駆逐艦祭りは終わってなかったのですが、残念ながら肝心の提督はそれにまだ気づいていません。日本艦5海外艦3+2。どこにある鎮守府なんだろう・・・。
「なんじゃこりゃああああ!!」
大湊への出発を明日に控え、いつも通りに執務を行っていた俺様を驚かせたのは、アトランタの奴から出された訓練の報告書だ。確かにボーキサイトが余り気味とは言った、言ったぞ。だけどなあ、想定の3倍は消費しているじゃねえか。どんだけはっちゃけやがったんだ。
俺様が怒りを爆発させると、アトランタはぽりぽりと頬を掻きながら言い訳を始めた。
「い、いやそのう。提督さんが、あたしの対空を抜けるか試してみろと言ってたと神鷹が言うもんだからさ、抜けるもんなら抜いてみろと、つい・・・ムキになっちゃって」
おいおい。お前もうちの艦隊に来て一月にはなろうというんだから、もう少し俺様の言葉から察しろよ。何がついムキになっちゃって、だよ。どこの世界に入門希望でやってきた入門者をぼこぼこにして帰す道場主がいるんだよ。適当に相手してやって自信をつけさせるもんだろうが!
「Sorry,ちょっと調子に乗ってやり過ぎちゃったんだよ。悪いことしたなって自覚はあるんだ」
「当り前だ。それでお前が散々やらかした神鷹はどうしたんだ」
「今食堂。訓練終わりに二式大艇がやってきててさ。しょんぼりしてる神鷹を食堂に連れていったんだ。秋津洲が特製デザートを用意してたみたいで、慰めてくれてる」
秋津洲の奴も気が利くが、恐るべきはあの二式大艇だな。なんなんだ、あいつは。ただでさえ評価が厳しい俺様だというのに、出会ってから評価が右肩上がりで、落ちるところがねえぞ。とんでもない野郎だ。
「それじゃ、お前も改めて顔を出してこい。悪気があってのことじゃねえし、神鷹もそれぐらいは分かっているだろう。後になればなるほど言いづらくなるぞ」
「うん。そうする」
俺様の言葉に素直に従い、執務室を後にするアトランタを見ながら、どうしたもんかと頭をひねる。
空母がいないうちの鎮守府では、どうも神鷹の訓練が効率的ではない。本人が繰り返し努力をすれば克服は可能だろうが、時間がかかる。今の奴に必要なのは経験者による適切なアドバイスだ。
誰か知り合いにいないかと頭の中で該当者を絞っていると唐突に閃いた。
「時間はかかるが、東北自動車道で行けば途中で降ろせるな。よし、そうするか」
思い立った瞬間、携帯電話を取り出して連絡する。時間的にはまだ大丈夫だろう。
「俺だよ、俺俺。どこのどなたですかって?俺様の声を忘れたとは遂に耄碌したのか、ばばあ。何?ばばあなんて言われたことはないだと?知るか。明日の昼間にはそっちに寄るから、よろしくな」
電話の向こうで非難の声が上がるが知ったことか。すぐさま、横須賀の阿賀野に連絡し、軍用機の手配をキャンセルする旨を伝える。
「え!?飛行機で行かないの?」
「ああ、ちょいと途中で野暮用があるんだよ。」
「なあんだ、残念。差し入れ用のおにぎり、矢矧と握ってたんだけどな」
「そいつは無理だな。明日は3時には出発だ」
「ええーーっ。何それ、3時なんて夜じゃない!阿賀野まだ寝てるよ~」
「仕方ねえんだ。車で11時間だし、途中寄るからな。またの機会に頼むぜ」
まだ電話口でごちゃごちゃ言っているのを無視して電話を切る。よし、それじゃあ演習要員を選抜するとするか。
⚓
英国ノースウッドにあるEU艦娘連合艦隊司令長官室は、英国で最も静かだと評される場所で、そこを訪れた者は、その言葉が間違いではないということを知るのが常であった。
荒々しい靴音と共に乱暴に扉を開き、その静寂を破ったのは、英国が誇る戦艦ネルソンである。
「ウォースパイト!どういうことだ、なぜジャーヴィスが日本に行くことになったのか!」
「ネルソン、失礼だぞ」
副官兼秘書艦であるアークロイヤルが席を立ちかけるが、当のウォースパイトが構わないわとそれを制した。
「日本の長門に前々からお願いしていたのが通っただけなのだけど・・。ああ、アーク。少し休憩してお茶にしましょう」
「はい」
偉大なる七隻の一人である戦艦ウォースパイトの事務処理能力は高く、彼女を補佐するアークロイヤルはそのあまりの速度に追い付こうとするのが精いっぱいであり、上官のこの申し出は彼女にとってありがたかった。
「元々日本には私が行く予定だったはずだ!それがどうして突然変わったのだ!」
ネルソンからすれば納得のできることではなかった。フレッチャー偽装事件後、英国の艦娘の間では、江ノ島鎮守府の話題がひっきりなしに出ており、一度あの提督に会ってみたいと思う艦娘が多かった。ネルソンもその一人だが、彼女の場合は動画の中に出てきた同じビッグ7である長門と会いたいという思いの方が強かった。
「貴方と同じ偉大なる七隻であり、ビッグ7でもある戦艦長門は余の憧れなのだ。一度会いたいとずっと思ってきて、ようやくその願いが叶いそうだったのに・・」
悔し気に口を結ぶネルソンに対して、ウォースパイトは歳の離れた妹に見せるように優しく微笑んだ。
「ごめんなさい。貴方の気持ちは分かるわ、ネルソン。けれど、先方も色々と立て込んでいてね。今回はお互いの希望を優先した結果なの。どうもキトウの鎮守府は色々と困っているようでね」
「助けが必要というなら、尚のこと駆逐艦などではなく、余の出番ではないか!」
あまりのネルソンの態度に、アークロイヤルが口を挟んだ。
「あのなあ、ネルソン。先方が希望しているのは調査ができるような人材だ。あなたにそれは無理だろう」
「先方からはリソースやディア・サウンドといった工作艦がベストだと言われたの。でも、今米国からの艦娘受け入れで、彼女たちは動かせない。そこで調査が得意なジャーヴィスに白羽の矢が立ったのよ。他意はないわ」
「調査が得意などと、あいつはただ探偵ごっこをしているだけではないか!いつも付き合わされて大変とジェーナスが愚痴っているのを聞いたぞ」
「あら、貴方もそう思っているのね!」
ネルソンの抗議を聞くや、ウォースパイトは嬉しそうに声をあげた。
「ジャーヴィスは優秀よ。本来なら手放したくない。でも、久方ぶりにこの身に熱を帯びさせてくれた日本の提督へ何か手助けができないかと決断したの。キトウがどんな人物かもあの子なら的確に見極めてくれるわ」
20年近くこの世界にあり、深海棲艦とずっと闘い続けるという機械のような毎日をウォースパイトはずっと繰り返してきた。その生活を一変させたのが、かの提督が起こした一連の出来事である。鉄底海峡の戦いの後、めっきり連絡をとらなくなった長門からの突然の通信。それを不思議に思った彼女を待っていたのは、かつてのように熱の籠った口調で勢いよく話す戦友の姿だった。
長い間の無沙汰を詫びた長門は、続けて米国の非を強く訴え、声を震わし、手助けを乞うた。その強い思いに突き動かされるように、女王との拝謁や米国艦の受け入れ等に奔走した時、ウォースパイトは自らの変化に気が付いた。単調な毎日を過ごしていく中で無くしていたもの。自分の胸の内に以前はあった温かいものが再びそこには存在していた。
なぜこの気持ちを忘れていたのだろうか。己を戒めると共に、大切なことを気付かせてくれた日本の提督に、ウォースパイトは一方ならぬ恩義を感じ、興味を抱いていた。
「随分と高評価じゃないか。余は全くそう思わんが」
「世の中には貴方のように見た目通り優秀な人材と、一見優秀そうに見えないが実は優秀な人材がいるわ。ジャーヴィスは後者よ」
「そ、そうなのか・・・」
偉大なる七隻の一人であるウォースパイトに面と向かって優秀と言われ、さすがにネルソンもそれ以上は言えず押し黙ると、そこへアークロイヤルがタイミングを図ったかのようにお茶の用意ができたと告げた。
「アークが美味しいお茶を淹れてくれたわ。貴方も一緒に飲みましょう、ネルソン。長門の話もできるわよ。そうだ、貴方が望むなら今度長門と通信してみる?」
「ほ、本当か!今度は変更はないな!!」
「ええ。長門も喜ぶでしょう」
(相変わらずうまい御方だ)
ネルソンの変わりように内心苦笑しながら、最近とみに明るくなった上官を見つつ、アークロイヤルは無言で席に着いた。
一方、英国から日本に向かう飛行機の中では。
「それで、あたしは言ったのよ。初歩的なことだよ、ジェーナスってね!」
「はいはい、すごいわね・・」
速射砲のようにしゃべりかけてくるジャーヴィスの勢いに、ジョンストンは閉口していた。
「んもう!聞いてないでしょ、ジョンストン。そういう態度はレディーに対して失礼よ!」
「名探偵だったり、レディーだったり、忙しいわね、あんた」
「名探偵ってそういうものでしょう?ホームズだって、色々なものに変装するわよ」
「それじゃあ、せめて日本に着くまでは静かな淑女に変装していて欲しいものね・・」
「残念、それは売り切れよ」
「はあ・・・。とんだ偶然があったものね・・」
全く、とジョンストンは首から下げた航空券を忌々しそうに見つめた。他にたくさん席があるのに、どうしてよりにもよって自分の隣がこの英国艦なんだろう。
「ラッキーだったわね!日本に着くまで一杯おしゃべりできて、あたし嬉しいわ!」
「まだしゃべるの・・・。あ、そう言えばサムが・・・」
うんざりしたジョンストンはふと、行きがけにサミュエル・B・ロバーツが機内で遊ぶようにとくれた物を思い出した。
「何それ、鯨の絵が描いてあるわ。It's so cute!!ん、トランプなの?」
「うん。日本に着くまでポーカーでもやらない?負けた方は勝った方の言うことを聞くってのはどう?ただし、実現不可能なことはなしで」
「いいわね!面白いわ。ラッキージャーヴィスのいい所、見せてあげる!」
「よーし、負けないわよ!!」
腕まくりをして気合いを入れたジョンストンが、己の発言を後悔するのはそれから少し経ってからであった。
⚓
昼休憩後、俺様が明日からの演習へと向かう人員を発表すると、いの一番に不満を述べたのは、元ペア艦だ。
「なんで、僕が入ってないんだい?どういうことだい!!」
いつも澄ましている奴が、急に大声を出すと周りはびっくりするぞ。ただでさえお前、偉大なる七隻とかって他の奴らより強いんだから少しは怒気を押えないと、新しく来たばかりの神鷹がますますびびるばかりじゃねえか。
「だって、それは与作がいけないんじゃないか。どうして僕を外すんだい。そりゃ演習には参加できないけどアドバイスとかできることはあるだろう?」
え!?なんなの、こいつ。涙まで流してやがるぞ。そんなに怒る要素があったか?
情緒不安定なお年頃か、おい。
「提督提督」
ちょいちょいと俺様の袖を北上が引っ張り、こそっと耳打ちしてくる。何、言い方が悪いだと?知るか。まあ、この通り言えばいいというならお前を信じよう。
「あのなあ、時雨。俺様はお前を信用しているから言うんだぞ。この鎮守府の留守を任せられるのはペア艦だったお前しかいない」
「でも、だからって・・・」
おろ!?なんだ、ちょっと利いてるぞ。勢いが弱まりやがった。こいつはイケる!!
「お前にしか頼めないんだ。ずっと俺様を支え続けてきてくれたお前にしか。・・・お願いできないか?」
ダメ押しとばかりに助言通りに手を握って話すと、恥ずかしさからか顔を真っ赤にしてようやく時雨は頷きやがった。
「う、うん・・。分かった。こ、今回は我慢するよ。次の時は必ず連れてってよ!」
おいおい。すごいな、北上。お前、心理学者になれるんじゃねえか。言った通りになってやがるぞ。
少し頭を冷やしてくると、出て行った時雨をよそに、再度集まった連中に俺様は声を掛けた。
「それじゃあ、もう一度確認するぞ。演習組は雪風、グレカーレ、フレッチャー、アトランタ。留守番は時雨に北上、秋津洲だ」
「提督、再度の確認ごめんかもだけど、あたしはこっちでいいの?北上と時雨がいるのに」
「最近うちの鎮守府付近で色々嗅ぎまわっている連中がいるみたいでよお。お前と二式大艇で周辺の警戒を頼みたいんだが、そんなにお礼参りしたいのか?」
「ううん。そういう理由なら納得かも!それと、名前が挙がらなかったけど、神鷹は?」
「ああ、神鷹は俺様達と一緒だ」
「え?あの、提督。私、演習は駄目かもしれないです・・・」
「そうだよ、提督。あたしが前言ったばかりじゃない」
「大丈夫だ。こいつは途中で落っことしてくんだよ」
「えっ。私、捨てられてしまうんですか・・・」
どんよりとした雰囲気を醸し出す神鷹を見て、グレカーレと雪風がぷんぷんと怒り出す。
「ちょっとちょっとテートク?ごみのポイ捨てじゃないんだからさあ!」
「しれえは言葉が足りな過ぎます。途中で降ろしていくってことですよね」
何だよ、普通に伝わっているじゃねえか。
「それは雪風たちの付き合いが長いからです!!来たばかりの神鷹さんには伝わりませんよ!」
うるさいびーばーだな。じゃあお前らが説明すりゃいいだろうが。
「まあ、とにかくだ。神鷹は途中で降ろしていって、帰りに拾うからな」
「は、はい。それで、私は何をすればいいんでしょうか」
不安そうに尋ねる神鷹に、俺様は笑顔で答える。
「俺様の知り合いのばばあの所で特訓だよ」
「ヤー。が、頑張ります・・」
ところで、フレッチャーよ。お前さっきから静かだが、何で頬を膨らませてこちらを見てやがるんだ。何、時雨だけ手を握ってもらってずるい?知るか。お前は以前散々手をつないでやっただろうが。けっけっけっけ。腕相撲ならしてやっても構わないぜエ。
「え?本当ですか!」
途端に機嫌がよくなったフレッチャーをアトランタがずるいと小突いている。
はあ?お前ら何がしたいんだ。行動が謎過ぎるぞ。さっさと明日の準備をしろよ。
登場人物紹介
ジャーヴィス・・・あれ、またロイヤルストレートフラッシュね!ラッキー!
ジョンストン・・・死んだ魚のような目をしながら、なぜジャーヴィスにポーカー勝負を挑んだのか、過去の自分を殴りたいと感じている。
時雨・・・・・・・戻ってきた時にはなぜかキラキラ状態
フレッチャー・・・早速夕食後の休憩に与作に腕相撲勝負を挑む。
アトランタ・・・・ずるいあたしもとフレッチャーの後に並ぶ。
神鷹・・・・・・・食堂から出ようとして二式大艇に阻まれ、結局与作と腕相撲をし、少し打ち解ける。
与作・・・・・・・次々と腕相撲勝負を挑んでくる連中に閉口し、腕相撲禁止令を出す。