鬼畜提督与作   作:コングK

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バレンタイングレカーレ編。マエストラーレシスターズもという声がありましたが、元々絡ませようと思っていましたので一緒になっています。
当社比5倍グレカーレに甘くしました。いや、本当に。


番外編Ⅳ 「イタリアより愛を込めて」

東京港区にあるイタリア大使館。多くの大使館が並ぶ中でひときわ目立つその建物の中では、今、イタリア大使であるパオロを驚愕させる事態が巻き起こっていた。

 

それは、ちょうど一時間前のこと。突然江ノ島鎮守府からやってきたグレカーレが、火急の用事があるので、本国のマエストラーレ達と通信したいと言い出したことから始まる。

 

イタリア本国のみならず、全世界でカルト的な人気を博しているマエストラーレ級四姉妹によるマエストラーレシスターズの熱狂的なファンであるパオロにとって、彼女の言う事は神の言葉にも等しい。一も二もなく本国との通信をつなげると、つい先日と同じようにドアップで映り、姉妹にたしなめられるマエストラーレの様子に微笑みながら、執務室を後にした。

最近彼が所属することになったとある組織の教義、「遠くからそっと愛でよ」を忠実に守ったゆえの計らいである。

 

一人きりになったグレカーレは挨拶もそこそこに遠い異国の姉妹艦に最近の提督が、あまりにも自分の扱いがおざなりであることについて愚痴り始めた。

「そんで、あたしがテートクにデートに連れてって、いっくら頼んでも連れてってくれないのよ。分かりやすくデートに連れて行ってもらえてない艦娘をメモって机に置いてあるのに、全て無視!」

「そうなの? それは困るわね! お姉ちゃんから鬼頭提督に一言言ってあげようか?」

しきりにお姉ちゃん風を吹かせるマエストラーレの横で首を傾げるのはイタリア本国のグレカーレ。

「いや、でも姉さん。あたし達だって提督とデートなんてしたことないっしょ。ツアーで忙しいし、出かける時は大抵みんなで行くじゃない」

「え? そっちのあたし、それって本当?」

「ええ、日本のあたし。あたし達アイドルなんてやっているじゃない? 提督さんと外出しようものならファンが取り囲んで大変なのよ」

「うんうん。この間リベも提督さんと外に出ようとして、危なすぎるってローマさんにがっつり怒られちゃったし・・・・・・」

「あたしは怒られたことないけどね~」

のんびりとした声を出しながら、シロッコは大きく欠伸をする。

「あんたの場合は外に出ようともしないでしょ!」

グレカーレ(伊)のツッコミに、シロッコは肩をすくめてみせる。

「だってめんどいし~」

「だってじゃない! 全く!」

「そっちのあたしも大変ね! あれだったら本当にシロッコをうちで預かるわよ。テートクなら一か月もすればシロッコを真人間にしてくれるわ」

「魅力的な提案ね、日本のあたし。そのうち本当にお願いするかもしれないわ」

「ちょ、ちょっと! グレカーレ!! ダメダメ、勝手なことを言って! そんなことをしたら、あたし達の活動ができなくなっちゃうでしょ。」

慌てるマエストラーレに、グレカーレは冗談だと告げる。どうも、本国の姉はあまり冗談が通用しないらしい。

 

「でも、そうかあ。それだと参ったな。あたしの計画が上手くいかなくなるわね」

「計画? なんの?」

興味津々とばかりにリベッチオが目を輝かせた。

 

「テートクチョコメロメロ作戦。略してオペレーションチョメよ!」

どうだとばかりに自信満々で作戦名を告げるグレカーレに対し、本国の姉妹艦は一様に首をひねった。

「ちょっと、あたし。いくらなんでもチョメは酷いわよ。チョメチョメって卑猥なワードだって聞いたことあるし」

「えええええっ。ちょ、ちょっと日本のグレカーレ!? え、エッチなのはお姉ちゃんいけないと思うわ!」

「そもそも略してって、略してないじゃん、日本のグレちゃん。略すんならテチョメサになるんじゃない?」

「テチョメサ? 何かメキシコ帰りのボクサーみたいな名前だね!」

リベッチオが楽しそうに笑うが、グレカーレは渋い顔で却下を言い渡す。

 

「そんなに微妙かなあ。あたし的には会心の名前だと思ったんだけど」

「自分に言うのはどうかと思うけど、センスがないわよ、日本のあたし」

「ぐっ。自分に言われるのは辛いわね! そんなに言うなら、何かあるの、そっちのあたしは」

グレカーレ(伊)はむむむと眉を寄せると、答えた。

 

「そうねえ。テートクハートゲット作戦。略してオペレーションハゲね!」

 

「同じ! 同じだから! その微妙な略をどうにかすべきだとお姉ちゃんは思うわ!」

日本とイタリア。どっこいどっこいのセンスのなさに、マエストラーレが思わず突っ込む。

もし、イタリア大使のパオロがいたならば、いつもボケ担当のマエストラーレが突っ込むと言う珍しい場面に、お宝映像だとすぐさまスマホで動画を撮ったことだろう。

 

「グレカーレは北東の風って意味だから、北東からこんにちは~! 作戦は?」

リベッチオの提案に、グレカーレは首を振る。そもそもいつも提督とは顔を合わせて挨拶をしているのだから、今更こんにちはだけというのもおかしい。こんばんはやおはようの立場がないではないかというのがその理由だった。

「日本のグレちゃんの言っている意味がよく分からないよ~。めんどくさいから、映画を真似してイタリアより愛を込めて作戦は?」

どうでもいいと、適当にシロッコが言うと、日本とイタリアのグレカーレは異口同音に叫んだ。

「「それよ!」」

「え~。自分で言っててなんだけど、微妙じゃない?」

「いいえ、気に入ったわ、シロッコ。作戦名『イタリアより愛を込めて』いいじゃない!」

「そうね。日本のあたしの言う通りよ。たまにはいいこと言うわね、シロッコ」

「え!? あれ、決まり? 一応私も考えてたんだけど、オペレーションウインドって・・・」

ちょんちょんと人差し指を合わせながら上目遣いで見てくるイタリアの姉を無視し、グレカーレは本題に入った。

 

来る二月十四日に行われるバレンタインデーという戦争にいかにして勝つか。それこそが、彼女が今日わざわざ休みをとり、ここまで足を運んだ理由に他ならない。

「ええっ!? 鬼頭提督ってそんなにモテるの?」

マエストラーレが驚きの声を上げる脇で、グレカーレ(伊)がやれやれとため息をつく。

「そりゃそうよ、姉さん。フレッチャーの一件の動画を見たでしょ? あの件で大分人気だもの。この間リットリオさんだって、Kankanの鬼頭提督特集見て、いいわねえって言ってたくらいだし」

「うっ・・・。その話は聞かなかったことにするわ、そっちのあたし。テートクなら喜んで、リットリオさんを呼ぶとか言いそう。それで、本当にそうなりそう!」

「にしても、San Valentinoねえ。日本とこっちでは違うよね~」

とシロッコ。

「うん、そうね。こっちでは Festa degli innamorati、恋人たちの日って言って、普通男性から女性に贈り物をあげる日だもんねー」

そう言って、リベッチオも頷く。

「あ、そうだったわ! 忘れてた!!」

今更ながら日本とイタリアでのバレンタインの違いに気づき、グレカーレは頭を抱えた。

日本にいると、TVをつけても、街中でもバレンタインデーをやたら意識させるため、全世界共通でこの日は行われていると思っていたが、決してそうではない。イタリアでは男性が女性にバラを上げるのが一般的だった。

これは、アドバイスをもらおうとしたこと自体が失敗だったかとグレカーレが落ち込みを見せると、そこはさすが太陽の国の艦娘達である。心配するなと胸を叩いた。

「せっかく日本のグレカーレが頼ってきてくれたんだから、一生懸命考えるからね!」

ふんすと気合いを入れるマエストラーレに、

「まあまあ、姉さん。肩の力を抜いて考えようよ。それに確かにこっちでは男性が女性に贈るのが当たり前だけど、最近は日本を真似して女性でも渡す人もいるみたいだし」

何とかして日本の自分の役に立とうと考えるグレカーレ(伊)。

なんか、楽しそうとはしゃぐリベッチオに、どうでもいいでしょと眠そうにするシロッコ。

 

「いい感じじゃない! オペレーション『イタリアより愛を込めて』始動ね!」

若干気になる姉妹はいるが、皆のやる気に意気揚々とグレカーレが叫び、少ししたところで冒頭の場面に戻る。

 

 

イタリア大使であるパオロは、執務室の前でうろうろしながらも、結局は中に入り様子を見ることにした。最近日本の友人に勧められて加入したとある組織の教えを忠実に守るつもりでいたの

だが、あまりにも時間がかかり、このままでは仕事に支障が出ると考えたためである。

 

あくまでも、自分は壁の一部と化し、横の応接セットで静かに仕事をしようと思っていた彼は、ささいな日常会話かと思っていた彼女たちの話の内容に衝撃を受けた。

 

「多数決の結果、手作りに決まった訳だけど、問題はどんな形にするかね!」

「形~。普通にハートじゃダメなの~」

眠そうにシロッコが話す画面に興奮しながらも、パオロの頭からはハートの形、手作りというキーワードが離れない。この日本に来て10年になる彼にとって、その行事はお馴染みのものだ。

(ま、まさかグレカーレが誰かにチョコを!? だ、誰だ!! 天使からチョコを貰えるなんていう幸運な男は!)

 

「ハートでもいいけどなんか普通じゃない。もう少し、凝った形ってないかな」

「そうねえ。形なら星とか?」

「リベはお日様の形がいいと思う!」

「お日様って難しいわよ、リベ。下手をするとただの丸にしか見えないじゃない」

とグレカーレ(伊)。真面目に考えている姉妹たちをよそにだるそうに肘をつくシロッコは、食べられれば何でもいいじゃんとやる気がない。

 

グレカーレの顔だの、塔だの城だの奇想天外なアイデアがたくさん出た後、結局落ち着いたのは薔薇の形だった。イタリアではバレンタインデーに男性から女性に花を渡すのだが、その定番が薔薇で、形としてもおしゃれで申し分ないという結論に達したのだ。

 

「あなたの携帯にマミヤズキッチンのレシピを送っておいたから参考にして、 日本のあたし」

「さすがはあたしね。することが早いわ。それじゃあ、後はどうやって渡すかね! テートクは普通に渡しても絶対に伝わんないし、置いておいても無視するだろうし」

 

(提督だと!! まさか、あの鬼頭提督か!? くうううううううう。何という幸運の持ち主だ。幸運の風を受けながら、あまつさえグレカーレから手作りチョコだと!)

グレカーレの発言を横で聞きながら、心の中で血の涙を流すパオロ大使。

だが、乙女の計画はそんなことになっているとは露とも知らず、着々と進んでいく。

 

「二人だけになるようにするしかないわね。出来そう? 日本のグレカーレ」

マエストラーレの問いにグレカーレは無理だと首を振る。

江ノ島鎮守府では大抵いつも提督の側に誰かがいる。

もっと言うなら、一人になりたい提督がしょっちゅう逃亡し、雪風と時雨が捜索に出ている。

なかなか二人きりになるのは難しいだろう。

 

「そいじゃ、難しいかもね~。郵便で送ったら?」

「シロッコ、真面目に考えてよ~! そんなの味気ないでしょ」

「ねえねえ。二人きりなるようにすることはできないの? リベなら提督さんに用事があるって話して、来てもらうけど」

「うちのテートクの場合、あたしが誘うと何かあるんだろ、とかお前はうるさいから嫌だ、とかで全然来てくれないのよー!」

グレカーレの心からの叫びにパオロ大使も心で悲鳴を上げる。

(あり得ない! なんて贅沢な!! 天使に誘われたら、はい、しか答えはないだろうに!!)

 

「日本のあたし、甘いわよ。二人きりになれないなら、二人きりになれるようにするだけよ」

グレカーレ(伊)がふふんとまるで悪女のような表情を見せる。

「大きく出たわね、あたし! その表情、まるで峰不二子みたいよ。期待できるの?」

「任せてよ、日本のあたし。我に策ありよ。まあ、そのためにはシロッコに頑張ってもらう必要があるんだけどね」

「ええ~!? あたしが~? なんでなんで~」

ぶつくさと文句を言うシロッコを尻目に、グレカーレ(伊)は任せろと力強く頷いた。

 

(グレカーレと二人っきりで、おまけに手作りチョコだと! くそがあああ!)

怒りに任せたパオロ大使が日本の友人に電話し、江ノ島鎮守府の提督がその筋では全てを超越した存在だと諭されるのは、また後日の話である。

 

                    ⚓

 

めんどくせえ ああめんどくせえ めんどくせえ

                               俺様涙の俳句 

 

いつもいつも無理難題ばかり押し付けてくる大本営からのくそみたいな依頼だぜ。なんでもうちの鎮守府が目立っているもんだから、地域住民との触れ合いを兼ねてバレンタインフェスタを行えだとよ。鎮守府を飾り付けて、艦娘達が手作りのチョコレートを配るんだと! なんでよりにもよって菓子屋の陰謀に加担しなきゃならねえんだ。モテない男への救済か? 面倒くせえことこの上ないぞ。

 

おまけにその面倒くささに拍車をかけてるのが、今日の連れの存在だ。バレンタインは外国の祭りだから、愛の国のイタリアの艦娘であるグレカーレが詳しい筈。彼女と共に任務を達成すべしなどと書かれた冗談みたいな指令書が来た時にはひっくり返るかと思ったぜ。意味不明な依頼にかんかんな俺様が愚痴をこぼすや、雪風やフレッチャーはなんだか機嫌が悪くなるし、時雨にいたっては直接海軍省に電話してやがった。そりゃそうだよな。こんな面倒くさいイベントどこのどいつが考えやがったんだよ。菓子屋が売り上げを上げるために考えたってもっぱらの噂だぜ。リア充どもの宴になんでおやぢが絡む必要があるんだよ。

 

 

まあ、だが上の命令だから仕方がない。なんだかんだ言っても、真面目な俺様だ。

観念して仕方がないと気を取り直す。

 

「テートク、遅いよぉ!」

車の前まで来るとやたら上機嫌に俺様に話しかけてくる児ポロリ艦。

どうしてお前はそんなにテンションが高いんだ。

まあ、面倒ごとに首をつっこみたがる奴だがよ。

 

「お前が早すぎるんだ。ああ、面倒くせえ」

るんるん気分のグレカーレに頭が痛くなる俺様。お前なあ、ただ買い出しに行くだけだぞ。なんだ、その格好は。

「外に出るんだからおしゃれをしていかないと!」

おしゃれってなあ。お団子みたいな髪型はまあおしゃれを意識してるんだろうな。ちらちらと俺様の方を見て、何か言って欲しそうにしてやがるが、何だ、こいつ。

 

「んもう! テートク減点だよー。女の子のおしゃれを褒める! これ、当たり前でしょ!」

「あのなあ、俺様が女のふぁっしょんを褒めている所を想像してみろ! それはもはや俺様じゃねえだろうが!」

「そりゃあ、そうだけどさ・・・・・・」

納得してもらったようで何よりだが、何かこいつ、普段よりも随分大人しくねえか?

ははあ。しち面倒くさい依頼を受けさせられたんで、ご機嫌斜めって訳だな。俺様もそうだけどよ。

 

「それでどうするの? テートク」

おいこら、くその指令書。こいつのどこがバレンタインに詳しいんだ? いきなりどうするのとか言ってやがるじゃねえか。

「材料のチョコが必要だ。器材は届くから、俺様たちが今日買うのは、チョコと包装関係だな」

 

コロラドで大量にチョコを買い、ホームセンターキヌで使えそうな包装紙・袋を買い込む。

途中、グレカーレがリボンも付け足した方がいいと提案し、リボンとそれを貼り付けるシールも買ったため、随分な額になっちまった。まあ、払うのは俺様じゃないけどよ。

 

「ああ、お腹いっぱいだよ。よく食べたなあ」

「さすがにあそこは旨いね。ちょうどお昼時だから助かったよ」

なんだか、ムキムキの連中がいかにも満腹といった感じですれ違う。

そういや、もう昼か。何か食べていくのもいいかもな。

 

「腹が空いたから飯でも食ってくか。あん? なんだ、お前。目をうるうるさせやがって」

「ダメダメ、ダメだよ、グレカーレ。普段のあたしの失敗を考えなさい。ここでがつがついくとダメよ」

ぶつぶつとなんだかよく分からないことを言ってやがるな、こいつ。腹減ってねえのか? 夕食まで我慢するってならそれでもいいぞ!

「う、ううん。ごめん、テートク! お腹空いてる!」

 

そう言い切るグレカーレの脇をカップルがすいっと横切った。

「やっぱりYURASANでよかったあ。値段の割に美味しいし、お得だよね」

「うんうん。俺もがっつりステーキ食べたし」

YURASANのステーキか。今のイライラをぶつけるのには最適だな。

 

「ほんじゃ、ここにするか」

俺様達が入ったのは、ホームセンターキヌの隣にあるファミレス、YURASAN。キヌのある所には必ずこのYURASANがあるが、値段の割には内装が凝っていて、良いものを出すと評判だ。

 

「よし、イライラする任務の腹いせにがつがつ食ってやるか! グレカーレ好きなの頼んでいいぞ!」

「本当!?」

ふん。たまには俺様だってさあびすしてやるよ。こんなくそ面倒くさい依頼をこなしているんだからな。俺様が頼んだのは、ステーキセットに追加でハンバーグの肉まっしぐらコース。対してグレカーレの野郎が選んだのは、スパゲティナポリタン。

 

「ん!? ナポリタン選んだのか? 珍しい奴だな」

そりゃあそうだろう。本場のイタリアにはない、日本オリジナルの料理だもんな、ナポリタンてよ。向こうの人間が来てびっくりするらしいぜ。

「テートクが昔作ってくれてから結構気に入っててね」

「ああ、そういやそんなこともあったな」

着任したばかりのこいつに着任祝いで出してやったっけ。

「ナポリタン? 何それ?」

なんて言うもんだから、説明に時間がかかったがよ。

 

あっという間に来た料理を食べながら、そういやナポリタンをこいつが初めて食べた時に苦労したことを思い出した。ケチャップを使っているから、やたら口元が汚れるんだよな。

「ああ、まただ! めんどうくせえ野郎だな」

汚れた口元が気になり俺様がナプキンでぬぐってやる。がきんちょと言われるのが嫌ならがきんちょっぽくするんじゃねえ。

ぶつくさ言う俺様の前で、なぜかキラキラし出すグレカーレ。

「て、テートク・・・・・・。あたし、夢見てるの?」

意味不明なことを言い始めたぞ、こいつ。頭大丈夫か? 

 

                    ⚓

「ちょっとお化粧直しがしたい」

トイレに駆け込んだグレカーレはここまでの余りの順調ぶりに駄々下がりになった頬を、鏡を見ながら引き締める。

「すごくない!? さすがはあたしとあたしの姉妹! ばっちりじゃない!!」

イタリアのグレカーレ曰く

「マエストラーレ級の戦いに敗北は許されないのよ、あたし!」

とばかりに裏から手を回し、今回の状況をセッティングしたのみならず、

「リットリオさんにリベから聞いておいたよ~」

とリベッチオから送られたリットリオ作成のデートマニュアル。

そして、マエストラーレの応援と、

「グレちゃんはしゃべりすぎだから、少しは黙っていたらいいんじゃない~」

というシロッコからのアドバイス。

 

全てが思うようにかみ合い、気づいてみれば、自らに課したミッション、『テートクとご飯』

『テートクとカップルっぽいことをする』という高いハードルすら完遂している有様だ。

 

「今日のあたしってすごいわ! 神様っているのね!」

上機嫌になって、トイレから出てくるグレカーレ。

側のベンチに座っていた新聞を見ていた白人男性が、その姿を確認し、そっとイヤホンに向かって話す。

「対象G。トイレから立ち去りました。対象Kの元へ向かう模様」

『そうか。では、対象Gに気付かれぬよう、職員で彼女を取り囲め!』

 

「え? なんか、急に混んでない? ちょ、ちょっと、テートク!」

突然混み始めたYURASANの入り口。出ようと思ったグレカーレはぎゅうぎゅうに囲まれる形となり、あっちに押され、こっちに押されとなかなか外に出られない。

「ああん? くそが、手間をかけるんじゃねえ!」

ぐいっと与作がグレカーレの手を引っ張る。

「おらついてこい。まったく面倒くせえ野郎だ!!」

ぷりぷりしながら先導する与作に対し、手をつないでいるという状況に、キラキラ状態からギラギラ状態になるグレカーレ。

 

駐車場の一角から、その状況を見ていた者達は互いにサムズアップし、健闘を称え合った。

彼らこそはイタリア大使館内に存在するマエストラーレシスターズの私設ファンクラブ会員達であり、今回のイタリアより愛を込めて作戦のバックアップをしようというパオロ大使の漢気に答え、立ち上がった存在だった。

 

「いいぞ。よくやった!! 素晴らしい戦果だ! ところで、さっきどさくさ紛れにグレカーレに必要以上に接触した者がいる! そいつは減棒だからな!!」

「ちょ、ちょっと大使! それはないですよ!」

「うるさい。彼女たちは遠くから見るものだ! お前たちもぜひ入会するといい」

パオロ大使は日本の友人から勧められ入会したとある会のすばらしさについて熱弁した。

 

 

江ノ島鎮守府の駐車場に着くと、グレカーレはそっとポケットに隠しておいたチョコレートを確認する。

(よし、大丈夫ね!)

ここまでのあまりの順調ぶりにびっくりするが、今日最後の勝負はこれからだ。

タイミングを間違えれば、誰かがすぐにやってくる。

(気合いを入れるのよ、あたし! イタリア水雷魂を見せる時よ!!)

ガツンと自分の気持ちに活を入れて、一気に手渡す。

「て、テートク。これ、あたしが作った奴・・・・・・」

「ああん? お前が? 俺様に? ふうん」

それはバレンタインの奇跡か。

意外にもからかったり、断ったりせずにそのままチョコを受け取った与作は、その場で包みを開けた。

 

「何だ、こりゃ? 割れてやがるが、元は花かなんかか?」

「ええええええ!!」

叫ぶグレカーレ。思い起こすのはさっきのYURASANで外に出ようとしたときの一幕。あの時にぎゅうぎゅうに押されたので、提督と手をつなげたと思っていたのに、まさか、押されているうちにチョコが割れるなんて!!

「こ、ここに来て特大のマイナスじゃない。せっかく、せっかくあたしが頑張ったのに・・・・・・。こんなのって、こんなのって、ないよう!!」

これまでの上機嫌はどこへ行ったとばかりに泣き出すグレカーレ。

 

しかめっ面でそれを見ていた与作は、チョコを一口食べると、ポンとグレカーレの頭に手をやった。

「ふん、割れてても味は変わらねえだろ。旨いじゃねえか。ありがとよ」

「!!!!!!!!」

信じられぬことが起きたとぽかんと口を開けるグレカーレに、荷物を運ぶのを手伝えと怒鳴る与作。

 

「なんだ、なんだテートク! あたしのこと大好きなんじゃん! 全く!! も~。しょうがないなあ! ホワイトデーはきっちり返してよね! デートで渡してよ!」

一気にハイテンションになると共に、いつもの調子を取り戻したグレカーレにやれやれとため息をつく与作。

 

「何がでえとだ。義理チョコを用意するなんてお前にしては気が利いてると、俺様が気を遣ってやったのが分からねえのか」

「へ? 義理ってなあにテートク」

「義理は義理だよ。それ以上でもそれ以下でもねえ」

 

グレカーレは知らない。本命にしか渡さないイタリアと違って、日本には義理チョコなる謎の制度があることに。

己の提督は義理チョコをもらったと思い込んでいることに。

 

彼女がそれに気が付くのは少し経ってからのことだった・・・・・・。

 

 




登場人物紹介

マエストラーレ・・・ローマから聞いた義理チョコの話に、私達も鬼頭提督にチョコを贈りましょうか! みんな用意してとばかりに姉妹をせっつく。
グレカーレ(伊)・・義理チョコの話、日本のあたしは知ってるのかなと思案顔も、マエストラーレの迫力に負け、一応用意する。
リベッチオ・・・・・ホワイトデーの話をローマに聞き、にこにこしながらチョコを用意。今から何がもらえるかなと期待に胸を膨らませる。
シロッコ・・・・・・リベッチオからホワイトデーの話を聞き、チョコを用意し、箱に付箋で5倍返しね!と貼り付ける。

パオロ大使・・・・・イタリア本国から送られてきたマエストラーレシスターズからの与作宛てのチョコに仰天。本国に事情を問い合わせるも、事実だと告げられ、江ノ島には幸運の神がいると周囲に吹聴するようになる。

長門・・・・・・・・推しの言葉には忠実に従うファンの鏡。後日届いたイタリアからの小包を不審がった大淀により企みが露見する。

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