前話でご指摘を受けましたが、今回だけでなく、今後のエピソードでは、話の構成上、艦娘達の性格や言葉遣いなどを変えることがあります。これは演出として意図的に行っておりますが、違和感を感じられた場合には、ブラウザバックをお願いいたします。また、話の都合上、第一部のジョンストンのように酷い扱われ方をする艦娘も今後出てきます。ご不快に思われる方も同じくブラウザバックをお願いいたします。
「本当に何なの・・。何なのよ、この艦隊はっ!!」
自室に戻った矢矧はあまりのやるせなさに側にあったクッションを力任せに放り投げた。
佐世保からこの横須賀に異動してきて三か月。前の勤務先とのあまりの違いに驚いた一か月。
それになんとか慣れようとしたのが一か月。そして残りの一か月は、己のいる艦隊に見切りをつけ、淡々と過ごしてきた一か月だった。
小遣い制などという聞いたこともない制度も、残りは艦娘の将来に向けて蓄える、士気を高めるためだと説明され、名高き横須賀鎮守府の提督が言うことだからと信じて、唯々諾々と従ってきた。
しかし、そんな彼女でも、仲間である秋津洲への周囲の態度の酷さには黙っていられなかった。提督だけでなく、伊勢や大淀などにも何度も相談し、それだけでは飽き足らず自分からも周囲の艦娘に、そうした態度はおかしいとぶつかっていった。
その結果は腫物扱い。
生真面目に事務処理をこなす矢矧を瀬古は秘書艦として、古参の大淀や伊勢と同様に重宝したが、彼女の進言に対しては聞く耳を持たず、どんなに乱暴な口を聞こうとも咎めようともしなかった。せめて、そんな言い方はおかしいだろう、と注意の一つもあればどんなに嬉しかったことか。
矢矧の脳裏に先ほどの会議室でのやりとりが思い出される。
「うちの提督はさ、艦娘を全く信じていないんだよ。」
艦隊の最古参であり、筆頭秘書艦でもある伊勢はそう言って肩を落とした。
「ど、どういうことなん、ですか・・。」
思わず地が出た矢矧に、伊勢と大淀は目を丸くした。
「どうしたんだい、突っ張るのは止めたの?」
「矢矧さん・・。」
二人の驚きも無理はない。この3か月の間に、艦隊の仲間と衝突を繰り返した矢矧は、口調も態度も荒み、周りを寄せ付けようとはしてこなかった。
とりあえず、同じ艦隊に所属しているから我慢して付き合ってやっている。
あんた達の態度が本当に我慢ならないんだから、仕方ないだろう?
提督と話すときでさえ、時折それは首をもたげるのだから、相手が同じ艦娘であるならば猶更だ。
「私の態度を変えたければ、あんたらがまず自分の行いを反省するんだな。」
矢矧はきっぱりとお前たちとは違うと宣言し、何を言われようと折れなかった。
だが、今回は違う。
「私は貴方達を認めていない。でも、最低限の礼儀は知っているつもりです。」
じっと、矢矧は伊勢の目を見つめた。
「教えてください。提督が艦娘を信じていない、とはどういうことですか?」
そして、伊勢が語ったのはどこにでもよくある艦娘を道具扱いする提督と、その提督を信じられない艦娘達の話。
そこまでならば、よく耳にするブラック鎮守府と大差なく、いづれ、大本営の査察に目を付けられたことだろう。だが、瀬古は艦娘達を道具として管理することにかけては、抜群の手腕を発揮する男だった。
活かさず殺さず。無駄な支出をしない代わりに無駄な出撃もしない。そのため、ブラック鎮守府の提督がしがちな、大破進軍や轟沈前提での作戦なども当然ない。蓄積した疲労は失敗につながり、己の評価と艦隊の収支に直結するとの判断から、無理な出撃や遠征も行わない。
それは、艦娘を道具として見た場合において、ある意味理想的な艦隊運営と言えただろう。
ただ一点、提督が艦娘を全く信じていないということを除いては。
「始め、うちの艦隊に来た艦娘は無茶な出撃や遠征もしないことから喜ぶんだ。でも、そのうちに気付くんだよ。提督はあたし達の話を聞いていないって。」
筆頭秘書艦として、伊勢も何度も瀬故に進言をした。もう少し、艦娘を信頼せよ。そして、道具としての扱いは構わない、せめてもう少し施設に金を使って欲しいと。
「でも、それは叶いませんでした。提督は無駄を嫌います。私達道具が普通に動けている限り、それに心を配ることも、お金を使うことも無駄な出費なんです。」
悲し気に大淀が呟く。
道具を無理に壊そうとはしないものの、その道具が満足に動いているのであれば、敢えて手入れをする必要はない。だが、そのような態度で接する提督に対し、艦娘は満足に働きはしないだろう。
「そのために作ったのが、小遣い制さ。月々の働きに応じて小遣いが渡されれば、皆とりあえず提督はあたし達の働きを認めてくれていると思うだろう?」
「そ、そんな事って!」
余りのことに、矢矧は絶句する。提督が皆の働きを認めている?自分の道具がきちんと働いているか評価しているだけではないか。そこには艦娘への労りの気持ちなど微塵も感じられない。
だが、ようやくこれまでのことの合点がいった。
瀬故が言った、
「食べた分だけ働かないのか?」
と言う言葉はまさしく彼の本心からなのだ。秋津洲は役立たずの道具であり、評価も最低。小遣い制などというお互いの評価が分かりやすく出るものを導入してしまったために、それによる差別まで助長してしまった。
「・・教えてくれてありがとうございます。・・すいません、30分程時間をください。」
素の表情でそう告げる矢矧に、伊勢と大淀は黙って頷いた。
矢矧は無言でクッションを叩いた。
壁に投げつけて、跳ね返ってくるやさらにぼこぼこと叩く。
心の内から湧き上がってくるこの気持ちは何なのだろう。
怒り、蔑み、嘆き、悲しみ・・。
ごちゃ混ぜになった感情を持て余し、何度も何度も同じことを繰り返す。
自分は何のために、佐世保からここに移って来たのだろうか。
「横須賀ですって?栄転じゃない!あたし達の代表として頑張んなさいよ!」
そう言って、励まし見送ってくれた瑞鶴に、何と言えばいいのか。
「え?矢矧じゃない!そう、佐世保から来たのね。どこから来ようと矢矧は矢矧。阿賀野のこと、頼ってくれていいからね!」
第十艦隊の阿賀野はそう言って、何度も相談に乗ってくれた。瀬故の余りの倹約ぶりに、うちの丸宮提督にも見習わせたいと笑っていたが。
「阿賀野姉、違ったわ。瀬古提督は、私達を信じていないだけだったの・・。」
艦隊の宴会で豪快に金を使い過ぎ、金庫の中身はすっからかん。
あちこちの支払いのために、自分達への支給品である間宮券を裏で他の艦隊に売り払い、今月は間宮でお茶しか飲めない。とんでもない提督さんよね、ぼこぼこにしてやったのよ、と笑っていた阿賀野がうらやましくてならない。自分が例え第十艦隊にいたとしても、きっと提督にぐちぐち文句を言いながら、結局は許していただろう。
自分達を気遣って提督が何かしてくれることが、艦娘にとってはたまらなく嬉しいのだから。
「それが、私たちはどう?」
ぽろぽろと溢れる涙を矢矧はこらえることができなかった。
金も名誉も大切なものだろう。だが、自分のいる艦隊には一番大切な物がない。
図らずも、3か月前から抱き続けた違和感だった。
確かめようにも確かめたら最後通告を受けるようで、苛立ちながらも決定的なことには触れないでいた。
だが・・・。
ぐっと拳を握り、目をつむる。
いつも自室で二式大艇を友として食事をしていた同僚の、申し訳なさそうな顔が浮かぶ。
「秋津洲は、元気にしているのかしら・・。」
戻ってきたら、精一杯優しくしよう。涙を拭い、矢矧は約束の時間が近いことを確認して会議室へと戻った。
⚓
ぐっどな~いと。
鎮守府近くの茂みで怪盗用の服装に着替える俺様達。
って言っても、俺様以外は何のひねりもねえライダースーツだがな。
「ねえ、北上。なんで与作だけ恰好が違うんだい?」
「つーん。今のあたしはノースアップ。江ノ島鎮守府のナイスなおさげ、北上様のことなんか知らないよ。」
ぷくくくく。いいぜえ、北上。お前のそういう冗談が分かるところが俺様的には高評価だな。
時雨の野郎泡をくってやがるが、いつの世もノリが悪い奴は置いてけぼりを食うものよ。
「タイムレイン、お前もいい加減慣れたらどうだ。これから先は冗談じゃ済まねえんだぞ。」
「タイムレインちゃん、ファントム・アドミラルの言う通りです!」
「タイムレイン、いい加減諦めなって。肝心な時に素に戻るのがあんたの悪い癖だよ?こういう時は一緒になって騒いだ方が楽しいじゃん!」
「んもう!分かったよ。タイムレインでいいよ。受け入れるよ。で、ファントム・アドミラルだっけ?はどうして僕たちと恰好が違うんだい?」
今現在の恰好。
タイムレイン→水色のライダースーツ
スノーウインド→オレンジ色のライダースーツ
ノースアップ→紫色のライダースーツ
マシツキア→エメラルドグリーンのライダースーツ
俺様→緑色のジャケットに黒いズボン
ふふん。どうして恰好が違うときたか。さすがはペア艦。よくぞ聞いてくれたぜ、それはなあ!
「ルパン三世の恰好ですよ!カリオストロの城で出てきた格好です!って、痛い、痛いです~。」
こんの、ビーバーがああ!お前はどうして、俺様の出番を奪いたがるんだよ!
「ファントム・アドミラルが、スノーウインドに着物を着させてくれなかったからですよ!」
あほか、こいつは。艦娘に着物なんて着せてたら目立ちまくってしょうがないじゃねえか。
「ライダースーツだって十分鎮守府の中じゃ怪しいけどね~。」
「ファントム・アドミラルはどこに向かっているかも?こっちは高いゲートがあって登れないよ。」
この鎮守府の内部構造に詳しいマシツキアが尋ねてくる。ふん。そんなことは分かっている。
だが、情報提供者の話じゃあ、ここが一番監視の目が緩いらしいぜ。
「よし、ほんじゃあ、以前俺様が教えたウォールランの要領で壁を登ってこい。お手本を見せるぞ。」
駆けた勢いをそのまま、右足で壁を蹴り、左手で掴む。普通に跳ぶよりも遥かに高い所に登ることができる。
次々と皆が成功させる中、やはり足を引っ張ったのが秋津洲。
「み、みんなすごすぎるかも~。」
「まあ、こっちの二人は参考にならんし、スノーウインドも俺様が直々に鍛えているからな。」
べちっと壁にぶつかること3回。その度ごとに何も言わずに二式大艇がクッションになって受け止めてやっているのはさすがとしか言いようがねえ。
「時間がないから、こいつで上がってこい。」
俺様が投げた縄に掴まり、登ってくる秋津洲はどこか悔しそうだ。
「いつかきっと成功させてやるかも~。」
根性を見せる姿は嫌いじゃねえぜ。できるかどうかは分からねえがな。
敷地内に下り立った俺様達は油断なく、周囲を警戒する。時刻は深夜一時。当直の艦娘以外は眠りについている頃だ。
後は情報提供者曰く、バカに注意するだけらしいが・・。
「ファントム・アドミラル、なんです?バカに注意って。」
「俺様もよく分からねえ。ん?タイムレインとノースアップは、なんでそんな渋い顔をしてやがるんだ。意味が分かるのか?」
二人はこっくりと頷くと、前方を指差した。
なんだ、誰かいるのか?
突如暗闇に浮かび上がる白いマフラー。まるでくのいちを思わせるようないでたち。
空に浮かぶ月のように、ニヤリと笑みを浮かべた艦娘は、獲物を見つけた獣のように、俺様達の前に立ちはだかる。
「こんな月の夜に、そんな恰好でお散歩?ここで私と夜戦していかない?不審者さん!」
「やっぱいるよね~夜戦バカ。あいつの相手はタイムレインにお願いしていい?」
北上が呆れた声を出して、時雨を見る。夜戦バカ?そうか、バカに注意って!
「なんで、こんな時間にぴんぴんしてやがるんだ?」
「この時間、川内にとっては普通に活動時間なんだよ・・・。はあ・・。前の時も散々夜戦に付き合わされたのに・・。ノースアップ恨むよ・・。」
瞬く間に距離を詰める川内の前に、ため息をつきつつ立ちはだかる時雨。
「僕が抑えるから、みんなは先に行って!」
「あっこら、逃げるな!たくさん夜戦できないじゃない!」
「よし、頼んだぞ、タイムレイン!」
すたこらさっさと逃げる俺様達。その後ろから響く拳を合わせる鈍い音。
「ひ、ひえええ。なんかすごいかも!」
「タイムレインなら大丈夫だ。後はお前のいた第十九官舎はどっちになるんだよ。」
「うんと、こっちかも!」
先頭に立って案内する秋津洲。その後に続く俺様達。
やがて、第十九官舎の近くまで来ると、懐に入れた妖精通信機がぶいんぶいんと鳴り出した。
「こちらファントム・アドミラル。キャットクイーン、首尾はどうだ?」
『こちらキャット・クイーン。通信室に上手いこと入れたので、首尾は上々ですよ。ところで、キャットクイーンって猫の方が主人ぽくないですかね。』
「うるさい野郎だな。お前がクイーンキャットだと女王猫だからやだ、と駄々をこねたんだろうが。我儘ばかり言っていると、クイニゲクイーンにするぞ。そっちの状況はどうなんだ?」
『食い逃げなんて濡れ衣を!あれは後々もらう分をあらかじめもらっているだけです。・・・・ええと、正面入り口から裏口にかけて、建物全体をぐるりと艦娘達が囲んでますね。数は10人。』
「了解。まあ、上手くいったら金平糖をやる。見つからないようにしていろよ!」
『なんと!このキャットクイーンにおまかせください!!』
ぷつりと通信が切れ、この場にいる全員に情報を共有する。
「まあ、予想通りだが、予告状のお蔭で向こうも警戒してくれているらしい。プランB囮作戦で行こう。二式大艇、お前の出番だからな。よろしく頼むぞ!」
俺様が声を掛けると、なぜか二式大艇の目力が強くなる。
じいいいいいい。
ん?なんだ、こいつ。何か不満があるのか?
「ファントム・アドミラル、ファントム・アドミラル、ちょっとちょっと!」
くいくいと秋津洲は俺様を引っ張ると、耳元でささやく。
「大艇ちゃんのコードネームが決まってないかも!」
はあっ!?なんだって?こいつ、コードネームが欲しいのか?
俺様の心の中を見透かしたのか、ぱたぱたと翼を振る二式大艇。
「分かった、分かった。お前はフォーミダブルだ!いいな、フォーミダブル!この作戦の肝はお前だぞ!」
フォーミダブルこと二式大艇は嬉しそうに俺様の方を見つめると、ぱたぱたとさらにせわしなく翼をはためかせた。
登場人物紹介
ノースアップ・・・・・・長女
タイムレイン・・・・・・次女
スノーウインド・・・・・三女
マシツキア・・・・・・・時には仲間・時には敵枠
ファントム・アドミラル・大泥棒の3代目リスペクト衣装。ネクタイは黄色。
キャットクイーン・・・・文中では一度も触れられていないが、実は水色のレオタード姿。
フォーミダブル・・・・・縁の下の力持ち。斬鉄剣の使い手枠。
夜戦バカ・・・・・・・・棚から牡丹餅とタイムレインに嬉々として向かっていく。