とあるファッションビルの最上階にある社長室にて。
「何やってんのよ、あのおやぢはああああ!!」
これでもかとばかりに怒気を詰め込んだ女性の声がこだました。声の主は元艦娘大井。15年前の大規模作戦の際に大けがを負い、修復不可能なほど艤装を破壊された彼女は、ほどなく退役し、今は自社ブランドを立ち上げてその社長に収まっていた。
その傍らで、大声を上げて爆笑しているのは同じく元艦娘の北上。以前与作と出会い、大きな借りを作ったと思っている彼女は、今回昔馴染みの長門から頼まれたのもあり、江ノ島鎮守府の周りをそれとなくうろつき、不審者を排除していた。米国の諜報員たちを引き渡し、これで少しはポイントを稼げたかと悦に入っていたのに、まさかこんな展開になるとは。
「いや、おじさん最高!本当にツボ。虫の好かないあの国にいきなり右ストレートかますとはねー。北上さん、きゅんときちゃうよ。」
「んもう!北上様!!せっかく私たちがあのおバカな諜報員を大本営に引き渡したおかげで、日米で裏で色々取引できるところだったんですよ!それをぶち壊してくれちゃって!!」
「でも、別におじさんとすると時雨の復帰会見で今の鎮守府の仲間を紹介するなんて、当たり前だしねー。何も悪いことはしてないんだよねー。周りがどう思うかは別だけど。」
北上の言う通り、画面の中では会見の終りを宣言した香取と、なおも居座り、話を聞こうとするマスコミとのもみ合いが続いていた。当の本人たちはさっさと退席していたが。
「いやあ、本当に面白いよ、あのおじさん。考え方が提督と似てるよ。」
「え!?あのおやぢが始まりの提督とですか?嘘ですよ。冗談はやめてください、北上様。」
「まったくもう、大井っちもいい加減様付けやめない?距離を感じるんだけど。」
「そ、そんなことを言われましても・・。私たち大井のDNAには北上様を大事にせよという思いが深く刻まれていまして・・。」
「まあいいけどねー。」
薄く微笑み、北上はスケッチブックにペンを走らせる。
「ははっ。制服着てても怪しく見えるってすごいよね。これはデザインのし甲斐があるわー。」
「うん、聞こえる。こっち?まあバタバタしてるけど。そっちの様子はどうなの?」
在日米軍横須賀海軍基地の一室にて、防空巡洋艦アトランタは本国と連絡をとっていた。あまり物事を気にしない質の彼女が、バタバタしていると話していることから、電話越しのサラトガは基地内が蜂の巣をつついたような騒ぎであることを了解した。
「こちらの方は早速各提督、各基地に待機命令が出たわ。またまた大統領補佐官がフレッチャーについて言及していたけど、誰も信じていない。」
「そんなの当たり前でしょ。目の前に証拠ぶら下げられて、ほれほれってされてるのにさ。誰が信用するかっての。んで、本国のあんたらはいつまでそうしてお利口ちゃんぶってんのさ。」
「相変わらず口が悪いわね・・・。」
サラトガは苦笑する。アトランタは普段はひと付き合いを好まずもの静かだが、余裕がなくなり気が立ってくると地が出るのか非常に口汚くなる。何度かそれを指摘したこともあったが、当人が「これがあたしだし」と言ってまるで聞こうとしない。
「そんなことどうでもいいんだって。どうすんの?アイオワは何て言ってんのよ。」
「今作戦部長を説得中よ。事ここに至っては、事実を明らかにするしかないってね。」
「Shit!!いまだに日和ってんのか、あいつ。それでも戦艦かよ。情けねえ。」
「困ったことにいつもおっとりしているイントレピッドでさえも貴方同様かっかしてるのよね。」
サラトガのため息がますますアトランタをイラつかせる。
「でも、分かってアトランタ。アイオワだって彼女のことを一番に心配しているわ。ただ、これは日本にいる貴方には分かりづらいかもしれないけれど、この国の人達の艦娘に対する感情は複雑なのよ。」
「何がさ。あたしらにびびってるだけじゃん。」
世界に冠たる軍事大国だった米国は、それゆえ突如として現れた艦娘の圧倒的な戦力に対して恐れを抱いた。自らが生み出した技術であれば、制御することは可能だ、けれど、艦娘は以前自分たちが使っていた戦艦の名前を冠しているといってもその実態は未知数であり、今は友好的に接していてもいつ裏切られるか分からない。SF作家アイザック・アシモフが名付けたフランケンシュタイン・コンプレックスは米国民の多くの心に深く根差している。米国の提督達はそれぞれの基地ごとに身辺警護の名の元に国の監視下に置かれ、家族でさえも見張られている。アトランタ自身は2年前の大規模作戦の際に発見された艦娘だが、祖国のそうした雰囲気に嫌気がさし、在日米軍基地に海軍の高官が赴任する際の護衛と称して、強引に日本に来た経緯がある。
「日本の艦娘がうらやましい。時雨の会見観た?横にいた提督さん、顔は悪人顔だけど、いいこと言ってたよ。あたしらを大事にするべきだってさ。」
「ええ観たわ。リアルタイムのものは観られなかったけど、今はすごいわね。あちこちでネットにアップされているもの。あの映像を観てから、サムやガンビーまで騒ぎだしちゃって。」
「とにかく。さっさと手を打たないとあのアホ大統領、とんでもないことをしでかすかもよ。あの子が危ないかもしれない。」
「分かっているわ。こっちでも提督にお願いして海軍だけでなく政界の艦娘派の議員に当たってもらっている。だから、アトランタ。あなたもうかつなことはしないでよ。」
「分かった。サラトガも気を付けなよ。じゃあ、切るよ・・・・。」
通信を切ろうとして、ふと窓の外を見たアトランタは目を丸くした。
「どうかしたの?アトランタ」
「ねえ、サラトガ。向こうから来た場合はノーカウントだよね。」
「どういうこと?」
今先ほど会話に上がった「提督さん」が、なぜか横須賀基地に来ている。アトランタはこれから起こるであろうことを想像して笑いが止まらなかった。
ぐっどあふたぬ~ん。ただいま提督養成学校から車で移動中。いやー。怒られた怒られた。俺様の人生怒られることは多かったが、一回でこんなに色々な人間に怒られたことないんじゃないか。とにかく香取教官・鹿島教官に日向校長、大本営の大淀に果ては元帥閣下まで。言うことが皆同じで、もう少し考えて行動しろ、だと。考えた結果こうなったんだと言ったら、大淀が切れてたね。水面下での交渉をなんだと思っているんですか、と。そんなの知るか。俺様の鎮守府の艦娘に粉をかけたのが悪い。こちとら世間が望んでいるだろうフレッチャー関連の動画を投稿したのと、時雨の会見で鎮守府の仲間を紹介しただけだ。
何が悪いんだろうね。
「そりゃ、大淀からすればせっかく色々と話をまとめようとしていたのに、与作がぶち壊したんだから当然だよ。長門もそう思うだろう。」
時雨は偉大なる7隻つながりで長門に同意を求めるが、こいつあほだな。長門の本質が分かってない。こいつは俺様よりも過激で、いきなり殴り込みに行こうとした奴だぞ?
「ふむ。実の所、私も鬼頭提督のしたことの何が悪いかよく分かっていない。高杉元帥と大淀が忙しくする中ぼんやり眺めていたら、今すぐ提督養成学校に行って鬼頭提督を落ち着かせて来いと大淀に言われてな。」
「大淀さん人選間違えてない?テートクを止める気あまりなさそうなんだけど。」
「ああ、ないな。先ほどの会見は胸がすく思いだったからな。あの朝目新聞とのやり取りは痛快だった。」
ほら、やっぱりー。大本営の大淀も今頃気付いてるんじゃないかな。番犬を送ったつもりで、暴れたがりの狂犬を送り込んじまったってさ。
「それで、しれえ。この車はどこに向かってるんですか?」
ほお。こいつは鋭いな。さすがは初期艦。途中横浜までは同じ道を来たんだがな。
「え?鎮守府じゃないの、テートク。」
「いや、横須賀だ。そこにある在日米軍の横須賀基地に行く。」
「ええっ?与作、フレッチャーの件で散々向こうを煽っているのにかい。」
「あの、煽るようなことをしたでしょうか。私はただ提督の仰るままに踊ったりしただけですが。」
「その割にはノリノリでしたよ!しれえの笑顔は不気味でしたけどって、痛い、痛いですー!片手でぐりぐりしないでください!」
相変わらず俺様に対してはやたら辛辣な言葉を吐きやがるな、この初期艦。運転をしてるんだからふざけたことを言っているんじゃねえ。大体なんでお前が助手席なんだよ。どうやって決まったんだ。
「しれえがあちこちから怒られている最中にみんなでじゃんけんをした結果です!」
「なんだと!?」
おいおい。ってことはこいつ、負けたってことじゃねえか。うぷぷぷぷ。いいことを聞いたぜエ。
カードゲームやジェンガが無敵な雪風ちゃんもどうやらじゃんけんは弱いらしいなぁ。お前に神経衰弱で8連続負けたこと、一日たりとも忘れたことはないぜ。くっくっくっく。鎮守府に戻ったら雪辱を晴らしてやるとするか。
「どういうことだ?言っている意味が分からない。」
在日米軍司令官であるブライアン・マグダネル少将は部下からの報告に眉をひそめた。
「ですから、江ノ島鎮守府の提督が、少将に面会したいとのことで今やってきているのですが。」
副官であるヒュー・ハッチンソン大佐は深海棲艦との戦いの中で深刻な人員不足となっている在日米軍にあって、副司令を兼ねる逸材である。その彼が、常日頃の冷静沈着の仮面を脱ぎ捨てて動揺を露わにしていた。
「ちっ。日本人はさすがにせっかちだな。昨日の昼間の件か、NSA(国家安全保障局)が下手をうった件か。どちらにせよ、来てるのでは会わねばならんな。本来なら弱小鎮守府の提督如きに会ってやる必要はないのだが。」
「分かりました。通すように伝えます。それと、少将。」
「なんだ。」
近くに寄ってきた大佐に対し、マグダネル少将は声を落とす。
「例のフレッチャーも来ています。」
「なんだと!!わざわざ籠の中に青い鳥が入ってきたというのか!」
「今アトランタを準備させております。上手く行けばこちらの手に・・・。」
少将は緩んだ口元を直すのにしばしの時間を要した。
「アトランタ、分かっているな。私が右手を挙げたら向こうの提督を押さえつけろ。いかに艦娘がいようと、提督を人質にとってしまえばこちらのものだ。」
やれやれ。マグダネルのおっさんも二年前に来たときはまだマシだったのに。年々酷くなってくね。まあ、いいけどね。深海棲艦との戦いで活躍するのがあたしら艦娘ってことで面白くないのはよく分かるし。本国の連中に比べればまだ扱いはマシなんだろう。
向かった先は作戦会議なんかする会議室。といってもあたしら艦娘は言われたことをうんうん頷くだけだ。道具は黙って話を聞いてろということらしい。
「くれぐれもしくじるなよ。お前の肩に我が米国の威信がかかっているんだからな。」
「了解・・。」
米国の威信?かかってんのは大統領を含めてあんたたちの地位と名誉でしょ。そこに国を引き合いに出さないでほしい。小物感に拍車がかかるよ。
「私が基地司令官のブライアン・マグダネルだ。江ノ島鎮守府の提督とか。今日はどういった用向きですかな。」
マグダネルのおっさんと副官のハッチンソンが江ノ島鎮守府の提督たちと向かい合わせに座り、あたしはその後ろに立つ。っち。おいおい。艦娘が5人もいる上に、そのうち二人が長門と時雨だよ。
この状況で仕掛けろっての?頭湧いてんのかな。
「お話の前に申し訳ありませんが、鬼頭提督。我が国では、艦娘は武器と同じ認識です。そちらが5隻で、こちらが1隻と言うのは明らかに不公平です。別室を用意させますので、一隻残していただき、他の艦娘はそちらに待機させていただきたい。特に偉大なる7隻のお二方は一隻で連合艦隊並みの戦力と言われています。申し訳ありませんが、席を外していただきたいですな。」
ふうん。そう来るのか。さすがに陰気なハッチンソンは考えることが姑息だね。でもまあ、言っていることは間違いじゃないけど、どうするのかな。何かすごい向こうの時雨がこっちを睨んでいるけどさ。
「ああ。了解しました。それじゃあ、フレッチャーが残れ。長門補佐官、他の連中を連れて行ってもらえますかね。」
「了解した。それじゃあ、またな。」
あっさりと別室に移動する長門に比べて、駆逐の連中はなぜか自分たちの提督を睨んでいるのが気になるね。特にあのプラチナブロンド。グレカーレだっけ?またフレッチャーばかりとぶんむくれてるんだけど。ちょっとちょっと。そこの二人とも、しめたって気持ちが顔に出ちゃってるよ。もう少し隠したら?
「それでは改めまして。鬼頭提督、わざわざこの横須賀基地まで出向かれたご用向きは何かな。」
「はい。忘れ物を届けに上がりましてねえ。昨日ここの基地所属の方が落としていった拳銃が3丁ございましてね。交番に届けようと思ったんですが、さすがに面倒だとわざわざ持ってきた次第でして。」
「それはそれはわざわざすまないね。それでその拳銃とやら、この基地所属の者が落としたという証拠はあるのかね。」
「難しいですなあ。通常登録してあるとは思いますが、落としていった物ですからねえ。責任を追及されるのを恐れて登録自体を抹消するってこともあるでしょうしね。だが、こいつはどうでしょうね。」
鬼頭提督が出したのは、ボイスレコーダーと車のナンバープレートがばっちり写されたスマホの画像。
「こいつをぽちっといたしますと・・・。」
『提督?江ノ島鎮守府の提督か。我々は横須賀にある米軍基地の関係者のものだ。追って要請を出すから、この場は引いて欲しい。』
『日本とアメリカの間で問題になるぞ!』
「紳士の嗜みでいつもレコーダーは持ち歩いておりましてね。」
あーあ。バカだね、こいつら。自分たちで問題作ってるじゃん。しかもばっちり録音されてるし。でも、鬼頭提督、ダメだよ。こいつらずる賢いから。それじゃあダメなんだよ。車なんかとっくに処分しているし、関係者もすでにこの基地にはいないよ。
「うん?聞き覚えがない声だな。おまけにこれが基地の車だと?こんなものあったか。」
「この車も職員も本基地所属ではありませんな。調べていただいても構いませんが、もし無かった時には国同士の問題になることをお忘れなく。」
「いえいえ。調べるまでもありませんよ。追い込みが失敗した後、証拠をそのまま残すなどバカがすることですからねえ。ただですねえ、こいつを見ていただけますかね。この基地の車両の購入記録なんですがね。ほおら、こいつと同じ物を4年前に購入されているんですよね。しかも3台。販売した業者にも確認済みですし、車検の記録もあるんですよ。おかしいですなあ。先ほどのお話だと、確か司令官殿はこんなものはあったかと仰っていましたが、ご自分が司令官としている間に新車で買われた物をお忘れなんですかね。」
「さあな。いちいち細かいことまで気にしてはいないよ。事務方に任せていたからね。」
「確かに確かに。いちいち基地の司令官ともあろうお方がそんな細かいことまで気にしてはいられませんよね。だとすると、こいつもご存じないでしょうなあ。」
出されたそれは・・通行券?
「ええそうです。高速道路で使う通行券です。こいつを使って有人改札を通れば、基地の車両は高速代が無料になります。といっても、後で防衛省に請求がいくんですがね。ただ、これ、所属の場所と名前、車のナンバーを書かないと使えない面倒くさい代物でして。ほら、ここ。所属は横須賀、しかも、車検の記録と照らし合わせると、さっきの車とは違うものの、3台のうちの1台が昨日の夕方に使ってるんですよねえ。」
「・・・・・。」
「まあ、本国との行き来が制限される中で、予算を何とかやりくりしようとすると、それは普段から節約を心がけますよねえ。急いでいる時にも思わずきちんとしてしまうくらいに・・。」
くくっ。黙るしかないじゃん、こんなの。何、このおじさんやるじゃん。一日でこれ揃えたの?地味にすごくない。
「そ、それで、鬼頭提督は何が言いたいのです。」
ダンマリの司令官に代わってハッチンソンが問いかけるけど、動揺は隠せてないみたい。声が上ずってるよ。
「ええ。うちのフレッチャーを誘拐しようとした動機についてお話しようと思いまして。」
「フレッチャー?それは君達日本人がそう言っているだけで、我国の大統領補佐官も否定していたではないか!」
「私がフレッチャーです!!」
うわ。これまで一言もしゃべらなかったフレッチャーが立ち上がったかと思ったら、びっくりするぐらい大きな声を出した。いきなりは止めてよ。驚くじゃん。でも、我慢ならない気持ちはわかるからいいけどね。
登場人物紹介
与作・・・・・・ついに無敵雪風に土をつける時が来たと内心ウキウキが止まらない。
グレカーレ・・・「ねえ、絶対テートク勘違いしてるよね。」
時雨・・・・・・「与作は他人からの好意に鈍感だからね。」
フレッチャー・・「私たちが教えて差し上げないといけませんね。」
雪風・・・・・・最近与作と触れ合う機会が若干少なかったため、久々にぐりぐりをされて実は密かに嬉しい。
長門・・・・・・本当は与作の後ろが上座なのだが、我がままを言って、左右をグレカーレとフレッチャーに挟まれる形にしてもらった。
北上・・・・・・与作にどんな服が合うかと考えた結果、作業服だと気付くが、それ以外に何かないかと模索中。
大井・・・・・・北上様にデザインしてもらうなんて!と激おこ。だが、会見での与作の発言は認めており、前よりは若干印象を上方修正。