鬼畜提督与作   作:コングK

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フレッチャーとサラトガのバレンタイン編。
いつも書いていないサラトガの方がややメインかなと思います。

ブラックコーヒー派の作者は書いてて砂糖吐きそうになりました。


番外編Ⅴ 「アメリカ空母と駆逐のバレンタイン対決」

「どうですか、サム。味の方は?」

 

エプロン姿のサラトガは、目の前に座るサミュエル・B・ロバーツに真剣な顔で尋ねた。

「うん、美味しいと思うけど!」

にこやかに答えるサミュエル・B・ロバーツに対し、サラトガははあと小さくため息をつく。

「サムはどれを食べても美味しいと言いますね。正直あまり参考にならないと言うか」

「だって美味しいから仕方ないじゃない! シスターサラのチョコレートケーキを嫌いな人間なんてこの世にいないよ!」

「そうでしょうか。最近イントレピッドやガンビーもめっきり試食してくれなくなってしまって・・・・・・」

「そりゃ、この有様だったらそうじゃない?」

 

サミュエル・B・ロバーツはキッチンの中を見回す。そこにあるのは数限りないチョコレートケーキの試作品たちだ。究極のチョコレートケーキを作ると意気込んだサラトガが、日夜研究に研究を重ねた結果生み出されたそれらは、色々な艦娘の手を借りながら少しずつ消費されているが、凝り性のサラトガが次から次へと作りだすためケーキが溜まる一方だ。

 

「それにしても、一体なんで急にチョコレートケーキを作る気になったのさー。アイオワもワシントンも、最近サラがビールでもワインでもおつまみの代わりにケーキを出してくると愚痴ってたよ」

「え!? あの二人がそんなことを? それはそのう・・・・・・」

言い淀むサラトガに対し、サミュエル・B・ロバーツは先日のジョンストンとの通話を思い出した。日本の江ノ島鎮守府に着任したジョンストンに調子はどうかと通信を入れたところ、自分は元気だが、バレンタインが近くて鎮守府が殺気立っていると告げられた。

 

「バレンタインが近づくと、どうして殺気立つの?」

「うちの鎮守府、ヨサクのことが好きな艦娘ばかりでね。あたしも渡すつもりなんだけど、正直姉さんの熱量がすごくてちょっと引いてるところ」

その時はふうん、そうかと流していたが、そう言えば身近に鬼頭提督の熱烈なファンがいることを忘れていた。

 

「ヨサクに渡すつもりなんだね!」

ずばりと言ってのけるサミュエル・B・ロバーツに、サラトガは顔を真っ赤にする。

「さ、サム! ヨサクなんて呼び捨ては駄目よ! キトウ提督と言わないと!」

「ええ~! ジョンストンだって言っているし、良いじゃない。サラも言えばいいよ」

「うえっ!? わ、私が? そんな、それは・・・・・・」

 

増々照れるサラトガに、サミュエル・B・ロバーツはどうしたものかと思案する。

サラトガは、米国艦娘の姉的立場であり、多くの艦娘に慕われている。その彼女の恋路を応援したいと思うのは当然だろう。

 

(日本のみんなには悪いけど、当然だよね!)

イントレピッドやアイオワは無理だが、まだサウスダコタや、ホーネット辺りは訓練中でケーキを食べていない。その彼らにサラトガを応援するためと話せば、血の気の荒いサウスダコタなどは喜んで協力してくれることだろう。

(後は基地の人達にも協力してもらって。うん、面白くなってきた!)

すっかりその気になったサミュエル・B・ロバーツはにこやかに微笑んだ。

 

                   ⚓

 

一方、日本の江ノ島鎮守府では。

キッチンに足を踏み入れたジョンストンが、その惨状に悲鳴を上げていた。

 

「ちょっと姉さん! 作り過ぎ!!」

うず高く積まれたチョコレートパンケーキの山に、ジョンストンは顔をひくつかせる。

一体どれだけの思いがあればここまで行くのか。自分とて、ヨサクのことは悪しからず思っているが、これはいくら何でも愛情過多というものだ。

 

「ええ!? そ、そうかしら。提督がどんな味がお好きかしらと考えていたら熱が入ってしまって」

「今にもパンケーキショップを開けるわよ、この量。どうすんのよ、これ。みんなで食べても余るわよ!」

「ダメよ、鎮守府のみんなで食べるのは! 提督に気付かれてしまうもの。大丈夫。憲兵のお爺さんが知り合いに配ってくれるとかできちんと処理はできるから」

「なら大丈夫ね・・・・・・。じゃなーい!! また作り始めたらどんどんと溜まっていくばかりでしょ! そもそもヨサクがチョコレートパンケーキが好きって決めつけてるけど大丈夫なの?」

ジョンストンの一言に、お玉を落とすフレッチャー。

「え!?」

「いや、だってそうでしょ。あたしはそんなにヨサクとの付き合いが長くないから分からないけど、ヨサクって甘いもの好きなの? コーヒーが好きなのは知ってるけどさ」

「そう言えば、提督が飲んでいる缶コーヒーはブラックだったわ・・・・・・」

「いきなり渡さずにリサーチした方がいいんじゃないの?」

 

ジョンストンの言うことに、もっともだとフレッチャーは同意する。クリスマスなどの催しで普通にケーキを食べていたため提督は甘いものが好きと判断していたが、ひょっとすると食べられるだけで苦手かもしれない。ただでさえ、たくさんのチョコレートをもらうと予想される提督に、自らが負担をかけるのはいたたまれないと、すぐさまフレッチャーはキッチンを後にする。

「ちょ、ちょっと姉さん!? 後片付けは? ちょっと!!」

提督が絡むと微妙に暴走する姉を尻目に、ジョンストンは仕方がないと洗い物を始めた。

 

「はあ? 俺様が甘いものが好きかって? まあ嫌いじゃねえぞ。普通に食うな」

「ありがとうございます、提督! 私、頑張りますね!」

疾風のようにやってきて去っていくフレッチャーに与作は首を傾げる。

「なんだ、あいつ。最近とみに変じゃねえか。ため息をついたり、ぼおっとしたり。疲れてんのか?」

「驚いた。提督って、結構みんなのこと見てるんだねえ」

そう話すのは、今日の秘書艦である北上。

「それにしても、提督も隅におけないなー。バレンタインの日にはお腹壊すんじゃないの?」

「生憎と俺様は道に落ちている物を拾い食いしても壊さぬように腹は十分鍛えてある。第一なんでバレンタインの日に俺様がお腹を壊すって話になるんだ。意味が分からねえぞ」

「え!? 提督マジで言ってんの?」

「ははあ。どいつかが俺様宛ての義理チョコに下剤を混ぜるってことかあ? そんな愉快な真似をしてくれた奴は梅干しで吊り下げの刑に処してやるぜ」

「いや、そうじゃなくてさ・・・・・・」

己の提督の余りの分からなさに北上は頭を抱えた。    

 

自室に戻ったフレッチャーがまずしたのは、提督の好みを探ることだった。

元ペア艦の時雨に聞くのが早いが、なんとなく聞きづらい。結局彼女が、提督について話を聞くことにしたのは、以前会話したことのある佐渡ヶ島鎮守府の織田提督だった。

 

「成程。鬼頭氏の好みについてですな! いや、養成学校時代の同期である私を頼っていただき光栄です。何でも聞いてください。いくらでもご助力いたします」

満面の笑みで通信に出た織田提督は、養成学校時代時雨を除くと、最も与作と行動を共にしていた人物である。事細かにその好みについて答え、教えてくれた。熱心にそれをメモしたフレッチャーは、最後に提督が養成学校時代に通っていた喫茶店などは無いかと尋ねた。

「鬼頭氏が通っていた喫茶店ですか? 喫茶店ではありませんが、フルーツパーラーならこっそり通われていましたな。今はその店はありませんが」

「詳しく教えてください!」

飽くなき探求心で次々と質問をしてくるフレッチャーに織田はうんうんと頷いた。例の一件以来どうしているかと思っていたが、ここまで明るくなったとは。やはり鬼頭提督は自分達の盟主たるにふさわしい。

「後でそちらに詳しい情報を送っておきます。ご健闘を祈りますよ」

彼本来のスタンスから言えば、全ての駆逐艦娘には平等に接するのを信条としていたが、年に一回のイベントだ。自分をせっかく頼ってきてくれた艦娘がいい目を見てもいいだろう。

徹頭徹尾紳士に対応する織田に、フレッチャーが丁寧に礼を述べる。

「いえいえ。そのお言葉だけで結構です」

満足そうに頷きながら、織田は通信を切った。

 

                    ⚓

 

ごしごしと眠い目をこすりながらやって来たアトランタに対し、今日の調理当番のジョンストンが声を掛ける。

「随分眠そうね、アトランタ。コーヒーどう?」

「もらう。Thanks。最近、夜中にサムから頻繁に通信がかかってきてさ。寝不足・・・・・・」

「サムから? なんで?」

「サラトガが作るケーキについて助言して欲しいんだって。どうもサラ、本気でうちの提督さんが好きみたいなんだよね」

「ええええ! う、嘘でしょ!! 初耳よ!」

「前から言ってたじゃん、ファンだって。あんたが来るときだってお土産しっかり渡してたでしょ」

「そ、そう言えば・・・・・・」

ジョンストンは思い出す。彼女が初めて来日した時に、サラトガは鬼頭提督にとマグカップとコーヒーを渡して来た。単なるお礼と思って気にしていなかったのだが。

 

ジョンストンの返答を聞いて、アトランタは目を丸くする。

「マジ? サラと通信したことない? 本人、隠しているつもりだけど、提督さんが使ってるのと同じの使ってるんだよ」

「そ、それってペアマグってことじゃない、本当なの!?」

「うん。通信にばっちり映ってるもの」

 

驚愕の事実にジョンストンは声を上げる。

米国でサラトガと言えば、シスターサラと呼ばれ、男女問わず人気があり、米国で行われたお嫁さんにしたい艦娘ランキングで堂々の一位に選ばれた存在だ。そんな艦娘が自分のことが好きと分かれば、あのヨサクでもぐらりと来ることは間違いない。

 

付き合いの短いジョンストンは提督のためならば身を引くことは簡単だが、あの山のようなパンケーキを作る姉がそれに耐えられるだろうか。

一番の問題はケーキとパンケーキで渡すものが微妙にかぶっていないかということだ。

チョコを主体にする場合、味が似たようなものになる可能性がある。

 

「あ、あたしからもサムに連絡してみるわ。これは色々と面倒くさいことになりそうね!」

 

世話焼きのジョンストンは、起こりうる最悪の事態を想定しつつ、サミュエル・B・ロバーツに連絡を取ることに決めた。

 

夜。

久しぶりに話すサミュエル・B・ロバーツのどことなく疲れた表情に、ジョンストンは既視感が否めなかった。

勘違いだろうか。今朝同じような表情をアトランタもしていたような気がする。

「Hi、サム。久しぶりね。ちょっと聞きたいことがあるの。いいかしら」

ジョンストンが挨拶もそこそこに、バレンタインの話を振る。フレッチャーとサラトガが贈るものが似ており、このままでは提督の中で優劣が決まってしまう。お互いに真心を込めて贈る以上、それは本意ではないだろうと。

「ええ!? フレッチャーはパンケーキにする予定なの!」

サミュエル・B・ロバーツはなんてこったと声を上げたが、ジョンストンとは違い、カテゴリーが同じだけで、完全に一緒ではないのだから、ありなんじゃないというのが彼女の意見だった。

 

「よく分からないけど、シチューとクラムチャウダーの違いほどは無いんじゃないの」

「ああ、言いたいことは何となくわかるわ。」

「それに、白黒はっきりつけた方がいいんじゃない? ちなみに私はシスターサラの応援をするからね!」

「ちょ、ちょっと何言ってるのよ、サム。だから穏便に行くようにって言ってるでしょうが!」

「遅いよ、ジョンストン。今米国艦娘の多くはサラトガを応援しようってなってるんだよ! 今更違うものにしろとかできる訳ないよ!」

「誰がそんな風に周りを焚きつけたのよ・・・・・・。って、あんたじゃないの? その犯人!」

「酷い! 確かに周りの人に理由を話して味見をしてもらってたんだけどね。お蔭でなんてことをするのって、さっきまでサラにお説教されてたんだけど・・・・・・」

びっとジョンストンを指差し、サミュエル・B・ロバーツは宣言する。

「フレッチャーに伝えておいて! どっちがヨサクの心を掴めるか! 日米ケーキ対決だって!」

「いや、姉さんは所属は江ノ島だけど米国駆逐艦だから日米にはならないでしょ・・・・・・」

ジョンストンの抗議も空しく、やる気満々のサミュエル・B・ロバーツは勝手に勝負の日時を設定すると、その日に間に合うようにケーキを空輸するといい通信を一方的に切った。

 

「なんだかおかしなことになってるわねえ。こりゃ、アトランタも寝不足になる訳だ」

どうしたものかと頭を悩ませるが、いいアイデアが浮かばず、ジョンストンはとりあえず寝ることにした。

 

                    ⚓

そして、決戦当日。あれよあれよという間に会場、試合形式が決められ、気づけば江ノ島鎮守府の米国艦3隻と与作は横須賀にある米軍基地にいた。ジョンストンが話をしてから半月と経っていないのに、さすがに米国はやることが素早く大げさだ。

横須賀基地司令のコーネルは勝負の見届け人を名乗り、招待した江ノ島鎮守府一行にソファを勧める。旧知のアトランタはかつての上官がやおらタキシードを着、厳かに勝負の開始を告げる姿に思わず吹き出しそうになった。

 

「それでは、これより日米ケーキ対決を行う」

会場となった司令室の一角に設けられた大型モニターには米国本土にいるサラトガ達の姿が映っている。フレッチャーはサラトガの方を見て軽く微笑むと、基地のキッチンへと移動した。

 

公平を期し、先に食べられるのは距離的にハンデのあるサラトガの物となった。

口をへの字にしながらぶっきらぼうにトレイを持ってきたアトランタがフタを開けると、それを見た与作は驚きに目を丸くする。

 

「お、おい。こいつはまさか・・・・・・」

「え!? ヨサク、知っているの?」

「それは世界最高のチョコレートケーキと呼ばれているものです」

自らが作ったものを与作が知っていたのが嬉しいのか笑顔でサラトガは言った。

「やっぱりな。だが、あれは生ケーキの筈だぞ。とてもじゃねえが、普通に米国から運んだんじゃ間に合わない筈だ」

「ああ。昨日エアフォースワンで届いた。ウィルソン作戦部長が大統領を説得したそうだ」

「ちょっとちょっと。いいの、大統領専用機にケーキ運ばせるの」

アトランタが突っ込むが、コーネルは問題ないとにべもない。

 

「それで、そのう。キト「ヨサク!」ヨ、ヨサク・・・・・、味はどうでしょう・・・・・・」

もじもじとするサラトガの横でサミュエル・B・ロバーツがあれこれと声を掛けているが、小声のためか聞こえない。

与作は、それじゃもらうかと一口食べて余りの衝撃に手を止める。

「おい、こいつあ。スポンジを使ってねえな」

「は、はい。チョコとメレンゲで仕上げてます」

「うん。こいつはすげえ。しゃくしゃくとした食感が、なんともいえねえな。普通チョコケーキというと、どうしても甘いだけのものや食べると重たいものが多いが、こいつは違う。フォークが止まらねえぞ!」

「本当ですか! う、嬉しいです・・・・・・」

「しかし、よくお前さん、このレシピ知ってやがったな」

「ポルトガルの本店で修業した方に教えていただいたんです。一番いいなと思うのを差し上げたくて。あの、ヨサク。サラのカップ、使っていただけていますか?」

「ああ、お前がくれた奴だろ。俺様はよくコーヒーを飲むからな。しょっちゅう使ってるぞ」

「本当ですか!?」

サラトガが叫んだかと思うと、ばっと顔を伏せた。

その分かりやすすぎる反応に、さすがの提督も気付くだろうとジョンストンはやきもきしたが、当の本人は、口直しのコーヒーを堪能するのに余念がない。

 

「よし、それでは続けてフレッチャーのだ。フレッチャー準備はいいか?」

「はい。出来ています」

フレッチャーは静かにキッチンを後にした。

キッチンに備え付けられているモニターから、与作の反応は分かっている。サラトガの出したケーキは世界最高の名に恥じないものだ。安易な物では到底超えられない。だが、提督を思う気持ちは誰にも負けたくない。

「こちらが私のケーキになります」

フレッチャーがフタを開けると、中から出てきたのは何の変哲もないパンケーキ。いや、日本の家庭でよく作られているホットケーキと言った方が正しいかもしれない。

巷でよくあるふわふわなものでなく、生クリームがかかっている訳でもない。

「こちらのバターとメイプルシロップをお使いになってください」

「ちょ、ちょっと姉さん! ただのホットケーキって何を考えているのよ!」

「いや、ジョンストン! ちょっと待て!!」

姉が奇行に走ったかと声を上げたジョンストンを制したのは、与作だ。

目を大きく見開いた与作は、まず二枚重ねのホットケーキに丁寧にバターを塗った後、切れ目をいれ、メイプルシロップを垂らしたホットケーキを口にした。

「こいつはまた、懐かしいものを・・・・・・。織田の野郎に聞いたのか? 時雨の奴は知らないからな」

「なんだ、どういうことなんだ、キトウ提督。私には普通のホットケーキにしか見えんが」

皆の疑問を代表し、コーネルが尋ねると、与作はこれは失われたホットケーキだと答えた。

「失われたホットケーキ?」

「ああ。昔神田に俺様の行きつけのフルーツパーラーがあってな。そこのホットケーキ目当てで通っていたのよ。食通で有名な作家が絶賛していたからどんなもんかと行った時から気に入っちまってなあ。ああ、この味。この匂い。昔を思い出すぜ。よく食わせてくれたもんだ」

しみじみと語る与作にはいつもの鬼畜提督の面影は全く見られない。

「織田提督に教えていただきました。提督が通われたお店は無くなってしまいましたが、そのお店出身の方たちが他の場所に店を出されていまして。事情を言って、作り方を教えていただきました」

「そうだったのか。昔閉店の時行ったきりだったから、全然知らなかったぜ」

「生クリームや、チョコを付け足そうかと思いましたが、提督のお好みではないだろうと敢えてつけていません」

「賢明だな。俺様の好みをよく分かってやがる。このホットケーキはそのままが一番だ」

ぺろりと平らげた与作の様子を見て、嬉しそうにフレッチャーが頷く。

「ありがとうございます、提督。私にとって一番の誉め言葉です」

 

「それでは、鬼頭提督。どっちの方が美味しかったか。判断を下していただきたい」

 

恭しくコーネルが告げる。

固唾をのんで見守る横須賀米軍基地の面々と、モニターの向こうの米国艦娘達。

 

「これは分が悪いかもね」

アトランタが眉を顰め、

「姉さん・・・・・・」

ジョンストンがぎゅっと両手を握り、何かに祈る。

 

与作が出した判定は・・・・・・・引き分けだった。

 

「おいおい! キトウ提督!! どういうことだよ、納得できねえぞ!」

「ちょ、ちょっと! サウスダコタ! 落ち着きなさいったら。キトウ提督。米国空母のホーネットよ。私達、サラの応援をしていたから、きちんとした理由を聞きたいわ」

 

「俺様が直接言わなくても、当事者同士は分かっているみてえだがな。どうだ、サラトガ。お前も自分の方が勝っていると思うのか?」

与作に水を向けられ、サラトガはふるふると首を振る。

「いいえ、ヨサク。サラでもこの勝負は引き分けにします」

 

サラトガの意外な言葉に彼女をずっとサポートしてきたサミュエル・B・ロバーツが不満の声を漏らす。

「なんで!? 世界最高のケーキだよ。おまけにフレッチャーはチョコを使ってないじゃん!」

「ケーキ対決としたのは貴方よ、サム。チョコの有無は関係ない。サラはヨサクに喜んで欲しいと世界最高のチョコレートケーキを用意し、フレッチャーはヨサクに喜んで欲しいと彼が一番喜びそうなケーキを用意した。その気持ちに違いはない。どっちが上か下かと決めることじゃないわ」

サラトガの言葉にフレッチャーもこくりと頷いた。

「ええ。私もそう思います。何としても提督に美味しいものを食べさせてあげたいという、シスターサラの思い、伝わりました。私と一緒です」

 

「当人同士が納得しているんだ。それ以上言う事はないだろう? 野暮ってもんだぜ?」

「成程ね。そういうことなら納得するしかないわね。残念だけど」

「私は納得できねえぞ。白黒決めてくれないと、賭けが成立しない!」

「それは貴方の都合でしょ! 全く・・・・・・」

ぶつくさと文句を言うサウスダコタを、ホーネットを始めとした何人かの艦娘が連れていく。

残ったのは、サラトガとサミュエル・B・ロバーツの二人だ。

 

「あの、ヨサクにだけ伝えたいことがあるのだけれど・・・・・・」

意を決したサラトガの言葉に皆が何かを察し、すぐさまその場を離れる。

「何だ、どうした。俺様に何か用か?」

「あの、えええと。ケーキいかがでしたか? サラはケーキ作りが得意なんです」

「ほう、そうか。そいつはいいな。うちの鎮守府で料理をしない連中に爪の垢でも飲ませたいくらいだ」

「料理でよく作るのはターキーサンドウィッチですね。簡単に手早く作れるので・・・・・・。って痛い!?」

「あん? どうした?」

「い、いえ。いきなり消しゴムが飛んできて・・・・・・。ええと、その、ヨサクは毎日サンドウィッチ、作って欲しかったりしますか?」

「そりゃもちろんそうだ。うちの鎮守府はがきんちょが多くてな。中にはいくら言おうと料理をしねえとんでもない奴もいるのよ。間宮や伊良湖もいねえから秋津洲が来る前は俺様がしょちゅう作ってたんだぜ」

ごくりとサラトガは唾を飲み込む。

「そうなんですか。いつか・・・・・、いつか、サラもヨサクと同じキッチンに立ちたいです」

「お前みたいな奴なら大歓迎よ。そん時は俺様の特製オムライスでも食わせてやろう」

「Really? 楽しみに、本当に楽しみにしていますね・・・・・・」

                 ⚓

鎮守府への帰りの車内では、なんとなくしっくりこないアトランタとジョンストンがモヤモヤした気持ちを持て余していた。

 

「ねえ、アトランタ。結局シスターサラの話、なんだったと思う?」

「分からない・・・・・・。提督さんが何も言っていないから、あたし達がびっくりするようなことは無さそうだけど」

「そこをずばっと聞けないかな。姉さんも絶対気になってる筈だって」

「そうかな。あたしにはそうは見えないんだけどな。こういうのって聞くのが難しいよね」

 

小声で話していたのが、運転席の与作に聞こえたらしい。

「なんだ、ぶつぶつと。さては、俺様ばかりケーキを食べたから羨ましいんだな。ふん。たまにはこういう役得がねえとやってられねえんだよ」

「提督に喜んでいただけてよかったです・・・・・・」

感無量といった感じのフレッチャーが、満足げに微笑むのを見て、二人は理解する。

勝ち負けとか関係ない。提督に喜んで欲しい。

フレッチャーの今回の勝負に賭ける気持ちは、ただ、それだけなのだと。

 

「まあ、散々通った俺様からすれば、後もう少しで完璧だったな」

「それは残念です。改善点を教えていただけたら直します」

「口で言うのは難しいんだよなあ。おう、そうだ。今度の休みにお前の言っていた、例の店の味を受け継いでいるってとこに行くことにしよう。俺様がれくちゃあしてやるぜ」

「本当ですか? 嬉しいです、提督!!」

 

ギラギラと眩い光を放つフレッチャーの姿に口をぱくぱくとさせるジョンストン。

その肩をポンと叩いたアトランタは口元に指を当ててつぶやいた。

「何も言わないのがベスト。野暮になりたくなければ」

 

                  ⚓

「んもう! どうしてしっかりはっきりヨサクが好きって言わないのさ~!」

ぷりぷりと怒るサミュエル・B・ロバーツに対し、通信機の前に座ったサラトガはほうと満足そうなため息をつき、暗くなった画面を見つめていた。

 

「ヨサクはサラのサンドウィッチが食べたいと言ってくれましたよ? 一緒にキッチンに立つのは大歓迎だって」

「あれってそういう意味で言ってたのかなあ。私にはそうは見えなかったんだけど」

思いの丈を込めた場面を見られ、さすがにサラトガは頬を膨らませる。

「んもう! 二人きりにして欲しいと言っていたのに。さては、途中で消しゴムを投げたの、サムですね? 酷いです・・・・・・」

「檄を飛ばしたんだよ。消しゴムにちゃんとメッセージを書いといたでしょ?」

「メッセージ?」

サラトガが近くにあった消しゴムを拾いあげると、そこには『GO!!!』とだけ書かれていた。

「ふふっ。そうですね。行きたいです、彼の鎮守府に。ジョンストンやフレッチャー、アトランタの表情、サムも見ましたか? あんなに生き生きしていて、とても楽しそう。きっとヨサクが素晴らしい提督だからでしょうね」

「そこまで言うなら何で!」

「フレッチャーに負けたな、と思ったのです・・・・・・」

 

サラトガは語る。与作が引き分けと言ったので、彼女自身も引き分けだということにしたが、より喜んでいたのはフレッチャーの出したケーキなのだと。

「ヨサクが何をあげたら喜ぶのか、そうフレッチャーは考えていました。ヨサク以外の人なら値段や話題でサラのケーキの勝ちとしたと思います」

「そりゃ、フレッチャーはヨサクといつも一緒にいるんだもん! 好みだって分かるし、ハンデがあるじゃん!」

「いいえ、サム。聞こうと思えば聞けたのです。アトランタに聞いてもらうこともできたでしょう。少しでも良いものを、と思っていたのに相手を思いやるその気持ちが抜けていました。だ、だからサラ、考えました」

「何を?」

「ヨサクと少しでも近づけるように、色々と交流したいな、と。そして、交流を深めて、彼の事をもっと知れたらと」

ぼっと顔を赤らめるサラトガに対し、それはいいことだと太鼓判を押すサミュエル・B・ロバーツ。

「それで、交流ってどうするの? 来日しちゃう?」

「いきなりそれは無理です! ま、まずは文通からかな、と・・・・・・」

「今どき文通!? 顔も合わせて話しているのに? せめて定期的に通信するとか言ってよ!」

「ええええ。そ、そんな。ハードルが高すぎます!」

 

頬を抑えながら、顔をゆでだこのように赤くする空母に対し、駆逐艦はやれやれと首を振った。

「どうも、シスターサラはヨサクが絡むと、ダメダメになるよね。仕方ない。乗りかかった船だし、また私が一肌脱ぐよ!」

「ちょ、ちょっとサム? 貴方が色々しようとすると話が大げさになるから・・・・・・」

 

サラトガの止めるのも聞かずに鉄砲玉のように部屋を飛び出して行ったサミュエル・B・ロバーツ。

 

数か月後、サラトガを日本に送るか否かで米国の世論が二分し、海軍本部長ダン・ウィルソンの頭を悩ませることとなるのはまた別の話……。

 




登場人物紹介

織田提督・・・・・・フレッチャーからの報告に満足げに頷く。その日からバレンタインデー当日までキラは剥がれず。
サウスダコタ・・・・賭けで儲けていい酒を飲もうと思っていたのに、賭け自体が流れ、ホーネットに説教を受けるなど踏んだり蹴ったり。
フレッチャー・・・・提督と行く喫茶店デートに着ていく服を今からジョンストンに相談中。
サミュエル・B ・ロバーツ・・・シスターサラを応援する会を勝手に立ち上げ、会長に就任。
サラトガ・・・・・・フレッチャーに頼み、与作の好きなホットケーキの作り方を聞き、絶賛練習中。後日キッチンがホットケーキだらけになる。
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