艦これも新規要素出て欲しいと思う今日この頃。
今一番欲しいのは基地航空隊熟練度を上げるアイテムです。
北上との連絡が途絶えた後ひとしきり暴れた大井は、現れた男たちによって目隠しをされることとなったが、数分経つとそれに猿轡が追加された。次から次へと彼女の口から出てくる罵倒の数々に、監禁する男たちも余程辟易していたのだろう。静かになるとほっとしたのかぺらぺらと色々なことをしゃべり始めた。
「本当に大丈夫なんすか? こんなことして」
「上の方からの命令だからな。もう少ししたら帰すって言ってるしよ」
「元艦娘でしょ? 様子見てろって言われても危なくないですか?」
「そう言うな。女見てるだけで金がもらえるんだからいいじゃねえか」
(誰かから依頼された? それに私の素性を知っている・・・・・・)
大井は冷静に男たちの会話から今の状況を把握しようと努める。
元艦娘の中でも成功した部類に入る彼女は多くの媒体に露出し、美人女社長と呼ばれている。
敵も多く、こうした事態も起こるだろうことは織り込み済みだ。
だが、話を聞く限りではどうも二人が自分を攫った実行犯には思えない。自らを攫う際の手並みの良さもさることながら、自分を北上と話をさせたことから二人の関係をよく知っている者の犯行に違いない。だが、そもそも北上の存在は大井以外では古参の秘書しか知らず、彼女が裏切ることは考えにくい。誰か裏で糸を引いていると見るのが正しいだろう。
(こいつらは精々が見張り役。とすると、割と大掛かりな組織ってことなのかしら)
訝しむ大井の耳に、新たに違う人間の声が追加された。
「おい、上からの指示だ。もう少しそいつを預かってろとさ」
扉が開き、中に入ってきた人物は、二人より立場が上らしい。
「さっき帰すって電話あったばかりじゃないですか」
「知らんよ。事情があるんだろ」
(どういうこと? 事情が変わったって。まさか、北上様の身に何か?)
常に冷静沈着。業界ではクールビューティーと評判の大井だが、その彼女が態度を豹変させるキーワードが北上だ。この時も北上の身に何かあったかもと考えるや、それまでの様子見の態度から一変し、じたばたと激しく身をよじり始めた。
「ちょっ、なんだ、こいつ!」
「また暴れ始めやがったか!」
(くっ! 固い。何なのよ、これ!)
自らの両手を縛る物が中々外れぬことに苛立った大井は、大きく体を揺さぶりとにかくめったやたらと室内を這いまわる。
「このっ!」
「よせ、危ない。一旦出るぞ。そいつが落ち着くまで外にいよう」
リーダーらしき男の一言で、無情にも扉が閉まる。
(そっちがそうくるなら、こっちだって!)
スーツがどうなろうと、自分の身体が傷つこうと知ったことではない。とにかく、あの男達を問い詰めて、北上が無事かどうか確認しなくては。大井は壁に顔をこすりつけると、荒々しく上下に振った。わずかにできた隙間から、室内の状況が把握できる。先ほどいた場所と変わっていない。様々な資材が置いてある倉庫のようだ。
(鎖? 私これでもか弱い女性なんですけど)
自らの両手を縛っていた物がロープ等の類ではなく、鎖であったことに大井は渋い顔をする。元艦娘と言ってもそこは微妙な女心だ。
(何か固いものは・・・・・。あった!)
加工して使うためのものか。大きな石の塊を見付け、大井はその石に向かって両手を振り下ろす。固く締められた鎖はびくともしない。
(ちょっと! 石の方が削れるだけじゃない!! でも!!)
諦めずに繰り返し手を石に打ち付ける。飛び散った石で、顔のあちこちに擦り傷ができるが今はそれを気にしてはいられない。
(早く、早く、とれなさいよ、この!!)
ムキになった大井が両手を思い切り振りかぶったときだった。
「そこで止めとこう」
部屋の中に入って来た者がいた。
(え・・・・・・。あんた、いや貴方は?)
その人物を見て、大井はその場に立ち竦む。自分達とは明らかに違うプレッシャー。存在そのものの密度が違うとでも言うように輝くその姿。
それはまるで、あの北上のようで。
内心毒を吐くことの多い彼女でも、思わず居住まいを正さずにはいられない迫力が、その艦娘からは漂っていた。
「いや、今も昔も大井は変わらないね。随分と派手にやったもんだ」
倉庫内のあちこちにできた破壊の後に彼女は肩をすくめてみせると、大井の拘束を解いた。
「ひ、響!? で、でも、今の言葉はまさか。き、北上様の・・・・・・」
「ああ」
響はにっこりと微笑みながら、大井の身体をはたく。
暴れまわったためか、あちこちが埃まみれ、泥まみれだ。
「元同僚だよ」
「嘘・・・・・・」
その言葉に大井は絶句する。
北上の元同僚と言えば、彼女達しかあり得ない。地獄すら生温いと呼ばれた鉄底海峡の決戦を生き抜き、人類にひと時の平和をもたらした英雄たち。
「い、偉大なる七隻、響?」
「うん。そんな大層な名前で呼ばれていたね。頼まれてね、助けに来たのさ。それと今の私はヴェールヌイだよ」
ヴェールヌイはこれこれと帽子を指差す。普段かぶっている第六駆逐隊の物とは違う白い帽子は彼女なりのおしゃれであり気が付いて欲しいポイントだ。
だが、大井はそれどころではない。
「そ、そんな。偉大なる七隻が私のために? ま、まさか北上様が?」
これまでの疲れも何のその。一気にテンションが高くなる大井は、まったくそれを聞いていない。
「いや、頼まれたのは北上の所属する鎮守府の提督からだよ」
「え!? あいつが? な、なんで私を」
与作の名前が出た途端に顔を顰める大井に、ヴェールヌイはぷっと吹き出す。そう言えば自分の知っている大井も、よく提督のことをあいつだなんのと陰口を叩いて、北上にたしなめられていたっけ。
あっという間にぶつくさと一ダースばかり与作の文句を言い連ねる大井に、ヴェールヌイは依頼主のフォローの必要性を感じた。
「多分、北上が大切なんじゃないかな」
「ちょっ! 響さん! 多分ってどういうことです!」
聞き捨てならない台詞に相手が偉大なる七隻ということも忘れ、噛みつく大井。
大井らしいなと苦笑しながら、ヴェールヌイは答えた。
「本人に聞いたところで絶対に認めないもの。それと、私はヴェールヌイだよ」
先頭に立つヴェールヌイの指示の元、用心しながら廊下へと出た大井は、見張りらしい男たちが床にうずくまっているのを見、ぎょっとする。
どれもこれもまるで抵抗の後が見られない。
それこそあっという間に行動不能にされたのだろう。
「一体どうやって・・・・・・」
「まあ、私も色々とやってきているからね」
言葉の端々から感じられる重みに、大井はごくりと喉を鳴らす。
ようやく外に出た二人を待っていたのは、数台の車と黒服の外国人達。
「な、何なんです。この人達」
「ああ。昔馴染みに力を借りたんだ。急を要する案件だったからね」
「昔馴染み?」
大井の疑問にヴェールヌイは再度これこれと自分の帽子を指差す。
「ま、まさか・・・・・・。ロシアの?」
「スパシーバ。出してくれるかい。」
恭しく扉を開く屈強な男達にヴェールヌイは礼を言う。
「光栄です」
頭を下げる運転手は心底嬉しそうだ。
ここまで影響力のある人物に気軽に頼む江ノ島鎮守府提督のあり得なさに大井は開いた口が塞がらなかった。
(何なのよ、何者なのよ、あいつ。時雨さん、北上様に続いて、響さんまで!)
心の中でドヤ顔を見せるおやぢを頭の片隅に乱暴に追いやりながら、何とか笑顔を作って大井はヴェールヌイに江ノ島の提督との関係を尋ねた。
「私と鬼頭提督の関係? 大事なお客さんだね」
事も無げにヴェールヌイは答える。自分がボランティアとして働いている南極観測船宗谷を彼がよく見学に来ており、それからの付き合いだと。
「そ、それだけ?」
「うん、それだけだよ」
「それだけで、こんな・・・・・・」
ただの知り合いというレベルの関係なのに、普通はここまでやりはしないだろう。
「もちろん、時雨と北上の提督だからだよ。それに、昔の知り合いに似ていてね」
「昔の知り合い?」
「ああ」
一体それは誰のことを言っているのか。
じっと見つめる大井から逃れるようにヴェールヌイは窓の外に視線を移した。
⚓
頬をなでる風がどこなく暖かく感じる。
神風はこれまでとの感じ方の違いに思わず苦笑した。
あのジョンストンの熱に浮かされたからだろうか。
どう考えてもこれまでの自分では決してとらないような行動だ。
「あんた正気? 囮ってどういうことよ!」
ジョンストンの言葉を思い出す。
酷い言葉を投げかけた自分をも彼女は心配しているらしい。
「そのままの意味よ。あいつを私が引き付けて時間を稼いでいる間に、あんたは島の反対側から出て、この近くの港を目指しなさい。」
「そんなことできる訳ないでしょうが!」
「二人一緒にいるよりもその方が成功率は高いわ。あんたも艦娘ならば何が大事か考えなさい」
今までの神風とは異なる、静かで落ち着いた声だった。
「鎮守府を目指すには時間がかかる。春風達との合流も考えたけど、移動している可能性が高いわ。出会えるか確実でない以上、近くの港から鎮守府に連絡を入れるのが最善ね」
「みすみすあんたが犠牲の羊になろうとしているんじゃないわよね」
すがるように見つめるジョンストンに、神風は穏やかに微笑んで見せた。
「当然。私がいなきゃ演習結果はあんたたちの勝ちになるじゃない」
「何を言ってんのよ!」
「やるか、やらないかでしょ。米国のお嬢さん」
ぽんぽんとジョンストンの頭に手をやり、神風は部屋を後にする。
「私が出たら、裏口から出なさい。流れ弾に当たるんじゃないわよ!」
「神風!」
部屋の入口から出ようとする神風をジョンストンは呼び止めた。
「きちんと戻んなさいよ。あんたにはうんと言いたいことがあるんだから。さっきので済んだと思うんじゃないわよ!!」
「はいはい。耳栓持参でね」
やれやれとため息をつき、神風ははっと己を振り返る。
微笑んだり、苦笑したり。つい先ほどの事なのに、まるで遠い昔のことのようだ。
当たり前のことなのに、他のことは考えないようにしてきた。
弱いから出来損ないで、強くないと立場がないと必死になって努力してきたのだ。
相手を突き刺すためにとにかく尖ろうと、身を削り、心を削ってきた。
それを無駄だったとは思わない。
けれど、他の道があったのではないだろうか。
「おいでなすったわね」
自らを見つけたのか、雨あられと降り注ぐ砲弾に、神風は文句の一つも言いたくなる。
「ったく、容赦がないったら!」
「ハヤク、シレエニアイタインデスヨォ!!」
神風を認識した雪風が苛立ったように攻撃を加えるが、先ほどとは異なり、神風に当たらない。
「ナゼ、ナゼアタラナイ!!」
「見て分からない? 相当耄碌してるわよ、あんた」
からかうように言う神風の姿を、目を凝らして見ていた雪風はハッと気づく。
神風の艤装。そこにあるべきものが存在しない。
いくら大破寸前だと言っても、それが無いのはおかしい。
「シュホウ、ナイ」
「正解」
目前に迫る魚雷を神風はすんでのところで躱す。
「ナンデナンデナンデ!」
雪風が頭を掻きむしる。
「ナンデソコマデスルノ!」
「さあね」
吐き捨てるように言い、神風は距離をとった。
一方。島の反対側から出向したジョンストンは機関が焼き切れるかもというぐらいの速度で近くの港へと急いでいた。演習前に渡された海域図により海鼠島から程近い港は把握ができている。
「一番いいのは哨戒機が見つかることなんだけど」
3機いる無人哨戒機のうち一機は神風が落としてしまった。残りの二機はそれぞれ春風と朝風の戦場にいるのだろう。出会える可能性は無いが、もしかしたらがあり合えるもしれない。
なんとなく、上空を見ながら航行していたジョンストンは一機の彩雲がやってくるのを見、大きく手を振った。
「ちょっと、ちょっと!!こっちこっち!!」
一瞬行き過ぎた彩雲は、焦った声を上げるジョンストンに気付いたらしい。
反転し、近くの小島に着陸する。
『あれ。どこかでお見掛けした気がしますね』
パイロット妖精に挟まれて、どことなく雰囲気の違う妖精が声を掛けてくる。
「天の助けね! あたしは江ノ島鎮守府のジョンストン。大湊警備府に連絡を取りたいの!」
『江ノ島鎮守府? ダメですよ、そんな嘘を言っちゃあ。江ノ島鎮守府の所属ならば、私が誰だか分かっている筈です!!』
ふんすと胸を張る妖精に、怪訝な表情をするジョンストン。どうも、この妖精は江ノ島鎮守府の妖精のようだが、まるで見たことも聞いたこともない。
「え!? だ、だれ?」
『それ見なさい! 江ノ島鎮守府に所属する艦娘さんなら一般常識レベルの話ですよ!』
『ちょっと、女王。ジョンストンさんは今日合流したばかりでしょう? 知る訳ありませんぜ』
『そうそう。しかも、女王は提督から極秘任務とやらを受けていたって散々話してたじゃないすか。初顔合わせなんじゃ?』
『あ、そう言えばそうですね。私は仮名もんぷち。江ノ島鎮守府のしがないマスコットキャラである妖精女王です』
「ツッコミどころが多すぎて困るんだけど、そのあんたがどうしてここにいるの?」
ジョンストンがジト目で見ていることに、全く気付かず、もんぷちは続ける。
『こう見えて、私羅針盤妖精上がりでして。とんでもなく嫌な気配を感じ取ったもんですから。こいつは不味いとやってきたんです』
「あんた、最高よ! ヨサクの鎮守府には神の遣いがいるのね!」
『え!? 見る目がありますね、ジョンストンさん。提督とは大違いです。今から電話しますから、私の素晴らしさについて是非語ってやってください!』
「はあ!?」
ジョンストンはぽかんと口を開ける。電話する? どうやって。ここは海上ではないか。
『北上さんが作らせた妖精電話は高性能ですから。ここからでも余裕でつながるんです。あ、提督。もしもし、私です』
「だ、だったら、あんたの話よりも先にすることがあるでしょ!! あたしに貸しなさいよ、それ!」
呑気に会話しようとするもんぷちから電話を奪いとったジョンストンは消しゴムくらいの大きさの電話に面食らいながらも声を掛ける。
「もしもし、ヨサク!あたしよ!!」
「今度はどいつだ、全く。あたしじゃなくて名乗りやがれ!!」
電話越しに聞こえる声はまさしく、通信機越しに話した人物と同じだ。
「ジョンストンよ、ジョンストン!! 貴方が倒れている間にとんでもないことになってるのよ!!」
「雪風が深海棲艦化だあ? 何考えてんだ、あいつ」
がしがしと頭を掻きむしりながら与作は呟いた。
後は任せると言ったのに、どういう訳だ。
「それぐらいショックだったってことでしょうが! 何としても神風を倒さなきゃってなったのかも」
「だからって、深海棲艦化するかあ? そういう類の話はあるがオカルトの類だろ」
言いつつも、与作は考える。北上は艦娘と深海棲艦は一個の魂の別な側面だと言っていた。
怒りや悲しみといった負の感情が表れ、表面化したのかもしれない。
「ちょい、その時のあのびーばーの様子を教えてくれ」
ジョンストンが、深海化した雪風の強さや様子について説明する。
その強さは圧倒的で、あの神風を凌駕するほどだったと。
「神風を超えるだあ? そんなの普通の連中には無理だぞ。あのちんちくりんがいくら悪くなったからってそんな風になるか」
「しれえに会いたいとずっと言ってたわ。神風が鬼頭提督に会えるわよ、って言ったら反応してた。だから、意識はあるんだと思う」
「他には? 些細なことでもいい」
「あたしがヨサクはそんなことをしても喜ばないわよって言ったら知らないって・・・・・・」
「知らない? おい、ジョンストン。そいつは確かか?」
与作の焦った声に、電話越しのジョンストンの声音が固くなる。
「え、ええ。確かよ」
低い舌打ちと共に、与作はこんこんとこめかみを叩く。
「面倒くさいことになるかもしれねえ。状況は理解した。とりあえずもんぷちに島の方に行けと伝えてくれ」
与作の話をジョンストンが伝えると、もんぷちは腹を立てた。
『はあ!? 正気ですか、提督! 今の話じゃ叩き落とされますよ!』
「状況がわからにゃ手も打てねえ。それにちょっと気になることがあってな。」
「え!? どういうこと?」
「やれることはやっときたいってことよ。ジョンストンは当初の予定通り、港に直行。そこから俺様の携帯に連絡しろ。番号は・・・・・」
「なんでヨサクの携帯なの。大湊じゃないの?」
「はっきり言えば時間稼ぎだよ。もんぷち達がダメだったと俺様が判断したらすぐさまここの連中に伝える」
「ちょっと、ヨサク。本気?」
「大真面目だよ!! 不良化したうちの馬鹿をどうにかしねえといけねえだろうが」
『だからって、危険すぎますよ! せめて危険手当を要求します!!』
文句をいうもんぷちの横で面白そうに笑う熟練パイロット妖精。
『女王、いい運動になるじゃないですか。ちょっくら足を伸ばしましょうよ』
『そうそう。また楽しい、空の旅にご招待しますぜ!』
『だからって!!』
愚図るもんぷちに、与作から言われ、ジョンストンが電話を渡す。
『提督。妖精権というものについてご存知ですか?』
「知るか、ぼけ。お前、行かなかったらとんでもねえことになるぞ」
『ええっ。な、なんでですか!!』
「どこかの馬鹿妖精が俺様の額に素敵なマークを描いていてくれてよお。新顔のがきんちょ駆逐に笑われてぶち切れているところよ。寛大な俺様は言う事を聞いてくれるなら水に流すんだがなあ」
たらたらともんぷちは冷や汗を流す。
『うっ・・・・・・。こ、交渉上手ですね、提督』
「さあ、選べ。行くか、行かないか」
重苦しい提督からのプレッシャーにさしもの傍若無人な妖精女王も首を縦に振らざるを得ない。
『わ、分かりましたよ! その代わりきちんとご褒美も用意してくださいよ!!』
「俺様は公平だ。特別デザートを用意してやろう」
『ほ、本当ですか!! 遂に提督が私にデレる日が来ましたね! ちょっと、貴方達。早く行きなさい! デザートが待ってますよ!!』
すっかり先ほどと態度の変わったもんぷちに、熟練パイロット妖精はこくりと頷くと、再び空へと上がっていく。
「大丈夫かしら・・・・・・」
彩雲を見送ったジョンストンは己の為すべきことをしようと、陸地を目指し再び航行を始めた。
⚓
一体どれだけの弾薬が収まっていると言うのか。
数限りない攻撃を躱し続けながら、ぜいぜいと荒くなる息を整えながら神風はふと考える。
放たれる攻撃はどれも一撃必殺。全神経を集中し、攻撃を見切ることのみに意識を向ける。
「本当に無様ね」
先刻までの自分が見たら、馬鹿の一つ覚えで身をよじることしかできない今のこの身をなんと言うだろうか。攻撃手段となる装備を降ろし、勝ち目がない戦いを挑むなどバカらしいと一笑に付すことだろう。
連続して相手の動きを凝視する中で、時折頭の片隅で何かがもたげてくる。
「私達は出来損ないですから。道具のように使っていただければいいのです」
そう言っていた自分に酷く怒っていた人がいた。
あれは誰だっただろうか。
「避けるだけでみっともない」
放たれた魚雷を再び躱す。
何だ、あの無尽蔵の力は。反則じゃないか。いくらこちらが近づこうと思っても、存在自体が違うと認識させられてしまう彼女達みたいじゃないか。
そう思った時、ふいに神風は思い出した。思い出してしまった。
出来損ないだと自暴自棄になる自分に、ふざけるなと怒ったその人物を。
「神風さん・・・・・・」
原初の艦娘神風。建造されたばかりの自分を妹のように我が子のように迎えてくれた彼女。
「建造されたのが私と聞いて飛び上がって喜んだわよ」
笑顔で喜んでいた彼女。
そんな彼女の強さに憧れて。
そんな彼女のように人々の役に立ちたくて。
色々な物を捨ててまで目指してきたのに。
「あんたは道具じゃない! 艦娘でしょ!!」
強い言葉で叱られ、後を託されたというのに。
どうして、それを今まで忘れていたのだろうか。
「ぐっ!!!」
躱しそびれ、左腕に激痛が走る。艤装の保護も貫通するほどの衝撃に思わず神風は顔を歪める。
そっと右手でリボンを確認する。長い間使い続けてボロボロになったそれは、彼女からもらった大切なもの。
「よかった。あるわね」
神風は安堵し、再び思い出す。リボンをくれた時に、原初の神風は何と言っていたかを。
頑なになっていた自分には、それは敵を侮るなという言葉にしか聞こえなかった。
「見上げず、見下げず、前を見よ、か」
今思えば、それは自分を鼓舞するための言葉だったのだろう。
自分は駄目だと相手はすごいと見上げるのでなく。
自分は強い相手は弱いと見下げるのでなく。
出来損ないではない。前を向いて進んでいきなさいと。
「後ろばっかり見てたなあ」
思わず、口の端を上げ苦笑する自分に気付き、神風がやれやれと首を振った時だった。
ぶうん。
雲の隙間からこちらに向かって飛行する何かが目に入った。
「あれは? 彩雲?」
「ジャマダ!!」
雪風の攻撃が彩雲に移る。おびただしいまでの対空砲火の嵐にさらされながらも、周囲を飛び回ったかと思うと、神風の方にふわふわと何かを落としていく。
「ちょ、ちょっと。何!」
慌てて神風が右手でそれをキャッチすると、パラシュートを付けた妖精だ。
『全く、あいつらときたら!! もっとましなやり方はないんですか!!』
ぷりぷりと怒る妖精に対し、彩雲は再度雪風へと向かって行く。
「味方? 何なのあんた」
『私は仮称もんぷち。江ノ島鎮守府の影の支配者です。思ったより私の知名度も低いようですね。これも全部提督のせいです。私の手柄を自分のことのように言うから』
ぶつくさと言いながら消しゴム大の大きさの電話を渡してくるもんぷちに対し、電話の向こうから怒鳴る声が聞こえる。
「電話? そ、その声はまさか・・・・・・」
あり得ない。麻酔でぐっすりと眠っている筈だ。一体どうやって目覚めたと言うのか。
『ああ、私がざめはを使ったんです』
ドヤ顔でざめはとは何かについて語るもんぷちの態度に神風は呆れながら電話をとった。
「神風よぉ。うちのがきんちょを更生させるのに、ちいとばかし力を貸してくれ、頼むわ」
ぶっきらぼうに言うのはまさしく江ノ島鎮守府の提督。
命令されることはあれど。
頼まれることなぞついぞなかった神風にとって、与作のその一言はえらく新鮮に聞こえた。
登場人物紹介
大井・・・・・・・・・与作への評価があのクズ→あいつに上昇。
ヴェールヌイ・・・・・久々に動いたら疲れたと一言。
偵(四)熟練妖精・・・『まあ、艦娘さんのためだからしゃないわな』
『いっちょ踏ん張りますか』