鬼畜提督与作   作:コングK

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気付けばこの話で20話目になります。拙い文章ですが、お読みいただきありがとうございます。
一応主要キャラの二人から一言。
与作「20話目まで来て、この駆逐艦率ってどういうこった。ふざけるな!」
雪風「タイトルでの雪風の不遇っぷりが許せません!」



第十六話「偉大なる7隻(グランドセブン)

「えっ、そんな。まさか、本当に・・・。」

香取姉のそんな表情を見るのは初めてだった。信じられないものを見た、そんな感じ。いつも冷静な香取姉だが、時折表情がとても豊かになる。多くの場合はあの与作君が原因だけど。

 

「どうしたの?香取姉・・・。って、それって申請書?」

「ええ。まさかあの人が本気だったなんてね。私にも分からなかったわ。てっきり冗談かと思っていたのに。」

手にしていたのは駆逐艦時雨の引き渡し要請書。一見普通の要請書と同じに見えるけれど、以前見た夕立の書類とは何かが違う。

「何かこの書類変じゃない?それに今香取姉あの人って・・・。」

「貴方もこの書類が違うと気付けるようになったのね。で、どこが変だと思うの?」

香取姉が教官モードになって私に問いかける。むむむ。それならば当ててみせようじゃない。

「え!?何で二枚つづりなの。通常一枚でしょう。」

触って確信。一枚目は通常の引き渡し要請書。でも、二枚目は・・・。

「駆逐艦時雨、軍籍復帰要請書・・・?どういうことなの、香取姉。それにさっきあの人って。」

「ええ。あの人との約束だったけど、書類が出たのならばもうその約束を守る必要はないわね。鹿島、あの時雨さんは偉大なる7隻(グランドセブン)よ。」

「えっ・・・・。」

 

呼吸が一瞬止まる。偉大なる7隻(グランドセブン)偉大なる7隻(グランドセブン)と言ったの、香取姉は。艦娘だったら誰もが憧れ尊敬する、「始まりの提督」と共に鉄底海峡へと至り、深海棲艦の無尽蔵ともいえる戦力の大本、深海工廠に致命的なダメージを与え、この国を世界をひと時の平和へと導いた歴戦の艦娘達。その生き残りの7隻。

「まさか、あの時雨・・さんが、偉大なる7隻(グランドセブン)のうちの一人だったなんて。」

その名は艦娘ならば誰もが知っている、憧れと尊敬と共に口ずさむことができる。

「戦艦長門、戦艦ウォースパイト、軽空母鳳翔、重巡洋艦プリンツ・オイゲン、重雷装巡洋艦北上、駆逐艦響、駆逐艦時雨。そう、あの時雨さんは偉大なる7隻(グランドセブン)の一人。」

「そんな人がなんでこの提督養成学校にペア艦としているのよ。おかしいじゃない!」

「おかしくなんかないわ。」

香取姉は静かに私の考えを否定した。

「自分の信ずる提督と、信頼していた仲間。そのほとんどが失われて。でも、残された私たちには経験が足りなかった。生き残った偉大なる7隻(グランドセブン)に頼らざるを得なかったの。それがどんなに残酷なことかも知らずにね。」

「香取姉・・」

「長門さんのように海軍の要職に就き、自ら後進の育成に積極的に働こうとしてくださる方はいいわ。でも、全員がそうじゃない。そして、時雨さんはそのどちらでもなかった。」

「どちらでもないってどういうこと?」

 

香取姉はため息をつくと、その当時のことを説明する。この提督養成学校ができたばかりの18年前のこと。香取姉が会った時雨さんは人間でいう鬱状態だったのだという。表情は抜け、心は空。何をしていいのか、何をしたいのかも分からない。

「今でも思い出すわ。長門さんに連れて来られた時のあの表情・・・。無そのもの。艦娘が心が壊れてしまうとこうなるんだ、ってその時思ったもの。」

無気力になってしまった時雨さんを見かねて長門さんが命じたのは提督養成学校のペア艦としての役目。そして、その時に時雨さんの軍籍を一度抹消し、練習艦時雨として登録し直したのだという。

 

偉大なる7隻(グランドセブン)は原初の艦娘であり、あの鉄底海峡の地獄を超えた英雄。後から建造された私たちとは違い、その力は別格。それゆえの処置だった。」

当然だ。通常この提督養成学校に在籍する艦娘は、艦娘養成学校の学生である艦娘だ。彼女達が卒業し、各鎮守府に派遣する前の実施訓練として一年間を提督候補生達と過ごし、互いに連携を学んでいく。そんな中に彼らが入る?子猫とライオンの違いがあるだろう。

 

以来20年近く。時雨さんは提督養成学校所属の艦娘として、艦娘養成学校所属の艦娘達に混ざり、未来の提督候補生達を育ててきた。

「それ以外にも、新しい装備の開発や試作、点検なども夕張や明石と共に行い、今の艦娘達の艤装が充実しているのは時雨さん達のお蔭でもあるの。」

「でもそうすると疑問ね。なんで、与作君なのかしら。」

私が当然の疑問を口にすると香取姉は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。

「与作君!?あ、貴方、随分仲がいいのね、あの変態と。」

 

そうかしら。確かに彼はとんでもないスケベだけど、全くそれを隠そうとしていないし、かえって『エロく見られるってことは魅力的ってことですよ。おかずに使われているってことはそれだけ多くの男に思われているってことでしょう?』って言って堂々としてた。外見から小悪魔だの、魔性だのと言われていた私は彼のその言葉に救われた。結構紳士だし。

 

「私にもわからないわ。あのスケベ以外にもたくさんの真面目で将来性のある提督候補生がたくさんいたのよ。なんであの偉大なる7隻(グランドセブン)がよりにもよってあのおっさんを選んだのかがわからない。気まぐれとしか考えられないわ。大体初期艦は雪風だっていうし。建造で資材をすっ飛ばすし、何から何まで非常識なあのおっさんのどこがいいのか。」

 

ぷっ。思わず笑ってしまった。

 

「何がおかしいのよ。」

「いや、与作君の話をするときの香取姉の表情って本当にころころ変わるなあと思って」

「冗談じゃないわよ。隠し撮りしたスクール水着の画像を危うく雑誌に載せられるところだったのよ。本当に最悪だわ。」

「え?あれ、着たんだ・・。」

着ない着ないと言ってたのに。意外そうな私に香取姉は恥ずかしげに下を向く。

「ラッシュガードで出ようとしたら、最近食べ過ぎたのをごまかすためとか、鹿島さんと比較されるのが嫌なんでしょう?なんて煽られてね・・。」

「与作君に?」

「そうよ!って、あいつが全ての元凶じゃない!!」

悔しそうに近くにあった教鞭をへし折る香取姉。それ、もう100本は折ってるよね。

 

ふと思い出す。練習巡洋艦として講義をしている時。大抵提督候補生は、講義でなく私ばかりを見ていた。今もそうだ。男好きがする、魔性なのだと言われるけれど、当の本人からすればまるで嬉しくはない。せっかく徹夜で考えてきた講義も、よりみんなが分かりやすくと工夫してきた資料も、自分の外見などという持って生まれたものにはかなわないと言われているようなものなのだから。

 

でも、そんな中一人だけ私の講義に集中していたのが与作君だった。授業が終わると大抵みんな質問にくるが、講義でやった内容ばかり。身が入ってないのが丸分かり。せっかく色々考えたのにと、がっかりしながらそれでも笑顔を作って相手をしてると。

「くそくだらない質問ばかりしてるんじゃねえ、三下ども。さっき習ったばかりじゃねえか。」

周りにいた提督候補生達を文字通り蹴散らしてきたのが、与作君。彼の言っている通りなのだけれど、とりあえずの笑顔でその場をとりなす。

 

「鬼頭候補生、基礎の復習も大事です。私の説明が悪かったんでしょう。」

「いやいや。鹿島教官はもう三日も同じような内容を手を変え、品を変えて分かりやすく説明しようとしてますよ。あそこまでやって分からないのはバカとしか思えねえ。」

「え?よ、よく分かりましたね。」

 

同じ内容だと分からぬようにそれとなくやっていたつもりなのに。余程集中していないと分からないだろう。気になって、次の講義の時にさりげなく彼のノートを見てみて驚いた。びっしりと書き込みがしてあって、私が口頭でポイントと言ったところまで書いてある。あまりにも嬉しくなったので、授業後彼を呼び出して聞いてみた。

 

「鬼頭候補生は他の候補生と違って、授業中とても集中していますね。どうしてですか。」

「他の奴らは教官の色香にメロメロですがね。俺様にとっては大したことない代物なので。」

かちん。あれ、おかしい。なんで?私、外見でこんなにけなされたことない・・。

 

「た、大したことない?じゃあ、香取姉・・いや香取教官はどうです!」

 

自分でも驚くほどむきになっているのが分かるが、後には引けない。

 

「香取教官もぎりぎりってとこですなあ。」

「あ、貴方ねえ・・。」

か、香取姉でぎりぎりなの。どういう基準!?

「鹿島教官も、いつも講義の方は分かりやすくするよう工夫していただいてるのですから、女の魅力の方も頑張っていただきたいものですな!」

 

臆面もなくそう告げた与作君に私はぽかんとする。彼はいつも、と言った。私がしているいつもの努力に彼だけが気付いていたのだ。後半の言葉の失礼さも無視して、嬉しさに思わず顔がにやけそうになるのをこらえる。

 

「鬼頭候補生・・んん、もう与作君と呼びます!!女性に対して女の魅力が足りないとは随分と失礼なことを言いますね!」

「それが真実ですからなあ。嘘は言えないもんで。」

ぽりぽりと頬を掻きながら話す、与作君を指さしながら私は宣言する。

「見てらっしゃい!!卒業までに貴方をどきどきさせてみせますよ!」

 

それから一年近く。水着も着たし、文化祭の時にはメイド服も着てみた。卒業間近にようやく許容範囲ぎりぎりになって、あと少しというところだった。あと一月あれば・・。

 

「上層部に確認もとらずに出撃させたら怒られたから、とりなしてくれ?あなたバカ?バカなんでしょう!」

 

我に返ると香取姉が与作君と電話していた。勝手に艤装を持ち出していた時雨さんも時雨さんだけど、上層部の許可を得ずに出撃させたのはまずい。

 

「そんなに頼んでも知らないわよ。ってちょっと!もしもし!!」

 

受話器を見つめた後、机の引き出しから新しい教鞭を取り出し、それを折る香取姉。・・・そんなところに予備があったのね。

 

「この間の資材のことといい、困ったらすぐこっちに頼ってきて・・。いたらいたで迷惑かけられて、いなくなったらいなくなったで何でまた迷惑をかけられるのよ、全く!!」

そういいつつも、大本営の電話番号を確認する香取姉がうらやましくてたまらない。

 

「正式に鎮守府に所属する前に出撃したらしいわ。反艦娘派に気付かれたらややこしいわよ。全く。」

「それで、時雨さんは江ノ島に配属になりそうなの?」

「元々そういう約束だもの。『偉大なる7隻(グランドセブン)には可能な限りの配慮を保証すべし。』あの鉄底海峡の戦いの後に出された宣言にはそう書かれているし。」

「時雨さん、いいなあ・・・。」

 

私のつぶやきに香取姉がぎょっとする。

 

「いいってどういうこと?」

 

秘書艦としていたら、いつか彼はどきどきしてくれただろうか。

 

「え・・・!?鹿島あなた、まさか・・・」

ずり落ちそうになる眼鏡を必死に抑える香取姉に思わず笑みをこぼす。

「うふっ。何でもない!」

 




登場用語紹介

偉大なる7隻(グランドセブン)
「始まりの提督」と呼ばれる人類最初の提督と共に、今から19年前の11月27日、鉄底海峡にある深海棲艦の本拠地を叩き、しばしの平和をもたらした生き残りの7隻のこと。原初の艦娘と呼ばれる彼女たちは、その後数多く建造、ドロップ確認された艦娘たちと異なり、一騎当千の強者と言われ、一隻で連合艦隊を相手にできると言われているが、反艦娘派や偉大なる7隻(グランドセブン)に対し、好意的でない一部の艦娘からは疑問視されている。  民明書房刊『偉大なる7隻の航跡』より

登場人物紹介
香取・・・予備の教鞭が多数。前に比べて本数が減らないと思い、ストックを怠った結果、ここ最近の前とあまり変わらぬ消費量に若干焦っている。
鹿島・・・女としての魅力の上げ方について模索中。
時雨・・・普通の駆逐艦だよと言っていた彼女の前回の装備
     12.7cm連装砲B型改七(試作型)+高射装置☆10×2
     61cm四連装(酸素)魚雷後期改二型☆10×1
     補強増設に新型高温高圧缶☆10×2 改良式タービン×1
     (つまり、穴が三つ開いている。)
     「あはは。明石と夕張がはっちゃけちゃって・・。」

※if装備満載です。

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