「はああーっ。」
「?はあーーっ」
大きく深いため息で、俺様の気持ちを代弁する。それをきょとんとしながらマネするげっ歯類。よせ、与作。仮にもお前は鬼畜紳士だろう?苛立ちはわかるがそれを表に出すんじゃねえ。このちんちくりんには何も罪はない。
だがよ。
だが。
だがーーっ。
よりにもよって何で駆逐艦が来やがるんだ。しかも雪風だと?雪風といえば。
「呉の雪風、佐世保の時雨だっけか。」
「おおーっ。さすがしれえは物知りですね。ハイ、雪風は時雨ちゃんと並ぶ幸運艦として有名です!」
やっぱりかああ。あの野郎、絶対何か細工しやがっただろう。あいつが呼んだとしか思えん。それか網棚に置いてきた養成学校艦娘引き渡し要請書の呪いか。
「司令、雪風、いつでも出撃できます!ご命令を!」
びっしと敬礼するやたらテンションが高いビーバー。対してローテンションの俺様。そりゃそうよな。虎の子の資材が吹っ飛んだんだから。
「命令と言いやがったな、ちびっこ。」
「ちびっこじゃありません!雪風は雪風ですっ!」
ふんす、と鼻息を荒くする雪風に俺様はほうきとちりとりを渡す。
「何です、これ?」
「掃除に決まってんだろ、そ・う・じ!もんぷちのお陰できれいになったが長い間使ってなかったんだ、掃除するぞ。きれいじゃないとお子様の衛生環境上よくねえ」
「しれえ、雪風はお子様じゃなくて、艦娘です。艦娘は見た目と年齢が異なります!」
お前もか。どうして駆逐艦どもはこう同じことを言うのかね。とにかく、だ。
「俺様は庁舎内を探検してくる。お前は玄関から掃除を始めてろ。」
「ええっ!?雪風も行きたいです!」
うるさい奴だ。ご命令をというから命令してやったのに、それに対して文句を言うとはとんでもない。愚図る雪風を説き伏せ、もんぷちと共に庁舎内の探検を始める。
『うふふ、二人きりになりたいなら初めからそう言ってくれていいんですよ!』
何やら自分に都合のよい妄想に体をくねらせながらついてくる猫吊るし。あのなあ、お前妖精女王だってんなら、俺様の所にナイスバディな艦娘を着任させてみせろよ。
『あれは工廠担当の妖精が悪いのです。私のせいではありませんよ。』
「じゃあ、今度資材が貯まったらお前が建造しろよ。できるだろ、仮にも女王なんだから」
『えっ?私が?そりゃあ私は女王ですからやろうと思えばできなくもないかもしれない可能性が多分あると思ったり、思わなかったりしますが・・』
「できないのか。」
わざとらしく肩を落とし、期待外れと言わんばかりの目を向ける俺様にもんぷちはうろたえる。確かに先ほどの鎮守府の再生能力は驚いた。だが、それだけだ。俺様にとって一番重要なのは艦娘ハーレムを作ること。立派な鎮守府で誰もいないより、おんぼろでもいい、美人な艦娘達に囲まれる方が百万倍いいに決まってる。
『雪風さんは普通当たりなんですけどねえ・・・。』
「間違えるな。俺様はロリコンじゃない。」
養成学校時代の同期なら喜んで迎え入れただろうが、俺様にとっては嬉しくもない駆逐艦との時間がまたやってきただけだ。
正面玄関から、一階のあちこちを確認していく。横須賀などの大きな鎮守府庁舎とは違い、こじんまりとまとまって作られたためか、2階は提督と艦娘の居住施設になっている。これが最初に建造できたのが、戦艦や空母ならムフフな展開を期待し、俺様のテンションもMAXとなったものだが、あのちんちくりんでは我が息子もしょんぼりと首を垂れて当然だ。
『ここが、執務室ですね』
「ほう、俺様の野望の巣となる執務室か。」
扉を開けて中に入る。ソファと執務机。それに秘書官用の机が置かれた簡素な室内には、一つだけやたら高そうな椅子が置かれていた。これって、温泉宿なんかで見かけたことないか?
『前の提督が腰痛持ちだったらしくて、マッサージチェアを買ったんだって。』
なぜお前がそんな情報を知っている。他の妖精から聞いたのか。
「ほお。それはいい。早速試してみよう。」
「そうですね、しれえ。電源をいれてみます!」
ちょこんと座った雪風がリモコンを操作すると、ぶいーんとうなりをあげて動くマッサージチェア。
「おおっ。これはすごいです、しれえ。ごりごりきますよ!」
雪風はすっかりご満悦だ。・・・って、おい・・・。
「なんでお前がここにいるんだよ。掃除しろって言っただ・ろ・う・が!」
雪風のこめかみの辺りをぐりぐりする。こいつ、頭部に電探をつけてやがんのか。気を付けねえとな。
「痛い痛い!痛いです、しれえ!しれえがいけないんですよ。初期艦である雪風をほったらかしにするから!」
「何が初期艦だあ。駆逐艦のお前に期待することはないぞ。せいぜい人数がそろってから遠征に行ったり、鎮守府の近海を哨戒したりするのが関の山だろう。」
「ちっちっちっち。どうやらしれえは雪風のことをあまりご存じないようですね。鎮守府近海ならば雪風一隻でもなんとかなりますよ!って痛い痛い!なんでまたごりごりするんですーっ!」
はっ、いかんいかん。俺様は鬼畜紳士。がきんちょ相手でも最低限の礼節を守る男なのだが、こいつときたらやたらこちらのペースを乱しやがる。さすがはあの時雨と並び称される存在。面倒臭さも同じだ。
「よし、分かった。それでは、駆逐艦雪風に命ずる!」
途端にマッサージチェアより降り、すっと背筋を伸ばす雪風。この辺はさすが太平洋戦争を生き延びた歴戦の強者を思わせる。
「とりあえず三日間は庁舎内の点検、掃除だ。出撃はするな!」
「えーーっ!司令、雪風は大丈夫です!!いつでも出撃できます!」
「お前が大丈夫でも資材が大丈夫じゃない、すっからかんなんだよ。待機だ、待機!!いいっていうまで動くなよ!」
「動かないと掃除はできませんよ、しれえ!って、痛い、痛いですー!」
「お前を呼ぶために全部使っちまったんだよ。明日にでも大本営に掛け合って、予備の資材を回してもらえないかどうか聞いてみねえとな。」
「絶対大丈夫です、何とかなります、そんな気がします!」
こいつが言うと妙な信頼感があるんだよなあ、さすがは奇跡の駆逐艦。おっと、がきんちょなんぞにほだされるところだったぜ。早くもう一度建造できるようになって、ナイスバディ艦娘を引き当てないとな!
登場人物紹介
雪風・・・与作の初期艦。着ているワンピース型のセーラー服からパンツが透けて見え
るため、与作からなんとかするよう厳しく言われて困っている。
与作・・・雪風を追い払った後マッサージチェアを嬉々として使おうとするが、どう
やっても使えず、呪いの存在を確信する。
もんぷち・マッサージチェアを直してほしいと依頼されるが、電化製品を直すのは管轄
外のためできず、与作からの信頼度が下がる(信頼50→30 MAXは100)