鬼畜提督与作   作:コングK

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ウマ娘のエイシンフラッシュって時雨っぽいですよね。
ウマやってて全然菱餅任務できてません。



いつも誤字報告ありがとうございます。


第六十話   「おかえり」

そこはとても静かで居心地がよくて。

けれどなぜか寂しくて。

照らされる日の光にふわふわと海に漂いながらも。

ぼんやりとあの人の事を思い出していた。

 

船時代には帰れなかった祖国。

違う体で歩んだ第二の生。

笑いあった仲間たち。

そして、皆に好かれていたあの人。

 

心残りがあるとすれば、自らの望みが叶えられなかったこと。

ずっとずっと一緒にいたいと願ったのに。

今海の只中に揺蕩うこの身ではそれも難しい。

 

 

どうにかして帰れないか。あの人に会えないか。

考えて考えて考えて。

 

その時ふとした懐かしい人と似た匂いに惹かれ、大きな光へと手を伸ばした。

 

                  ⚓

がしがしと頭を掻く与作を、目をぱちぱちさせながら雪風は見つめる。

 

「アノ、アナタハシレエノナンナンデス?」

彼女からすれば当然の質問だったが、この場合答える側にとってそれは非常に心理的負担のかかるものだった。

「アノ・・・・・・」

ただの知り合いか、友人か。

どう答えたものかと口ごもる与作を無言の目力で圧倒する雪風。

 

妙な緊張感が否めないのは、生前そんな風に呼んだことはなかったからか。

あの頑固強情傍若無人を絵に描いたような鳳翔(与作基準)とて、自分の呼び方は任せると彼に言っていたくらいなのだ。今更過ぎて逆に言うのに抵抗があるのは仕方のないことだろう。

すうはあと深呼吸をして一気呵成にその言葉を告げる。

 

「俺はおっさんの息子だよ。義理のな」

 

それは与作にとっては一世一代の告白。

彼の言うおっさんからこの業界には来るなと言われ、その約束を守って20年越しの暴露だ。

艦娘ハーレムを作りたいと思い立ち、20年も約束を守ったんだからいいだろうと提督になった彼だが、自分の知るおっさんが妙に神格化されていると知り、大いに面倒くさいと感じたものだ。そのままであれば様々な弊害が出るだろうと、自ら高杉に申し出て性を変えたが、紀藤から鬼頭に変えたと事後報告で話した時の鳳翔の説教の長さと膝の痛さは未だによく覚えている。尊敬する鬼作先生の鬼と伊頭という性をミックスしたもののどこが悪いと言ったら、それにこめかみをぐりぐりする攻撃が加わったことも。

 

「え・・・・・・」

神風が絶句する。それはそうだろう。始まりの提督と言えば今や艦娘達の間で神格化された存在だ。その彼と鬼頭提督が関係者だなんて。

だが、与作のことをまるで知らない雪風の方がその動揺は激しかった。

 

「エッ!! シ、シレエニオコサンガ!? キイテマセン!!」

「お前、そこからかよ!!」

与作は思わずツッコミを入れる。

彼とて義理の父の存在を周囲に話していないのだから、文句を言えた義理ではないのだが。

 

「あのおっさん俺様のこと微妙に隠そうとしてたからな。面倒ごとに付き合わせたくねえって配慮だろ。やりそうじゃねえか?」

「ハイ。ヤリソウデス。ミョウニキヲツカッテ、ヨクムラクモチャン二オコラレテマシタ」

雪風の台詞に与作は思わず吹き出した。

先ほどから怒られた話ばかりなのは気のせいだろうか。

「デモ。ソレデモミンナシレエガスキデシタ」

ふと宙を見つめ、雪風は呟いた。

「フブキチャンモ、カゲロウガタノミンナモ、・・・・・ユキカゼモ」

「だから、会いに来たって訳か」

「エエ。シレエハドコデス?」

少女のすがるような目を与作は真剣に受け止めた。

適当な言葉で誤魔化すこともできるだろう。

だが、それはできない。

 

「すまねえが、会えねえ。あのおっさんは死んだ」

雪風は目をしばたたせる。与作の言う言葉が聞こえていないかのようだ。

「ウソデス。サッキ、アエルトイッテマシタ。タオセバアエルト」

「そいつは俺様の間違いだ。俺様もきとうていとくだからな」

「ソンナバカナ!!」

「くう!!」

興奮する雪風を何とか抑え込もうとする神風だが、感情の昂ぶりと共にどんどんとその抵抗が増す。

「本当だ。あのおっさんは死んだ。あの鉄底海峡の戦いでな」

「ウソデス」

「本当だ」

「ウソデスヨ・・・・・・」

「俺様は人の生き死の嘘は言わん」

「ソンナコト・・・・・・」

ふるふると首を振る雪風はしばし目を瞑る。

やがて、かっと目を見開くと顔を歪めて神風を睨みつけた。

 

「ソンナコトミトメナイ!! オマエタチハウソツキダ!!」

じたばたともがく雪風は関節をきめている神風ごと左手を持ち上げると、砂の上に力任せに叩きつけた。

「くうううう!!」

「馬鹿、止めろ!! 落ち着け!!」

与作が声を掛けるも、雪風は止まらない。

「コノウソツキ!! シレエヲダセ!! コノ! コノオオ!!!」

 

司令に会えると言っていたのに。

そのつもりでここまで来たのに。

 

「フザケルナ! シレエガシヌワケナイ!! アノ、アノシレエガ!!」

二度三度勢いよく打ち付けられても執念で手を離さない神風。だが、痛めた左手は限界でもはやただ添えているだけだ。

「コイツゥゥ!!」

雪風が空いている右手で神風の足のフックを外そうとした時だった。

 

「おい、じゃり。いい加減にしろよ」

静かに怒りを漂わせる声に、思わず雪風はそちらを見た。

「お前、調子に乗りすぎだぜ? それ以上すると許さねえぞ、こら」

ごくりと雪風は唾を呑みこむ。そこにいたのはさっきまで同じ男の話題で盛り上がっていた中年の親父ではない。びりびりと画面越しに伝わる気迫は、雪風をして只者でないと思わせる。

 

「オマエニユキカゼノナニガワカル!!」

ずっとずっと探していた人がようやく見つかったと思ったのに。

それは人違いと言われ、あげくに本人はすでに亡くなっていると言う。

そんなのは嘘に決まっている。酷すぎる冗談だ。それでは何のために自分は戻って来たのか。

 

「分からねえよ、馬鹿。俺様はお前じゃねえ。気持ちが分かるなんて言う人間ほど胡散臭い奴らはいないと思ってるからな。だが、あのおっさんが今のお前を見たらどう思うかは手に取るように分かるぜ」

「シレエガドウオモウカ?」

「ああ。たかだか一年ぽっちの付き合いの奴らと違ってな。こちとらあのおっさんとの付き合いはその10倍よ。だから、言えるぜ。今のお前をみたらおっさんはまず悲しむ。その後に呆れて羨ましがる」

「ド、ドウイウコト?」

雪風の動きが止まる。与作の言う事がどういうことか理解できない。

彼女の知っている司令なら悲しむだろう。それは分かるが、その先があるとは。

 

険しい表情を緩ませ、与作はこんこんと雪風に語りかける。

「言わねえと分からねえところはうちのがきんちょと一緒だな、くそ野郎。お前の提督が一番嫌いなことは何なんだよ。無駄な争いじゃねえのか? お前が他の艦娘と争っているのを見たら悲しむだろうよ、お人好しのあのおっさんならな」

「ダカラッテ!!」

 

「平凡に暮らしたかったはずなのに、深海棲艦がいるからおちおち寝ることもできない。だから、あのおっさんはぶつくさ文句を言いながらも提督なんてやってやがったんだ。本当は誰よりも戦うことが嫌いで、頭を下げて済むのなら平気で頭を下げるし、靴を舐めたらいいと言われたらそれすらも気にせずやるような奴なんだぜ? だからそんなにまでしてようやく得た平和なのに、身内で争っているなんて何やってるんだと呆れるに決まってる」

「デモ!」

 

「暇になったらひたすら眠りたいなんて言う怠け者。そんなあのおっさんが、どうしてわざわざ捨て身の策なんか考えたと思う? それしか手がねえからだ。他に手があればまず間違いなくそっちをとる。お前たちに怒られながらも楽しくやっていたあのおっさんが、そのお前たちに今回は帰って来れねえと告げなきゃいけなかった。どれだけ無念だったか分かるか? どれだけ色々な物を捨てたか。そうまでして守った平和な世界にいるお前を羨ましがる筈だ。自分の分まで楽しんで欲しいと願う筈だ。なあ、雪風。お前の言うしれえはそんな奴じゃなかったのかよ」

「ソレハ・・・・・・」

 

切々と語る与作の言葉に雪風は思い出す。あの最終決戦の前日のことを。

「生き残ったら好きなことをするといい」

そう言っていた提督の姿を。

「軍に残るのも自由だ。だが、人間の作り出した文化を是非楽しんで欲しい」

その言葉に皆が沸き立ち、陽炎型の姉妹でどうしようかと笑い合っていたっけ。

 

「シレエ・・・・・・」

「もし俺様がいう事が嘘だと分かったら好きにしてくれていい。だが、これ以上暴れるのは止めろ。あのおっさんが大切にしてきたことを、あのおっさんが好きだったお前が破るんじゃねえ」

 

「・・・・・・」

雪風は与作を見てはっとする。先ほどまで相対していた無頼な人物と同じ人間とはとても思えない、真剣な顔つきだった。

「あんなどうしようもねえおっさんのことをそこまで思ってくれてありがとうよ。お前らが一緒だったからきっと寂しくはなかったろうさ。最後の最後まで面倒を見てもらって悪かったな。だが、すまねえ。あのおっさん、本当に死んでんだよ。どこにもいねえんだよ・・・・・・」

「アナタ・・・・・・」

 

与作の表情は変わらなかった。だが、時折口元を歪ませる仕草から、深い悲しみの感情が雪風には感じられた。一体どれだけの思いを押し込めているのだろう。

自分達よりも付き合いの長いと言う彼にとってその事実は一番認めたくなかったことに違いない。

 

「アノ・・・・・・」

いたたまれず、雪風は何か話そうとするも言葉が出てこない。

ごほんと軽く咳ばらいをすると、与作はごんごんと己の右頬を叩く。

「はは。俺様らしくなかったな。今のは忘れてくれ。というか忘れろ」

「デモ・・・・・・」

「あのおっさんが大切にしていたお前たちを俺様にどうにかさせるのだけは止めてくれ。小汚い館林の家だって使ってやってるんだぜ? 今はばばあが我がもの顔で居座ってやがるがよ」

言いながら、口の端を上げた与作に、

「ユキカゼハ、イエトハチガイマス!!」

思わず突っ込んだ自分に気づき、雪風は驚く。

 

何だろう。この感覚は。ずっとずっと昔にこんなことがあった気がする。

陽炎型の姉妹とお互いのことを言い合ったり、駆逐艦同士で話したり。

提督は今日も怒られてばかりだとため息をついたり。

「仕方がないじゃないか。私はやりたくてやっている訳じゃないからね」

平気でそんな事を言う提督が秘書官に責められるのを見て、皆で笑っていたのはいつの事だったか。

 

「シレエ・・・・・・」

雪風は小さく笑いながらも唇の震えが止まらない。

そんな提督と一緒にいると。ずっと一緒にいると。

それが自分の願いだった。海に漂いながらも、いつかは会えると、

そう願っていたのに。

 

「・・・・・イナインデスネ」

まさか、その人がこの世界にいないなんて。

 

 

「ハナシテクダサイ」

雪風は神風の方を向き頼む。

「え!? そ、そんなこと言ってまた暴れる気じゃ!!」

「ソンナコトシマセン」

「いい。放してやれ、神風」

与作の言葉に足の拘束を緩めた神風は、油断なく身構える。

 

「コレ、カミカゼチャンノリボンミタイ」

右腕に絡まった黄色いリボンを外し、じっと見つめた雪風は神風に問うた。

「え、ええ。貴方の同僚の原初の神風さんからいただいたものです。神風さんがしているリボンを欲しいと言ったら、ちょうど新しいのをこしらえたから、昔のをあげると」

「ソウデスカ・・・・・・」

胸にリボンを抱きしめた雪風の目から、大粒の涙が零れる。

「カミカゼチャンモ、シレエモ。ミンナ、ミンナ。イナクナッテシマッタンデスネ・・・・・・」

ぐにゃりと顔を歪め、しくしくと泣き出す雪風の姿に、思わず神風は目を伏せる。

先ほどまで圧倒的な力を見せていた敵の姿はどこにもなく。

外見相応の少女の姿がそこにはあった。

 

                     ⚓

ああ、やだやだ。がきんちょがぴーぴー泣くのは気分が参るぜ。

ぐすぐす泣き始めた雪風(深)のあまりの辛気臭さに思わずあくびが連発よ。

神風の野郎も唖然としているが、それはそうだよなあ。さっきまでぎゃあぎゃあ騒いでいた奴が途端に泣き出すんだもの。

あっ。神風のリボンで涙を拭いてやがる。お前、それ他人のだぞ。

 

「いいのよ」

 

ほお。さすがに神風は大人だな。まあ駆逐艦に大人というのもおかしいがよ。見た目はがきんちょ中身もがきんちょがうちのびーばーだからな。

泣きつかれただろうタイミングを見計らって声をかける。

いい加減あのがきんちょがどうなったか聞かねえとな。

 

「おい、雪風。いつまでも泣いてねえで、あいつがどうなったか教えてくれ」

「ネテマス」

ごしごしと手で目元を拭きながらの雪風(深)の答えに、頭の中が疑問符だらけになる俺様。

「寝てるだあ? この大変な時にかよ。大体お前がなんでうちのにとり憑いたんだ」

「モトカライマシタヨ。ズットネテタダケデス」

「はあ!? どういうこった。じゃあ、うちのびーばーの中にお前がいたってのか?」

「エエ」

「何だ、そりゃ。一人の体に二つ分の魂があるってことか? そんなことあるのかよ」

「ソウイワレテモ。ナントナクヨバレタキガシテ、イッタンデスヨ」

 

いやいやいやいや。普通っぽく言ってるがありえねえぞ、それ。おかしいどころの話じゃねえ。どうなったらそんな妙なことが起きるんだ。って、考えて俺様反省。

 

そうだよ。昔過ぎて忘れたがよお。うちのバグ製造機ことすりぬけくんの記念すべき第一回目の建造で出てきたのがこいつじゃねえか。

また、やらかしたのかよ、あいつ!! なんでそう色々と問題を起こすかな。一体どういう理屈でこうなるんだよ。すりぬけくんが建造して問題にならなかったのってグレカーレぐらいじゃねえか。

いや、違うな。グレカーレの野郎はあいつ自身が問題だから、やっぱり100%問題ばかり起こしてやがる。ふざけんな、全く。鎮守府に戻ったら散々文句言ってやろう。悔しかったらむちむちボインを召喚してみろってな。

 

まあいいや。それよりもだ。

「うちのびーばーを起こしてくれねえか」

「ジブンハヤク二タタナイッテネムリマシタ」

「あいつにしちゃ殊勝な発言だな。いつも俺様があれこれ言う度に反論するくせによ」

駆逐艦大好きな織田の野郎に聞かせてやりたいぜ。いかにこいつらがわがままで面倒くさいか。料理を作るのはいいが、感想を聞かれたから大してうまくないと言ったら、女性にいう言葉じゃないとむくれやがった。女性という言葉はがきんちょには適用されねえんだよ。

 

「ヨホドショックダッタミタイデス。アナタヲマモレナカッタノガ」

あいつがショックねえ。信じられねえがな。

「ごめんなさい。私が、私達が追い込んだから」

「それに関しては俺様もうちの新顔に散々怒られたとこだぜ。俺様がうちの連中の気持ちが全然分かってねえってよ」

大丈夫だと分かってたからやったんじゃねえか。それをそこまで心配するかねえ。

 

「シレエ二ニテマスネ。ジブンノコトハアトマワシデ、アブナカッシクテ」

「俺様をあのおっさんと一緒にするな」

 

「ダカラ、ドウデス? ユキカゼガチカラニナリマショウカ?」

「何だと!?」

雪風(深)は力こぶをつくる。

「コノコヨリヤクニタチマスヨ?」

「えっ!! そ、そんなことできる訳ないですよ!!」

神風が驚くのも無理はねえ。あいつを寝たまんまにしろってのか? 確かにお前の方が強いし、役に立つだろうな。

「ホンニンモソウノゾンデマス」

「なんだと!?」

「ジブンヨリモ、ユキカゼノホウガヤクニタツト」

 

胸元を抑えながら言う雪風(深)。あのがきんちょめ。そんなに自信が無くなっちまったのか。

だがまあ、こいつの戦闘力は折り紙付きだ。確かに雪風(ガキ)とは比べ物にならねえ。

 

「ズットアセッテマシタ。ネテテモツタワッタ」

ふうん。あのがきがねえ。そりゃご新規で後輩がどんどん出てくりゃ焦るよな。

「ダカラ、カイホウシテアゲタイ。ワタシガカワリニタタカイマスヨ」

まるで母親みたいな言い方だな。まあ、そうか。お前からすりゃ大分下の後輩だもんな。

そんな風にも思うか。

「ドウシマス、シレエ」

俺様の様子を伺うように。上目遣いで見てきた雪風(深)に俺様は答えてやる。

そりゃ、こいつは時雨達並みに強いんだろ。こいつがいれば大分助かることは確かだ。

うちのすることなすこととろいくそびーばーより、同じ駆逐艦だが100倍くらいマシだろう。

 

でもな。

 

「ばーか」

俺様の返事にきょとんとする雪風(深)。

「ドウイウコト?」

「お前、分かって言ってるだろ。お前がしれえという相手は俺様じゃねえだろ」

にやにやと笑みを浮かべる雪風(深)。お前なあ。性格悪いぞ。

「だから、俺様にとってもしれえと呼ばれるのはあのがきんちょだけなのよ。飯はまずい。掃除は下手。言いつけをまるで守れない。なのにやたら上から目線のアホみたいな初期艦だがな」

「イインデスカ? ユキカゼノホウガツヨイデスヨ」

探るような目をする雪風(深)。お前本当にあのびーばーと同じ雪風なのかと思ったが、あいつも大概面倒くさかったな。

「それでもさ。あんながきんちょでも俺様の初期艦だからな」

「ヤッパリシレエノオコサンナンデスネ」

小さく頷くと電話を手に持ちに腹部に当て、雪風(深)は目を閉じる。

「ヨビカケテミテ? ドウナルカワカラナイデスガ」

 

                    ⚓

 

初めて会った時に思い切りため息をつかれた。

一緒にいたかったのに、お前はあっちに行けと言われた。

勝手をするなと頭をぐりぐりされた。

 

口を開けばがきんちょがきんちょ。

艦娘の外見と年齢は違うと言っても全く聞かず。

役立たずだの、のろまだの、つかえないだの悪口雑言ばかり。

 

けれど。

ぶっきらぼうに見せて実は優しくて。

口調は乱暴だけれど、手をあげるなんてことはもちろんなくて。

嫌がっているけど、遠ざけるほどではなく。

何だかんだ自分達と話しているあの人。

 

いつからだろうか。あの人が自分自身を大切にしていないのではと感じたのは。

皆の好意を感じていないのではと不安になったのは。

 

口を酸っぱく、そうではない。皆あなたのことが好きですと伝えても。

これまで人に好かれる経験が極端に少なかったあの人は信じてはくれない。

 

だから守りたかった。初期艦として、あの人を。あの人が大切にしたものを。

そうすればいつかきっとあの人に伝わるだろうと。

 

必死になって努力した。

あの人を守れるように。

 

けれど。実際に守られたのは自分。

目の前で倒れるあの人に、後を任されたことの嬉しさよりもなぜと言う気持ちで一杯だった。

どうしてあんなことをさせてしまったのだろう。

 

自分が弱いからだ。未熟だからだ。

撃った者たちへの怒り。自分自身への怒り。

 

ぐちゃぐちゃとない混ぜになった中でそれでもあの人の思いを守ろうとした。

でも。

経験不足の身ではそれもかなわず。あきらめきれぬと藻掻いて自分の中にある別な自分に頼ってしまった。

 

何をやってもダメな自分はいらないだろう。

あの人が言うがきんちょが消えれば、静かになったと言うのかもしれない。

それならばいっそその方がいい。自分の代わりに別な自分があの人を守ってくれる。

 

自分に見切りをつけ、静かにこのまま寝ていよう。そう雪風が思ったときだった。

 

まどろみの中で誰かが叫ぶ声が聞こえた。

優しい呼びかけなんかではない。酷い罵倒の数々だ。

 

「おい、引きこもり! てめえが役に立たねえっていじけるくらいなら俺様の役に立つように特訓しやがれ」

「大体、いつも、はい大丈夫です!! なんてほざいて持ってきた書類が一発OKになったことがないだろうが。大抵俺様とフレッチャーで手直ししてるんだぞ!」

「グレカーレの馬鹿と事あるごとに俺様を追いかけるのは止めろ!! がきんちょには分からねえ大人の事情があるんだ。いい加減そいつを理解しやがれ!」

「そもそも料理の練習をしますって癖に一つのやつに凝るとそればかり作るんじゃねえ! ジャムしかり、味噌汁しかりだ。それもいい加減な作り方だしな。だしパック使うなと言って煮干しを入れたのはいいが、普通は腸をとるんだよ、ボケが!! ただ作ればいいってもんじゃない。手間を惜しむんじゃねえ!」

「おまけにお前。俺様からもらったトランプやらなんやらとられないように天井裏に隠しているだろ。なぜ知っているかって? そんなのお見通しなんだよ。お前、トランプをやろうと誘うたびにあそこを開けたままにしてるじゃねえか。少しは考えろ、全く!!」

 

掛けられる言葉の数々に、雪風はああそんなこともあったかと思う。

自分のことをそんなにも与作が見てくれていたとは意外だった。

でも、少し言い過ぎではないだろうか。自分だって色々と直してほしいところがあるのに。

 

「なあにが、初期艦ですから! だ。後から来た連中の方がよっぽど働いてるぞ。お前が威張っていいのはグレカーレぐらいだ」

「何かにつけて艦娘は見た目どおりじゃありません、なんて言うがよ。お前のそういう所ががきっぽいんだよ。むくれてる時の顔見た事あんのか? まんまびーばーだぞ、お前」

「しれえは女心が分かりませんなどと生意気言いやがるが、知ってんのか、あほ。女心ってのはがきんちょの初期装備には含まれてねえんだよ!」

 

何度言えば分かるのだろう、この提督は。

艦娘は見た目と同じ年齢ではないと。

むくれるのはいくら言っても聞かないからだ。

構って欲しいのに、がきんちょはあっちに行けと邪険にする提督が悪いのだ。

 

「だが一番気に食わねえのがそのひねた態度よ。弱くても構わねえ。ミスがあるのは仕方ねえ。だが、どうにもお前のくそみたいなその自分は駄目だという考えが気に食わねえ。寝ていたいんだったら寝てるがいいさ。だが、俺様がそんな奴に優しいと思ったら大間違いだぞ。どうにかしてお前を叩き起こして、元に戻してきりきり働かせてやるからな!! おい、こら。聞いてんのか、このがきんちょ!!!」

「がきんちょじゃありません・・・・・」

思わず雪風が口にすると、暗くよどんだ周囲が何やら騒がしくなる。

「言われてむくれるのががきんちょの証よ」

「違います」

「ムキになるのがその通りってことだよなあ。その点大湊は大人の艦娘ばかりで羨ましいぜ」

 

また、そんなことを言って。どうして、どうして、この提督は何度言っても分からないんだろう。女心が分からないのだろう。

 

「何度も言ってるじゃないですか!! 雪風達艦娘は見た目と年齢が違います!!がきんちょじゃありません!!」

思わず大きな声で叫んだ時。

暗い壁に裂け目が走り、そこから白い光が差し込んだ。

 

                     ⚓

「がきんちょじゃありません!!」

突如叫んだかと思うと、雪風(深)の身体が白い光に包まれた。

「な、嘘でしょ・・・・・」

神風がその様子を呆然と見つめる。

 

光が消えた後に現れた雪風は、これまでのような白い肌ではなく、これまで通りの雪風の姿だ。

 

「おい、がきんちょ。引きこもりはやめたのかよ」

与作の言葉に、ゆっくりと目を開けた雪風は答える。

「だから、がきんちょじゃないですよ、しれえ。体は大丈夫なんですか?」

「アホ。俺様があんな程度でくたばる訳ねえだろ」

 

そうして与作が今回のことを説明すると、雪風はぷんぷんと怒り出した。

「な、なんなんですそれ!! 雪風が、雪風達がどれだけ心配したと思っているんです!!」

「うるせえ野郎だな。俺様が必要だと思ったからそうしたまでだろうが。お前等ショックを受けすぎだぞ」

今まで通りの与作の軽口だったが、どうもその一言が雪風にとっては気に食わなかったらしい。

 

「どれだけ!!」

今のいままで引きこもっていたとは思えないほどの大声だ。

 

「どれだけ自分を大事にしないんですか? 雪風もグレカーレさんもフレッチャーさんも。しれえが撃たれのを見てどれだけ大湊の人に怒ったか。自分達の不甲斐なさを悔いたか。分からないんですか。みんなしれえが好きなんです。いなくなったら嫌なんです。文句ばっかり、悪口も意地悪もするけど、でも本当は優しいしれえがみんな好きなんですよ? なんで、しれえはしれえ自身が好きじゃないんですか!」

「別に俺様は俺様自身が好きだぞ。ただ、どうしても必要だと思ったら俺様自身被害に遭うことも厭わず物事を計算するってだけだな」

 

「それは普通じゃないわ、鬼頭提督」

口を挟んだのは硬い表情をした神風だ。

「一か八かの戦いならば分かる。でも普段からそうでは周りは気が気ではないわよ」

「そうは言ってもな。これは俺様のスタイルみたいなもんだ」

譲らぬ与作に、雪風は口をへの字にする。

 

「・・・・・・ってやります」

「何だって!?」

「そんなに言っても分からないんだったら、雪風達が、雪風が毎日しれえにひっついて耳にタコができるくらい言ってやります!! もう勘弁してくれ。少しは気を付けると言う日その日まで!!」

「おいおい。勘弁しろよ。なんで、そんなにムキになってんだ。そりゃあ、多少心配させたのは悪かったがよ」

「全く何度言えば分かるんですか」

雪風は電話を持ち、顔を近づける。

 

「雪風は、しれえが、好きなんです!! しれえがどんなに自分が嫌いでもその分雪風が好きでいてあげます! 雪風がしれえを守ります!!」

「お前なあ。どうしてそんなに強情なんだよ」

「そんなの簡単です!」

ぐっと力を込めて、雪風は叫ぶ。

「しれえのその態度が気に食わないんですよ!! だからです!!」

 

自分を二の次にする分からず屋を何としても守りたい。

そう思った瞬間・・・・・・。白い光の爆風が巻き起こる。

 

「え!? なんだ、おい」

光が収まり現れたのは、これまでのワンピースの上に赤い上着を着た少し背が伸び、大人びた雪風。

「反抗期かと思ったら成長期か? おい。雪風。そいつがお前の改二なのかよ」

「雪風じゃありません。しれえ、丹陽です!!」

「丹陽だと!? 中華民国に引き取られた時の姿か。成る程なあ」

まじまじと丹陽を見つめる与作に、雪風改め丹陽はふふんと得意がる。

 

「これで、しれえを守れます!! もうがきんちょとも言わせません!!」

「まあ小学生が中学生になったくらいは認めてやるか」

「何でです!!」

不満そうに文句を言う丹陽に、与作は真面目な顔をする。

「ふん、ジャーヴィスにも言われたからな。お前たちが戻ってきたら謝るさ。ところで、丹陽よ。お前の身体に宿っていた雪風はどうしたんだ」

「原初の雪風さんですね。・・・・・・いらっしゃいます。でも」

 

                 ⚓

なぜか口ごもる雪風改め丹陽の姿に何事かと思った俺様だが、その答えはすぐに分かった。

丹陽から浮き出すかのように、黒い光が集まり形作った雪風(深)の姿。

「お前、それは・・・・・・」

これまでの圧倒的な強さを見せていた時の輝きはなく、今は背後が透けて見えている。

「ナカナオリシタンデスネ。ソレジャア、ユキカゼハモドリマス」

薄く微笑む雪風(深)。

戻るってどこに戻ろうと言うんだ、こいつ。

まさか、また海の底に戻ろうって言うんじゃないだろうな。

 

「ユキカゼガサガシテイル、シレエガイナイイジョウ、ココニイテモ」

 

寂しそうに呟く姿に、ああこいつ。ずっと迷子だったんだなと実感する。

ようやく出会えたと思った奴は人違い。そりゃ、もういいやと思うだろうな。

 

「別にここにいてもいいんじゃねえか」

俺様の一言に不思議そうにする雪風(深)と、なぜか頷く丹陽。

同じ顔なのにどうしてこう違うんだ。どう見ても丹陽の方が成長しているのに、がきっぽく見えるのはどうしてだ。

 

「ナンデ?」

「ばばあや北上に時雨。昔馴染みがいるんだしよ。響だってよく会うしな。暗い所で一人でいるよりいいだろう?」

「デモ・・・・・・」

「それによ。どういう訳だかお前も建造した時についてきたんだろう? いわばうちの鎮守府の所属艦だぞ。勝手にいなくなられても俺様が困る」

「ソンナコトイワレテモ」

「いいじゃねえか。時雨のアホとばばあトークでもしてろよ」

「ドウシテ? アナタノユキカゼハイルノ二」

 

だからっておっさんの部下だった奴をないがしろにはしねえよ。うちのがきんちょが寝たまんまだと困るからさっきはああ言ったが、俺様は欲深いんだ。

俺様の説得に思案顔の雪風(深)。なんでがきんちょをこんなに引き留めてるんだろうな。これもあのおっさんのせいだ。

「・・・・・・」

「雪風さん、丹陽からもお願いします!! 鎮守府のみんなで気を付けますが、しれえはバカなのでいつ無茶をするか分かりません。雪風さんがいてくださったら安心です!」

うちのびーばーの必死の説得。バカにバカと言われることほど屈辱はねえな。

 

「イテイインデスカ? ナニガアルカワカリマセンヨ」

「構わねえよ。こいつが俺様にひっつくらしいからな。その時は俺様が止めるさ.

おっさんが言ったこと、してみたらどうだ? 楽しいことしてみりゃいい。せっかく戻ってきたのに戦いだけで帰るなんてばかばかしい。あのおっさんならそう言うだろうぜ」

「エエ。ソウイイマスネ」

雪風(深)は、深く頷くと、俺様の方をじっと見た。

「ホントウニ、シレエノムスコサンナンデスネ」

おい、いちいち確認するんじゃねえ。

「まあな」

「シカタナイデス。ソレジャア、オネガイヲキイテクダサイ」

「お願い!? 何だ、そりゃ」

「シレエノムスコサンナラ、ユキカゼタチハオネエサン二アタリマス。オネエチャント、ヨンデクダサイ」

 

はあああああ? 何言い出すんだ、この亡霊びーばー。

言うにこと欠いて何で俺様がこいつを姉呼ばわりしなきゃいけないんだ。

「シレエノムスコサンガデキタラ、ソウヨンデモラオウト、オモッテタノデ」

どういう理屈だよ。お前たちがあのおっさんの部下だから、息子の俺からするとお姉さんってか。どう見たって、お前たちの方が年下だろうが!!

 

「しれえ。我儘を言わないでください」

丹陽の野郎がたしなめてくるが、お前なあ。普通怒って当たり前だぞ?

「ドウシマスカ? ヤメマスカ?」

こいつ!! この間見た融資詐欺みたいなこと言ってるぞ。金を振り込まなきゃ融資ができないと言って、結局は金をふんだくる奴だ。言うだけ言わせて消えるんじゃないだろうな!

「しれえ!」

ちっ。こいつ。調子づきやがって。

 

「分かったよ。お姉ちゃん。これでいいか」

「コレデイイカハイリマセン」

「お姉ちゃん」

「アマエガタリマセン」

 

おいおい。どこの羞恥プレイだ、こいつ。甘えが足りねえだあ? 鬼畜モンのおやぢと対極にあるものを想像できる訳ねえだろ。こら、丹陽。くすくす笑ってんじゃねえ。お前後でお仕置きな。仕方ねえ。ここはイメージでいくしかねえ。俺様のデータベースの中で一番お姉ちゃんと言いそうなのは。あ、あいつだ。

「お姉ちゃ~ん(ま○子風に)」

「ビミョウデスガ、ヨシトシマショウ」

 

ふうとため息をつく雪風(深)はふわふわと丹陽へと近づくと体を重ねた。

「オネエチャンモ、シレエノムスコヲゼッタイマモリマスヨ」

「え!?」

と・・・・・・。その瞬間。さっきの白い光とは違う、金色の輝く光の渦に包まれる丹陽。

続いて起きた爆風はさっきのとは比べ物にならない。

 

「な、なんなの。さっきのが改二じゃないの?」

神風も訳が分からないと目を白黒させているが、全くの同意見だ。服まで変わったのに、まだその上があるのか。

 

「違いますよ。こちらが雪風の改二です。丹陽とは別ですね」

姿形はこれまでの雪風が成長したように見えるが、それだけじゃねえ。体から溢れるオーラが段違いだぜ。

 

「あん? お前おっさんの雪風じゃないか!?」

「いえ、しれえ。雪風は雪風ですよ!」

「嘘こけ。俺様の目は誤魔かせねえぞ。あいつはどうしたんだ?」

「よく分かりましたね。意識を切り替えられるようにしたんです。この状態の時には」

どういう理屈だよと思ったが、もう驚かねえことにした。いちいち疲れるからな。

 

ふふと雪風(深)が笑ったかと思うと、慌てた顔になる。

「雪風さん、びっくりしました。丹陽からいきなり変わるから」

「ごめんね。まさかこんな風になるとは思わなかったので」

「でもありがとうございます。これでしれえを守れます!!」

 

無邪気に笑う雪風に雪風(深)は薄く微笑む。傍から見ていると、完全に落語だな、こりゃ。

おう、そうだ。お前たちに一つ言っておかなきゃいけねえことがあった。

「なんです、しれえ。がきんちょはもう品切れですよ」

「お姉ちゃんにがきんちょとは失礼ですよ!」

 

同じ顔でいう事が違うのは面白いもんだな。だが、そうじゃねえよ。

雪風には俺様として。雪風(深)には代理として。

仕方がねえから臭い言葉でも言ってやるか。

 

「よく帰ってきたな。お帰り」

                          

 




登場人物紹介

丹陽・・・・・・江ノ島の雪風が提督を守りたいという思いでなった姿。中華民国に引き取られた雪風の姿で若干成長している。

雪風改二・・・・原初の雪風の提督の息子を守りたいという気持ちとその意志が、江ノ島の雪風の意志と呼応し、奇跡の力が宿ったIFの雪風の姿。この状態の時には与作曰く雪風(深)が表に出ることが可能。(普段は大体寝ている)

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