鬼畜提督与作   作:コングK

53 / 124
二十話近くも前と間隔が空きましたが、次回についにあれをします。
今回は前振りです。



第四十一話「人と艦娘と」

海軍大臣である坂上征四郎は、反艦娘派と目される人間の一人であり、親艦娘派である高杉元帥との犬猿の仲は省内でも有名であった。始まりの提督を助け、深海棲艦出現時の激動の時代を過ごした高杉からすれば、大臣の紋切り型のような艦娘の扱いはありえなかったが、これには坂上の言い分もあった。

 

高杉のように、艦娘に親身に接していては、いずれ戦いが終わった時に、彼女達への補償はどうなると思っているのか。今でさえ、軍籍を退いた艦娘には多額の艦娘年金を支払っている。戦いが終われば、それが何年と続くだろう。ボロボロの日本がその負担に耐えられると思っているのだろうか。

 

「艦娘は上手く扱わにゃならん。全く、馬鹿が。しみったれたことをしやがって!!」

三日前に処理した報告書のことを思い出して、腸が煮えくり返りそうだった。横領などと、国会で嬉々として質問を連発する野党の姿が目に浮かぶようだ。

 

「ただでさえ、艦娘関連の予算の増大で財務省からは嫌みを言われているというのに・・・。」

 

全ての原因は、艦娘と言うものの存在にあった。ある日突然現れた、深海棲艦と戦う正義の味方。これが漫画やアニメの中ならば、彼女たちは深海棲艦を倒したり、解体処理を施したりした後は自分達の国なり世界に戻っていく。残された人々は彼女たちを称賛し、日々前を向いて復興への道を歩んでいけばいい。

だが、現実はそうではない。艤装を破壊された艦娘や、除籍になった艦娘は自分達の国には戻らず、この世界にとどまっている。正義の味方が自分達の世界に戻ってくれれば、後腐れなくこちらも見送れた。だが、そうでない場合はどうなるのか。様々な問題が生じるのだ。

 

戸籍の問題、住所の問題、退役後の就職の問題。艦娘を人として扱えば扱うほど、手間と金をつぎこまなければならない。

 

(だが、艦娘達を不満無く扱うにはそれしかない。)

 

艤装との連結を切って、素体の状態になったとしても、彼女たちの力は通常の人間とはかけ離れている。自分達より遥かに優れた存在に、恐れや不安が付きまとうのは当然で、フランケンシュタイン・コンプレックスの強かった米国は、それを首輪と言う目に見える鎖をつなぐことで、人々を安心させようとした。それに対し、日本はどうだったかと言えば、当初こそ艦娘は人か否かという論争が巻き起こったものの、それはすぐに鎮静化された。皇居におわす尊き方々が、先の大戦で散りながらも、この国難に対し、再びこの世に現れた艦娘への感謝を述べられたからで、元来多神教であるこの国ではそれは自然と受け入れられ、艦娘の権利拡大につながった。

 

人類初めての提督である、始まりの提督が艦娘よりの人間であったことも、この艦娘への意識の高まりに影響している。彼は自ら艦娘との付き合い方の範を見せ、艦娘達にも人との付き合い方について学ぶ必要性を説いた。その考えを元にして作られたのが、艦娘養成学校で、艦娘達はそこで社会や人間との付き合い方・退役後の過ごし方についても学び、各鎮守府へと配属される。

 

「しかし、それゆえ、その付き合いには慎重を期さねばならん。」

 

坂上は艦娘も人もお互いに歩み寄ろうとしているからこそ、危ないとみていた。いかに相手の側が深海棲艦打倒のためにやってきて、人間のために戦ってくれて、こちらを理解しようとしてくれていても、それがいつ覆るか分からぬようでは困る。今後艦娘関係の支出が増大すれば、いやが応でも国民生活に影響を及ぼすであろう。そうなったときに、以前と同じ厚遇を受けられなくなった艦娘達がどう思うのか。人間に嫌気が差し、その武力がこちらに向かってくるのではないか。多くの国民がそう思っていないのが、坂上には信じられなかった。

 

「この国の国民性だな。良くも悪くもお人好し過ぎる。漫画やドラマで散々日本をヒーローが救ったからと、お前たちのこともヒーローと見ている。一億総厨二病と言う奴だな。」

音もなくやってきて、備え付けのティーポットでお茶を淹れる秘書官を見て、坂上は冷めた笑いを浮かべた。

 

「大臣が、厨二病という言葉を御存じなのが驚きデス。」

「そりゃ、俺だってそれぐらいは勉強する。党の若手共にじじいだの、古いだのと言われたくねえからな。」

「それでもう少し口汚くなければ、国会で追及されることもないんですがネ。」

暴言が有名な大臣と言う週刊誌の記事をあてこすっての言葉だろう。差し出されたカップに坂上は口をつけた。相変わらずの濃いミルクティーだ。

 

「これは地だ。変えようがない。お前さんが俺の下にいて、目的を変えないのと一緒だよ。」

金剛は静かにカップを置き、目を瞬かせた。

「何の話デス?仰ってる意味がよく分かりマセン。」

普通の人間ならば、そのしぐさに、ああそうかと納得していたことだろう。だが、坂上はこの道でずっとやってきた男だ。人の皮を被った狸や狐など見慣れている。

 

「江ノ島にちょっかいをかけているだろう。大概にしとけよ。あそこの提督は道理が通じん。」

「あの米国大統領に啖呵を切った提督ですネ。一提督が国を動かすなどと、危険すぎマス。」

「そこは同感だな。あいつのために、米国とヨーロッパの艦娘の勢力図が変わっちまった。米国のマザコン野郎が腹に据えかねたんで、勢いでつい、いいって言っちまったが、後で周りから散々文句を言われたよ。」

 

深海棲艦の活動には休眠期と活動期がある。夏と冬には大攻勢をかけてくるものの、春と秋は比較的その行動は鈍く、人類はその期間を利用して、艦娘の護衛の元、細々と経済活動を行っている。だが、深海棲艦の出現前とその状況は一変し、偉大なる7隻の一隻であるウォースパイトがEU艦娘連合艦隊を率い、隙のない大西洋航路・ヨーロッパ域内航路と比べて、太平洋は守る海が広く、安全な物資の輸送は困難であった。深海棲艦の本拠地がハワイにあることも関係して、南米への航路が閉ざされた現在、太平洋での物資運搬は、今や北米航路を唯一の頼みの綱としている。米国は自国の都合もあってか、アラスカにあるエルメンドルフに艦娘部隊を編成しており、アリューシャン列島を通るコンテナは彼女たちに守られて、北米大陸へと向かうのが常だった。今年の秋も同様になるだろうと踏んでいたところに、今回の騒ぎである。米国の艦娘の多くがEUの連合艦隊に合流してしまった現在となっては、北米航路の守りも薄くなる公算が高く、日本政府も頭を悩ませていた。

 

「その件は了解していマス。単冠湾泊地の横溝少将には、面倒な仕事が増えることを伝達済みデス。」

「さすがに有能だな。お前さん、やっぱり現場にいた方がよかったんじゃねえか?」

「いえ。私はこっちの方が性に合いマス。余計なことを考えなくてもいいですからネ。」

「重ねて訊くが、お前が江ノ島にちょっかいをかけているのが、この国のためになることなのか?

もしそうでないなら・・。」

70過ぎの老人とは思えぬ鋭い目つきで、坂上は金剛を睨むが、歴戦の勇士でもある金剛は軽くそれを受け流す。

「そうでないなら?」

「どんなことをしてもお前を止める。世間の連中は俺を反艦娘派だのと言うが、正しくはねえ。俺はお前たちを評価している。だが、信用し過ぎてないだけだ。」

艦娘が道具か人かと問われれば、坂上は信頼できる道具と答えるだろう。だが、どんな道具も扱いを間違えれば、持ち主にそれが跳ね返ってくる。艦娘は彼にとって細心の注意を要する道具だった。

 

「新しいのを注ぎましょう。」

 

金剛は席を立つと、自分と坂上の分のカップを手に取った。

温め直したお湯をティーポットに入れると、濃い茶葉の匂いが執務室に充満する。

ちらりと金剛は腕時計に目をやり、茶葉を蒸らす時間を測る。

 

「坂上大臣。私がしていることはこの国のためデス。それだけは約束できマス。」

背を向けながら金剛は、言った。

「貴方は艦娘を信用し過ぎていない。そして、その事を隠そうともシマセン。それは正しい判断デス。」

振り返った金剛は口の端を上げてニッコリと微笑んだ。

「私も貴方達人間を信用し過ぎてマセン。人間が裏切るものだということも学んでいマス。」

「そうか。ならこれ以上言うことはねえな。お互いの利害のための協力関係ということか。」

「そういうことになりマスネ。」

これは想像以上の女狐だと、坂上は額に手を当てた。

 

                ⚓

 

「いいですか?余計なことはしていませんね!大丈夫ですね!!」

 

一日おきにかかってくる大本営の大淀からの電話に俺様はげんなりする。眼鏡が雌の戦闘力を上げるアイテムだと分かっている俺様からすると、真面目眼鏡の大淀の眼鏡度は高いんだが、どうもあいつの場合は、眼鏡を外しても、3 3 みたいな感じになるような気がしていけない。これが香取教官なら、ナッパがベジータになるくらいには戦闘力が上がるんだが。

 

「聞いていますか?鬼頭提督!!」

「へいへい。聞いてますよお。大丈夫、きちんと鎮守府にいますんで。」

「お願いですから動かないでくださいね。ステイ、ステイです。よろしくお願いします。」

 

がちゃりと電話が切れる。はあああ?俺様は犬か?何が、ステイだ。いつでも性のホームステイはしてやるぜ、くそが。

 

「全く、大淀も大変だね。こう何度も電話しなくちゃいけないなんて。」

元ペア艦がぬけぬけとほざくが、お前なあ。お前だって忍び込んだろうがよ。

なんで、俺様だけこうも叱られるんだよ。おかしいだろ。

「そりゃ、与作は僕たちの提督だからね。」

時雨の野郎、どことなく自慢げに言っているのが気に食わねえ。

知るか、ぼけ。そもそも何で俺様だと分かったのか。

 

「テートクが、あんな変なことするからでしょう!」

「あんな変なことだあ?。」

高々盗んだ金庫を市ヶ谷にある海軍省の庁舎前に放っておいただけじゃねえか。

「それだけじゃないじゃないか。与作が時代劇にかぶれてあんな手紙をつけるからいけないんだよ。」

「あんな手紙だあ?お前、鬼平を舐めてんのか!」

盗んだ金庫をそのまま置いておくのも芸がないと考えた末に、盗賊つながりで俺様が考えたナイスアイデアをあんな手紙とは!

 

「天を恐れざる畜生を、天に代わって成敗仕り候。艦娘達が世の道理を知らぬを良いことに、私腹を肥やしたる大悪人を懲らしめ、斯くの如き証を持参し候。よろしくお取り計らい下されたく、お願い申し上げ候。OYZ怪盗団」

悪党が悪党を懲らしめるというしちゅえーしょんに痺れた俺様が、鬼平犯科帳からパクった、いや着想を得て、こいつはいいやと使ったわけだが、うむ。今思い出してもほれぼれする書状じゃねえか。わざわざ筆で書いた甲斐があったぜ。

 

「あれを出したから、確実に与作だって分かったんだよ。」

「鎮守府に帰るなり、しれえに電話が来ましたからね。」

「そんで、アメリカの時の二の舞だもんねー。」

グレカーレの奴め、余計なことを思い起こさせやがる。入れ替わり立ち替わり、もっと自分の立場を考えろとまあ、言うわ言うわ。俺様にそんなに説教をかます暇があるなら、もっとしっかりとバカを管理しとけってんだ。

 

かりかりしている俺様の所にぶうんと二式大艇がやってきて、ぴたりと止まった。

 

じっ。

「おう、昼ご飯か。」

ぱたぱた。

「相変わらず、しれえと二式大艇ちゃんの意思疎通はすごいですね。」

ふふん。分かっているじゃねえか、雪風よ。種は聞くなよ、俺様にもよく分からねえ。

「女心は分からないんだけどね・・。」

余計なことばかりほざく元ペア艦は放っておこう。

 

「はいっ、提督!秋津洲特製コロッケカレー。どうぞ召し上がれ!」

 

俺様ににこやかに渡すのは、最近うちの鎮守府に引き抜いたかもかも野郎こと秋津洲。鹿島曰く将来性はあるものの、今の所全く戦闘面では役に立たないが、その代わり、抜群の料理技能でもって、うちの艦隊の裏方として、週に4日3食担当している。

 

「美味しい!!これ、チーズコロッケ?」

グレカーレが舌鼓を打つ。おいおい、こいつはやるじゃねえか。コロッケ+カレーは確かに旨いが、カレー+チーズもまた絶品だ。まさかカレー+チーズ+コロッケだと?味の三重奏!!こいつは言うしかねえ。かの名作漫画、「まんが道」より受け継がれるあの言葉を!!

 

「ンマーーーーイ!」

突然叫んだ俺様に、周囲がきょとんとする中、一人口を開くのは江ノ島一空気を読まない雪風。

「ん、んまーい?しれえ、なんですか、それ。」

「知らねえのか。伝説的な漫画の中で登場人物が余りの旨さにつぶやく台詞よ。」

「へえ。じゃあ、雪風も、ンマーイ!」

「あたしも、ンマーイ!」

「ンマーイ!」

「ンマーイ!?deliciousのこと?覚えとこう・・。」

「み、みんなやるの?ン、ンマーイ・・。」

 

がきんちょズが後に続き、米国組はメモをとってやがるが、時雨は恥ずかしさからか顔が真っ赤だ。お前なあ。旨いものは旨い。叫んで何が悪いんだ。すごい奴になると、口からハイドロポンプみたいに水を吐き出したりするんだぜ。おうおう、ルーもしっかり凝りやがったな。給糧艦顔負けじゃねえか。こいつに厨房を任せてよかったぜ。

 

「えへへ、嬉しいかも。どんどんあるからね!」

「秋津洲さん、是非レシピを教えてくれませんか?」

フレッチャーの奴、メモを取り出してやがる。研究熱心なのはいいことだな。俺様が食事を秋津洲に一任すると言った時には、こいつには珍しく、

「提督、あの。私にも作らせてはいただけませんか?」

なんて抵抗しやがったから、やる気が刺激されたんだろう。

 

「おおっ。カレーじゃん。目が覚めそうだねえ。」

ふらふらと入ってきたのは北上。どうでもいいが、お前のその白衣と眼鏡はどうしたんだ。

「ん~?ああ、これ。今の北上さんは研究者北上だからね。ちょっと色々資料を読むのが忙しくて。」

嘘こけ。お前、前回の時に眼鏡と白衣に髭があれば、阿〇博士だったのに・・。とかぶつぶつつぶやいてやがったじゃねえか。だが、そのちょいすは間違っていねえ。ナッパからザーボン変身後ぐらいの戦闘力はあるぜ。

「何、その例え。まあ、誉め言葉と受け取っておくよー。」

「すりぬけくんとのバトルはお前頼みだからなあ。ほれ、これでも食え。」

俺様のナイスな心遣いで福神漬けを山と盛ってやる。

「はい、北上。アイスコーヒーかも。少しは目が覚めるでしょ。」

ことりと秋津洲が北上の前にグラスを置いた。おいおい。この野郎、そつがねえな。こっちの仕事の方が似合ってるんじゃねえか。そのうち喫茶店でもできそうだぜ。喫茶店マシツキア。おお。響き的には悪くねえ。

「ああ、ありがと秋津洲ん。助かるわー。」

「あたしに続いて、んの被害者が出た。」

アトランタがカレーを口に運びながら、呟く。どうでもいいが、食うかしゃべるかどっちかにしろよ。カレーは周りの被害が甚大だからな。気付かずそのままにしておいて、後で台所洗剤と歯ブラシでシミ抜きした嫌な過去が頭をよぎりやがる。

 

もそもそと眠気眼でカレーを口に運ぶ北上は、いつもとは様子が違い、色々と考え込んでいる。こいつはいつものらりくらりとしていて、中々真面目モードを見せないんだがな。

 

「すりぬけくんの調整が難しいなら、日程は延期してもいいぞ。」

当初の予定より大分ずれ込むが仕方ねえ。余計なことして遊んじまったからな。

だが、北上はいやいやと首を振ると、俺様に告げた。

 

「実際の起動を見てみないとやっぱり分からないから、明日、とりあえず建造してみようよ、提督。」

 

大きく目を見開いて、時が来たことを実感する俺様。

 

「その建造とは、あの建造か?」

「うん、提督が大好きな建造だよ。」

おいおいおい。ついに来やがったぜエ。この時が。前回フレッチャーを建造してからどれだけお預けを食ったと思っているんだ。ついに、ついにあのすりぬけくんと闘うというのか。

「今日の秘書艦は時雨だな。俺様の午後の執務は明日の午後に回しておいてくれ。」

「ええ!?どうするんだい?」

「ちょいと自室に籠って精神統一をするのよ。がきんちょどもは邪魔だから覗くんじゃねえぞ。特にグレカーレ。」

「なんであたしを名指し!まあ分からなくないけど!」

 

ふううううう。ついにこの時が来やがった。溢れるリビドーをまず解消しておかねえとな。

久しぶりにお前と相まみえることができるぜえ、すりぬけくん。

 




登場用語解説

「ンマーイ」
伝説的な漫画家藤子不二雄A先生による自伝的漫画「まんが道」の中で使われる「美味しい」という気持ちを読者に端的に伝える表現。うまい、ではなくんまい、がミソ。作中に出てくるラーメンがとにかく読者に空腹感を与える。

登場人物紹介

与作・・・・・実は書道5段。漢字もかなも両方イケる上、寄席文字も相撲文字も歌舞伎の勘亭流も自在に書ける。
秋津洲・・・・想像以上の料理技能の高さを見せつけ、与作に褒められ有頂天。
フレッチャー・提督にはご飯を作ってあげたいマザー。
アトランタ・・北上ん被害者の会が二名になったことを喜ぶ。

すりぬけくん・どうもお久しぶりです、と突然姿を見せる。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。