金剛の野郎の派手な柄のスカーフの下から現れた鈍色の首輪。何度見ても忌々しいそいつを視界に入れた瞬間、ジョンストンの野郎の挙動がおかしくなる。無理もねえ。こいつはつい半年前にその脅威を身をもって体感したばかりだ。一つでもジョンストンは体の自由を奪われ、その痛みに負けて意のままに操られた。それだというのに、金剛の首にかかった首輪はその数なんと三個。一つですら気を失いかねないと言われるその首輪を三つもつけることなど通常ではあり得ず、雪風やジョンストンの野郎は戸惑いを隠せない。そりゃそうだ。俺様だってまさかこんなにあるとは思わなかったがな。
「何故……、分かったネ……」
呆然と俺様を見上げる金剛の顔からは先ほどまでの余裕が抜け落ちていた。
そりゃ、これまでずっとひた隠しにしていた秘密を暴かれたんだものな。俺様の眼力に恐れをなして当然だろう。
「初歩的なことだよ、ワトソン君」
「ちょっと、ダーリン! それは私の台詞よ!」
うるせえがきんちょだな。ちょいと名探偵気分に浸ってみたかった俺様のやんちゃにいちいちツッコミを入れるんじゃねえ。第一、それはお前の台詞じゃあねえだろうが。
「大した違いはないわよ。私は現代艦娘界のシャーロック・ホームズと呼ばれているんだから!」
「あのねえ。あんたはただ自称しているだけでしょうが!」
「酷い! 相棒ならばそこは援護をするはずよ」
ぎゃあぎゃあとこのしりあ~すな場面でよくもまあ口が動くもんだ。それでこそ、うちの鎮守府の艦娘だがな。とにかく、どうして分かったか、だろ。そんなもん決まってる。
「こいつが人間に対して恨み言を言わねえからさ」
「!? ど、どういうことですか……」
意味が分からないといった表情を浮かべる金剛姉妹にがきんちょず。だが、当の本人には効果覿面だ。目ん玉おっぴろげて俺様の方を睨む、睨む。いやはや、モテる男は辛いねえ。
「さっきからの金剛の話を聞いていたろ? 補給も援護もなく、無茶な作戦で味方も減り、最愛の提督も倒れた。俺様だったら恨み、憎むね。そんな立場に追いやった人間どもをよ。深海棲艦達よりも」
「そ、それは……。でもだからといって、どうして首輪を付けることになるのです! ま、まさか軍の関係者が……」
榛名が今にも泣きそうな声を出した。
「いんや、そうじゃない。俺様も初めは能瀬提督への便宜と自分達の身を守るために交換条件として首輪を受け入れたと思っていた。でもよ、それじゃあつじつまが合わねえことがあるのさ」
「というと?」
「胸糞悪い道具だからよ。俺様も例のフレッチャーの一件以来首輪について調べててな。首輪の使用者の条件は二つ。提督か、提督に指揮権を委譲された者に限るのさ。昏睡状態の能瀬提督には無理だし、ましてや起きてからなら猶更そんなことをする筈がねえ」
「だったら、誰がお姉さまにこんなむごいことを!」
「提督じゃなければ、提督から指揮権を委譲される程信頼されていた人物だ。軍関係者? あり得ねえ。記憶が戻る前は腫物扱い、戻ってからは本人から距離をとっていた筈だ。とてもじゃないが、信頼できる相手じゃない」
「しれえ! いい加減にしないと怒りますよ! 一体、誰なんです。金剛さんをこんな目に遭わせたのは!」
「ああん? お前、金剛に頭にきてたんじゃないのかよ」
「それは……。でも、それと、これとは別です。こんなこと許される訳ありません!」
「あたしは一つでも心を壊された。それを三つなんて、人の所業とは思えない……」
「そりゃ、そうだ。これをやったのは人じゃねえからな」
「え⁉」
「そうだろう? 金剛。お前自らが付けたんだもんなあ」
俺様の言葉にどいつもこいつも鳩が豆鉄砲を食ったような面を見せた。驚いていないのはこまっしゃくれたジャーヴィスと、当の金剛ぐらいなもんだ。
「考えてみればすぐ分かるわ。指揮権を委譲される程信頼されている人物と言えば、一人しかいないもの。そして、その目的も見当がつく。……深海棲艦化を押し止めるためね」
「な……」
「驚くことはないわ、ジョンストン。私達と深海棲艦。その違いはプラスか、マイナスかの違い。強い怒り、恨み、後悔の念が現れた艦娘は、向こう側に引きずられるという仮説が立てられている。首輪を三重にしなければならないほどの強い強い恨みの念。そんなものが解き放たれたら、間違いなく、彼女はあちら側に行ってしまうでしょう」
「そ、そんな!」
「お姉さまがお姉さまで無くなる?」
「信じられません。そんなこと、普通ではあり得ないでしょう……」
金剛型三姉妹が叫び、パニックとなる。そりゃ自分達の敬愛する長女が深海棲艦になると言われているのだから、当然だ。普通の奴ならここで絆されて躊躇するだろうよ。
だが、俺様は鬼畜モンだ。鬼畜モンのモットーは追い込みはすまーとに、そして徹底的にだ。
「雪風、この3つを解除したい。頭に思いついた番号を言え!」
そいつが解除コードに間違いない。俺様の言葉にジョンストンがいやいやと反論する。
「は、はあ!? そ、そんなバカなことある訳ないでしょ。首輪のコードは毎回変わるランダムの16ケタ。しかもそのコードを手に入れるためには所有者が接触型パスでアクセスしないと無理なんだから!」
へいへい。首輪のセキュリティのご説明ありがとう。でも、そうは言ってもアトランタって実績があるんだよな。
「いいんですか?」
この後のことを予想し、雪風は俺様の方を見る。ああ、こいつも経験者だから分かるんだろう。いや、正確にはこいつの半身がか。
「大きな問題になりますよ。しれえにとっては全く得になりません」
ああ、その通りだ。骨折り損のくたびれ損だ。儲けなんて一ミリもねえ。
「でもよ。誰かが聞いてやらんきゃなるめえよ。こいつの積もり積もった恨み言をよ」
「バカなことは止めるネ……」
キィーンと金属音が室内に鳴り響く。首輪がその効力を発揮し、バチチッと稲妻が走る。
「お姉さま!」
「NO!」
近づこうとする比叡を金剛は押し止める。
「危ないデス。近づいてはいけません。私は慣れたけど、貴方達には刺激が強いデース」
「しれえ、fafalklklo01243、solafaxzew1ds3re、aga0faez92wlb2qaです!」
「バカ! そんなすぐ覚えられるか! メモしろメモ!」
「私の灰色の脳細胞が記憶しているからOKよ!」
「NO! 触れては駄目。貴方は根本的に勘違いをしていマス、鬼頭提督」
はあはあと金剛は息を荒げる。
「ああん?」
「確かに貴方が言う通り、この首輪を付けたのは私デス。そうしなければ深海棲艦化するかもしれなかったと言うのも当たりネ。でもね、それなら三つも必要ないデショウ?」
首輪の影響からか動けぬ金剛の首輪に解除コードを俺様は打ち込んでいく。
「それだけ、お前の恨みが強いってことじゃねえか? いいんだぜ、ぶちまけて。お前のその黒いどろどろとしたものをよ。聴いてやるさ。人類への恨み言を」
「イケマセン!」
金剛が必死の形相で俺様を振り払おうとするが、体が痺れているか大した抵抗にはならない。ならばとポチポチと解除コードを押す俺様。
「NO! NOなんだヨ、鬼頭提督。これは、これだけは外してはいけない。私が憎いのならば、せめてこれを外さずに存分に叩くといいネ……」
「何言っているんだ、お前」
「お願いだヨ、鬼頭提督。これは枷ネ。決して開けてはいけないパンドラの箱なんだヨ!」
膝をつき、拝まんばかりに俺様を見る金剛。どうしてそこまでこいつは抵抗するんだ。ただ、お前の恨みを解き放つだけじゃねえか。ずうっと押し込めていて辛かっただろ。楽になればいいじゃねえか。
「違う! これだけは解き放っちゃいけないんデス!」
「これ? なんだよ、そりゃ」
「言えまセン……。言えないのデス!」
「それじゃあ、話にならねえな」
ぴっと音を立てて、一つ目の首輪が取れる。
「うううううう!」
ゆらりと立ち上がった金剛。だが、その変化はすぐ見て取れた。
「髪の毛が白く……」
その黒曜石のように輝く黒髪が半分白く染まり、目が血走っている。
「こいつが深海棲艦化か?」
「姉さま……」
金剛型の三姉妹は痛ましいものを見るように、呆然と立ち尽くしていた。
どれほどの恨みを溜め込めばこうなるのか。
どれほどの怒りを背負えばこうなるのか。
未だその過程が不明な艦娘の深海棲艦化が目の前で行われようとは。
「もう、もう止めてください! よいではありませんか。お姉さま自身が忘れようとされているのです! 部外者である我々が無理にそのお気持ちを暴き立てる必要はありません!」
榛名が大声で叫ぶ。だが、もう遅い。
「いいじゃねえか。恨みつらみを吐き出しな。楽になっちまいな」
「気遣いは感謝するヨ。見た目はともかく、貴方は確かに艦娘の希望かもしれないネ……」
息も絶え絶えになりながら、金剛は俺様を睨む。
「でもネ、本当にNOなんだヨ。このまま、このままでいいのデス。このまま私を解体するネ。それが、皆のためなんだヨ」
『駆逐艦ジョンストンの回想』
再三ヨサクに懇願する金剛の姿は、まるで折檻をされている少女のようだった。
金剛の妄執を解放したいというその願いは分からなくもない。だが、その結果深海棲艦化するとなれば、もろ手を挙げて賛同することはできない。艦娘としては止めるのが正しいのだろう。だが、それは普通の艦娘だった場合だ。私達江ノ島鎮守府の艦娘は普通でないことに慣れ過ぎていた。ヨサクに対する信頼感がそうさせていたと言ってもいいだろう。だが、私達は忘れていた。ヨサクとて普通の人間であり、間違えるのだということを。
二つ目の首輪が外れ、金剛の髪は全て真っ白になった。顔つきは険しくなり、先程までの落ち着いた様子は見るべくもない。
「ヒエイ! ミ、三つめが外れたらワタシを攻撃するネ!」
「お姉さま!?」
切羽詰まった様子の金剛に、比叡は二の句が継げない。
「イイカラ! YESは!」
「で、できません! できませんよ、お姉さま!」
「Noooooo!」
ヨサクの手が三つ目の首輪から手を放したのと、金剛が床に頭を打ち付けたのはほぼ同時。
鈍い音をして、その場にうずくまったまま、彼女はぴくりとも動かなかった。
「へ!?」
間抜けな声を出したのは私だ。それまでの金剛の変化から、すぐにでも深海棲艦化して、襲ってくるのだろうと思っていたのだが。髪は黒へと戻り、これまでの鬼気迫る様子が何だったのだろうかと思うばかりだ。
「何だあ、こいつ」
油断なく距離をとったヨサクに対し、
「お、お姉さま!」
慌てて金剛三姉妹が駆け寄ったその瞬間。
ドゴオン!!!!!
まるで隕石でも落ちたかのような衝撃が空気を震わせ、金剛三姉妹は勢いよく壁に叩きつけられる。
「ぐっ!」
「ううっ!」
「くっ!」
「きゃあ!」
離れていた所に立っていた私達もその余波を受け、地面にうつ伏せに倒れた。
「おいおい。どういうこった」
ただ一人、立っていたヨサクが彼にしては珍しく慌てた声を出す。
「俺様の予想じゃ、金剛が深海棲艦化すると思ってんだがなあ。どうして、金剛はそのままなんだ? それに、お前は誰だ?」
ヨサクの言葉に、そのまま目線を上げて、後悔した。
その場にいたのは漆黒のドレスを纏った女性。おっとりとした見た目に反し、その身体から溢れる威圧感に、私の全身は恐怖に包まれた。
あれは、ここにいていいものではない。あれは存在してはいけない。
なぜ、どうして。
根源的な恐怖に身が震え、歯をかちかちと鳴らす。
「深海棲艦なのは間違いねえみてえだが……。このプレッシャー。お前、何者だ?」
ヨサクの問いに対し、彼女は見惚れるほど優雅に礼をし、答えた。
『我が名はセルキー。北太平洋を司りし、一柱』
登場人物紹介
もんぷち……大変なことになっているのに、安定の昼寝。
大艇ちゃん…大変なことになっているんじゃと第六感で感じ、おろおろしている。
フレッチャー…提督やジョンストンに帰ったら美味しいものを作ってあげようと買い物中。
『通常深海棲艦と呼ぶものは彼らの総称であり、それぞれに個体名が存在する。その中でも、レ級や姫級、鬼級は恐ろしい存在であるが、彼等の真に恐ろしいのはそれが量産型だということである。深海棲艦の強さは、その個体数に比例する。すなわち、他の海域に出没しない、それ単体の存在は別格であると言われている。現在のところ複数の候補が上がっているものの、似たような個体が出現する可能性があり、完全に単体という存在は見られていない。これは人類にとって喜ぶべきことだが、見られていない、というだけでその可能性を否定することはできない。 民明書房刊『深海棲艦の生態学』