鬼畜提督与作   作:コングK

90 / 124
年度初めが忙しくて八周年記念に間に合わなかった。遅ればせながら八周年おめでとうございます。一応記念に二本出します。
番外編とかばかり書いていると気付かなかったが、なんだかんだで90話も書きました。
まだお読みいただいている方はありがとうございます。



第六十四話 「名探偵ジャーヴィスの冒険 鈍色の研究②」

通称すりぬけくんと呼ばれる謎の建造ドック。

それを作った者を金剛が知っているのではというジャーヴィスの推理は私達を大いに驚かせた。

 

ぽかんと口を開け、次の言葉を待っていた私達を尻目に、

「ちょっと失礼」

二、三調べたいことがあると工廠を飛び出して行った名探偵に、残された私と北上は思わず顔を見合わせ、すりぬけくんについてお互いの意見を出し合った。

 

「すりぬけくんが正規のものじゃないなんてね。いつも見慣れているだけに盲点だったよ」

「巧妙なカモフラージュってことよね。でもなぜそんなことをする必要があるのかしら。強力な艦娘が建造できればそれに越したことはないでしょう?」

「そりゃあそうだけどさ。一口に建造と言っても色々と難しいからね」

北上はそう言うと、手近にあったホワイトボードを手繰り寄せた。

「そもそもあたしたちはどうやって生まれたか知っているかい?」

「ええ。艦娘養成学校で最初に習うことじゃない」

 

原初の艦娘は海より出り。

その写し身として、建造を行い、多くの艦娘を生みたもう。

 

艦娘ならば皆常識として知っていることだ。

原初の艦娘達は誰一人として建造されてはいない。

彼女たちは自然発生的に海より生まれ、まるで何かに引き寄せられるかのように、かの始まりの提督の元へと集まった。

深海棲艦という脅威にさらされた世界を救おうとする何者かの意思なのか。それは分からない。ただ、そう思わせるほどの強さを彼女たちは備えていた。

曰く一隻で連合艦隊に匹敵する。

いつの頃からか誰かが言い始めたその言葉。

それが嘘ではないことは、彼女たちに出会った艦娘ならば分かる。

一目で存在が普通の艦娘とは違う。

ぎらぎらと燃え立つ太陽のような存在。それが原初の艦娘だ。

 

「あたしたちは強かった。でも、この海は広かった」

いかに彼女達が強いとはいえ、世界のあちこちに出没する深海棲艦に対抗するためにも、戦力の補充は不可欠だった。そこで原初の明石と夕張、海上自衛隊の技術士官と民間の研究者が共同で開発したのが、世にいう建造ドックである。

 

今に至るまで続く論争の種が蒔かれたのも同じくこの時だ。

艦娘という兵器を作るのか、それとも艦娘という人に近しいものを呼びよせるのか。

未だに続く艦娘は人か兵器かという疑問に対して、北上の答えは単純だった。

「どっちもどっちだね。あたしたちの体を分析し、資材を投入して同じような体組成パターンを作り、それに見合う魂を定着させることが建造さ。兵器を作る行為でもあるし、艦娘を呼ぶ行為でもある」

日本語で「つくる」、とひらがなで表記されたことに対し、私は日本人なりの上手さを感じざるを得ない。どちらともとれるということはどちらかに偏らずに済むということだ。米国でも当初はbuild(建造)なのか、create(創造)なのか、それともbirth(生む)なのかどの言葉を当てはめたらよいのかと論争があったそうだが、様々な状況から結局はbuildに落ち着いた。

その結果が今にいたるまでの日本と米国の艦娘の扱いの差に現れていると思うのは考え過ぎだろうか。

「米国では艦娘は兵器という認識がほとんどだったわ」

「それは物事の一面しか見ていないよ」

 

始まりの提督が提唱した通り、建造ドックの正式名称は『海軍甲型招魂装置』だ。これは一度でも建造ドックを扱った者ならば言い得て妙だと思うだろう。艦娘が兵器ならば、戦艦レシピで建造した艦は皆戦艦でなければならない筈だ。ところが、実際には同じ資材を投入し、同じドックで同じレシピで建造しているのに、建造されたのが駆逐艦や重巡というずれが度々生じるのだ。

「兵器を作る、というのならあっちゃいけないことじゃないか。その時々によってできるものが違うなんて」

それぞれの出来不出来ではない。物自体が違う。それではとても兵器を建造しているとは言えない。

「第一、力を貸してもらう相手を兵器呼ばわりは失礼だ」

それゆえ、始まりの提督は招魂装置としたのだと言う。艦娘を召喚していると考えれば、同じ資材なのに違う艦娘が来るのは説明がつく。相手に意志があるのなら気が乗らなかったり、こちらの召喚に応じなかったりすることは考えられるからだ。

 

「とにかくあの子が気付くまで製造ナンバーに気付かなかったのが癪で仕方がないよ、ちょいとあたしも建造ドックの資料を当たってみるわ」

北上の言葉に私にとって意外だった。伝え聞く偉大なる七隻はもっと超然とした存在だと思っていたからだ。

「何それ。さっきの時雨ちんのやりとりを見て分かったでしょ? あたしたちだってあんた達と変わらないよ。ただ歳食っているだけ」

「その割にはドロップキックの切れがすごかったんだけど」

私の返答を誉め言葉と受け取ったのだろう。北上はにこりと笑顔を見せた。

                       

                     ⚓

ジャーヴィスという名探偵のお蔭で、助手という立場を賜った私だが、探偵小説にありがちな、ただ相槌を打ったり、驚いたりする役割に甘んじるつもりはなかった。

 

かの推理小説の女王アガサ・クリスティーが著した名探偵エルキュール・ポアロのシリーズでも助手であるヘイスティングスが探偵役を買って出ることもあったし、できうることならば自らの手で謎を解き明かし、助手が探偵の鼻を明かして、ミステリーの常識を打ち破ってやりたいという衝動に駆られていた。

夕食後しきりにお茶に誘う姉の誘惑を振り切り自室に籠った私は、一晩中あれこれと頭を悩ませた。

「ジョンストン、あまり根を詰め過ぎないようにね」

「ありがとう、姉さん」

同室の姉が気を遣って入れてくれたコーヒーに口を付けながら、ペンを走らせる。

すりぬけくんという規格外のドック。そして、それが正規の物ではないということ。

そして、金剛がすりぬけくんを使おうとしていた者を知っているのではという推理。

普通に考えれば、彼女の関係者であると見るべきだろう。だが、海軍省の要職にある金剛は、多方面に顔が利き、関りの深い人物も多い。容易にその人物を特定することは難しいと思われた。

 

「ああ、もう!」

書き損じの大量のメモを忌々しそうに丸め、放り投げるや手元が誤り、ゴミ箱ではなく未だ眠っている姉の頭に当たった。

「ん? なあに、ジョンストン?」

「ご、ごめん姉さん・・・・・・」

寝ぼけ眼で起きようとする姉に一言詫び、食堂へ行くと、そこには朝から精力を漲らせ元気満々といった体で英国駆逐艦が陣取り、朝食を楽しんでいた。

 

「Good morning! 随分眠そうね」

眠そうに目をこすり食堂にやってきた私とは随分対照的に爛々と目を輝かせたジャーヴィスに、つい皮肉の一つも言いたくなる。

「驚くほど元気ね。ぐっすり寝たの?」

「ううん、全然!」

そう、朗らかに答える彼女に、夜更しは肌に厳禁と話す世の女性たちの言葉を聞かせてやりたいものだ。

「あらら、夜更かしかも? コーヒーいる?」

「Thank you 秋津洲。いただくわ。あんたは?」

「ううん、ありがとう。コーヒーはいいかな」

ひょっこりと厨房から顔を見せた秋津洲に、ジャーヴィスは口元を拭いながら渋い顔を作る。英国ではコーヒーのことを泥水と言って嫌う人間もいるとのことだが、彼女もその類なのだろう。

それでは、と代わりに出された紅茶の香り高い湯気に包まれながら、ジャーヴィスは調査の方向性を決めましょうと言った。

 

「あの後色々と考えて見たけれど、よく分からなかったわ」

すりぬけくんを誰が使おうとしていたのか。正規品でないと言うのなら作ったのは誰か。そして、金剛がなぜすりぬけくんを破壊したのか。どうしてもんぷちがいると正常に働くのか。

金剛がすりぬけくんを使おうとした者を知っている、というジャーヴィスの言葉からぐるぐると色々なことが関連づいて頭を廻り、私を大いに混乱させていた。

 

「この事件は一見色々解決しなければならない謎が多いように思われるけれど、そうでもないわ。全てはあのすりぬけくんが出発点なんですもの」

 

ジャーヴィスは紅茶を一口すすると、メモ帳を取り出した。

彼女曰く、メモをとるという行為は灰色の脳細胞と呼ばれたエルキュール・ポアロに怒られそうだが、刑事コロンボを観て憧れたため止められないらしい。何を言っているのかよく分からなかったが、当人にとっては自らの探偵スタイルを決めていく上で重要なことなのだろう。

 

「枝葉が分かれて見えても、太い幹は一本よ。一つ一つ考えて行けばいいのよ。昨日の続きからいきましょう」

「ええと、この鎮守府ですりぬけくんを使って、誰かが強力な艦娘を建造しようとしていたってことよね。金剛の知り合いって言っても顔が広そうだし」

「いいえ、十中八九軍の関係者ね」

「あんた、昨日はヨサクに軍とは関係ないって言ったじゃない!」

「この場合は軍が関知していないってことよ。だから軍の関係者。提督、工廠の担当者なんかね。いずれにせよ、この鎮守府にいた者だと思うわ」

「外部の研究者という線は? 大湊の時みたいに」

私の意見に、ジャーヴィスは小さく首を振る。

「Non。そうであるならば金剛の行動の説明がつかない。外部が絡んでいれば、軍全体で動いている筈よ。違法な建造ドックよ。ドックの数については国同士の厳しい取り決めがある。取り締まって当然だもの」

「とすると、どういうこと?」

眉根を寄せる私に、ジャーヴィスはじゃあ仮定の話で考えていきましょうと提案した。

 

「ここにある人物がいる。その人物は、名誉か出世か、動機は不明だが、強力な艦娘を建造したい。だが、幸か不幸かこの江ノ島という小さな鎮守府に着任させられてしまう。あるいは自分から望んだかもしれないわね。小規模な鎮守府の方が色々と動きやすいしね。通常建造で出るような艦娘ではなく、滅多に出ないような艦娘が欲しいその人物は、非合法な手段で強力な艦娘を呼ぶことのできるすりぬけくんを何らかの手段を用いて作り出す。だがしかし、不幸にもすりぬけくんは稼働しない。なぜか。もんぷちという鍵がないからよ。それに気付かぬその人物はいたずらに建造を繰り返し、資材を減らしていく」

まるでポアロかと思うばかりに、じっと目を瞑り、ぶつぶつと呟くジャーヴィスに私は唖然とする。

「ど、どうして建造を繰り返したって思うのよ」

「ああ、ジョンストン。それは初歩的なことよ。時雨と北上の言葉を思い出して。あなたの姉であるフレッチャーを建造する際、すりぬけくんは力を溜めていた。強力な艦を呼ぶには多くの資材を貯め込む必要がある。けれど、ダーリンが着任したときにした建造ではそんな余裕なかったわ。それなのに、出てきたのがあの雪風なのよ? 建造失敗により資材は前々から貯めこまれていたのではと考えるのが普通じゃない」

 確かに、原初の艦娘の魂を持つ雪風を建造するなど、規格外にもほどがある。そのために使う資材はどれほどのもなのか予想もつかない。

 

「さらに付け加えるならば、グレカーレの時も雪風が適当に投入した資材で建造されたとダーリンは言っていたわ。その後からすりぬけくんは資材を投入しても貯めこむようになってしまったとも。すりぬけくんに貯めこまれた資材が空になってしまい、備蓄モードに入ったと考えるのならば説明がつくのではないかしら」

「成程。でも、その人物って一体誰なのよ。さっきあんたは軍の関係者って言っていたけど」

「あら、分からないかしら?」

ジャービスが口元に笑みをたたえながら言った。

「既にヒントは出ていると思うけれど」

「どこがよ。軍の関係者で金剛の知り合いってだけでしょ」

「それに加えて、建造関係の知識に詳しく、さらに資材を融通してもらっても不自然に思われない存在よ」

「資材を融通? ああ、そうか。何度も建造しただろうって言ってたわね」

「そう。当然そのためには元手が必要よ。では彼ないしは彼女はどうやってそれを手に入れていたのかしら」

「どうやってって・・・・・・」

「正規の研究ではない。ましてや資材というものは軍が管理していてそう簡単に手に入るものではないわ」

「軍の関係者で日常的に資材を融通してもらっている。そして、自由に建造ができる?」

 

私の頭の中で何やら色々なものが繋がっていく。

資材をある意味自由に扱える存在で、それをもらっても不自然に思われない存在。

工廠担当ではない。彼らはあくまでもある資材でやりくりをするだけ。とすると・・・・・・。

「て、提督? すりぬけくんには提督が関わっているの?」

「ご名答!」

 

ジャービスは嬉しそうに手を叩くと、ポケットからくしゃくしゃの紙を取り出した。

「昨日あなたと別れてから調べたの。この鎮守府に着任した歴代の提督をね。8年前を最後にダーリンが来るまで誰一人としてこの鎮守府には新しい提督が着任してはいない」

「そ、それじゃあその8年前に来た提督が一番怪しいじゃない!」

「ところがその提督は5年前に病死しているのよ。在籍していた艦娘はあちこちにちりぢりになったみたい」

「とするとその提督と考えるのは難しいわね。ヨサクが来るまで廃墟同然だったみたいだし、忍び込もうと思えば誰でも忍び込めたわけでしょ」

「いいえ、この提督が怪しいわね」

ジャーヴィスはきっぱりと言い切った。

 

「昨晩貴方と別れた後、私は憲兵のお爺さんに事情を聴きに行っていたの。彼は5年前にもこの鎮守府にいて、当時の状況を覚えていたわ。当時勤めていたのは能瀬提督。非常に穏やかな人物で、艦娘の評判もよかったそうよ。ところが、ある日を境に別人のように陰気になり、周囲の艦娘から距離をとられるようになっていったとか。満足に指揮をとれず連戦連敗。そんな最中に提督が病死。住民による反対運動が起きて、艦娘達はちりぢりになった。ちょうど私用で出かけていた憲兵さんが戻ってきた時には廃墟の鎮守府となっていたそうよ」

「なかなかに壮絶な話ね。ヨサクの話ともつながるわね」

私の言葉に、ジャーヴィスはきょとんとした表情を見せた。

「いいえ。全然つながらないわ、ジョンストン。今の話にはおかしな所があるのよ」

「どこがよ。提督が病死して、住民による反対運動が起きて、艦娘がいなくなってここが廃墟同然になったんでしょ?」

「そうそれ! 住民による反対運動が起きて何で鎮守府が廃墟になるのよ。憲兵さんもそうだし、ダーリンだって来た時にはここはボロボロだったと言っていたわ。隙間風に我慢しようと言ったと。仮にも軍の施設よ?いかに反対運動が起きたからといって、そこまでになる筈がない」

「じゃあ、なんでボロボロだったのよ、ここは。深海棲艦に狙われてたってことかしら」

「Non。取るに足らない鎮守府だから深海戦艦の標的にならず素通りだったって憲兵さんは言っていたわ。つまり、この鎮守府を意図的にボロボロにした者がいるのよ」

「鎮守府をわざとボロボロにした? 一体誰がそんなことを!」

「この場合その人物の目的を考えればいいわ。その人物はこの鎮守府を使って欲しくなかった。なぜ? 違法な建造ドックがあるから。ただドックを持ち運んだり、破壊したりしては後に来る提督に怪しまれる。かといってそのままにしておく訳にはいかない。悩んだ末に、ドックだけではなく鎮守府全体を破壊した。住民運動により破壊された、などというのは後付けよ」

 

「ちょっと待って!」

私はこみ上げてくる動悸に耐えられず、大きく息を吐いた。

推理小説の登場人物達は毎度このような興奮を味わっていると言うのか。

 

「それじゃあ、あんたはこう言う訳? あの金剛がこの江ノ島鎮守府を廃墟にしたって」

「ええ。そして、その理由も大体分かるわ。あくまで憶測の類だけど」

「金剛と能瀬提督に深い繋がりがあったってことでしょう?」

「正解だけれど、満点ではないわね。多分ジョンストンも気付いているんでしょう? あり得なさ過ぎて私もどうかと思ったくらいだものね。提督のために鎮守府を廃墟にするくらいの深い繋がりよ、一つしか考えられないわ」

 

ジャーヴィスは言葉を区切ると、静かにカップを置き、言った。

「金剛は能瀬提督の艦娘だったのよ」

 

「え! まさか!?」

「そのまさかよ。それしか考えられない。でもそうすると色々とおかしなことがあるわ。金剛は今大臣秘書官になっているけど、相当の年月が経っていないとあの地位にはなれない。高杉元帥の秘書である大淀達でも艦娘学校の三期生だもの。少なくともそれよりも前に金剛はつくられていなければおかしい。8年前では時間が合わないわ」

「とすると、一期か二期ってこと? その時代の艦娘なんてほぼ引退しているわよ。事情を訊こうにも難しいわね。それに能瀬提督が、一期や二期の提督ならばこんな所にいる筈がないでしょう」

 

私の反論は軍関係者であれば最もだと思う事だろう。

誉れ高きという形容詞がつく一期生、そしてそれに続く二期生の提督達は、始まりの提督亡き後の深海棲艦との戦いで活躍し、多くが軍の要職に就いている。ヨサクには失礼だが、どう考えても閑職と思われるこの鎮守府に配属される訳がない。

 

「何か事情があるかもしれないわ。そこのところを探りたいと朝までネットで色々調べていたんだけど、能瀬提督の情報が全くといって見当たらないのよね」

「江ノ島に来るような提督さんだから華々しい戦果もなかったんじゃない? 珍しいことではないのでは」

「いえ、不自然ね。同姓同名の能瀬という苗字の人物の情報については出てくるのよ? ただ、提督だった能瀬の情報が見当たらないの。一般人ならそれも分からなくもないけれど、昔から提督をやっていた人間の情報が全くないというのはおかしいわ。まるで誰かが故意に能瀬提督の情報を消したみたい」

「怪しすぎるじゃない・・・・・・。まさか、それも金剛が?」

「ええ。可能性は高いわ。そこで、これからなんだけれど、この謎の提督、能瀬提督が何者なのかの調査が最優先ね」

「苗字だけしか分からないの? せめて名前まで分かっていればまだ何とかなると思うんだけど」

「憲兵のお爺さんもしきりに思い出そうとしてくれたけどこればかりは仕方が無いわ。人間毎日会っている人でも苗字だけ呼んでいて、名前の方はついおざなりになるものよ」

「歯がゆいわね。何とかならないのかしら」

「ところがそうでもないの。つい最近、話題になったでしょう?『誉れ高き一期生』の杉田提督が現場に復帰するって」

「ああ、そうか。一緒に提督の艦娘だった鈴谷が復帰したってニュースになっていたわね」

「そう。杉田提督や彼女に聞けば、その辺りの事情も分かるかもしれないわ。早速ダーリンの許可をとって通信してみましょう」

 

ここで、私はふと気づいたことをジャーヴィスに尋ねた。

「あれ、でもそんなことをしなくても大本営の長門に話を聞けばいいんじゃないの? 偉大なる七隻の彼女なら色々知っているんじゃない?」

「それは難しいと思うわ。彼女は当時から有名で、軍組織を整えるために絶えずかけずりまわっていて、全然連絡がとれなかったとOld Ladyから聞いたわ。とてもじゃないけれど、養成学校の艦娘についていちいち知ってはいないでしょう。第一、ダーリンの要望に沿わないし」

「ヨサクの要望? そんなものあったかしら。すりぬけくんの謎を解いてくれってだけでしょ」

「それならばただ単にダーリンは調査を命じればよかったわ。でも、彼は依頼、と言った。なぜだと思う?」

「あんたに合わせた冗談でしょ」

「Non。ダーリンはああ見えて色々と考えているわ。お茶目もあるけれど、この場合は私に暗にメッセージを送っているのよ。」

「まさか、考え過ぎじゃない?」

「あら、ジョンストン。昨日の依頼書、よく読んでいないのね」

ジャーヴィスが懐から出した依頼書は、まさしく昨日執務室で見かけたものだ。

そこにはこう書かれていた。

 

世界に冠たる名探偵シャーロック・ホームズの子孫たることを自称する名探偵ジャーヴィスに本鎮守府の建造ドックの謎についての調査を依頼する。

 

「これは見たわよ。普通の依頼書じゃない」

突っ返そうとする私を押し止め、ジャーヴィスは下を見ろと指差した。

そこにはこう書かれていた、

 

尚、本件の依頼の遂行に際しては、ジャーヴィスには名探偵としての振る舞いを期待する。

 

「名探偵としての能力じゃなくて、振る舞い?」

何となく引っかかった言葉を口にすると、ジャーヴィスは手を叩いた。

「そう、その通り。名探偵としての振る舞いよ。正当な依頼であるならば、名探偵たるもの依頼人の秘密を漏らさない。依頼人の不利益につながることはしない。秘密裏に動くことを念頭に、それを考えて行動してくれってことね。長門は偉大なる艦娘なのだけれど、私達駆逐艦相手だと張り切り過ぎるとはウォースパイトから来る前に聞いたわ。事が大げさになる可能性が高いもの」

「たまたまな気がするけど」

私が率直な感想を述べると、ジャーヴィスは大きく首を振った。

「とんでもない! これは私に対する挑戦よ。迂闊にあれこれ派手に動けば、ダーリンは言ってくるに違いないわ。お前は名探偵としての振る舞いを知っているのかとね」

「考え過ぎじゃないかしら。名探偵として頑張れよってことじゃないの?」

「ジョンストンはダーリンをとても信頼しているのね」

ジャーヴィスに指摘されて、口元が緩むのを私は自覚する。

米国を出発してから常にあった日本で受け入れてもらえるのだろうかという不安は、いつしか霧となって失せている。その大部分は目の前のおしゃべりな英国駆逐艦と、風変わりな中年の提督のお蔭に他ならない。

 

「名探偵も大変ね・・・・・・。同情するわ」

照れ隠しにそっぽを向いて言った私に対し、ジャーヴィスはころころと笑い声を上げた。

「あら、ジョンストン。他人事じゃないわよ。あなただって助手役なんだから」

「ええっ!? 名探偵の助手の役割って相槌でしょ?」

「それだけじゃないわ。事件の記述者の仕事があるじゃない」

根耳に水の言葉に私は思わず叫んだ。

「えーーーっ。報告書あんたがまとめるんじゃないの?」

「名探偵はそんなことはしないわ。推理するのが仕事よ」

私の抗議をどこ吹く風とやり過ごすジャーヴィスについ文句の一つもいってやりたくなる。

「冗談じゃないわ。だから、あんた、助手が必要なんて言ったのね! ひょっとして、英国でも同じようにしていたんじゃない!?」

「あら、すごい! ジェーナスにお願いしていたわ。しょっちゅう文句を言われていたけれど」

「そんなの当たり前でしょ」

「もちろん、普段の仕事の時は自分でやっていたわよ」

当然のことをどうだとばかりに胸を張るジャーヴィスの態度に、私は思わず深いため息をつくと共に、まだ見ぬ英国艦のジェーナスに深い同情の念を抱いた。

「私、そのジェーナスと話が合いそうな気がするわ。この事件が終わったら紹介して。名探偵被害者の会を作るわよ」

「私は推理して、助手役の人には報告書をお願いする。理想的な分担だと思うんだけどなあ」

「全然よ!あーあ。引き受けるんじゃなかったわ」

来たばかりでいい所を見せようとしたばかりに舞い込んだ面倒ごとに、やられたと頭を掻きむしる私に、そっとやってきた二式大艇が香り高いコーヒーをポッドごと置いていってくれた。

「あ、あんたすごいわね。ありがとう、いただくわ」

ぱたぱた。ぶうん。

言葉は交わせないが、頑張ってねと言うかのようなその仕草に私は思わず笑みを浮かべる。

「まあ、仕方ないか」

コーヒーを口につけて気分を新たにする。

とりあえず事件の終了時にもう一度言って、それでも同じことを言うのなら、今回は私が書いてやろう。

ふと見ると、厨房から秋津洲が嬉しそうに頬杖をつきながらこちらを見ていた。

 




登場人物紹介

ジャーヴィス・・・・・・探偵
ジョンストン・・・・・・その助手
秋津洲・・・・・・・・・江ノ島鎮守府の厨房担当
二式大艇・・・・・・・・その相棒
ジェーナス・・・・・・・ジャーヴィスの英国時代の同僚

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。