鬼畜提督与作   作:コングK

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横須賀編エピローグ。今回は短いです。

最近劇場で、とある素敵な映画を観てボロ泣きし、手紙っていいなあと思って書いた次第。
普段書かないので、手紙を書くことができる人ってすごいと思いました。




第四十話 「前略 秋津洲様」

江ノ島鎮守府の入り口にある詰め所では、高齢の憲兵が鎮守府への郵便物の束をまとめて受け取っていた。

最初の一か月、時折、与作宛の荷物が来るだけだった江ノ島鎮守府へ、足しげく配達人が通うようになったのは、米国大統領との一件以来である。

 

与作宛ての艦娘達からのもの。

フレッチャーへの励ましの手紙。

時雨へのファンレター。

2日と空けず、同じ人物から送られる北上への思いをつづった手紙。

グレカーレへの在日イタリア人からの手紙。

時折届く、雪風への初期艦仲間からの手紙。

 

今では、郵便屋のバイクが来る時間に合わせて、その日の秘書艦がわざわざ憲兵の所に取りに行っては仕分けするほどになっていた。

 

「あっ、憲兵さん。Thanks。」

 

今日の秘書艦アトランタは、郵便物の束を受け取り、自分宛の荷物がないのを確認すると、ふうと小さくため息をついた。本国にいるサラトガとは頻繁に連絡をし合う仲だが、江ノ島鎮守府に着任することになった旨を伝えた時、彼女は着任祝いを送ると話していた。

それから待つこと一月。郵便配達が届くたびに当番の艦娘に自分宛の荷物はないかと尋ねるが、皆決まって首を振るばかりで、さすがにアトランタは不安になった。

 

大統領の起こした大事件の後処理と海軍の再編に、本国の艦娘達は上に下にの大騒ぎだと聞く。しっかり者のサラトガだが、つい忘れているということはないだろうか。

今まで何度かサラトガとネットや電話でやりとりをしていたが、向こうが好意で送ってくれるものを催促するのはためらわれた。だが、軍用便なら一週間程度で自分の手元に届いている筈だ。

 

(今夜にでも聞いてみるか。)

 

そうアトランタが決意した時、見慣れぬ宛名の手紙が混ざっていた。漢字を覚え中のアトランタは、それぞれの艦娘の最初の漢字で覚えるようにしていた。

 

(Snow、雪は雪風。Timeは時雨。ええとAutumn、秋?ああ、あいつか。)

 

それはつい最近、江ノ島鎮守府に着任することになった新しい仲間に宛てられた手紙だ。

食堂へ向かうと、エプロンをつけた彼女が、丁寧にテーブルを拭いていた。

 

「秋津洲、あんたに手紙だよ、はい。」

「ああ、ありがとうかも、アトランタ。」

丁寧にハンカチで汗をぬぐってから、秋津洲は手紙を受け取り、おやと小首を傾げた。差出人の元同僚から出されたにしては、やけにおしゃれな封筒だった。きっと、仲のよいと言っていた同型艦の姉からもらったのだろうか。顔を綻ばせながら、秋津洲は封を切った。

 

 

前略 秋津洲様

 

初めて貴方にお手紙します。お元気ですか。そちらの鎮守府には慣れましたか?こちらの鎮守府では、あの事件の後、色々と大変でした。大まかなことはそちらにも伝わっていると思いますが、私の近況も含めてお伝えできたらと思います。

 

瀬故提督は横領の罪で懲戒免職となりました。当然の処置だとは思いますが、予備提督として一応の登録はなされるそうです。私としては不満ですが、提督不足の昨今、やむにやまれぬ処置だということで、気持ちを収めました。秘書艦だった伊勢さんはそれを聞き、瀬故提督を支えたいと、自ら望んで退役をしました。

 

第十九艦隊は解散となり、多くの仲間は第十艦隊と第二十艦隊へ転属することになりました。私も阿賀野姉のいる第十艦隊の所属となり、今までと違う環境に、右往左往する毎日です。

 

こうして自分が違う環境に置かれてみると、一人鎮守府の外へと出ていった貴方のすごさがますますよく分かりました。自分の譲れない物を守るために、知らない世界へ飛び込むというのがどんなに勇気のいることだったか・・・。他人はそれを無謀と呼ぶかもしれません。貴方にとってそれは衝動的なものだったかもしれません。ですが、私にとってそれはとてつもなくすごいことでした。

勇気ある行動でした。憧れることでした。

 

知っていましたか?貴方と再会した時、私は貴方が羨ましくて仕方がありませんでした。気絶していたから貴方は覚えていないかもしれませんが、私が異動を希望していた江ノ島鎮守府の鬼頭提督に、貴方は、「返さない。」と言ってもらえていたのですよ。

他の艦娘と違い、貴方だけが江ノ島に異動になったのも、貴方のことを鬼頭提督が必要としたからです。

 

正直な話をします。私は貴方を可哀想な艦娘だと思っていました。役立たずと陰口を叩かれ、いくら頑張っても報われない。自分というのが分かっている筈なのに、どうしてそうまでして出撃をするのか。弱いのにどうして?怖いのになぜ?疑問は尽きませんでした。

 

でも、あの夜。貴方と闘った時に、私は自分の勘違いに気がつきました。貴方は誰よりも自分が弱いと分かっていました。でも、それでも誰かのために闘いたい、自分を認めてくれた人のために闘いたいと言っていました。そして、その言葉を証明するかのように、何度倒れても立ち上がってきました。

 

「真の勇者は倒れぬ者のことではない。倒れる度に立ち上がる者のことである。」

 

私も好きな言葉です。そして、貴方はその言葉通りの勇者でした。貴方が弱い・可哀想と決めつけていた私は、自身の不明を恥じました。

 

秋津洲。今では、貴方は私の目標です。貴方のように、どんな困難でも諦めず立ち向かっていきたい。日々そう願い、訓練に精を出す毎日です。

 

新しい鎮守府で戸惑うこともあると思います。ですが、貴方なら大丈夫だと思っている者がここにいることを忘れないでください。それだけ、あの夜の貴方の姿は印象的でした。

 

もし、悩むことがあれば遠慮なく横須賀まで連絡をください。私からも連絡をします。今私が一番後悔しているのは、貴方と過ごした3か月余りの間、まるでしゃべれていなかったことです。ぜひ、お互いの鎮守府での話をしたいです。江ノ島の話も聞かせてください。

 

最後になりますが、あの夜、貴方と殴り合いができて本当によかった。私の中では一生の思い出となりました。これから暑くなってきます、どうぞお体に気をつけてお過ごしください。

                                  草々

   令和○年6月15日

              横須賀鎮守府 第十艦隊  矢矧

 

 

顔を上げた秋津洲は涙と鼻水で酷い有様だった。横から覗いていたアトランタが、ティッシュを差し出すと、ちーんと大きな音を立てて鼻をかむ。

 

「いい友達をもったじゃん。よかったね。」

「ううう!う~!!」

 

アトランタの言葉がツボに入ったか、秋津洲はより一層大きな声で泣き出した。手元のこれじゃ足らんと、周りを見渡すと、二式大艇がティッシュボックスを持って、ふよふよと飛んできた。

 

「いや、本当にすごいね、あんた。」

 

箱ごと渡すや、すごい勢いでみるみるとティッシュが消費される。ここまで感動させる手紙の主の矢矧に興味を持つとともに、あの夜一緒に行けなかったことがアトランタとしては悔いが残った。

 

テーブルの上に残された手紙がティッシュの山と一緒にならぬよう丁寧に折りたたもうとし、アトランタは気付いた。

 

「うん!?これ、追うって漢字じゃなかったっけ。どういう意味?」

「ああ、それは追伸て意味かも・・・。」

 

ぐずぐずと泣いていた秋津洲は、書かれた文の意味が分からず、慌てて涙を拭った。

そこにはこう書かれていた。

 

『追伸 鬼頭提督に、私はいい女になるつもりですよ、と一言お伝えください。』

 

「提督~!!矢矧からなんか意味不明な一言メッセージが届いているかも!!」

「おい、このティッシュ片付けていけって!ったく、仕方ないね・・・。」

 

ばたばたと走っていなくなった秋津洲に呆れながら、アトランタがゴミ箱を探すと、二式大艇がすでに背中に載せていた。

 

「いや、というかさ、あんた本当にすごくない?」

 




登場人物紹介

秋津洲・・・・後で食堂に戻り、入念にテーブルを拭き直し、アトランタにお礼の意味も込めておいなりさんを差し入れする。
アトランタ・・おいなりさん初体験。案外いけると舌鼓を打つ。
与作・・・・・矢矧からの一言メッセージがなりたい、ではなく、なるつもりと書かれていたことを評価し、ニヤリと笑う。
二式大艇・・・もんぷちが冗談で載せて欲しいと言っても、気軽に付き合う懐の広さ。

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