鬼畜提督与作   作:コングK

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長かった大湊編がようやく終わり。
新キャラのモデルはあの人。

菱餅任務が終わったと思ったらイベントかあ。
個人的には未だに北の魔女との戦いが一番お気に入りです。音楽がよかったし、全力で水上も空母の方も戦えたので。

誤字報告いつもありがとうございます。



第六十二話 「演習その後」

「ねえ、提督。TV面白いよ」

タンクトップにホットパンツ姿の少女はTVを観ながら、庭先で水やりをしている男に声を掛けた。

流れているニュースの中では野党の議員がしきりに海軍大臣の坂上に対し、艦娘に対する首輪使用の責任について問うている所だった。

 

「ですから、艦娘達の権利についてどうお考えなのですか!」

青筋を立てて怒鳴る野党議員に、坂上は薄く笑みをたたえながら答えた。

「いや、野党の皆さんから艦娘の権利についてご指摘いただけるとはありがたいですな。予算を増やそうとするたびにやれ軍拡だのなんのと言う輩がいるもんですから困っていた所なんですよ。是非とも次の予算の時にはご協力いただきたいもんです」

「首輪を使用した責任についてはいかがお考えなのですか!」

「現在米国とも協力し、関係機関を捜査中です。また、提督適性試験をより厳正に行うこと、現在所属している各提督への教育も並びに行っていきます」

「それでは何のための提督養成学校です! 予算の無駄遣いでは!?」

「ご質問の趣旨が分かりかねますな。小学校で盗みは駄目と教えるでしょう? でも万引きを起こす奴はいる。だが、それで、教育はどうなっているんだと言われてもあんた、結局は個々人の責任ですよ。万引きする奴はする。しない奴はしない。だが、万引き自体は駄目だよと教えてあげないといけない訳で。それを再度しっかりやっていきますということです」

「そうじゃない。大臣と元帥の責任はどうなっているんですか!」

「仰っている意味がよく分かりませんが、辞めるということが責任の取り方というならこんなに楽なことはありません。どっかの国の馬鹿議員が謝罪会見の一つでも開いて辞任すればいいだろう、なんてのはいい大人のすることじゃあない。無責任なだけでしょう」

 

ぶっと吹き出した鈴谷は再度庭の方を向く。

「提督、この大臣マジウケるんだけど」

「これ、鈴谷。わしはもう提督ではない。いい加減その呼び方をよさんか」

答えたのは老人である。好々爺然としているが、深く刻まれた皺からは彼がこれまで過ごしてきた人生が安穏としたものでなかったことを思わせる。

 

「提督は提督じゃん。呼び慣れちゃったし、いきなり変えるのはムリっしょ」

「全く、昔から変わらんな、お前は。ああ、それで、何だったか。首輪だとな。情けない話じゃ。首輪などつけんとお前達艦娘と付き合っていくことができんとは」

「仕方がないんじゃない? 昔の人達と違って、今の提督さんは一般の人ばかりでしょ」

「わしらの時代から艦娘との付き合いに悩むのはおった。今も昔も変わらんよ」

 

「ほ~い。どなた?」

玄関で呼ぶ声がし、鈴谷がぱたぱたと走っていったかと思うと、荒々しく室内へと戻ってくる。

「なんじゃ、やかましい。静かにせんか」

「そ、それどころじゃないよ、提督! 大変なお客さん!」

「なんじゃと?」

怪訝そうな目で玄関の方へと向かった男を待っていたのは、先ほど鈴谷が言っていたマジウケる大臣その人だった。

 

「お久しぶりです、杉田さん」

「なんじゃ、TVの中から出て来たか」

「ああ、ニュースを見てくれてたんですか」

手にした包みを鈴谷に渡した坂上は、のそりと室内に入ると胡坐をかいた。

杉田はしかめっ面をしてそれを迎えると、やれやれとその前に座る。

「相変わらず図々しい男じゃな。鈴谷、茶を頼む。思い切り渋い奴を出してやれ」

「了解。おっ。美味しそうな豆大福じゃん!」

嬉しそうに台所に下がった鈴谷を見送ると、意外そうな表情で杉田を見た。

「先輩のこれですか?」

小指を立ててくる下品な後輩に対し、杉田は冷たい視線を送る。

「バカを言うな。わしをいくつだと思っておる。四捨五入すれば八十じゃぞ。あれは、養成学校からの付き合いでな。わしが退役すると言ったときになぜかついてきおった」

「仕方がないじゃん。提督おじいだからさ。放っておいたら孤独死しそうだったんだもん」

お盆を持って現れた鈴谷は唇を尖らせる。

「余計なお世話じゃ。お前は昔からそうじゃ。わしが舞鶴に着任し、曙を初期艦としたのに、なぜ自分を呼ばないと駄々をこねおって。そのせいで養成学校から艦娘を連れていけるなどという妙な前例を作ることになってしまったではないか」

「おや、あの制度。杉田さんが先鞭をつけたんですか」

「こいつのせいでな」

杉田は一口茶をすすると、坂上の方をじっと見つめた。

「それで、わしに何の用じゃ。ただ単に昔話をしに来たわけではあるまい?」

「ええ。先輩にお願いがあって参りました」

自衛隊時代の後輩が先輩呼ばわりするときはろくでもないことばかりだと知っている杉田は思い切り顔を顰めた。

 

杉田一はこの年75歳。とっくに軍を退役し、悠々自適の生活を送っていた彼の後半生は激動の一言に彩られている。

20年前に海上自衛官だった彼は、始まりの提督の鉄底海峡の突入に際し、補給船に乗りこむ先輩たちに自らも同乗を申し出たが、若さを理由に拒まれた。そして、多くの被害を出し、戻ってきた艦娘達の有様に自らの不甲斐なさを自覚した時、皮肉にも彼の提督としての資質が開花する。

 

軍肝いりの提督養成学校の初代の入学生にして、歴代で最も高齢な提督候補生として一年を過ごした後舞鶴に着任した彼は、自衛隊時代の経験を活かして老練で隙のない用兵を見せ、15年前の深海棲艦との戦いでは大きな戦果を挙げた。

数が増える提督を前に、もう自らのような老人がいる時代ではないと後を託して軍を退いたのが五年前。予備役としているものの、もう軍とは関わらないと広言している杉田に坂上がしたのは、現役復帰の要請だった。

 

「わしに大湊の司令長官になれじゃと?」

「ええ。それしかありません」

坂上は説明する。

大湊と江ノ島の演習から端を発した一連の騒動で、各国を驚かせたのは、艦娘にとって天国だと思われていた日本において、悪名高き首輪が使用されていたという事実であった。

このことに対し、先の米国大統領の件を絡め、各国の親艦娘派や良識派の者たちが懸念を表明し日本の親艦娘国としての国際的な評判は地に堕ちるかと思われたが、実際にはそうはならなかった。

首輪使用の事実について報告をした際、坂上が居並ぶマスコミに対し、今回の江ノ島鎮守府と大湊警備府の演習は首輪の使用について調査をしたいという江ノ島の提督からの発案によるもので、結果として多くの艦娘を救うことになったとその成果を強調したためだ。

 

「さすがはキトウ提督だ! 艦娘の救世主だ!」

米国のフレッチャー偽装事件で大きな役割を果たし、世界的に有名になった鬼頭提督のすることに間違いはないと艦娘達の多くがそれを好意的に受け止め、さらにEU艦娘艦隊の司令長官である戦艦ウォースパイトが、

「艦娘達の未来のために尽力する鬼頭提督に感謝を」

とコメントしたことによりそれが後押しされた。当事者である艦娘達が支持をしている以上、マスコミはそれ以上迂闊に書くことはできず、海軍省の管理体制が不十分だったと突くのが精々だった。

 

「へえ。あのおぢさんがねえ。随分人相が悪かったけど」

率直な感想を述べる鈴谷に、杉田は首を振る。

「ふん。気の毒に。あの若いのを人身御供に使ったんじゃろ」

「え!? 嘘ってこと?」

「全部ではないじゃろうな。上手い嘘という奴は事実に嘘を混ぜる。大方調査したいと言ったのが嘘じゃろ」

図星を突かれ、坂上は苦笑して見せる。どうも昔からこの先輩には頭が上がらない。

「仰る通りです。ああでも言わんと収まりがつきませんでしたので」

 

大湊の騒動をどうするか。喫緊の課題であったそれを、坂上は与作の名声を利用する筋書きを用意し収めようと考えた。人間一度正しいことをした者には期待する。ましてや、艦娘の救世主と言われる鬼頭提督ならば、それくらいのことはするだろうと思う。反対する当人を米国の件での貸しと、今度いい店に連れて行くとの約束の元承知させ、関係各所に存分に言い含めての発表には予想通りの反応が返ってきた。

 

「で、わしに大湊に行けということは余程上下に大湊は腐っていたと見える」

「お恥ずかしい話ですが、その通りです。年に数度の査察じゃ見抜けません。各鎮守府にやり方を任せているのが現状ですから」

坂上は大湊の現状について補足する。司令長官の榊原以下上官、各提督は通称憲兵と呼ばれる特別警務官によって取り調べられており、上層部の刷新は避けられない。

だが、精強でなる大湊の司令長官を務められる人材を他から持ってくるとなるとその鎮守府が手薄となり、深海棲艦の動きが活発化するとされる夏場を前にそれは悪手である。

「そこで、何かないかと考えて先輩のことを思い出した訳で」

「思い出さんでくれてよかったんじゃがな」

いけしゃあしゃあと言ってのける後輩に、杉田は小さくため息をついた。

「いやいやいや。いくら何でもないでしょ、それ。提督はもう引退してんだよ。今更現場に引っ張り出さないでよ」

横から鈴谷が口を挟む。彼女にとっては相手が大臣だろうと関係ない。

「なぜわしか。その理由を聞こうか」

「大湊の司令長官だった榊原からくれぐれも頼まれましてな。艦娘との接し方を間違えて教えた。正しい接し方を知っている人間を後任にして欲しいと」

「江ノ島の坊やは?」

「あれは劇薬です。普段使いには合いません。おまけに奴はまだ着任3か月ですよ? さすがにありえんでしょう」

「3か月。それでこの名の売れようか。随分と肩身の狭い思いをしておるじゃろうな」

自らも有名になったことがあるだけに杉田の言葉には深い同情の念がこもっている。

「提督を司令長官にってのもあり得ないんだけど!」

「杉田先輩は最終的に舞鶴で司令長官をされていたからあいつよりはましだ」

坂上はきちんと座り直すと、杉田の方をしっかりと見据えた。

「どうです、お願いできませんか。細かいあれこれはこちらでやりますので」

「大湊の艦娘、提督はどうするんじゃ」

「再教育の上運用して様子見ということになります。さすがにいきなり鎮守府が丸々使えなくなるのはあり得ない。」

大湊ほどの鎮守府だ。他から引っ張ってくるとしても各方面の戦力の低下は避けられない。

 

「大湊の艦娘か。あの神風は元気かね」

ふっと杉田は目を細める。記憶の中の彼女は随分と世を達観しているようだった。

「色々思う所があって宗旨替えをしたようです」

「江ノ島の若いのの影響か? よい変化だといいのじゃが」

まるで、娘を思うような言葉にふっと鈴谷は柔らかな笑みを浮かべる。

「道を見失った彼女達を導いてやっちゃくれませんかね」

「考えさせてもらおう」

 

坂上が去った後、書斎で何かしら考え事をしていた杉田が居間に戻ると、鈴谷は携帯で誰かと電話していた。

「え!? そうなの。分かった。引き出しの上から3番目ね、了解」

「なんじゃ、騒々しい。誰と話しておる」

杉田がやれやれと眉を顰めると、鈴谷は携帯を彼の耳に押し当て、部屋を出て行く。

「おいおい。誰じゃ」

「あたしよ、あたし。忘れたんじゃないでしょうね、クソ提督」

声の主の久しぶりに聞く口の悪さに、思わず杉田は笑みを浮かべた。

「相変わらずの口の悪さじゃな、曙。5年も一般社会に溶け込んだのならもう少しマシになってもいいもんじゃが」

「余計なお世話よ。それよりも、クソ提督。復帰するの?」

「そういう話があっただけじゃ。まだ決まっておらん」

「復帰するんでしょ?」

「だから、まだじゃ」

「復帰するのよね」

舞鶴着任以来の付き合いになる初期艦は、全て分かっているというように繰り返す。

杉田は観念したように、ふうと息を吐いた。

 

「なんじゃ、反対か」

「そりゃ反対よ。当たり前じゃない。年を考えなさいよ、クソ爺でしょ」

「お前は相変わらず優しいな」

「ふ、ふん。おだてたってあたしはついて行かないからね」

「もちろんじゃ。昔の連中には声を掛けん。勝ち取った平和な時間を楽しむがええ。解散の時にそう言うたじゃろうが」

「よく言うわよ。あたし達の艤装を解体したの、あんたじゃない」

予備役となる彼に合わせて、現場に残ろうとする艦娘達の艤装を一つ一つ解体していった杉田だった。

「お前さん達はよく働いた。今更わしの我儘に付き合う必要はない」

「でも、それって鈴谷には通じないわよ」

 

曙の言葉に首を傾げた杉田だったが、間もなく居間に戻ってきた鈴谷の姿を見て、納得する。

現役時代さながらのブレザー姿。先ほどまでのだらけた格好とは一変したその姿にぽかんと口を開けるしかない。

「あれ!? 思ったより提督太ってないじゃん。これなら直さなくても平気そう」

手にした制服を杉田に合わせながら鈴谷は呟く。

「なぜ、お前がその服装をしておる。どういう訳じゃ」

「ああ、鈴谷。艤装を隠してただけだし」

けろりと言ってのける鈴谷にはさしもの杉田も驚きを隠せない。

 

「提督の事だから、どうせまた戻るんだろうな~って思ってたもんね」

「お前たちの艤装は全てわしが解体した筈じゃぞ!」

「提督も甘いからなあ。数が多いって後の方はおざなりだったじゃん」

「そいつ、一人だけずるしてたの。どうせクソ提督はそのまま引退するって思ってたからあたしも黙ってたんだけどね」

電話口で曙も大きなため息をつく。自分が初期艦に選ばれていたというのに、養成学校時代からの付き合いをないがしろにするなと舞鶴に着任してみせた鈴谷らしい所業だった。

 

「ごめんごめん。みんなの分まで鈴谷がんばるからさ。それでチャラにして?」

「何を言っておるんじゃ、お前は」

「提督お爺なんだからさ、色々手助け必要じゃん?」

「お前も妙に義理堅い奴じゃな。年寄りの物好きに付き合うことはないんじゃが」

「そんなの今更っしょ」

ははと笑う鈴谷はばんばんと杉田の肩を叩いた。

 

                     

                   ⚓

君子危うきに近寄らずってのはよく言ったもんだぜ。

勝手知ったる我が家だが、ここまで禍々しいオーラに包まれて感じたことはねえ。

秋津洲の馬鹿がばばあに今回の演習のことをばらしたせいでとんだとばっちりよ。押し黙るばばあに俺様がどれだけ言葉を尽くして説明したことか。あのかもかも野郎は戻ったらお仕置きが必要だな。

「事情は分かりました。とりあえず、帰りに必ず寄りなさい」

必ずを強調したのが、さすがにばばあだぜ。俺様がそのまま江ノ島に帰ると予測しての発言よ。正直こりゃ、やばいと思ったね。ばばあの怒り段階がLVMAX。限界突破状態だ。

 

「それはしれえが悪いんですから仕方がないです!」

横から雪風の野郎が口を挟む。

「そうそう! テートクは今回の事は海よりも深く反省すべきよ!!」

それに加勢するグレカーレ。こういう時いつもは止め役のフレッチャーでさえ、

「提督、さすがに今回は私もどうかと思います」

と声を震わせる有様だ。

俺様何かしたのか? お前達はパワーアップし、大湊も首輪を使うくそがいなくなった。万々歳じゃないか。

 

「やり方が悪いのよ、ダーリン! 口で言って分からない子には頭突きで教えるわよ!」

大湊から合流した口うるさく頭が固い(物理的に)英国駆逐艦も同調する。お前なあ、がきんちょの癖にやたら体育会系過ぎるぞ。だから、悪かったって言ってるだろうが。本当によぉ。お前等演習終わって事情聴取されている間も、帰りの車内もずうっと俺様に文句を言い通しじゃねえか。

「ヨサク、諦めなさい」

ジョンストンまで俺様に素っ気ない。全く揃いもそろってがきんちょが口うるさくてたまらないぜ。

「これにばばあの説教が追加されるなんてうんざりだな」

がらがらと戸を開けると、そこにいたのは仁王立ちしたばばあ。

「うおっ!!」

思わず驚いた俺様の耳をばばあは思い切り引っ張り居間に連れていく。痛いだろうが、バカが!

 

「バカは貴方です!!」

ぐいっと俺様の襟首を掴むと、ばばあは下を向いた。

「どうして、どうして貴方達は親子で同じ事をしようとするの! 残された者の気持ちは考えないの? 強くなんてならなくていい。貴方に安全健康でいて欲しいとこの子達が願っているのがどうして分からないの!!」

あっ、こりゃまずいな。面倒臭い地雷を踏んじまった。

 

「俺様が悪かった。すまねえ。勘弁してくれ」

こうなったら素直に頭を下げるしかねえ。俺様としたことが、ばばあがこの話を聞いてどう思うかを考えなかったのはまずかった。そりゃ、こういう反応になるわな。

「謝るのは私でないでしょう」

ばばあに言われて、居並ぶうちのがきんちょ共にも頭を下げる。

「悪かったぜ。まあ、今後は気を付ける」

俺様の態度の変化に狐につままれた顔してやがる。そりゃそうだよなあ。

だがよ、こうしねえと後でばばあが面倒なんだよ。

 

「ま、まあ結果的にみんなパワーアップしたしね」

いつもへばりついてきて面倒くさいグレカーレが下手糞なフォローをしてやがる。偉いぞ、お前。今日ばかりは誉めてやろう。

「提督が気を付けてくだされば、これ以上私が言うことはありません」

うんうん。フレッチャーの奴も平常運転になりそうだ。さすがはうちの常識人枠だな。

「ダーリンはもうちょっと懲りた方がいいと思うけど」

「こら、ジャーヴィス。まとまりそうな話をまぜっ返さない!!」

新参者二人はもう少し静かに話そうな。ばばあを刺激するだろう。

「雪風はしれえと約束しましたから。しれえがもう参ったと言うまで言い続けますから」

いつものびーばーとは思えねえ真剣な面で雪風の奴が言う。お前しつこいぞ、分かったと言ってるだろうが。

「しれえの分かったは信用できません!」

ぷいとそっぽを向く生意気な初期艦。

お前の書類ができましただって同じようなもんだろうが!

「まあまあ、気分でも入れ替えようよ」

ナイスタイミングで入ってきたのはアトランタと神鷹だ。人数分のお茶とお茶菓子を用意する心配りはさすがだな。

「提督、も、申し訳ありません・・・・・・」

心底気まずそうに頭を下げる神鷹だが、お前のせいじゃねえぞ。あのかもかもが悪いんだ。

「秋津洲さんにも申し訳がなくて・・・・・・」

いや、だから気にするんじゃねえ。

「そうそう。神鷹さん、元はと言えばテートクが悪いんだから!」

うるせえ野郎だ。さっき見直した俺様を返しやがれ。また話がややこしくなるだろうが。

「っと、そう言えばばばあに紹介したい奴がいたぜ」

俺様が雪風を見ると、雪風は立ち上がり改二状態になる。

「ちょ、ちょっと雪風!?何よ、いきなり」

ジョンストンが驚いてやがる。そういや事情聴取の時には大湊だったからこいつ等にも初お披露目だな。

うっすらと目を開けた雪風は、それまでと違い若干大人っぽい表情を浮かべた。

「こんにちは! 江ノ島鎮守府のみんな。雪風です。よっちゃんの姉をしています」

ぶうううう。お前、その設定まだ生きてたのか。おまけに何だ、そのよっちゃんって。

弟に対する呼び名ってことか? くそが。俺様は駄菓子じゃねえぞ!

                

                 ⚓

「こんにちは! 江ノ島鎮守府のみんな。雪風です! よっちゃんの姉をしています!」 

突如雰囲気の変わった雪風に、江ノ島鎮守府の面々はぽかんとするだけだった。

改二状態なのは分かるが、その佇まいから何からがまるで別人を思わせる。

「え!? 雪風だよね。どういうこと? 何かのネタ?」

まるで事情が分からないとアトランタが目を白黒させるが、傍らにいた鳳翔は目を見開き口元を押えた。

「あ、貴方・・・・・・。ま、まさか・・・・・・」

原初の艦娘と呼ばれる彼女達は、一種独特のオーラを纏っており、多くの艦娘はその存在を感覚で理解することができる。ある者はぎらぎらと燃え立つ太陽のようだと言い、またある者は、遥かな天の頂にも感じると答えた。それは当人たちもまた然り。

自らと同じ高さにいる者を間違えよう筈がない。

ちらりと鳳翔が与作を見やると、義理の息子はこくりと頷いた。

「そ、そんな、そんなことが・・・・・・」

まだ信じられぬと首を振る鳳翔に、

「お久しぶりです、鳳翔さん。雪風、帰ってきちゃいました」

口元を震わせる雪風は告げる。

「!」

弾かれたように鳳翔は雪風に駆け寄ると、黙って強く彼女を抱きしめた。

その存在を、ぬくもりを確かめるように。何度も何度も。

 

「鳳翔さん、少し痛いです・・・・・・」

照れたように話す雪風に、鳳翔は目を瞑って答えた。

「ごめんね、少しの間我慢をしていて」

 

ややあって、落ち着きを取り戻した鳳翔と一連のやりとりを呆然と見ていた江ノ島鎮守府の艦娘達に与作が一連の経過を説明すると、案の定驚きの声が次々と上がった。

 

「いやいや、ありないってテートク。げ、原初の艦娘さんがどうして建造されんのよ! そりゃ、すりぬけくんはあり得ない奴だけどさ」

「俺様もよく分からんが、一人の身体に二つ魂があるみたいな状態らしいぜ」

「し、信じられません。まさか、原初の雪風さんだったなんて。失礼がなかったでしょうか」

心配するフレッチャーに雪風(原)は微笑んでみせる。

「気にしないでください。雪風自身半分眠っていました。大湊の一件が無ければずうっとそのままだったかもしれません。それに、雪風は雪風ですよ」

「そうです、雪風さんの言う通りですよ! 雪風も普通に接して欲しいです!」

「え!? あれ?今のはうちの雪風? よく分かんない。どうなってんの?」

「意識の切り替えができるんだとさ。落語みたいで見てると笑えるぜ。って、こら!」

 

こつんと、与作を雪風が叩く。

「お姉ちゃんを笑えるとは失礼ですよ、よっちゃん!」

「お前の方が失礼だろうが! どう見てもがきんちょのお前がいつまで姉気取りでいやがる!」

「え!? ゆ、雪風さんは提督のお姉さんなんですか?」

神鷹の問いに、雪風(原)は、与作とのエピソードを披露し、その正当性について語る。

「う~ん。なんとなくいきさつは分かったんだけど、色々めんどくさいことになりそうじゃない、提督さん」

「あ、それあたしも思った。北上はいいとして、どう考えてもごねそうな人に心当りがあるんだけど。テートク、頑張ってね」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ面々を少し引いたところから見ているのは、ジョンストンとジャーヴィスの新規艦二名だ。

「あたし、とんでもない所に着任しちゃったんじゃないかしら」

「そう? 私は楽しそうな鎮守府でラッキーだと思うけど。退屈しなそう!」

 

笑い合う江ノ島鎮守府の艦娘達に、鳳翔はかつての自分達の姿を重ね、口の端を上げると、ポンと手を打った。

「それじゃあ、みんなでおうどんでも食べに行きましょうか? もちろん、与作のおごりで」

「はあ!? おい、ばばあ。なんで俺様のおごりなんだよ!」

「私達を心配させた罰です。この程度で許してもらえるのだからありがたく思いなさい」

有無を言わせぬ鳳翔の口調に押し黙る与作。

どうも、この義理の母には頭が上がらぬらしい。

「けっ。精々素うどんでも食ってな。俺様は色々トッピングするからな」

「しれえばっかりずるいです! 雪風もトッピングします!」

「あたしもあたしも!」

『私は大盛りの上、各種山盛りも希望しますよ!』

ぴょんと出てきたもんぷちを与作が摘まみ上げる。

「あっ。お前。こんな時だけ出てきやがって! 本当に食い意地が張った野郎だ」

『今回大活躍の私にはそれでも安いくらいですよ! 天ぷら大盛も追加してもらいましょう!』

調子にのる妖精女王の口元を見た与作はすっと目を細める。

「おい、もんぷち。ちょいと気になるんだがよぉ。お前のその口元から甘―いりんごの匂いがするんだが、ひょっとして土産のアップルパイをつまみ食いしてねえだろうなあ?」

『ぎくり! な、何のことでしょう。決して提督が特別デザートを寄こさないから腹に据えかねてとかではありませんよ?』

「あっ、テートク! 箱の中空っぽだよ!」

「アップルパイ盗難事件ね! まあ犯人は言うまでもないけど」

「てんめえええ! ちょっと働いたと思ったらすぐこれか! 土産どうすんだよ、あいつらの!」

たらたらと冷や汗を流すもんぷちにぐりぐりをかます与作。

「ちょ、お、落ち着いてください、しれえ!」

「雪風、少しはやらせておいた方がいいよ。あいつは少し懲りた方がいい」

やれやれと頭を掻くアトランタ。

 

(よい仲間ができたのですね。)

わいわいとする皆を見ながら、鳳翔は改めてうんうんと頷いた。

 

 




登場人物紹介

杉田・・・・・・「誉れ高き一期生」と呼ばれる提督養成学校一期生にして、歴代最年長で提督候補生となった老練の提督。皮肉屋だが、艦娘達からの評判は高い。

鈴谷・・・・・・杉田の養成学校時代のペア艦。初期艦を曙に決めた杉田に文句を言い続け、養成学校と話し合いするまでさせたバイタリティ溢れる艦娘。彼女の行動が、後の養成学校の艦娘を引き渡すという流れにつながる。

曙・・・・・・・杉田の初期艦。今現在は退役し、大企業でばりばりと働いている。時折杉田の家に行っており、物のありかを把握している。

雪風(原)・・・呼び名がややこしいと与作命名でぜかゆきになった。「ぜかきゆだと意味が分からん。これでいこう」とは提督の弁。ネーミングセンスがないと、名付け親にチョップをかます。

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