今話から解決編となっていきますが、一連のエピソードは本来裏設定だったものを使っています。多少辻褄が合わないだろうということもあるかもしれません。また、人によっては胸糞要素が強いため、少しでも合わないと感じたらブラウザバックを強くお勧めします。
※前回100回記念ということで感想欄にコメント返しをさせていただきました。
様子を見て、余裕があればコメ返し致します。
不敵な笑みを見せるジャーヴィスとは反対に、私は不安げに自称相棒を見つめた。すりぬけくんの調査をある程度までは手伝ったが、肝心な部分についてはジャーヴィスが自ら行い、結果は後日伝えるとの一点張りだった。不満を口にする私に対し、そういうものだと探偵は得意げに鼻の穴を膨らませ、私は二度と助手を引き受けまいと心に誓った。
「それでは伺いマショウか。あのドックの正体を」
時間が惜しいとばかりに金剛が早々に話を切り出した。彼女からすれば、くだらない駆逐艦の遊びに付き合ってやっているという感覚なのだろう。
「その前にもう一度きちんと自己紹介をするわね。うちの鎮守府はやたら海外艦が多いし、170隻以上いるフレッチャー級の子がまた着任するとも限らないもの。英国から来たJ級駆逐艦のジャーヴィスよ!ナンバー99よ!! 貴方は?」
「こ、これはご丁寧に。金剛型戦艦、3番艦の榛名です。ナンバー3です」
突然とことこと目の前にやってきたジャーヴィスに面食らいながらも、榛名は律儀に答えた。
険しい顔でこちらをじっと見ている金剛型の姉妹たちだが、その中で彼女だけは別なのかもしれない。
「私は先ほど自己紹介しマシタ。二度は必要ないヨ」
金剛は憮然とした表情で、カップを持ち上げた。
「それよりも、今問題なのはあのドックが何かネ」
「そうね。まずそれからはっきりさせましょうか。すりぬけくんは正規の建造ドックではないわ」
「ええっ!!」
ジャーヴィスの指摘に驚いたのは雪風のみだった。事前に事情を知っている私とヨサクは別として、比叡達もすでに様々な出来事からそうだろうとあたりをつけていたようだ。
「正規ではない? つまりあれは違法な建造ドックだと? 成程、だから私がこだわっている。確かにそれならば納得できマス。いい推理ネー」
うんうんと頷きながら、金剛は薄い笑みを浮かべた。
「残念だけど、それはあり得ないヨ」
「な、なんでです」
事前に話を聞いていた私は思わず声を上げた。
「正規の建造ドックにある海軍省マークとシリアルナンバーがないのは私も確認しています! 誰かが勝手に作ったに決まっているじゃないですか!」
「ジョンストン、デシタか。あなたもさすが、名探偵の助手。よく調べたみたいネ。でも、悲しいことに私は大人の現実を教えないといけマセン。霧島。建造ドックを作る際にかかる費用はどれくらいデスか?」
「はい。およそ500億から800億です」
「えっ・・・・・・」
さらりと霧島の答えた金額のあまりの高さに言葉を失う。どの鎮守府にも数えるほどしかないので高いだろうと見当はつけていたが、まさかそこまでするものとは。
「かつての大戦艦、大和の建造費は今で言えば2700億。現代のイージス艦は1400億程度。それらに比べたら格安だけどネ。もちろん、一基での値段ヨ。深海棲艦に対抗するために多くの建造ドックを作ろうと、福祉に教育、宇宙関係とあちこちの予算を切り詰めまくり凌いだのは有名な話ネ。そこまで金のかかるものを勝手に作れると思いマスか?」
「み、民間でもロケットを作っています。それと同じことでは?」
雪風が私に加勢する。そうだ。民間でも50億程度でロケットを飛ばしたことがあると聞く。考えたくはないが、軍需産業などからすれば艦娘の軍事力は喉から手が出る程欲しい筈だ。
「Non」
だが、私達の考えを金剛は言下に否定した。
「あり得ないと言うのはまさにその点デス。確かに500億という金は用意できるデショウ。でも、建造ドックを作るための資材は絶対に無理デス。あれが何で作られているか知っていたら、そんな発想にはならないヨ」
「建造ドックが何で作られているか、ですか。鉄とかでしょう?」
「ただの鉄じゃねえ。・・・・・・沈んだ船の一部だ」
雪風の問いに、ヨサクが口をへの字に結び答えた。
彼としてはあまり気分のよくない話なのだということは明白だった。その様子を意外そうに見ながら、金剛は言った。
「Yes。正確には、第二次大戦中に沈んだ船の装甲。それをひっぺがして使っているネ。招魂装置と呼ばれる所以はそこにもある」
「嘘・・・・・」
頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が私を襲った。
ドロップ艦として顕現した私は、艦娘養成学校に通い、深海棲艦との戦いの歴史や一般知識を主に学んだが、建造ドックが何でできているかなどはついぞ聞いたことがなかった
沈んだ船を、ある意味で海の墓標である船を使う? それがどれだけあの戦いで亡くなった人々への冒涜か分かっているのだろうか。静かに海で過ごしていたかった者たちを無理やり引き上げ、戦いの場へと引きずり出す。それが人の所業なのだろうか。
「くっ・・・・・・」
「刺激の強い話デシタか? 養成学校ではぼかして教えるからネ」
不快感から胸元を抑えた私の背中にそっと誰かの手が触れた。
意識をそちらに向けると、それはヨサクの手だった。
「すまねえ。それしかドックを作れなかったんだとさ」
「ええ、そうです。そして余計な口を挟むようですが、当時人間たちからはものすごい反対が起きたそうです。彼らからしても、かつての戦争で亡くなった人々の墓。海の墓標を汚すのか、墓荒らしではないのかと。ですが、迫りくる深海棲艦の脅威とそこからくる不安には抗えず断腸の思いでそれを行ったということです」
霧島が言い足した。
当時を知らない私は、その時の人の思いを知る由はない。だが、それが嘘でないことはヨサクの顔を見れば理解できた。自分達が助かるために、手をつけてはいけないものに手をつけてしまった、非難は甘んじて受けるとその表情は語っていた。
「深海棲艦が跋扈する海に出かけ、大金をかけて船を引き上げないとそもそもの材料がない上に、その他の建造のための資材も全て軍が管理していマス。万が一違法に入手でき、艦娘を作ったとしても維持のための経費がかかりマス。燃料や弾薬はどこから手に入れるデース? 裏から手に入れようとしても経費がかかるし、すぐ海軍省にも気付かれるデショウ。リスクやコストが高い割に旨味が少ないネ」
じっと窓の外を見ながら動かないジャーヴィスの方を、金剛は向いた。
「だから、名探偵。違法に建造ドックを作るのは無理ヨ。あなたの推理は的外れネ。もしどうしてもこだわりたければ霧島に言って資材の管理データを取り寄せてあげてもいいヨ? それで納得するデショウ」
正論だった。
はあとため息をついたのは誰だったのか。議論は終りだと言う空気が場を支配した。
私は思わず立ち上がり、ジャーヴィスの肩に手をかけた。彼女のひまわりのような笑顔が曇るのは見たくないと思いつつも、友人として心配しその顔を覗き込むと、意外にもその口元は微笑んでいた。
「建造ドックについての予備知識をthank you、金剛」
「OKネ。後学のためにとつい語り過ぎたヨ」
ぷらぷらと手を振り、金剛がそれに答えた。
「でもね」
ぱっと振り返り、ジャーヴィスは金剛の方にくりくりとした瞳を向けた。
「私は一度もすりぬけくんが違法に作られた、なんて言ってないわよ」
「ど、どういうことよ! あんたそう言ってたじゃない!」
私は彼女の耳元に小声で囁く。
「あの時はそれも一つの可能性とは思っていたわね。でも、現実的には金剛の言うように違法に作るのは無理なのよ」
「探偵と助手が仲間割れするのはどうかと思うヨ? 少し休憩してお茶でも飲みマスか?」
苦笑いをしながら、再度紅茶を口にする金剛。悔しいが、その表情には余裕しかない。
「お気遣いに感謝するわ。でも、平気よ。それより、さっきの言葉だけど。もう一度言うわね。私はすりぬけくんが違法に作られた、などとは一言も言ってないわ」
「ええ!? そうでしたっけ、しれえ」
「ああ。ジャーヴィスの野郎が言ったのは、すりぬけくんは正規の建造ドックではない、と言っただけだ」
「意味が分かりません。正規のドックでないというなら違法なドックということでしょう」
霧島が眼鏡の縁に手をやりながらそう断言する。
同感だ。正規でないなら違法なドックに決まっている。
「ちょっと、ジャーヴィス」
「心配してくれてthank you、ジョンストン。でも今ここは私の舞台なの」
私の内心の葛藤を見透かしたように、ジャーヴィスは私の肩を叩くと座るように促した。
「違法に作ることはできないが、正規のドックではない。すりぬけくんのこの真実に私は頭を悩ませたわ。金剛が言うように、違法に作ることは難しい。ならば、廃棄された建造ドックならばどうか。そうも考えた」
「成程。それなら!」
微かに見えた光明に雪風が興奮するが、
「残念ですが、それも不可能です。建造ドックはナンバーで管理され、廃棄や修理でさえ膨大な書類が必要となります」
霧島に即座に潰される。
「昨年度末に建造ドック管理簿を点検した私が断言します。ナンバー付きのものは皆、過不足なく運用されています」
「そうね。私もそれは聞いているわ。だから、また一から戻って考え直したの。違法に作られていない。でも、正規のドックではない建造ドックってなあんだ、って」
「そんなもの、ないのではないでしょうか」
榛名が言いながら、いやいやと首を振った。
「でも、確かに存在するのでしたね。その、すりぬけくんというものが」
「ええ。そして物がある以上、それが何なのか。どういう事情で作られたものか考えることができるわ。そして、私は気付いたの。今言った事情に当てはまるものがあることにね!」
「そ、それはいったい・・・・・・」
眼鏡をくいと上げながら、霧島が呟いた
「それを語る前に予備知識の確認といきましょう」
ゆっくりとソファに座ったジャーヴィスは両手を組みながら静かに言った。
「そもそも建造とはどんなことかしら」
何が始まるのかと戦々恐々としていた皆は一様に呆れた目を探偵に向けた。
今更建造についてだって? ここは艦娘養成学校の試験会場か。目の奥に嘲笑を称え、金剛が口を開いた。
「資材を入れて、艦娘をつくる行為デス。ただ、道具を作る行為とする外国と違って、日本では召喚、呼び出すと言う意味の方が定着しているネ」
未だに艦娘は人か道具かと議論が交わされるのはその見た目と生まれ方があまりにも衝撃的だからに他ならない。
実際、この建造という言葉に対して、艦娘であれば思うところは多いだろう。
自分達はどこから来たのか。自分達は何者か。原初の艦娘の写し身として生まれた私たちの存在をどのように定義するのか。
「単なる彼女たちのコピーと見るのか、それとも彼女たちの意志を継いでいるものと見るのか。それはあなた達次第です」
私のいた艦娘養成学校の教官を務めていたイントレピッドは穏やかにそう話し、答えは自分で見つけるべきものだと告げた。
「詳しい説明をthank you。そしてそのための装置が建造ドック。言わば召喚のための魔法陣と言ったところかしら。大型建造ドックは大規模な魔法陣。より強力な艦娘を召喚するためのものと言ってもいいわね」
「探偵小説から歴史小説に替わったみたいネ。カンペでも用意しておくといいヨ?」
皮肉めいた笑いを見せる金剛に、ジャーヴィスはにこりと微笑んだ。
「あら、建造のことなら何でも分かっているのね! それじゃあ、一つ聞くけれどこの世界で初めてできた建造ドックはどこにあるのかしら」
「初めて?」
「ええ。初めて!」
「それは・・・・・・」
「それは始まりの提督が作った建造ドックに決まっているでしょう! いつまで話を引き延ばすんですか!!」
今までじっと黙って後ろに立っていた比叡が苛立ったように話に割り込んだ。
比叡は金剛型の姉妹の中でも金剛への思いが強いと言う。耐性のある私でもむかむかすることがあるのだ。回りくどく、もったいぶったジャーヴィスの態度に、尊敬する姉がからかわれているのかと彼女が怒るのも無理からぬことだろう。
始まりの提督が原初の明石や夕張、自衛隊や民間の研究者と共に作った建造ドック。
それこそが世界で初めての建造ドックであり、栄えあるその一号機が海軍省に置かれ、レプリカが艦娘博物館に設置されている。
「そんなことは艦娘ならば常識です! ふざけているのですか!」
声を荒げる戦艦に対し、駆逐艦は動ぜず首を振った。
「Non、私はふざけてなどいないわ」
「比叡、落ち着くネ。話を聞く約束ヨ」
金剛がすっと手を挙げると、比叡は不承不承といった体で頷き、壁際へと戻った。
「妙な言い方をするネ。まるで海軍省にある物が偽物みたいな言い草デス。明石が知ったら卒倒するヨ」
「ええ。ある意味ではその通りね。なぜなら、海軍省にあるものは本当に初めて作られたドックではないと私は確信しているんですもの!」
「な、何ですって!」
米国で散々テーブルマナーについてサラトガに教えてもらった身としては、ティータイムに大声を出すことについてはどうかと思う。だが、この場合は仕方がないだろう。海軍省にある物が初めて作られた物でないとしたら、本物はどこにあるのか。
「あら。ジョンストンはこの間見たばかりよ。ダーリン達なんかしょっちゅう見ているんじゃない?」
ウインクをしながら言ったジャーヴィスの一言に、私達江ノ島組の3人は大きく目を見開いた。
「ま、まさか・・・「まさかすりぬけくんが!! って、ちょっと。痛いですよ、しれえ!!」」
いい具合に反応しようとしたのに、雪風に邪魔され、腹が立ったのかヨサクが雪風にでこぴんを見舞う。全く我らが提督と初期艦はどうしてこう、放っておくと漫才のようになるのだろう。
というか、ヨサクはジャーヴィスから報告書をもらっているんだからとっくに知っているでしょうに。
「あれが初めて作られたドックと? 証拠は? 無ければただの妄想デス」
低い声で金剛は先を促した。
「どの国の建造ドックにも通常シリアルナンバーが振ってある。海軍省の物は栄えあるそのナンバー1。でも、すりぬけくんにはそれが無い。ここで考えられるのは三つ。何らかの欠点があり登録を抹消された物か、違法に作られたものであるか、もしくは何かの事情で特別に作られたものか。まず一つ目については先ほどの霧島の説明にもあった通りあり得ない。軍の最重要機密である建造ドックの管理は厳重。その登録を確認してもらっても、そうしたドックは見当たらなかったわ。同じ理由で二つ目も違う、建造ドックの情報は例え提督であっても手に入れることはできない代物。その設置や廃棄に関しても厳格に事細かに定められている。おまけに建造ドック関係の資料は大本営の資料室に厳重に保管されていて、余程上の階級の者でなければ見ることすら叶わない。民間に情報が流失して非合法に作られたり、軍内部で無許可に作られたりということは考えられないわ。金剛の言う通り、そんなことをしても割に合わないし。では、三つ目についてはどうかしら」
「特別に作るってどんな事情よ。まあ、姉さんが建造できるドックなんて言ったら、それこそ夢のようなドックでしょうけど」
「あのドックの持つ特殊性。グレカーレやフレッチャーを生み出した特殊性から、海軍の研究者が密かに夢のドックを目指し研究していたものじゃないかと考えるのは妥当ね。でも、それは結果であって本来は違うの」
「意味が分からないヨ、名探偵」
「あのドック、すりぬけくんの出自をややこしくしているのはまさにそこでね。すりぬけくんは当初は普通の建造ドックとして作られたのではないかしら」
「どうしてそう言い切れるのよ」
「主に二つあるわ。一つはお金の流れ。今はインターネットで何でも調べられる。海軍省の予算も資料を探せばすぐ出てくるわ。艦娘が誕生してから国の予算については国民の見る目も厳しいものね。機密費だの開発費だのと名称を変えても、結局は予算の項目にきちんと書かざるを得ない。あのドックの特性上、大量の資材を使う筈。ところが、この20年、艦娘関係の予算は主に退役後の福利厚生が増大しているのみで他に目立った変化はないの」
「それは確かです。この霧島が逐一チェックしていますから」
部屋の隅から霧島の冷めた声が飛んだ。
「もう一つはそれに関連しての稼働実績ね。もし海軍省の許可の元そんなに強力なドックが作られたのならば、大本営で秘匿していていざという時に使い、その成果を大々的に喧伝するわ。なぜって、予算を割いて作ったドックなのよ。予算の無駄遣いではなかった。これこの通り実績がありますと見せるのが普通よ。そうでないと次年度から予算を削られるのだから」
「お役所仕事は世知辛いからネ。色々と切り詰めないといけないのデス」
金剛はわざとらしくため息をついた。
「明らかに特別なドックなのに、初めからそれを意図して開発した形跡がどこにもない。ここまで考えた時に私の中に閃いたものがあったの。なぜすりぬけくんを特別視するのか。元から特別だったのではなく、後から特別になったとは考えられないかって」
「意味が分からねえぞ。すりぬけくんはすぺしゃるじゃねえのか」
「もちろんspecialよ。でもそれは後からそうなったのではと考えたら、これまで疑問に思っていたことを全て説明できることに思い当たったの」
「どういうことよ」
「初歩的なことよ、ジョンストン。例えばあなたが初めて作る料理を今度ダーリンに御馳走しようとするわね。いきなり出すかしら」
「そんなことしないわよ。事前に自分で作って味見してみないと」
私の答えにジャーヴィスは満足そうに頷いた。
「その通り。普通は試すわよね。そして、それはどんなものでもそうじゃない?」
「まさか・・・・・・」
「Yes。正規品を作る前に、普通作るのではないかしら。試作品を!!」
「すり「すりぬけくんが試作品だとお!? って、痛え! 何すんだ、こら!」」
今度は雪風がヨサクの足を踏んづけている。何なんだろう、この二人は。仲がいいのか、悪いのかよく分からない。
「これがさっきのなぞなぞの答えよ。違法に作られてない。でも正規品でもないドック。今大本営にある建造ドックシリアルナンバー1の試作品。それがすりぬけくんの正体。そう考えれば色々と辻褄が合うわ。ナンバーもなく、海軍省マークもないこと、正規ドックの台帳に載ってないこともね」
頭の中の霧が晴れていくようだった。ここ数日頭を悩ませた問題がこうも簡単に説明がつくとは思わなかった。確かにそれならばナンバーも海軍省マークがないことも納得できる。その当時発足していない海軍省のマークをどうしてつけられるだろう。そして試作品ということならば不安定な挙動にも説明がつく。
「大本営の明石に取り寄せてもらった建造ドックの歴史に関する資料に載っていた写真を
引き伸ばしたものよ」
ジャーヴィスは帽子の下からコピーを取り出すと、それをヨサクに手渡した。
机に置かれたそれをじっと見ると、確かにナンバーもマークもつけられてはいない。
「一緒にもらった書類にはこう書かれていたわ。『2000年1月15日海軍甲型招魂装置の開発に着手。同年7月30日試作機が完成』、と。でもその試作機のその後の足取りについては明石も知らないらしいの」
歴史の闇に埋もれ、消えていった筈の試作建造ドック。それがよりにもよってうちの鎮守府に存在するとは。一体どういった巡りあわせなのだろう。
「初期の深海棲艦騒ぎの混乱で、書類から漏れたのかもしれないネ」
金剛は首に巻かれたスカーフを抑えながら、わざとらしく首を振った。
「あれが試作品とは驚きデス」
「あら、そうなのね」
ジャーヴィスは微笑みつつ爆弾を投げ込んだ。
「てっきりよく知っていると思ったわ。貴方が生まれてきたドックの筈だから」
その場にいる者が皆言葉を失った。唯一、館の主である金剛だけが我関せずといった体で紅茶を飲み続けていた。ことりと彼女がカップをテーブルに置くと、その音で私達は我に返った。
「金剛さんがすりぬけくんからつくられたなんて信じられませんよ!」
雪風は叫んだ。
「すりぬけくんは戦艦や正規空母は建造しない筈です!」
「お前は少し黙ってろ」
二人のコントは場の空気を一瞬弛緩させたが、当事者である金剛が無言で続きを促すと、場の雰囲気は一気に重苦しいものとなった。
「あちこちの伝手を頼り、貴方の経歴を調べさせてもらったの。17年前に現場から退いて今の立場になるために苦労したようね。でもどの経歴を見ても、貴方がいつ建造されたかが書いてはなかったわ。退役して、海軍省に勤め始めたところからスタートしている。艦娘養成学校の歴代の卒業生名簿、その後の配属先。全て調べたわ。でも、貴方と同じ経歴をもつ金剛はどこにもいなかった」
「建造で生まれたんデース。鎮守府のネ」
「あら、そう。じゃあ、答えられる筈ね。貴方のナンバーは?」
「ナンバー?」
「ええ。ナンバー。さっき私と榛名が言っていたじゃない」
金剛は眉をひそめながら低い声で言った。
「ナンバーは1デス」
「・・・・・・」
その答えに、その場にいたヨサクと雪風以外のものが息を呑む。
ただ一人ジャーヴィスだけがにこにこと頷きながら、再び立ち上がった。
「Really? それはすごいわね」
「それがどうしたと言うのデス」
金剛の問いを無視するかのように、ジャーヴィスは霧島に尋ねる。
「霧島、あなたのナンバーは?」
霧島は一瞬金剛の方を見、震える声で答えた。
「・・・・・・15です」
「え? 霧島さんは4なのでは?」
意味が分からないと雪風が首を傾げる。その彼女の様子に金剛型の姉妹は動揺を隠せない。
「ああ。もしかして勘違いさせてしまったのかしら。ナンバーは何番艦って意味ではないのよ、雪風」
名探偵は冷徹な事実を告げる。
「ここで言うナンバーというのはね、建造された時のドックのナンバーなの。建造された艦娘なら暗唱で言えるわ。普段は使わないけどね。そしてそこからどこの鎮守府のドックかも分かる。ちなみに3は呉。15は佐世保ね」
「で、では、さっきジャーヴィスさんが言った、99とは」
「ああ、あれはドロップ艦ということ。うちの鎮守府では私とジョンストンが該当するわ。ところで金剛、貴方はナンバー1らしいけれど、そうすると大本営のドックで生まれたということになるわ。それでいいかしら」
ごくりと私は喉を鳴らす。昔と違い、多くの建造ドックがある現在、ナンバー1を名乗れる艦娘自体数少ない。私自身知っている艦娘がいるとすれば、通称誉れ高き一期生と言われ、先ごろ大湊に着任した鈴谷ぐらいのものだろう。
「勘違いデシタ。覚えていマセン」
金剛は怒鳴るように言った。
「そう。勘違いは誰にでもあるものね。ところでナンバーが言えない艦娘は他にもいるのよ。ねえ、雪風。あなた、ナンバーは?」
「んもう、知っているじゃないですか! 雪風は江ノ島生まれですよ!! でも、あれ。しれえ、ナンバーってありましたっけ」
「ねえよ」
「そう。すりぬけくんはナンバーがないから仕方がない。そう言うしかない。これはうちの鎮守府で生まれたグレカーレたちにも言えること。そして、ここまでの会話で何か気付いたことがないかしら」
「気付いたこと?」
私の反応に、ジャーヴィスは気を良くする。
「ええ。金剛と雪風だけが、建造ドックのナンバーが相手の生まれたドックだということを知らないの。おかしいわね」
「どういうことデス!」
と金剛は早口に言った。
「あら先ほども言ったじゃない。各建造ドックにはナンバーが振られているって。それぞれの鎮守府にあるドックから生まれた艦娘にとっては自分が生まれたドックのナンバーを覚えているなんて常識よ。でも、そうしたことを知らない人達もいるでしょう。例えば自分達のドックにナンバーが無かった人たちなんかは特にね」
「・・・・・・」
「賢明な貴方は私と榛名の会話からナンバーとは何番艦を示すものではと考えた。だからナンバー1と答えたのよ。それが私の仕掛けた罠とも知らずにね」
「罠?」
「ええ。金剛が私のことをよく知らないようだからね。榛名のナンバーはあらかじめ知っていたわ。ナンバーが建造ドックのことを示すことを知らない人からは勘違いしやすかったかもしれないわね」
苦笑し、わざとらしく肩をすくめるジャーヴィス。
「ナンバーがないすりぬけくんから建造された雪風と同じ反応。これこそがあなたがすりぬけくんから建造されたのではという証拠よ。いかがかしら」
金剛は口元をきつく結び、ジャーヴィスを睨んだまま視線を動かさない。
そこには先ほどまでの可愛らしい駆逐艦に向ける余裕はない。相手を射殺さんばかりの鷲のような鋭さがあった。
証拠品一覧
海兵帽・・・・・・名探偵七つ道具の一つ。どういう原理か様々な物を取り出すことができる。
鹿撃ち帽・・・・・シャーロックホームズミュージアムで購入したジャーヴィスの宝物。屋敷に入る前に取り上げられた。
明石の資料・・・・海軍甲型招魂装置の開発の歴史について書かれている。2000年1月15日に開発に着手。同年7月30日に試作機が完成とのこと。
明石の証言・・・・「試作機は大本営にはない。その後の足取りは不明』
試作機の写真・・・海軍マーク、シリアルナンバーはない。裏底の右隅に1ともIともとれる印が刻まれている。