鬼畜提督与作   作:コングK

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バレンタイン編ラスト。雪風、神鷹、矢矧、夕立、後もんぷちのエピソードです。それぞれのエピソードはこれまであまり出てきてない艦娘を若干長くしているかなと思います。

ブラックコーヒーが手放せなくなりました。



番外編Ⅵ  「とある鎮守府のバレンタイン模様」

①普通の鎮守府のバレンタイン

 

「はい、提督さん。夕立からのチョコっぽい!」

夕立からのチョコをもらい、にんまりとするパラオ泊地の新藤提督。白露型大好きな彼にとって、養成学校時代からの付き合いである夕立からのチョコは何よりの贈り物だった。

でへへと頬を緩ませる提督の様子に側を通りかかった白露が、ぶうと唇を突き出す。

「あれ!? 提督! さっきは白露のチョコが一番と言ってたじゃない! 夕立のとどっちが一番なの?」

「なあ!? そ、そんな究極の選択を迫られてもな。みんな違ってみんないいだろ!」

「そんないかにもいいこと言ったって感じで言われても、白露は誤魔化されないよ!」

「ちょっと、白露。いい加減にするっぽい。提督さんと夕立は、養成学校時代からの付き合いだから、ぽっと出の白露は夕立と同じと言われただけでよしとするっぽいよ」

「なあんですって!? あんた、なだめているようでいて、あたしに喧嘩を売ってんの?」

「おい、止めろ。お前ら!」

新藤提督は口では止めろというものの、その顔は緩みっぱなしで、内心白露型に奪い合いをされる自分に酔っていることが明白だった。

「ちょっと二人とも! ここは由良の顔に免じて落ち着いて。ね?」

軽巡由良が止めに入るが、二人はがるるるといがみ合うばかりだ。

祥鳳がため息をつきながら、霧島に助けを求める。

「あの、霧島さん。見ていないで助けてください!」

「一旦喧嘩すれば大人しく収まるでしょ?」

パラオ泊地随一の脳筋霧島はそっけなくそう答えた。

 

②オタク提督の鎮守府

 

バレンタイン。それは佐渡島鎮守府に所属する瑞鶴にとって、勝負の日。

一年前、養成学校時代にチョコを渡そうとするも、

「ああ、その日はオンラインコンサートがあるので忙しい」

と断られた記憶が懐かしい。

今にして思えば、あれは先日言っていたマエストラーレシスターズのコンサートではなかろうか。今年は諸々の理由で、バレンタインコンサートは延期となり、ツアーが3月になるとの情報は入手している。自分のバレンタインを阻むものはいない筈だ。

「提督、いる?」

柄にもなく執務室の扉をノックする。いつもはそんなことはしたことはないが、今日に限っては大人しくすると決めたのだ。普段の自分と違う様子を見せれば、いくら提督でも気づくだろう。

「ああ、いるぞ」

素っ気ない返事にいつも通りねと苦笑しつつ、瑞鶴は執務室の中に入った。

 

「何してるの? あんた」

瑞鶴の思い人である織田提督は、執務室の机の上に広げた物をしきりに撮影していた。

「見て分からんか、チョコの撮影会だ」

「チョコ?」

見ると、確かに机の上に広げられたそれは可愛くラッピングされたチョコだった。

(え!? だ、誰が提督にチョコを? 昨日訊いた時にはみんなあたしの後に渡すって言ってたじゃない。どこのどいつよ、淑女協定を破ったのは!)

 

前日の緊急招集を思い出す。酷く遠回しに、提督にチョコを誰が渡すのかを探る瑞鶴に、ため息交じりに応えたのが摩耶だった。

「みんな、瑞鶴の姉貴の後に渡すことにするよ。だから、渡したら逆に教えてくれ」

「それはいいアイデアね! じゃあそうしましょう!」

「全く、とんだ茶ば・・・・って痛え!」

とんだ茶番だと言いかけた天龍を龍田が肘で突いた。せっかく丸く収まりそうなのだ。余計なことを言って、それを覆らせることはあるまい。

「それじゃ、みんな。悪いけど、それでよろしくね!」

るんるん気分でいた瑞鶴は、意外な伏兵がいることに気が付かなかった。

 

「だ、誰からのチョコよ!!」

「聞いて驚くなよ! 江ノ島のフレッチャーさんからだ」

「なんですってえええええええ!!!」

日本海に響き渡るような叫び声が鎮守府中にこだまする。自らの提督がそこそこイケているというのは知っているが、まさか他の鎮守府の艦娘からのチョコとは。おまけに江ノ島鎮守府のフレッチャーと言えば、つい先日のKankanで、『お嫁さんにぴったりな駆逐艦部門』で、堂々の一位をとった存在。さらに言えば、提督の好みともろに合致する。

 

「じょ、冗談でしょ!? 噓でしょ!?」

べそをかく瑞鶴に、織田は目の前のチョコが見えないのかと指差してみせる。

「ふん。これが幻であるものか。正真正銘の本物だ!!」

勝ち誇ったように笑う織田の傍で、瑞鶴はどんよりした空気を醸し出す。

口からはエクトプラズマが出そうだ。

「ふう。撮っても撮っても飽きないな。珠玉の宝石のような輝きだ。だが、気を付けないと溶けてしまう」

丁寧に梱包し直したチョコを、織田は執務室備え付けの冷蔵庫に入れ、『開けたら一か月休みなし。中の物を食べたらこの世の地獄を見せる』と書いたメモを貼り付けた。

 

「それで、俺に何の用だ? 今日は気分がいい。お前の話も聞いてはやれるぞ」

「あ、あの。お、おめでとう・・・・・。よかったわね、フレッチャーからチョコをもらえて」

力なく瑞鶴は提督を見る。決定的な一言は聞きたくない。聞きたくないが、話をしなければ物事は進まない。

「ほお。お前もフレッチャーさんの良さが分かってきたか。これも鬼頭氏のお蔭だな」

「鬼頭提督!?」

そうだ。鬼頭提督だ。あの鬼頭提督がしっかりとフレッチャーを捕まえておかないから自分がこんなに悩んでいるのだ。色々と気を遣ってもらい、いい人かもと思っていたのに。

「そうかしら。フレッチャーの気持ちに気づかない鈍ちんでしょ。だから、こんなことになるのよ。全く鬼頭提督がもうちょっとしっかりしてくれていたら!」

自分でも八つ当たりと分かっているが、瑞鶴は止まらない。そんな彼女を、織田は静かにたしなめる。

「鬼頭氏がフレッチャーさんの気持ちに応えていないのは確かだが、言い過ぎだぞ」

「え!? 鬼頭提督がフレッチャーの気持ちに? ど、どういうことよ」

何が何やら分からず混乱する瑞鶴に、織田は説明する。

このチョコは、鬼頭提督の好みについてフレッチャーに教えた時のお礼であり、かの鎮守府で開催されるバレンタインフェスタで配られるものだと。

「バレンタインフェスタ? 江ノ島じゃそんなことやるのね!」

「ああ」

機嫌が直った瑞鶴とは対照的に、今度は織田がどんよりと落ち込んだ顔を見せた。

「俺としたことが、その情報に気づいたのが、フレッチャーさんからの手紙からでな。『鎮守府でバレンタインフェスタをやりますので、そのおすそ分けです』と書かれていたものだから、慌てて検索したら、皆に知らないのかと総ツッコミを受ける有様だ。急いで江ノ島近辺の宿を抑えようとしたが、鎌倉、横浜方面まで満室という悲惨な状況だった」

「そ、そんなに? どうして?」

「どうして? お前は馬鹿か!」

 

あり得ないとばかりに織田は熱弁をふるう。

奇跡の駆逐艦雪風、イタリア生まれの小悪魔駆逐艦グレカーレ、聖母フレッチャー、米国での事件で一躍有名になったジョンストン、おしゃまな英国駆逐探偵ジャーヴィス。

「そして、何と言っても、あの偉大なる七隻時雨! 俺は密かに江ノ島6(シックス)と呼んでいるくらいだ」

「偉大なる七隻はもう一人、北上さんもいるんだけど。それにアトランタや秋津洲、神鷹だっているでしょうに!」

「神鷹ねえ。確かに神鷹はいいと俺は思うんだ。江ノ島7(セブン)の方が通りがいいし。だが、仲間内では審議対象艦だからなあ。ちなみに大鷹や瑞鳳も同じ対象艦だ」

「そんな話はどうでもいいわよ。あんた、その特定の艦以外を意図的に無視するのをいい加減に止めなさいよ!」

「無視とは失礼だな。相手にしないだけだぞ」

「同じことでしょ、全く!!」

そう言いながらも、瑞鶴はホッとする。よもや、義理チョコでここまで喜んでいたとは。よくよく考えれば、フレッチャーが自らの提督を好きになるほど交流がありはしない。早合点で散々悪態をついた江ノ島の鬼頭提督に内心謝りつつ、瑞鶴はポケットの内側からチョコを取り出した。

 

「これ、あたしから。江ノ島の子たちの代わりって訳じゃないけど。もらったら嬉しいでしょ」

どうせ、お礼の一つも言わないんだろうな。そう思っていた瑞鶴に奇跡が起きる。

「ああ。ありがとう。ちょうどチョコが食べたかったところだ」

「え・・・・・・」

絶句する瑞鶴。ありがとう? ありがとうと言ったのか己の提督は! これまで礼を言われたことなど全くないと言うのに。これがバレンタインの奇跡と言う奴なのか。大晦日にゴトシープランドに行ってから、大きな流れが来ているのかもしれない。

 

「何よ、突然。そんなにチョコが好きなら毎年作ってあげてもいいわよ?」

照れながらも、自分なりに会心の台詞を言えたと内心ドヤ顔の瑞鶴を待っていたのは、提督からの素っ気ない一言。

「いや、そんなに好きではないんだが、撮影をしていたら食べたくなってしまってな。かと言って、お宝チョコを食べる訳にもいかず困っていたんだ。ちょうどよかった」

「は、はあああああ!? 何それ。あたしのチョコがフレッチャーの義理チョコの代わりってこと? ふざけんじゃないわよ!」

「バカ! ふざけているのはお前だ!! どう考えてもお前のチョコの方が下だろうが!!」

提督の決定的な一言に瑞鶴がブチ切れる。正月から今日まで我慢してきたが、そろそろ航空隊のみんなもストレスを発散したいだろう。

「全機爆装、準備出来次第発艦! 目標母港執務室のろくでなし! 節分でぶつけそびれた豆の分までやっちゃって!!」

                      

③おやぢ提督のバレンタイン

 

バレンタイン前日。横須賀鎮守府にある第十艦隊の宿舎では、二人の艦娘が翌日のバレンタインに向けて準備をしていた。

 

「ねえ、阿賀野姉。やっぱりこの図面通りのチョコは不安なんだけど」

 

阿賀野型軽巡3番艦の矢矧にとって初めてのチョコ作りだ。誰に作るのかとうるさく詮索されるのが苦手な彼女にとって、長女の阿賀野に教えを乞うたのは自然の流れだったが、今思えば人選ミスだったかも知れない。

「あら、矢矧。チョコレートを作るのね! 阿賀野がとびっきりの最新鋭チョコを考えてあげる!」

そう上機嫌に請け負った阿賀野が考えついたチョコは、確かに常人では考えつかぬものだろう。

 

「大丈夫だって、矢矧。阿賀野のおにぎりチョコをもらったら、愛しのあの人もメロメロ間違いなしよ!」

 

自信満々に答える長女の姿に不安しかない。ホワイトチョコレートをお米、ブラックチョコレートを海苔とし、おにぎりの形にするという奇想天外なチョコは、中に梅干しに模したストロベリーを入れてあるという意欲作で、食べてみると案外悪くないものの、形に関して矢矧はどうしても気になって仕方がなかった。

 

「そもそもどうしておにぎりの形にするの? 普通に作ればきっと美味しいのに」

「甘い甘い! 矢矧は甘すぎるわ!! 鬼頭提督はkanKanで特集記事が組まれてて、今一番配属されたい鎮守府NO1になった江ノ島の提督さんよ! 全国からファンが押し寄せるに決まってるわ! そんな中で目立つには個性を出していかなきゃダメよ!」

「個性は分かるけど、おにぎりの形にしなくていいじゃない・・・・・・」

「日本人に馴染みのあるお米。そのお米を使ったおにぎりは魂のふるさとよ。きっと鬼頭提督も喜ぶに違いないわ!」

「そうかしら。オーソドックスなもので私はいいんだけど・・・・・・」

「矢矧はいい女になりたいんでしょ!」

「ぐっ・・・・・・。そ、それは確かにそう言ったけど」

恥ずかしそうにうつむく矢矧の肩をばしばしと阿賀野は叩く。

「だったら、今までの自分の殻を破らないとダメよ! 普通にやっていたんじゃ他の鎮守府の子に負けちゃうわよ!!」

 

「勝ち負けの問題なのかしら・・・・・・。何か、大事な物を失いそうな気がするわ」

大丈夫と胸を張る阿賀野に、矢矧はより一層不安を募らせた。

 

                   ⚓

バレンタイン当日の朝。浮かぬ顔の与作が正門に姿を見せると、昨日まで無かった柵や誘導板がきっちりと用意され、まるで売れっ子アイドルの握手会さながらにレーンで仕切られている有様だった。

「なんだあ、こいつは。誰がやったんだ」

「何じゃお前さん、聞いてないのか? なんでもバレンタインデーフェスタの情報が解禁されてから海軍省への問い合わせが相次いでな。江ノ島や藤沢、鎌倉辺りにまで人が押し寄せているという話じゃ。昨夜、大本営から長門さんが来て万全の準備をせねばとやっておったぞ」

「ちょい待ち!? なんで俺様がその話を聞いてねえんだ!」

「多分昨日のうちに言うと、与作がやるのを止めたとか言いそうだからじゃないかな」

 

元ペア艦がひょっこりと顔を見せる。

 

「ふん。残念ながらお前の言う通りだな。こんな面倒くせえイベント。さっさと終わらせたいぜ。大体ジジイよ。本当にうち目当てで来るのか? 誰かのライブとかじゃねえのかよ」

「バカ言え。お前さんには言っておらんかったが、情報解禁日の15分後にはもう徹夜組が並んでおったぞ。片瀬江ノ島駅のタクシーの運ちゃんなどひっきりなしに客が来ると文句を言っておったくらいじゃ」

「その割には並んでいる人間がいねえぞ」

「わしの方で番号札を配布したからな。時間になったら並ぶようきつく言い聞かせておる。もし、その前に並んだら番号札は没収という約束じゃ」

いつもの駆逐艦への駄々甘ぶりとは異なり、一転して有能さを見せる憲兵にさすがの与作もうなるしかない。

「そいつは名案だな。これだけきっちりやっていれば早々混乱することもねえだろう。ひっひっひっひ。後はお前達が苦しむだけだな」

与作が人の悪い笑みを浮かべながら時雨を見る。

「僕たちが苦しむ? どういうことだい?」

「そりゃあ、お前。アイドルの握手会よろしくレーンごとに客が並ぶんだろ? どいつが人気がないかすぐ分かるじゃねえか。精々普段と違って愛想を振りまいておけよ。俺様は高見の見物と行くからなあ」

「え!? 与作聞いてないの? 与作もレーンに並ぶんだよ」

「はああ? 何で俺様が並ぶんだよ。意味が分からねえぞ!!」

「色々な鎮守府の艦娘から直接チョコを渡したいと話が来てるんだってさ。よかったね、人気者で」

「なん・・・・だと?」

途端にテンションが上がるおやぢ提督。

ばしばしと時雨の背中を叩きながら、それを早く言えと上機嫌になる。

「おいおいおい! こいつはいい流れが来ているじゃねえか!! これはめぼしい艦娘がいたらヘッドハンティングするしかねえな。ひゅう! 明日が楽しみだぜええ!!」

浮かれる与作は、時雨がクスリと微笑んだことに気が付かなかった。

 

                      ⚓

いつの間にやら現れた警備のスタッフが、同じくイナゴの群れのように集まった連中を上手にさばいてやがる。すげえな、あいつら。コミケのスタッフと同じぐらいの練度じゃねえか。さばき方がそつがねえ。プロだな。

「番号札が無い方はお帰りください! すでに番号札は配り終わっています。会場の近くにたむろせぬようにお願いします!」

誘導係が声を枯らしてさけんでいるが、よくまあうちみたいな弱小鎮守府のしょぼい祭りに来る気になるな。いるのはがきんちょばっかり。楽しくもなんともないじゃねえか。

 

「提督、緊張するかも!」

俺様の横でぐっと伸びをする秋津洲。そりゃそうだなあ。こんだけの人が来るなんて驚きだも

な。ざっと見た感じじゃ300人以上はいるんじゃないか。

「それにして面倒くさいね、提督。これ、まんま人気投票じゃん」

北上が渋い顔をする。渡すチョコは共通のため、来る人間が選べるのは誰に渡してもらいたいかだ。露骨に差が出るに違いない。こいつは見ものだぜ。誰がどべになるかだな。

「本命がフレッチャー。次がジョンストンやジャーヴィスといった海外艦が人気ってとこじゃない?」

「え? あたしは?」

北上の予想にグレカーレが疑問を呈す。

「ああ、そういやあんたもいたか。いるのが長い古参だから、全くそんな気がしなかったよ」

良いこと言うな、北上。俺様もその意見に全くの同感だ。

「あ、あの。北上さん。私も、一応、その。生まれはドイツなのですが・・・・・・」

おどおどしながらアピールするのは神鷹。そういや、こいつも一応海外生まれだったな。神鷹なんて言っているから、忘れちまうぜ。

「よし、それじゃあ、不人気レーンの奴らは人気レーンの奴らのバックアップに廻れよ!」

「テートク、言い方! 言い方が酷すぎる!!」

「しれえは少しは艦娘の気持ちを勉強した方がいいです!」

「うるせえ奴らだな。ま、せいぜい頑張れ。俺様は精々心の洗濯を楽しむとするぜ」

 

いつもがきんちょばっかりに囲まれている可哀想な俺様だ。

たまにはこうした役得があってもいいだろう。

 

どかりとパイプ椅子に腰かけ、憲兵の爺に合図を出すと、

「それでは、第一回江ノ島鎮守府バレンタインフェスタ開催です!」

大淀の声でアナウンスが流れる。

どうでもいいことだが、第一回ってなんだ。第一回って。二回目以降やるつもりはねえぞ。

 

そんなこんなでるんるん気分の俺様は、チョコお渡しの艦娘レーンをにやにやしながら眺めていたが、やっぱり一番人気はフレッチャーだ。すごいな、あいつ。コミケの大手みたいな列になってるぞ。次いでジョンストン、ジャーヴィス。ここまでは北上の予想通りだが、意外だったのが、どこもそこそこに混んでいるってことだ。ん!? ちょい待て。北上のレーンだけおかしくねえか。何かOLばっかり並んでいるぞ。しかもどいつもこいつも後ろをきょろきょろしやがって。って、あの一番最後尾にいるのは大井か? どうもあいつが指示を出しているみてえだが、よく分からねえな。

 

ぼんやりと周囲の様子を眺めていた俺様に突然声を掛けてきた奴があった。

「あ、あのさ。これ、受け取ってよ」

綾波型駆逐艦の敷波と名乗ったがきんちょは恥ずかしそうに俺様にカステラの箱を渡す。

「佐世保から来たから、チョコカステラ。多分美味しいと思う」

随分とぶっきらぼうな野郎だな。ありがとよ。うまいじゃねえか、これ。残りは後で美味しくいただくからな。

「あ、あの。握手を・・・・・・」

がちがちになりながら手を差し出してくる奴に、さしもの俺様も厳しいことは言えねえ。

しっかり握ってやると、キラキラしながら帰って行きやがった。

「ふう。しょっぱなが駆逐艦とはな。まあ、だが段々とステップアップしていきゃいいだけだ」

 

気を取り直し次から次へと来る艦娘達を相手にする。

「あの! あげる! あとで、食べて・・・ね?」

「ああ、ありがとよ」

「鬼頭提督。お会いできて光栄です!! こちらのチョコレートをどうぞお受け取りください!」

「ありがとよ」

「特製の栗と抹茶を使った和風チョコレートです。自信作なので、どうぞ召し上がってください」

「おう」  

「長波姉さまと作りました。食べて欲しいかもです・・・・・」

「・・・・・・・だあああああ!!」

「ふえ!? どうしました? 何かあったかもですか?」

「かもかもかもかも言いやがって、秋津洲マークⅡか、お前は!!

「ひゃわっ! 高波は秋津洲さんマークⅡじゃありませんかもです!」

 

だから、その語尾がまぎらわしいんだよお、このかも野郎。どう考えてもおかしいじゃねえか。

5連続駆逐艦ばっかり並ぶなんてあり得ねえぞ! 一体全体どうなってやがるんだ。

 

「え!? あの、大本営から来た通達に、チョコを渡しに行く代表は駆逐艦か軽巡に限ると書いてあったかもです。高波たちの鎮守府では、駆逐艦に譲ってあげようという話になり、高波が当たりくじを引きました!」

なんだと? なんだ、そのくそ設定は!!

とりあえず、礼にとメモに適当に書いた俺様のサインを渡してやると、高波はわあと歓声を上げて去っていた。

「一体どいつがそんなくそみたいなことを考えやがったんだ!!」

怒り心頭の俺様の方を、じっと見つめる奴あり。

おい。くそペア艦。目をそらしても無駄だぞ。てめえ、やりやがったな。覚えてやがれよ。

これが終わったらお前の三つ編み引っこ抜いてショートカットにしてやる!

「あ、あの・・・・・・」

怒り心頭の俺様に声を掛けてきたのは、見知った顔。横須賀鎮守府の第十艦隊所属の矢矧だ。

「おお。矢矧じゃねえか。久しぶりだな。どうした? なんか用か?」

「こ、これを」

矢矧が渡してきたのは、竹の皮に包まれたおにぎりだ。なんだ、おい。前みたいに差し入れってことか? 甘いのばかりだったからな。こいつはありがてえ。さっそくいただこうじゃねえか。

 

「えっ!? こ、ここで?」

「何言ってんだ、お前・・・・・・。って甘ええええ!?」

手渡されたおにぎり。ごつごつしていて妙だなとは思ったが、まさかチョコだったとはな!

 

「や、やっぱり! だから言ったのに、阿賀野姉ったら!! ご、ごめんなさい・・・・・・」

ぺこぺこと頭を下げる矢矧にきょとんとする俺様。

「阿賀野がどうしたか知らねえが、俺様は別に怒っちゃいねえぞ。むしろこういうのはありだ」

「ほ、本当ですか! よ、よかった・・・・・・」

ほっと溜息をつく矢矧。ははあ。阿賀野の差し金だな。あいつあれで面白い性格をしてやがるからな。俺様をびっくりさせようと思ったに違いない。

「阿賀野の奴にも礼を言っておいてくれ。楽しませてもらったぜってな。にしても、お前も律儀な奴だな。わざわざ」

「本当はいい女になったという自信がつくまではお会いするつもりは無かったのですが、来てしまいました」

そういや、こいつ。いい女になりたいとか言ってたな。理由はよく分からんが。だが、まあ。

「ユーモアがあるのはいい女の条件だからな。いい女度は上がったんじゃねえか?」

「!!!」

俺様の一言に、矢矧はぷるぷると体を震わせる。なんだ、どうした、おい。トイレなら鎮守府のを使っていいぞ。え? 違う?

「すいません、お時間です。次の方が待っていますので」

剥がし係のスタッフが列から外そうと、矢矧の手を引くが、具合が悪いのかされるがままだ。

なんだ、どうしたんだ。あいつ。あれ。あそこにいるのは阿賀野じゃねえか。矢矧の頭を撫でたかと思ったらお互いに抱き合ってるぞ。何だ、ありゃ。さっぱり意味が分からねえ。

 

                    ⚓

「お疲れ、神鷹! 大丈夫かも?」

「は、はい。なんとか・・・・・・」

そう言いつつも、疲れを見せる神鷹に、秋津洲は持っていたペットボトルを渡す。

「Danke、ありがとうございます・・・・・・。人がたくさんでびっくりしました・・・・・・」

 

提督と行った初詣で人ごみには慣れたつもりでいたが、一人一人と言葉を交わし、手渡していくというのは大人しい神鷹にとっては中々な重労働だった。

 

「後片付けはやっておくから、神鷹はそろそろ時間でしょ」

「え? ほ、本当だ。気付きませんでした・・・・・・」

時計を見て、神鷹は慌てる。その様子を見た秋津洲は、ウインクしてみせた。

「それじゃあ、頑張るかも! お互いにね!!」

 

(私としたことが、危ないところでした・・・・・・)

自室に戻り、ラッピングされたチョコを確認すると、神鷹は執務室に急ぎながら、昨日のことを思い出す。

 

「ごめん、抜け駆けした!」

みんなの前で申し訳なさそうに謝るグレカーレ。

「すいません。私もです。二日前に提督に差し上げてしまいました・・・・・・」

ずるをしたとしょげ返るフレッチャー。

素直に頭を下げる二人に、皆はまあ仕方がないと頷いたが、そこでグレカーレが驚愕の提案をしたのだ。バレンタインデーは二人きりでチョコを渡したいのは皆同じ。だったら、一時間ずつ提督といられる時間を作ってはどうかと。

「その時にはヨサクを独り占めってこと? いいわね、それ」

「Good idea!! ダーリンと好きなだけお喋りできるなんて素敵!!」

賛成多数で可決され、決定したバレンタインデータイム。

順番はくじで決められ、神鷹はイベントが終わった直後という忙しい時間が当たっていた。

 

「おい、大淀。もう金輪際、こんなクソイベントやらねえからな。なぜ!? 当たり前だろうが、来るのはがきんちょどもばっかり。あげくに後半の方はよく分からねえオッサンどもがずらりと並んで握手会だぞ? あんなの俺様は聞いてねえ。高評価の書き込みがものすごい? 俺様を褒めている? 知るか、ボケ。おっさんどもに褒められても何も嬉しくないんだよ!」

 

執務室の中から聞こえてくる提督の怒鳴り声に、神鷹は一瞬身を固くするが、大丈夫と自分に言い聞かせると、扉を開き、声を掛ける。

「ん!? 神鷹じゃねえか。どうした」

「提督、あのショコラ―デを・・・。も、もしよかったら・・・・・・」

「おお。律儀だなお前も。ありがとよ」

与作がばりばりと包装紙を破ると、中から出てきたのは鳥の形をしたチョコレート。

「なんだあ、こいつは何の鳥だ?」

「ええと、それはた・・・・」

鷹です、と言おうとして神鷹ははっと気づく。鷹を食べてください、というのは私を襲ってくださいと言っているようなものではないだろうか。提督はそんなことをする人ではないが、淑女たれという鳳翔さんとの誓いを破ってしまう。

「た?」

「た、多々良沼に来る、は、白鳥です・・・・・・」

「これが白鳥? おいおい。お前。どう見ても足は短いし、他の鳥にしか見えねえぞ!」

「ご、ごめんなさい・・・・・・」

嘘をついたことについて謝る神鷹だが、与作は不器用な自分を恥じていると思ったらしい。

「ふん。まあ、初めてにしては上出来じゃねえか。おまけに多々良沼の白鳥だと? 思い出したくもねえことばかりだ。よく、あそこにパンを撒きに来るおっさんがいてな。手伝うふりしてパンを食ったもんだ」

「え? そ、そうなんですか。確かにあそこはきれいな所ですね」

「そうそう。多々良沼と言えば、面白いことがあってな・・・・・・」

 

思いもかけずついた嘘がきっかけで提督との話が弾んだ神鷹は、上機嫌で執務室を後にした。

 

                    ⚓

時刻は八時。一時間ずつ行われたバレンタインデータイムの最後の一人は、一番最後にくじを引いた雪風だった。

自分の前の番だったのはジャーヴィス。その彼女と廊下ですれ違うと、雪風に向かって無言でサムズアップし去っていった。

 

「しれえ、入りますよ!」

雪風が意を決して中に入ると、与作は仏頂面をしながら、もんぷちを指でつまみ、逆さづりにしていた。

『やめてください、提督! 妖精虐待です!!』

「あほか、お前は!! もらったチョコを摘まみぐいし、あまつさえその食いかけを俺様によこすなどという舐めたことをしやがって、何が虐待だ! これは罰だ、罰!!」

『さすがに皆さんのは怖くて食べていませんよ! 全国の皆さんから提督に送られてきた奴を食べただけです!!』

「どの口が言いやがる! いつ俺様がお前を毒見役にしたんだあ? おまけにてめえ。その残り物を俺様に渡す時になんて言いやがった!」

『え!? 『はい、提督。私の気持ちです』と。 バレンタインってそういう風に渡すと聞いていますよ!』

「それはきちんと自分で買ったやつを渡す場合だ! てめえみてえに他人の、しかも残り物を渡すときに言う台詞じゃねえ!!」

『て、提督痛いです!!』

器用に指でもんぷちの頭をぐりぐりする与作の様子に、雪風は昔を思い出し、ぷっと吹き出した。

「しれえ、ぐりぐりは痛いんで、止めてあげてください」

『た、助かりました、雪風さん!!』

這う這うの体で、出て行くもんぷちを見ながら、雪風は微笑んだ。

「懐かしいですね、しれえ。この鎮守府にしれえが着任してすぐのこと、思い出します」

「ああ、あの時か! 虎の子の資材を使って出てきたのがお前だったからなあ。酷く落ち込んだもんだ」

「艦娘は見た目と年齢が違うんですよ、しれえ!」

「お前、それ。もう百回くらい聞いてるぞ。」

「それだけしれえと過ごしてきたってことです。どうです? 雪風、少しは大人っぽくなりました?」

くるりとその場で一回転して見せる雪風。

「そうだなあ、小学生が中学生くらいにはなったかもな。よかったじゃねえか。成長してるぞ」

「むうっ。その言い方はバカにしていますね!」

「掃除も満足にしなかった時から比べりゃ大進歩だな。料理もやるようになってきたしな」

与作は言いながら、側に置かれたマッサージチェアに座る。以前雪風が座って以来動かなくなった代物はそのまま執務室の置物と化していた。

「全く、どっかの馬鹿が使ってから一向に動かねえ。粗大ごみに出すんでも金がかかるしなあ」

「雪風が座ってみましょうか?」

「それは以前試してみたじゃねえか。結局ダメだっただろうが」

「これは試してません・・・・・・」

 

自然に、ごく自然に雪風は与作の膝の上にちょこんと座る。

 

「はあ!? お前、甘えが過ぎるぞ!」

「いいじゃないですか、しれえ。がきんちょ、なんでしょ?」

「こいつ!! 段々と生意気になりやがって。最初の方の素直さを・・・・・・って、最初からお前、俺様の話をてんで聞いてなかったな」

昔を思い出し、苦笑する与作。

雪風もつられて笑うと、ボール回しでもするように、ぐいっと手を伸ばし、与作の顔に何かを突き付けた。

「なんだ、こいつは」

「チョコです。しれえにあげます」

「おい、こら。ぐいぐい押し付けるんじゃねえ」

与作が中身を開けると、そこにあったのは錨型のチョコレート。

「ふうん。お前にしてはこじゃれてるじゃねえか」

「え? 今食べるんですか?」

「もらったもんはその場で食べるもんだろ。そうしねえともんぷちみたいな奴に食べられる」

与作の言葉に思わず、雪風が振り返る

「ひょっとして、今日来た人達のも食べてたりしますか?」

「当たり前だろうが。ああ、気にするな。俺様の胃はそんじょそこらの連中とは作りが違う」

 

そうじゃないです、と言いながら、雪風は与作から目を離せない。

「ああ。普通に上手いな、これ。お前も成長したもんだ」

「しれえ!!」

感極まった雪風が与作に抱き着いた瞬間・・・・。

 

ぶいーん。

 

突如マッサージチェアが再起動を果たし、雪風はその振動を受け、床に倒れる。

 

「おっ! お前の言う通りじゃねえか! こいつ、機嫌がよくなりやがった! 捨てなくて正解だったぜ」

倒れた自分の心配もせず、笑顔でマッサージチェアに座る己の提督に、雪風は苦笑した。

 

「全く、しれえは女心が本当に分かっていませんね!」

「がきんちょが女心などとおこがましいぞ!」

「仕方がない。初期艦の務めです。雪風が時間いっぱいまで、その話をしてあげます!」

「お前のその上から目線いつからだあ? 初期艦の務めをさぼりまくってやがっただろうが!」

「あの時はあの時です。仕方がないんですよ、憲兵のお爺さんが・・・・・・」

 

着任当時を思い出した提督と雪風の話は、時間を過ぎても終わらなかった。

 

               

 




登場してないチョコも紹介

雪風・・・・・・錨型チョコレート。効果:精神コマンド奇跡
神鷹・・・・・・白鳥?型チョコレート(自己申告)効果:精神コマンド狙撃
グレカーレ・・・薔薇型チョコレート 効果:精神コマンドド根性
フレッチャー・・ホットケーキ 効果:精神コマンド愛
ジョンストン・・チョコクッキー 効果:精神コマンド勇気
時雨・・・・・・ハート形チョコ 効果:精神コマンド切り札
北上・・・・・・おせんべい 効果:精神コマンド奇襲
アトランタ・・・チョコバーガー 効果:精神コマンド直感
ジャーヴィス・・鹿内帽型チョコ 効果・精神コマンド希望
秋津洲・・・・・大艇ちゃん型チョコ 効果:精神コマンド強襲


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