鬼畜提督与作   作:コングK

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今月号の目安箱はおすすめ。本当に種十号先生は天才です。


第五十九話  「探し人は」

力を貸して欲しいと頼まれた神風だが、与作の説明を聞き、頭を悩ませる。

どうにかして雪風に接近、拘束し、もんぷちから預かった電話機で与作が正気になるよう呼びかけるというのは分かる。作戦というのもおこがましいが、現状それ以外に打つ手がないと言うのも理解できる。

 

だが、相手は大湊で最強の神風が一方的にあしらわれる程の使い手だ。時間稼ぎが関の山である自分が、どうして拘束などできようか。

「そこはそれ。一応考えはある。だが一か八かだ」

上手くいかねば相当な被害が出ることは確実で、そうなれば深海化した雪風は撃破対象として沈められるだろう。

「普通は即うちの連中に連絡して対処しているわよ。気持ちは分からなくないけれど、それって提督としてはどうなの」

「ふん。甘いよ、大甘だ。やったところであのがきんちょが戻るか分からねえ、だが、俺様はやらねえよりやった後悔を選ぶ質でね」

「よく言うわね。艦娘のために後ろ指差されることになってもいいの?」

 

失敗して被害が出れば、責任問題は免れない。辞めるだけですめばよいが、それ以上の処罰もあるかもしれない。人間というものは移り気だ。いかにジョンストンの事件で有名となった人物でも掌を返して悪評を浴びせることだろう。

 

「別に構わねえ。そんなの昔からだしな。運が悪かったと諦めるさ」

「正気? やっぱり貴方変だわ。私達みたいな道具にどうしてそこまでするのよ」

道具という時に、これまでと違う感情が乗ることを自覚しながらも神風は与作に質問する。世間で評判の彼がどう考えているのか確かめたかった。

 

「同じ釜の飯食った奴を見捨てることはできねえだろ。あんなんでも一応俺様の初期艦だしな」

 

その答えは酷く単純で、単純であるからこそ神風の心に響いた。

 

与作は江ノ島の艦娘を仲間と思っており、その彼女達を見捨てることはできないのだ。思えばあの大国に喧嘩を売った時もそうではなかったか。以前の自分ならそんな考えは甘いと切り捨てていただろうが、今はそうは思わない。

 

「それで返事は?」

「返事?」

思わず聞き返してから、神風は己の迂闊さに気付いた。先ほどの作戦はあくまでも神風が与作の言う通りに動いてくれたらという前提に立っている。

「お前が無理と言うならこの作戦は無理だ。その場合は仕方がねえ。もんぷちと彩雲でどうにかする」

電話越しに聞こえる声の低さに神風の体が強張る。感情を捨てて来たからこそ、声や表情で相手が何を考えているかよく分かる。諦めると言わないのが彼の考え方なのだろう。だが、自分が断った場合の代案は明らかに成功率が低いのだということが伺いしれた。

 

「その前にもう一つ聞かせて。どうして私に頼むのかを」

神風とすると確認したいことだった。

自分は演習相手の艦娘で、考え方も全く違う。ましてや、策とは言え鬼頭提督を眠らせるという暴挙までしてのけた。腹が立って当然で、その相手にどうして頭を下げるのか。

 

「お前だったら大丈夫だろうと思ってな」

「私なら?」

神風は怪訝な顔をする。会って話したのはわずか。それなのになぜそんなことが言えるのだろう。

「手は口ほどにものをいうって奴よ」

「ど、どういうこと?」

「お前さんの手、良い手をしてたぜ。よっぽど訓練してこなきゃああはならねえさ」

「よして。ボロボロな手よ」

神風はちらりと己の両手を見た。訓練のし過ぎのためか、入渠をしても手のかさかさは治らない。おばあちゃんみたいと陰口を叩かれたこともある手なのに。その手が良い手だなんて。

 

「あん? ボロボロだったらまずいのか? あのなあ、神風。その手を作ったのは誰なんだ?」

「だ、誰って・・・・・・」

「さっきのてめえの理屈ならてめえは道具なんだろ。だがなあ、ただの道具がそのまんまいい道具になるのか? 人間が鍛え、手入れするから年月を経ていい道具になるんじゃねえか?」

「・・・・・・」

「お前をいい道具にしたのは誰だ? 提督どもか? 他の艦娘か? 違うだろう。より強くなりたい、より働きたいと願った艦娘としてのお前自身じゃねえか。お前が努力したからその手があるんじゃねえか。お前がいくら自分を道具と思おうったって、その努力の跡は消せねえんだぜ?」

 

「あ・・・・・・」

 

与作に言われ、神風は気が付く。

そうだ。彼は最初に会って握手をした時からそう言っていた。

演習相手のほとんどが彼女と握手すると、老人みたいだと告げたのに。

その手に触れさせてもらえて光栄だ、と微笑んでいた。

 

役立たず、出来損ないと言われ。

結果でしか判断されず。

常に認めてもらおう、役に立とうともがいてきた自分。

 

来る日も来る日も訓練を重ね、感情を削り、そして多くの者達がすごい戦果だ、強い艦娘だと自分を褒めた。結果ではない、努力の跡を認めてくれたのは、倉田と与作だけだ。

 

使い込まれたいい道具じゃな、と倉田は言ってくれた。

だが、与作はそうではない。艦娘として、艦娘の神風としての努力を見てくれていたのだ。

これまでよくやったなと艦娘神風の過ごしてきた日々を認めてくれたのだ。

 

「私、艦娘だった・・・・・・」

自らを道具と定めて感情を消して戦う。だが、よりよい道具たらんと日々研鑽を積む。それは道具にはあり得ない。もっと人の役に立ちたい、認められたいと願う心があるからこそではないか。

 

じわりと。心の中から何かが押し寄せてくるのが分かる。それは今のいままで彼女の中でせき止めていたものだ。だが、雪風やジョンストンと話し、心の堤防には亀裂が入っていたらしい。それでも何とか食い止めていたものを、空気を読まぬおやぢ提督が壊してしまった。

 

「あ、あでぃがどう・・・・・・」

ぐにゃりと歪む視界の中で神風は動悸が止まらなかった。なぜ自分は掠れる声で礼を言っているのだろうか。なぜ涙がとめどもなく溢れてくるのか。

 

ずっと。ずっと誰かに言って欲しかった。

役立たずではないと。頑張っているなと。

努力しているな、よくやったと。

けれど誰もその言葉を言わず。傷つき悩む提督達を見ているうちに自らの心が固い殻に覆われていたのかもしれない。

 

くしゃくしゃになった顔をごしごしとこすり頬をはたく。ここは戦場だ。彩雲が雪風を引き付けてくれているが、油断すればどうなるか分からない。

ごほんと咳ばらいをし、再度気合を入れ直す。

 

「ごめんなさい。ちょっと潮風が目に入った。了解したわ。何をすればいいか言ってちょうだい」

「すまねえが、頼むぜ。まあ、安心しろ。お前らの世界じゃ有名人な時雨や北上も俺様はぶちのめした経験があるからな」

「はあ!? あ、貴方人間よね・・・・・・」

 

あの偉大なる七隻の二隻を負かしたとはどういうことなのか。

今更ながら自分達が触れてはいけない相手だったらしい。

だが、不思議とその言葉が嘘とは思えない。

それどころか先ほどまでの絶望的な雰囲気が一変している。

 

「鬼頭提督、あなた本当に名提督なのかもね」

からかうような神風の言葉に呆れた声が返ってきた。

「ばーか。全然嬉しくないね。俺様が言われて嬉しいのは鬼畜モンという言葉だけだ」

 

                  ⚓    

 

浜風から報告を受ける金剛の顔色は一切変わらなかった。

 

足がつくことを考えて、街のチンピラ風情を雇い大井の見張りとしていたが考えが甘かったらしい。定時連絡でもう少し大井を預かると伝えた後に連絡が途絶え、急ぎ向かった部下が目撃したのは床に転がる男たちの姿だった。

 

「大井が奪還されました。行方を追っていますが、相手が誰だか特定できません」

「特定できない? 監視カメラは?」

「皆潰されています。ご丁寧に記録まで抜き取られていました」

「プロの手並みだな。誰か心当りはあるか?」

磯風が左右を向きながら問うが、谷風も浦風も分からないと首を振るばかりだ。

 

「あの鎮守府の関係者かどうか不明なのでノーマークでしたが、そう言えば一隻だけいマスネ。そうしたことができそうな艦娘が」

「と言うと?」

「駆逐艦響。偉大なる七隻の彼女が頼めば、ロシアは動く。場所の特定も容易デショウ」

「ひ、響ですか!? どれだけあの鎮守府は偉大なる七隻と関係が深いのですか!」

「つくづくと忌々しい鎮守府ネ」

 

金剛は小さく息を吐くと、最後の賭けと携帯電話を操作する。

 

「も、もしもし?」

電話の向こうの相手は酷く警戒しているようだ。解放されてから事情を聴いたのだろう。

「大井デスか。悪いようにはしマセンから貴方の会社が大事ならばそのまま先ほどの倉庫に戻ってクダサイ。交渉が順調に済まなくてもきちんとお返ししマスから」

「な、何言っているのよ、あんた。どういう事よ!」

「Sorryネ。貴方があの北上と知り合いだったのが運のつきなんデス。で、どうしますか? 貴方の答え次第では明日Oiの株価はストップ安になると思いマスが」

 

艦娘を引退し、こつこつと作り上げてきた会社だ。

思い入れもあるし、大事なものだろう。

そう金剛は考えて大井を揺さぶろうとする。だが、彼女の思惑とは異なり電話の向こうの相手はきっぱりと言い切った。

 

「どうぞ、ご自由に!」

「Why? 意味が分かりマセーン。脅しではありまセンよ。私達にはそれを実行できるだけの人脈もありマス」

「だから、好きにやればいいでしょうが!!」

「No.興奮せず、落ち着いて考えてネー。会社は大事デショウ。大事な社員が路頭に迷ってもイイ訳ないネー」

金剛とすれば、ここで大井は自らの会社のことについて悩み、北上に連絡するだろうと考えていた。せっかくそれまで築き上げたきたものなのだ。容易に手放せるものではないだろう。

 

そう思っていたのだが。

 

それこそが金剛の大いなる誤算。

彼女は見誤っていた。元艦娘とは言え、引退して長い大井は人並みにこれまで築きあげきたものに執着するのだろうと。

けれど元艦娘と言えども大井は大井。その思いの深さは決して変わるものではない。

 

「ちょっと、意味が分からないのですが~。ひょっとして会社と北上様なら私が会社をとると思ってます?」

まるで別人かのような澄ました声に一瞬首を傾げた金剛を待っていたのは。

 

「そんなの北上様を取るに決まってんだろうが!! 北上様を苦しめたお前等の言う通りになんか誰がするか!! 私達大井を舐めるんじゃない!!!」

びりびりと耳が痺れるぐらいの叫びに、思わず金剛は顔を顰める。

 

「正気デスか?」

「あんた達が狙いそうなうちの秘書もとっくにクビにしたわよ。赤の他人。だから、残念でした! 何を言われようと私には関係ありません!」

「成程。さすがに貴方は優秀デスネー。どうです、私の下で働きまセンか?」

「お断りよ!! どんな事情か知らないけど自分をさらった連中と仲良くできる訳ないでしょうが。それじゃあ、金輪際迷惑電話はかけてこないでくださいねえって・・・・・・ちょ、ちょっと!?」

 

「やあ。初めて話をするかな、金剛」

声を聞いた瞬間金剛の顔が引き締まる。

「その声。響さんデスか? まさかあなたが江ノ島の知り合いとはネー」

「今はヴェールヌイだよ。私の方でも驚きかな。よもや君がこんな暴挙に出るとはね。余程ドックとやらが欲しいようだね」

「暴挙? 何のことデス?」

「証拠がなければ事件にならないか。尻尾切りに街のチンピラを使ったというのにこんな電話をするなんて相当焦ってるんだね」

すっと金剛から表情が抜け落ちる。

「何が言いたいネ」

「これ以上やるようならさすがに私も黙っていられないというだけだよ。君はやり過ぎだ」

淡々と話すヴェールヌイに金剛が切れた。

「上から目線でよく言う。それは偉大なる七隻という余裕デスか? 貴方達が鉄底海峡から戻った後どうしたか忘れマシタ? 長門やウォースパイトは構いマセン。彼女達はその後も艦娘の務めを果たしていマシタ。ところが、貴方や北上はどうデス!! もらった特権をいいことにぬくぬくと余生を送っていたではないデスカ!! その裏で多くの艦娘が戦っているのを知りながら!!」

金剛のあまりの剣幕に側にいた第十七駆逐隊の面々は凍り付く。普段飄々としていることの多い金剛が、ここまで怒りを露わにするのを見たことがない。

 

「それについては返す言葉もないね。認められたこととはいえ、君の言う通りだ、すまない」

「貴方達だけが、悲劇のヒロインと思わないことデス!! 多くの艦娘が僚艦を失い、提督を失ってキマシタ。人間を救おうとそればかりを考えて」

「私達に対する君の気持ちは理解した。だが、それと今回のやり方が許されるかは別問題だ」

「ご批判は真摯に受け取めマース。精々そのドックを守るとイイネー」

「そのことについて提案がある」

ヴェールヌイの言葉に電話を切ろうとした金剛が手を止める。

「提案?」

「ああ。ようするに君の望みは江ノ島の建造ドックの廃棄だろう? その理由をきちんと江ノ島の提督に説明して欲しい。彼はバカじゃない。納得すればすんなりとドックを渡すはずだ」

「Really? 本当デスか? 第一なんでそんなことを持ちかけるのデス」

「際限がないからさ。君の口ぶりじゃまた色々やってくるだろう? 今回は死者が出なかったが、次回はどうだか分からない。もしそうなれば世間の艦娘に対する評判はがた落ちになる。それは君の望むところじゃない筈だ。」

「・・・・・・。貴方、どこまで知っているのデス?」

ぎゅっと金剛は唇を噛みしめる。

「蛇の道はなんとやらという奴だね。知りたくなくても教えてくれる熱烈なファンがいるのさ」

「世迷言を!!」

「それで、どうする? このまま続けるなら時雨、北上に加えて遺憾ながら私も江ノ島に付くよ。どう考えても効率的じゃないと思うけどね」

「・・・・・・」

「お願いだ、金剛」

「・・・・・江ノ島の提督はどうやって説得するのデス」

「今回の件で貸しがあるからね。そこは任せてもらうよ」

「ロシアの言う事程あてにならないことは無いデスネー」

「それは了承ととっていいのかな」

「ご自由にどうぞ」

それだけ伝えると、金剛は電話を切った。

 

「響さん!! どうして誘拐までしてくる連中にお願いなんてするんです!!」

信じられないと顔を真っ赤にする大井をまあまあとヴェールヌイは落ち着かせる。

「さっき君が秘書を心配して電話したのが全てさ。ここらで落ち着かないとどんどんとエスカレートするばかりだ。今回は主だった被害は無かったけど、次はどうなるか分からない」

「だからって!!」

「すまないね」

帽子を胸に抱きながら、ヴェールヌイは目を瞑った。

「本当は間違っているのかもしれない。けれど、知り合いが。その仲間が傷つくのには耐えられないんだよ」

「響さん・・・・・・」

沸騰寸前だった大井は口をつぐむ。地獄から生還した彼女達は英雄ともてはやされた。だが、そのついた心の傷は未だ癒えていないのだろう。

「すいません。興奮しちゃって」

殊勝な大井の態度に、ヴェールヌイは口の端を上げた。

「構わないよ。その代わりこの帽子の時はヴェールヌイと呼んでね」

                   ⚓

 

ぶんぶんぶんぶん。上空をまるでハエのように飛ぶ彩雲。

煩わしいと対空砲火で叩き落とそうとするが、余程熟練のパイロットが乗っているらしい。

ぎりぎりの所で躱される。

 

「キリガナイ・・・・・・」

雪風は諦めて、目の前にいる艦娘と対峙する。

こいつを倒せば司令に会える。

心配したのだ。無事かどうか。たくさん話をしたい。そんな気持ちに駆られる。

 

「さあ、決着をつけましょうか。雪風」

やってきた神風の様子の変化に、雪風は意外そうな顔をする。

先ほどまでこちらの攻撃を避けるだけ。明らかに時間稼ぎをしていたというのに、どうした風の吹き回しだろう。

「ニゲナインデスカ?」

「逃げてもあんたの方が速いもの。それにあんたもすぐ司令に会いたいでしょ。だから、一発勝負といこうじゃない」

「ショウブ!? デモシュホウモナイノ二?」

「こいつがあるわよ」

神風がにやりと笑い拳を振り上げても、雪風は歯牙にもかけない。

「ソレデホント二デキルノナラヤッテミレバイインデスヨォ!!」

それも当然であろう。

うなりを上げる雪風の主砲。まるで戦艦の主砲かと見紛うばかりの轟音を響かせるそれは、一発当たれば即撃沈される程の破壊力を秘めている。

だが、不思議と少しずつ神風は雪風と距離を詰めている。手加減はない。明らかに砲撃を見切り、その姿が近づいてくる。

(ナニヲ?)

本当に自分に対して徒手空拳で挑もうというのか。いかに艤装の保護があるとはいえ、それは余りにも無謀だ。

(デモ、ハヤメニシレエニアエマス)

 

自分を倒せば司令に会える。神風はそう言った。ならば少しでも早く彼女を沈めよう。

雪風がそう決めた時だった。

 

「?」

神風が不自然な程、前傾姿勢をとった。何か仕掛けてくるかと咄嗟に身構えるが、何の変化もない。

「コケオドシデスカ・・・・・・」

相手もなりふり構わないのだろう。だが、そんな時間稼ぎに付き合っている暇はない。

「コレデオシマイ」

雪風の魚雷が海に飛び込んだ。計八本の雷跡は一目散に神風に向かって殺到する。避けられたらそれでよし。避けた方に向けて主砲を放てばよいだけだ。

最後の抵抗だろうか。再度同じ姿勢をとる神風に、雪風が冷たい視線を送った時だった。

 

「よーいどん!!」

素早く魚雷を避けた神風はくるりと振り返り、一目散に海鼠島の方へ向かって舵を切る。

「エ? エ?」

完全に虚を突かれた雪風はしばし呆然とするしかない。

拳で決着を付けようといったのになぜ逃げるのか。逃げては司令に会えないではないか。

 

「簡単に私がやられると思ったら大間違いよ! 倒したければ追ってきなさいな!!」

どんな手品を使っているのか。ぐんぐんと距離を開ける神風はそのまま艤装を解き、海鼠島の海岸へと上がっていく。

 

「ナ、ナニヲナニヲシテイルンデス! カンムスナラウミデタタカエ!!」

「艦娘だから海で戦わなきゃいけないなんて誰が決めたのよ。私は拳で決着って言った筈よ!」

「タワゴトヲ!!」

先ほどまでの余裕はどこへやら。完全にからかわれる形となった雪風は誘われるままに海鼠島へと上陸しようとするが、艤装がからみ容易にそれができない。

 

「だから、拳で決着って言っているでしょうが。ご覧の通りあたしは装備も何もない。それとも装備を外すのは怖いのかしら?」

酷い嘲りの言葉だった。あれほど痛めつけられた自分にかけてよい言葉ではない。苛立つ雪風は乱暴に装備を解除すると、ぺたぺた裸足で海鼠島へと上陸する。

 

「イイデショウ。オノゾミドオリニシテアゲマスヨ」

 

人工島である海鼠島だが、作った人間の妙なこだわりから周囲にはわざわざ砂が敷き詰められ、砂浜が作られている。

(かかった!)

神風は砂浜を歩いてくる雪風の姿を見てふうと息を吐いた。

 

与作が神風に授けた策は雪風を挑発し、一旦海鼠島に逃げろというものだった。

「奴の狙いがお前の撃破なら必ず追ってくる」

意味が分からないと返す神風に、与作は説明する。

艦娘は海にいてこそ十全に力を発揮する。それは深海棲艦も同様だ。だが、敢えてその適性を無視して陸に上がったら。装備を外し、機関部コアのみの状態となったら勝ち目も出てくる。

「攻撃手段は減るけど、結局は出力が違うわ」

「それでも海の上での差よりマシだ。俺様のファンならアトランタ戦で使った技知ってるだろ」

神速と名付けられたその技は、長い訓練の中で神風も使えるようになっている。

「ああ。神速ね。確かにあれを使えば陸ならばなんとかなるかも・・・・・・」

さりげなく言う神風に、与作ははあ!? お前まで使えるのかと呆れながら言った。

「そうだ。陸であれを使えばまだ勝負になる。無理なら無茶せず島内を逃げ回って時間を稼いでくれ」

 

「全く、どこの世界に逃げろなんてまず言う指揮官がいるのよ」

二度三度と息を整え、神風は目の前の雪風と対峙する。

いくら装備があろうとなかろうと。相手があの原初の艦娘に匹敵する存在なのは間違いない。

海の淀みが雪風という艦娘を覆いつくしたと言えばよいのだろうか。その真っ白な肌は深海の冷たさを想像させる。

「イキマスヨ」

ばっと砂が舞い上がり、神風の眼前へと雪風が殺到する。

ふわりと木の葉のように舞い、それを躱すが、雪風の勢いは止まらない。

力を持て余した闘牛が執拗に闘牛士を狙うかのように突っかかるうちにどんどんと勢いが増していく。

 

「まずい!」

避けそびれたと神風がかちりと意識を切り替える。そこは灰色の世界。だが、雪風の動きはほとんど変わらない。

「ぐうっ!!」

タイミングを測りかね、わずかに左腕に攻撃が掠り激痛が走る。ただでさえ、先ほど痛めたところだ。

「全く自信を無くすわね」

顔を歪めながら神風は、砂浜の足跡を確認して愕然とする。一歩の距離が長い。どれだけの跳躍力・加速力を有していると言うのか。

「こりゃ仕方ないか」

当初の予定では神速が使えるという神風が雪風を圧倒して、という流れだった。

だが、予想以上に差がありそれはただ神速を使っただけでは埋まらないらしい。

 

「よし」

ぽんぽんと胸を叩き、神風は覚悟を決めた。

「ヨウヤクアキラメマシタカ」

どことなくほっとするような雪風の口ぶりだった。

 

「ううん。踏ん切りがついただけよ」

自分でも驚くほどニッと神風は笑みを浮かべた。

その目に強い意志の光が灯るのを見、雪風はごくりと喉を鳴らす。

 

ゆらりと雪風の姿が揺れる。

迎え撃つ神風は灰色の世界に意識を切り替える。

「ソレハキキマセンヨ」

先ほどと同じではないか。その程度では自分との差は埋まらない。一発勝負なら、一思いにぶん殴り終りにしてやろう。

雪風がそう思った時だった。

 

「じゃあ、こっちはどうかしら!!」

「ナ!?」

神風は一瞬にして灰色の世界から白い世界へと到達する。それは限界をさらに超えた世界。艦娘と言えど、身体にかかる負担は神速の比ではない。

ゆえに、かの提督はいざとなれば無茶せず逃げろと言ったのだ。自分があの技を使えるかもしれない。一か八かという事態になったら今の状態でも使ってしまうかもしれないと危惧して。

 

(馬鹿ね。そこまで言われたら普通使うわよ)

みしみしと背中の缶が足元の主機が悲鳴をあげる。だが、神風は止めない。

ようやく自分のことを思ってくれる提督を見つけたのだ。

その提督のために張り切るのは艦娘として当たり前のことだろう。

 

「コ、コノ!!」

予想以上の速さに苛立った雪風の腹立ちまぎれの一発は、裏をとろうとする神風の後頭部を掠めその大きな黄色いリボンがほどける。

 

「エ?」

ひらひらと落ちるリボンがなぜか雪風の右手に絡まり、瞬間雪風はあっけにとられる。

それこそは大いなる隙。

がくんと膝が落ちた時には。

「こいつで!」

どこにそんな力が残っていたのか。雪風をへそから抱えた神風は。

「どうよ!!!」

そのまま一気に持ち上げ後方へと投げた。

「アア!!」

ぐるりと視界が一回転し、砂浜に頭を叩きつけられた雪風。

この機を逃してなるかと神風は横に移動し、腕ひしぎ十字固めを決めると、神風の懐からもんぷちがひょっこりと顔を見せた。

「早く!! ちょっと無理し過ぎたからそんなにもたない!!」

『りょ、了解です!!』

「グ!! ハナセ!!」

暴れる雪風の耳元にもんぷちが電話を持ってくる。

「おい、こら雪風。いい加減目を覚ましやがれ。俺様は無事だ」

「シレエ?」

 

じたばたと抵抗を見せていた雪風の動きが止まる。

「そうだ、俺様だよ。俺様。いい加減不良ごっこは止めろ。俺様が悪かった。無事だから戻れ」

「・・・・・・・」

「おい、どうした雪風。返事しろ!!」

「チガウ」

「違うもんか。俺様だよ。声を忘れたのか、お前!!」

「チガウチガウ!!」

一旦収まりを見せた抵抗が再度激しくなる。

 

「ちょっと、鬼頭提督!! どういうこと!?」

「俺様にも分からん!! おい雪風。止めろ!! 俺様の事を忘れたのかお前!!」

柄にもなく与作が動揺し、大声で怒鳴った時だった。それをかき消すように大きな声で雪風は叫んだ。

「シレエハ、キトウテイトクハ、ソンナシャベリカタハシナイ!!」

 

                  ⚓

電話の向こうから聞こえてくるバカの台詞が頭に入ってこねえ。

今なんて言った? きとうていとくはそんな喋り方をしない、だと。

そういや、ジョンストンは言ってたな。きとうていとくには会いたがっているが、ヨサクは知らないってよ。

「どうするの、鬼頭提督!! ちょっと、さすがにまずいかも!!」

神風の焦った声が響く。あのバカ。人が止めろというのに神速を重ねやがったんじゃないだろうな。だとしたら身体はもう限界の筈だ。どうにかしないといけねえ。

だが、きとうには会いたがって、俺様は知らないだと。

 

そんな中でまさかと思い頭から排除していた可能性に思い当たる。こいつはきとうていとくを知っている。だが、俺様は知らない。神風が言うには俺様はそこそこ名が売れている筈だからな。

知らないということは俺様が提督になる前に艦娘だった奴で。

あの時雨達と遜色ねえぐらいに強い奴で、深海化してもきとうていとくに会いたいと言う奴。

そんなことはあり得ねえと思いながらも、そうに違いないと思う自分がいる。

がしがしと頭を掻きながら、舌打ちを繰り返す。不愉快極まりねえぜ、全くよ。

全くあのおっさんどれだけ俺様にツケを回すんだよ。

 

「理解した。おい、雪風。お前が探しているおっさん、俺はよく知ってるぜ」

「シレエシッテル? ウソダ!!」

すごい拒否反応。だが、疑惑が確信に変わったぜ。今のこいつは俺様の知ってる雪風じゃねえ。

「本当だ。昔馴染みだからな。どういう理屈か分からねえが、お前。あのおっさんの所にいた雪風なんだろ」

「ホ、ホントニシッテル?」

「もんぷち。TV通話にしろ」

『はいはい!! 全く妖精使いが荒い提督ですね!』

うるせえ野郎だな。普段鎮守府で食っちゃ寝してやがるんだから、これぐらいは働いても罰が当たらないぞ。

ぱっと画面に映ったのは、横向きになった雪風の顔。おうおう。遠目で見てもそうだが、本当に深海化してやがるな。ぜいぜい息を切らせているのに白い顔。まるで病人見てえだ。

 

「嘘じゃねえぜ。そうだなあ、今だったら世界で二番目に知ってるな」

「イチバンジャナイ・・・・・・」

「文句を言うな。一番はうちのばばあよ。ああ、ばばあっていうのは鳳翔だ」

「ホウショウサン・・・・・・」

すげえな。ばばあの悪名は轟いているらしいぜ。名前を聞いた瞬間抵抗が弱くなってきているじゃねえか。

「ホントニシッテルンデスカ?」

「ああ。お前の言う提督が一番好きなのは寝ることだ」

「ソ、ソウ。シレエハヒマガアルトネタイッテ」

「後はコーヒーを好んで飲む癖にやたら砂糖を入れる。角砂糖なら4つな」

「!! ソ、ソレデオコラレテマシタ、ドイツノミナサンニ!!」

「群馬県館林出身で、家はまるで倉庫かと思うぐらい汚い。どうせ執務室もそうだったんだろ」

「イツモイツモキタナイト、オコラレテマシタ!! ダカラアケボノチャンヤ、カスミチャンガショッチュウオコッテ・・・・・・」

「それでも直さねえのがあのおっさんだ。随分苦労したろうぜ、お前たちも」

「ホ、ホントウニシッテル・・・・・・」

 

口をぱくぱくさせる雪風に俺様も頭が痛くなるばかりだ。まさかとは思ったがやっぱりそうだったか。出鱈目な強さも納得だ。どういう理屈でうちのにとり憑いたんだか分からねえが。

 

「お前、おっさんの。紀藤修一の雪風だろう? そりゃあ、俺様のこと知らないわけだよな」

俺様の言葉に雪風はこくりと頷いた。

 




登場人物紹介


大井・・・・・・内心会社が潰れればしがらみなく北上の近くに行けると思っていたことは内緒。
もんぷち・・・・神風の懐に隠れていたため、若干ふらふら。
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