どうしてこんなイベントになってしまったんだ。
時雨を出さないから、カットインを出してくれないのかもとクリスマス回書いたんですが・・。
大湊への演習組が出発した江ノ島鎮守府では、どことなく手持ち無沙汰の3人が、食堂に集まり、コーヒーを飲んでいた。
「それにしても提督がいないだけで、こんなに静かになるとは思わなかったかも!」
「提督だけが原因じゃないんだけどねー」
ちらりと北上が隣の時雨を見ると、彼女はふいと視線をそらした。
「僕だって言いたくて言っている訳じゃないよ。与作が僕の話をよく聞かないから・・・」
「はいはい。そういうのは世間では構ってちゃんって言うらしいよ。まあ、お互い様だけどね」
「えっ!?北上が時雨と同じかも?そうは見えないけど・・・」
「秋津洲、それってどういうことだい!」
「あたしは上手く自分の気持ちに折り合いをつけてるんだけど、時雨の場合は若干思いが強すぎるんだよねー。嫉妬深いともいう」
「そ、そんなことないよ!」
「どの口が言うかな。一日10回は、『与作はもう!』って言ってる気がするよ」
「ちょっと二人とも、大艇ちゃんが!」
ぱたぱたと飛んできた二式大艇の様子を見て、秋津洲が叫ぶ。
「ん?どうかしたのかい。普段と同じに見えるけど」
時雨の言葉にちっちっちと北上がそれを否定する。
「何言ってんの。すごい切羽詰まった表情じゃない。え?侵入者?了解。すぐ行く。提督の言った通り仕掛けてきやがったか」
「陽動の可能性があるね。相手の狙いは建造ドックだろう?僕が出よう。北上はドックにいて。秋津洲は二式大艇と連携をとって周囲の警戒を引き続きお願いするよ!」
「了解!さすがは元ペア艦かも!!」
「そ、そうかな・・・」
秋津洲の何気ない一言に照れ、途端に戦意高揚状態になる時雨。
それを見た北上は昔の時雨の様子と比べて嘆息せざるをえない。
「う~ん。なんか、昔に比べて時雨がチョロくなった気がする。チョぐれと改名するか」
「馬鹿なこと言ってないで持ち場につくよ!」
⚓
立て続けに改二を発動させる海外艦を見て、榊原はモニターを見ながら言葉を失くした。
「全く冷静さを失うなど兵器としてあるまじき態度だな!」
副官が側で榊原の内心を慮り、ご追従とばかりに鼻を鳴らすが、本人にはそんな余裕はない。
大湊にも改二艦はいるが、練度を満たし、より強くなりたいと願った時に改装されることが確認されており、それほど珍しいことではない。
演習場の映像は遠くから撮っているために、艦娘達のやりとりは分からないが、あのフレッチャーは強さだけを求めて改二に至ったように思えない。
その表情が、所作が。
何か大切なものを守ろうとして、その高みへ至ったのではと思わせる。
(そこまで、提督が大切なのか。)
一般的に提督と艦娘の繋がりは深く、中には解体した後にもそれが続くこともある。
最近では艦娘の権利拡大も進み、人々の認識も改まったが、艦娘が顕現した当初は、艦娘と提督
の付き合いに対しては否定的な意見が多かった。
艦娘自体が例外なく見目麗しい女性の姿であり、年もとらないことから、艦娘自体を人形と見て人形趣味となぞらえ、艦娘趣味なる言葉がもてはやされたこともあった。それが下火になったのは原初の艦娘鳳翔と始まりの提督が結婚をするという話が世に出たためで、艦娘に好意的な一派によってその話は喧伝された。
だが、彼らの話が悲恋で終わった時、期待は失望へと変わり、艦娘と提督の関係について人々は再び考えざるを得なかった。いかに少女の姿形をしていても、兵器である以上、そのつもりで運用すべきで、艦娘と提督の仲が深まることについては大いに懸念があるとの考えを表明した一派は、その証拠として一つの事例を持ち出した。
それは、初期艦を己の采配ミスから轟沈させてしまった提督が、自らその責をとり自殺したというもので、レポートを提出した研究者は、艦娘に人が入れ込み過ぎるとどうなるのかはこれで理解いただけるだろうと、自信満々に言い放った。
艦娘を道具とする彼からすれば、道具を大切にすることはいいが、大切にし過ぎるとこうしたことが起こりうる。適切な付き合い方というものを考えるべきで、一概に艦娘を人と認め、その権利を保証するのが正しい道とは限らないと声を大にした。
当時においてさえ大いに波紋を広げた彼の考えは、未だに多くの艦娘道具派の思想の支えとなり、親艦娘派からは唾棄すべき妄言と言われている。
道具は道具として使用する。
道具としての愛着は持つが、一線を引く。
それは榊原からすればごく自然の事であり、逆に艦娘と結婚などという行為に出ること自体信じられない。
米国の大統領が艦娘相手に起こした一連の事件は大湊でも話題になった。
自らを助けてくれた提督に対し、あのフレッチャーが恩義を感じるのは分かる。艦娘が己の提督に対し、強い気持ちを抱くことはよくあることだし、そうした事情があれば猶更だろう。
だが、あのフレッチャーの様子はそれだけには見えなかった。
江ノ島の提督自身、艦娘は兵器だと以前見た会見では言っていた。その判断は正しく、しかし心を大切にするかのような発言には賛成しかねた。
けれど、彼を見る偉大なる七隻の時雨の表情を見た時に榊原は意外に思ったのを覚えている。あの地獄を生き残った割にはその表情は豊かで、まるで人間のようだった。
その時は原初の艦娘とその後の艦娘の違いだと、そう思っていたのだが・・。
(なぜこんな事を思い出すのだ。私は私なりに正しいと思ってやってきた。実績も上がっている。誰に文句をつけられる謂われはない。)
榊原は、先ほどから貧乏ゆすりの止まらぬ己の右足を忌々しそうに叩いた。
⚓
「なんじゃ、さぼっとるんか?」
廊下から聞こえる声に俺様はほくそ笑む。
おかしいとは感じているんだろうな。そりゃ門番がいないから当たり前か。がちゃがちゃと鍵を使って、中へと入った野郎を待っていたのは、もぬけの殻と化した部屋。
「なんじゃと?どういうこっちゃ。営倉に入れられたんと違うんか!」
「おやおや。手加減が過ぎたかな。こんなに早くに目が覚めるとは思ってなかったぜえ」
天井にへばりつきながら話す俺様に、倉田の野郎はさして驚かずに舌打ちする。
「おい、おっさん。蜘蛛みたいにへばりついとらんと、降りてこんかい。わしゃ、見下げられるのが大嫌いじゃきに」
「ふん」
つまらねえ野郎だな。スパイダーマンよろしく天井にへばりついていた俺様の握力を褒めて欲しいもんだぜ。
「随分とまあ卑怯な手を使ってくれたじゃねえか。おかげで寝不足が解消されちまったぜ」
わざとらしくあくびをしてみせると、この野郎、呆れた顔でこっちを見やがった。
「拍子抜けすることを言うなや、おっさん。わしが見たとこあんたもこっち側の人間じゃろう?勝つためには何でもする。勝負に卑怯なぞあるかい」
ほお。やっぱりねえ。こいつもそういう類の人間か。
「くっくっくっく。お前の言う通りさ。正々堂々なんて言葉は俺様も大嫌いだね」
昔勝つために相手チームのエースを引き抜いた野球監督がいた。今は名監督として通っているが、その当時は卑怯だなんだと随分批判されたらしい。本人はプロなんだから勝つためにはあらゆることをするのは当たり前だと思っていたみてえだし、俺様もまるで文句をいう奴の気がしれねえ。
「分かっちょるな。そいでこそ、今回のわしのおめあてよ。偉大なる七隻をぶちのめして名を上げようと思っとった矢先に、奴らは出んと聞いてどうしようかと思っちょったが、引き受けて正解じゃったな」
「あん?俺様がめあてだと?お前、やっぱり俺様のファンじゃねえのか?」
俺様はファンには親切だが、それにしたって歓迎が熱烈過ぎるぞ。どういうこった。
「そら、強い奴とやってわしが勝てば、それだけわしの評価は高くなるじゃろうが。わしんとこの艦娘どもを強く育てとるのもそうじゃ。刀の切れ味が良ければ、鍛冶の腕が賞賛されるのと同じ理屈よ」
「ほお。俺様に目を付けたのは見る目があると言いてえが、そんなに評価が上がるもんなのかい」
「おいおいおっさん。自分の評価を知らんがか?米国の救世主だの、艦娘どもの希望だのと随分な持て囃されようじゃ。名を上げたい奴なら真っ先に思い浮かべるのがあんたやぜ?」
「名を上げたいねえ」
う~む。どうもよく分からねえ。こいつは例の戦闘民族と同じ思考だと思っていたんだが、どうも違うみたいだな。有名になりたいってことなのか?アイドル志望の女子高生みたいだな。
「それほど変なことかいのう。傭兵の給料知っちょるか?月に40万もらえればええ方じゃぞ。命張っててそれじゃ。強い奴を食ろうて、自分の価値を見せつけんと下っ端はいつまでも顎でこき使われ、部屋でぬくぬくしとる連中だけが肥え太っていくんじゃ」
随分と力説してやがるなあ。こいつにとって、その傭兵時代の話だけじゃなさそうだぜ。よっぽど気に入れねえことばかりだったんだろうな、今までよ。
「まあ気持ちは分からなくもねえ。後ろで好き勝手言ってる人間に悩まされるのは現場の悩みだからなあ」
俺様が警備員の時にも事情をよく知らない上司が、色々と口を出してきてやりづらかったことがあったしよ。だが、お前。俺様を倒し損なったじゃねえか。麻酔銃使って眠らせやがったが、あれはどう見てもお前の負けかよくて引き分けだぞ。
「その分はおまんの所の艦娘を叩き潰し、提督としての能力はわしが上ってことになるから、イーブンじゃな」
何言ってんだ、こいつ。頭に蛆でも湧いてんのか?てめえが叶わなかったからって部下に尻拭いを押し付けてるんじゃねえよ。
「何を言うちょる。わしがとこの艦娘の手柄はわしの手柄よ。おまん、親艦娘派か?艦娘を兵器と言う割には人扱いしとらんか?」
「出た出た。艦娘は人か道具か。どうにもお前ら三下はその話ばかりしたがるんだよなあ」
20年近く前からその話ばかり。
それでいて結論が出ねえ。
「どっちの奴も意見が極端で付いていけねえ。俺様から言えば道具派の奴は臆病者で、人派の奴は理想を見過ぎよ」
「なんじゃと!?ほんならおっさんはなんなんじゃ!!」
「別に艦娘は艦娘だろ?兵器だが心を持ってる。それでいいじゃねえか」
だから俺様は艦娘ハーレムを築こうとした訳だからな。
顔がよくても何にもしねえお人形さんには用がねえ。
「艦娘趣味かおっさん!わしには理解できん。そがいに言うなら、うちの艦隊でよさげな奴がいたらデートさせてやってもええぞ。後で調整が面倒じゃからお触りは厳禁じゃがな」
心底馬鹿にした様子の倉田に俺様はやれやれと首を振って見せる。
おいおい、こいつ童貞か?どこのおっさんがデートなんぞで満足すると思ってんだ。無駄金使うくらいだったら、金太郎でお気に入りエロDVDの鑑賞会を開いた方がマシだぜ。
俺様の話を聞いて、倉田の野郎はショックを受けたらしい。
なんだ、どうしたんだ?てめえの馬鹿さ加減に今更気づいたのか。それともエロDVDの偉大さに気が付いたのか。
「噛み合うかと思うちょったのが、ここまで話が嚙み合わんとはな・・・。わしの目が曇っとったらしいの。臆病者じゃと?最前線で戦い続けとるわしがか!」
きーんと響くような大きな声だな、おい。怒髪天を衝くって言葉の色見本だな。別にお前と名指しした訳じゃなく、道具派とかって連中、みんなだぜ。俺様が言っているのは。それにしても臆病者って呼ばれて怒るなんてな、あのマー○ィーじゃないんだからよお。
「最近の若者がすぐ切れるってのは本当だな」
「後悔させたる、その言葉」
倉田は吐き捨てるように言うと、ばっと戦闘態勢になりやがった。
「後悔ねえ」
ばっと倉田の手をはたき落とし、俺様は距離をとる。
「それに、おまん。この部屋にいた浦波をどこへやった?あいつはわしのもんじゃぞ。ことと次第によっては許さんぞ」
「ご立派なことだな、おい。屑にしては上出来だ」
にいっと笑う俺様に、倉田が眉をひそめる。
「許さねえのは俺様の方なんだがなあ。どういう神経していたらここまでやるのかと思ったがよ。聞いてみてがっかりだ。道具派ってのはお前みたいな馬鹿ばかりなのか?」
「ああん!?何じゃと!」
いきがる倉田の方にびしっと指を差し、そのキーワードを言ってやる。
「首輪」
あまりの決まり具合にしょんべんがちびりそうだぜ。これは後でジャーヴィスの奴に自慢してやろう。倉田の奴、びっくらこいて無言になりやがった。
どうして分かったんだって顔だよな、こいつ。俺様のこと有名という割には、よく知らねえんだな。一月ばかり前にうんざりするくらい見た物だぜ。まさか国内でも未だに使っている馬鹿がいるとは思わなかったがよ。
「米国のくそ大統領が使っていた奴だよ。うちのアトランタにも使われてたあの胸糞悪いアクセサリーと似たもんが、お前のお探しの艦娘ちゃんに付けられてたぜ?どう申し開きするんだ?」
アトランタにジョンストンと付けられた艦娘は、登録された人間の命令に強制的に従うようになる。横須賀基地の元司令官がそれでアトランタをけしかけたことがあったよなあ。
懐かしい思い出だ。・・まだ一月しか経ってないがよ。
「気づきおったか。勝つためには何でもすると言うとったろうが。強くするために使っただけじゃ。あのロリコン大統領とは訳が違う」
「くっくっくっく。どうにも屑は言うことが変わらねえな。勝つために色々やるのは分かる。だが、てめえのやり方はスマートじゃねえ」
「スマートだのそうでないのと甘ちゃんが!勝って認められることが第一じゃろうが!!勝てば官軍っちゅうのは昔から変わらん筈じゃ。おまんもそうじゃろう!」
あー。やっぱりこいつ分かってねえ。俺様とお前の決定的な違いがよお。
「一緒にするんじゃねえ。俺様はそもそも周りの評価なんざ気にしちゃいねえんだよ」
「はあ!?」
「誉められたい?認められたい?必要ないんだよ、そんなもの」
「何を言うとるんじゃ?理解できんぞ!」
別に誰かに理解してもらわなくて結構なんだよな。
「俺様がしたいからする。気に食わないから潰す。これ以上単純な理由はあるかい?」
拳を握った俺様に倉田の野郎がごくりと喉を鳴らした。
「それじゃ、さっきの続きと行くか?俺様を倒したいんだろう?」
「ふん。その前に不安要素を排除させてもらう。『浦波、営倉に戻ってこい』」
ふうん、成程。制服の内側に通信機が仕込んであったのね。でも、無駄だけどね。
全然動揺しない俺様にイラつく倉田。
「なんじゃ!何がおかしい!!」
「いや、だってよお。俺様それを知ってるんだぜ?何もしてないと思ってるのかよ」
「馬鹿な!暗証番号はわししか知らないはずじゃ!!」
おほほほほ。来ましたな、その台詞。前にもどこかの横須賀基地で聞いたことがあるぜえ。
「ふふん。うちに新しく加入した自称名探偵が任せろと言うからやらせてみたのよ。そしたらびっくりビーバー雪風同様一発だぜ!」
「はああああ!?」
目を白黒させて驚く倉田。プークスクスやーい。俺様だって驚きだよ。あのがきんちょイン英国産とは絶対トランプはしてやらねえ。まあ、今はここにいないがなあ。
「くそが!『江ノ島の英国駆逐と浦波を確保し次第、第四艦隊庁舎に連れてこい!!』おっさん、余程わしを怒らせたいらしいのう!!」
ふーふーとまるで湯気でも出さんばかりに興奮している倉田に、俺様は楽しそうに宣言してやった。
「何を言っているんだ、お前。俺様はさっきからお前をぶちのめすつもり満々だぞ?」
⚓
東京市ヶ谷にある海軍省の一室では、英国駆逐艦ジャーヴィスよりもたらされた鬼頭提督撃たれるの報に高杉元帥以下言葉を失っていた。
「艦娘が人を撃った・・・だと?本当なのか!」
『本当よ!ダーリンが撃たれたって、みんなぷんぷんよ!』
電話の向こうから聞こえてくる呑気な声とは裏腹に会議室の中には何ともいえぬ緊張感が漂っていた。
親艦娘派の筆頭と言われ、自らも個人的に艦娘と付き合いのある高杉のショックは尋常ではなかった。公表していないこととは言え、敬愛する先輩の養子であり、何かと危なっかしい彼の成長を見守って来た自負がある。
「元帥。私をすぐに大湊にやってくれ。すぐにだ」
長門の激昂ぶりもまた然り。個人的に江ノ島鎮守府と付き合いもあり、自らの提督を失い、生きる道を失っていたかつての盟友がようやく見つけた新しい提督なのだ。それをよもや害しようという人間がいようとは。
「嘘です・・・。そんなこと・・・」
鹿島があまりのことに目を潤ませる。
『本当よ!麻酔銃でころりよ。本人はわざと撃たれたって気にしてないけど、こういうのはきちんとしておかないと駄目でしょう?』
ジャーヴィスがこれまでのあらましをざっと伝えると、与作を知る高杉は頭を抱えた。
「艦娘に自分たちで考えさせたいから撃たれた。しかも、演習は続行だと?まともな人間はいないのか、大湊には!」
話を聞く限りは頭がおかしい人間しか存在しない。麻酔銃を使う提督に、応急修理員を使っての特別演習。提督二名がいない状況での演習許可。
「海軍省から審判役を派遣している筈ですが・・・」
大淀が口を挟むと、高杉は忌々し気にそいつは反艦娘派の奴だと答えた。
高杉としては、今与作がどうしているのか、艦娘の権利について意識の高い英国との今後の関係についても心配になるが、差し当たってはそれよりも喫緊に追及しなければならない問題があった。
「どうして艦娘が人を撃てるのだ?」
彼の問いに室内にいた皆が顔を見合わせるが、答えは出ない。艦娘に対し非人道的行為に及んだ提督に対し、艦娘が反抗するということは知られており、蓄積したストレスによって心理的なたがが外れてしまったのだろう、というのが研究者の見解である。
だが、大湊は厳しい訓練で知られるものの、例の秋津洲の事件を起こした以外はこれと言って問題がないと言われてきている。
『首輪よ、首輪!!あれを使ってたのよ!!』
受話器越しに、ジャーヴィスが放った一言に室内が静まり返った。
およそ艦娘に関係する者で、その隠語の意味するところを知らぬ者はない。
およそ一月前。米国大統領が己の欲望を満たすためだけに使ったことで有名であるが、元は米軍全体で対艦娘用に使われていた鍵型のチョーカー。
AKC、Automatic kanmusu controller。艦娘自動制御装置。提督と認識した人間や、その人間から指揮権を譲り受けた人間の指示に従わなければ、気が狂わんばかりの刺激が頭の中をのたうち回る。
その余りのやりように世界中から非難が巻き起こり、米国から艦娘達の心は離れていった。
「AKCを使っていただと?大湊でか!どこから手に入れたのだ!!」
がしがしと頭を掻きむしりながら、高杉が叫ぶ。普段鬼瓦と呼ばれる彼をして、その事実は受け止めがたいものがあった。まさか、自分の足元でもそのような行為に及んでいるものがいようとは。
「何か隠しているとしか思えん。だから元帥よ、私を一刻も早く大湊へやってくれ。演習など早急に止めさせ、責任者を締め上げてやる」
「ことはそう簡単にいかねえよ」
椅子を立ちかけた長門を止めたのは、いつの間にか室内に入って来ていた老人の一言だった。
それが海軍大臣の坂上だと分かるや、慌てて立ち上がる皆を当の本人がを押しとどめた。
「いらぬ手間はとるもんじゃねえぜ。大事な話をしようや。高杉よう、現場のことはお前に任せるって言っておいたはずだぜ?」
静かに高杉を見つめるその眼光には70過ぎの老人とは思えぬ迫力があった。
「弁解の余地もありません・・。まさか、このような事態になろうとは」
「おい。どういうことだ?大湊の連中を締め上げればいいのではないか?」
長門が隣にいた大淀に尋ねると、彼女は深刻な表情でそれを否定した。
「そんな単純なことではありません。もし万が一この話が外部に漏れれば、艦娘を危険視する人々が勢いづき、艦娘不要論を唱えかねません」
「馬鹿な!深海棲艦の脅威があるのだ。それはないだろう!!」
「偉大なる戦艦長門よ」
じっと坂上は長門の方を見つめた。
「俺よりも遥かに経験豊富な貴方にとっちゃ釈迦に説法かもしれねえが、言わせてくれ。お前さん達が思うより遥かに世間ってのは馬鹿な奴が多い。艦娘が危ねえって雰囲気が出た段階で、後先考えずにその流れに乗る奴はたくさんいる」
「雰囲気ですか?」
「おうよ、雰囲気さ。深海棲艦を倒すために使っていた兵器は実は危ないものでしたと知れてみろ。それを何とか制御できないかとアメリカみてえなことになるぞ」
「そんなバカな!」
信じられぬと顔面蒼白になる長門に、坂上は鷹揚に頷いた
「アメリカの場合は事態が好転したからいい。だが、日本の場合は最初から艦娘に対して好意的だった。その待遇が悪くなれば、艦娘と人との仲は険悪になるだろう。ただ深海棲艦を利するだけだ」
「その通りです・・・」
「俺はな、高杉。反艦娘なんて言われちゃいるが、艦娘には感謝しているし、現状のままの状態がどちらにとっても最善だと思っている。賛成する人間も反対する人間もいるが、戦ってもらってるんだから無体な扱いはしたくねえ。このままじゃこの国にとっても艦娘にとっても不幸になるだけだ」
高杉が重苦しい口を開き、坂上の意見に同意した。
「これは迂闊に演習を許可した自分の責任です、大臣」
立ち上がろうとする高杉の肩をそっと坂上は抑えた。
「演習を許可しただけで、責任云々を抜かすんじゃねえよ。大事なのはこの始末をどうつけるかだ。膿が早く見つかった。そう思おうじゃねえか」
「大臣の仰る通りです。まずは先ほどの懸念事項について至急調査すべきです。なぜ大湊に首輪があったのか。そのことについて早急に調査の人出をやる必要があります!」
大淀が机を叩くと、それに呼応するように、室内にジャーヴィスの声が響いた。
『そうね、早めにお願いするわ!憲兵さんが来てくれないとまずいかもね!!』
「誰だ?ああ、あの英国からの交艦留学生ってやつか。また、随分ととんでもねえ事態に巻き込んじまったな。俺は大臣やってる坂上ってもんだ。面倒ついでに、さっきから俺たちが話していた件、それとなく探りを入れてくれねえか?」
坂上の要請に、受話器越しにふふっと笑い声がした。
『日本の大臣に依頼されるなんて、戻ったらジェーナスに自慢しないとね!』
「すぐに各所に連絡して憲兵なりを送る。調査はできたらで構わねえからな」
心配だと念押しをする坂上に、ジャーヴィスは意外な一言を放った。
『大丈夫よ。既に証拠は確保しているし、事件の大体のあらましはなんとなくつかめているから』
「「はあっ!?」」
皆が驚きの声を上げる中、当の本人はそれを全く意に介さず楽しそうに言った。
『だってあたしは英国が誇る名探偵ですもの!余裕ができたら画像を送るわね!』
ぷつりと携帯電話を切ると、ジャーヴィスは同行者に笑顔を向けた。
「まあ、今からは逃げる側になるのがちょっと不満なんだけどね!」
登場人物紹介
時雨・・・秋津洲に褒められ3重キラ状態。
北上・・・普通にやる気。2重キラ状態。
秋津洲・・普通にやる気。2重キラ状態。
二式大艇・提督の期待に応えようと密かに3重キラ状態。
与作・・・なじみのPCショップ店員とお気に入りのエロDVDについて語り合うのが結構好き。実は女優よりも企画もの派。時間が止まるというシリーズの面白さを熱く語る。