引退しちまったよ! だって、艦娘は好きだけど、イベント海域がくそなんだもん。丁でもこれ? と思ったら冷めちゃった。で新艦娘でおすすめいたら教えてください。
『戦艦霧島の回想』
理解していた筈だったんです。様々なデータから偉大なる七隻の名前と偉業は知っていましたし、実際に江の島鎮守府襲撃の際に彼女達の強さを我が身をもって知った筈でした。
一隻で連合艦隊に匹敵する、その言葉に偽りはないと。
でも、部屋に飛び込んで来た彼女を見た時、それすらも過小評価だったのだと認めざるをえませんでした。一瞬で彼女は私たちに知らしめたのです。艦娘という同じカテゴリーに括られながらも、自分と私たちとは全くの別物であるのだ、と。
「あ、貴方は!」
突如現れ、セルキーを蹴り飛ばした人物を見た霧島は目を大きく見開いた。
「偉大なる七隻、響!」
かつて地獄と謳われた鉄底海峡の激戦を生き残り、人類に一時の安らぎを与えた原初の艦娘の生き残り。平時は旧船の科学館にある南極観測船宗谷を見守る彼女が、なぜこの場にいるのか。
「この話し合いの仲介者だからね。責任もあるさ。それと、今の私はヴェールヌイだよ」
そう言って響は己の帽子をちょいちょいと指差しながら与作に手を差し出す。
「けっ。余計なことをしやがって。俺様を見くびるなよ」
ぱちんとその手を払いのけながら立ち上がった与作に、
「全く。相変わらずだね、君は」
手をひらひらとさせながら、響は苦笑いを浮かべた。提督の義理の息子だと言うのに、性格はまるで似ていない。これは時雨も相当苦労しているだろうとこの場にいない元同僚に同情する。
「なかなかにいい一撃だった」
何事もないように立ち上がったセルキーを響はじっと凝視する。
この世界に生れ落ちて十数年。多くの深海棲艦を目にして来た。世界各国は新たな深海棲艦が出現する度にその情報を瞬く間に拡散、共有し、人類共通の敵として対処してきた。今は現役を退いている響であるが、深海棲艦に対する情報収集には余念がない。その自分が知らない深海棲艦がまさかいようとは。
(それに、この感覚……)
目の前の深海棲艦から放たれる圧力に既視感を抱く。
地獄と呼ばれた鉄底海峡。原初の艦娘が全て出撃し、乾坤一擲の勝負に出たあの戦いを生き延びた彼女だからこそ、今自分が感じているものを認めることができない。
胃の腑がせり上がり、肌が粟立ち、視界を霞ませる程の絶望感。
『敵が八分、他が二分!』
偵察機からの報告は、目の前の悲惨な現実をただ裏付けただけ。
天を覆い、海面を黒く塗り潰すほどの圧倒的な敵深海棲艦の大軍。
あの日あの場所で感じたものと同等の、圧倒的なまでのプレッシャーを。
目の前の深海棲艦はただ一隻でかけてきているなどと。
(紛れもなく、桁違いに強い。これまで出会ったことがあるどの深海棲艦よりも……)
「ほう」
一方のセルキーもまた。
響を一瞥すると、目を細め静かに構えをとった。
自分たちが深海に揺蕩う深い闇そのものだとすれば、目の前の艦娘は太陽の光。
時折目にする、頼りなく瞬く艦娘達とは別次元の存在だ。
幼い外見ながら、その内側から迸る闘志。
芯に一本通った、静かに佇むその姿は、まさしく人類を守護しようとする者に違いない。
自分達とは対極に位置する存在。
だからこそ捨ててはおけない。
それに。
「19年前、我々の宝を盗んだ連中の生き残り……か」
「酷い言われようだ。まあ、君たちからすればそうだろうね」
「いい迷惑だった。お蔭で余計な手間が増えた」
「そいつは重畳」
「戯言を」
先に動いたのは響。
高速のステップでセルキーの懐に飛び込むと、ふわりとその身体を投げ飛ばす。
が。
「中々に速いな」
急角度から落とされたにもかかわらず、セルキーは動じず、にっと笑みを浮かべる。
「まるで効いてないという顔だね、やれやれ」
だらりと両手を垂らした自然体となると。
苦も無く起き上がり、掴みかかろうとするセルキーを響はかわしながら打撃を見舞う。
「サンボ、いや、システマか⁉」
流れるような響の動きに、与作は直感する。
ロシア発祥の格闘術。特に決まった型が無く、相手を制圧することに特化した近代格闘術。
「提督から言われたことを守っていただけさ」
艤装が壊れ、徒手空拳になったとしても、生き残れるように。始まりの提督の教えを忠実に守り、響はこの二十年近くを過ごしてきた。
ふいに力を抜き、前傾姿勢になったセルキーに飛びつき、右肩を両足で締め付けながら腕を逆関節に固める。
どことなく嬉しそうにセルキーは口にし、
「この厳しい締め付け。量産型の連中ならば、腕を折られ倒れていたことだろう。だが」
腕を振り上げ、床に叩きつける。
勢いが乗った一撃はいかな巨木だろうと折る程の破壊力を誇るが、セルキーは巧みな闘気操作でそれすら受け流す。
「とんでもないね。オーラ付きの姫級鬼級が裸足で逃げ出すレベルだよ。なんだって、こんな奴が出て来たんだい」
「藪をつついたら蛇どころか恐竜が出て来やがったのさ。想定外にも程がある」
「闘気操作できる深海棲艦なんて聞いたこともないよ」
「お前たちの4000年の歴史など、我らにとっては瞬きするほどでしかない」
ニヤリと笑いながら、手を伸ばすセルキーから距離をとると、響は意識を集中し、静かに呼吸を整える。
「人間の歴史じゃ敵わないと言うのなら」
ゆっくりとじっくりと。
己の肉体を液体化するイメージを四肢の端々、髪の毛に至るまで張り巡らせる。
「違う生き物なら、どうかな」
遥か昔、己の400倍もある強大な存在から逃げおおせるために編み出された歩法。
原始の時代から三億年余りを生き延びた、彼らの技。
すすとセルキーが間合いを詰めた刹那。
「しっ!」
一瞬で体を沈めた響が見せたのは、低空からの超高速のタックル。
瞬時に最高時速二百七十キロへと至る、その技に。
「な⁉ てめえがなぜ、その技を!」
与作が驚愕の声を上げる。
彼は知らない。原初の夕立からとある格闘漫画を借りた響はドハマりし、その後の艦生において、少なからず影響を受けてきたことを。
とある地下闘技場のチャンピオンが使う技を、「なんか面白そうだ、やってみたい」と血のにじむような訓練を繰り返してものにしていたことを。
ドゴォッ!!
「何っ⁉」
予想だにしない響の速さに反応が遅れたセルキーの腹に拳がめり込む。
「小癪な真似を!」
捕まえようと手を伸ばしたセルキーの動きを読み、響は肘打ち、裏拳、とコンビネーションを繋ぐ。
「しっ!」
さらに畳みかけ、一瞬の隙を突くやその右足を刈り外側に思い切りひねって倒すと、アキレス腱をぎりぎりと締め上げる。
「やった⁉」
歓声を上げる榛名に対し、
「いや、まだだ!」
与作は鋭い視線を向ける。
予想外の一撃を食らった上、右足は完璧に決められている。無理に持ち上げようとすれば、アキレス腱を痛めるだけでは済まないはず。
だというのに。
関節を決めた姿勢のまま響の体が徐々に持ち上がっているのはなぜか。
有利な筈の響が、常の無表情とは異なり、焦って見えるのはどうしてか。
「ちいっ!」
素早く距離を詰めた与作が思い切りその顔面を蹴り飛ばすが。
ガキイッ!
先ほどまでの焼き直しとばかりに赤い闘気の壁に阻まれる。
ゆっくりと。
絡みついた響ごと、セルキーは思い切り右足を振りかぶる。
まるで一生懸命にじゃれつこうとする幼子を引き離そうとでもするかのように。
「やべえ。放せ、響!」
与作の一言に、咄嗟に響は構えを解き、床に転がった。
と……。
ドゴォォォォォッ!!
耳をつんざく轟音と共に、一瞬遅れて、粉塵をまき散らし、床に大穴が開く。
「確かに速い。そこにいるもどき共とは段違いだ。だが、惜しむべきはその身の軽さだな」
ゆっくりと立ち上がり、セルキーは事も無げに言い放つ。
その言が確かゆえに、響は言い返すことができない。
(駆逐艦たる我が身が口惜しい。せめて、ここにいるのが長門やウォースパイトならば……) 時間を稼ぐことはできる。
攻撃を避け続けることは可能で、膠着状態にはもっていけるだろう。だが、有効打を与えることはできない。体力が尽きたらそこで終わりだ。
さらに。
(何とかしないと逃げられる)
こちらの誘いに乗り戦っているのは、争いを好む深海棲艦としての本能のようなものだ。理性を本能が上回り、見るべきものがないとなれば、すぐさま逃走するに違いない。
規格外の深海棲艦を野に放っては、どんな被害が及ぶか分からない。この深海棲艦は今打倒すべき存在だ。
(せめて、艤装があれば……)
響の艤装は今、お台場の艦娘博物館に飾られている。金剛を無用に挑発せぬようにと置いてきたのが完全に裏目になってしまった。
(いや、慢心か。偉大なる七隻などと呼ばれ、普通の艦娘の深海化程度なら何とかなるなどと……)
「艤装が無いと本調子にならねえか?」
与作の言葉に響はこくりと頷く。
「今、うちのがきんちょ共に艤装を持って来させようとしているが、そいつじゃダメか」
「恐らく、艤装が耐え切れない」
原初の艦娘である彼女たちが纏う艤装もまた、その力に見合った特別製。
燃え盛る太陽の如きエネルギーを受け止められるだけの規格外の性能を持つ。
普通の艤装ではその力は十全には発揮されない。
「無ければ作ればいいじゃねえか」
「開発ドックがないよ」
「あるんだよなぁ、それが」
与作の言葉に霧島が、
「た、確かに! で、でも、あれは……」
と気付いた時だった。
ガコン。
床全体が揺れたかと思うと、部屋全体が下降を始める。
「まるごとエレベーターってか⁉ 随分と大がかりな野郎だ」
与作の言葉に、レバーを手にしながら、金剛は皮肉な笑みを浮かべた。
「地下にいちいち取りに行くよりはいいからネー。おあつらえ向きに資材もあるよ。貴方達に使われるのは癪だけれどネ」
「至れり尽くせりだな。少しは勝ち筋が見えてきたかもな」
「二対一だろうが、私は倒せぬよ」
「まあ、やってみる価値はあるだろうさ」
余裕の態度を崩さぬセルキーに、与作はくっくと笑いを漏らした。
登場用語紹介
G……人類の天敵。見かけた時のインパクトが凄すぎる、とある地下闘技場のチャンピオン
の師匠。与作にとっては、盟友。
とある地下闘技場のチャンピオン……落書きだらけの家に住み、イメージで作った味噌汁を父親に振る舞ったり、炭酸抜きのコーラを愛飲したりする。