「くっくっくっくっくっく。こんな下種は初めて見たぜエ。」
フレッチャーを押しのけ、割って入ってきた与作を見るや、フォーゲルは苛立ちを見せた。
「なんだ、お前は。私とフレッチャーの話に割って入るな!!マグダネル!その無礼者を下がらせろ!!」
「ふん。だそうだが、どうするね、少将。」
「む、無理です・・・。」
マグダネルは蚊の鳴くような声で答える。時雨に腕をもたれた彼は、隣から感じる殺気に耐えるのが必死だった。
「うん?まさか、その服・・。フレッチャーの提督か!?ふふ。残念ながら、首輪をつけられた時点でお前の負けだよ。」
「ほお。それは何で?」
「その首輪は行動の制限をするだけでなく、意識に干渉し、こちらの思うがままに操ることもできるのだよ。フレッチャー。そいつを拘束しろ!」
「はい、大統領。」
「くっ、この!フレッチャー止めろ!!」
「はっはっはっは。さあ、そこの艦娘よ、マグダネルを解放したまえ。今日の私は気分がいい。尻尾を巻いて帰るならマザーに免じて許してやろう。」
「ぐっ。ち、畜生・・。やい、フレッチャー放しやがれ!!」
「無駄無駄。さあ、お引き取り願おう!」
「く、くそ。大統領よ、とんでもねえ野郎だな。俺ぁ、気付いちまったぞ!」
「もう切ってもいいのだが、情けで付き合ってやろう。何をだ?」
「今、艦娘を思うがままに操れるって言ったよなあ。じゃあ、なんで、ジョンストンを操らなかったんだ?そっちの方が余程面倒がなかったろうぜ。・・・てめえ、楽しんだな?」
与作の指摘に一瞬黙ったフォーゲルはニヤリと笑みを浮かべた。
「私をぬか喜びさせたんだ。これぐらいの八つ当たりは当然だろう?さあ、フレッチャー。お客様はお帰りだ。最後の見送りぐらいして差し上げろ!」
フォーゲルが命じるや、フレッチャーは与作の腕をとり、自らの胸に押し当てる。与作は激しく抵抗する素振りを見せた。
「おい、よせ。フレッチャー。俺様の腕を無理やり胸に押し当てようとするな!」
「大統領の命令です。聞けません。」
「ちょっと、フレッチャー!やりすぎだよ。与作もにやけない!!」
「時雨!!声入ってるよ!」
「グレカーレさんもですよ・・・。」
ふざけんな時雨!俺様はにやけてなんかいないぞ。おいおい。モニターの向こうの大統領様がぽかんとしてこちらを見ているぞ。何だ、この茶番はって感じだよなあ。じゃあ教えてやんないとな。
「首輪がついてるのになぜって、表情だな、おい。そりゃそうだ。こいつは壊れているもの・・。」
「何だと!ば、バかな・・。」
「おい、クズ。フレッチャーの首にかかってるこの首輪はさっきアトランタからもらったもんでなあ。とっくに効果なんかないんだよ!!」
「どうやって暗証番号を仕入れた?そいつの暗証番号は提督と、私しか知らない。マグダネルは指揮権は持っていても、暗証番号は分からない筈だ!!」
「けっけっけっけ。強引に壊そうと思ったんだがよぉ。無理に壊すとなんか起きそうだったんで、こいつに頼んだのさ。たたたたん!『幸運ビ~バ~』!!」
「んもう!しれえったら!!雪風です!適当に数字を打ち込んだら解除されましたよ!」
「ば、ばかなああ!!」
ひっひっひっひっひ。試しにやらせてみて大正解。開いた時のマグダネル達のぽかんとした顔、永久保存版だぜ!んな、アホなああああって顔してたからなあ。うちの初期艦、トランプの鬼を舐めるなよ!!
「なんで、お前さんが死ぬほど欲しているフレッチャーは米国に行きません。俺様が寝取りました!残念でした~!!」
「はいっ!!寝取られました!!」
俺様に合わせてなぜか、にこにこ笑顔で宣言するフレッチャー。
「ぶうううう」
マグダネル達が吹き出してやがる。そうだよなあ。絶対こいつ意味分かってねえぞ。後で鎮守府に帰ったら面倒くさいことになりそうだ。おい、時雨。俺様をジト目で見るな。こいつが勝手に言ったことだぞ。
「ふ、ふざけるな!!我が国を敵に回す気か!どうなっても知らんぞ?フレッチャーを残して立ち去れ!日米間の問題になるぞ!」
くっくっくっく。おいおい。小物ってのはどうしてこう、言うことが同じなのかねえ。大量生産、大量消費のお国柄だからかい?
「どうなっても知ったこっちゃないのは俺様の方なんだけどよぉ。」
「何だと!!貴様、どういうことだ!」
「俺様の同期にロリコン友の会で幅を利かせている奴がいてな。バカなあんたは理解してないだろうねえ。世界中のロリコンを敵に回したってことに。」
「何・・?」
自らもマザコンを自称するだけあるねえ。フォーゲルの野郎、フレッチャーの捜索の時に、多くのマザコンやロリコンの共感を上手く得やがった。だがよお、そういう連中が敵にまわったらどうなるかねえ?
「たた、大変です大統領!!せ、世界中の動画投稿サイトに今のリアルタイムの映像が流れています!!」
おうおう。俺様をけなしていた例の大統領補佐官くんか。お前もあれだろ。どうせ、こいつと組んで甘~い汁を吸ってやがったんだろお。じゃあ、一緒に地獄に落ちるべきだよなあ。
とある米国人ハッカーの日記より
その日は我々Lの魂を持つ者にとって、文字通り聖戦となった。洋の東西を問わず、Lの魂を持つ者達は、「神の子」の言葉に奮起し、神を恐れぬ愚行を犯した者達に鉄槌を与えるべく、不眠不休を厭わず攻撃を続けた。国務省や国防総省などの主要省庁にサイバー攻撃が仕掛けただけでなく、ほぼ全ての公的なサイトに「Lの尊厳を踏みにじりし、愚かな大統領に鉄槌を!」とのメッセージを残すことに成功した。全世界のあらゆる動画投稿サイトにLoSの名の元に、先ほどの大統領の醜悪極まる動画を投稿し続けた。途中、アメリカサイバー軍が本気を出し、我が国の同志たちが劣勢に回る場面もあった。だが、奴らは分かっていなかった。Lの魂を持つ者は全世界にいることに。そして、先ほどのジョンストンの変わり果てた姿・・。それは、我々Lの魂を持つ者にとって、あまりにも痛ましい姿であり、その元凶であるくそ大統領に対して、我々が怒髪天を衝く程の怒りでもって一矢報いてやろうとしていることに。そして、奴らに一泡吹かせようというのは我々だけではなかった。聖母に涙させたものに死を。我々とは理念の対立もあり、互いにけん制しあう仲でもあった。我々よりも深い歴史を持つ、深淵に立ちしMの魂を持つ者たち。彼らは自らの理念の恥ずべき破戒者である大統領を断罪すべく、この聖戦に名乗りを上げた。
「だ、大統領!!フォード・ミードの陸軍基地より緊急連絡です。現在、同基地でサイバー空間防衛に当たっているサイバー軍からで、国内・国外からおびただしい数のサイバー攻撃を受けているとのことです。」
「き、貴様!!話が違うぞ!動画投稿はしないと言っていただろう!」
おいおい。マグダネルのバカが怒ってやがるが、こいつ立場わかってんのかね。
「え?さっき俺様はどちらでもいいと言っただけでねえ。要求が通ったからと言って、投稿をしないなんて約束はしてねえんだが。」
「ば、バカな!普通はそう思うもんだろう!」
あれ?ハッチンソンくん、いたの?存在感無いから忘れてたわ。
「普通っていうのはお前さんたちの基準だろう?怖いねえ、人間思い込みって。よおく確認しておくべきだよなあ。自分たちの動画も投稿されてないかさああ!」
実はここに来る前にとっくに投稿済みでねえ。悪党相手に約束なんぞ守る訳ねえだろ。お前たちが逆の立場だってそうするじゃん。
「お前~!!ってっぎゃああ!!!」
「あ、ごめん。大きな声を出すから、びっくりして力の加減が分からず折っちゃったかも・・。」
平然と言う時雨だが、お前目が全然笑ってないぞ。ぶち切れてるだろ。
「いやだなあ。怒ってないよ。あきれてるだけ。与作に手を出しておいて、僕たちの仲間に酷いことをしておいて、許してもらえるんだって思ってる、その図々しさにね。」
「おい。そこの艦娘達!!お前たちの提督が何をしようとしているのか分かっているのか?そいつは日本を我が合衆国との戦争に引きずりこもうとしているのだぞ!!」
「どうぞ、ご自由に。我が国の元帥、そして海軍大臣でさえも腹をくくっている。」
室内へと入ってきた長門は深海棲艦達に向けるものと変わらぬ敵意を目の前の男に叩きつけた。与作に言われて関係各所と連絡をとっていた彼女自身は、執務室でのやりとりを見てはいない。だが、通信機越しに話す誰もが声を震わせ、怒りをぶちまけるのを聞き、己がその場にいなかったことに感謝した。もしいたら、腹立ちまぎれに基地そのものを壊滅させていたかもしれないから・・。
「反艦娘派と言われる坂上大臣でさえ、致し方ないと言ってくれたぞ。胸糞が悪い、同類に思われたくない、だそうだ。」
「せ、戦艦長門だと!?それは宣戦布告ということか?これまで散々守ってやった我が国に楯突こうというのか!」
「愚かだな。私は一介の艦娘だ。そして、我が国は法治国家だ。外交交渉もせず、最後通牒も行わず、そのようなことをする訳がなかろう。」
「生意気な極東のサルどもめ。ほえ面を掻いても知らんぞ!!こちらから攻め込み、先の大戦の時のように蹂躙した上で、フレッチャーを手に入れてやろう!!」
「本当に愚かな男だ。貴様の国の憲法では、宣戦布告には議会の承認が必要な筈だぞ。そもそも貴様、これだけのことをしでかしておいてまだその座にいられると思っているのか?」
「何い?」
遡ること30分前。英国はロンドンにあるバッキンガム宮殿に一人の艦娘の姿があった。彼女の名はウォースパイト。英国が誇る。クイーンエリザベス級戦艦2番艦にして、かつて、19年前に行われた鉄底海峡の戦いにおいての生き残り。
「え?ウォスが!?こんな早くに何かしら。通してちょうだい。彼女に向けて閉めるドアはないわ。」
英女王は今年で94歳。高齢ながらかくしゃくとしているが、最近では次々と近しい者が亡くなり、寂しさを口にすることもあった。そんな中での彼女の唯一の救いがウォースパイトの存在である。彼女が生まれる前から存在し、生まれた後にも共に歩んできた彼女を、女王は特別な友人と呼んでいる。現れたウォースパイトを喜んで私室に招き入れると、執事に命じ、紅茶を用意させた。
「女王陛下、朝早くから宸襟を煩わすことをお許しください。」
「堅苦しいわね、ウォースパイト。あなたは私にとって家族のようなものよ。私と同じ名を冠した船、私より早く生まれた姉。でも、今のあなたは孫娘になるかしら?」
「それでは、孫娘からお婆様へのお願いがございます。」
微笑みながら、彼女に対し、ウォースパイトは日本の古き友人長門から送られたビデオレターを見せる。そこには米国において、艦娘がいかに過酷に扱われているかを示す数々の証拠が映し出されており、穏やかで知られる女王は眉をひそめた。
「米国の大統領がよもや私利私欲のために、軍を動かしていたとはね。しかも、首輪ですって?あの国はいつになったら艦娘の扱い方を覚えるというの!道具のように丁寧に、女性のように繊細に、それが鉄則よ。」
英国にあって、艦娘の地位は決して低くない。どころか、ある面では高いともいえる。それは、自然や物に神が宿ると考えるケルトの文化が身近に存在するだけでなく、女王自身が努めて国民へと艦娘との付き合い方の範を示していたからに他ならない。
「日本の古き友人時雨の新しい提督も、女王陛下と同じ考えのようです。長門は現在その提督と行動を共にし、米軍基地にて米国大統領と交渉に臨んでいるとか。」
「知っているわ、キトウよね。朝早く起きたものだから各国のニュースを見ていたら、痛快に新聞記者をやっつけていたわよ。そう。彼が、米国と闘っているのね。艦娘のために。」
「ええ。偉大なる女王陛下。伏してお願いいたします。『艦娘に関する条約』には、『艦娘の所持・管理の仕方については国ごとの事情を鑑みて行うべし』との一文がございますが、この度の米国のやりようはそれを遥かに逸脱するものです。国際社会の場で糾弾してはいただけないでしょうか。」
女王はじっと自らの年若い姉を見た。若い頃には彼女に乗ったこともある。クイーンエリザベス級という同じ名前という不思議な縁を感じ、鉄底海峡の戦いから彼女が帰ってきたときには涙を流して喜んだものだ。
だが・・。
「そのお願いは聞けないわね、ウォースパイト。」
女王は彼女ほど優しくはなかった。唇を噛みしめ、絶句するウォースパイトに女王は微笑みかける。
「そんな程度で許すほど、甘くはないのよ。何かの折にととっておいた物だけど、後生大事にしておいても仕方がない。MI6やDIS(国内情報参謀部)に至急連絡し、あのくそ大統領に一発かましてやりましょう。どれだけ不祥事の種が集まっているか楽しみね。」
「女王!!ありがとうございます!お蔭で米国の艦娘達も救われるはずです。」
「いくら言っても聞かなかったどうしようもない息子を叱りつけるのは母親の役目よ。それにね。」
女王は茶目っ気たっぷりにウインクをして見せた。
「せっかく、日本の紳士が悪辣な輩から大事な艦娘達を救おうとしているのだもの。淑女ならその手伝いを喜んでするものでしょう?」
とある艦娘派の提督の日記より
その日、我が合衆国が艦娘誕生より20年の長きに渡り、闇にひた隠しにしてきた忌むべき慣習が白日の下にさらされた。フランケンシュタイン・コンプレックスの下、艦娘達を恐れるのは致し方がないことだ。だが、それを逆手にとって彼女たちの自由を必要以上に奪い、己の私欲を満たそうとする輩は後を絶たなかった。まさか、選挙の際には人道派で売っていたフォーゲル大統領がそうだと誰が想像できただろう。かつての宗主国である英国が、日本を支持すると約束し、EU連合艦隊司令長官ウォースパイトが米国から亡命した提督とその支配下ある艦娘の保護を積極的に行うと約束したとき、基地の艦娘たちは快哉を叫び、私にも共に行こうと声を掛けてくれた。これまでささやかな忠誠を誓っていたこの国も、こうした動きの中では我々提督への扱い方も考えて行かねばならないだろう。反艦娘派の米国民よ。どうぞ、好き勝手に反対を叫び、艦娘を忌み嫌うがいい!我々が出て行った後、誰がこの国を守るか知らないぞ?
大統領執務室へと矢継ぎ早にやってくる情報量の多さに、フォーゲルどころか、首席補佐官のロバートでさえも、泡を食い、呆然とするしかできなかった。英国の日本支持、米国出身提督の身柄の確保と艦娘の保護。艦娘派議員たちによる下院への大統領弾劾決議案の提出、海軍艦娘派の提督によるサボタージュ及び、一部提督たちの脱走による基地の機能不全。ネットの一部有志による世論調査では大統領の支持率は11%にまで落ち込み、かつて同じく弾劾裁判にかけられそうになり自ら辞職したニクソン元大統領の支持率を大幅に下回った。
「くっくっくっく。おやおやどうしましたかねえ。極東の猿にほえ面を掻かせるって話は?」
「ぐ・・・こ、この・・・」
あらら。黙っちまったぜ。そりゃあな。好き勝手やってきた自分の権力が足元から崩れ落ちるんだから、そりゃあやってられないよな。
「大体首輪なんか着けて好きなようにするなんてちんけなことを考えているから、こんなことになるんだよ。この似非マザコン野郎!!」
「何!!」
鼻白むくそ大統領に教えてやるかね。てめえがどれだけ半端者なのかおよお。
「ふん。俺様はそんじょそこらの奴とは違う。ロリコン、ショタ、同性愛別に構いやしねえ。だがよお。そいつはある一定の美学があってこそのことだ。てめえはその首輪でもってジョンストンを縛り、好き放題やっていたようだが、それはロリコンでもマザコンでもねえ。ただのお人形さん遊びが好きながきんちょよ!!お前が欲しかったのは自分のみじめな欲望のはけ口となってくれるお人形さんであって、ママでもロリでもねえ!!!」
「わ、私はマザコンだ!!」
「くっくっく。この期に及んでマザコン宣言が聞いてあきれるねえ。お前の言動、その道の連中が聞いたら、血管ぷっつんもんなんじゃあねえか。さっきのフレッチャーとのやりとりでてめえのメッキは剥がれてやがるんだ。どこの世界に、無理やり母親の自由を奪うマザコンがいるんだよぉ!お人形さん遊びに熱中していたがきんちょが、偉そうにマザコンを語ってんじゃねえ!これ以上くだらない口を利くんじゃねえよ、三下が!!」
あー気持ちいい。某裁判ゲームのように指を突き付けてやったらがっくりと机に突っ伏してやんの。おーい。生きてますかあ?さっきから入れ替わり立ち替わり、いろんな奴がお前の執務室に出入りしてんぞー。主席補佐官も固まってないでどうにかしろよー。
うん?画像がぷつりと切れやがった。おうい。灰になってる雑魚二人、回線が切れたのか?はあ、向こうが切っただと。バカだねえ。いくらスイッチを切ったって、現実は変わらないのにねえ。
うん?映りやがったが、何だ?いかつい顔のおっさんが出てきたぞ。
「大統領には別室に引き取っていただいた。お初にお目にかかる、鬼頭提督。私はダン・ウィルソン大将。アメリカ海軍で作戦部長をしている。」
「き、鬼頭提督。敬礼だ、敬礼。」
おっと追い込み中だったんでどうにも外行きモードに戻すのは難しいねえ。長門に言われて慌てて俺様が敬礼しようとすると、ウィルソンのおっさんは首を振り、頭を下げた。
「貴官の今回の勇気ある行動に感謝の言葉しかない。よくぞ、ジョンストンを、我が国の艦娘を救い出してくれた。勇名を称えられた武勲艦を己のエゴのために私物化し、このような仕打ちを行った大統領に対し、多くのアメリカ軍人・艦娘が怒りに震え、内乱を起こさんばかりの勢いだ。」
「ま、自業自得ですな。」
俺様は素っ気ない。道具の手入れが悪けりゃケガするのと一緒だ。丁寧に扱ってないんだから、そりゃ怒るに決まってんだろ。
「幸い、副大統領のエヴァンズが話が分かる人間でね。亡命を希望する提督や艦娘の邪魔をするなと申し渡したために、混乱は少なくて済みそうだ。」
ふうん。そんなことしたら合衆国の守備ががらあきになるんじゃないかね。どうなんだろう。
「構わんよ。何年かかってもこの国の人々の意識を改革し、提督や艦娘たちに戻ってもらうようにせねばならん。この国の人間は少し痛い目を見た方がいいのさ。」
そこまで言うからにはてめえが残る覚悟をしてるってことだな。
正直俺様は米国がどうなろうとどうでもいいんだが、一体何の用なんだ、この親父は。
「来なさい。ジョンストン。」
「・・・・・。」
俺様の目の前に偽フレッチャーことジョンストンが座る。こいつ、首輪はとれているが、心がやばいな。戻ってねえぞ。
「ジョンストンを君の鎮守府で引き取ってもらえないか?第二次大戦で勇ましく活躍した彼女の余りにもむごい姿が見ていられなくてね。姉であるフレッチャーのいる君の所ならば彼女も回復すると思うのだ・・。」
はあ?何言ってんだ、この親父。ただでさえ、駆逐艦ばかりのうちにまーた駆逐艦を引き取れって?しかも、こいつ米国にいてもどうせ厄介者だろう。体のいい押し付けじゃねえか!!
「提督・・。」
フレッチャーが心配そうに俺様を見る。ふん。俺様の艦隊に来るも何もこれじゃあ壊れた人形じゃねえか。おら、雪風。初期艦のお前がこいつに檄を入れてやんな!
「了解です、司令!ジョンストンちゃん!覚えていますか。サマール沖海戦でのこと。」
雪風は語る。サマール沖海戦でのジョンストンの奮戦を。栗田艦隊からの反撃を受け、速度は半減し、砲塔も半数が使用不能。艦橋が炎上した中でも、スコールと煙幕に隠れて態勢を立て直すと、さらにガンビア・ベイを含む護衛空母軍を救うため、日本艦隊の前に立ちふさがったその勇ましき姿を。
「わたしは・・・。」
「あなたが自分のことを忘れてしまっても雪風は覚えています!!満身創痍になりながらも、矢矧さん率いる雪風達第十戦隊の前に立ちはだかったジョンストンちゃんの雄姿を!最期を!」
遂に力尽き転覆沈没したジョンストンの側に接近し、その勇戦に敬意を表したのは誰あろう、雪風である。あの力強く最期の一瞬まで闘い抜いたジョンストンの変わりように雪風は涙が止まらなかった。
「思い出して下さい、自分を。強かったあなたを。雪風は見ていたんですよ!!強いあなたを!」
「ジョンストン!!」
フレッチャーも必死に呼びかける。先ほどまでよりも反応はあるものの、8か月に及ぶ首輪の行使により衰弱しきった心では立つこともかなわない。
「でも・・・わたしは・・・いらないって・・・」
掠れた声でジョンストンが答えた時、目の前に座る中年おやぢは面白くなさそうに吐き捨てた。
「ああ、いらないね。お前みたいな。根性無しは。」
「ちょっ!!テートク!!」
「与作、さすがに僕も怒るよ!!言葉を選ぶ場面だよ!!」
うるせえ奴らだ。騒ぐ外野を尻目に俺様は続ける。
「いらないって言われたから自分はいらないんだろう?バカかお前。いらないって言われても、自分が必要って思わせてみる根性はねえのかよ。」
「だって・・・みんなが・・・。」
「みんなが言ってたから?関係ないね。自分がどう思うかだ。お前自身はお前が必要ないって思ってんのか?」
「みんながそう言うならそうだと・・・」
がりがりと頭を掻いて苛立ちを紛らわらせる俺様。なんで、こいつこんなにアホなんだろう。
「みんなが、みんながってお前の言うみんなに雪風やフレッチャーは入ってないのかよ!!!」
「!!」
「必要としてくれる奴がいるのにうだうだと。そりゃあ、一年間別人でいろと言われて、逆らえば激痛。心が折れちまうよなあ。普通そうさ。だがよお。もうお前を縛るものはねえんだ。それなのにぐずぐずぐずぐず。辛気臭くてたまらねえ。みんななんてどうだっていいんだよ。お前がどう思うかなんだよ。怖くて逃げてるんだろ?臆病者のジョンストンちゃん。」
「違う・・・。」
「違わねえよ。みんなのせいにしてりゃ気が楽だもんなあ。こんなに臆病者なんじゃ、さぞかし乗っていた連中も臆病だったんだろうぜ!」
「司令!!」
俺様の一言に雪風が怒りぽかぽかと俺様のことを叩いてくる。ふん。当たり前のことを言っているだけじゃねえか。前のジョンストンも黙ってやがるぜ?
「・・・・違う・・。」
「何が違うんだあ?お前は臆病モンだろお?」
「訂正して・・・。」
ぐっと拳に力を込めて、ジョンストンは俺様を見る。いいねえ。目の前にいたら、お前、俺様を殴ってやがったな。
「艦長は、エヴァンス艦長は臆病者じゃない!!訂正しろ!!!艦長は、艦長は指が無くなっても、傷だらけになっても、味方を逃がそうと一分でも時間を稼ごうと闘ったんだ!!」
怒りに任せて捲し立てるジョンストン。ほお。そいつはすごいじゃねえか。確かに乗っていた連中は俺様から見てもすげえ連中だ。でもなあ、そいつらが今のお前の体たらくを見たらどう思うのかねえ。
「悲しむんじゃねえか、そいつら。一緒に闘って、共に沈んだ仲間がよ。こんな見る影もない臆病者になり下がっちまったんだから。」
さっと目を伏せたジョンストン。なんだあ、あいつ泣いてやがんのか?
「みんなは臆病者じゃない!あたしが、あたしだけが、臆病者だったんだ・・・。」
ぐすぐすと泣くジョンストンに可哀想だねと同情の目を向ける駆逐艦ズと長門。でも、俺様は同情しない。だって、こいつが臆病だし、負けたのは本当だからな。
「そうよ。あたしは負けたわ・・。頑張ろうって思ったのに、いらないって言われたから。」
「お前は臆病モンだよ。負けもした。だがよ。負けちゃいけねえのか?」
「え!?」
仕方ねえな。こいつに俺様の鬼畜モンとしての美学、鬼作先生から学んだことを教えてやろう。
一回しか言わねえから耳かっぽじってよーく聞け!!
「いいか、ジョンストン。一回の負けでも百回の負けでも勝てないと諦めたらそこでおしまいよ。本当の勇者って奴はなあ、ずぶとくしぶとく。例え、泥水をすすっても、雨露に耐えても、生き残り立ち上がるもんだ。息を整えて、まっすぐ前を見ろ!歯を食いしばれ!!もう一度だけ聞いてやる!てめえのしたいことは何だ?安全なところで昼寝することか!!」
「あたしは・・あたしは!!」
「お前と共に戦った連中は、一分でも一秒でも味方を逃そうとてめえより遥かに強い連中に立ち向かったんだってな。縮んだ気持ちに灯をいれろ!弱気の虫が鳴くなら無理やりでもねじ伏せろ!!ジョンストン、知ってるか?真の勇者ってのはなア、倒れない人間じゃねえ。倒れる度に立ち上がる人間のことなんだよ。お前はどうなんだ!!!」
「!!!!!」
バンッ!!大きく机を叩くと、ジョンストンは力強く立ち上がった。
「あたしは闘いたい!!ヨサク、あなたの艦隊で!!」
吹っ切れたように、快活な笑みを浮かべるジョンストン。あれどうでもいいけどなんで、俺様の艦隊なんだ?そうだ、しまった・・。そういやこいつをうちの艦隊にってウィルソンのおっさんの話だったじゃねえか!!ふにゃふにゃはっきりしねえからつい活を入れちまった!!
「提督!!素敵です!!」
「司令、見直しました!!雪風とっても嬉しいです。」
「与作、さすがだよ。あれ、おかしいな。僕ちょっと感激してるよ・・。」
「あたしの目に狂いはなかったなー。テートクやるじゃん!」
おいおい。お前ら、ちょっと待て。いらん。お前らに褒められても全く嬉しくない。駆逐艦が多くていい加減うんざりなんだが。って、ウィルソンのおっさん、あんたも大泣きしてんじゃねえ!!
「私の目に狂いはなかった。勇ましき武勲艦ジョンストン、どうか。異国の地でも元気で。追って正式に通達を送ろう、長門補佐官よろしいか。」
「了解した。そちらも大変だと思うが、なあに何かあったら頼ってくれて構わんよ。」
「遠慮なく頼らせてもらおう。それと、アトランタがモードナイトメアを使うに至った件、本国でも伝わっておる。マグダネル・ハッチンソン両名に対しては後日査問会が開かれるであろう。それまで両名とも、謹慎を言い渡す。主席参謀長兼副官であるコーネル大佐が任務を引き継ぐように。」
「承知しました。」
いつの間にかやってきていたコーネルが、マグダネル・ハッチンソン両名を退室させる。
「それでは忙しくなるのでこれで失礼しよう。最後に鬼頭提督。君は我が国の艦娘を救ってくれた。ありがとう。」
「ふん。俺様はちんけな追い込みが目に余ったのと、うちの鎮守府の奴に手を出されたのに腹が立っただけさ。」
「仲間思いの提督なのだな。よかったな、フレッチャー。君が我が国に未だ着任しておらんのは残念でならんが、幸せそうなその姿を見て、嬉しく思うよ。」
「ありがとうございます!ジョンストン、早くこちらにいらっしゃい!待っているからね。」
「ええ、姉さん。それとヨサク、
笑顔を見せ、手を振るジョンストンに俺様はため息で返す。いきなりヨサク呼びかあ?距離感近くないか、あいつ。なんだかグレカーレの悪夢が・・・。うっ頭が割れる!!
「いや、別に無理に来んでもいいんだがなあ。」
「うふふ。提督は冗談がお上手ですね!」
なんで、こんなにってくらい上機嫌のフレッチャー。多分五重キラぐらいのまぶしさだぞ、こいつ。
「さてと、帰るか。一仕事終えたから、長門補佐官のおごりでジュウジュウカルビでも行くか!」
「鬼頭提督、すまんが、大淀たちから呼び出しがかかっていてな。非常に非常に残念だが戻らねばならない。またの機会に是非呼んでほしい。というか呼んでください。お金は払うので。」
「くっくっく。ご愁傷様あ。それじゃあ、俺様たちだけで行くか。って、なんだコーネルのおっさん。俺たちはもう帰るぞ!」
帰ろうとして車を出した俺様達を先ほど司令官に出世したコーネルのおっさんが呼び止める。何か抱えてるぞ?あれは、アトランタか?あいつ、修復ドックに入れられてたんじゃねえのかよ。
「なんだ、どうしたんだ?」
「す、すまない帰りがけに。基地の修復ドックでアトランタを修復しようとしたんだが、一向に良くならなくてな。この基地には艦娘が少ないものだから高速修復剤がないんだよ。こんなことを頼むのもどうかと思うが、君たちの鎮守府に高速修復剤があるのなら使ってやってくれないか。」
「まあ、アトランタには借りがあるからな。そいつのお蔭で首輪対策ができたしよ。かまわねえぞ。」
「なぜとは聞かないんだな。彼女をこんな目に遭わせた我々なのに。」
「知るか。どうせ、居心地が悪いとか、良心の呵責ってやつだろう。興味ないね。」
「ふふ。貴官は手厳しいな。」
未だ目を覚まさぬアトランタを乗っけて鎮守府へと戻る俺様達。長門補佐官が降りたものの、アトランタを一番後ろの席に寝かせたため、再び行われる助手席に誰を座らせるかのじゃんけん大会。
うん!?また雪風だと。ははあ、雪風じゃんけんが苦手説は間違いがなくなってきたな。こいつはますますリベンジの日は近いぜ。けけけけけ。楽しみにしてるぜ。お前の敗北してぐぬぬとなる姿を見るのがよぉ。
「あの、テートク。あたしも同じ立場だから教えてあげるけどさ。雪風、強いよ。」
「はあ?またまた、何言ってやがんだ。罰ゲームで助手席に座ってんだろうが。」
「与作の鈍感!みんな与作の隣に座りたいんだよ!!」
「俺様の隣はむちむち美人と決まっている。お前らじゃねえ。」
「て、提督。私はその、どうでしょう・・。一応むちむちしているつもりなんですが・・。」
「はあああ?なんで俺様に感想を聞くんだ?知らねえ。今度織田にでも聞いてみな。」
「全く。司令は本当にみんなの気持ちが分かってないですね。」
「お前たちの気持なんか分かりたくないね。さて、ジュウジュウカルビが無くなっちまったから仕方ねえ。宮本肉店で肉を仕入れてバーベキューでもすっか。」
「カルビなんか美味しそうね!」
「雪風はハラミが好きですね。」
「僕は普通にロースだなあ。フレッチャーは?」
「私は皆さんと食べれば何でも美味しく感じます。」
「よし、じゃあその辺を買ってと・・」
『私は牛タンを希望します!!』
あれ?もんぷち、お前いやがったのか。随分静かだったから気付かなかったぜ。
『アトランタさんの艤装妖精が生意気なんで、先輩としての威厳を見せつけていたところですよ。』
「アトランタの艤装だあ?そんなの知らねえぞ。」
『提督が来る前に必要だろうから入れさせてくれとあのコーネルさんに言われたんで。私が趣味のピッキングでトランクを開けて入れといてやったんです。ところが奴ときたら、中が狭い、暗いのが嫌だと文句ばかり垂れるもので・・』
趣味のピッキングってこいつ、最近ちょくちょく鍵かけたはずの所から金平糖がなくなってると思ったら犯人はお前か!!それに、ちょっと待て待て待て。なんだか、話がすごーーーーーくおかしくないか。なんで修復剤使うだけのアトランタの艤装が入ってんだ?それによくよく考えたら、うちから修復剤持ってくればいいだけじゃねえか?
「与作・・・。後でちょっと話そう?今後についての真面目な話を。」
おい、元ペア艦。なんだそのジト目は。いつもそんな目つきしてたら直らなくなるぞ。
とりあえず、今日は疲れたんで、鎮守府に戻って飯食ってから考えようや。
グレカーレ「今回はホントに珍しく、登場人物紹介がないみたいよ。」
時雨「人物が多すぎて書くだけですごいことになりそうだからだって。」
雪風「しれえと雪風のじゃんけん勝負の結果が知りたい人も多いはずですよ!!」
与作「うるせえ!!」
フレッチャー「ふふ。提督、よろしければ後で私とじゃんけんをしてください。」
グレ&時雨&雪風(絶対わざと負けてあげる気だ!!)
もんぷち『それでは、みなさん、次回「そして、それから」でお会いしましょう!!』