時系列的には北上さん着任後~秋津洲と出会う前です。
50話も拙いながらも続けてこれて感無量です。いつもお読みいただいている皆様、ありがとうございます。
与作「50回過ぎて気づいたんだがよぉ。特定の艦種ばっっかり出過ぎじゃねえか?」
雪風「しれえ!一部では駆逐提督って言われているらしいですよ!」
与作「おい、びーばー。その名を二度と口にするんじゃねえ・・。」
雪風「痛い痛い、痛いですよ、しれえ。もう言いませんよぉ!」
偉大なる七隻の一隻である駆逐艦響。
彼女が住んでいるのは、船の科学館からほど近い大きな駐車場。
深海棲艦出現前は近くの温泉施設に車を停め切れぬ客が使い混雑していたものだが、その温泉施設自体、客足が激減し、閉鎖された今となっては、草が生い茂るような状態である。
釣りを好む響は、北上同様ふらふらとあちこちを旅することもあるが、基本ここにいて、宗谷のボランティアと釣りをするというのが常だった。
「今日は暑いみたいだけど、そろそろ行きますか。」
立ち上がった響は、ふと足を止める。
「お前、こんなとこに住んでやがったのか。偉大なる七隻様が野宿とはよぉ。」
突然、壊れかけた柵の向こう側から声を掛けられ驚くが、相手を確認するや、小さくため息をついた。
釣りの時は着替える時もあるが、基本的に響は暁型の制服で過ごしている、
艦娘博物館から流れてくる客が見ても自然だし、彼女が偉大なる七隻だと知っているのは、もう残り少なくなった仲間たちか、艦娘博物館の館長である天龍。
そして、目の前にいる常連のおやぢ提督ぐらいなものだ。
「これが暁だったら、レディーの住まいについてとやかく言うなんて、デリカシーがないわね!と怒っているところだよ、鬼頭提督。」
「知るか。たまたまだよ、たまたま。うちのがきんちょが宗谷に行きたがってな、その引率でぶらついてたらお前が見えたんだよ。」
「がきんちょ?」
「がきんちょじゃありません!!江ノ島鎮守府の初期艦雪風です!いつも司令がお世話になっています!」
与作の陰からひょっこりと姿を見せる雪風の姿に、響は目を丸くする。
記憶の中の彼女の姿は、スカートのないワンピース型のセーラー服で、やや幼さを感じさせていたが、今の彼女はオフショルダーワンピースに着替え、胸元には錨型の刺繡が施されたリボンが鮮やかに映え、肩からはブラウンのショルダーバックを提げていた。
「よく似合っているよ、雪風。それ、どうしたんだい?」
「えへへ。ありがとうございます。北上さんが選んでくれたんです!」
「ああ、そう言えば、鬼頭提督の鎮守府に北上が行ったんだっけ。」
「お前よく知ってるな。」
「この間長門が来てぼやいてたよ。大淀が愚痴ばかり言っているってね。そりゃ私たちのような有名人を次々と仲間にしていたらそうなるさ。」
「自分でよく言いやがるな。」
「実際そうだしね。なりたくてなった訳じゃないんだけど。」
与作達と宗谷へと向かう途中、響は柄にもなく感傷に浸っている自分に驚いた。
あの戦いが終わってから、始まりの提督との約束を守り、己の好きなことをして過ごしている彼女だが、かつて共に戦った仲間達、そして姉妹艦のことを忘れたことは一度もない。
彼女なりに気持ちの整理をつけて日々を過ごしており、時雨や長門に会ってもここまで感情が揺さぶられることはなかったのだが・・。
自分の記憶の中に残る幼い姿の彼女が、おしゃれに着飾った今の自分を見たら、何と言うだろうか。
(きっと素敵な恰好ができる時代になったんですね、と喜ぶだろうな。)
同じ幸運艦であり、共に先の大戦で生き残り、復員輸送船として活躍した。かたや戦後賠償艦としてソ連に引き取られ、『信頼できる』という名を与えられた響に、同じく戦後賠償艦として中華民国へと贈られ、丹陽と名を変えて旗艦を務めた雪風。
(その二人が向かっているのが、同じく戦後を生き延びた宗谷か。何という偶然なんだろう。)
やがて、かつての船の科学館、現艦娘博物館に来ると、雪風はわあと歓声を上げた。
そこにいたのは、かつて雪風と共に北千島に向かう戦車第十一連隊第四梯団を護衛した戦友。
先の大戦では特務艦として、今現在は博物館船として係留されている宗谷の姿だった。
「しれえ、早く宗谷ちゃんに会いに行きましょう!」
「待て、こっちが先だ。」
そわそわと落ち着かない様子の雪風を与作は引っ張り、まずこちらが先と艦娘慰霊碑に連れていった。いつも自分達に対しては傍若無人な振る舞いをするのに、こうした所はびっくりするほど真面目ですよねと雪風は内心思いながらも後に続く。
「しれえ、この間時雨ちゃんと来た時も来たんですよね。」
「ああ。」
「どんなことを考えて、手を合わせてたんですか。」
「お前さんたちのお蔭でなんとか暮らしている。ありがとうな、だよ。」
「それはありがとう。私の姉妹たちも喜ぶよ。」
振り返ると響がついてきていた。いつもとは違う彼女の態度に、与作はぼりぼりと頭を掻いた。
「どうした?宗谷の受付はいいのか?」
「まだ早いもの。入館は11時からだよ。」
慰霊碑近くにある時計はまだ10時を回ったばかりだ。
「そいつはしまったな。こいつが早く早くというから、時間をあまり気にしてなかったぜ。しゃあねえ、おい響。掃除用具はあるか?」
「ああ。受付にあるけど。それが何か?」
「前来た時思ったが、この慰霊碑、人が訪れるのが少ねえのか、ほったらかしにしてある花だのなんのと多すぎるんだよ。お前、よく平気だったな。」
「一応定期的には片付けているんだけどね。どれくらいの周期で片付けていいのか分からなくてさ。」
何もないよりは枯れた花でもあった方がいいのでは、というのが響の言い分だ。
「枯れたらいいんじゃねえか?片付けちまおう。雪風、今回は真面目に掃除できるな?」
与作の脳裏に、掃除をさせようとするたびに、何のかんのと掃除をさぼった、過去の雪風の姿が思い出される。
「一体いつの話をしているんです、しれえ!」
せっかくおしゃれしてきたのに、と普通の人間ならばぼやき、掃除自体を拒むだろうが、雪風は気にせず箒を手に取った。
「なんだかこうしていると、しれえが初めて鎮守府に来た時みたいですね!」
たった一か月半も前のことなのに、まるで遠い昔のことのように雪風は感じた。
ここまでの間に色々とあり過ぎたためだろう。
「へえ。興味あるね。鬼頭提督の着任の時か。」
「あんときは大変でな。虎の子の資材をどこぞのビーバーに食われて、香取教官に助け舟を頼んだくらいよ。」
与作は献花台に置かれていた枯れた花をビニール袋に入れた。
「そもそも普通は資材を全部投入しませんよ!」
「それで出てきたのが雪風!?なんだか、すごいね、鬼頭提督は。」
「そうかあ?その次に出てきたのががきんちょ2号のグレカーレ。その次がフレッチャーの野郎だ。間にはお前さんの知り合いでもある時雨のバカが来やがってよお。がきんちょのバーゲンセールよ。」
指を折りながら、与作は愚痴をこぼす。
「しれえはフレッチャーさんに甘すぎます!なんで雪風達と扱いが違うんですか!」
いつも子ども扱いするからと、北上に頼んでせっかくおめかしをしてきたのに。
不満そうに雪風は頬を膨らませた。
「そりゃあ、お前らが料理とかしねえからよ。最近洗濯をやるようになったのは上出来だが、フレッチャーの野郎はなんでもできるからな。俺様のポイントも高くなる。」
「むうっ。それじゃあ、鎮守府に戻ったら料理も練習します!」
ぷんぷんしながら向こうを掃いてきますと、雪風が離れた隙に、響が与作を小突く。
「ダメじゃないか。女の子に対して、がきんちょだのなんのと。それに鬼頭提督、雪風の服装を褒めてあげたのかい?」
「はあっ!?お前、何か悪いもんでも食ったのか?なんで俺様ががきんちょどもの服を褒めなきゃならねえんだ。」
「え!?それ、本気で言ってるの?」
「どういうことだ。」
「やれやれ。これは時雨も相当苦労するな。さすがに同情するよ。」
「あいつは苦労なんぞ、しちゃいねえ。むしろ日々痩せ細っていっているのは俺様よ。」
わざとらしく咳き込む与作に、響はくすりと笑みを浮かべた。
「鬼頭提督と話していると退屈しないね。」
やがて、慰霊碑がきれいになると、与作達は並んで祈りを捧げる。
「・・・・。」
響は帽子を脱ぎ、深く目を閉じた
(暁、雷、電・・。そちらで元気にしているかい?)
暁型の姉妹の中で、艦時代と同じく唯一生き残ってしまった響は、当初は己の運命を呪ったものだった。「不死鳥」その呼び名は確かに勇ましい。だが、他の姉妹を失い、また一人で生き続けるのはどんなに辛いことか。佐世保の時雨と謳われた時雨でさえ、心に傷を負い、一年間は何もできず廃人のような日々を送っていたのだ。同じ駆逐艦の響も、当初は今後どうしていいか分からず途方にくれていた。
そんな時思い出したのが、始まりの提督の言葉と姉妹たちとの思い出だった。
あの地獄の鉄底海峡へと出撃する前の宴会の席で、始まりの提督は皆に言ったものだ。
「これから我々はちょいと人類を救いに行くわけだが、無事に戻ってきたら後は好きなことをして過ごすといい。無論、どうしても軍に残りたいものは止めはしないがね。是非君たちには人間の作り出した文化というものをたくさん体験して、素晴らしい人生を送ってもらいたいと思う。」
酔いも手伝い、大声で皆が歓声を上げた。
「浴びるほど酒を飲むしかないでしょ!」
呑兵衛たちは叫び、
「限界を覗くのも悪くはありませんね。」
空母達は何を食べようかと盛り上がった。
「ちなみに提督はどうするつもりなんでちか?」
マイクを持って近づいた伊58の質問に、
「そりゃあ、当然寝て過ごすつもりさ。」
と答えた時の、彼のさも当然といった顔つきが響は忘れられない。
その側であらあらと困り顔をしていた鳳翔に、気づき、
「い、いや。そのう。せめてウェイターがやれるくらいには頑張るつもりだ。」
思わず言い直していたことも。
「暁は当然レディーとして相応しいおしゃれを身に付けたいわね!」
「私はもっと人助けをしたいわ!老人ホームとかそういう所に行くのよ。」
「電は甘いものをたくさん食べたいのです。」
「私は日本全国を回ってあちこちで釣りをするかな。」
「ええっ!随分と行動派ね、響は。」
「釣れたら分けてね。老人ホームに持っていくわ!」
「雷ちゃん、お年寄りには魚は危ないと思うのです・・・。」
「釣れたら考えるよ。」
始まりの提督の言葉は、あの戦いの生き残りを英雄として称える世界中の後押しで、実現することになった。偉大なる7隻と名付けられた7隻には、各国の取り決めで、『偉大なる7隻には可能な限りの配慮を保証すべし』という宣言が出され、親艦娘であった日本では、それが忠実に守られた。
姉妹たちと語り合った、生き残ったらしたかったこと。響はその思い出を支えに、暁の代わりにおしゃれをし、雷の代わりに老人ホームでボランティアを行い、電の代わりにスイーツの食べ歩きをした。
そして、最後に自分のしたかったことの番になり。
好きな釣りを楽しみ、ふらふらと各地を回り、ようやくと当時の船の博物館へと、響はやってきた。
そこに佇んでいたのはかつての戦友。一度も沈まず、解体もされず、海の上にあることから、一度も艦娘として顕現していない船。数々の奇跡を起こし、さらに極寒の南極への船旅を成功させ、人々に愛された船がそこにいた。
深海棲艦との戦いの影響で沿岸部から離れたところに人は住むようになり、訪れる人が少なくなったお台場は人影もまばらだった。
「見学ですか?」
宗谷の近くをうろうろとしていた響に、声を掛けてきた女性があった。
「中を見れるの?」
「もちろん。今はめっきり少なくなりましたが、昔は大勢の人が見に来ていました。」
「ん・・・!?」
宗谷の船内に入った響は不思議な感覚に襲われた。
この格好の宗谷に会うのは初めてなのに、なぜか懐かしさを感じたのだ。
「宗谷、君なのか?」
響はつぶやくが、応える相手はいない。
けれど、まるでかつての仲間たちと話しているかのような安心感。姉妹たちと別れ、傷ついた自分を労わるような気持ちが、宗谷からは感じられた。
「私を励ましてくれているのかい?」
ボロボロになりながらも、船として海に浮かんでいる戦友。言葉を交わすことはできなくとも、なぜかその思いが分かるような気がした。
その瞬間。響の中にしたいことが浮かんできた。この心優しき戦友をこのまま一人にしておいてよいものか。
「いや。よくないね。」
すぐさま長門に連絡をとり、宗谷のボランティアとして働きたいこと、現状を改善するためのアイデアを伝えた。艦娘達が来れるように、艦娘の慰霊碑を設置してはどうか。ゆくゆくは艦娘の博物館を作り、艦娘への人々の認識を高めてはどうか。
「それはいい。宗谷については私も知らぬ仲ではないからな。」
長門は快諾した。
横須賀のドックに入っていた宗谷は、長門とともに敵の空襲を受けた。ドックに入っており、火の気がなく難を逃れた宗谷に比べて、長門は艦橋を吹っ飛ばされたのだが、彼女からすれば、戦後も未だに浮き続ける宗谷に対しての思いは響と同様に強かった。
前者の願いについては、即座に了承され、後者についても10年の歳月を経て、実施された。
「おい。大丈夫かあ?随分と長いな。眠っちまったんじゃねえか?」
「しれえ!デリカシーがないですよ!」
与作と雪風の声に、響ははっと我に返った。大分長い間、物思いにふけっていたようだ。
「ちょっと色々と思い出したことがあってね。」
「ふうん。昔のことか?」
「うん。」
響はなぜ自分がこの宗谷でボランティアをしているのか、について語った。そして、宗谷で感じた不思議な体験も。
「ほお。そいつは面白い体験だな。」
まず間違いなく、バカにするか信じようとしないと思っていた与作の態度は、彼女にとって意外だった。
「これは予想外だね。鬼頭提督はこの手の類の話は信じないと思っていたんだがね。」
「バカ。俺様はその手の類の話は大好きなんだ。水木しげる先生の妖怪画談は愛読書だぜ!お前ら艦娘だって、船の魂が宿っているんだし、そりゃ信じるわな。」
(司令官と似ているね。)
時雨の記者会見での与作の発言を思い出し、響は納得した。与作は艦娘を兵器として認識はしているが、魂があり、意志があることも分かっており、そうした存在として扱っているのだ。
まるであの始まりの提督のように。
「昔の軍艦には神社が祀ってあったらしいが、確か宗谷にもあるんじゃないか?」
「よく知ってるね。南極観測船の時代に航海の安全を願って再設置されたらしいよ。今は入れないけどね。」
「それなら、そこに宗谷の魂もあるんだろうよ。きっと昔馴染みのお前がしょぼくれて来たんで、根性を叩きなおしてやろうと思ったんだな。」
「そんな感じじゃなかったけどね。ちょうど時間になったし、開けるよ。」
入口にかかった鎖を外し、扉を開ける。
次いで受付の中から募金箱を出した響に、与作が二千円を入れる。
「はい、響ちゃん。雪風の分です!」
それを見て、雪風も財布から二千円を取り出した。
「鬼頭提督、雪風の分も払ってくれていると思うけど?」
前にもこんな話をしたな、と響は苦笑するが、雪風は首を振った。
「いえ。大丈夫です!受け取ってください!」
「ありがとう。雪風、君も怪我のないようにね。」
「はい、気をつけますね。雪風の願いはしれえとずっと一緒にいることですから!」
「えっ!?」
響は驚いて、雪風を見るが、当の本人はさっさと先に行った与作の後を追い、文句を言いつつ、宗谷のタラップへと歩いていく。
「無事に戻ってきたら、雪風はしれえとずっと一緒にいますよ!」
あの最後の宴会の時に、原初の雪風はそう言っていた。
まるで、彼女が戻ってきたみたいだ。
「いや、海につながっているからね。戻ってきたのかもしれないな。」
響は一人呟くと、帰り際に渡さないとと、見学記念のカードを用意する。
「宗谷ちゃん、久しぶりです!!雪風、戻ってきましたよ!!」
明るくはしゃぐ雪風に対し、仏頂面を見せる与作。
「うるせえ!このがきんちょ!!館内は静かにするもんだぞ、バカが!」
「すいません、しれえ。でもでも、雪風嬉しいです!!」
満面の笑みを浮かべる雪風の姿が見え、響は満足気に頷いた。
「人も艦娘も幸せに・・か。司令官。少なくともその願いは、あの鎮守府ではかなっているみたいだよ。」
登場人物紹介
与作・・・その場のノリに流され、デート権を賭けた過去の自分を恥じる。
雪風・・・帰りの電車で、リボンの錨型刺繍が手が込んでるなと与作に言われたのを、服が褒められたと解釈し、3重キラ状態になる。
響・・・・感傷に浸ったためか、なぜか無性に呑みたくなり、艦娘博物館館長の天龍と飲みに行き、酔い潰す。