鬼畜提督与作   作:コングK

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感想欄の方を時より読ませていただくのですが、番外編多めという声に正直頷く部分もあります。作者として書きたいものと作者自身が一読者として読みたいものもまた違いますので。でも、一度書き始めたからにはそのまま書き続けます。


第五十七話 「絶望の嵐 希望の風(中)」

「お姉さま、一言言わせてください。やりすぎなのでは」

助手席からそう話す榛名の声は震えていた。いや、声だけではない。体全体がやりきれぬ感情を持て余し、固く握りしめた指先も同様だった。

元々彼女達金剛型の姉妹は長女である金剛に対し、皆一目置いている。その彼女をして、今回の金剛のやりようは承服できぬものがあった。

 

「榛名!」

運転席の霧島がそれを遮るが、榛名は止まらない。

「いいえ。言わせてください。いくら、いくらあのドックが大変な問題があるものだとしても、人質までとって奪い取るような類のものなのですか! ましてや相手は元艦娘。普通に暮らしている一般人ではありませんか! 誘拐などして大変な問題になりますよ!!」

「榛名! お姉さまに対して失礼よ!」

比叡が間に入ろうとするが、金剛はさっと手を挙げ、それを制した。言いたいことは言わせてしまった方がいい。後で余計なしがらみが残らない。

「イイですか、榛名。まず元艦娘は一般人ではありません。身分証などでもそれは判別できるようになっていマスし、海軍省のお仕事の中にも元艦娘の管理というのが存在するデショウ?つまり、人間たちにとって私たちは飽くまでも道具であって、いつまでも管理しておきたいのデス」

「管理だなんて、そんな!」

「事実デスヨ。社会的に成功している者、そうでない者。どちらにせよ、年に一度の艦娘カードの更新で所在を把握していマス。そうしなければ、人間は私たちが恐ろしくて仕方が無いのデス」

「艦娘は人を守るために顕現した存在なのに、ですか?」

「Yes、残念ながら。人は自分達よりも優れた存在を畏怖しマス。彼らにとって都合がいいのは、体のいいお道具ポジションなんデス。米国がいい例ネー。この国でそれが起きていないのは、大臣曰く一億総厨二病だからだそうデスヨ」

「でも、誘拐なんて・・・・・」

「誘拐!? 誰が? 誰を?」

「大井さんです! 解放したのですか?」

「What!? 何のことデス? 大井が誘拐なんて、とんでもない事件デース。でも、事件というのはそう認識されないと事件になりまセン。最近は愉快犯だのいマスからネ~。いくら訴えても、怖い夢でも見たんデショウと返されるんじゃないデスか」

「だ、大臣にはどのように説明されるおつもりなんですか! こんなこと・・・・・・」

「聞かれたら答えマス。もっとも、大臣は大湊で色々と事件があったようで残念ながらそちらにかかりきりのようデスがネ」

「ま、まさか、お姉さま。今回の演習も全てこのために? ・・・・・・」

 

バックミラー越しに伝わる迫力に榛名は息を呑んだ。

後ろに座っているのは本当に自らの姉妹艦なのか。

 

先ほどとは別の意味で震えがくる。

一体、どうしてそこまであの建造ドックに執念を燃やすのか。

ドロップでしか建造できないレア艦が建造できるとんでもないドックだとは聞いているが。

 

「Non。さっき北上にも言いましたが、それはとんでもない誤解デス。あれは、言わば負の遺産ネ。私も本音を言えば二度と関わり合いたくなんかなかったヨ」

じっと運転をしていた霧島が、金剛の言葉にふと疑問を口にする。

「お姉さま、二度と、という事は、お姉さまは以前あのドックを見たことがあるのですか?」

「Yes」

金剛は深いため息をつくと、窓の外に視線を移し、言った。

「腐れ縁という奴デス」

                    ⚓

「す、すりぬけくんが奪われた?」

偵察任務から戻った秋津洲を待っていたのは、燦々たる有様の工廠と、膝をつき、うつむく北上の姿だった。普段飄々とした態度をとっている彼女らしからぬ様子に驚いた秋津洲が北上に近づくと、彼女は淡々と事情を語り始めた。

昔ながらの付き合いである大井が人質にとられ、要求を飲まざるを得なかった。

提督に連絡をとろうとしたが、その余裕もなかったと。

提督の信頼と、大切な後輩という究極の二択を迫られ、後者をとったが、そのことによって激しい後悔に見舞われているのだと。

 

「あたしにとって、本当に久しぶりの提督だったんだ。本当に期待に応えたかったんだ。そ、それなのに、それなのに・・・・・・」

 

偉大なる七隻などと呼ばれていた彼女がひょんなことから現役復帰を決めたのは、風変わりな提督の人柄に魅かれたからに他ならない。大井を選んだことが間違っているとは思えない。だが、何より提督を裏切ってしまったという事実が北上の心に重くのしかかっていた。

 

ぶうん。

そこへやってきたのは、先ほどから姿を見せていなかった相棒の二式大艇。

「あ、た、大艇ちゃん!」

「ちょ、ちょっと。二式大艇!! 急に僕を引っ張って! 一体どうしたんだい」

続いてやってきた時雨を見、秋津洲はほっと安堵の表情を見せた。

「あ、時雨!! ちょっと手を貸して欲しいかも!!」

「ど、どうしたんだい、北上。それに、これは・・・・・・」

「・・・・・・」

 

喋らぬ北上に代わり、秋津洲が事情を話すや、無言のまま時雨は工廠から出て行こうとする。

「ちょ、ちょっと時雨!? どこへ行くつもりかも?」

「ちょっと金剛の所へね。余程欲しいものかは知らないが、おイタが過ぎるよ」

「と、とにかく提督に報告する必要があるかも! 提督ならきっといいアイデアをくれるかも! 北上は嫌かもしれないけど・・・・・・」

申し訳なさそうに北上を見る秋津洲に、北上は苦笑する。

 

「あたしが報告するよ、秋津洲」

北上は自分の携帯を取り出した。

時間通りなら今は演習の最中の筈だが、緊急事態だ。そんなことも言っていられない。

数回のコールのうち、ようやく出た提督は、なぜかやたら息を弾ませていた。

 

「こちら俺様。なんだ、どうした。って、しつこい野郎だな」

どうやらまだ演習は続いているらしい。どんな状況なのか知りたいが、気持ちを抑え、北上は事実をありのままに報告する。

「ごめん、提督。建造ドックが、すりぬけくんが金剛達に奪われた。あたしの失態だから、時雨と秋津洲は責めないで」

謝罪する北上に、与作はまず事情の説明を求めた。北上程の手練れが、むざむざ相手の思う通りになることなどあり得ない。何かあったに違いない。ぶっきらぼうな言葉の端々から感じた提督の思いやりは、今の北上にとっては、大いに己を責める元となるものだった。

「ごめん。勘弁して」

謝罪を繰り返す北上を見るに見かねて、時雨が携帯を奪い、代わりに事情を話す。

 

「人質だと!?くそが」

与作の声は怒りに震えていた。

さすがの彼も相手がそこまでやるとは計算外だったのだろう。相手が艦娘ってことで油断していたかもしれない。

「与作、どうか北上に罰を与えないで欲しい。お願いだよ」

真剣に頼む時雨に対し、与作の声はあっけらかんとしていた。

 

「別に気にすることじゃない」

「ええっ。ほ、本当かい? 与作、あ、ありがとう・・・・・・」

思いもかけない提督からの一言に、時雨が礼を言うと、さらに驚くべき一言が彼の口から発せられた。

「その代わり、取り返したらまじめくんに謝っておけよ」

「え!?」

 

スピーカーホンで提督の話を聞いていた皆が異口同音に叫ぶ。

今、何と言ったのだ、自分達の提督は。

 

まじめくんと言えば、江ノ島鎮守府の誇るチート建造ドックすりぬけくんと対をなす存在だ。

通常の開発につきものの失敗がなく、高レアの装備の開発を連発するまじめくんも各地にいる明石の間ではチート開発ドックとして噂になっていた。

それに謝れとはどういうことなのか。

 

「なんで、まじめくんの話が出てくるの? 奪われたのはすりぬけくんだよ!?」

何を言っているんだと、横合いから口を挟んだ秋津洲に対し、先ほどまで沈んだ表情を見せていた北上が何かに気付いたように、時雨の手から携帯をひったくった。

「ま、まさか提督・・・・・・」

 

驚きのあまり口をパクパクさせる北上の前に工廠の隅から姿を現したのは、親方妖精である。

いつも妖精女王に対して見せる辛辣な態度はなりを潜め、彼はすまなそうに頭を下げた。

『すいません、北上さん。提督さんとの約束で、口外しないように言われてまして』

「じゃあ、やっぱり、あれは別物?・・・・・・」

「向こうの狙いがはっきりしているのに、俺様が何もしないわけないだろ」

与作の言葉に反応したのか、わらわらと出てきた妖精達が、口々に色々なことを叫ぶ。

 

『突貫工事だったんですよ、余剰部品を付けて』

『元々の大きさが違うから、でかく見せられるようにして』

『見た目もそっくりにするのに偉い時間がかかったなあ』

『本当に提督は妖精使いが荒い。帰ってきたら追加手当を申請しよう!』

 

「このペテン師!!」

思わず北上は笑いそうになるのを堪えながら、文句を言った。

「いい誉め言葉だな」

「なんであたし達にも言わないのさ!」

「お前たち、演技へたくそだろ?」

与作の返事に、北上は思い切り顔をしかめた。

一体全体さっきまでの自分の苦悩は何だったのだ。ともすれば、少し涙ぐんでもいたのだ。

乙女の涙がどれだけ貴重かをこの提督は知るべきではないだろうか。

「いや、提督ちょっと待って。あたし今すごく言いたいことがあるんだけど」

「却下だ。今、俺様もなかなかに忙しい」

少しはこっちの不満も聞けと思うが、あくまでも己の提督は通常運転だ。

にべもなくこちらの要望を切って捨てる。

 

北上は内心のもやもやした感情をできるだけ抑え、努めて冷静に言った。

「あのさあ提督。あたしの情けない声を聴いた代金はめちゃくちゃ高いよ? 今回のことを黙ってたってことも含めて、戻ってきたら時雨と二人で散々詰めるから、覚悟しておいて!」

 

 

                    ⚓

「Why?」

都内某所にある地下室に運び込まれた建造ドックを前に、金剛はわなわなと震えていた。

ドックを確認に来た自らの子飼いの明石があちこちを検査する中で、疑問を呈したのだ。

「これって、本当に建造ドックですか?」

と。

「どういうことデス? 建造ドックネー。どう見ても」

「いや、金剛さん。これ、あちこちごちゃごちゃつけてますがどうも違うようですよ?」

明石が工具を片手にいろいろといじると、ドックがどんどんと小さくなっていく。

「これは・・・・・・」

「What`s happened? 見間違えた!? いや、そんなことは・・・・・・」

「これ、巧妙にそう見せてますが、開発ドックですね」

ばきんと、表面の覆っていた多くのパーツを外すと、中から出てきたのは一回り小さなドック。

自らが追い求めた物とは似ても似つかぬ代物だった。

「Really?」

若干の期待を込めて明石に問うも、

「ええ。残念ながら」

明石は淡々と答える。

「そ、それでは失礼します。また、何かありましたら」

不自然なまでに黙り込む金剛の迫力に恐れをなした明石は、一礼すると素早く部屋から出て行った。

 

「Shit・・・・・・」

江ノ島鎮守府の提督にしてやられたという事実が金剛を苛立たせる。

不用意に谷風にドックの破壊を命じてしまったのが大きな失敗だった。

あれで、相手はこちらの狙いに気づき、用心したのだろう。

初めから第十七駆逐隊を行かせるなり、金剛型の姉妹を投入するなりすればよかった。

 

「どうして、こんな面倒なことに・・・・・・」

一人になった金剛が、うつろな目で辺りを見回すと、ふいに机の上に置かれた缶コーヒーが目についた。普段の金剛ならば決してコーヒーを口にすることはない。今の気分をどうにかして変えたかったのか。

そっと口につけてみた。

「不味い・・・・・・」

紅茶派の自分には合わない。泥水とはよく言ったものだ。

ぐしゃりと音を立てて缶が潰れ、中から溢れたコーヒーの臭いに金剛は顔をしかめる。

「臭い・・・・・・・」

甘ったるい臭いに閉口する。これでは、香りも何もあったものではない。

なぜこんなものを好きな人間がいるのだろう。心底自分には分からない。

 

取り出したハンカチで丁寧に手元を拭いながら、金剛は目をつむり、ぽつりとつぶやいた。

「提督・・・・・・」

 

                   ⚓

砂嵐と化した、中央を除き、両翼の戦いは一進一退の攻防が続いていた。

当初の予定と異なる展開に不満を見せる副官をしり目に、榊原は中座すると告げるや席を立った。

「長官、どちらへ?」

「野暮用だ。担当官のお相手を頼む」

「了解しました」

ちらりと視線を担当官の方に向ければ、当たれ、よけろとまるでボクシングの試合でも観戦しているかのようだ。

「どこまでいっても他人事。それは我々も変わらないのかもしれんな」

麻酔銃で眠らされた与作の様子を見ようと、医務室へと向かった榊原は、反対方向から走ってくる医者とあやうくぶつかりそうになった。

「どうした? 何があった!」

「は、はい。鬼頭提督がお目覚めに・・・・・・」

「何、本当か。すぐ行こう」

くるりと向きを変える榊原に対し、医者は言い淀む。

「ええと、その。今は行っても会えないかと」

「どういうことだ」

「一旦外に出て、戻ってきましたらベッドがもぬけの殻でして・・・・・・」

「なんだと!? どこに行ったんだ、鬼頭提督は!」

「皆目見当がつきません。医官で探したのですが、埒が明かず、とりあえずご報告と思いまして」

「まずそのような事態になったら報告しろ!」

榊原は叫びながら、一体どこに与作は行ったのだろうと考えを巡らせた。

                    ⚓

倉田誠にとって、人生は差別の連続だった。

小さい頃から喧嘩の強かった彼は、気に入らない者は全てその腕っぷしでねじ伏せてきた。

多くの者がその強さを称賛し、彼を褒めたたえる。

なら、もっと強くなってやろう。プロの格闘選手など詰まらない。あんなものは一時の栄光に過ぎない。ずっと己の強さを誇示できるものは何か。

そう考えて、自衛隊、傭兵と所属を変えた彼が最終的に行き着いたのは、提督という立場だった。

年をとればとるほど、腕っぷしだけで世の中が回っていないことはよく分かる。

ジャイアンポジションの人間など、スネ夫ポジションの人間に上手く使われるのが落ちだ。

(ふざけるな! わしゃそうはならん!!)

 

力こそ全てと考える彼にとって、提督業は居心地がよかった。ここでは、これまで己が信じてきたものが旧態依然として存在している。

しかも、深海棲艦を倒している自分達はヒーロー扱いだ。敵を倒せば倒すほど、認められ、褒められる。その単純明快さは倉田の好みと合致していた。

 

(わしは腕っぷしでのし上がりたいんじゃ!)

そう豪語し、事実これまで多くの相手を彼は叩きのめしてきた。

今日までは。

 

「そいじゃ、すまねえがよろしく頼むぜ。俺様、今忙しくて動けねえんだよ。近場じゃお前ぐらいしか頼れねえ。礼は今度なんか持ってくからよ。え!? いらない? 遠慮するもんじゃねえぞ」

己の前で携帯電話を片手に話す余裕を見せるおやぢに対し、倉田は忌々し気に蹴りを放つが、相手はそれをものともしない。

「そんじゃ鳩サブレを持ってくからな」

「わしを舐めとんのかあ!!」

「うるせえ野郎だな。電話中だぞ!」

「しゃらくさい!!」

吐き捨てるように言い、素早く倉田はステップを踏む。

「ちょこまかと! このおっさんが!」

己の攻撃があっけなく躱される。

おかしい。自分は自衛隊にも所属し、海外の傭兵部隊で経験も積み、相当な手練れと自負している。それがなぜこうも赤子の手をひねるようにあしらわれるのか。

 

「何者なんじゃ、おまん!!」

「ただのおやぢですが、何かあ?」

ぶんとうなりを上げた拳が躱され、お返しとばかりに放たれた掌底に倉田は壁に叩きつけられる。

「ぐっ!! 大概にせえよ。ここまでとは聞いておらんぞ」

「誰から聞いたか知らないが、物事ってのは話半分で聞いておくもんだぞ」

「わし相手に余裕ぶりおって!! 後悔させたるわ!」

倉田が内ポケットに隠したナイフを取り出そうとした時だった。

ぞわりとそれまでと与作の雰囲気が変わる。

 

「そいつで俺様をねえ・・・・・・」

与作の闘気が膨れ上がり、倉田を包む。

「な!?」

「随分と詰まらねえことしてくれるじゃねえか!!」

そのあまりの迫力に一瞬倉田の動きが止まった時だった。

瞬間移動したかのように目の前に現れた与作に、なんなくナイフを叩き落とされ、吊るし上げられる。

「しゅ、瞬間移動? いや、そんなまさか・・・・・・」

「アトランタ戦を見ていたんじゃねえのか? ファンにしては杜撰だなあ、おい」

「おまん、さっきは手を抜いとったな!! よくもわし相手にふざけた真似を!!」

「いや、見世物としては面白かったんじゃねえか。で、どうする? 締めるか、叩きつけらるか。どっちがお好みだい?」

「いい加減にせえ!!!」

がっと倉田は奥歯を噛みしめると、口の中に溜まった液体を与作に吹き付けた。

「あん!? 毒霧だあ?」

 

視界が遮られた与作が、思わず倉田を手放すや、倉田は床に落ちていたナイフを拾い上げた。

「ぐっ。こいつを使うことになるとは思わんかったがのお。おっさん、奥の手ちゅうもんは最後まで残しておくもんじゃ! 痛くて目が開けられまい。ざまあみさらせ!!」

「ほお。確かにこいつは中々に痛いもんだな」

目を瞑ったままじっと与作は動かない。

 

「それじゃ、ちくと痛い目見てもらうぞ、おっさん」

どう猛な笑みを浮かべ、倉田が近づいた時だった。

 

自然に。そう、ごく自然に彼の手が捕まれ、地面に叩きつけられた。

「は!?」

ぽとりと落としたナイフを気遣う間もなく、続けざまに何度も何度も地面と空中を往復する。

「ぐ!?」

何が起きたか理解ができない。

手を放したくても、放せない。万力のような握力にからめとられ、木の葉のように宙を舞う。

「視界を奪ったぐらいで、痛い目見させるって言われてもねえ」

 

二度、三度、四度・・・・・・。

ゴムまりのように飛ばされながら、倉田は悔しさで目を充血させていた。

「くそがああ!! 一思いにやらんかい! ねちねちしおって!!」

「おいおい、何言ってんだあ?」

それまでとは全く異なる笑みを浮かべながら、与作は冷たく言い放った。

「負けた奴が何を偉そうに言ってるんだ。どうしようと俺様の勝手だろ? こいつはお前らの理屈の筈だぜ?」

「お、おまん・・・・・・」

そして、無慈悲に営倉内に響いていた鈍い音がやんだ後、動かぬ倉田の様子を確認し、与作は立ち上がった。

「呼吸あり。叩きつけられるのを十分堪能できただろ?」

 

                    ⚓

何か臭い。

鼻につく臭いに、ジョンストンはぼんやりとした意識の中で目を覚ました。

身体にまとわりついた砂を払い、自らの状態を確認する。

 

「あたし、無事だ・・・・・・」

ほっと安堵のため息をついたジョンストンはきょろきょろと辺りを見回す。何かの建物だろうか。窓があるだけで、他には何もない。

 

「え!?」

目についた扉から外に出ようとしたジョンストンは、扉の前に座り込む大破寸前の神風の姿を見てぎょっとする。

 

「あら、気が付いたのね。よかったわ」

何事もなくそう話しているが、先ほどまでの絶対的な余裕や道具に徹する冷たさが今の神風からは感じられない。

 

 

「貴方をおぶってこの海鼠島に逃げるしか打つ手がなくてね。このざまよ。笑いなさい」

 

深海化した雪風に狙われた時のことをジョンストンは思い出す。

明らかな殺気に足を竦ませた自分を、寸でのところで助けたのはこの神風だ。

 

「どうしてあんたがあたしを・・・・・・」

神風達の言い分なら、足手まといは切り捨てる筈だ。ましてや、味方を庇う等ということは考えられない。油断をした者が悪い。弱いものは淘汰されるべき。そう考えるのが彼女達ではないのか。

 

「さあ、どうしてかしらね。分からないわ、私自身にも」

じっと己の両手を寂しそうに見つめる神風の姿にジョンストンは戸惑いを覚えた。感情などいらないと言っていた彼女に似つかわしくない。まるで何かに大切なものを無くしてしまったかのようだ。

「ボロボロでしょ。人間で言うならおばあちゃんてところ。こんな手きれいでも何でもないのに」

神風は一人呟く。

酷く打ちのめされて、心に隙ができているのか。

ざわざわと押し付けていた感情があちこちで声を上げている。

どうしてこの手を褒められたことをこんなにも思い出すのだろうか。

建造されて早20年。ロートルと呼ばれるほどの年月が経った船だというのに。

 

「雪風を元に戻さないと・・・・・・」

ジョンストンの言葉に神風は首を無理だと力なく首を振った。

「あの雪風には勝てない。通信しようにも通信機が壊れてそれも意味をなさないし、頼みの綱の哨戒機も私が落としてしまったしね」

「だからって、何もしないままでいるなんて! このままじゃただ沈められるだけよ」

「力の差は歴然。無駄にあがいても見苦しいわ」

己が強いだけに、神風は相手と自分の差がはっきりと分かる。どう考えても埋めようがない差だ。抵抗するだけバカらしい。

今まで膨れ上がらんばかりにあった自信が、先ほどの戦闘で砕け散ってしまった神風は、この島で隠れて助けを待つべきだと主張する。

 

だが、ジョンストンにはそれが大いに不満だった。

「冗談じゃないわ! 他人事みたいに。あんた達が雪風を焚きつけなければこんなことになってないじゃない! このままじゃ沿岸の人たちに被害が出るわよ。早く鎮守府に知らせないと!」

「どうやって?」

 

神風が後ろをくいと指差す。

どおんと、雷鳴のような砲撃音が辺りに響いた。

 

「こちらの位置が分かっている訳じゃないわ、無差別に撃ちまくっているみたい。あいつはあたしより速いわよ。姿を見せたら即やってくる」

神風は悔しそうに唇を噛んだ。

どうあっても、あれには勝てない。それだけの差をさっきの戦闘で思い知らされてしまった。

 

出来損ないと言われぬためにこれまで過ごしてきた。

心を殺し、己を追い込み、高みに至ったと考えていたのだ。

ようやく認められる自分になったと。

だが、そんなものはまやかしだった。

惨めに隠れる今の自分はどうだ。さぞ、目の前の艦娘からもみっともなく映っているだろう。

 

「だからって、あたし達は艦娘よ! 同じ仲間が守るべき人間を害そうとしているのよ。それを黙って見過ごせっての?」

「眩しいぐらいの正論だけど、できることとできないことがあるわ」

様々なものを捨ててきて、ようやく到達した場所。

それが、ゴールだと思ったら、遥か先まで道が続いていたのだ。

懸命に走り続けてきたからこそ、無理だと理解できることはある。

 

「そんなのあたしだって分かってるわよ!!」

捨て鉢のような神風の態度が気に入らずジョンストンは大声で叫んだ。

 

「いくら抵抗したって、大きな力の前には無意味だって、散々思い知らされてるわよ!! お人形さん扱いされて、姉さんの代わりをさせられて、怖いからってへらへらそれを受け入れて」

「ジョンストン・・・・・・」

ジョンストンの一件は広く世界的にも知られている。神風も彼女がどのような扱い方をされてきたか知っている。

「仕方がないじゃない。そうしなきゃやっていけなかったんだもの。そうよ、みっともないぐらいな臆病者だったの、あたしって。でもね、そんなあたしでも、拾ってくれる提督はいたの!」

 

あの時フレッチャーが建造されなければ。ヨサクが手を差し伸べてくれなければ。

本当の自分を取り戻すことはできず、ジョンストンという艦娘の魂は粉々になっていたかもしれない。

不甲斐ない自分に声を掛けてくれた、その提督を守りたい。

 

「できるできないじゃない! やるかやらないかでしょうが!!」

「それは単なる無謀よ。確率は限りなくゼロ。希望にすがっているだけ」

冷静に切って捨てる神風に、ジョンストンが怒りを爆発させた。

 

「何それ。道具になるだの、勝つためにはなんでもするべきだの、散々御託を並べておいて、勝てないと分かったらすぐ諦めるの? 散々偉そうに言っておいて行き着いたのがそれ? ふざけんじゃないわよ! 真の勇者って奴は倒れても立ち上がる人間らしいわよ? あんた達は口だけの臆病者なのね!」

「随分な言われようね」

呆れる神風に対し、ジョンストン自身言い過ぎを自覚しつつも、日本に来るまで一緒にいた英国駆逐艦の影響か、いったん溢れ出た思いは止まらない。

 

「あんた達が死ぬほど訓練したのは分かったわよ。人間に気を遣って道具として働いているのも納得できないけど理解はした。でもね、そのすぐに諦める態度は断じてNOよ。あたし達は艦娘よ?艦娘が人間守らなくてどうするのよ!! 道具だとかそうでないとか関係あんの?」

「・・・・・・」

「大体、道具って何よ、道具って! まさか、自分達は道具だから替えがきくとか思ってないでしょうね! あんた達はそれでいいかもしれない。提督さんの中にはその方が気楽な人もいるでしょうよ。でも、そうでない人はどうするのよ!! 始まりの提督のように、艦娘と運命を共にする提督さんだっているのよ? その人達に向かって、自分達は道具だと胸を張って言えるの?」

「それは・・・・・・」

まくし立てるジョンストンを前に、神風は不思議な感覚に襲われた。

遥か昔に、似たようなことがあった気がする。今のように、自分に対して、強い口調で怒ってきた艦娘。あれは、誰だったか。

「もういい!」

胸の内にあったわだかまりを全て吐き出すかのように一気呵成にしゃべったジョンストンは、ふうと大きく息を吐くと、

「あたしは行くわ」

神風を振り切り、外に出た。

 

勇ましい言葉とは裏腹に、ジョンストンの手が震えているのを、神風は見逃さなかった。

それはそうだろう。散々鍛え上げてきた自分ですら手に負えない相手なのだ。実戦経験が不足している彼女からすればとんでもない脅威だ。不安から饒舌になっていたのもあるのだろう。

 

このままでは彼女は確実に沈む。応急修理員を積んでいるとは言え、使えるのは一度きりだ。あの深海化した雪風の猛攻には耐えきれまい。

この島に隠れていた方が、まだ生き延びる可能性はあるというのに。

(人を守るのが、艦娘、か・・・・・・)

それはかつて自分が後輩たちに繰り返し伝えてきた言葉。

そして、遥か昔に大切な先輩たちから受け継いだ言葉でもある。

 

道具だとか、人だとか。

使う人のことを考えるだとか。

ごちゃごちゃ考えるのなら、単純に考えよう。

自分は何なのかと。

 

「待ちなさい」

去り行くジョンストンの手をぐっと掴み、神風は言った。

「あたしに考えがあるわ」

 




登場人物紹介

すりぬけくん・・・・・・あの、早く出して・・・・・・。
まじめくん・・・・・・・助けてえ! 人違いです!!

親方以下工廠妖精一同・・・・提督絶許!! 北上さんに涙させるなど許せねえ。

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