深海棲艦が人類史上初めて目撃されたのはどこかという質問に対しては、多くの場合、199X年の2月8日、米国領マイアミ沖にての米国船籍の豪華客船アトランティスとの遭遇が挙げられる。この前年にデビューしたばかりの大型客船は、全長約400m、総トン数25万トン、旅客数6000人と当時の世界最大を誇ったが、それよりも有名になったのは、深海棲艦の最初の被害者としてであった。
2月8日深夜、アトランティス号東側に現れた巨大な生物は当初クジラであると思われ、船足を落として対処することとされた。通常この海域にはタイセイヨウセミクジラが見られ、それらとの事故が多発していたからである。しかし、それがどうも違うらしいと判明した頃には、アトランティス号は無数に現れた深海棲艦駆逐イ級の絶え間ない攻撃にさらされ、メイポート基地から急ぎ出撃した巡洋艦二隻の到着を待たずして沈むこととなった。
残された記録から深海棲艦の存在を知り、その情報を共有した各国は、やがて同時多発的に起こった深海棲艦の出現に悩まされ、艦娘の顕現を待つこととなる。
「君たち自身が、どうして自分たちが生まれたのか分からないのかい?そいつは困ったな。だが、考えれば人間だって、誰しも自分たちがなぜこの世に生を受けたのかは分かりはしない。単純な生殖行動の末に生まれた訳であって、そこに運命的な意味合いを持たせる人間の方が稀だろうね。」
そう話した始まりの提督は、艦娘を深海棲艦に対する反存在として捉え、それは世界が人を生かそうとする善意によって生まれたものと定義づけた。
「世界の善意ですか?それはまた随分とロマンチックな・・。」
研究者肌だった夕張に指摘されると、提督は頭を掻きながら照れたものだ。
「私だってこんな陳腐な言い方をしたくはないがね。そうでもしないと君達がなぜ顕現したのか説明できないのさ。そして、えてして、こういう時には物事は少し盛って話した方がいい。人間は説明できない物事が起こると、さももっともらしい言葉に飛びつくもんだからね。」
そして、世間は始まりの提督の言葉通り、深海棲艦と戦う艦娘達を救世主として歓迎することとなる。
(その艦娘が互いに争うことになるとはね・・。)
北上は心中暗澹たる思いを抱きながら、大本営の大淀に連絡をとった。
「成程。了解しました。金剛秘書官の動向には目を光らせておきます。」
「うん、よろしくねー。」
大淀の返事に満足する北上であったが、事態は安穏としてられるものでもない。谷風を捕まえ、大本営に引き渡すことも考えたが、あの金剛が黙っているはずがない。
(恐らくはそんなことをしても、谷風の独断専行と切り捨てられるだけだね。)
冷静な頭で彼女はそう判断し、己を落ち着かせていた。既に与作には報告を済ませ、他の艦娘にも事のあらましを伝えてある。グレカーレなどはなぜとっつかまえないのかと憤っていたが。
「とにかく、こちらからも人を回せるようであれば回します。江ノ島鎮守府は、どうも悪目立ちしてしまっているようですね・・。困ったものです。」
「うん。ありがと。長門さんには適当に報告しておいてよ。あの人、金剛と仲が悪いから、あたしが言うとかりかりしそうで怖いんだよねー。」
「了解です。そこは上手く伝えます。それにしても、北上さんの言う通り、人の体を手に入れると、余計な悩みも増えるものですね・・。」
「若者が何をおっしゃるやら。そういうのはあたしら年寄りの台詞だよ!」
「どこが年寄りなんですか・・。本当にもう!大体ですね・・。」
大淀の説教が始まりそうな気配を敏感に察知し、北上は受話器を置いた。与作との約束の日まであと二日。それまでには大体の形になるところまで調べを進めなければならない。
「さあて、すりぬけくんとお話しますかあ。」
ばっどいぶにーんぐ。どうにも気分が上がらない日ってあるだろう?そうさなあ。お気に入りのエロ本で抜こうと思ってたら、そいつで勃たなかったとかさ。俺様にもそういう時がある訳よ。特に最近はバーゲンセールみたいにどんどん駆逐艦が増えやがる割に一向にすりぬけくんで建造ができねえので、イライラが積もり積もってたわけだ。そんな訳で、俺様は自分のメンタルを回復するべく考えて、今日の仕事を時雨に押し付け、こうして鎮守府を出てきた訳だ。あいつ、今頃ぷりぷりしてるんじゃねえか。
「ちょっと家出します。鎮守府の仕事は今日の秘書官時雨に任せてくれ。」
そう書いてきてやったからなあ。思えば、あの野郎と出会ったせいで、この駆逐艦地獄に陥る羽目になった訳だ。織田の野郎からすると楽園というが、俺様にとっては幼稚園の間違いだと言いたいね。北上とアトランタ?まあ例外もいるがよ。
とにもかくにも。いらいらする気持ちでやってきたのは勝手知ったる藤沢の街よ。この間、PCを買うって言ったショップにも顔を出さねえといけねえからな。
「あっ!い、いらっしゃいませ!!」
俺様が入店するや、出迎えたのはこの間粋な計らいを見せたベテラン店員。
「よお。この間の。約束を守りに来たぜ。」
「え?ほ、本当ですか・・。それではこちらの30万円のがスペック的にはお買い得ですが・・。」
「はあ?おいおい。そりゃあ通常のモデルだろう?俺様はハイスペックと言ったんだぜ?そいつを元にして、できる限りの高スペックにカスタマイズしやがれ」
「りょ、了解です。あの100万を超すと思いますが、よろしいので?」
何言っているんだ、こいつは。俺様はハイスペックPCを買うって言ったんだよ。それがちんけな既製品だあ?いる訳がねえ。まあ、本来ならもうちょっと金をかけて自作って手もあるが、ここはこいつらに華を持たせておいてやろう。ん?なんだ、この間の若造じゃねえか。少しは勉強したのか?
「あ、あの記者会、み、見ていました。そのサインを・・・。」
ほお。俺様のサインを欲しがるとはなかなか見る目があるな。色紙まで用意してご苦労なこった。
鬼畜万歳とでも書いてやるか。神棚に飾るんだぞ。
「あ、ありがとうございます。ぜひ、時雨ちゃんのサインを・・」
べりい!
「ああっ!な、何を!!」
思いっきり色紙を破り捨ててやったね。このバカ店員め。俺様は傷ついた心を癒しに来てるんだ。駆逐艦の名前を出すんじゃねえ。送り先の住所を書き、支払いを済ませる。
「すいません。うちの若いのが失礼なことを。こちらおまけと言ってはなんですが・・。」
ベテラン店員が差し出してきたのは、『喪服妻洋子34歳』のDVD。ほお、こいつやるな。俺様が今回買おうかと悩んだ逸品をためらいもなく出しやがった。客のちょっとした言動から最適解を導き出す。相当の目利きだぜ、こいつは。
「ありがたくいただこう。あんたとは長い付き合いになりそうだな。」
「またお待ちしております。」
高級ホテルの支配人もびっくりの優雅な礼でもって見送られる。ふふん。こいつはいい店を見つけたもんだぜ。
PCショップに寄った後はお定まりの金太郎に行こうと思ったが、昼めしを食わずに出てきたのを思い出し、繁華街をうろつく。
時間はちょうど午後三時。昼休み休憩をとる店もちらほら。腹と相談し、目についたラーメン屋に飛び込むと、自販機の前で誰かがうんうんうなっている。
「う~ん。ここでラーメンを食べると後が厳しいかも・・。でも、もうずっと食べていないからおなかが空いてたまらないかも~。」
やたらかもかもうるさい奴がいやがった。ぱっと見たところ、ツインテールみたいに見える銀髪のサイドテール。すらりとした長身のモデル体型だが、背中の唐草模様の風呂敷がやけにシュールな雰囲気を漂わせてやがる。なんだ、あれ、艤装じゃねえか?ってことはこいつ、艦娘か?
「う~ん、悩むかも。お腹はぺっこぺこなんだけど・・・。」
がま口の中を見て小銭をちゃらちゃらさせながら、まだ悩む艦娘。貧乏なのか知らねえが、さっさと決めやがれ。どうでもいいが、お前がそこに居続けてると俺様が買えねえじゃねえか!
「おい、艦娘のお嬢ちゃん。いい加減にしてくれねえか。あんたがそこにいると後ろのお客さんが買えねえだろう。さっきからずっとそこにいるけど、食べないんだったら出てってくれ!」
「ご、ごめんかも・・・」
店の親父に怒鳴られて、じんわりと涙目になるかもかも艦娘に、なぜか苛立つ俺様。
「おい、じゃまだ、どきな。」
「あ、は、はい・・。」
しょんぼりとしながら、脇にどくかもかも娘。
手早く自販機で特盛ラーメンを二つ買った俺様は、親父の前に叩きつけた。
「俺様と後ろのかもかもの分だ。美味しく頼むぜえ。」
「え!?・・・は、はい・・。」
え?なんで?という顔をする親父とかもかも。知るか、俺様自身、なんでこんなメルヘンチックなことをしてるんだか分からないからな。
「おい、そこじゃ邪魔だ。こっちに座れ、かもかも。」
ぽかんと口を開け、驚いていたかもかもが隣に座る。
「かもかもじゃなくて、秋津洲かも!っておじさん、あたしの分も払ってくれたの?何でかも?」
「お前のその口癖がうるせえんだよ!俺様は腹が減ってるんだ!食事の時は静かにしやがれ!」
「うぐっ・・・。わかったかも。口チャックかも。」
「だ・か・ら!そのかもってのを止めるんだよ!」
「こ、これは口癖で治らないかも~。」
「じゃあ、だ・ま・れ。」
「うぐっ・・・。」
俺様がほほをむぎゅっと掴むとこくこくと頷くかもかも。ふん。やればできるじゃねえか。ふい~腹が減ったぜ、存分に食べるとするかあ。
ずるずるちゅー・
ずるずるちゅー。
「あ、あの・・。」
ごくごくごく。
ずるずる。はふはふ。ごくん。
「お、おじさん。ありがとう、かも。」
ずるずる。ずるる~。ごくごくごくん。
「ふいー。食った食った。さあて、俺様はもう行くかなあ。」
「ふえ!?ちょ、ちょっと!おじさん、食べるの早すぎかも!ま、待って!」
「はあ?お前、なんか勘違いしてるんじゃねえか。飽くまでも俺様はラーメンを奢ってやっただけだ。話を聞いてやろうとかそんなつもりは全くねえぞ。」
「そ、そんな・・・。」
これだから現代っ子は困る。ちょいとこちらが何かしてやりゃ、もう面倒見てくれる気になってやがる。こういう他力本願な奴が最近多くなってきてやがるな。これも日本の教育の歪みかね。
「知るか。そんじゃあな。」
ずるずると急いでラーメンをすするかもかも秋津洲を放って外に出ようとすると、奴の背中の風呂敷がもぞもぞと動き、じいっとこちらを見ている視線に気が付いた。なんだこりゃ?艦載機に顔が描いてあるぞ?
「お前艦載機を背負ってやがったのか。にしても、なんで、俺様の方を見てるんだ、こいつ。」
「二式大艇ちゃんが?お、おじさんのことが気になっているみたいかも・・。」
「艤装が俺様のことを?むちむちぼいんちゃんならともかく、カチカチマシンちゃんに好かれてもよお。」
こちらを見る二式大艇の野郎は俺様の嫌味にもにこにこと全く動じねえ。こいつはある意味大物かもしれねえな。
「ご、ご馳走様かも!お待たせ、おじさん!」
「はあ?待ってねえよ、お前のことなんざ。今日の俺様は駆逐艦NOデーなんだ。寄るんじゃねえ。」
「あ、秋津洲は飛行艇母艦だから、駆逐艦じゃないかも!って、おじさん、どこかで見たことあるかも・・。ってああああああ!!!」
おい、こら。店の中で大声出すんじゃねえ。なんだ、お前のその鳩が豆鉄砲を食ったような面は。
あっ、こいつ。裾を掴みやがった。今日の俺様は自主休暇なんだ。しっしっ!馬鹿が。手を放しやがれ!
「い、嫌かも!ここで会ったが100年目!艦娘の救世主の鬼頭提督に、あたし、聞いて欲しいことがあるかも!お願いします!!」
「なんだ、そりゃ。どこの頭お花畑野郎がそんなデマ流してやがるんだ。ひ、人違いだ!」
こっ恥ずかしいあだ名に居ても立っても居られない俺様が、その場を離れようとするが、秋津洲の奴はますます力を籠めやがる。
「二式大艇ちゃんの見る目に間違いはないかも!それに、その格好と黄色いタオル、あたし、会見も動画もばっちり見ていたかも!ま、まさかここで会えるなんて!」
きらきらと瞳を輝かせる秋津洲だが、知るか、ぼけ。
「うるせえ。黄色いタオルは今なうなおやぢにバカ受けの代物よ!誰でも持ってらあ。」
「ふふ~ん。これならどうかも?」
「はああ?なんだ、そりゃ。」
秋津洲は懐から携帯を取り出すと、自慢げに俺様に待ち受け画像を見せた。そこに写っているのはどこからどう見ても、ないすなおやぢ。例のくそ米国大統領に追い込みをかけている俺様の雄姿だった。
登場人物紹介
与作・・・・・実はこの年までばっちり働いているのでそこそこ小金を持っている。
秋津洲・・・・通称かもかも娘。特盛ラーメンを急いですすったため、若干舌を火傷した。
時雨・・・・・仕事を高速で終わらせ、与作捜索隊を雪風と結成する。
ベテラン店員・ハイスペックPCにこっそり「紳士の贈り物」フォルダを作り、そこに与作好みのゲームをインストールしておくナイスガイ。