどっか旅行でもするかな」

「あら、いいわね。北上さん! 私達もどこかに旅行に行きましょう!」

木曾の言葉に嬉しそうに抱き着いてきたのは大井っち。

 

「いいけどさ、大井っち。どこに行くの?」

「そうですねえ。国内もいいけれど、イタリアとかフランスとかどうです? 北上さんの夢のためにもきっと役に立つと思うわ!」

「夢って言ったって、あたしのあれは趣味みたいなもんだし」

 

趣味でしていた服のデザイン。この戦いで生き残ったら、どこかできちんと発表できないかなと冗談めかして言ったことはある。

でも、まさか大井っちがそこまで乗り気なんて。

 

「できるかどうか分からないしねー」

ぽりぽりと頭を掻いたあたしに、大井っちは力強く言った。

「北上さんなら大丈夫! その時は提督にも協力させましょう!」

「提督ねえ。ファッションセンスは無さそうだけど」

「木曾も球磨姉さんも多摩姉さんもいいわね。北上さんに協力するのよ!」

鼻息荒く皆にそう告げる大井っちだが、姉妹は誰一人として嫌な顔をしない。

「そんなの当り前クマ」

「にゃあ」

「あのメイドみたいなのは勘弁だが、他の物なら」

「よろしい」

うんうんと満足そうに頷く大井っちについついあたしは訊いた。

「それで、大井っちは戻ったら何をしたいのさ」

「当然、北上さんの夢の手伝いです」

「あたしの? 大井っちのしたいことを探せばいいじゃん」

 

それに対して大井っちはきょとんとした後、にっこり笑って言ったっけ。

「それが私のしたいことなんですよ、北上さん」

 

じんわりと。心の中に寂しさが溢れてくるのが分かった。

あの戦いを終えてから認めたくなかったもの。

姉妹達が、大井っちがいない喪失感。

 

なぜ、自分だけ残されてしまったのか。

共に逝けばどれだけ気が楽だったか。

 

(独りきりで夢は叶えられないよ。叶えられないんだよ、大井っち。)

 

じっとニケを睨むうちに、その顔が姉妹の顔に見え、後悔が押し寄せてくる。

これはまずい。一刻も早くその場を離れないと嫌なものに呑みこまれる。

 

とにかく動いて動いて。

立ち止まらず動き続けて。

このどうしようもない黒い淀みから離れないと

 

涙を拭い、立ち去ろうとした時だった。

 

「きゃっ」

横合いからやってきた誰かにぶつかり、あたしは尻もちをついた。

 

「ちょっと、あなたねえ。熱中して観るのは分かるけど、もっと周囲に気を配りなさいな!」

相手の女性は大層ご立腹らしいが、あたしはそれよりも床に落ちたスケッチブックの方が気がかりだった。

「ちょっと、聞いているの?」

大切に床から拾い上げ、埃をはたいていると、その態度が癇に障ったのか女性がつかつかとこちらにやってくる。

「ああ、ごめん」

心はうわの空。でも、とりあえず自分が悪いのだからと下を向いて謝ると、返ってきたのは驚きの声。

「えっ・・・・・・。あ、あの・・・・・・」

することはしたと早々に立ち去ろうとすると、背後から伸びてきた手に腕を掴まれる。

 

「ちょっと。謝ったじゃないか」

振りほどこうとしても、ぐっと強く握りしめ、その手を彼女は放さない。

「いいえ、放しません」

「しつっこいなあ。何なのさ、あんた!」

 

怒り、振り返ったあたしが目にしたのは。

 

「大井です! 北上さま!!」

「な・・・・・・」

 

思い出の中の彼女と同じ容姿をした女性。

 

「お、大井っち・・・・・・」

声が掠れて上手く出せない。なぜ? どうして? 彼女がここにいるのか。

それに北上「さま」とはどういうことなのか。

混乱するあたしに、彼女は深々とお辞儀しながら自己紹介をした。

 

「お目にかかれて光栄です。艦娘養成学校第三期卒業。呉に所属していました、大井です」

唖然とするあたしの手を引っ張り強引に美術館近くのカフェに連れてきた彼女は、簡単に自分の身の上を話してくれた。

 

5年前の大規模作戦の際に艤装が修復不可能な程の被害を受け、退役したこと。

その後服飾関係の仕事をし、今は新しく会社を立ち上げていること。

色々な勉強をしようと思い、このパリに来たこと。

 

「なんであたしが原初の北上って分かったんだい? 今のあたしは建造された子たちとそう変わらない筈だよ」

建造されたあたしよりも少し強いだけ。艤装も無い状態で気づける者がどれだけいることか。

「それは、そのう。直感みたいのがありまして・・・・・・」

恥ずかしそうに笑う彼女に、あたしは一つ疑問に思ったことを訊いてみる。

 

「他にたくさん仕事があるのに、なんでまた服飾関係にしようと思ったのさ」

 

「ええと、それも自然とそうしたいと思ったと言うか、はい。上手く説明するのが難しいのですがそれが私のすることじゃないかな、と」

「・・・・・・・」

「今日ルーヴルに来たのも本当にたまたまだったんです。エッフェル塔に行ったときに入場料が高いと文句を言っていたら、薄汚い男が寄ってきて、『そんなにカリカリしているんならルーヴルにでも行って気を落ち着けたらどうだい。それとも、芸術を観るとあくびが出る性質かい、お嬢さん』なんて挑発するもんですから・・・・・・」

 

彼女の言う薄汚い男に心当たりがあり過ぎて、ぷっと吹き出しそうになる。

あのお人好しのパリジャンはルーヴル美術館の宣伝大使だろうか。

どこでも同じことを言っているらしい。

 

と、そこであたしは目の前の彼女の髪を見ながらはたとあることに気づく。

今朝アダンが言っていたことを。夢の中に出てきてお告げをした女神の話を。

 

(茶色い髪をした女神が出てきたって・・・・・・。ま、まさか・・・・・・・。)

 

それを意識した時にはもう限界だった。

「う・・・・・・」

「き、北上さま!? どうかされました?」

突然泣き出したあたしを心配して、ハンカチを差し出してくれる彼女。

 

(ごめん。ごめんね、大井っち。心配、かけてるんだね。)

きっとあたしを心配して。この子に会わせてくれたんだろう。

あたしの夢を応援するって約束を守るために、他人の夢にまで出て来るなんて実に大井っちらしい。

 

「あの、も、もしよろしければ、私と一緒に日本に帰りませんか? 会社を立ち上げたばかりで色々と不安でして、北上さまがいていただけるだけで安心できるのですが」

「あたしが? あんたと?」

「はい。ご、ご迷惑でしょうか」

不安そうにあたしをみる彼女。

「別に迷惑じゃないけど、あたしを連れて行ってもいいことないよ」

「そんなことはありません!!」

きっぱりと言い切るその姿に在りし日の思い出が重なり思わず涙腺が緩む。

「私達大井のDNAには北上さまを大切にするようにと刻まれているんです。それに、北上さま。先ほどちらりと見えてしまったのですが、そのスケッチブックに描かれているのって服のデザインじゃないですか?」

テーブルの上に置かれスケッチブックは確かに鎮守府時代に細々とデザイン画を描き貯めたものだ。

「あー、うん。昔描いた奴だよ。趣味でね。未完成だけど」

「素敵です!! 完成したら是非商品化させてください! 北上さまの服が世に出る。なんて素晴らしいことなのかしら! 私に任せてください!!」

がっしりとあたしの両手を握りしめながら熱弁する彼女。

 

一度こうと決めたら曲げぬ頑固さと、断られても何とかしようというしたたかさを隠したその表情。

思い出の中の彼女と同じ力強い瞳に、あたしは自然と頷いていた。

「まあ、売れるかどうか責任は持てないよ。でもせっかくやってくれるって言うんだからお願いしようかねー」

「ありがとうございます、北上さま!!」

 

飛び上がらんばかりに喜ぶ彼女に、あたしはため息をつきながらこう言った。

「ほいほい。人前じゃさまづけは止めてね、大井っち」

「こ、光栄です! 北上さま!!」

あたしの言葉などどこ吹く風。涙を流して喜ぶ彼女。

どうしてそう貴方達はあたしを心配するのだろう。もっと自分のやりたいことをすればいいのに。こんなロートルに付き合う必要はないのに。

あたしの疑問に、大井っちはさも当然と言うように胸を張った。

「それが、私達のしたいことだからです!」

 

                    ⚓

次の日。

一緒にパリ市内を観光しようという大井を振り切り、北上が来たのはセーヌ川近くの広場。

 

「ああ、お嬢さん。どうだったい、ルーヴルは」

ぼりぼりと固いバゲットを美味しそうに頬張りながら、アダンは言った。

 

「よかったよ。とても。あんたのお陰でね」

すっきりとした表情で答える北上に、心優しいパリジャンは満足そうに微笑んだ。

 

「そいつはパリっ子冥利に尽きるな」

「そんでお願いがあるんだけどさ。あたしを描いてくれないかな?」

「あんたを? 似顔絵ならモンマルトルの丘に行けば俺より腕のいいのはたくさんいるぜ」

「いいからいいから。ちゃんとお金は払うからさ」

「ま、いいか。じゃあそこの椅子に座ってくんな」

 

二時間後。

先ほどまでおさげ髪の少女が座っていた椅子を片付けようとしたアダンは、椅子の裏に何か貼り付けてあることに気が付いた。

「あのお嬢ちゃんか? ったく子どもじゃねえんだからさ」

 

封筒に入れられていたのは

「Merci」と書かれたメモ。

 

「ふん。面と向かって言えっての」

 

そして、安くない額の小切手。

「おいおい。何だよ、これ。どういうこった」

 

辺りを見回しても少女の影はどこにもない。

「一体何だったんだ、あのお嬢ちゃん」

 

世界各地を渡り歩いていると言う彼女。

花の都パリでつまらなそうに川を見ていた彼女。

その彼女に聞こえるように、アダンは大きな声で叫んだ。

 

「パリは楽しかったかい、お嬢さん。いい旅を!」

 

                                     完

                  

 

 

 

「ちょっと何なのさ、これ」

物悲しい曲調のピアノソロをバックにエンドロールが終わり室内に明かりが灯ると、北上は呆れた目で隣りに座る大井を見た。

 

「私と北上さまの出会いを描いた映画です!」

「そういうことじゃなくて! 分かるよねえ、大井っち」

ぐっと襟首を掴まれ、大井はまあまあと両手を挙げて降参の意を表す。

 

「ぐ、ぐるじいです、北上さま!」

「どこのどいつがこんなの作ったのさ。いや、それよりこの内容、一体どこから拾ってきたのよ」

「はい、ここからです」

大井がハンドバックから取り出したのは黒い大学ノート。

 

「あっ。それ!あたしの日記じゃん! 何であんたが持ってんのよ!」

ぱっと北上はそれをふんだくると、丸めてリュックサックの中に放り込む。

「はい。北上さまがくそ島鎮守府。いえ、失礼。あの江ノ島鎮守府に行かれて以来寂しくて枕を濡らしていた私に、有能な秘書が見つけ出してきてくれたんです」

「あー。あの人か。隠しておいたのをよくもまあ。」

 

ぎりぎりと北上の中で秘書への殺意が膨れ上がる。

誰だって自分の黒歴史は胸に仕舞っておきたいものだ。それも愚痴や泣き言の類ならば猶更だ。提督に出会いテンションMAXの状態で見返した時に、あまりにうわぁな内容にドン引きしたのだ。病んでいる時期の日記など見ても精神衛生上よくないと封印しておいた筈なのに。

 

「どうしてまたこんなのを・・・・・・」

「北上さまの苦悩、寂しさ。痛いほど伝わりました。私達艦娘にも悩みがあり日々生きていることを色々な人に知ってもらうべきだと。そう考えまして」

殊勝な顔つきで大井は語る。

確かに人間に艦娘がどのような思いを抱いているのかを知ってもらうのは良い事かもしれない。

お互いの距離が縮まることだろう。

だが。

 

「あのねえ。理念は立派だけど、別にあたしが主役である必要ないよね」

「いえ、主役は北上さましか考えられません。私達艦娘のためにもこれは後世に伝えるべきだと脚本・監督を夕張さんにお願いしたんです。二つ返事で引き受けてもらえましたよ」

「夕張? ああ、あの映画監督している夕張か」

「はい。それ以外にも全国の球磨型姉妹が協力してくれました。さすがは北上さまです」

「本当バイタリティがすごいよね、大井っちは。と言うか普通さ、作る前に相談するよね」

「ごめんなさい。でも、相談したら絶対反対すると思いまして」

「うん、汚い。相変わらず腹黒い。んで、提督。いつまで笑ってんのさ」

後ろでげらげらと笑い声をあげる己の提督に、北上は渋い顔を見せる。

 

「そりゃ笑うだろうよ。お前の役が赤井優だと? 美化し過ぎだろ全く」

「うるさいおやぢですね。北上さまの魅力はあんなもんじゃないわ。本当はナタリー・ボートマンに来てもらう予定だったのよ」

「はあ? 天下のニャカデミー賞女優を使うつもりだっただと? ぶっとんでんな、おい」

大声で笑う与作に、大井は眉をぴくぴくしながら笑みを浮かべる。

「やかましいので黙っていただけます? 北上さまがどうしてもというからあなたが来るのを許可しただけなんですよ、おまけさん。立場を弁えましょうね」

今や世界でも有名な与作であるが、大井には関係ない。

「くっくっく。いいねえ。その清々しいまでの嫌悪感。嫌いじゃないぜ」

「あなたに好かれてもねえ」

 

「にしても、色々脚色し過ぎっしょ、大井っち。アダンの役がジョンレノってどうなのさ」

「本人たっての希望で仕方なくです。私もあんな薄汚いおっさんをジョンレノさんにやっていただくのはどうかと思ったんですが」

「それを言うなら冒頭の男もだろ。あんなちょっとしか出てこねえのにV7の岡野なんてよ。主役級の無駄遣いじゃねえか」

「そこは私も同意です。イラつく役なので、その辺の一般人でもよかったんですが、北上さまの日記を読む限りでは容姿が分からなかったので、大衆受けする役者を選びました」

 

「あー。まあ、あれはあれでいいかな」

北上は立ち上がると、ちらりと時計を見た。すでに時刻は午後の四時。早く帰らなければ、また時雨やグレカーレが騒ぎ出すことだろう。

 

「北上さま。こいつの所が嫌になったらすぐにでもご連絡ください。お迎えに上がりますから」

「言うに事欠いてこいつ呼ばわり。本当にぶれねえな、お前」

「ふん。あんたにお前呼ばわりされる謂われはないわ。あんたも精々北上さまを大事になさい。全世界の大井の目が光っていることを忘れないように」

「あたしはそれより、あの映画が本当に公開されるのかが心配だよ。公開処刑じゃん、あんなの」

自らの愚痴や泣き言が作品となって世に出ることに北上は不安を隠せない。

鎮守府まで送ると言って聞かない大井を何とか説き伏せ、二人は連れだって外に出た。

 

「随分長かったねー、提督。あたしお尻が痛いよ」

「ああん、お前じもちーか」

デリカシーなど全く無い提督の発言に無言で蹴りが飛ぶ。

 

「って痛いぞ、全く!」

「ふん。鈍ちんなんだから」

「何言ってんだ。俺様ほど人の機微に精通している人間はそういないぞ」

「よく言うよ、本当に」

 

やれやれと心の中でため息をつきながら、じっと北上は前を行く提督の背中を見つめる。

嘘もあるし、脚色もある脚本だった。でも大事なことがしっかりと詰め込まれていたのは脚本の夕張が優秀だからだろう。

 

おそらく、という期待はあった。気づいてからはそうだろうと決めつけていた。

けれど、彼自身に全くそんな素振りが見られない。

 

「勘違い・・・・・・か」

ずっとそうあればと思っていたものが違うと分かり、北上は小さくため息をついた。

 

「ま、物事そんな上手くいかないよねー」

「あん? 何ぶつぶつ言ってんだ、お前」

「いや。こっちの話」

「それより喉がかわいちまったぜ。二時間物なのにポップコーンもコーラもねえときてやがる」

「試写なんてそんなもんじゃないの」

「ふん。ちょいと待ってろ。飲み物を買ってくる」

「あいよー」

 

独りになり、ふと北上は夕暮れの空を見上げた。

ただの赤では表せない、青や白や色々な物が混ざった自然の作る芸術。

10年近い時を経て再び心から美しいと感じることができたもの。

 

「球磨姉、多摩姉、木曾に大井っち・・・・・・。今のあたしはそこそこ楽しくやってるよ」

暗闇に向かって呟く。

「たっくさん、心配かけたよね・・・・・」

 

あの映画は真実フィクションだ。

北上の人生をよく描けてはいるが、全てではない。

夕張が参考にした日記は、大井に出会うまでのものでしかない。希望がある終わり方をしているのがその証拠。

 

本当は希望の後には、絶望があった。

 

大井と出会い、姉妹を失った喪失感からは解放され、けれど、姉妹と交わした約束を守れぬ日々が続いた。

 

デザインを完成させようとする度にイメージされるのはそれを着た姉妹の姿。

元々彼女達をモデルと考えていたのだ。仕方のないことだろう。

 

だが、それは、北上にとっては地獄の日々。

どうしようもないジレンマの中、己の思いを誤魔化し、苛立ちと焦りを隠して生きてきた。

大井がデザインを急かしたことは一度もない。その優しさに甘え、時にはまた旅に出て、現実から遠ざかり、自らを慰めてきたのだ。

「みんなのためにデザインをしなければ。それしかあたしがみんなのためにできることはないって、ずっと思ってたんだよ」

 

それが違うと教えてくれたのはあの中年おやぢ。

乙女に手を上げるなどそのやり方は言語道断で最低だ。

 

だが、彼は教えてくれた。

 

その夢は誰の夢なのかを。

デザインができないのを姉妹のせいにしていることを。

悩み傷つき、血反吐を吐いても叶えようとするのが夢の筈だと。

 

「気づかなかったんだよね、単純なことなのにさ」

彼女たちがどこかで聞いていてくれることを願って。

「まあ、安心して見ててよ」

北上は空に向かって呼びかける。

「どうしようもない提督の元だけど、あたし頑張るからさ」

 

「ふん。どうしようもなくて悪かったな」

いつの間にかやってきていた与作が面白くなさそうに口をへの字に結ぶ。

 

「愚痴はお互い様だ。俺様の目的は艦娘ハーレムなんだぜ? それが寄り付くのはがきんちょと範囲外ばかり。涙なくして語れねえ」

「よく言うよ。人の胸揉んだくせに」

「若気の至りって奴だな。もしくは禁欲生活が長くて血迷った」

 

がそごそとコンビニの袋を漁ると、与作は北上にほいよと買ってきたものを投げて寄こす。

「あたしの分?」

手に取ったのは缶コーヒー。

 

「ああ」

「うえ。ブラックじゃん。砂糖入りのがよかったんだけど」

「うるせえ野郎だな。他人に奢ってもらって偉そうにぬかすんじゃねえ」

 

ぐびりと一息で飲むと、与作はすたすたと先に歩き出した。

 

少し離れ、ちびちびとコーヒーを口にしていた北上は

「奢りなんて、提督にしては珍しいじゃん」

そう言った後、手元の缶を見つめ、弾かれたように与作の後を追った。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待って提督。これって、ねえ、これって!」

「あん? 旨いだろ。俺様一押し。ドブ水ブラック」

「いや、そうじゃなくって!」

「他のおススメはあれだな、組長シリーズのヒットマン政味だな」

「だ~か~ら~」

暖簾に腕押し、糠に釘の与作にイライラしながらも楽しそうに話している己に気づき、北上は微笑んだ。

 




                CAST
         北上      赤井優
         大井      新巻由衣
         アダン     ジョンレノ
         青年      岡野純一
         
      香川輝行 柄沢敏明 御船俊郎 
      ジェラール・ディパル
      能面怜奈 弘瀬すす 柳沢新伍 
      リシュリュー
                ・      
                ・
               協力
   KUMAZON タマネコ宅急便 和食処木曾街道 OI 
 球磨型友の会の皆さん フランス艦娘劇団の皆さん 
   艦娘博物館 
    
      
               脚本・監督
                夕張
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