しかもまさかの雲鷹。
何とか一年続けられることができました。
なかなか真相にたどりつくのが難しい。
「それでは、ご指名に預かり、私が話の続きをするとしましょう」
私を一方的に相棒とした自称名探偵の英国駆逐艦は、そう言うと、まるでここが己の舞台だとでも主張するかのようにゆっくりと窓の前へ移動し、振り返った。
「これまでの話からすりぬけくんは最初から特別でなかったというのは分かったと思うわ」
通称すりぬけくんと呼ばれる江ノ島鎮守府の唯一の建造ドック。一見すると普通のドックと変わりはないが、その能力は到底普通とは言い難い。
大量の資材を消費し、蓄えるという特殊な機能を持ち、グレカーレや私の姉であるフレッチャーなどこれまでドロップでしか確認されていないような超レア艦を当り前のように建造する、大型建造ドックもびっくりの夢のようなドック。それがすりぬけくんだ。
「でも、それはあくまでも現在の姿。開発当初は普通のドックと同じだった。それは先ほどの金剛の発言からも分かる」
「それじゃあいつ特別になったって言うのよ」
私からの当然の疑問であったが、それはジャーヴィスにとっては絶妙のタイミングだったらしい。ぴっと親指を立てるとにこりと微笑んだ。
「よい問いかけよ、ジョンストン。ただ、残念なことに少しばかり足りないわ。いつ、どこで、誰によって特別になったのか。それこそがかの不可思議な建造ドックの謎に迫るために必要なpieceなんですもの」
「確かにすりぬけくんが元は普通であったと言うのなら、それは当然気になる事ね。それにしても誰の手によってか。難しいわね」
軍関係者か、それとも民間の開発者か。
どちらの可能性が高いだろうかと腕組みしながら考える私へ向け、ジャーヴィスはだしぬけに強烈な一言を放った。
「ああ、誰の手によってか、というのはすぐ分かるわよ」
「なんですって!?」
「だってそれ以外考えられないんですもの」
出し惜しみをするジャーヴィスに対し、じれったそうに私は両手を挙げた。
「ごめん、分からないわ。一体それは誰のこと?」
「あら、ジョンストン。貴方も話を聞いていた筈よ。まあ、もし話を聞いていなかったとしてもこれまでの経緯を考えれば、誰が怪しいかは一目瞭然だけどね」
ちらりとジャーヴィスから視線を向けられ、雪風が慌てる。
「し、しれえ、分かりますか?」
「だからいちいち俺様に聞くなって言ってんだろうが。報告を受けているから俺様は答えは知っているんだよ。おら、ジャーヴィス。もったいつけてねえでさっさと話しな」
「ダーリン、これは探偵の様式美という奴よ?」
どう考えてもそうした空気ではないのに、ジャーヴィスはぶうと口を尖らせおどけてみせた。
つくづくと名探偵とは空気を読まないものなのだと実感せざるをえない。
「私が知っているってことはあんたと共に調査した時のことよね」
頭の中に引っかかるものがあったが、思い出せないもどかしさに思わず問い返す私に対し、ジャーヴィスはくすくすと笑みを浮かべた。
「ええ、ジョンストン。つい先日私達はその事実に行き着いたばかりよ。忘れてしまったのかしら。それとも、金剛の話が衝撃的過ぎて、意識がそちらに向いてしまった?」
「だから、何の話よ」
「残念ね。その事実こそが今回の話の核心というべきものなのに。じゃあ、考えてみればいいわ。すりぬけくんを普通のドックからspecialドックに変えることができるのってどんな人間かしら」
「そりゃ最低限建造の知識とドック開発の技術を持った人間でしょうね」
そうでなければ艦娘でも工作艦と呼ばれる一部の艦娘しか扱えない建造ドックをいじることなどできはしない。
「その通りよ。そしてその条件にぴったりな人物が既に話の中に出てきているじゃない」
「ちょ、ちょっと待って」
頭の中に浮かんできた人物の名前を確認し、私はかぶりを振る。
「もしかして・・・・・・。いや、でもそんなことはあり得ないわ」
そう、あり得ない。
明らかにそれは先ほどの彼女の話と矛盾している。
「話そのものが嘘だったってこと?」
「いいえ、違うわ。金剛は真実を話していたけれど、ダーリンが言うように彼女は話を故意に端折ったのよ。伝えたくなかったのか、それとも私たちが気づくために敢えてそうしたのか分からないけどね」
「話を端折ったんですか? 金剛さんが?」
「ええ。とっても大事なことをね」
「別にどちらでもいいと思ったまでデス。気付かなかったらそれまでのことだしネ」
「金剛。これが金曜ロードショーなら視聴者からわんさと苦情がくるところよ。話の本筋が変わってしまうもの。語るなら余すところなく全てを語って欲しかったわね」
「伝え方は人それぞれネ」
頬杖を突きながら、悪びれもせず金剛はそう嘯いた。
「先ほど私はいつ、どこで、誰がすりぬけくんを特別にしたのかが大事だと言ったけれど、実際の所この問題は難しくはないわ。誰がしたのかが分かれば後は簡単ですもの。その人物は建造の知識が豊富で、ドック開発のノウハウについて知っており、そして、金剛が無意識にかばう人物よ。とすれば、そんなのはもちろん彼以外に考えられないわ。さっきまでの物語の中心人物。建造ドックの開発者。能瀬提督その人よ」
「何を馬鹿なことを!!」
机を叩き立ちあがったのは霧島。
「さっきまでのお姉さまの話を聞いていなかったのですか! お姉さまの提督は未だ昏睡状態だとそう言っていたではないですか!」
「Non。金剛が言ったのは能瀬提督が昏睡状態にあり、その後自分が退役して今の職についたと言うことだけよ。今もそのままだとは一言も言っていないわ」
「そんな!」
「いや、うちのがきんちょの言う通りだぜ。能瀬提督とやらがその後どうなったか、金剛は口にしてねえ」
ヨサクの言う通りだ。
私達は金剛の話を聞き、能瀬提督が未だ昏睡状態であると思い込んでいた。
だが、それは私の知る事実と明らかに矛盾している。
なぜなら、彼は。
「そうよ。ヨサクの前の提督が能瀬提督じゃない・・・・・・」
どうしてそのことを忘れていたのだろう。自戒を込めてこつんと己の頭を叩く。
江ノ島鎮守府で私と行っていた捜査の際にジャーヴィスは言っていたではないか。
能瀬提督は8年前に江ノ島に着任し、5年前に病死したと。
「ええっ!? し、しれえの前の江ノ島の提督が能瀬提督さんなんですか!」
「そう。何かのきっかけで目覚めた彼は再び提督として江の島鎮守府に赴任することとなったの。当時を知る憲兵さんがいてね。証言してくれたわ」
「そんな、あり得ません・・・・・・」
「まさか・・・・・・」
初耳なのだろう。榛名が目を潤ませ、他の姉妹も言葉を詰まらせた。
彼女達からすれば敬愛する長女の提督が亡くなったという事実は受け入れ難かったに違いない。
当の金剛はというと、首から背中を軽く揉みながらもきつく口元を結び、何も答えようとしない姿勢を崩さなかった。
代わって隣に座っていた比叡がどんとテーブルを叩いた。
「どう考えてもおかしいでしょう。提督業の激務から心身を衰弱させていた人間がなぜまた提督として戻ってくるのです!」
「そ、そうです。お姉さまの話では、その能瀬提督は軍の在り方に疑問をもたれていた筈。そんな方が目を醒ました後また提督に復帰する訳がありません!」
霧島の反論に、ジャーヴィスはふるふるとかぶりを振った。
「能瀬という名字だけなら分かるけど、稀人という名前まで同じなのは相当珍しいわ。ましてや提督適正因子保持者で考えるのならば天文学的な可能性になるでしょうね。残念ながら本人よ。彼の着任を示すデータはなぜか作業場の手違いとやらで抹消されているけれど、先ほどの憲兵さんが時折やって来る金剛の姿を見かけているわ」
ごくりと誰かが唾を呑み込む音が聞こえた。
「ここで疑問になるのが、本人にとって心理的負担になるであろう提督業への復帰をなぜ許可したのか、よ。金剛の話からも当時の悲惨な状況は容易に推察できる。そうした大きなトラウマが残る提督業への復帰よ。いかに本人の希望があろうとも医師が簡単に許可する訳がない。何らかの事情があるのではないか。私はそれが治療行為の一環だったのではないかと考えるわ」
「治療ですって?」
こくりとジャーヴィスは頷いた。
「ええ、ジョンストン。憲兵さんの話の能瀬提督と金剛の話の能瀬提督を比べてみて。穏やかで艦娘達からの信頼も厚い。まるで変わりがないじゃない。おかしいわ」
「どこがよ」
「あまりにも変わらなすぎるのよ。考えてみて。心身に傷を負った人間がトラウマを刺激するような提督業へ復帰しているのよ? 悲観的になったり、神経質になったりするはずじゃない。それがないと言うことはある可能性が考えられるの。昏睡状態から目覚めた彼が何らかの記憶障害を負っていたとしたらどうかしら」
「え・・・・・」
「何事もなかったように振る舞う彼に対しあらゆることを試しても治らず、最後の賭けとして提督へ復帰させた。それならば江ノ島鎮守府になぜ彼が着任したのかも分かるわ」
「江の島でなければならない理由があるって言うの?」
「Yes.ただ単に小さな鎮守府だからという理由ならばダーリンのお友達がいる佐渡ヶ島でもいいもの。江の島である必要があったのよ。地理的に横須賀が近く、何かあった時の対処がしやすいし、後は地理的な特徴ね」
「ああ、橋を渡って行くしかないからな」
「ダーリンの言う通りよ。通常江の島鎮守府に行くにはあの弁天橋を渡って行くしかない。逆に言えば、あの橋を落としてしまえば船を使う以外にこちらに戻ってくる手段はない。さながら孤島のサナトリウムといったところかしら。目覚めた彼が何をしでかすかわからない。上が色々と悩んだ末の判断だったのかもしれないわ」
「もし記憶が戻ったら復讐されるかもしれないってか? いかにも小物が考えそうなことだな」
「その意見には同意だけどネ」
突如口を開いた金剛に皆が驚いてそちらを見た。
「でも、上はそんなことは考えていなかったヨ。むしろ罪悪感の方があったみたいネ。10年近く経って、人が大分入れ替わって毒が抜けたからネ」
金剛は口元に微かに皮肉めいた笑みを浮かべながら言った。
「何かあった時にすぐ駆けつけられるようにとの配慮だったみたいヨ。随分とお優しいことデス」
「姉さま・・・・・・」
気づかわし気に榛名は金剛を見つめた。
「やっぱり能瀬提督は目覚めていたのね」
「Yes。あの日のことはよく覚えているヨ。奇跡が本当に起こったんだからネ」
ふと見せた金剛の優し気な表情に、私は目を奪われた。この顔こそが本来の彼女なのかもしれない。
「提督が目を覚ましたと聞いて、とるものもとりあえず病室に急いだヨ。今までどれだけ待たせたんだと散々恨み言を言ってやろう、どんな我がままを言いつけてやろうとネ。でも、それは叶わなかった。目覚めた彼は私にこう言ったのデス。『すいません、早く艦娘を建造しないといけないんです。この国の未来がかかっているので』ってネ」
「それって・・・・・・」
「ええ。彼は私達と過ごした日々どころか、初めに建造した私のことも忘れていたのデス」
「・・・・・・・」
ぼろりと大粒の涙を流し、榛名が顔を伏せ、比叡と霧島は目を瞑り、天を仰いだ。
私は艦娘にも神というものがいるのなら、その横面を引っぱたいてやりたかった。
長い間起きるのを待ち望んだ相手がよりにもよって目覚めた時に、自分と出会ったことを忘れていたなんて。そんな理不尽なことがあるだろうか。
「それでもよかったヨ。その目に私が映らなくても。生きていてくれるんだからネ。余計なしがらみさえなければすぐにでも彼の下に復帰しようとも考えていマシタ。秘書艦であった能代も信頼がおける子だったしネ。彼女からはちょくちょく提督が穏やかに過ごしていると耳にしたものデス」
江ノ島鎮守府の提督として新しく再出発した日々。
悪夢のような日々から生還した彼にとって、それは束の間の休息だっただろう。
「でも、おかしいわね。能瀬提督は記憶を無くし、普通に暮らしていたのでしょう? なんでその彼がすりぬけくんを特別にしようとするのよ」
私はどことなく違和感を感じ、思わず呟いた。
金剛が語った、優しく誰よりも艦娘のことを考えていた能瀬提督の人物像と、より強力な艦娘を呼ぼうとすりぬけくんを改造した人間だという事実がどうしても私の中で噛み合わない。穏やかな日々を送っていたのなら尚のこと。その中でどうして、あのすりぬけくんのような規格外なドックを生み出そうと考えるに至ったというのか。
「正しい考察ね」
ジャーヴィスはため息をついた。
「『考えても考えてもそれでも分からない時はまず足元から考え直せ。』そう、かの名探偵シャーロック・ホームズは言ったわ。どう考えても辻褄が合わない時には、その原因を探るのが重要よ。艦娘へ優しく接していたのも、すりぬけくんを改造しより強力な艦娘を呼ぼうとしたのもどちらも能瀬提督というのならば、彼が変わったきっかけがある筈なの」
「きっかけ、ですか」
「そうよ、雪風。他人からの言葉かけや外界からの刺激等の外的要因か、本人の中での心理的な変化である内的な要因か。この場合は前者ね」
ジャーヴィスは再び、窓の方を向くと言った。
「憲兵さんの話を覚えているかしら。能瀬提督は初めのうちは穏やかな人物だったが、ある時を境に人が変わったように陰気になった、と」
「ええ」
「戻ってしまったのではないかしら。記憶が」
窓ガラスに映るジャーヴィスの表情は苦し気だった。
「まさか・・・・・・・」
「当時の秘書艦をしていた能代から話を聞くことができたわ。『ある時風呂場で足を滑らせ頭を打って以来、提督は人が変わってしまった』とそう言っていた。指揮をとっても連戦連敗。毎日苦しんでいたみたい」
「何でよ」
思わず声を上げた私に皆の視線が集まるが、そんなことを気にしてはいられなかった。
「どうしてそんな状態でまだ提督でいようとするのよ! もう十分に戦ったじゃない。悲しい思いをしたじゃない。休んでもいい筈よ。なのにどうして!!」
「さあ、それは当人にしかわからないヨ。人の心は複雑デス。如何に名探偵でも推し量ることしかできないのでは?」
私に分からなかったのだからお前には絶対に分からないと暗にジャーヴィスを皮肉る金剛だったが、当の本人はけろりとしてそれを受け止めた。
「そうね。確かに正確なところは分からないわ。でも、これだけは言える。能瀬提督がそんなにひどい状態でありながらも研究を続けたのは十中八九あなた達のためよ」
その言葉にこれまでじっと動こうとしなかった金剛がやおらソファから立ち上がり、ジャーヴィスへと詰め寄った。
「Why? Why! 強力な艦娘を呼ぶドックを作るのがどうして私達のためになるデス!」
「先ほどあなたは言ったじゃない。『自分が提督でなければ良かった』そう、能瀬提督は言っていたと。恐らく彼は自分が提督であったことによってあなた達が不当に扱われている現状が許せなかったのよ。同じようにこの国の危機に立ち上がりながら、偉大なる七隻と称えられた原初の艦娘達と異なり、共に戦ったあなた達のことはどこにも記されていない。それどころか本土強襲という危機を身をもって救ったのにも関わらず『始まりの出来損ない』などと揶揄されている。誰もが望む強力な艦娘を呼び出す建造ドックを作れば、彼の発言力は高くなる。その上であなた達の汚名をそそごうとしていたのではと思うわ」
「そんなこと・・・・・・」
金剛はジャーヴィスの両肩を掴むと、
「そんなこと、誰も望んでないヨ!!」
顔を歪ませ、大声で叫んだ。
「私達のため!? 出来損ないと言われることなんて慣れていマシタ。私も神風もとっくに覚悟はできていたネ。それなのにどうして・・・・・」
誰よりも能瀬提督を案じていた金剛だから見過ごしていたのだろう。
彼女達が彼を思うのと同じように。彼が彼女達のことを如何に案じていたのかということを。
「だから、だからあんなことをしたのデス? あんな、あんな危険なことを」
ぽろりと金剛の口からこぼれた言葉を、ジャーヴィスは見逃さなかった。
「チェックメイトね、金剛。聞かせてもらえるかしら。能瀬提督がしたという危険なこと、とは何か。それこそがすりぬけくんを今のすりぬけくんに生まれ変わらせたきっかけである筈なのだから」
自らの失言に気づいたのか。一瞬口元を厳しく引き結んだ金剛だったが、観念したのか首元をそっと抑えながらしばし息を整えると、静かに呟いた。
「いいデショウ。あの忌々しいドックがどうしてできたか。今度こそ私の知っていることを全て教えるネ」
???「ZZZ・・・」