鬼畜提督与作   作:コングK

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どうも、タイトルを前中後とする時って、中々その中に納まりきらないみたいです。
今回はいつもに比べると長くなりました。

PCで艦これやりながら、文章打っているのですが、最近ふと気づいたのがLOAD画面が毎回時雨なんですよね。あれって榛名とか大和もいた気がするんですが・・。


第三十八話「そしておやぢは舞い降りた(後)」

夜に一番強い艦娘は誰か?

夜戦火力で言えば、大和型をも凌駕する雷巡北上・大井。

駆逐艦で言えば夕立や綾波。また、単純に重巡の羽黒や鳥海、妙高。

その時々の敵の状況によって、この答えは変わるだろう。

だが、夜に一番動ける艦娘は誰か?と聞かれれば、艦娘ならば皆が異口同音に川内と答える。

夜戦バカとも揶揄されるその夜へのこだわり。船であった時に参加した戦いの多くが夜戦だったことが原因ともいわれるが、それゆえ夜の川内は手強い。

 

「やるねえ、今のを受け止めるなんてさ。てか、あんた時雨じゃん。なんでそんな恰好してんの。どこの所属?」

あいさつ代わりの一撃を軽く受け止めた相手に対し、感嘆交じりに川内は呟いた。

「ぼ、僕はタイムレイン。時雨なんて、一途で可愛い黒髪おさげの駆逐艦なんて知らないよ。」

苦しすぎる言い訳だが、言わないよりはマシと時雨は若干の照れを混ぜて返す。

「いやいやいや。どう見ても時雨だって。私、夜だって普通に見えるんだから。てことは、走っていったお仲間も艦娘?でもおじさんもいたような・・・。」

 

考える素振りを見せた川内に、時雨は素早く動いた。

 

「それ以上はいけないよ・・・。」

ドゴッ!!!

踏み込んでの懐への一撃。通常の相手であれば確実に決まっていたであろう一撃。

「な!?」

だが、その一撃を、川内は難なく受け止める。

 

「ぅあっ。・・痛いなぁ~。艤装無しでこれ?あんた、強さがバグってない?」

「!君、艤装を!?」

「夜にこっそり鎮守府の周りで深海棲艦やっつけようと思ってて機関部のコアだけねっ・・と。」

「くっ!」

連続して繰り出される川内の反撃の蹴りをすんでの所で躱し、慌てて時雨は距離をとった。

相手が艤装を身に着けていないと油断していたが、コア付きなら話は別だ。

 

一般的に艦娘の強さには段階があると言われている。

素体というそのままの状態での強さ。

機関部コアをつけ、艤装とリンクを可能にし、缶と主機を発動させた状態の強さ。

そして、装備を身に着け、艤装と完全にリンクし、いつでも戦闘が可能な状態での強さ。

艦娘の戦闘力は艤装を付けてこそ十全に発揮される。

偉大なる7隻と呼ばれ、一隻で連合艦隊並みとされる時雨は、原初の艦娘として素体としての強さも破格だ。しかし、その強さが真に発揮されるのは艤装を身に着けてのことである。機関部コアを身に着け、艤装とリンクするだけで、艦の出力は上がる。装備を身に着けていなくても、その強さは素体のままとは比べものにならない。

 

「艤装無しでこの強さ・・・。あんた、並みの艦娘じゃないね。それにあのおじさん、どこかで見たことあるんだよねえ。もしかして・・・。」

顔が売れる、というのも考え物だ。深夜に侵入したことで、相手を誤魔化せると思っていたが、誰よりも夜目が利く川内にそれは通用しない。おそらく自分の正体にも気づき始めているだろう。

「言わせないよ!」

流れるような高速のワンツーパンチ。それを難なくいなす川内。

艤装をつけていなくても、普通の艦娘ぐらいならば例え相手が機関部コア付きでも楽に相手できる筈だった時雨は、予想外のことに舌を巻く。

(この川内、強いな・・。)

潜入する時のライダースーツを着るために邪魔だからと、機関部コアを身に着けなかったことが今更ながら悔やまれる。

だが、それは相手の川内も同じこと。横須賀鎮守府第二艦隊に所属する自分が、機関部コアもつけていない時雨相手にここまで苦戦するとは思えない。可能性として考えられるのはただ一つ。

素体そのものが、自分達とは別格だということ。

 

「・・・。」

「どうしたんだい?」

 

ぴたりと動きを止めた川内に、時雨は問う。

それに対し、川内はじっと時雨を見つめると、その場で直立不動で敬礼した。

 

「誉高き偉大なる7隻に敬意を。今の私たちがあるのは、貴方達のお蔭です。」

正体がばれたことよりも、川内の態度に時雨は意表を突かれ、慌てて答礼する。

 

「川内、君は・・・。」

「ですが、貴方達をこのまま通す訳には行きません。」

ゆっくりと礼を解き、構える川内。先ほどまでとは異なる気迫がその身からは感じられた。

 

ここ横須賀鎮守府は、この国の国防の礎。ここを抜かれれば後に守りは存在しない。

ゆえに彼女達には、この国一番の護り手という自負がある。

例え相手が誰であろうと、正式な手続きを経ていない者を軽々しく通す訳にはいかない。

 

「川内、君の言っていることはその通りだ。でも、それだけじゃないよね。」

同じく構えをとる時雨は、川内の気持ちを見透かして言った。

 

「えっ?」

「僕の知っている川内に君はよく似ている。だから、よく分かるのさ。」

くすくすと微笑みながら、時雨は川内を見つめ返した。

「何と光栄なお言葉を。」

川内は己の身が歓喜に震えるのを感じた。

それはこの国に何人もいる川内達にとって、一生の宝とすべき言葉だった。

地獄のような戦いに身を投じ、帰らぬ人となった原初の川内。

彼女たち川内の憧れの存在を実際に知る人から、似ていると言ってもらえたのだから。

 

にやけそうになる表情を引き締めて、川内は宣言する。

「ですが、手加減はしません。」

否。できない、だ。彼女は己の発言の過ちに気付く。こんなチャンスは今後絶対にない。

かの艦娘の歴史に語られる偉大なる7隻と夜戦をできるチャンスなど。

瞳をキラキラとさせながら、居住まいを正し、川内は時雨に対し礼をした。

 

「横須賀鎮守府第二艦隊所属川内改二、参る!」

「やっぱり、君も夜戦バカなんだね・・。どうしてなんだろう・・。」

それは川内と言う艦娘の宿命か。

 

すっかり戦意高揚状態になってしまった川内を前に、時雨は深いため息をついた。

(夕立や江風と違って、僕は夜戦軍団じゃなかったんだけどなあ・・。)

 

                   ⚓

「すまない、遅くなった。」

矢矧が会議室に戻った時、すでに伊勢と大淀により、今夜の警備のあらましについて話し合われた後であった。

「ど、どう思いますか、矢矧さんは・・。」

ぶっきらぼうな口調に戻ってしまった矢矧に対し、大淀が気を遣って尋ねた。

「・・・。」

 

矢矧は無言で今夜の警備の配置図について目を通した。

瀬故との関係が今の艦隊の雰囲気に影響を及ぼしたのは間違いない。だが、それが皆の秋津洲への態度と全て関係があるかと言われると、矢矧は首をひねらざるを得なかった。結局のところ、胸に溜まったわだかまりを解消するために、秋津洲を犠牲の羊としたのではないか?

 

今はそうした時ではない、せめて普通に接するべきではないかと、矢矧の理性は語り掛ける。だが、心の内にあるわだかまりが解消されない限り、普通に口をきくことを彼女の感情が許さなかった。

何の反応も示さない矢矧に、伊勢が説明を買って出た。

「一階に半数の艦娘を配置。この建物をぐるりと囲んでいる。残りは各階ごと、階段前に一名ずつ。残りは3階の提督の私室前に私達3名が張り込む形さ」

官舎の周りをぐるりと囲むように艦娘が配置されている。これならば、如何に夜といえども、賊の入り込む隙はあるまい。

「屋上は?」

「あそこには白雪が張り込んでる。何かあればそれぞれ通信機で伝えることになっているよ。」

「提督は?」

「私室に籠ったまま。今回の夜勤手当は多めにつけとくって、それだけ。」

「なっ・・・。ふ、ふざけるな!」

 

この期に及んで何を考えているのか。

怒りの余り、3階へ直行しようとする矢矧を伊勢は押し止めた。

「怒っても損するだけだよ、矢矧。どうせ、言っても聞きはしない。」

「貴方は!それを言って悲しくはないのか!!」

「そりゃ、悲しいさ。私はあんた達よりも提督との付き合いは長いんだ。」

一旦言葉を切ると、伊勢は寂しそうに呟いた。

「でも、残酷なことだけど、艦娘は提督を選べない。話を聞いてもらえない提督だっているんだよ。」

「だからといって話をしてみなければ分からないだろう!」

「矢矧さん!」

 

伊勢に掴みかからんばかりの剣幕を見せる矢矧に大淀が口を挟む。

「色々と言いたいことがあるのは分かります。ですが、この鎮守府で一番心を痛めているのは筆頭秘書艦である伊勢さんですよ!」

「いいよ、大淀。矢矧の言う通りだ。それが普通の感覚なんだよ。」

淡々と告げる伊勢の言葉に、矢矧は首を傾げた。

「どういうことだ?」

「話をすれば、自分の気持ちは伝わるかもしれないと期待しているってこと。私も大淀も、もうそんな気持ちはとうに捨ててしまったからね。」

 

聞いてしまってから、矢矧は後悔した。先ほどの伊勢の話通りであるならば、この艦隊最古参である伊勢は、何度提督に裏切られ続けてきたのだろう。きっと分かってくれる筈。この人はそんな人じゃない。思って試みて、失敗して。

一体幾度失敗したらこんな風に、期待してもしかたないとなってしまうのだろうか。

 

矢矧は目を伏せた。艦娘を信頼しない提督に、提督に期待していない艦娘たち。

それでもここで働いているのは何のためだろう。

 

「そりゃ、この国を守るためさ。艦娘として生まれてきたからにはそれが第一でしょ。」

矢矧の問いに伊勢は即答した。

「でも、最近ここまで辛い思いをして国を守らなければいけないのかな、と思ったりはするんだよね。艦娘としてはあるまじきことってわかってるんだけどさ」

「そんな・・。」

そう言ったきり、何を言っていいか分からず矢矧は口をつぐみ、やがて三人は3階にある提督の私室へと急いだ。

 

                    ⚓

深夜一時三十分。懐中電灯で腕時計を確認すると、白雪は小さくあくびをした。

普段ならば当直の者以外は寝ている時間だ。

ただでさえ、今日普通に出撃した後だというのに、この残業はきつすぎる。

提督に余計なちょっかいをかけた怪盗とやらに会ったら、文句の一つでも言ってやらねば気が済まない。

 

夜風に縮こまった体を軽く回し、凝りをほぐす。

「いけない。しっかりしないと。」

月のきれいな晩であった。

どことなく締め付けられるような圧迫感がある室内より、この景色が見られるだけ、屋上の方がマシだと言えるだろう。

 

白雪は重くなる瞼をこらえ、辺りを見回した。

 

「ん!?雲?いや、あれは・・。」

闇に紛れて、月明かりの中に何やら浮かんでいるのが見えた。

 

ゆっくりと近づいてくるそれは、夜間迷彩を施しているのか、黒い物体にしか見えない。

それが、夜空に浮かぶ飛行艇だと気付いた時、白雪は素早く通信機に叫んだ。

「て、敵機襲来!!方位0-4-5!!繰り返す、敵機襲来!!方位0-4-5!!」

「な、何ですって!!艤装なんか身に着けてないわよ!」

「卑怯者!降りてきなさいよ!!」

通信機越しに聞こえる非難の声をものともせず、速度を上げた黒い飛行艇は地上へ向けて、大量の白っぽい何かを投下し始めた。

 

「爆弾?み、皆さん気を付けてください!何か投下しています!!」

「もう、ゲホッ、ゲホッ、遅い、ゲホッ。」

「何これ、前が・・・ゲホッ・・・。」

 

地上一面に広がる煙に視界を遮られ、容易に下の様子を伺い知ることができない。

「煙幕!?それとも神経性のガス?皆さん大丈夫ですか!?」

 

慌てて通信機で呼びかけるものの、白雪の問いに答える者はなく、帰ってくるのはゲホゲホとせき込む声ばかり。

「大変、伊勢さん達に急いで連絡を!!」

 白雪が通信機で伊勢に呼びかけようとした時だった。上から降ってきた白い塊が、彼女を直撃したのは。

「痛い!って、しまっ・・・ゴホッ、ゲホッ・・。」

完全な不意打ちだった。驚いた拍子に、中から溢れ出した煙を思い切り吸い込み、白雪はむせ返る。

「どうしたの、白雪?何かあった?」

通信機越しに伊勢の声が聞こえるが、喉が焼けるように熱く、言葉を発することができない。

思わずへたり込み、通信機を取り落とすと、誰かがそれをひょいと拾い上げた。

 

「ダメ‥ゲホゲホッ。」

苦しい中でも、それは私のだと白雪は手を伸ばすが、相手は構いもしない。

「白雪?聞こえてる?」

「屋上から侵入しようとする不審者を捕まえました!ですが、地上の警備がやられています。敵が白い爆弾のようなものを投下して・・・。」

焦ったような伊勢の声に、通信機を持った誰かは答えるが、黒い煙のせいでよく見えない。

「なんですって!分かったわ。貴方はそこで待機。こちらが行くまで取り逃がさないように気を付けて!すぐ他の子を向かわせるわ!」

「了解です。お任せください。」

誰だか分からないが、自分の代わりにこの緊急事態を伝えてくれたらしい。それならば、彼女に任せて、自分は少し横になっていても平気だろう。くらくらする頭でそう考えると、白雪は近くの柵にもたれかかった。

(でも、おかしいな。)

薄れゆく意識の中で、白雪はふと気付く。

(どうして、あの人、私の声で答えていたんだろう・・。)

 

                 ⚓ 

「がきんちょだが、根性があるじゃねえか。とと、いけねえ。そのままだぜ。」

白雪が倒れるのを確認し、俺様は変声機のスイッチを切った。

最後まで通信機を俺様からもぎ取ろうとするなんて、ブラック鎮守府には過ぎた人材だな。

 

と、いきなり俺様に近寄る大きな影。

じいいいいい。

すげえな、お前の目力は。

地上の警備を阿鼻叫喚のるつぼと化したフォーミダブルこと二式大艇が俺様の方をじっと見つめ、何事かを訴えていた。不本意だが、お前の言うことが分かっちまうんだよなあ。

「はいはい。お前もよくやったな、フォーミダブル。」

俺様に褒められ嬉しいのか、ぱたぱたと翼を振って応える二式大艇。

「あれ?ファントム・アドミラル、あたしは?」

隣で北上が不満そうに唇を尖らせる。

「お前がやるのは元々わかってるからなあ。」

艤装コアなしで俺様の壁登りについて来るなんて、お前ぐらいなもんだろうよ。変声機に煙玉もあっという間に作っちまうし、まるで、どこぞの子ども名探偵に出てくるひげ眼鏡の博士みたいだな。

「というか、ノースアップよ。この煙玉大丈夫なのか?地上は死屍累々の有様だぞ?」

「うん、まあ。元々作ったのは谷風だし、あたしはそれを改良しただけだしねー。」

あっ、こいつ。さらりと責任逃れしやがった。何が改良しただけだしねーだ。

どうせ、お前のことだから凶悪に改良したんだろう。こいつが作った変声機もチャンネルを合わせりゃ、艦娘の声が作れるとかって、やたら高性能だしな。

 

「それじゃあ、手筈通り、お前はここで囮になってくれ。」

「了解。でも、一階の二人、本当に大丈夫かねえ。」

「大丈夫だ。スノーウインドの奴はYBレーダーを搭載している。」

「何それ、聞いたことないんだけど。」

俺様がYBレーダーことやばいビーバーレーダーの性能について簡単に説明すると、北上は吹き出し、同時に妖精通信機がみょんみょんと鳴り出し、抗議の声が漏れた。

「むう。スノーウインドの悪口を言っていませんでしたか!?」

「恐ろしい勘してんじゃねえ!お前はエスパーか!!」

「なんとなく、そう思ったもので。」

「な、これがYBレーダーの恐ろしさよ。」

「うん、納得。」

北上が呆れる。どこの世界になんとなくそう思ったという理由で、通信をかけてくる者がいるというのか。やはり、あの雪風はただものではない。

「そんじゃ、スノーウインド、頼んだぞ!」

「はいっ!スノーウインド、頑張ります!!」

なんだあ、こいつ。やけに嬉しそうじゃねえか。というか、地上の警備を無力化したからってそんなに大声で返事してるんじゃねえ!

「それじゃ、すまねえが、囮役頼むぜ。」

「了解!ファントム・アドミラルもドジ踏まないようにね。」

北上の野郎、釈迦に説法だって分かってないのかねえ。

 

んん。あーあー。喉の具合を確かめた後、変声機のダイアルをセットし直す。

「こちら伊勢。屋上の白雪がやられた。各階の人員は、至急屋上へ向かって!」

 

「え?白雪が!?」

「りょ、了解しました!」

通信機ごしに動揺する艦娘達。ふん。仕込みが上手くいってるみてえだな。

それじゃあ、俺様は来た道を戻るとするかねえ。

 

                ⚓

時間は少し遡り、3階の提督私室前。

ここでは、一向に応答のない地上警備の艦娘達に、伊勢・大淀・矢矧の3人は一様に戸惑いの表情を浮かべていた。

「どういうことなの、一体・・。」

白雪からの通信後、不審者の確保と人員救助のため、

「各階、北側階段の人員は、一階へ降りて、負傷者の救助に当たれ。南階段の人員は屋上に上がって。」

伊勢が通信機で庁舎内に残った艦娘達に指示を出したが、返ってくるのは雑音ばかりで、一向に反応がない。

「通信機が故障している?いや、でも先ほど白雪とは・・。」

通信機がいきなり壊れるなどということは考えにくい。

だが、機械である以上、突然の不調はあり得る話だ。

悩んだ末に、伊勢は結論を出した。 

「大淀は一階に降りて、現状を確認して。矢矧は思う所もあるかもしれないけど、ここに待機していて欲しい。」

「了解しました。それでは!」

素早く階段を駆け下りる大淀を見送り、伊勢は目の前の扉をけたたましく叩いた。

「提督!いつまでそこに籠ってんの。あんたの艦娘が襲撃を受けてるのよ!」

「すまんが手が離せない。後にしてくれないか。」

どうせろくな答えは返ってこないとふんでいた二人だが、まさかここまでいつも通りだとは思わなかった。

「賊が使ってきた爆弾で、屋外警備の艦娘達との連絡がとれていないの!」

伊勢が今は非常事態だと状況説明をしても、扉の向こうから掛けられる声には事務的な響きしか含まれていない。

「そうか。では、伊勢と矢矧はそこで待機。この部屋に入られぬよう、死守してくれ。」

矢矧の目の前が真っ赤になった。今まで抑えつけていたものが、一気に噴き出し、伊勢に続いて荒々しく扉を叩く。

「そういうことじゃない!そういうことじゃないのよ、提督!!」

思い余って、扉を蹴破ろうとした矢矧を伊勢が羽交い絞めにする。

じたばたと身じろぎしながら、矢矧は叫んだ。

「艦娘を、私達をなんだと思ってるんだ!!」

                  

                ⚓

荒々しく扉を叩く音に眉をしかめると、瀬故は一人呟いた。

「艦娘を何だと思ってる?艦娘は艦娘だよ。それ以上でもそれ以下でもない。」

 

艦娘を道具と見るか、人と見るか。

艦娘に対して好意的かそうでないか。

艦娘と提督の関係については、上記の考え方の他に、職場が同じということから、上司と部下、男女の関係など様々なしがらみが存在する。

 

提督養成学校で最初に習うのは、こうした艦娘達についての提督の心構えであり、そこでは道具と扱うにせよ、人として扱うにせよ大事に扱えと言うばかりで、どちらが大事とは書かれていない。思想・良心の自由に配慮したと言われるこの記述は、それと同時にこの国の苦しい提督事情を物語っていた。

 

深海棲艦が現れる前から高齢化社会が到来していた日本において、妖精が見える提督の候補者は少なく、初期においては自衛官を中心に行われた試験も、今や広く全国民に拡大している有様だった。左巻きの新聞社などは徴兵令だと騒ぎ立てたが、事実深海棲艦の脅威は目の前にあり、国としては如何ともしがたく、職業選択の自由の反故を声高に訴える彼らをよそに、適性試験を受けてもらい、提督になることを薦めるという形を取らざるをえなかった。

 

初期の頃の提督達は、自衛官を中心としていたこともあり、国を守るという意識が強かったが、今や適性さえあれば誰でも提督になれるほどであり、度々提督の質の低下が叫ばれている有様だった。

 

瀬故は今年で32歳。提督養成学校を卒業して5年目にあたり、大湊から移動して2年目になるが、彼が提督になったのは、年齢制限もなく、他の公務員に比べて圧倒的に高いその給料に惹かれてというのが理由であり、国防に対する意識も、艦娘に対する興味もまるで無かった。

 

初めて配属された大湊で、彼の直接の先輩は艦隊運営の在り方について、艦娘を道具として見るよう勧めた。提督と艦娘では前者が圧倒的に少なく、その希少性故から余程のことがない限りは首にはならない。一頃噂になった大破轟沈前提のブラック提督などもっての他だ。極限まで働かせ、その利益を懐に入れればいいのだ、と。

 

これに対し、瀬故は一部を受け入れ、一部を否定した。

いくら艦娘が他の道具よりも丈夫と言っても、休憩時間を削られればミスも増えるし、戦闘で余計な傷を負い、こちらの評価が下がる。それならば、他でその利益を懐に入れ、休ませる時はしっかりと休ませればよい。

 

そうして考えついたのが、艦娘への小遣い制度だった。

各鎮守府へと支払われている特別艦船修理費は、未知の深海棲艦に対する艦娘の維持・修理にかかる予算であり、これは一般には艦娘達への給料として考えられていた。

それならば、そのまま艦娘俸給費とでも名付ければよさそうだが、反艦娘派や、艦娘道具派からすると、その名称は都合が悪く、結局旧海上自衛隊時代から使っている艦船修理費という名称に落ち着いた経緯がある。

 

そこに瀬故は目を付けた。各鎮守府に派遣される事務職員を抱き込み、艦娘達への支給を現金とし、差額を別に作った艦隊としての通帳に振り込ませる。不審に思った艦娘達には除籍後のために溜めているのだと、貯金通帳を見せれば、世事に疎い彼女たちは多くが納得した。時にそれでも疑う艦娘がいた事もあったが、実際に貯金を下して見せると彼女は己の非礼を詫び、それ以上このことについて聞くことはなかった。

鎮守府の外部監査や、会計検査院の監査すらも様々な手を使って抜け目なく潜り抜けた彼は、その金を元手に相場に手を出し、少なくない金額を稼いでいた。

「これを奪うだと?とんでもない!」

危険な提督業をしているのは何のためなのか。全てこのためではないか。

瀬故はクローゼットの中に隠してある耐火金庫を確認し、それを撫でた。

                   

                ⚓

とにかく急いで、一階へ。階段を駆け下りようとした大淀は緊急通信に気付き、足を止めた。

「こちら伊勢。屋上の白雪がやられた。各階の人員は、至急屋上へ向かって!」

「白雪が?りょ、了解ですが、一階はどうします?」

「え?白雪が!?」

「りょ、了解しました!」

一斉に通信が送られたためか、皆混乱の極みだ。大淀からの返信にも伊勢は答える余裕がないらしい。

「とにかく、屋上をお願い!」

地上担当の艦娘達の様子も気になるが、白雪がやられた以上、賊への対処が優先ということだろう。納得した大淀は、階段を駆け上ってくる他の艦娘達とも合流し、屋上へと急いだ。

 

「私が警備についてから、誰も通ってません。」

4階から屋上へ続く階段を警備していた磯波が断言する。

「すると、賊はまだ屋上にいるということですね・・。」

大淀は声を潜めながら、自ら先頭に立ち、

「大人しくしなさい!!」

勢いよく屋上へとつながる扉を開いた。

「皆さん、周囲の確認を!」

大淀の指示に、後からやってきた艦娘達が続く。

「はい、どうも。」

月明かりに照らされる中、その中心に立っていたのは、紫のライダースーツに身を包んだ雷巡北上。予想された相手と違い、大淀は面食らう。

「貴方はどこの所属ですか?いえ、それよりも白雪を知りませんか。」

「ああ。知ってるよ、ほらそこ。」

「白雪ちゃん!!」

柵の近くに倒れている白雪を見つけ、磯波だけでなく、皆が彼女の周りに集まった。

「息はしてます・・。」

磯波の言葉にほっとするのもつかの間、はたと大淀は冷静になった。同じ艦娘ということで気を許してしまったが、よく考えれば、北上が今この場にいることがおかしい。磯波は言ったではないか。誰も通していない、と。では、この北上はどこからこの屋上に来たのか。

 

「あ、貴方はもしや!?」

「はい、正解!」

ひゅー。

北上の合図と共に、物陰から現れた二式大艇が、再度煙玉を投下する。

白雪を心配し、一か所に集まっていた艦娘達はひとたまりもない。

「ゲホッ、ゲホッ。総員、退避!」

唯一少し離れたところにいた大淀が、室内に逃れようとするが、

「逃がさないよ。」

追い付いた北上に充て身をくらい、その場に倒れた。

 

「これで、あらかた片付けたかな。そんじゃ、スノーウインド達と合流しますか。」

北上は傍らの二式大艇を見やり、思わず感嘆の声を漏らした。

「それにしても、あんたすごいね。提督が、二式大艇が偵察だけしかできないないんて誰が決めたんだ、ふざけるなと言うのも分かるわ。」

二式大艇はパタパタと翼を振る。

「え?二式大艇じゃなくて、今はフォーミダブル?結構お茶目だね、あんたって。」

 

                  ⚓

勝手知ったる第十九艦隊の官舎を秋津洲は駆ける。屋外で苦しむ艦隊の仲間に声を掛けたい気持ちはあった。

だが、声を掛けたところでどうなるというのだろう。

自分達の給料が提督に盗られているという事を皆は知らない。話した所で、これまでの皆との関係では、聞いてもらえないのがおちだ。

(それでは、何も変わらないかも!)

今まで何をしてもダメで凹んでいた自分。その自分をいつも見守ってくれていた二式大艇を取り上げられそうになった時、初めて力が出た。

「い、いや。あたしから大艇ちゃんを取り上げないで!!」

そのまま止める伊勢や矢矧の話を聞かず、飛び出した。

そして、会ったのだ。自分が会って、ずっと話を聞きたかったその相手に。

 

もしも、あの時、二式大艇が取り上げられそうにならなければ。

もしも、あの時、我慢して自室に籠ったままであったならば。

今こうして、ここにいることは無かっただろう。

 

「あっ、マシツキアさん、こっちです!」

雪風が手招きをする。ここに住んでいた自分よりもさくさくと進む彼女の姿に、秋津洲は驚きを隠せない。

「ここが3階。ここに提督の私室があるかも・・。」

遂にここまで来てしまったと、秋津洲は軽く息を整えた。この先に進めば、何かが変わる筈だ。

意を決した彼女の前に現れたのは、かつて自分を一番にかばってくれた同僚だった。

 

「あ、秋津洲!?無事だったのね!それにしてもその恰好はどうしたの?」

突然のことに気持ちが追い付かず、矢矧は秋津洲に近づこうとし、

「矢矧、下がって!!」

鋭く叫ぶ伊勢の声にはっと我に返る。

「秋津洲だけなら、歓迎なんだけどね。そこにいる妙な恰好をした二人はどうしたの?」

「えっ、伊勢、二人って。目の前にいるのは雪風だけじゃない。」

「そこにもう一人いるよ。」

 

「あら、ばれた?OYZ怪盗団のプリティーチャーミングなおさげ髪、人呼んでノースアップ様とはあたしのことよ!」

「ノースアップ?貴方は雷巡北上でしょう?そんな恰好で何やってるの。」

物陰から現れた北上は渾身の自己紹介を披露するが、生真面目な矢矧には通じず、ぽりぽりと頬を掻いた。

「何って、今言ったじゃん。怪盗って。」

「え?秋津洲が!?嘘でしょ。」

「嘘じゃないかも!それに、矢矧。今のあたしはマシツキアかも!」

「同じくスノーウインド!」

北上に負けず、秋津洲と雪風もポーズをとるが、やはり矢矧には通用せず、あっさり流される。

「何なのよ、マシツキアにスノーウインドって・・。秋津洲に雪風でしょ!」

真面目にため息をつかれては、二人も咳ばらいをしてごまかすしかない。

「とにかく、矢矧。この3人を取り押さえて話を聞くしかないよ!」

掴みかかってくる伊勢に、北上は大げさに肩をすくめて対応する。

「誰が誰を取り押さえるって?」

「なっ!?は、早っ!」

素早く懐に入り込んでからの一本背負い。きれいに跳ね上げられた戦艦が、宙を舞った。

「うっ・・」

地響きを立てて床に叩きつけられた伊勢は、呼吸ができず苦しむが、それでも北上の足首を掴み、放さない。

「なんでさ。あんただって分かってるんだろう?自分達の提督が酷いって。」

「う・・・知ってるよ・・。長い付き合いだもの・・。」

「じゃあ、大人しくあたしたちを先に進ませてくれないかな。あんた達のためなんだよ。」

伊勢はふるふると首を振った。

「養成学校からの付き合いなんだ・・。」

そういったきり、気を失った伊勢の姿に、矢矧は悲しくなった。

傍から見れば酷い提督だ。

けれど。

伊勢にとって彼は、ペア艦として一年間苦楽を共にし、初期艦として選んでくれた存在なのだ。

「この艦隊で一番辛い思いをしているのは伊勢さんです。」

大淀の言葉が矢矧の脳裏に蘇る。期待してもしかたない、提督なんて信じられない。だが、見捨てることもできないのだ。過去の思い出が彼女を縛るから。

 

「先に行きな。仕方ないから、あたしはこの子に付き合うよ。」

気絶しながらも己の足を放そうとしない伊勢の姿に、北上は二人に声をかけた。

「ええ。」

「それじゃ。」

倒れ伏す伊勢を横目にその場を離れようと動いた二人の前に。

「待って。」

矢矧が両手を広げて立ちはだかった。

「ごめんなさい。自分でも、なぜこんなことをしているのか分からないの。」

あの変な予告状が来てから、自分の心の中はぐちゃぐちゃだ。今までそれと知りながら、流してきたもの。知らずに過ごしてきたもの。不満に疑問、不安に怒り。色々な感情が混ざり合って、一体何が正解なのか、矢矧自身にもよく分からない。

でも・・。

(ここで、黙って秋津洲を行かせるのは違う気がする!)

 

矢矧は雪風の方を向くと、いきなり頭を下げた。

「雪風。昔のよしみにすがるのもどうかと思うけれど、秋津洲と1対1で闘いたいの。」

「矢矧さん・・・。」

かつての第十戦隊の仲間として、そしてあの坊ノ岬沖海戦を共に戦った戦友として。雪風は矢矧の頼みを断ることができなかった。

「・・・。」

無言で一歩引く雪風に、矢矧は小さくありがとうと呟く。

 

「秋津洲、聞かせて。一度飛び出して行った貴方が、どうして戻ってきたの?」

どうしても聞きたかった質問だった。役立たず、無駄飯ぐらいとバカにされ、あげくの果てに二式大艇まで取り上げられそうになった。秋津洲にとって、この場所にいい思い出など一つもある筈がない。

 

「・・立派な艦娘だって、言ってくれた人がいたかも。」

秋津洲ははっきりと答えた。

「どういうこと?」

「・・・弱いけど、戦闘に出続けたから、あたしのことを立派だって褒めてくれた人がいたかも。その人が言ったの。ここの艦隊のやり方はおかしいって。」

「そう・・。」

矢矧は理解した。きっとその人こそが、この雪風や北上の提督なのだろう。

 

「本当はあたし、過ぎたことはどうでもいいかも。でも、その人。お金のないあたしにラーメンを奢ってくれて、歓迎パーティーまで開いてくれたかも。恩を返せないって言ったら、俺が気に食わないからそうするだけだって。」

秋津洲は自分にそう言った時の与作のいかにもつまらないという顔を思い浮かべて微笑んだ。

 

「だから、その人がブラック鎮守府を潰したいというからには、あたしも協力するかも。例え、それが自分の提督のいる鎮守府であっても。」

 

矢矧は秋津洲をじっと見つめた。ここを出る時のおどおどした目つきではない。強い目をしていた。男子三日会わざれば刮目してみよ、とは昔の人はよく言ったものだ。この短い間にここまで彼女が変わるなどと誰が予想できただろう。

 

「その思いは変わらない?」

すっと目を細め、矢矧が拳を握る。

「変わらないよ。」

秋津洲もまた、拳を握る。相手はかの第十戦隊の旗艦。以前の自分なら尻込みし、怖さに震えていたことだろう。だが、退かない。ここで退くことは、自分を褒めてくれた与作の顔に泥を塗ることになる。

「秋津洲!一発勝負よ!」

「望むところ!矢矧、覚悟するかも!」

バキイ!!

ほぼ同時にお互いの右頬にパンチがヒットする。

膝をついた秋津洲に対し、矢矧はぐっとその場に留まる。

「どうしたの?秋津洲。一発勝負、決着はついたでしょう?」

いくら思いが強くても。

持って生まれた能力が違うと、秋津洲自身も分かっていた筈だ。

なのに、なぜ?どうして、立ち上がるのか。

 

「矢矧もあのジョンストンの動画、見たかも?」

「え?ええ・・・。」

艦娘ならば皆が見たであろう、米国大統領と江ノ島鎮守府の提督とのやりとり。矢矧も阿賀野に勧められ当然見ており、あんな提督の下で働きたいとこっそり異動願を出した程だ。

 

「真の勇者とは、倒れる度に立ち上がるもの!」

 

秋津洲は震える膝を自ら叩いて落ち着かせ、立ち上がった。それは、擦り切れるほど見たあの動画の中で、彼女が最も好きな場面。米国大統領の執拗な責めに心を折られ、膝を屈した歴戦の勇士を再び奮い立たせた言葉。

一回の負けでも、百回の負けでも。勝てないと諦めたらそこで勝負が終わる。

 

「一発勝負に一度負けたなら、何度でも一発勝負を挑めばいいだけかも!」

「そう、なら、付き合うわ!」

自分の中のわだかまりを振り切るように。

矢矧はもう一度拳を握った。

                 ⚓

 

瀬故は苛立っていた。

先ほどから通信機を使って呼びかけているが、部下の艦娘の誰にもつながりはしない。

「ひょっとして、全員やられたのか?いや、まさか・・。」

先ほど伊勢が地上の警備から連絡がない、と言っていたが、そんなことがある訳はない。呉や単冠湾でも被害が出たというから、物々しく警備をするよう言い渡したが、他の鎮守府はいざ知らず、たかだかコソ泥程度がこの横須賀鎮守府に大々的に忍び込める筈がない。

(きっと、賊を追っているのだろう。)

呑気に考え、夜風に当たろうと、瀬故が窓を開けた時。

 

「おいおいおい。部下共に働かせて、自分はここでのんびりパソコン三昧かあ?うらやましい限りだぜ、全く。」

そう言いながら、室内に入ってくるなり、その男は瀬故の顔面にスプレーを浴びせた。

「な、貴様!!こ、これは・・。」

急速に増す眠気の前に、立っていられず、瀬故は机の上に突っ伏した。

「ファントム・アドミラル。あんたのオタカラ、いただきにあがったぜえ。」

それが、彼が意識を手放す前に聞いた最後の言葉となった。

 




登場人物紹介
与作・・・・壁上りは鬼畜道のイロハと話す、和製スパイダーマン。
北上・・・・作業着もいいが、眼鏡に白衣もイケルかもと密かに思案中。
雪風・・・・YBレーダーを駆使し、なぜか初めてきた建物でもすいすい進む。
二式大艇・・実は物陰から秋津洲と矢矧を見守っている。

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